写真 1 東上空より調査地を望む ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) N : 図 2 周辺の遺跡の位置 ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 2

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す 遺跡の標高は約 250 m前後で 標高 510 mを測る竜王山の南側にひろがります 千提寺クルス山遺跡では 舌状に 高速自動車国道近畿自動車道名古屋神戸線 新名神高速道路 建設事業に伴い 平成 24 年1月より公益財団法人大 張り出した丘陵の頂部を中心とした 阪府文化財センターが当地域で発掘調査



○現説資料 2回目作成中 その3

「活断層の補完調査」成果報告書No.H24-2


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- 14 -

1

文化フォーラムレジュメ2014(本文)最終.indd

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函館平野西縁断層帯北斗市清川付近の変動地形 池田一貴 Ⅰ. はじめに 図 1 北海道と函館平野の位置関係 函館平野西縁断層帯は函館平野とその西側の上磯山地との境界に位置する断層帯である. 本断層帯は北部 中部の渡島大野断層と中部 南部の富川断層 ( 海底延長部を含む ) からなり, ほぼ南北に延びる

TP10 TP9 中世遺構検出 2-1区 中世後期 TP8 2-3区 2-2区 護岸遺 50m 0 2-4区 図 4 第 2 地点 調査区 6 S=1/1200 石積堤 防遺構 構1 2-5区

新潟県立歴史博物館研究紀要第4号



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表紙

神武の来た道


東日本大震災 鳴らされていた警鐘

積粘土と同様に上下で低く 中央で高い弓形分布を示す 図 () の I L は 長田 新庄 門真で 1 以上を示し 東大阪地域の沖積粘土の特徴である超鋭敏性が伺える ただし 鴫野の I L はかなり低い 図 (3) () の c v は 先の w L が反映されているが 特に新庄の中央部の圧縮性が高い



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2. 大和川について が 難波津 現在の大阪 から船で大和川をさか 奈良県には奈良盆地のほぼ全域を流域とし 大阪 のぼり 初瀬川から三輪山麓の海石榴市 つばい 平野を西に横切って大阪湾に注ぐ全長68kmの一級 ち に上陸 飛鳥の宮に至ってから1400年となる 河川である大和川が流れている 記念すべき



象鼻山ペラ校正

(1) (2) (3) (4) (5) 2.1 ( ) 2

《公表資料》柏崎平野周辺の地層の年代について

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177 箇所名 那珂市 -1 都道府県茨城県 市区町村那珂市 地区 瓜連, 鹿島 2/6 発生面積 中 地形分類自然堤防 氾濫平野 液状化発生履歴 なし 土地改変履歴 大正 4 年測量の地形図では 那珂川右岸の支流が直線化された以外は ほぼ現在の地形となっている 被害概要 瓜連では気象庁震度 6 強

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経済論集 46‐2(よこ)(P)☆/2.三崎




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研究成果報告書

9 箇所名 江戸川区 -1 都道府県東京都 市区町村江戸川区 地区 清新町, 臨海町 2/6 発生面積 中 地形分類 盛土地 液状化発生履歴 近傍では1855 安政江戸地震 1894 東京湾北部地震 1923 大正関東地震の際に履歴あり 土地改変履歴 国道 367 号より北側は昭和 46~5 年 南


. km. km. km

考古学ジャーナル 2011年9月号 (立ち読み)

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はじめに むつのくにほねでらむら 一関市厳美町本寺地区は 中尊寺に残される 陸奥国骨寺村 え絵 ず 図 の現地として著名で きょうあり 日本の原風景 ともいえる農村景観を今に伝えています 平安時代以来 中尊寺経 ぞうしょう蔵の荘 えんあづまかがみ園であったことが 中尊寺の古文書群や鎌倉幕府が編纂した

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資料調査結果 ( 新村地区 )- 53

2. 急流河川の現状と課題 2.1 急流河川の特徴 急流河川では 洪水時の流れが速く 転石や土砂を多く含んだ洪水流の強大なエネルギー により 平均年最大流量程度の中小洪水でも 河岸侵食や護岸の被災が生じる また 澪筋 の変化が激しく流路が固定していないため どの地点においても被災を受ける恐れがある


