共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおた

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トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成 ( 研究代表者 : 川﨑雅司 ) の事業の一環として行われました 共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 東京大学大学院工学系研究科博士課程 2 年 ) 研

イン版 (2 月 22 日付け : 日本時間 2 月 23 日 ) に掲載されます 注 )R. Yoshimi, K. Yasuda, A. Tsukazaki, K.S. Takahashi, N. Nagaosa, M. Kawasaki and Y. Tokura, Quantum Hall

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令和元年 6 月 1 3 日 科学技術振興機構 (JST) 日本原子力研究開発機構東北大学金属材料研究所東北大学材料科学高等研究所 (AIMR) 理化学研究所東京大学大学院工学系研究科 スピン流が機械的な動力を運ぶことを実証 ミクロな量子力学からマクロな機械運動を生み出す新手法 ポイント スピン流が

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

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スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

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配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

特別研究員高木里奈 ( たかぎりな ) ユニットリーダー関真一郎 ( せきしんいちろう ) ( 科学技術振興機構さきがけ研究者 ) 計算物質科学研究チームチームリーダー有田亮太郎 ( ありたりょうたろう ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) 強相関物性研究グループグループディレクター十倉好紀

1. 背景強相関電子系は 多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です 強相関電子系で現れる電荷整列状態では 電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い 格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示し

体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

報道発表資料 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - ポイント 室温でスピン流と電流の間の可逆的な相互変換( スピンホール効果 ) の実現に成功 電流

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スピントロニクスにおける新原理「磁気スピンホール効果」の発見

スライド 1

高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~ 固体電解質を用いたイオン移動で実現低電流 大容量メモリの実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 28 年 1 月 12 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構東京理科大学概要 1. 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクト

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

マスコミへの訃報送信における注意事項

氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

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平成**年*月**日

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研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

コバルトとパラジウムから成る薄膜界面にて磁化を膜垂直方向に揃える界面電子軌道の形が明らかに -スピン軌道工学に道 1. 発表者 : 岡林潤 ( 東京大学大学院理学系研究科附属スペクトル化学研究センター准教授 ) 三浦良雄 ( 物質材料研究機構磁性 スピントロニクス材料研究拠点独立研究者 ) 宗片比呂

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4. 発表内容 : 1 研究の背景グラフェン ( 注 6) やトポロジカル物質と呼ばれる新規なマテリアルでは 質量がゼロの特殊な電子によってその物性が記述されることが知られています 質量がゼロの電子 ( ゼロ質量電子 ) とは 光速の千分の一程度の速度で動く固体中の電子が 一定の条件下で 有効的に

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平成18年2月24日

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超高速 超指向性 完全無散逸の 3 拍子がそろった 理想スピン流の創発と制御 ~ 弱い トポロジカル絶縁体の世界初の実証に成功 ~ 1. 発表のポイント : 理論予想以後実証できずにいた 弱い トポロジカル絶縁体 ( 注 1) 状態の直接観察に世界で初めて成功した 従来の 強い トポロジカル絶縁体で

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発

予定 (川口担当分)

研究の背景有機薄膜太陽電池は フレキシブル 低コストで環境に優しいことから 次世代太陽電池として着目されています 最近では エネルギー変換効率が % を超える報告もあり 実用化が期待されています 有機薄膜太陽電池デバイスの内部では 図 に示すように (I) 励起子の生成 (II) 分子界面での電荷生

報道機関各位 平成 30 年 5 月 14 日 東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター 株式会社アドバンテスト アドバンテスト社製メモリテスターを用いて 磁気ランダムアクセスメモリ (STT-MRAM) の歩留まり率の向上と高性能化を実証 300mm ウェハ全面における平均値で歩留まり率の

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平成 27 年 12 月 11 日 報道機関各位 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 東北大学大学院理学研究科東北大学学際科学フロンティア研究所 電子 正孔対が作る原子層半導体の作製に成功 - グラフェンを超える電子デバイス応用へ道 - 概要 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (

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C-2 NiS A, NSRRC B, SL C, D, E, F A, B, Yen-Fa Liao B, Ku-Ding Tsuei B, C, C, D, D, E, F, A NiS 260 K V 2 O 3 MIT [1] MIT MIT NiS MIT NiS Ni 3 S 2 Ni

