本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

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プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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公募情報 平成 28 年度日本医療研究開発機構 (AMED) 成育疾患克服等総合研究事業 ( 平成 28 年度 ) 公募について 平成 27 年 12 月 1 日 信濃町地区研究者各位 信濃町キャンパス学術研究支援課 公募情報 平成 28 年度日本医療研究開発機構 (AMED) 成育疾患克服等総合研

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

( 図 ) 顕微受精の様子

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

た遺伝子を切断し修復時に微小なエラーを生じさせて機能を破壊するノックアウトと 外部か ら任意の配列を挿入して事前設計した通りの機能を与えるノックインに大別される 外来遺伝 子をもった動物の作成や遺伝子治療には後者の技術が必要である しかし 動物胚への遺伝子ノックインには マイクロインジェクション法

遺伝子改変コモンマーモセットを用いた 神経科学研究の進捗 Next-generation Neuroscience using the common marmoset 岡野栄之 ( 慶應義塾大学医学部 ) 佐々木えりか ( 実験動物中央研究所 ) 1

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

長期/島本1

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

れており 世界的にも重要課題とされています それらの中で 非常に高い完全長 cdna のカバー率を誇るマウスエンサイクロペディア計画は極めて重要です ゲノム科学総合研究センター (GSC) 遺伝子構造 機能研究グループでは これまでマウス完全長 cdna100 万クローン以上の末端塩基配列データを

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研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカ

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かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 7 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 生殖細胞の誕生に必須な遺伝子 Prdm14 の発見 - Prdm14 の欠損は 精子 卵子がまったく形成しない成体に - 種の保存 をつかさどる生殖細胞には 幾世代にもわたり遺伝情報を理想な状態で維持し 個体を

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細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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CiRA ニュースリリース News Release 2014 年 11 月 20 日京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 京都大学細胞 物質システム統合拠点 (icems) 科学技術振興機構 (JST) ips 細胞を使った遺伝子修復に成功 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復

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の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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11 月 16 日午前 9 時 ( 米国東部時間 ) にオンライン版で発表されます なお 本研究開発領域は 平成 27 年 4 月の日本医療研究開発機構の発足に伴い 国立研究開発法人科学 技術振興機構 (JST) より移管されたものです 研究の背景 近年 わが国においても NASH が急増しています

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平成 28 年 7 月 1 日 公益財団法人実験動物中央研究所慶應義塾大学医学部国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ゲノム編集技術により免疫不全霊長類の作出に成功 ( 霊長類を用いた自閉症 統合失調症などの精神神経疾患研究も可能に ) 日本医療研究開発機構 脳科学研究戦略推進プログラムの一環として ( 公益財団法人 ) 実験動物中央研究所 ( 実中研 ) マーモセット研究部の佐々木えりか部長 ( 慶應義塾大学先導研究センター特任教授兼務 ) と慶應義塾大学 ( 慶應大 ) 医学部生理学教室の岡野栄之教授らは ゲノム編集注 1) という技術を用いて 世界に先駆けて目的の形質を示す霊長類のモデル動物の作製に成功しました これまで 遺伝子改変マウスはライフサイエンス研究に貢献してきましたが ヒト疾患の治療法開発研究のためにはマウスよりヒトと解剖学的 生理学的に類似している霊長類のモデル動物が重要となります 本研究グループは 2009 年に小型で繁殖力の高い霊長類であるコモンマーモセット ( 以下 マーモセット ) を用いて 世界初のトランスジェニック注 2) マーモセットの作製に成功し ヒト疾患モデル動物の開発 研究を大きく進展させてきました しかしながら多くのヒト疾患モデルマウスが作製されてきた標的遺伝子ノックアウト技術注 3) はマーモセットを含む霊長類には適用できませんでした 一方 近年 開発されたゲノム編集技術により 霊長類を含む様々な動物種で受精卵の遺伝子を直接改変できるようになり 本研究によって霊長類であるマーモセットでもゲノム編集を用いてヒト病態モデルの作成が可能である事を示しました 今回の研究では ゲノム編集によりマーモセット受精卵の IL2rg 遺伝子の機能を失活させて先天性免疫不全マーモセットを作成しました 具体的にはマーモセット受精卵内の IL2rg 遺伝子を標的とした人工ヌクレアーゼをコードする mrna 注 4) を注入し 正常に発生した胚を仮親マーモセット子宮内に移植し胎仔を得ました 種々の免疫学的解析の結果 産出された胎仔には正常の免疫機能が認められず 狙い通り免疫不全マーモセットになることが証明されました このようにして得られた免疫不全マーモセットは 高度に衛生が管理されたクリーン飼育室では長期間 (1 年以上 ) 生存させることが可能であり ヒトの重症先天性免疫不全症と近似した特徴を示すことが明らかになりました 今後 免疫不全マーモセットはヒト免疫不全症の病態解明ならびに治療法開発モデルとして また ヒト ips 細胞を用いた様々な臓器再生医療における新たな治療法の有効性 安全性の検証にも貢献すると期待されます さらに 今回開発したゲノム編集を用いたヒト疾患のマーモセットモデル作製技術は自閉症 統合失調症などのヒト精神 神経疾患をはじめとした様々な疾患の発症メカニズム 病態解明に貢献するものと期待されます 本研究成果は 2016 年 6 月 30 日 ( 米国東部標準時正午 ) 発行の科学雑誌 Cell Stem Cell 誌に掲載されました 1