H19年度

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目的 2 汚染水処理対策委員会のサブグループ 1 地下水 雨水等の挙動等の把握 可視化 が実施している地下水流動解析モデルの妥当性を確認すること ( 汚染水処理対策委員会事務局からの依頼事項 )

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スライド 1

目 次 1. 想定する巨大地震 強震断層モデルと震度分布... 2 (1) 推計の考え方... 2 (2) 震度分布の推計結果 津波断層モデルと津波高 浸水域等... 8 (1) 推計の考え方... 8 (2) 津波高等の推計結果 時間差を持って地震が

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図 表 1 住 開 始 分 ま で の 5 年 間 延 長 さ れ ま し た 住 宅 ロ ー ン 控 除 の た め の フ ロ ー チ ャ ー ト 住 宅 ローンで 住 宅 及 びその 敷 地 を 取 得 し 取 得 の 日 から6か 月 以 内 に 居 住 して いますか? 所 得 金 額 が

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対象地点 松戸市松戸 1276 付近 作成日 : 2017/12/16 データ提供

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調 査 区 域 概 略 図 - 2 -


福知山-大地の発掘

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5. 先端的科学 技術による保存研究アブ シール南丘陵遺跡における GPR 探査 101 アブ シール南丘陵遺跡における GPR 探査 * 岸田徹 1 * 津村宏臣 2 * 3 渡邊俊祐 1. はじめに 本調査では 遺跡の保存管理のための地下遺跡マップを作成することを目的として アブ シール南丘陵遺

Transcription:

大阪市南部 瓜破遺跡西側における河川氾濫と土地の形成 大阪文化財研究所小倉徹也 はじめに 2009 年度から2012 年度にかけて 大阪市の南部 大和川右岸の堤防沿いにおいて約 2.3kmにすんじやた渡り調査を行った ( 写真 1 図 1 ~ 3 ) 調査地は大阪市東住吉区の矢田遺跡 住道矢田遺跡 大うりわり阪市平野区の瓜破遺跡に当たり 弥生時代前期以降の遺構を数多く発見した 本地域は西に上町台地 東に瓜破台地に挟まれた沖積平野で 7 世紀前半につくられた日本最にしよけがわ古のため池である狭山池から流下する西除川流域に位置している 河川氾濫の頻発した地域で あったが 1704( 宝永元 ) 年に付け替えられた大和川によって南北に分断され 現在は河川の氾 濫からは回避されるようになっている 今回 図 2 に示す住道矢田遺跡の東側から瓜破遺跡にかけて (D 区の UR10-1 次 ( 写真 2 ) UR11-1 次 UR12-1 次 ) の 700m 間で 河川 ( 自然流路 ) を 20 溝 ( 水路 ) を 43 条確認した また この内の 3 分の 2 は UR10-1 次調査地に集中していた 各遺構の検出層準 時代観等について は表 1 ~ 3 の層序表および 表 4 の長原遺跡の標準層序表を参照されたい 以下に D 区 UR10-1 次を中心にして 河川と溝の状況について述べ 河川氾濫と土地の形成について示す 河川と溝について 模式断面図を図 4 層序対比図を図 5 河川 ( 自然流路 ) と溝の切合い関係を図 6 に示す 主だっ た河川 溝は 縄文時代早期 ~ 前期に埋積する NR104( 写真 8 ) NR145 の 2 河川 ( 図 4 ~ 6 の赤 紫色 特に図 6 の色を参照 以下同じ ) 縄文時代中期に埋積する NR103( 写真 8 )( 赤色 ) 縄文 時代後期に埋積する NR99 と NR688 の 2 河川 ( ドット 緑色 ) 縄文時代後期 ~ 弥生時代前期に埋 都 大阪 賀 三 川 川 川 和 山 : 図 1 遺跡の位置 ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 川 川 川 河 1

写真 1 東上空より調査地を望む ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) N : 図 2 周辺の遺跡の位置 ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 2

図 3 上町台地とその周辺の地形分類図 ( 土地条件図 [ 建設省国土地理院 1983] 1 : 25000 都市圏活断層図 [ 中田ほか 2008 2009] を基に作図した [ 市川 松田 小倉 趙 辻本 平田 2011] に一部加筆 ) 3

