概要 名古屋大学環境医学研究所の渡邊征爾助教 山中宏二教授 医学系研究科の玉田宏美研究員 木山博資教授らの国際共同研究グループは 神経細胞の維持に重要な役割を担う小胞体とミトコンドリアの接触部 (MAM) が崩壊することが神経難病 ALS( 筋萎縮性側索硬化症 ) の発症に重要であることを発見しまし

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

記 者 発 表(予 定)

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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研究成果報告書

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

汎発性膿庖性乾癬の解明

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

平成24年7月x日

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平成14年度研究報告

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「飢餓により誘導されるオートファジーに伴う“細胞内”アミロイドの増加を発見」【岡澤均 教授】

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

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生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

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生物時計の安定性の秘密を解明

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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共同研究報告書

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

スライド 1

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のとなっています 特に てんかん患者の大部分を占める 特発性てんかん では 現在までに 9 個が報告されているにすぎません わが国でも 早くから全国レベルでの研究グループを組織し 日本人の熱性痙攣 てんかんの原因遺伝子の探求を進めてきましたが 大家系を必要とするこの分野では今まで海外に遅れをとること

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

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本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

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現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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ミトコンドリアに関わる遺伝子が神経変異を起こす機序を解明~新たなパーキンソン病原因遺伝子の理解と治療的試み~

論文の内容の要旨

Microsoft Word CREST中山(確定版)

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の細胞死を引き起こすメカニズムを更に解明 - 活性化カルパインが核膜孔複合体構成因子を切断し 核 - 細胞質輸送を障害 - 1. 発表者 : 郭伸 ( 国際医療福祉大学臨床医学研究センター特任教授 / 東京大学大学院医学系研究科客員研究員 ) 山下雄也 ( 東京大学大

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 20 日 独立行政法人理化学研究所 アルツハイマー病の原因となる アミロイドベータ の産生調節機構を解明 - 新しいアルツハイマー病治療薬の開発に有望戦略 - 高年齢化社会を迎え 認知症に対する対策が社会的な課題となっています 国内では 認知症

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平成24年7月x日

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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小胞体とミトコンドリアの接触部の崩壊が神経難病 ALS 発症の鍵となる 名古屋大学環境医学研究所 ( 所長 : 山中宏二 ) の渡邊征爾 ( わたなべせいじ ) 助教 山中宏二 ( やまなかこうじ ) 教授らの国際共同研究グループは 神経細胞の維持に重要な役割を担う小胞体とミトコンドリアの接触部 (MAM) が崩壊することが神経難病 ALS ( 筋萎縮性側索硬化症 ) の発症に重要であることを発見しました ALS は 大脳や脊髄にある運動神経細胞に原因不明の細胞死がおこり 全身の筋肉の麻痺や萎縮を生じる神経難病で 一部は遺伝性に発症します 研究グループは ALS の発症機序を解明するため 若年性 ALS の原因遺伝子 SIGMAR1 に着目して研究を行いました その結果 患者の SIGMAR1 遺伝子は その機能を失うことにより 神経細胞の MAM が壊れることを見出しました また 別の ALS 原因遺伝子である SOD1 遺伝子異常をもつ ALS モデルマウスでも 疾患の進行に伴って MAM が崩壊することを見出しました さらに SIGMAR1 遺伝子を除去した ALS モデルマウスでは 発症時期が著しく早くなることが判明しました その機序として MAM に存在するイノシトール三リン酸受容体 3 型 ( IP3R3) が MAM の崩壊により 機能異常を来たすことを見出しました IP3R3 は 運動神経細胞に豊富に存在していたことから この機能異常が ALS でみられる運動神経細胞死の一因であることが示唆されました 本研究成果は MAM の崩壊が運動神経細胞を傷害して ALS を発症させる重要なメカニズムであることを明らかにしたものです 異なる 2 つの ALS モデルで共通して MAM の崩壊が観察されたことから MAM の崩壊は ALS の大部分を占める孤発性 ALS の病態にも深く関与していることが考えられます 今後 MAM の崩壊を防止し 神経細胞を保護する治療法の開発につながることが期待されます 本研究成果は 平成 28 年 11 月 7 日 ( 日本時間 ) に欧州医学誌 EMBO molecular medicine オンライン版に掲載されました * 本研究は 文部科学省科学研究費 日本医療開発機構 (AMED) 上原記念生命科学財団 内藤記念科学振興財団 日本 ALS 協会 堀科学芸術振興財団より研究助成を受けて行われ 名古屋大学医学系研究科 ジョンズ ホプキンス大学 テキサス大学ヒューストン校との国際共同研究による成果です ポイント SIGMAR1 遺伝子に若年性 ALS の原因となる新しい変異を同定 患者の SIGMAR1 遺伝子は本来の機能を全く発揮せず 機能の喪失 (loss-of-function) によって若年性 ALS を発症する SIGMAR1 遺伝子 SOD1 遺伝子の どちらの遺伝子の変異による ALS においても MAM の崩壊が共通した病態メカニズムである MAM の崩壊による選択的な運動神経細胞への傷害には 運動神経細胞に豊富に存在するイノシトール三リン酸受容体 3 型 (IP3R3) の機能異常が関与している

