汽水域の科学 2009 年度前期 宍道湖 中海水系の藻類 - 特にアオコと赤潮について - 島根大学教育学部大谷修司 宍道湖湖上より旅館団地を望む 島根大学教育学部自然環境教育専攻 専門 : 微細藻類の分類学, 生態学 主な研究テーマ 1. 宍道湖 中海水系の植物プランクトンの分類とモニタリング 2. 南極昭和基地の土壌藻類の分類とモニタリング 南極へ 3 回 ( 越冬隊 1 回 夏隊 2 回 )
宍道湖 中海に流入する主な河川 山陰中央新報 2005 年 3 月 26 日より引用 宍道湖 中海の特徴 宍道湖は海水の約 5-20% の塩分を, 中海は 20-70% の塩分を含む汽水湖である 旱魃時にはさらに塩分は上昇する 水深が浅い閉鎖的な湖 周囲の河川からの窒素 リンなどの栄養塩の流入する富栄養湖で高い生産力をもつ 水産資源 : ヤマトシジミや魚類 ( ワカサギ シラウオ他 ) 冬には数万羽の水鳥が飛来 富栄養湖だけに宍道湖と中海はそれぞれ, アオコや赤潮が発生しやすい.
海水の塩分は約 35 15 km 海水の 1/2 宍道湖 中海における塩分 ( 表層水 ) の変化. 大橋川を境にして塩分は急激に変化する. 宍道湖中海の藻類研究会 (1996) 図 1 を改変 宍道湖に流入する淡水の 0% は斐伊川から 宍道湖の表層の塩化物イオン濃度と斐伊川の流量には高い相関がある 菅井隆吉 (19) より引用
ミルソー Ⅱ( 気象実験器 ) 仕切り板 海水に色をつけたもの 真水 仕切版をとり, 数分後の様子 密度の高い海水が, 真水の下にもぐり,2 層構造をつくる 島根大学汽水域研究センター (1993) より引用
電気伝導度 (ms/cm) 海水が約 50 ms/cm, 塩化物イオン濃度 19000 mg/l, 塩分 35 50 5 0 35 30 25 20 15 10 5 0 宍道湖湖心中海湖心 6 10 12 2 6 10 12 2 6 10 12 2 6 10 12 2 6 10 12 2 6 10 12 2 6 10 12 1996 1997 199 1999 2000 2001 2002 宍道湖湖心及び中海湖心表層水の電気伝導度の経年変化 (1996 年 ~2002 年 ) 島根県保健環境科学研究所提供データによる 宍道湖 中海 水温, 照度, 栄養塩などの物理化学的環境要因の中で, 塩分は生物の分布に大きな影響を与えている 宍道湖 : 淡水 ~ 汽水産の生物ヤマトシジミ, ホソアヤギヌ ( 汽水性の紅藻 ) 中海 : 汽水 ~ 海産の生物アサリ, ウミトラノオ ( 褐藻 ), オゴノリ ( 紅藻 )
宍道湖の西端 (St.1) 表層の塩分は海水の 1/10 程度 石に付着した紅藻ホソアヤギヌ この他アオノリ類などが分布している 1 cm 宍道湖の優占種, 紅藻ホソアヤギヌ 中海には生育しない
宍道湖 中海水系における海藻類の水平分布 表層塩分は海水の半分程度 中海の優占種褐藻ウミトラノオ 紅藻オゴノリ
中海湖心での水質調査 (2002 年 1 月 日 ) 水の色は何によるのであろうか? 野村律夫氏撮影 藍藻 Synechocysits 10µm 珪藻 Cyclotella 10µm 緑藻 Quadricoccus 10µm 緑藻 Monoraphidium 10µm 湖水を濾過した付着物を顕微鏡観察すると植物プランクトンが存在
富栄養湖の水の色は優占する植物プランクトンの光合成色素の色 藍藻 クロロフィルa+フィコビリン 緑色 緑藻 クロロフィルa,b 緑色 珪藻 クロロフィルa,c+カロチノイド 褐色 渦鞭毛藻クロロフィルa,c+カロチノイド 褐色 海藻類と同様に, 陸上植物と比べ多様な生物群を観察することが出きる 生産力が豊かな宍道湖でのシジミ漁.