写真 2 D 区 (UR10-1 次 ) 遠景 ( 西から )([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 表 1 UR11-1 層序表 UR11 1 層序 相 自然現 か 主な遺構 時代 長原層序との対比 第 1 層 現代 土および 層 ( 阪和 物 の 路 土 水路 ) 土 層 現代近代 N0 第 2 層第 3 層第 4 層第 5 層第 6 層 c 色細 ~ 細 土層 色細 ト 土層 にい 色 ト 細 ( 西部に分布 中世 ~ 飛鳥の遺物包含 ) 土層 色 色細 ト ( 古代 ~ 弥生時代後期の遺物を包含 ) 古土 色細 ト 河川氾濫堆積層 ー 色 ~ 中 ( 畿内第 様式の弥生土器を包含 ) 河川氾濫堆積層 にい 色 細 ト 河川氾濫堆積層 にい 色 中 ( 畿内第 ~ 様式の弥生土器を包含 ) 河川氾濫堆積層 ー 色 ~ 色細 ト ( 弥生土器を包含 ) 古土 地堆積層 にい 色 り細 ト 河川氾濫堆積層 SD501 SD502 SP601 603 N1 近世 N2 溝 SD201 202 SD15な 中世 ~ N3 飛鳥 ~7 SD301 S302 SP303 S306 307 古 後期 N7 ~8 SD401 S404 406 SD412 SD303 304 SD204 S208 弥生中期 SD407 409 411 S424 425 N8 弥生前期 N9 縄文晩期 N9 第 7 層 第 8 層第 9 層第 10 層 ー 色中 り 細 細 ( 調査区西 ~ 中央部に分布 ) 古土 地堆積層 ~ 色細 ト ( 調査区西 ~ 中央部に分布 ) 河川氾濫堆積層 色 細 ト~ 土 細 ( 木 を幾 所で確認 ) 古土 地堆積層 色 ト 土 ( 調査区中央部にのみ分布 ) 河川堆積層 ー 色 細 ト ( 後期 器とともに有 器出土 ) NR804 L1001-1004( 器遺物集中部 ) N9 縄文後期 N10 11 縄文中期 N12 ~ 創期 N12 ~13 第 11 層 ~ 色 ト 土 後期 器 N13 ( ~14) 第 12 層 第 13 層 ~ 色 土 ~ 色 り ト 土 ( 調査区東部では地下浅くに 出 ) 中期 器 N15 上面検出遺構 下面検出遺構 4

