国土技術政策総合研究所 研究資料

Similar documents
スライド 1

第18期火災予防審議会地震対策部会

第 Ⅱ ゾーンの地区計画にはこんな特徴があります 建築基準法のみによる一般的な建替えの場合 斜線制限により または 1.5 容積率の制限により 利用できない容積率 道路広い道路狭い道路 街並み誘導型地区計画による建替えのルール 容積率の最高限度が緩和されます 定住性の高い住宅等を設ける

<4D F736F F F696E74202D2095E58F CC81698E518D6C8E9197BF816A816997F08E6A92C789C1816A8251>

国土技術政策総合研究所 研究資料

PowerPoint プレゼンテーション

本町二・四・五・六丁目地区の地区計画に関する意見交換会

表1-表4-2

<4D F736F F D2081A196A78F578E738A58926E8DC490B695FB906A B95D2816A2E646F63>

世田谷区

大谷周辺地区 及び 役場周辺地区 地区計画について 木原市街地 国道 125 号バイパス 役場周辺地区 (43.7ha) 美駒市街地 大谷周辺地区 (11.8ha) 地区計画の概要 地区計画とは住民の身近な生活空間である地区や街区を対象とする都市計画で, 道路や公園などの公共施設の配置や, 建築物の

地区計画パンフレットP.1

ÿþ

別記様式第4

第1章

第 3 号様式 ( 第 3 条関係 ) 不燃化推進特定整備地区整備プログラム 品川区 豊町 丁目 二葉 3 4 丁目及び西大井 6 丁目地区 平成 25 年 11 月第 1 回変更認定平成 27 年 10 月第 2 回変更認定平成 29 年 3 月 品川区

1 目的 建築基準法第 68 条の 5 の 5 第 1 項及び第 2 項に基づく認定に関する基準 ( 月島地区 ) 平成 26 年 6 月 9 日 26 中都建第 115 号 建築基準法 ( 昭和 25 年法律第 201 号 以下 法 という ) 第 68 条の 5 の 5 第 1 項 及び第 2

<4D F736F F D2090E797A2836A B835E CC82DC82BF82C382AD82E88E77906A B8C91CE8FC6955C F97702E646F63>

( 対象区域 ) 第 5 地区計画の対象区域は 工業団地 ( 国母工業団地 南部工業団地 機械金属工業団地 ファッション工業団地 ( アリア ディ フィレンツェ ) をいう 以下同じ ) の区域内及び隣接地又は近接地 ( おおむね工業団地から500メートル以内 ) とする ( 区域の設定 ) 第 6

~ 都市計画道路予定地の評価 ~ 今回の豆知識では 我々不動産鑑定士が日常の評価業務において良く目にする 都市計画 道路予定地 の評価について取り上げてみたいと思います 1. 都市計画道路とは? 都市計画法では 道路 公園 下水道処理施設等の施設 ( 都市施設 ) のうち必要なものを都市計画に定める

Microsoft Word - ●決定⑤地区計画-2.docx

[2] 道路幅員による容積率制限 ( 基準容積率 ) 敷地面積に対する建物の延べ床面積の割合を 容積率 といい 用途地域ごとに容積率の上限 ( 指定容積率 ) が定められています しかし 前面道路の幅員が 12m 未満の場合 道路幅員に応じて計算される容積率 ( 基準容積率 ) が指定容積率を下回る

(2) 路地街区 ア路地街区の内部で 防火性の向上と居住環境の改善を図るため 地区施設等に沿った建築物の高さの最高限度及び壁面の位置の制限を定めることにより 道路斜線制限を緩和し 3 階建て耐火建築物の連続した街並みを形成する イ行き止まりの路地空間では 安全性の確保のため 2 方向の避難を目的とし

Microsoft Word - 法第43条第2項第2号許可基準

表紙

スライド 1

江東区


区域の整備 開発及び保全に関する方針 江戸川一丁目地区地区計画 計画書 計画決定 H 江戸川区告示第 433 号 計画変更 H 江戸川区告示第 27 号 計画変更 H 江戸川区告示第 482 号 名称江戸川一丁目地区地区計画 位置 江戸川区江戸川一丁目 江戸