豊富な植物プランクトン ( 死骸を含む ) ヤマトシジミ 水鳥キンクロハジロなどの捕食 シジミ漁による取り出し 糞は, ゴカイなど底生生物へ 富栄養湖である宍道湖の高い生産力と食物連鎖 背景は数千羽の水鳥の群れ 水の華 (water bloom) とは 湖沼で浮遊性の藻類が著しく増加して水が色づいて見える現象 アオコ ( 青粉 ) とは 湖沼で藻類が大発生する現象のひとつで 特に水面に集積し 水の色が濃い緑色を呈する場合をいう 原因生物 : シアノバクテリア ( 藍色細菌 ) が主 渡辺真利代他編 (199) 及び微生物学辞典による
調査船の航跡に集積したアオコ. 水面に浮遊し, ボトルに採取したアオコ 宍道湖に発生した藍藻ミクロキスチス (Microcystis) 属によるアオコ (199 年 10 月 1 日 ) 宍道湖のアオコの優占種 藍色細菌 (Cyanobacteria) に属す種が優占 原核生物 酸素発生型光合成を行う ミトコンドリア 葉緑体など細胞小器官をもたない ガス胞 (gas vesicles) を有し浮遊 水面表面に集積する 宍道湖では Microcystis 属の種類が優占する 悪臭を放つ 中海では希 有毒の種類がある 肝臓毒 ( ミクロシスチン ) が知られている オーストラリア, ヨーロッパ, アメリカ ( 日本では家畜の被害は知られていない ) 宍道湖では飲料水にしていない ( ミクロシスチンの除去方法あり ) 漁業被害も知られていない
細胞内の黒い点がガス胞 直径約 5µm の細胞が多数集合しコロニーを形成する. 宍道湖産のアオコ, ミクロキスチス属の一種 浮き袋にあたるガス胞を細胞内に多数有すため, 浮遊することができる. ガス胞を有し 浮遊する 伊達善夫 (19) より
伊達善夫 (19) より 宍道湖の船着場に集積したアオコ (199 年 10 月 )
伊達善夫 (19) より 宍道湖の塩分が低い年にアオコは発生しやすい 電気伝導度 ms/cm 1975 年 190 年 電気伝導度 ms/cm 191 年 196 年 宍道湖湖心の上層における塩素濃度の推移 : アオコ発生年 伊達 (19) より引用
渡辺真利代 (199) 藍藻類が発生する主なカビ臭物質 : ジェオスミンと 2- メチルイソボルネオール 水道水の悪臭の原因 Watson(2003)
宍道湖のアオコ発生状況のまとめ 優占種は藍色細菌のMicrocystis 属の種類 原核生物, 酸素発生型光合成, 有毒種も知られている 表層の電気伝導度が ms/cm を ( 塩化物イオン濃度 1000mg/l) を下回ると 発生する傾向があるが 199 年と 1999 年はそえを超えて発生し 1999 年は 6.5- ms/cm で発生した 光合成細菌と藍色細菌の光合成の比較光合成細菌 ( バクテリオクロロフィル ) 光エネルギー 6CO 2 + 12H 2 S C 6 H 12 O 6 + 6H 2 O + 12S 藍色細菌 ( クロロフィル, フィコビリン ) 光エネルギー 6CO 2 + 12H 2 O C 6 H 12 O 6 + 6H 2 O + 6O 2 光合成細菌は酸素を発生しないが, 藍色細菌は酸素を発生する 生き方は真核の緑藻や褐藻と同じ
赤潮 (red tide) とは 海洋微生物が大発生し 水の色を変色させる現象 水産生物への被害の有無 色は問わない 原因生物 : 植物プランクトン 細菌類 せん毛虫など 夜光虫 : 桃赤色 渦鞭毛藻 : 褐色 細胞数 : 数百 μm で数 100 cell/ml, 20 µm 以下で数 1000 cells/ml 岡市編 (1997) 赤潮の科学第二版 中海湖心での水質調査 (2002 年 1 月 日 ) 赤潮発生 野村律夫氏撮影
光合成色素 鞭毛 鞭毛 Prorocentrum minimum の栄養細胞 中海産培養株 (NN-1) 2 本の鞭毛を有し 遊泳する. 細胞の長さは約 20 µm 江原亮氏撮影 中海, 安来港に発生したプロロケントルム ミニマムによる赤潮 (2000 年 10 月 2 日 )
濃い赤潮の場合,30cm 径の白色円盤が水深数 10cm でほとんど見えなくなる. 赤潮をバケツに採水すると褐色に色づいている 中海に発生したプロロケントルム ミニマムの赤潮 渦鞭毛藻類 (Dinoflagellate) 1. 光合成を行う 2. 鞭毛を有し遊泳する植物か動物か? 植物学 : 鞭毛藻類 動物学 : 植物性鞭毛虫類 Prorocentrum minimum 水中にはミドリムシ, ボルボックスなど運動性を有し 光合成をする生物が多数いる 動物と植物の中間的な生物であり, 人為的な分類にあわない生物
1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 9 5 1 750 細胞密度 (x10e+5 cells/l 600 50 300 150 0 197 1976 197 190 192 19 196 19 1990 1992 中海湖心における Prorocentrum minimum の細胞数密度の経年変化 (197 年 1 月 -199 年 3 月 ) 伊達他 島根県保健環境科学研究所データによる 矢印は湖心または他の地点で 5 月の大発生後 6 月に激減した時を示す 750 Pr(N6) 細胞密度 (x10e+5 cells/l) 600 50 300 150 0 12 12 12 12 12 12 12 12 12 12 199 1995 1996 1997 199 1999 2000 2001 2002 2003 中海湖心 (N6) における Prorocentrum minimum の細胞数密度 (199 年 月 ~2003 年 3 月 ) 島根県保健環境科学研究所データによる