表 2 UR10-1 層序表 UR10 1 層序 相 層厚 自然現 (cm) か 主な遺構 西部 中央部 東部 時代 長原層序との対比 第 0 層 第 1 層 第 2 層 第 3 層 上部 中部 下部上部下部上部 下部 現代 土および 層 ( 阪和 物 の 路 土 水路 ) 土 層 m: 260 現代および近代の 土層 土層 10~25 色わかに ト 細 ( 細 を含 ) 土層 色わかに ト 細 ( 細 を含 ) 土層 15~35 にい 色わかに ト 細 ~ 細 ト 土層 に い 色 細 ~ 細 ト 土層 10~25 ー 色細 ト ( 下 に 色細 ~ 分布 ( 層厚 :10 以下 )) 土層 色 ト 細 ( 細 含 部分的に2 層に細分 下 に中 ~(:5)) 土層 15 色細 ト ト 細 ( 細 含 ) 古土 40 色 現代近代 近世 N0 N1 N2 溝 SD40 溝 中世 ~ 古代 N3~6 SE119 SD13 SE15 SR16 17 類 跡 ( 飛鳥 )(N7) SD37 41 SD131 142 44 NR89 古 D21 126 N7 S140 (PLD 19027) 弥生後期 河川氾濫 色 細 ト~ 細 20~40 N8 堆積層 SD83 SD74 92 97 第 4 層 にい 色 細 ~ 細 ト 古土 5~20 弥生中期 N8 NR88 色わかに ト 細 ~ 細 河川氾濫 ( 上方細 化する ) 50 類 N8 色細 ~ 中 堆積層 跡 S95 弥生前期 S141 7 8 87 古土 色 ト~ 細 ト 60 地堆積層 N9 第 3 下部 ~5 上 層 :809 772(PLD 19032) 上部 SP79 80 82 SD81 にい 色細 ト 中 ~ 中 40 河川氾濫 N9 NR130 NR93 第 5 層堆積層 縄文晩期 ー 色 ト~ ト 細 30 9 0 91 9 8 古土 下部 色 土 ト~ ト 細 ト 地堆積層 30 NR90:1781 1682(PLD 19019) N9 NR91:1885 1747(PLD 19020) 縄文後期 NR91:1691 1602(PLD 19021) に い 色 40 土 ト~ ト 細 ト 細 ~ 細 河川氾濫 2201 2111(PLD 19029) N10 堆積層 第 6 層上面 ( 化物 ) 色細 ト ト 細 ~ 細 20 3241 3104(PLD 19026) 9 9 ー 色 細 ト 古土 5~30 木 NR103 104 N12 地堆積層 上部 4704 4552(PLD 19024) 縄文中期 N12 河川氾濫 5779 5666(PLD 19025) ー 色 ト 細 40 堆積層 2466 2299(PLD 19033) 縄文前期 ( h) 縄文早期 N12 ー 色 ト 細 地堆積層 c.10 6447 6356(PLD 19030) 色細 ト 河川氾濫堆積層 c.20 N12D 下部 色 ト ~ 細 地堆積層 c.15 第 6 層縄文 色 細 ト~ 細 緑 色 ~ 中 河川氾濫堆積層 創期 および 40 ( トラ ラ 発 上方細 化する ) 河道 堆積層 N13 古土 ( 阪 火山 層 ) 上部 色細 ト~ 細 5~40 地堆積層 NR145 ( 川火山 層 ) ー 色細 ~ 細 り 土 ト ~ト 細 地堆積層 N13 下部 10~45 ( 中部 : 平安 火山 層の降 層準 ) T 河成層 後期 器 (N14) NR93:1886 1751(PLD 19022)~ ~ ~ 緑 色 土 ト ~ ト 40~170 第 7 層 河成層 N15 ー 緑 色 ト 細 ~ 