表 1 レーザー照射時の眼内レンズ損傷回避のコツ 注意点 混濁が弱く, 焦点を合わせやすい部分から始める 後囊よりも少し後方に焦点を合わせる 照射エネルギーを抑制して, 必要最低限の切開をする 視軸の中心部の照射を避ける 図 2 線維性混濁この写真では混濁のより薄い上方部分では, 比較的エイミングビ

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特集 眼科におけるレーザー治療あたらしい眼科 34(2):167 171,2017 Nd:YAG レーザーを用いた後囊混濁の後囊切開術 YAG Capsulotomy for Treating Posterior Capsule Opacification * 西悠太郎 はじめに Kelman が始めた水晶体超音波乳化吸引術や Gimbel や Neuhann が始めた連続円形切囊術 (continuous curvilinear capsulorrhexis:ccc) の普及後, 眼内レンズの材質やデザインの進歩により, 白内障術後の後発白内障, 後囊混濁は減少傾向にあるが, 依然として白内障術後のおもな合併症のひとつである. 後発白内障の症状として, 視力低下やグレア, 単眼性複視などがある. これに対し以前は手術的な後囊切開が行われていたが, 現在では Nd:YAG レーザーによる後囊切開術が低侵襲で簡便な標準的治療方法として確立され, 普及している (1979 年,Aron-Rosa が初めて Nd:YAG レーザーによる後囊切開術を導入した ). 視力低下やグレアあるいは単眼性複視により生活上の不自由を患者本人が自覚するときや, 眼底の透見性の低下のため網膜病変の診断や治療が困難なときに, 治療の適応となる. Nd:YAG レーザーによる後囊切開術は, 通常では高い技術を要せず, また比較的容易に習得できる術式である. しかし, 稀に眼内レンズ破損や網膜剝離, 黄斑浮腫, 眼圧上昇さらには眼内炎などの合併症が起こることもあり, やはり慎重に行うべき治療法であろう. 治療の適応がある場合, 術前に角膜の透見性や角膜内皮数に加えて, 散瞳状態が良好かどうか, さらには黄斑浮腫を含む眼底所見の把握をする. そのうえで合併症のリスクに関してインフォームド コンセントをして, 実際のレーザー治療となる. 手術は通常は外来で行うこと となる. 本稿では, はじめにレーザー後囊切開術の治療方法について触れ, 次にその合併症について述べる. I レーザー治療方法正確に焦点を合わせて, 最小限のエネルギーで効率よく, かつ最小限の切開をするのが原則である. 後囊混濁には線維性混濁 ( 図 1, 2) と Elschnig 真珠 ( 図 3) の 2 タイプがあるが, いずれの場合でも混濁が薄い場合 ( 図 4) には, 通常 2 mj 以下のエネルギーで十分なことが多い. また, 照射回数もおよそ 10 数発 ~20 発, 多くとも 30 発程度が目安であろう. エイミングビームが 1 点に重なる部分に焦点が合っていることになるが, 眼内レンズ光学部のピット 損傷を回避するには, 後囊上にしっかりと焦点を合わせて照射を開始する必要がある. 誤って焦点を後囊よりも手前の眼内レンズ側に合わせてしまうと, 眼内レンズ損傷のリスクが高いので, 後囊より心持ち後方に焦点を合わせるつもりでいたほうが無難である.1.5 mj 前後もしくはそれ以下の弱いエネルギーで照射を開始するが, 実際の亀裂の具合をみてエネルギーを適宜加減する. とくに非常に混濁の強い線維性混濁の場合,2 mj 前後のエネルギーではまったく歯が立たないことが稀にある. その場合は, 低エネルギーで照射を乱発すると眼内レンズ損傷のリスクが高まるので, あえて 3~3.5 mj の強いエネルギーで慎重に照射するほうが, むしろスムー * Yutaro Nishi: 西眼科病院 別刷請求先 西悠太郎 : 537-0025 大阪市東成区中道 4-14-26 西眼科病院 0910-1810/17/ 100/ 頁 /JCOPY (25) 167