指定標準 適用区域 建ぺい率 容積率 建築物の高さの最高限度 m 用途地域の変更に あたり導入を検討 すべき事項 ( 注 2) 1. 環境良好な一般的な低層住宅地として将来ともその環境を保護すべき区域 2. 農地等が多く 道路等の都市基盤が未整備な区域及び良好な樹林地等の保全を図る区域 3. 地区計

千里ニュータウン地区の今後の土地利用の考え方 豊中市 はじめに市は 平成 4 年 (1992 年 )7 月に 千里ニュータウン地区住環境保全に関する基本方針 ( 以下 基本方針 という ) を策定し 同地区内で計画される建築物などに対して その用途をはじめ 建築物の建て方 ( 容積率 建ぺい率 高さ

国土技術政策総合研究所 研究資料

都市計画変更素案に関する説明会 建築規制の変更に関する説明会 特定整備路線補助 29 号線 井 東 込区間 (JR 横須賀線 区界 ) 沿道 日時 : 平成 29 年 8 3 ( ) 場所 : 品川区 伊藤 学校 前方右側に手話通訳者を配置しております 必要な方はお近くの席にお移り願います 1 本日

Microsoft Word - (新)滝川都市計画用途地域指定基準121019

<4D F736F F D E88B7982D18B9689C2905C90BF8EE888F882AB E33292E646F63>

Taro-03_H3009_ただし書同意基準

<303195F18D908E9197BF2E786C73>

スライド 1

一団地認定の職権取消し手続きの明確化について < 参考 > 建築基準法第 86 条 ( 一団地認定 ) の実績件数 2,200 ( 件 ) 年度別 ( 住宅系のみ ) S29 年度 ~H26 年度 実績件数合計 16,250 件 用途 合計 ( 件 ) 全体 17,764 住宅系用途 16,250

計画書

(Microsoft Word - \201\2403-1\223y\222n\227\230\227p\201i\215\317\201j.doc)

名前 第 1 日目 建築基準法 2 用途規制 1. 建築物の敷地が工業地域と工業専用地域にわたる場合において 当該敷地の過半が工業地域内であると きは 共同住宅を建築することができる 2. 第一種低層住居専用地域内においては 高等学校を建築することができるが 高等専門学校を建築する ことはできない

環状第二号線沿道新橋地区街並み再生地区及び街並み再生方針について

2

市町村における住民自治や住民参加、協働に関する取組状況調査

(4) 対象区域 基本方針の対象区域は市街化調整区域全体とし 都市計画マスタープランにおいて田園都市ゾーン及び公園 緑地ゾーンとして位置付けられている区域を基本とします 対象区域図 市街化調整区域 2 資料 : 八潮市都市計画マスタープラン 土地利用方針図

日影許可諮問(熊野小学校)

平井二丁目付近地区地区計画の概要 平井二丁目付近地区地区計画の概要をお示しします 詳しくは 同封の 平井二丁目付近 地区計画書 計画図 をご確認ください 地区計画の区域地区計画の対象区域は 下図のとおりです 平井二丁目付近地区 ( 約 28.6ha) 江戸川区平井一丁目 平井二丁目及び 小松川三丁目

目次 1. 市街化調整区域の土地利用方針について... 1 (1) 策定の目的... 1 (2) 方針の位置付け 市街化調整区域の課題 土地利用の方針... 3 (1) 土地利用の基本的な方針... 3 (2) 地区ごとの土地利用方針 開発計画等の調整

スライド 1

建築基準法第 86 条第 1 項 第 2 項の規定に基づく一団地の総合的設計制度及び連担建築物設計制度等の運用について 建築基準法第 86 条第 1 項 第 2 項及び法第 86 条の2 第 1 項の規定に基づく認定の運用は 平成 11 年 4 月 28 日付け建設省住街発第 48 号局長通達による

立川市絶対高さを定める高度地区指定に関する検討方針 平成 26 年 5 月 立川市 0

一宮市住宅マスタープラン ~ 住み続けたいまち 住んでみたいまち 人々が生き生きと暮らせるまち ~ 概要版 平成 2 5 年 3 月 一宮市

防災まちづくりの具体的な方向性を示す 方針 は 防災まちづくりに関するキーワードごとに 以下の12 項目にまとめました 防災まちづくりの方針 防災( 安全 安心 ) 地域コミュニティ ひと 1 多様な世代の交流や地域活動への参加が 防災 減災活動を支えるまち ( 自助 共助の話し合いが活発に行われて