中 わかに ト 中 ~ 中 70~250 中期 器 第 8 層 ー 色細 ~ 中 と ー 緑 色中 ~ の 層 ( トラ ラ が発 ) 色 土 トと 細 の 層 ( 物遺 含 最上部は して 色に変色 ) 11 河成層 5~50 地堆積層 c.30 大 類の 跡状 み N16 N16 c 上半部 : 緑 色中 ~ 下半部 : ー 色 細 ~ ト 河成層 60 N17 以下 上面遺構 下面遺構 地層内遺構 ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 5

緑 色 土 ト ト~ 中 表 3 UR12-1( 西区 ) 層序表 UR12 1 ( 西区 ) 層序 相 層厚 自然現 (cm) か 主な遺構 西部 中央部 東部 時代 長原層序との対比 色 第 0 層 現代 土および 層 ( 阪和 物 の 路 土 水路 ) 土 20~300 N 0 層 上部 現代および近代の 土 ( 色わ かに ト 中 ~) 土層 30 現代近代 第 1 層 N 1 下部 に い 色細 ~ 大 ( 層 ) 河成層 200 第 2 層 c 第 3 層 色わ かに ト 中 色わ かに ト 中 ~ 細 ー 色 ~ 中 細 を含 色 ト 細 ー 色細 りト 細 色 ト 細 ~ 中 ( 西端にのみ分布 ) 色 ト 細 ~ 中 土層 土層 40 c.20 溝 SD106 溝 SD730 731 土 り S01 ~08 734 737 N 2 (N 3 ~7) 土層 5~15 溝 SD107 第 3~5 層 (5 層 ) 古土 5~35 SD131 S121( 土器 り ) 内式期 N7 大溝 ~ 居住域 弥生後期 NR108 95~145m 付近 近世 (SD109では 2 層準に区分した 第 4 層 ) 色 細 ~ 河成層 色 15~60 ( 上方細 化 ) 細 ト ~ ト 細 にい 色 古土 古土 わかにト 細 ~ 細 地堆積層 10~25 133( LW): ー 色 ト 細 ~ 中 河成層 色細 ト 古土 西端部では 地上半部 : 色 土 ト~ 細 ト 5~15 下半部 : 色 ~ 細 ( 上方細 化 ) 堆積層 第 5 層 古土 上部 色 ト 細 ~ 地堆積層 10~25 地堆積層 下部 色 ト 中 ~ 細 ~ 細 ( 上方細 化 ) 河成層 5~20 NR133(UP) SD650 SD109 S652 349 SE444 SD122 NR133( LW) SD10 大土 居住域 (SP310 等 ) SD100 跡 S57 72 92 等 NR474 弥生前期 縄文晩期 N8 N8 N8 N9 N9 N9 第 6 層 上部 ー 色細 ~ 中 河成層 5~40 縄文後期 N10 下部 上部 にい 色 ト~ 細 ト~ 細 ( 西部にのみ分布 ) ー 色細 ト~ト 細 上半部 : ー 色 ト~ 細 ト 11 地堆積層 河成層 5~10 古土 10~20 地堆積層 古土 地堆積層 10~30 火山 縄文中期 NR668 2025 1893 ( 130901) 縄文前期縄文早期縄文 創 N12 N13 第 7 層 下部 下半部 : 色わかに細 ト 土 ~ト 細 一部で 色 ト 細 わかにト 中 ~ ( 上方細 化 ) 河成層 10~80 後期 N14~ 器 15 上部 10~110 第 8 層 河成層 中期 器 N15 下部 ー 緑 色わ かに ト ~ ~ 中 ( 層 ) 150 上面遺構 地層内遺構 下面遺構 ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 6