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えりか (( 公財 ) 実験動物中央研究所マーモセット研究部部長 ) 研究期間 : 平成 26 年 4 月 ~ 平成 30 年 3 月最先端研究開発支援プログラム (FIRST) 研究課題名 : 心を生み出す神経基盤の遺伝学的解析の戦略的展開 研究代表者 : 岡野栄之 ( 慶應義塾大学医学部生理学教室教授 ) 研究期間 : 平成 22 年 3 月 ~ 平成 26 年 3 月 < 研究の背景と経緯 > 遺伝子改変マウスは 遺伝子機能の解析やさまざまな疾患が発症するメカニズムの解明などライフサイエンス研究分野に多くの貢献をしてきましたが マウスとヒトは解剖学的 生理学的な相違が多く マウスで得られた研究成果を直接ヒトに当てはめることができない場合も少なくありません 今回 本研究グループは よりヒトに近い霊長類を用いた新たな遺伝子改変技術を開発すると共に 疾患モデルの作成に成功しました 既に 同研究グループでは小型霊長類であるマーモセットを用いてトランスジェニック技術により組み込んだ遺伝子が次世代の個体までに遺伝し 機能することを明かにしており 2009 年に Nature 誌に発表いたしました 今回の研究は 今まで霊長類では成功していなかった特定の遺伝子を破壊して 機能できなくした標的遺伝子ノックアウトモデル動物の作製を試みたものです 具体的には 受精卵の中にある標的遺伝子を直接編集する事が可能なゲノム編集という技術を用いて 霊長類の一種であるマーモセットの標的遺伝子ノックアウトを試みたものです 従来は編集された遺伝子による遺伝子発現の変化が科学的に証明されていなかったためライフサイエンス研究に有用な霊長類モデルの作製が可能であるか不明でした 今回の研究は ゲノム編集による免疫不全マーモセットの作製に成功し 霊長類でも個体レベルで遺伝子をノックアウトすることによって動物の生理的性質 ( 表現型 ) が変化したモデル動物作製が可能であることを世界で初めて明らかにしたものです < 研究の内容 > 本研究グループは 実中研が研究を続けてきたマーモセット発生工学技術を用いて ゲノム編集技術により IL2rg 遺伝子をゲノム編集により人為的に変異させ 免疫不全マーモセットを作製することに初めて成功しました まず この免疫不全マーモセットを作製するため 標的となるマーモセット IL2rg 遺伝子に特異的に結合して切断する人工ヌクレアーゼ (Zinc Finger Nuclease もしくは TALEN) を作製し これを体外授精させた前核期の受精卵に注入した後 この胚でゲノム編集が成されているかについて新たな解析法を開発し 十分な検討を行いました ( 図 1A) 今回 本研究グループが新たに考案した解析法は 作製したゲノム編集の人工ヌクレアーゼが目的の遺伝子のゲノム編集を行い さらにゲノム編集された遺伝子を持って生まれてくる新 2