[ 地区計画における地区施設道路等の整備効果に関する分析 ] まちづくりプログラム MJU09061 津田あゆみ はじめに 1-1 研究の目的と背景都市計画区域内においては地域地区制 ( ゾーニング ) による土地利用規制が行われている これらの土地利用規制は規制がなかった場合に用途や高さの混在によ

<4D F736F F D A6D92E894C A968795FB8E738E738A5889BB92B290AE8BE688E682CC926E8BE68C7689E682CC834B C98AD682B782E9895E97708AEE8F80>

PowerPoint プレゼンテーション

国土技術政策総合研究所 研究資料

本日の説明内容 1 板橋駅西口周辺地区のまちづくり 2 板橋駅西口地区都市計画素案について 1 市街地再開発事業 2 地区計画 3 高度利用地区 4 高度地区 3 今後のスケジュール 1

山手地区の概要 面積 約50ha 用途地域 工業地域 建ぺい率 60 容積率 200 高さの限度 第一種高度地区 最高限20m 2

国土技術政策総合研究所 研究資料

<4D F736F F D AE8A4F8D4C8D9095A CC8A FF38BB52E646F63>

西原町 2~4 丁目地区 区域図 西原町 2~4 丁目地区 低密度住宅ゾーン 中密度住宅ゾーン 戸建ての低層住宅地を主体に落ち着いた雰囲気を持った良好な居住環境の形成を誘導します また 都市農地の保全に努め 農地と共存した良好な居住環境の形成を誘導します 低層住宅と中高層住宅が調和した良好な居住環境

P19-20.ai

葛飾区

目次 方針策定の背景 1-1. 用途地域指定の基本的な考え方 1-2. 住居系 [ 第一種低層住居専用地域 ] [ 第二種低層住居専用地域 ] [ 第一種中高層住居専用地域 ] [ 第二種中高層住居専用地域 ] [ 第一種住居地域 ] [ 第二種住居地域 ] [ 準住居地域 ] [ 田園住居地域 ]

エ建替え後の建築物の絶対高さ制限を超える建築物の部分の水平投影面積の合計は 現に存する建築物又は現に建築の工事中の建築物の絶対高さ制限を超える建築物の部分の水平投影面積の合計を超えないこと オ建替え後の建築物の絶対高さ制限を超える建築物の部分の水平投影部分の形状は 現に存する建築物又は現に建築の工事

和泉市の宅地開発における制度

<4D F736F F F696E74202D208D91918D8CA48D EF90E096BE F837C816992F18F6F94C A5F CF68A4A97702E707074>

国土技術政策総合研究所 研究資料

東京都市計画高度地区変更(練馬区決定) 【原案(案)】

改正包括同意基準参考図

目次 Ⅰ 運用基準の策定にあたって P1 1 策定の目的 P1 2 運用基準の位置づけ P1 Ⅱ Ⅲ 土地利用のあり方 P1 地区計画の活用 P2 1 地区計画とは P2 2 地区計画の活用類型 P2 (a) 地域資源型 P3 (b) マスタープラン適合型 P3 (c) 街区環境整序型 P3 (d)

不燃化推進特定整備地区整備プログラム【渋谷区】(本町二~六丁目地区)

<819A819A94928E E738C7689E F E6169>

Microsoft Word - 09池町通り.doc

<8ED089EF8E91967B90AE94F5918D8D878CF095748BE0955D89BF88CF88F589EF2E786477>

建築基準法第 43 条第 2 項第 2 号の規定による許可の同意の取扱い基準 平成 18 年 6 月 1 日東広島市建築審査会 建築基準法 ( 以下 法 という ) 第 43 条第 2 項第 2 号の規定により許可を行う場合, 次 に定める基準のいずれかに該当する建築物の敷地については, 建築審査会

別紙 40 東京都市計画高度地区の変更 都市計画高度地区を次のように変更する 面積欄の ( ) 内は変更前を示す 種類面積建築物の高さの最高限度又は最低限度備考 第 1 種 約 ha 建築物の各部分の高さ ( 地盤面からの高さによる 以下同じ ) は 当該部分から前面道路の反対側の境界線 高度地区