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AlGaN/GaN HFETにおける 仮想ゲート型電流コラプスのSPICE回路モデル

論文の内容の要旨

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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報道機関各位 平成 29 年 7 月 10 日 東北大学金属材料研究所 鉄と窒素からなる磁性材料熱を加える方向によって熱電変換効率が変化 特殊な結晶構造 型 Fe4N による熱電変換デバイスの高効率化実現へ道筋 発表のポイント 鉄と窒素という身近な元素から作製した磁性材料で 熱を加える方向によって熱

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背景 現代社会を支えるコンピューティングや光通信では, 情報の担い手として, 電子の電荷と, その電荷を変換して生成した光 ( 光電変換 ) を利用しています このような通常の情報処理に用いる電荷以外に, 電子にはスピンという状態があります このスピンの集団は磁石の性質を持ち, 情報の保持に電力が不

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 15 日 独立行政法人理化学研究所 モット先生 (1977 年ノーベル物理学賞受賞 ) の謎を解明 - 酸化ニッケルはなぜ金属ではないのか? - 銀白色の金属として知られるニッケルは 耐食性が高くステンレス鋼や硬貨などの原料として広く利用されてい

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世界最高面密度の量子ドットの自己形成に成功

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ナノテク新素材の至高の目標 ~ グラフェンの従兄弟 プランベン の発見に成功!~ この度 名古屋大学大学院工学研究科の柚原淳司准教授 賀邦傑 (M2) 松波 紀明非常勤研究員らは エクス - マルセイユ大学 ( 仏 ) のギー ルレイ名誉教授らとの 日仏国際共同研究で ナノマテリアルの新素材として注

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平成 28 年 12 月 1 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院工学研究科 マンガンケイ化物系熱電変換材料で従来比約 2 倍の出力因子を実現 300~700 の未利用熱エネルギー有効利用に期待 概要 東北大学大学院工学研究科の宮﨑讓 ( 応用物理学専攻教授 ) 濱田陽紀 ( 同専攻博士前期

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【NanotechJapan Bulletin】10-9 INNOVATIONの最先端<第4回>

詳細な説明 研究の背景 フラッシュメモリの限界を凌駕する 次世代不揮発性メモリ注 1 として 相変化メモリ (PCRAM) 注 2 が注目されています PCRAM の記録層には 相変化材料 と呼ばれる アモルファス相と結晶相の可逆的な変化が可能な材料が用いられます 通常 アモルファス相は高い電気抵抗

1 薄膜 BOX-SOI (SOTB) を用いた 2M ビット SRAM の超低電圧 0.37V 動作を実証 大規模集積化に成功 超低電圧 超低電力 LSI 実現に目処 独立行政法人新エネルギー 産業技術総合開発機構 ( 理事長古川一夫 / 以下 NEDOと略記 ) 超低電圧デバイス技術研究組合(

ハートレー近似(Hartree aproximation)