表 1 レーザー照射時の眼内レンズ損傷回避のコツ 注意点 混濁が弱く, 焦点を合わせやすい部分から始める 後囊よりも少し後方に焦点を合わせる 照射エネルギーを抑制して, 必要最低限の切開をする 視軸の中心部の照射を避ける 図 2 線維性混濁この写真では混濁のより薄い上方部分では, 比較的エイミングビームの焦点を合わやすい. 図 1 線維性混濁徹照法により確認. 図 4 薄い後囊混濁 Nd:YAG レーザーによる後囊切開術前. 図 3 Elschnig 真珠徹照法により確認. ズに後囊切開できることが多い. 基本的には視軸の中心部を避けて, 傍中心部の切開から始める. 生じた後囊亀裂のエッジ付近に次の照射をあてることを繰り返すと, 亀裂が次第に大きくなっていく. 1. 十字切開法十字切開法 ( 図 5, 6) と円形切開法 ( 図 7, 8) の方法があるが, 通常の症例ではどちらの方法を用いてもあまり差異はない. 筆者は十字切開法をおもに用いている. 12 時から 6 時に垂直方向に縦の切開を行い, 視軸付近を水平方向に横に切開を広げる方法である. この際, 視軸中心部をレーザー照射しなくても, 十分に中心部をカバーする混濁を除去することが可能であることを念頭に置いて切開を行うことで, 不要な視軸中心部のレンズ損傷を避けることが重要である. レーザー照射数を抑えることができ, さらには除去した後囊混濁物が浮遊するこ 168 あたらしい眼科 Vol. 34,No. 2,2017 (26)

とが少ないため, 飛蚊症が比較的軽症ですむことが長所である. 一方, 混濁が非常に強い場合には切開後の亀裂が広がりにくく, 予想以上に多数照射しないといけない場合もあるので, 適切なレーザーエネルギー選択が重要である. 慎重に行えば照射数を抑えることができるため, たとえば虹彩炎などのぶどう膜炎や緑内障などを合併している症例では, 十字切開法を選択するとよいであろう. 2. 円形切開法円形切開法ではレーザー照射しやすい部位から切開を始めるが, 通常では視軸の中心から直径 3~4 mm の範囲の混濁を除去すればよい. しかし, 眼底疾患を伴う症 図 5 十字切開法レーザー後囊切開術後 ( 図 4 と同一症例でレーザー前 後撮影 ). a b c 図 6 十字切開法 a: 後発白内障 ( 水色 ) において, 視軸を避けて十字方向に ( 黒線 ) レーザー照射 ( 赤点 ) する.b: このとき, 視軸 ( 中央の青色点線部分 ) にレーザー照射は一切していない.c: 視軸の混濁部分 ( 青色点線 ) も, そのまま周りからの切開により自然に除去が可能である. 図 7 円形切開法散瞳不良例で, 最低限の視軸の混濁を除去. 図 8 円形切開法レーザー照射しやすい部分から, 円形に視軸を避けて照射開始する. (27) あたらしい眼科 Vol. 34,No. 2,2017 169

表 2 おもな合併症とその基本的な対策 眼内レンズ損傷 : 後囊よりも少し後方にエイミングビームを合わせる 眼圧上昇 : アイオピジンをレーザー照射前に点眼しておく その他合併症 : 稀とはいえ, リスクをあらかじめ十分にインフォームド コンセントする II レーザー後囊切開術の合併症眼内レンズ損傷, 眼圧上昇, 囊胞様黄斑浮腫, 裂孔原性網膜剝離, 眼内炎, 角膜浮腫, 眼内レンズ脱臼, 眼内レンズ偏位などがある. 例で眼底精査を行いたい場合や, 将来硝子体手術および網膜光凝固術を行う可能性のある場合には, 直径 6 mm ほどの円周範囲を切開したい. とくにこの場合にはやはり円形切開法が適している. 円周上に連続的に切開していくことで, レンズ中心部の損傷を回避できやすいという長所がある一方, 照射数がともすれば多くなりがちである. うち抜いた円形混濁物が飛蚊症を引き起こすこともあるが, 通常大きな問題とはならずに数日で消失することが多い. 