2 計画 ( 素案 ) からの主な変更点 1 はじめに頁主な変更点 1 これまでの経緯に 不燃化特区補助制度の指定 地区計画と都市防災不燃化促進事業の導入についての記載を追加 また 大和町中央通り沿道地区は 平成 26 年に不燃化特区補助制度 ( 平成 32 年度まで ) の対象区域に指定されるとと

1 整備目標 方針 地名 位置 地の現況 課題 羽田二 三 六丁目地 ( 大田 ) 東京都大田羽田二丁目 三丁目 六丁目 現状 独立住宅を中心に 集合住宅や併用住宅も含めた住居系の土地利用がほとんどを占めている 幅員 4m 未満の道路が大半を占めており 幅員 2.7m 未満の道路も多くなっている ま

PowerPoint プレゼンテーション

計画的な再開発が必要な市街地 特に一体的かつ総合的に再開発を促進すべき地区 市町名 名称 再開発の目標 土地の合理的かつ健全な高度利用及び都市機能の更新に関する方針 特に整備課題の集中がみられる地域 ( 課題地域 ) 地区名 西宮市 C-4 浜脇 ( 約 175ha) 居住環境の向上 良好な都市景観

目次 ( )

Microsoft Word _解説(H 改正).doc

用途地域変更の考え方 ( 素案 ) 1 駅 駅前広場 アクセス道路沿道の土地利用の促進 駅 北側沿道 25m 以内及び沿道南側街区を近隣商業地域へ変更 18

建築基準法第 43 条第 2 項第 2 号の規定による許可の基準 ( 包括同意基準 ) 平成 30 年 9 月 28 日 加古川市都市計画部建築指導課

Microsoft PowerPoint - プレゼン資料

地区計画とは 地区計画とは 土地や建築物の所有者など地区の皆さんが合意を図りながら道路や公園などの配置 建築物の用途 容積率 高さ 色やデザイン等のルールをきめ細かく定め そのルールに基づいて建築行為等を行うことにより より良いまちづくりをすすめる手法のひとつです 地区の特性に応じて必要な項目を選択

都市計画図 外神田二・三丁目地区(PDF)

渋谷区

Microsoft PowerPoint - 第3回勉強会プレゼン資料_

区域の整備 開発及び保全に関する方針地区施設の整備の方針建築物等の整備の方針 (2) 公園 緑地の整備方針地域に親しまれる やすらぎと憩いの空間を形成するとともに 西武立川駅から玉川上水に向けて形成される緑のネットワークの拠点となるよう公園や緑地を配置する (3) その他の公共空地の整備方針各敷地の

不燃化推進特定整備地区整備プログラム/北区/志茂地区

用途地域の指定のない地域の建築形態規制\(素案\)

大阪市再開発地区計画にかかる

大規模住宅団地の現状と活性化・再生の進め方

東京都市計画第一種市街地再開発事業前八重洲一丁目東地区第一種市街地再開発事業位置図 東京停車場線 W W 江戸橋 JCT 日本橋茅場町 都 道 一石橋 5.0 特別区道中日第 号線 江戸橋 15.

建築基準法第 43 条第 1 項ただし書による包括許可基準 平成 23 年 3 月 4 日 焼津市建築審査会承認 1 趣旨次の基準に適合するものは 建築基準法 ( 昭和 25 年法律第 201 号 以下 法 という ) 第 43 条第 1 項ただし書の規定に基づき 特定行政庁が交通上 安全上 防火上

平井二丁目付近地区のまちづくり 平井二丁目付近地区は JR 平井駅南東部の都市計画道路放射第 15 号線に接し 都市計画道路補助第 120 号線が南北に通るなど 交通利便性が高く 旧中川沿川のうるおいある環境を感じられる地区です しかし 耕地整理により形成された街区内などでは 幅員 4.0m 未満の

Transcription:

第 Ⅰ 部 こんなに使える! まちづくり誘導手法

第 Ⅰ 部こんなに使える! まちづくり誘導手法 1.4m 道路がないときはあきらめるしかない? 接道 が密集市街地の悩み密集市街地は 道路が狭く 建物は狭小で密集し 建替えもなかなか進まず老朽化しているということで 防災性や住環境の面で 問題 があると言われています 密集市街地の建替えが進まない理由としては 建替えの資金の不足や権利関係の複雑さ 家主の高齢化などが考えられますが 物理的な要因については 国土技術政策総合研究所が地方公共団体に対して実施したアンケート調査 ( 巻末 参考資料 参照 ) によると 建替えの際に道路の中心線から2mまで後退しなければならないという建築基準法の二項道路の拡幅の問題や そもそも道路に有効に接しておらず建替えたくても建替えられないという無接道の問題が大きいことが分かります 無接道 二項道路のセットバックが困難 道路斜線で 3 階化が困難 建ぺい率を守ることが困難 建替えは比較的順調に進んでいる その他 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 図 1-1 建替えが進まない物理的要因 ( 複数回答 2 つまで : 総回答数 573) 建替えが可能にならなければ 密集市街地の改善はできない密集市街地の居住環境の改善は 防災上問題のある個々の建築物が建替わって 建物の基本的な安全性や居住性が高まることが必須です 地区の道路ネットワークの整備と一体となって 個々の建物の更新を進めていくことが重要です では どんなに建替えたくても 敷地が 4m 以上 の 道路 に接していなければ 諦めるしかないのでしょうか? 建替えられるようにすること それが密集市街地整備をもう一歩進めるために不可欠です -1-1-

道路 に接していなくても 建替えられる! その一歩を進めた例をご紹介しましょう 一つは 道路の幅員そのものを緩和することによって 生活空間が建物の外にも滲み出している路地空間を再生する東京都中央区月島地区の事例です 共同化によらずに この地区特有のスケール感を維持しながら 個々の建物の更新が可能になりました もう一つは 横丁を挟んだ両側の敷地をまとめて一つの敷地とみなし その区域全体に防災に配慮した建築ルールを適用した大阪市の法善寺横丁の事例です 区域全体を一つの敷地として扱い 道路を敷地内の通路とすることで 幅員が4mに満たない通路沿いに飲食店が所狭しと建ち並ぶ横丁の雰囲気を残すことが可能になりました いずれの事例も ある種の発想の転換をしています この一歩は 従来の建築指導行政との関係整理 安全性確保の担保方法 行政内の関係部局や地域の方々との合意形成の進め方などなど さまざまな工夫によって可能となりました 3.3m 写真 1-1 東京都中央区月島地区 2.7m 写真 1-2 大阪市法善寺横丁 -1-2-

2. 建替えても今より小さい建物しかできない? 接道条件が満たされただけでは建替えは進まない密集市街地で建替えがなかなか進まない理由には 先の 接道規定 のほかにもう一つ 容積率 建ぺい率 斜線制限といった建築基準法の 形態制限 があります 良好な市街地の環境を形成する建築物の基本的なルールである形態制限ですが 密集市街地では多くの敷地が狭小であるために これら形態制限が厳しく働くことで十分な居住面積が確保できなくなっています 先のアンケート調査でも 建築面積や延床面積の確保に関連する斜線制限や建ぺい率制限が問題だと考えている回答が3 割みられました もちろん 敷地を共同化して土地を有効利用できるようにすることが望ましいのですが 建替えの時期を揃えたり 隣の人と同じ建物に入ることが難しい場合が多く 自分の敷地で建替えができることへの期待が大きいといえます 希望がかなう建替えにより まちを安全にする今より広い住宅に建替えたいという希望や 高齢者がいるので特に1 階部分の床面積を広くとりたいといった希望があっても 小さな敷地では通常は希望の実現が難しく 期待する住まいが建たないのであれば現在の建物の不都合箇所を直しながら住み続けた方がよい となるのも無理からぬものがあります 建替え時期が来ている建物であっても 改装や設備面の更新 生活面の様々な工夫によって住み続けることは可能でしょう しかし 小さな敷地に軒先を接するように老朽化した木造建物が接していれば ちょっとした失火でも隣接建物への延焼が心配です まして震災時には初期消火はおろか 避難経路が断たれてしまう恐れもあるのが密集市街地です 建替え能力のある権利者に その発意を行使できないまま 我慢しながら住み続けていただくことが適切なのでしょうか それよりも建替え意欲を実際の建替え行動に結びつける条件を整えることができれば その積み重ねが市街地の安全性の向上につながります 建ぺい率を緩和して建替えました 写真 1-3 大阪市 道路斜線や前面道路幅員による容積率の制限を緩和して 総 3 階の建物を建てました写真 1-4 品川区戸越一丁目 -1-3-