層 序 層序層厚自然現 相概念図 (cm) 自然遺物 か おもな遺構 遺物.14.P 時 代 N0 層 現代 土 近代 現代 N1 層 現代 土 15-25 N2 層 含細 ~ 色 ト 6-24 小溝 間 前な 近世 N4 層含細 色中 8-15 器 ( -~ 期 ) 色 地 土器 器 ( 400 ) N3 層含細 ~ 色 土 ト 12-20 小溝 間 器 ( -~ 期 ) 町 色 ト.20 掘立 建物 水田面平安 ~ 期 器 水田面 N4 層 色 色 ト.20 色土器 小溝 間 器 ( -~ 期 ) ~ 倉 含細 色中.5 器 ト最 器 水田面 色 ト.15 土 器 小溝 間 器 ( -~ 期 ) ( 800 ) 10~45 N4 層 平安上 部 N5 層 色 ト 細 層を狭在にい 色 ト 10-80.20 平 ~ 跡 N5 層 色細 ~ 細 2-8 水田面 N6 層 色 土 ト 20 タ 平 ( 1300 ) p. 緑 色中 ~ 細 5 トと 類の 跡 土 ト 層と 細 層の 層.10 水田面 N6 層 含 色 ~ 色 ト 土 15 タ 飛鳥 ~ 飛鳥 色 土 ト 細 5 飛鳥 N7 層 含 色 土.10 水田面 水田面含 色 ト 土.15 飛鳥 掘立 建物 T209 ( 1400 ) N7 層 色 ~ ー 色 土 ト 250 土 T10 古 後期 色 土 色 ト 35 期 T23 47~T15 長原古 ( 1600 ) 古 中期 色 土 ト 層 170 期 T216 古 前期 w. 水田面 色 土 ト 5 方形周溝 住居布 式 内式 畿内第 様式 ( 1700 ) 弥生後期 N8 層 ~ 色 ~ 土 40 N8 層 方形周溝 溝 ( 2000 ) 色 ト.10 畿内第 ~ 様式 式 弥生中期 N8 層 にい 色 ~ 中.25 木 形 水田面 溝 トの 跡 器 畿内第 様式 色 ト 土.10 色 ト 土 15 弥生前期 自然流路の堤 N9 層 色 ト 土 3-15 畿内第 様式 長原式 N9 層 ー ~ 色 90 上 色 ト 土 物 多含 10-40 畿内 様式 ー 色 ト 土 3-14 土 部 ラ ( 2600 ) ー 色 ト 土 物 多含 8-50 長原式 の 器 ー 色 ト 10-35 土器 住居 賀里 式 N9 層 ~ 色含 ト 土 2-8 式 ( 3000 ) 縄文晩期 色 ト 土 ~ 2-10 縄文後期 p. ー ~ 色 ト 土 7-25 w. 色 ト~ 土. 5 火山 層準 (7) 縄文 N10 層 緑 ~ ー 色 ト 80 地 北 川上層 ~ 式 N11 層 色 ト 土 16 N12 層 色 土 ~ ト 15 里木 式 北 川 式 4740 140S(-14942) ー 色 ト り 20 4900 140S(-14941) N12 層 色細 ト.20 地 色 ト~ 色 り.10 ( 火山 の 次堆積あり ) ト の 跡 元 式 縄文中期 色 ト~ ー 色 ト 土.10 色 ~ 色 ト 土 15 土 式 4900100(-14941) N12 層 色 ~ ー 色 ト~ 土 25 器 色 ~ 色 5~10 色 ト 土 物 多含.10 中 色中 ~ り ー 色 ト.40 20 類のの化 縄文前期 部 色 一部 ト 30 色 ラ 火山 5 大路火山 層 (-h) 7300 N12D 層 ー 色 細 ト 20~30 大 文土器 縄文早期 色 り ト 層を挟 60 下 N13 層 有 器 細 縄文 創期 色細 ト 5 部 ~ 色細 ト ( 火山 ). 7 器 器 形 器 ( 25000 ) 最 N13 層 ~ 色 ト 土 5 上 色 ト 火山 5 平安 火山 層 (T) 29000 部 N13 層 ~ 色 ト 土.12 後期 器 上 N14 層 p. ~ 緑 色 ト~ 土 20-80 部 w. 色 ~ ト 器 器 形 器 細部調 器 下 N15 層 p. 色 ~ 緑 色 土 ~ 150-450 部 w. ト ダ ウ ン ウの 跡 N16 層 ~ 色 ト り 層 150 化 ウ ン ウと ジ の 跡化 N16 層 色 土 : 地性層 20 火山 層層準 (o-4) 87000 色火山 土 ~ ト : 河成 ~ 25 北 田火山 層層準 (T) 91000 地性層 ウの 跡状のみ 上 色 : 河成層 260 N17 層 ー 色 土 : 古土.10 中期 器 N17 層 ー 色 り 土 ト : 地性層.20 緑 色 ト : 河成 ~ 地性層.10 ウ ン ウ( ラ ラ) : 上面検出遺構 : 下面検出遺構 緑 色 ~ 細 : 河成層.10 : 地層内検出遺構 部 N18 層緑 色 ト~ 緑 色.65 N19 層 緑 色 土 ~ 緑 色.50 ウの 跡状のみ S 土 緑 色 り 土 ト 上方細 化 c.280 下部で~ N20 層 ー 色 ~ 土 c.100 中部 N21 層 N22 層 緑 色細 ト含 化 ~ 土 c.40 c.200 (12 万年 ) 低位段丘構成層 中位段丘構成層 表 4 長原遺跡の標準層序表 7 ~ ([ 趙哲済 2003] に一部加筆して引用 )