細胞密度 (x10e+5 cells/l 250 200 150 100 50 PM(S3) E..C.(S3) Mesodinium rubrum の赤潮発生 50.0 0.0 30.0 20.0 10.0 電気伝導度 (ms/cm) 0 9 2 7 12 5 10 3 1 6 11 9 2 7 12 5 10 3 1 6 11 0.0 199 1995 1996 1997 199 1999 2000 2001 2002 2003 宍道湖湖心 (S3) における P. minimum( ) と M. rubrum による赤潮の発生と湖心の表層塩分の経年変化 島根県保健環境科学研究所データによる 共生藻類 10µm 10µm 宍道湖に発生したアカシオウズムシ ( Mesodinium rubrum) 湖心の西方 (2002 年 12 月 2 日 1. mscm, 9.6 )
赤潮発生状況のまとめ 中海 P.minimumによる赤潮は197 年から2000 年にかけてほぼ毎年発生 1990 年代に最も細胞密度が高かったが ここ数年は小康状態 宍道湖 P.minimumによる赤潮は 塩分が10 ms/cmを超えたときに発生しやすい mg/l 20 1 16 1 12 10 6 2 0 中海湖心上層 COD D-COD 19 196 19 1990 1992 199 1996 199 2000 2002 年 中海湖心上層の COD, D-COD の経年変化 環境省水環境部 (2005) より引用
10 宍道湖湖心上層 COD D-COD mg/l 6 2 0 19 196 19 1990 1992 199 1996 199 2000 2002 年 宍道湖湖心上層の COD, D-COD の経年変化 環境省水環境部 (2005) より引用 - 全体のまとめ - 宍道湖では, 過去 30 年間, 塩分が低下するとアオコが発生する ( 藍色細菌が優占 ) 中海では毎年中海ではプロロケントルム ミニマムによる赤潮が発生している 水中の有機物量をあらわすCODは横ばいか, 微増の状況である. 水質が改善しない限り, 中海では赤潮, 宍道湖ではアオコが発生する状況が続くことが予測される.
核 藍色細菌の DNA, クロロフィル, フィコビリン 核 2 重膜 細胞小器官化 真核生物 真核生物による藍色細菌の捕食 葉緑体 DNA, クロロフィル, フィコビリン 紅藻類が藍色細菌を葉緑体として利用 原核生物を一次共生により葉緑体として獲得 2 次共生による葉緑体の獲得 筑波大学生物科学系植物系統 分類学研究室 藻類画像ホームページより引用
Mesodinium rubrum の細胞の模式図 筑波大学生物科学系植物系統 分類学研究室 藻類画像ホームページより引用 共生藻類 10µm 10µm 宍道湖に発生したアカシオウズムシ ( Mesodinium rubrum) 湖心の西方 (2002 年 12 月 2 日 1. mscm, 9.6 )
アカシオウズムシ ( Mesodinium rubrum) 桃赤色の赤潮を形成する 原生動物で クリプト藻類を共生させている クリプト藻類真核の紅藻を葉緑体として取り込んだ生物 真核生物 1+ 藍色細菌 = 紅藻類 1 次共生 真核生物 2+ 紅藻類 = クリプト藻類 2 次共生 原生動物 + クリプト藻類 = アカシオウズムシ 引用文献 環境省水環境部 (2005): 宍道湖 中海編. 平成 16 年度湖沼水質保全対策 総合レビュー検討調査報告書 pp. 9-19. 次のURLよりダウンロード可能 http://www-cger2.nies.go.jp/gems/kasumi/report.html 岡市友利編(1997): 赤潮の科学 ( 第二版 ). 恒星社厚生閣, 東京,337 pp. 山陰中央新報新聞 2005 年 3 月 26 日 島根大学汽水域研究センター(1993): 中海 宍道湖とその流域 - 豊かな自然と文化を未来に生かす-. 松江, 高浜印刷, 15 pp. 宍道湖 中海の藻類研究会(1996): 宍道湖 中海水系の藻類. 高浜印刷, 松江,129 pp. 菅井隆吉 (19): 汽水湖 宍道湖 におけるアオコの発生状況について. - 宍道湖, そして水に思う-. 水 30(), 61-65. 伊達善夫 (19): 宍道湖 中海とアオコ. たたら書房, 米子, 9 pp. 筑波大学生物科学系植物系統 分類学研究室 藻類画像ホームページ http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~inouye/ino/contents.html 渡辺真利代他編 (199): 有毒藍藻の発生と毒素. 海洋と生物 115:-93.