概要 名古屋大学環境医学研究所の渡邊征爾助教 山中宏二教授 医学系研究科の玉田宏美研究員 木山博資教授らの国際共同研究グループは 神経細胞の維持に重要な役割を担う小胞体とミトコンドリアの接触部 (MAM) が崩壊することが神経難病 ALS( 筋萎縮性側索硬化症 ) の発症に重要であることを発見しました 本研究成果は 平成 28 年 11 月 7 日 ( 日本時間 ) に欧州医学誌 EMBO molecular medicine オンライン版に掲載されます ALS は 大脳や脊髄にある運動神経細胞に原因不明の細胞死がおこり 全身の筋肉の麻痺や萎縮を生じる神経難病で 一部は遺伝性に発症します 研究グループは ALS の発症機序を解明するため 若年性 ALS の原因遺伝子 SIGMAR1 に着目して研究を行いました その結果 患者の SIGMAR1 遺伝子は その機能を失うことにより 神経細胞の MAM が壊れることを見出しました また 別の ALS 原因遺伝子である SOD1 遺伝子異常をもつ ALS モデルマウスでも 疾患の進行に伴って MAM が崩壊することを見出しました さらに SIGMAR1 遺伝子を除去した ALS モデルマウスでは 発症時期が著しく早くなることが判明しました その機序として MAM に存在するイノシトール三リン酸受容体 3 型 (IP3R3) が MAM の崩壊により 機能異常を来たすことを見出しました IP3R3 は運動神経細胞に豊富に存在していたことから この機能異常が ALS でみられる運動神経細胞死の一因であることが示唆されました 本研究成果は MAM の崩壊が運動神経細胞を傷害して ALS を発症させる重要なメカニズムであることを明らかにしたものです 異なる 2 つの ALS モデルで共通して MAM の崩壊が観察されたことから MAM の崩壊は ALS の大部分を占める孤発性 ALS の病態にも深く関与していることが考えられます 今後 MAM の崩壊を防止し 神経細胞を保護する治療法の開発につながることが期待されます 背景 ALS は 大脳と脊髄の運動神経細胞が徐々に傷害されて死に至る原因不明の神経難病であり 本邦では 約 9,000 人の ALS 患者さんが闘病しています 思考や認知に関わる能力は保たれたまま 全身の筋肉の麻痺や萎縮が進行し 多くの患者さんは数年以内には人工呼吸器なしには生存できなくなるため 発症原因の解明と治療法の開発が強く期待されている重篤な疾患です ALS の約 1 割を占める遺伝性 ALS では 原因遺伝子を手がかりにモデル動物を作製するなどの遺伝子工学的手法を利用して研究することが可能なため 遺伝性 ALS の原因遺伝子の機能を解析することを通じて ALS の病態解明に向けた研究が行われています 遺伝学の発展に伴い 近年 多くの遺伝性 ALS の原因遺伝子が発見され 現在では 20 種類以上にのぼります しかしながら これら遺伝性 ALS の疾患メカニズムのなかで広く ALS で共通する機序は何か という点は依然として不明なままでした 研究の内容 ALS16 は 2012 年に Al-saif らによって初めて報告された SIGMAR1 遺伝子上の劣性変異を原因とする若年性遺伝性 ALS です ALS16 の患者さんは 生後数年のうちから運動機能の異常を示しますが 進行は緩やかです 本研究では ジョンズ ホプキンス大学