3. 液状後発白内障の切開法ところで特殊例として液状後発白内障というものがあるが, これに関してレーザー後囊切開をすると, 囊内の液状混濁物は硝子体側に拡散移動する. この際, 液状混濁物のため後囊の正確な位置がわかりにくい場合が多いが, 後囊が 1 カ所切開できれば液状混濁物は後囊から出ていく. 重力に逆らわず, 自然に拡散移動するように, 後囊の真ん中よりもやや下側に切開を行うと排出がスムーズにいきやすい. しかし, 液状混濁物が拡散するために視界が非常に悪くなり, 次の照射が困難になることがしばしばあるので,1 発目の照射で排出が完全にむずかしい場合は, 拡散が落ち着くまで少し待ってから引き続き照射する必要がある. 液状混濁物は通常の経過であれば, 数日以内に完全に吸収されるので, レーザー照射時に少し待っても視界がよくならない場合には, 数日後にあらためてレーザー照射を行うとよりスムーズに後囊切開できることもある. いずれにしても, 最初の 1 発目の照射で確実になるべく大きめの切開ができるように, たとえば 3~3.5 mj の強めのエネルギーでしっかり後囊を切開することが重要である. 1. 眼内レンズ損傷 Nd:YAG レーザーにより後囊切開術を行う際, 慎重さ 集中力を欠いているとピット ( 眼内レンズ表面にできる小さな孔 ) を作ってしまうことがあるが, 通常では治療を要するような症状 視力障害が出ることはほとんどないと思われる. しかし, ときに敏感な症例では, 視機能に影響が出る場合もあるので注意が必要である. こういった症例や, より大きな損傷であるクラックによる重篤な視機能障害を生じた場合には, 眼内レンズ交換が必要となることもある. 後囊混濁が強くエイミングビームの焦点を合わせにくいとき, 眼内レンズと後囊の距離が近いとき, またとくに眼内レンズの材質が脆いシリコーン製であるときには注意が必要である. 照射時にはできるだけ視軸を避け, 照射エネルギーを抑えて, やはり後囊より少しだけ後方に焦点を合わせることで, 重篤なレンズ損傷は避けることができる. 2. 眼圧上昇ほとんどの場合眼圧上昇は一過性であり, 重篤な症状には至らないようであるが, たとえば緑内障眼では気をつけたほうがよいであろう. 基本的にはアイオピジン点眼で眼圧上昇を予防することができる. 眼圧が上昇するメカニズムとして, レーザーで破壊された組織の断片 debris が線維柱帯に詰まるためといわれている. また, 一過性の虹彩炎もステロイド点眼により, 通常は速やかにおさまる. 3. 囊胞様黄斑浮腫レーザーによる後囊切開術後,1% の頻度で黄斑浮腫が生じると一般的にいわれている. 糖尿病網膜症やぶどう膜炎を合併している症例, レーザーをよほど過剰照射した場合を除いて稀であろう. 万が一生じた際には, ケナコルトの Tenon 囊下注など黄斑浮腫の治療一般が必 170 あたらしい眼科 Vol. 34,No. 2,2017 (28)

要である. 4. 裂孔原性網膜剝離発症率は 1% 未満といわれており, レーザー後囊切開術との関連性ははっきりしていない. 硝子体混濁を伴うと眼底の透見性が非常に悪くなる. 強いレーザーエネルギーによる頻回照射を極力避ける必要がある. いずれにしても, 入念な眼底検査により網膜裂孔の有無を事前に確認しておき, 必要であれば予防的にレーザー凝固しておくことが重要である. 5. 眼内炎レーザー後囊切開術後に眼内炎が生じる頻度は非常に低いといわれているが, 重篤な視力障害に至ることもあるため, インフォームド コンセントが重要であろう. レーザー後囊切開術は簡便に行えるため, ともすれば重症の合併症に関するインフォームド コンセントがおろそかになってしまうことがあるが, 通常の白内障手術時の眼内炎のリスク説明に準じて, しっかりとインフォームド コンセントを行いたいものである. 6. その他の稀な合併症角膜浮腫や眼内レンズ偏位, 眼内レンズ脱臼などが報告されている. 