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Al アルミニウム Cu 銅 Fe 鉄 Ni ニ

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PRESS RELEASE 2016 年 7 月 25 日理化学研究所東京大学東北大学金属材料研究所九州工業大学 トポロジカル絶縁体表面で高効率スピン流を生成 - 省電力スピントロニクスデバイス応用に期待 - 要旨理化学研究所 ( 理研 ) 創発物性科学研究センター量子ナノ磁性チームの近藤浩太研究員 福間康裕客員研究員 ( 九州工業大学准教授 ) 大谷義近チームリーダー ( 東京大学物性研究所教授 ) 強相関量子伝導研究チームの吉見龍太郎基礎科学特別研究員 強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター ( 東京大学大学院工学研究科教授 ) 強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター ( 東京大学大学院工学研究科教授 ) 東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループ [1] は トポロジカル絶縁体 (Bi 1-x Sb x ) 2 Te 3 [2] の表面を用いた新しい電流 -スピン流変換現象の実験的観測および定量的評価に成功しました 電流 -スピン流変換は スピントロニクス [3] デバイスの駆動原理として重要な現象の一つです これまで 電子の運動と電子のスピンの運動を結びつける相 [4] [4] 互作用 ( スピン軌道相互作用 ) が強い遷移金属を用いたスピンホール効果の実験から効率検証が行われてきました しかし その変換効率は低く デバイスの低消費電力化に向けて 新しい変換原理に基づく飛躍的な効率向上が求められています 今回 共同研究グループは トポロジカル絶縁体 (Bi 1-x Sb x ) 2 Te(Bi: 3 ビスマス Sb: アンチモン Te: テルル ) を利用したスピントロニクス素子を作製し トポロジカル絶縁体の表面における電流 -スピン流変換現象について調べました その結果 界面での高効率な変換現象の観測に成功しました そして 界面での変換現象は 従来の金属系でのスピンホール効果とは本質的に異なる現象であるため 比較基準を改め新しい評価基準を定めました さらに その変換係数の符合が伝導キャリアのタイプ [5] ( 電子型か正孔型か ) に依存しないという トポロジカル絶縁体特有の現象を検出することに成功しました 本成果により 今後 界面を利用した省電力スピントロニクスデバイスのさらなる発展が期待できます 本研究は 新学術領域研究課題名 ナノスピン変換科学 および最先端研究支援プログラム (FIRST) 課題名 強相関量子科学 の事業の一環として行われました 成果は 国際科学雑誌 Nature Physics オンライン版(7 月 25 日付け : 日本時間 7 月 26 日 ) に掲載されます 1

共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおたによしちか ) ( 東京大学物性研究所教授 ) 強相関物理部門 強相関量子伝導研究チーム 基礎科学特別研究員 吉見龍太郎 ( よしみりゅうたろう ) 強相関物性研究グループ グループディレクター 十倉好紀 ( とくらよしのり ) 強相関界面研究グループ 専任研究員 松野丈夫 ( まつのじょうぶ ) 上級研究員 高橋圭 ( たかはしけい ) グループディレクター 川﨑雅司 ( かわさきまさし ) 東北大学金属材料研究所低温物理学研究部門 教授 塚﨑敦 ( つかざきあつし ) ( 理研客員主管研究員 ) 1. 背景 電流 - スピン流の相互変換は スピントロニクスデバイスの駆動原理として重要な現象の一つです 特に 電流に比べ発熱効果を抑制できるスピン流を磁化操作に利用した磁気メモリ素子の開発が盛んに行われています これまで スピン軌道相互作用の強い遷移金属を用いてスピンホール効果によるスピン流検証実験が行われてきました しかし スピン流を活用した省電力デバイスの実現に向けて より高効率での変換が求められています そこで 共同研究グループは 近年発見された トポロジカル絶縁体 に着目しました この物質は 内部が絶縁体で表面のみが金属的特性を示します 表面で金属的性質を示す電子は 電子の進行方向に依存してスピンの方向が決まる スピン運動量ロッキング [6] という特長を持っています ( 図 1 (a)) 共同研究グループは この特長を利用することで これまでとは全く異なる変換原理に基づいたスピントロニクス素子を作製することにより 界面での電流 - スピン流変換現象 [7] の実験的観測および定量的評価を目指しました 2

図 1 トポロジカル絶縁体の表面電子バンド ( エネルギー準位 ) と外部電界によるスピン蓄積 (a): トポロジカル絶縁体表面におけるスピン運動量ロッキングを表した図 電子の進行方向 (k の方向 ) によって 電子スピンの方向 ( 赤と青の矢印 ) が決まる (b): (a) のフェルミ準位を上から見た図 図の方向から外部電界 E x を加えると 電子の進行方向が δk x の分だけ k x の方向にずれる その結果 赤や青のドット部分のスピンがトポロジカル絶縁体の表面に蓄積する 2. 研究手法と成果 共同研究グループは トポロジカル絶縁体 (Bi 1-x Sb x ) 2 Te 3 (Bi: ビスマス Sb: アンチモン Te: テルル )/ 非磁性体 (Cu: 銅 )/ 強磁性体 Ni 80 Fe 20 (Ni: ニッケル Fe: 鉄 ) の三層積層膜構造の素子を作製しました ( 図 2) このトポロジカル絶縁体はアンチモン濃度を変えることで ディラック表面状態 [8] のフェルミ準位 [9] ( 絶対零度で電子のとる最高のエネルギー準位 ) を制御することができるため 伝導キャリアのタイプ ( 電子型か正孔型か ) による変換現象の変化を検証することができます この三層積層膜構造の素子の面内方向に電界を加えると スピン運動量ロッキングによりトポロジカル絶縁体層の表面にスピンが蓄積します ( 図 1(b)) 蓄積されたスピンは 非磁性体層 / 強磁性体層へスピン流として拡散します このスピン流は スピントルク強磁性共鳴法 [10] を用いることで定量的に評価することができます ( 図 2) 3