およびテキサス大学との共同研究により SIGMAR1 遺伝子上 283 番目のコドンでシトシンが重複し 遺伝子の読み枠がずれて不完全で異常なタンパク質が作られる ( フレームシフト変異 ; p.l95fs/c.283dupc) という ALS16 の原因となる新たな変異を同定しました ( 図 1) これら ALS 患者由来の変異を持つ SIGMAR1 遺伝子を培養細胞に導入したところ 作られるタンパク質は極めて不安定で本来の機能を発揮できないことが判りました ( 図 1B) このタンパク質は 正常では 小胞体とミトコンドリアの接触部分( 小胞体 ミトコンドリア膜間領域 ; mitochondria-associated membrane; MAM) にあります そこで SIGMAR1 遺伝子を欠損したマウス ( ノックアウトマウス ) の運動神経細胞における MAM の構造を電子顕微鏡や免疫蛍光染色法で観察したところ SIGMAR1 遺伝子が欠損すると MAM の構造が壊れることが明らかになりました ( 図 1C, 2B) では これらの結果は SIGMAR1 遺伝子に異常があるときに特有のものなのでしょうか? この問題に答えるため 私達は ALS モデルとして広く使われている ALS1 の原因遺伝子 SOD1 に着目しました ALS 患者由来の変異を持つ SOD1 遺伝子を導入した ALS モデルマウスや培養細胞では MAM に変異 SOD1 タンパク質が蓄積し その蓄積に伴って MAM の壊れていく様子が観察されました ( 図 2A, B) 興味深いことに SIGMAR1 遺伝子を除去した ALS モデルマウスを作製したところ 発症時期が約 20% 以上 顕著に早くなることが判りました ( 図 3A) このメカニズムを探索したところ MAM の崩壊に伴ってイノシトール三リン酸受容体 3 型 (IP3R3) の機能異常が起こることが明らかになりました 本来 IP3R3 は MAM に存在し 小胞体からミトコンドリアへのカルシウムイオンの運搬を担う分子です しかし MAM が崩壊することで IP3R3 は小胞体内のカルシウムイオンを細胞質へ無秩序に放出していました また 同時にミトコンドリアへのカルシウムイオンの供給が不足し 細胞のエネルギー産生が減少していました IP3R3 は中枢神経系では運動神経細胞に豊富に存在しており 運動神経細胞が MAM の崩壊によるダメージを受けやすい理由であると考えられます ( 図 3) 以上の結果から MAM の崩壊は SIGMAR1 遺伝子 SOD1 遺伝子の変異による ALS に共通した病態メカニズムであることが明らかとなりました 成果の意義 これまで 複数のグループにより ALS16 の疾患メカニズムの解析が行われてきましたが MAM の構造的な破綻を明らかにし さらに MAM の破綻が SOD1 遺伝子と SIGMAR1 遺伝子という異なる 2 つの遺伝性 ALS の間にある共通の疾患メカニズムであることを示した研究は本研究が初めてです 海外のグループによって 孤発性 ALS でも SIGMAR1 遺伝子の産物に異常が報告されていることから MAM の崩壊は孤発性 ALS も含めた ALS で共通の疾患メカニズムであると考えられます 今後 MAM の機能維持に焦点をあてることで ALS に広く共通した治療法の開発が可能になると期待されます 用語説明 小胞体 ミトコンドリア膜間領域 (MAM) 細胞内小器官であり タンパク質の合成や品質管理を行う小胞体とエネルギー産生に関わるミトコンドリアの膜が接触する部分であり 細胞の機能維持に重要なタンパク質が多数