角膜浮腫に関しては, たとえば術前に角膜内皮数が十分にあるかどうかをスペキュラーマイクロスコピーで確認しておくことが重要であろう. 同時に最小限の照射を心がけたい. また, 眼内レンズの偏位や脱臼に関しては, 多くの場合は組織との癒着が弱いかほとんどないために生じる合併症であるため, 視軸を含む必要十分にして最小のレーザー切開を常に心がけたい. おわりに今から 60~70 年前に初めて眼内レンズが人眼に挿入されて以来, 生体適合性の高い眼内レンズを求めて数々の新しい眼内レンズの開発が行われてきた. それと同時に眼内レンズ挿入後の重要な合併症のひとつである後発白内障に関する研究も多くなされてきた. これまで世界中の多くの研究者達の尽力により, 眼内レンズのデザインと材質が実際どのようにして後発白内 障予防につながるのか, 実験室的にも臨床治験的にもそのメカニズムの解明がより進んできた. その結果, 眼内レンズは改良され, 後発白内障の発生頻度は現在ではかなり低く抑えられている. しかし, 現在でも後発白内障は完全になくなったわけではなく, やはり Nd:YAG レーザーによる治療法は基本であり, 習熟しておく必要があると思われる. 最近ではフェムトセカンドレーザーを用いた囊切開が可能となっているものの, 外来において比較的簡便に行うことができる Nd:YAG レーザー後囊切開術の利便性は非常に高いといえるだろう. 今回はレーザー後囊切開術を行うにあたり, 実際に留意しておくとより安全に施行できると考えられる点についてまとめた. また, あらかじめ十分にインフォームド コンセントをしておくことが最重要である. 今後のロボット技術の発展次第では, レーザー後囊切開をロボットがルーティンで行う時代がひょっとすると到来するかもしれないが, それまでは少なくともマニュアルによる技術の習熟に励みたいものである. 本章が少しでもレーザー後囊切開術に際しての参考になれば幸いである. 参考文献 1)Steinert RF, Puliafito CA, Kumar SR et al:cystoid macular edema, retinal detachment, and glaucoma after Nd: YAG laser posterior capsulotomy. Am J Ophthalmol 112: 373-380, 1991 2) 西起史 : 水晶体囊切裂, レーザー治療の実際 ( 田野保雄編 ). 眼科診療プラクティス 3.p182-185, 文光堂,1992 3)Mochizuki K, Murase H, Sawada A et al:detection of staphylococcus species by polymerase chain reaction in late-onset endophthalmitis after cataract surgery and posterior capsulotomy. Clin Ex Ophthalmol 35:873-875, 2007 4)Nishi O, Yamamoto N, Nishi K et al:contact inhibition of migrating lens epithelial cells at the capsular bend created by a sharp-edged intraocular lens after cataract surgery. J Cataract Refract Surg 33:1065-1070, 2007 5) 三木篤也 : レーザー後囊切開術, 眼科レーザー治療 ( 田野保雄編 ). 眼科プラクティス 26.p318-321, 文光堂,2009 6) 横倉俊二, 西田幸二 : 後囊切開術と晩発性眼内炎. 眼科レーザー治療 ( 田野保雄編 ), 眼科プラクティス 26.p327, 文光堂,2009 (29) あたらしい眼科 Vol. 34,No. 2,2017 171