図 2 トポロジカル絶縁体 / 非磁性体 / 強磁性体の三層積層膜の素子 素子面内方向に電界を加えると いちばん下のトポロジカル絶縁体層の表面 ( 界面 ) にスピンが蓄積する 蓄積されたスピンは 下から 2 番目の非磁性体層と 3 番目の強磁性体層へスピン流として拡散する このスピン流は強磁性体層で検出され 定量的評価ができる そこで 共同研究グループは フェルミ準位を系統的に変化させたトポロジカル絶縁体を用いた測定素子を作製し スピントルク強磁性共鳴を測定しました その結果 界面における電流 - スピン流変換の効率は ディラック点 [11] ( 価電子帯と伝導帯が交わる点 ) 近傍以外では フェルミ準位に依存せず一定値になることが分かりました また 従来の遷移金属を用いたスピンホール効果よりも 高効率で変換されていることも示しました さらに 伝導キャリアが電子型 (n 型 ) から正孔型 (p 型 ) に変化しても 界面電流 - スピン流変換係数の符合が変化しないことを示しました ( 図 3) これらの実験結果は 半導体中でのスピンホール効果とは異なる振る舞いであることから トポロジカル絶縁体表面のバンド構造 ( 結晶内の電子に対するエネルギー準位の構造 ) が電流 - スピン流変換現象の特性を決めていることを明らかにしました 図 3 界面電流 - スピン流変換係数 左 : トポロジカル絶縁体のアンチモン (Sb) 濃度 x を上げてく ( グラフの左から右へ ) と 伝導キャリアが電子型 (n 型 ) からディラック点を通って 正孔型 (p 型 ) へと変化する そのとき 界面電流 - スピン流変換係数は常に正の値を示す さらに ディラック点近傍 (x=0.82~0.88) を除くトポロジカ 4

ル絶縁体表面では 変換係数がほぼ一定値 (0.45~0.57nm -1 グラフの淡いピンク色のゾーン ) を示す 右 : Sb 濃度に依存して変化するエネルギー準位の位置の変化を示した ディラック点近傍より上のエネルギーでは n 型 下では p 型のトポロジカル絶縁体になる 3. 今後の期待 本成果により トポロジカル絶縁体の表面状態を利用することで高効率な電流 - スピン流変換が可能であることが示されました 今後 スピントロニクスデバイスにおいて 界面の電子物性を考慮した設計をすることで 省電力デバイスの実現に向けた研究が進むと考えられます 4. 論文情報 < タイトル > Fermi level dependent charge-to-spin current conversion by Dirac surface state of topological insulators < 著者名 > K. Kondou, R. Yoshimi, A. Tsukazaki, Y. Fukuma, J. Matsuno, K. S. Takahashi, M. Kawasaki, Y. Tokura and Y. Otani < 雑誌 > Nature Physics <DOI> 10.1038/nphys3833 5. 補足説明 [1] トポロジカル絶縁体近年発見された物質で 物質内部が絶縁体である一方 物質表面だけは金属であるという性質を持つ 今回の研究では トポロジカル絶縁体としての性質を持つことが知られる Bi 2 Te 3 と Sb 2 Te 3 という二つの物質の混合物を用いた [2] スピン流スピンとは 電子の磁石としての性質 ( 地球の自転に似た電子の角運動量 ) で 電子の電荷の流れである電流に対して スピンの流れをスピン流と呼ぶ [3] スピントロニクスエレクトロニクス ( 電子の電荷としての性質を利用した電子工学 ) の概念を拡張し 電子の持つ電荷とスピンの両方の性質を利用する電子工学 次世代の省電力 不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている [4] スピン軌道相互作用 スピンホール効果スピン軌道相互作用は 物質中で 電子の運動と電子のスピンの運動を結びつける相互作用で スピンの情報を緩和させる原因になる 一方 スピン軌道相互作用の強い 5