集合している 最近の研究で ミトコンドリアでのエネルギー産生や脂質合成 オートファジー ( 自食作用 ) の膜形成など 多彩な機能をもつことが明らかにされつつある SOD1 遺伝子 ( スーパーオキシドジスムターゼ 1 遺伝子 ) 細胞内で発生する有害な活性酸素であるスーパーオキシドを解毒する反応系を触媒する酵素をコードする遺伝子 遺伝型の ALS では この遺伝子に変異があり SOD1 タンパク質の性状が変化して凝集しやすくなった結果, 神経細胞に異常に蓄積し 神経傷害性を発揮することが知られている SIGMAR1 遺伝子 ( シグマ 1 受容体遺伝子 ) MAM に存在するタンパク質で IP3R3 などの MAM にある他のタンパク質と結合して 安定化すると考えられている ( シャペロン様タンパク質と呼ばれる ) 活性化すると神経突起の伸長作用や認知機能の改善などが見られることから うつ病や認知症においても治療標的分子として重要と考えられている ALS16 だけでなく 遠位遺伝性運動ニューロパチー ( 体幹から遠い部分の筋肉が萎縮する遺伝性疾患 ) の原因遺伝子でもある イノシトール三リン酸受容体 3 型 (IP3R3) イノシトール三リン酸が結合することで カルシウムイオンを小胞体から放出するタンパク質の一種 ミトコンドリアへ素早くカルシウムイオンを受け渡すことによって エネルギー産生を円滑に行えるようにする働きがあると考えられている ALS モデルマウス遺伝性 ALS の原因遺伝子 SOD1 に ALS 患者由来の変異を導入した変異ヒト SOD1 遺伝子をマウスに導入したモデルマウスであり ALS の特徴である運動神経細胞死 筋麻痺を再現し 広く研究に使用されている 論文名 Mitochondria-associated membrane collapse is a common pathomechanism in SIGMAR1- and SOD1-linked ALS ( 小胞体 ミトコンドリア膜間領域の崩壊が SIGMAR1 遺伝子および SOD1 遺伝子の変異に伴う筋萎縮性側索硬化症に共通した病態機序である ) Seiji Watanabe, Hristelina Ilieva, Hiromi Tamada, Hanae Nomura, Okiru Komine, Fumito Endo, Shijie Jin, Pedro Mancias, Hiroshi Kiyama and Koji Yamanaka ( 渡邊征爾,Hristelina Ilieva, 玉田宏美, 野村花江, 小峯起, 遠藤史人, 金世杰,Pedro Mancias, 木山博資, 山中宏二 )

DOI:10.15252/emmm.201606403 http://embomolmed.embopress.org/cgi/doi/10.15252/emmm.201606403 参考図 ( 図 1) 本研究では 新たに SIGMAR1 遺伝子上で ALS の原因となる変異を同定しました ( L95fs)( A 赤丸 ). ALS16 患者由来の SIGMAR1 遺伝子産物 ( シグマ 1 受容体 ; Sig1R) は 野生型と比較して細胞内で極めて不安定でした (B). そこで SIGMAR1 遺伝子を人為的に欠損させたマウス (SIGMAR1-ノックアウトマウス) の脊髄を観察したところ MAM に局在するはずの IP3R3 が細胞全体に広がって分布するという異常が見られました.

( 図 2)IP3R3 の異常は SIGMAR1-ノックアウトマウスだけでなく ALS モデルマウスである SOD1 G93A マウスでも観察されました (A). ALS モデルマウスでは Sig1R の凝集化も同時に見られ Sig1R の機能も同時に喪失していることが示唆されます. また 直接的に MAM の崩壊を観察するために電子顕微鏡像を撮像したところ 野生型と比較して MAM の大きさが顕著に減少していることを見出しました (B). ( 図 3)MAM の崩壊に伴う運動神経細胞への傷害メカニズムの模式図. 本研究の結果から ALS では MAM が崩壊して IP3R3 の機能異常が生じることで 1) 細胞質への過剰なカルシウムイオン (Ca 2+ ) 流入 2) ミトコンドリアへの Ca 2+ 供給不足によるエネルギー産生量の低下が引き起こされて 運動神経細胞が傷害されると考えられます