3. 地域のまちづくりルールを決めて解決へ! 全国一律の基準を地域のまちづくりルールに置き換える建築基準法が定める全国一律の基準は 個々の敷地について 周辺との協調や調整をしなくても最低限の環境が担保できるように建築を制限しているものです しかし 地域において お互いに協調しながら建築を行うルールを合意することができれば たとえば街区全体で安全性等を確保することにより 個々の敷地にかかる容積率 建ぺい率 斜線制限等の形態制限の緩和を盛り込んだ いわば ローカル ルール を適用する方法も建築基準法の中で用意されているのです 全国一律の基準の存在を基本としながらも 地域の地勢や地形 建築 開発の動向 市民のニーズ等を踏まえて 地域の実情にあったルールをつくり まちづくりを誘導する手法が これからは大変重要になってくるわけです 実際にこのような方法を密集市街地の改善に活用する地方公共団体も出てきました 住民の協調と責任による地域のまちづくりルール地域のまちづくりルールは 基本的には 自分の土地に自分の建物を建てる方式を考えていますが 全体として安全性や快適性が確保されるようなルールをお互いに協調して遵守しあうことがポイントです 地域の特性に合ったルールの内容を 地域が自発的に合意して実現していくわけです 住民ひとりひとりが 少しずつまちづくりに貢献するという意味では 住民がまちづくりの主役だといえますが 一方では 住民がまちづくりに責任をもつという気持を忘れないことが重要です このようなルールを取り決める範囲は 向こう三軒両隣程度の比較的狭い範囲から 複数の街区からなる町丁目程度の広がりまであり 地域の特性や手法によって異なります 要は それぞれのルールが目指している効果が発揮されるために最低限必要な範囲でルールを合意する必要があるといえます このようなローカル ルールをつくるためには お互いが少しずつ協力することがまちを良くし 結果として自分の利益にもつながってくることを理解していただくことが必要です -1-4-

4. 地方公共団体の判断でここまでできる! 建替えられない状況を改善する責任密集市街地では いくつかの制限が影響して建替えが困難になっており そのような状況を改善するため まちづくり誘導手法が効果を発揮する可能性があることを見てきました これまでは個々の住民が建築基準法の一律の基準を守ることが絶対でした しかし このようなまちづくり誘導手法が使えることが明らかになると 今度はそれを利用することを検討し 建替えられない状況を改善することへの努力が 今日 まちづくりに取り組む行政には求められます まちづくり誘導手法の策定権限は地方公共団体にある地方分権の推進により 地方公共団体の都市計画の決定権限が大幅に広がりました 建築基準法でも 条例を定めることにより 地方公共団体が 建築物の敷地 構造等に関する規定を追加することができるような仕組みが設けられています ( 建築基準法第 40 条 第 50 条等 ) 本書で取り扱う街並み誘導型地区計画や建ぺい率特例許可などのまちづくり誘導手法も まさに地方公共団体が自ら決定できる手法です そして まちづくり誘導手法では 規制の強化だけでなく 許可 や 認定 といった独自の判断によって 規制の緩和もできることが大きな特徴となっています このように まちづくり誘導手法の策定権限の多くは 実は地方公共団体にあるのです 独自の判断に対する不安を克服するまちづくり誘導手法は 密集市街地での建替えを促進し 地域の個性やアイデンティティを実現できる素晴らしい手法に見えますが 話はそう簡単ではありません というのも こうした手法を用いることにためらいを感じる地方公共団体が多く 制度はあってもなかなか活用されていないというのが実情だからです 地方公共団体が手法の活用を躊躇する理由には どのようなものがあるでしょうか 前述のアンケート結果では 合意形成や運用基準の作成の難しさの指摘が多くなっていますが 特に三項道路では 他地区との不公平感や行政の不連続を指摘する回答が 7 割程度見られました ( 次頁および巻末 参考資料 を参照 ) 密集市街地に建っているほとんどの建物は 全国一律の建築基準法に従って建っていますが そこに一部の例外を認めたら 一律の基準に従った人は大きな不公平感や不満を感じるでしょう 緩和できると分かると 自分のところでも認めよと 役所に要望が殺到するかもしれません また 密集市街地の再生産を心配する声も多くなっています 密集市街地では 建物の密集に伴う住環境面や防災面での問題を解決するため 狭あい道路の拡幅や公園 ポケットパークの整備 建物の共同化など 様々な取り組みがなされてきました まちづくり誘導手法も 密集市街地のこれらの問題の解決を目指しているという点では共通ですが 制限の緩和と強化のバランスを取りながら個々の建替えを進めるため 密集 建て詰まりという状況を改善できないのではないか むしろ悪化させるだけではないか という心配が生じてきます -1-5-

100% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% ア. 建て替えの促進に効果があると思う 連担建築物についてどう考えるか問 6(2) 連担建築物設計制度について イ. 密集地をウ. これまでのエ. 他地区とのオ. 運用基準のカ. 庁内での再生産する建築行政と公平性の観点作成が難しい合意形成やなどの弊害が不連続が生じるから活用がと思う ( 規制の連携が難しいあると思うことで活用が難しいと思う根拠や効果がと思う難しいと思う不明等 ) キ. 適用の際 地権者間の合意形成が難しいと思う 100% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% ア. 建て替えの促進に効果があると思う 三項道路についてどう考えるか問 6(3) イ. 密集地をウ. これまでのエ. 他地区とのオ. 運用基準のカ. 庁内での再生産する建築行政と公平性の観点作成が難しい合意形成やなどの弊害が不連続が生じるから活用がと思う ( 規制の連携が難しいあると思うことで活用が難しいと思う根拠や効果がと思う難しいと思う不明等 ) キ. 適用の際 地権者間の合意形成が難しいと思う 市区町村 ( 特行 ) 建築 市区町村 ( 特行 ) 密集 市区町村 ( 特行 ) 建築 市区町村 ( 特行 ) 密集 市区町村 ( 非特行 ) 建築 市区町村 ( 非特行 ) 密集 市区町村 ( 非特行 ) 建築 市区町村 ( 非特行 ) 密集 都道府県 建築 都道府県 密集 都道府県 建築 都道府県 密集 総計 総計 図 1-2 アンケート結果 ( アンケートの詳細については 巻末 参考資料 を参照 ) まちづくり誘導手法は単なる緩和ではないこのような不安に対して まずは まちづくり誘導手法が単に制限を緩和する手法ではないことを述べておきたいと思います まちづくり誘導手法で緩和できる内容には 接道義務 斜線制限 容積率制限などがあります ところがその一方で 建物の階数や高さの制限 壁面の位置の制限 構造の制限など これまでには無かったルールが新たにかかってきます つまり 緩和した分を ほかの部分できちんと補っていることになります 大阪市法善寺横丁の連担建築物設計制度では 路地 ( 横丁 ) の空間を大切にするため通路幅員を2.7mにするかわりに 通路に面する建物を耐火構造化することなど 様々な義務が課せられています 図 1-3 大阪市法善寺横丁のルール ( 出典 : 大阪市資料 ) -1-6-

合わせ技 で一定の水準を確保するもっとも まちづくり誘導手法の中には 建築の制限という意味では 緩和の側面の方が強く感じられる場合もあります ただし そのような手法を使う場合には 例えば骨格的な道路基盤が整っていて消防活動が円滑に行える地区に限って認めたり ハード面だけでなく住民の自主防災組織があることを条件としたりしています つまり ハード ソフト含めた幾つかの手法を組み合わせることで 全体として一定の水準を確保するという姿勢は共通しており 広い意味での集団規定の 性能規定化 を目指しているといっていいかもしれません 地方公共団体には このような総合的な視点から判断することによって まちづくり誘導手法を積極的に活用することが求められています ハード面の取り組み 一般規制の置き換え 周辺の基盤整備等 住民によるソフトな取り組み 一定の環境水準を実現する 地域のまちづくりルール 図 1-4 まちづくり誘導手法の基本的な考え方 -1-7-