遷移金属中では 電流 - スピン流の相互変換を引き起こすことができる この変換現象は 加えた電流と直交方向にスピン流が生成されることから スピンホール効果と呼ばれる [5] 伝導キャリアのタイプ半導体などの結晶において 電荷の 運び手 を伝導キャリアと呼ぶ 伝導キャリアのタイプには 負の電荷の電子型と 結晶中の電子が欠落した部分であたかも正の電荷を持った電子のように振る舞う正孔型 ( ホール型 ) の二つがある [6] スピン運動量ロッキングトポロジカル絶縁体の表面では 電子の運動方向に依存して 電子スピンの方向が決まる この現象をスピン運動量ロッキングと呼ぶ [7] 界面電流 - スピン流変換トポロジカル絶縁体表面に電界を加えると 表面で電流が生成するのと同時に スピン運動量ロッキングにより 表面にスピンの蓄積が生成される 蓄積されたスピンは 近接する物質へスピン流として拡散する [8] ディラック表面状態光速に近い速度で動く電子は 相対論的量子力学においてディラック方程式を用いて記述される 近年 固体中の電子にもディラック方程式に従って運動する高速な電子が存在することが分かってきた 固体中で質量を持たない電子をディラック電子と呼び それらが存在する状態をディラック状態と呼ぶ [9] フェルミ準位物質が絶対零度 (0 ケルビン -273.15 ) にあるときに電子のとる最高のエネルギー準位 このエネルギーの電子が 電気伝導や電流 - スピン流変換などに寄与する [10] スピントルク強磁性共鳴法強磁性 / 非磁性物質などの多層膜構造において 非磁性物質中での電流 - スピン流変換現象を観測する手法 非磁性物質で生成するスピン流を 強磁性体共鳴スペクトルを解析することで定量評価ができる [11] ディラック点ディラック状態では線形の分散関係を持ち 価電子帯と伝導帯が交わる点をディラック点と呼ぶ ここで 価電子とは原子内の最外殻の原子殻を回っている電子のことで 価電子帯とは価電子によって満たされたエネルギー帯のことをいう 伝導帯とは 結晶のバンド構造の中で 電気伝送に関与する自由電子がとるエネルギー帯のこと 6. 発表者 機関窓口 理化学研究所創発物性科学研究センター量子情報エレクトロニクス部門量子ナノ磁性研究チーム研究員近藤浩太 ( こんどうこうた ) 6

客員研究員福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー大谷義近 ( おおたによしちか ) ( 東京大学物性研究所教授 ) 強相関物理部門強相関量子伝導研究チーム基礎科学特別研究員吉見龍太郎 ( よしみりゅうたろう ) 強相関物性研究グループグループディレクター十倉好紀 ( とくらよしのり ) 強相関界面研究グループグループディレクター川﨑雅司 ( かわさきまさし ) 東北大学金属材料研究所低温物理学研究部門教授塚﨑敦 ( つかざきあつし ) ( 理研客員主管研究員 ) TEL: 048-467-9478( 近藤 ) 04-7136-3488( 大谷 ) FAX: 048-467-9650( 近藤 ) E-mail: kkondou@riken.jp( 近藤 ) yotani@issp.u-tokyo.ac.jp( 大谷 ) < 機関窓口 > 理化学研究所広報室報道担当 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715 E-mail:ex-press@riken.jp 東京大学物性研究所総務係 TEL:04-7136-3591 FAX:04-7136-3216 E-mail:issp-somu@issp.u-tokyo.ac.jp 東北大学金属材料研究所情報企画室広報班 TEL:022-215-2144 FAX:022-215-2482 E-mail:pro-adm@imr.tohoku.ac.jp 九州工業大学総務課広報企画係 TEL:093-884-3007 FAX:093-884-3015 E-mail:sou-kouhou@jimu.kyutech.ac.jp 7