写真 3 NR78( 南西から )([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 写真 4 NR130( 南西から )([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 8

写真 5 NR89 93 SD41( 南東から )([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 写真 6 NR90( 南東から )([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 9

写真 7 NR91( 南東から )([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 写真 8 NR103 104( 南西から )([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 ) 10

積するNR130( 写真 4 ) NR90( 写真 6 NR91( 写真 7 ) とNR90は同一の河川で 大きく蛇行していたため 調査地内で 2 度検出した ) NR93( 写真 5 ) NR98とSD409の 4 河川 1 溝 ( ピンク色 ) 弥生時代中期に埋積するNR78( 写真 3 ) NR87 NR88 NR133LW SD122の 4 河川 1 溝 ( 水色 ) 弥生時代後期に埋積するSD37 SD83 SD97 SD131 SD109 SD650 SD09 NR89( 写真 5 ) NR133UPの 7 溝 2 河川 ( 茶色 ) 飛鳥時代の水路 SD41( 写真 5 ) 古代以降のSD40 SD407である 河川の氾濫縄文時代早期 ~ 中期のNR104 NR145 NR103は目立った側方への氾濫は認められなかったが 下方浸食が顕著で NR104 NR103はTP+3.0~3.1m NR145はTP+3.75mまで下刻されていた 縄文時代後期のNR99と NR688において NR99は下刻深度がTP+4.5~4.6mと他に比べて深くはないが 氾濫堆積物の広がりはD 区中央部に広く及んでいたと推定される これに対して 東端のNR688の下刻深度はTP+4mを越えて深くまで侵食しており 氾濫堆積物の広がりは東側のE 区 (UR12-1 次 ( 東区 )) にまで及んでいた UR10-1 次の西端での氾濫堆積物の層厚増加は さらに西側の河川からの供給を示唆している 縄文時代後期 ~ 弥生時代前期の NR130 NR90(NR91) NR93 NR98と SD409は 最も広く厚く氾濫堆積物を供給していた また 下刻深度も深く NR90で TP+3.0m NR91 NR93は TP+3.7mであった 弥生時代中期の NR78 NR87 NR88 NR133LW SD122では NR133LWで TP+4.0mと深いが 他は下刻の深いものと浅いものとが見られた 氾濫堆積物の供給は浅く広く分布しているように見られた 弥生時代後期においては 下刻深度が最も深いものでSD131の TP+5.3mと 平均して浅いものであった 氾濫堆積物の供給は弥生時代中期と同様に浅く広く分布していた 気候との相関性縄文時代から弥生時代の気候は 一般的には 縄文時代早期 ~ 前期は縄文海進の温暖期に相当し 縄文時代中期は寒冷期 ( 縄文中期寒冷期 ) 縄文時代後期は寒冷 干ばつ 縄文時代後期 ~ 弥生時代前期は寒冷期 ( 縄文晩期寒冷期 ) 弥生時代中期は前半が寒冷期 後半は温暖期 弥生時代後期は温暖期に当たる NR104 NR145の埋積は縄文海進による海水面の上昇と関係し NR103の下刻は縄文中期寒冷期の海水準低下 NR688の下刻は縄文後期の寒冷による海水準低下 NR130 NR90(NR91) NR93 NR98 の下刻は縄文時代後期 ~ 弥生時代前期の寒冷期の海水準低下 NR78 NR87 NR88 NR133LW SD122では弥生時代中期前半が寒冷期 後半は温暖期に相当し 下刻深度に深浅が認められるのはこれによるものとも思われる SD37 SD83 SD97 SD131 SD109 SD650 SD09 NR89 NR133UPの下刻の浅いことは弥生時代後期の温暖期に相当すると考えられる 以上のように 気候変動 ( 海水準変動 ) と河川の侵食 ( 下刻深度 ) とは ある程度の相関性を有するものと考えられる おわりに D 区の東部 UR12-1 次調査地付近は 低位段丘構成層の深度は西側のUR10-1 次調査地に比べてやや高く さらに縄文時代後期 ~ 弥生時代前期にかけての河川氾濫によって微高地が形成された ( 図 6 ) この微高地に環濠とみられる溝をめぐらした集落が形成されたのは弥生時代前期後 11

写真 4 写真 3 写真 6 写真 5 8 写真 7 12 W : 写真 9 写真 10 E : : 図 4 瓜破遺跡 (UR10-1 UR11-1 UR12-1 次 ) の模式断面図 ([ 大阪文化財研究所 2013] に加筆 )

13 0 1 2 3 4 4 5 ~7c 8 9 9 9c 10 11 11 11c 11 12 12 13 14 15 0 1 2 3 4 5 6 6 7 8 9 10 10 11 12 13 14 15 16 17 18 0 1 上 下 1 上 下 2 上 中 下 3 4 上 ~ 5 6 上 6 下 6 上 6 下 7 0 1 2~ 2 3o~ 3 上 3 下 3 下 4 5 上 5 上 5 下 5 6 7 上 ( 上半 ) ( 下半 ) (Skt) ( 上半 )(t) 7 下 ( 下半 )T 7 7 8 8 9 9 0 1 2 3 3 上 3 下 4 4 4 5 上 5 上 5 上 5 下 5 6 上 6 上 k h 6 下 6 下 6 下 6 下 (Skt) 6 上 (t) T 6 下 7 7 8 8 1 2 2 3 3 4~ 5 0 1 2 2 c 3 3 4 4 ( 上半 ) 5 6 ( 下半 ) 3 7 7 8 9 10 11 12 13 5 上 5 下 6 7 上 7 下 ( 上半 ) 7 下 ( 下半 ) 8 8 0 N 0 0 1 N 1 1 2 N 2 2 N 3 3 N4 4 上 4 下 4 上 4 下 5 5 N4 N4 N 5 N6 N7 N7 N8 N8 N8 N9 N9 N9 N1 0 1 1 N12 N12 N12 k h N12D N13 N13 N13 N14 N15 N16 N16 kt (t) T 4 5 6 7 7 7c 7 7 8 9 9 9c 10 11 11 11c 11 12 12 13 14 15 現代近代 現代近世 町 倉平安 飛鳥古 弥生後期弥生中期弥生前期縄文晩期縄文後期縄文中期縄文前期縄文 期縄文 創期後期 器中期 器 上部 16 19 7 9 8 N17 16 図 5 層序対比図 ([ 大阪文化財研究所 2013] に一部加筆 )