生仔がゲノム編集前と異なる形質を持つかどうかを予測できる解析技術です この技術の確立によってマウスよりも妊娠期間が長い霊長類で ゲノム編集に失敗した新生仔を極力減らすことにより 研究を迅速に進めることが可能となりました 次のステップとなる実際の個体の作製では 先述の評価を終えた人工ヌクレアーゼを導入したマーモセット受精卵を数日間培養し 正常に発生している受精卵のみを仮親の子宮に移植しました ( 図 1B) その結果 3 頭の免疫不全マーモセットが 生後 1 年以上を経た現在も高度に衛生管理されたクリーン飼育室内で元気に生育しています ( 図 2) このマーモセットは 新生児期には免疫細胞の一種である T 細胞が殆ど欠落していましたが 生後半年を超えると T 細胞の増殖が認められました この現象は特定のヒトの重症複合型免疫不全症の病態を反映するものであり 今後の治療法開発のモデル動物として注目されます ( 図 3) 今回 ゲノム編集により目的遺伝子が編集された霊長類において 生理的性質 ( 表現型 ) の変化が認められたのは世界で初めてです この成功は 本研究グループが開発した ゲノム編集が受精卵の中でどれだけ迅速に正確に起きているか を判定する技術が開発されたためであり 今後 多くの疾患モデルマーモセットの作製に有用な技術となります < 今後の展開 > 本研究で作製された免疫不全マーモセットモデルは ヒトの免疫不全症の発症ならびに病態メカニズムの解明と治療法の開発に有用であるだけではなく ips 細胞 ( 人工多能性幹細胞 ) を用いた臓器再生医療の治療法開発における有効性 安全性の検証研究にも有用なモデルとして期待されます さらに 今回開発された人工ヌクレアーゼの機能評価方法は 今後 多くの標的遺伝子ノックアウトモデルを作製する上で有効な方法であり この方法の応用によりヒト自閉症や統合失調症など精神 神経疾患モデルをはじめとした様々な疾患のマーモセットモデルの開発が可能となりました この成果により マウスでは研究が困難な知覚 記憶 学習 思考 判断といった高次脳機能のメカニズムの解明や 高次脳機能障害の治療法の開発研究を霊長類であるマーモセットをモデルとして用いた新たな研究の発展が期待されます 参考図 3

図 1 免疫不全モデルマーモセット作製の流れ (A) 目的とする免疫不全モデル個体の作製が可能であるかどうかを受精卵レベルで検討するための流れ この解析を行うことで 遺伝子改変が起こらない ( いわゆるハズレ個体 ) の出現率などが推定できる CEL-1 解析 : わずかな遺伝子の欠損や挿入を検出することができる解析手法 (B) 個体作製の流れ 仮親の子宮に移植された受精卵は約 145 日間胎内で育ち 免疫不全マーモセットとして誕生する 図 2 免疫不全モデルマーモセット誕生した 3 匹のマーモセットは 現在もクリーン環境下で順調に成育している 図 3 血液解析の結果 3 匹の免疫不全マーモセットの末梢血を対象とした解析の結果 免疫不全マーモセット (IL2RG-KO) では野生型 (Wild type) に比べて 免疫関連細胞の数が著しく減少していることが解った < 用語解説 > 注 1) ゲノム編集 : 人工的に合成された遺伝子を用いて生物内の任意の遺伝子を改変する技術の総称 注 2) トランスジェニック : 特定の外来遺伝子が人工的に細胞に導入され個体となった生物を指す ただし 外来遺伝子が導入される部位はランダムである 4

注 3) 標的遺伝子ノックアウト技術 : 生物の細胞や受精卵が生来持っている特定の遺伝子を破壊することで機能しないようにすること 注 4)mRNA: 元となる遺伝子からタンパク質合成の遺伝情報を写し取り 合成部位まで伝達することを担う1 本鎖ヌクレオチド ( 塩基 + 糖 +リン酸 ) < 論文名 > Generation of a Non-human primate model of severe combined immunodeficiency using highly efficient genome editing < お問い合わせ先 > < 研究に関すること > ( 公財 ) 実験動物中央研究所マーモセット研究部部長佐々木えりか ( ササキエリカ ) Tel:044-201-8545 Fax:044-201-8541 E-mail: esasaki@ciea.or.jp 慶應義塾大学医学部生理学教室教授岡野栄之 ( オカノヒデユキ ) Tel:03-5363-3746 Fax:03-3357-5445 E-mail: hidokano@a2.keio.jp < 報道担当 > ( 公財 ) 実験動物中央研究所広報担当阪田洋子 Tel:044-201-8510 Fax:044-201-8511 E-mail:ciea-office@ciea.or.jp 慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課谷口 吉岡 160-8582 東京都新宿区信濃町 35 Tel:03-5363-3611 Fax:03-5363-3612 E-mail:med-koho@adst.keio.ac.jp <AMED 事業に関すること > 日本医療研究開発機構戦略推進部脳と心の研究課 Tel:03-6870-2222 Fax:03-6870-2244 E-mail:brain@amed.ac.jp 5