5. 事業は重要なパートナー! 事業との役割分担で地域全体の改善へこのようにまちづくり誘導手法では 適用する区域内で 防災性や住環境を一定の水準以上に改善することを目指します ただ まちづくり誘導手法が対象とするのは 街区や向こう三軒両隣といったどちらかというと狭い範囲であるため 残念ながら まちづくり誘導手法の積み重ねだけでは 密集市街地の広い範囲を改善しきれない面があります 密集市街地全体の安全性や日常生活の利便性 快適性を高めるためには 地域の骨格となる道路や身近な公園 広場を整備したり 消防用の設備やコミュニティ活動のための施設をつくるといったことが どうしても必要なのです また まちづくり誘導手法は 1 人 1 人の住民が自力で建替えることを前提としていますが お年寄りであったり借地や借家の場合には そのような建替えが難しいことがよくあります あまりにも敷地が狭い場合には まちづくり誘導手法を使ったとしても 十分な居住面積の家が建たない可能性もあります このような場合には 土地を共同で利用して建物の規模を拡大しながら建て主の負担を軽くしたり 場合によっては行政が敷地を買い取るような取り組みが必要になってきます 道路や公園などの基礎的な基盤は 公的な資金を使った事業で重点的に整備し 事業では手が届かない街区の内側などでは まちづくり誘導手法を使った自力の建替えを進めていく このような事業とまちづくり誘導手法の適切な役割分担によって 密集市街地のほとんどの場所への対応ができるようになり より総合的で効率的な密集市街地の改善が可能になるでしょう 相互の連携で改善が促進! そして 事業とまちづくり誘導手法は 単純に実施する箇所が異なるという関係だけではありません 例えば 道路を整備する場合に 地区計画の地区施設や壁面の位置の制限などを定めることができれば 建築に制限をかけることによって道路の整備を確実に進めることができます さらに 形態制限を緩和できるまちづくり誘導手法を組み合わせれば 道路用地を提供していただく地権者の方々にメリットが生まれ 事業に協力していただける可能性が高まります 一方 まちづくり誘導手法の側から言えば 前頁で述べたように 事業で周辺の基盤が整備されることによって 手法の活用に対する不安が解消されて使いやすくなるということがあります このように 事業とまちづくり誘導手法をうまく組み合わせることで それぞれを促進させる相乗効果が期待できるのです -1-8-

6. 力を合わせて密集市街地を改善! ルールづくりには専門家のサポートが有効最後に まちづくり誘導手法を実現するための最大ポイントを述べておきます それは 地域でいかにルールを合意するかということ 具体的には ルールの内容を決めたり 隣近所の間を取り持つのを誰が行うのか という問題です 例えば 最初に建替えの必要から手法の活用を思いついた住民自らが 隣近所に積極的に働きかけることが考えられます 実際に成功した事例を見ると そのような住民の存在が浮かび上がってくることもあります しかし 合意形成に向けて まちづくり誘導手法のルールの詳細な内容を検討したり 区域内の個々の敷地への影響を具体的に示したりすることは 一般の住民にはなかなか難しいことです そのため 専門家のサポートが有効な場合が多いのです 専門家のサポートを行政側で積極的に支援することが成否の鍵を握っているといっても過言ではありません 多様な主体がまちを動かすこれまでにも 主として密集事業 ( 現在の住宅市街地総合整備事業 ) などの事業を導入している地区などでは 行政による専門家派遣制度や建替え相談会等が行われてきました また 行政職員が自ら積極的に地区に入り込んで説明に回ることも行われています 今後 住民主体でまちづくり誘導手法を検討しようとする地域への計画立案支援を行う担い手としては 都市再生機構やまちづくりNPOといった団体も有力な候補です また 密集市街地の改善が必要な箇所の多さや 地域とのつながりの深さからみると 最も期待したいのは地元の設計事務所や工務店などです いずれにせよ まちづくり誘導手法を動かしていく体制をいかに築き上げていくかということは これらの手法を活用する上で最大といってもいいポイントであり それぞれの地方公共団体の創意工夫が求められています さぁ あなたの街でもまちづくり誘導手法を使ってみませんか!! -1-9-