14 W E 写真 9 10 写真 5 写真 8 写真 7 写真 6 写真 3 写真 4 年代 について 主として S 一部で出土した土器の時代観を表示ている 層序 遺構 号 : 河川の れを示す 14 ( S ) o r 土器の時代観河川 遺構の下 標高 図 6 河川 ( 自然流路 ) と溝の切合い関係 ([ 大阪文化財研究所 2013] に加筆 )

写真 9 弥生時代前期後半の居住域 ( 西から )([ 大阪文化財研究所 2013] より引用 ) 写真 10 環濠と推定される大溝 SD10( 南西から )([ 大阪文化財研究所 2013] より引用 ) 15

半のことであった ( 写真 9 10)( 註 1 ) この集落は埋没した河川 (NR688) の上に形成されており 当時の弥生人たちは排水性の高い土地を選定していたものと推測され 河川氾濫による土地の形 成と遺跡の形成とが密接に関係していることがよく理解できる 註 1 )( 現説資料ダウンロード = 大阪文化財研究所ホームページ (http://www.occp.or.jp/) より 引用 参考文献市川創 松田順一郎 小倉徹也 趙哲済 辻本裕也 平田洋司 2011 古環境と人間活動の関係把握に向けて - 大阪市上町台地北部を題材として- ( 大阪文化財研究所研究紀要 第 13 号 ) 今里幾次 1942 畿内遠賀川式土器の細別について- 河内西瓜破遺跡水門西地点調査概報 - : 日本古代文化学会編 古代文化 第 13 巻第 8 号 pp.428-448 大阪府文化財センター 2009 三宅西遺跡 2010 池内遺跡 大阪文化財研究所 2013 瓜破 住道矢田 矢田遺跡発掘調査報告書 小倉徹也 2013 層序の概要 : 大阪文化財研究所編 瓜破 住道矢田 矢田遺跡発掘調査報告書 pp.17-21 建設省国土地理院 1965 土地条件調査報告書( 大阪平野 ) 1983 土地条件調査報告書( 大阪地区 ) 趙哲済 2003 大阪平野のおいたちと人類遺跡 : 日本第四紀学会 大阪 100 万年の自然と人のくらし 普及講演会資料集 pp.1-16 中田高 岡田篤正 鈴木康弘 渡辺満久 池田安隆 2008 大阪東南部第 2 版 1:25000 都市圏活断層図国土地理院技術資料 D 1- No.502 国土地理院 2009 大阪東北部第 2 版 1:25000 都市圏活断層図国土地理院技術資料 D 1- No.524 国土地理院田中裕子 小倉徹也 2012 速報! 瓜破遺跡の発掘調査 -ついに見つかった弥生時代前期のムラ- : 大阪文化財研究所編 葦火 161 号 pp.1-3 文化庁文化財部記念物課 2010 土層の認識と表土 包含層の発掘 : 文化庁文化財部記念物課編 発掘調査のてびき- 集落遺跡発掘編 - pp.93-116 山本博 1940 河内国大和川川床出土の弥生式遺物に就いて ( 一 ): 考古学雑誌 第 30 巻第 11 号 1941 河内国大和川川床出土の弥生式遺物に就いて ( 二 ): 考古学雑誌 第 31 巻第 2 号 1941 続河内国大和川川床出土の弥生式遺物に就いて : 考古学雑誌 第 31 巻第 7 号 16