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71 平成 27 年度の SBS 米の輸入入札状況 ( 単位 : 実トン ) 全体 丸米 砕米 入札回数輸入予定数量応札数量落札数量輸入予定数量応札数量落札数量輸入予定数量応札数量落札数量 第 1 回 (27 年 9 月 16 日 ) 4, ,000 2, ,000 2

国際的な需要の高まりと引き続くバイオ燃料向け原料需要によって27 年以前の価格水準を上回ったままとなるとしている (USDA, 217) 髙木 (212) のトウモロコシ市場のシナリオ分析においても ベースラインにおいて高騰前水準には戻らないと予測する一方 バイオ燃料向け用途を含めても需給面からは2

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経済変動論 0

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1 我が国の農産物輸入等の動向 (1) 概観 ( 海外依存を高めた我が国の食料供給 ) 我が国の農産物輸入は 2000 年を100として 1960 年の15.7から2015 年には165.3まで 金額ベースで10.5 倍と大幅に増加している 多様な食生活が実現される中 需要が拡大した畜産物や油脂類の

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2. 食料自給率の推移 食料自給率の推移 我が国の食料自給率 ( 総合食料自給率 ) は 長期的に低下傾向で推移してきましたが 近年は横ばい傾向で推移しています (%) (H5 ) 43 7

2007年12月10日 初稿

目次 1 分析モデルを用いた世界の超長期食料需給予測システムにおけるベースライン予測の前提条件 1 2 世界の超長期食料需給予測システムの構造 2 3 食料供給モデルの構造 3 (1) 土地利用選択モデルの階層構造 4 (2) 単収モデルの構造 4 4 食料需要構造モデルの構造 5 5 国際貿易モデ

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現代資本主義論

ロシアの農業経営について 目次 1, はじめに 2, ロシア農業の歴史 3, ロシア農業の現状 4, まとめ 2 年 15 組長谷川

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ニュースリリース 農業景況調査 : 景況 平成 3 1 年 3 月 1 8 日 株式会社日本政策金融公庫 平成 30 年農業景況 DI 天候不順響き大幅大幅低下 < 農業景況調査 ( 平成 31 年 1 月調査 )> 日本政策金融公庫 ( 略称 : 日本公庫 ) 農林水産事業は 融資先の担い手農業者

第1章

輸入バイオマス燃料の状況 2019 年 10 月 株式会社 FT カーボン 目 次 1. 概要 PKS PKS の輸入動向 年の PKS の輸入動向 PKS の輸入単価 木質ペレット

トマトの輸入 2011 年門司税関は数量 価額とも全国シェア第 1 位 平成 24 年 6 月 20 日 門司税関 はじめに FAO( 国連食糧農業機関 ) の統計データによると 世界のトマト生産量 (2010 年 ) は 約 146 百万トンで 野菜の生産量の中では常にトップクラスを維持しています

1 食に関する志向 健康志向が調査開始以来最高 特に7 歳代の上昇顕著 消費者の健康志向は46.3% で 食に対する健康意識の高まりを示す結果となった 前回調査で反転上昇した食費を節約する経済性志向は 依然厳しい雇用環境等を背景に 今回調査でも39.3% と前回調査並みの高い水準となった 年代別にみ

1.ASEAN 概要 (1) 現在の ASEAN(217 年 ) 加盟国 (1カ国: ブルネイ カンボジア インドネシア ラオス マレーシア ミャンマー フィリピン シンガポール タイ ベトナム ) 面積 449 万 km2 日本 (37.8 万 km2 ) の11.9 倍 世界 (1 億 3,43


第 3 節食料消費の動向と食育の推進 表 食料消費支出の対前年実質増減率の推移 平成 17 (2005) 年 18 (2006) 19 (2007) 20 (2008) 21 (2009) 22 (2010) 23 (2011) 24 (2012) 食料

長野県主要農作物等種子条例 ( 仮称 ) 骨子 ( 案 ) に関する参考資料 1 骨子 ( 案 ) の項目と種子の生産供給の仕組み 主要農作物種子法 ( 以下 種子法 という ) で規定されていた項目については 長野県主要農作物等種子条例 ( 仮称 ) の骨子 ( 案 ) において すべて盛り込むこ

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2 麦類 ( 子実用 ) (1) 4 麦計平成 24 4 麦の作付面積 ( 子実用 ) は26 万 9,5haで 前に比べて2,2ha(1%) 減少した ( 表 8) 麦種別には 二条大麦は前に比べて7ha(2%) 増加したものの 小麦 六条大麦及びはだか麦は前に比べてそれぞれ2,3ha(1%) 3

 95年度の日本経済は、年前半の円高や公共投資の息切れ、米国経済の減速から景気回復の足取りに途中やや足踏みが見られました。しかし、その後の円高修正、政府の経済対策、金融緩和の効果から、年度後半は再び緩やかな回復基調に戻りました。

EPA に関する各種試算 試算 1 EPA のマクロ経済効果分析 (3 ページ ) 内閣官房を中心に関係省庁と調整したシナリオに基づき 川崎研一氏 ( 内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官 ) が分析 WTO はじめ広く関係機関が活用している一般均衡モデル (GTAP モデル ) を使用 EPA

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平成 29 年 7 月 地域別木質チップ市場価格 ( 平成 29 年 4 月時点 ) 北東北 -2.7~ ~1.7 南東北 -0.8~ ~ ~1.0 変動なし 北関東 1.0~ ~ ~1.8 変化なし 中関東 6.5~ ~2.8

1.ASEAN 概要 (1) 現在の ASEAN(216 年 ) 加盟国 (1カ国: ブルネイ カンボジア インドネシア ラオス マレーシア ミャンマー フィリピン シンガポール タイ ベトナム ) 面積 449 万 km2 日本 (37.8 万 km2 ) の11.9 倍 世界 (1 億 3,43

遺伝子組み換え食品について KAIT_Japan igem 遺伝子組み換え食品とは何か - 定義 - 遺伝子組換え食品とは 他の生物から有用な性質を持つ遺伝子を取り出し その性質を持たせたい作物などに遺伝子組み換え技術を利用して作られた食品である 日本で流通している遺伝子組換え食品には

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スライド 1

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インド 12 3 エビ イカ オーストラリア 13 3 マグロ エビ フィリピン 14 1 マグロ カツオ エビ アイスランド 15 1 その他の魚 ハリバット 魚卵 スペイン 16 1 マグロ タコ マルタ 17 1 モロッコ 18 1 タコ イカ モーリタニア 19 1 タコ ニュージーランド

日本において英語で経済学を教えるとは?

4 奨励品種決定調査 (1) 奨励品種決定調査の種類ア基本調査供試される品種につき 県内での普及に適するか否かについて 栽培試験その他の方法によりその特性の概略を明らかにする イ現地調査県内の自然的経済的条件を勘案して区分した地域 ( 以下 奨励品種適応地域 という ) ごとに 栽培試験を行うことに

化繊輸入は 近年上昇を続けており 2016 年は前年比 10% 増の 43 万トンとなりました 素材別には ポリエステル F 長繊維不織布が中心ですが 2016 年はポリエステル S の輸入も大幅増となりました 化学繊維輸出推移 化学繊維輸入推移 生産が微減 輸出が横ばい 輸

1 課題 目標 山陽小野田市のうち 山陽地区においては 5 つの集落営農法人が設立されている 小麦については新たに栽培開始する法人と作付面積を拡大させる法人があり これらの経営体質強化や収量向上等のため 既存資源の活用のシステム化を図る 山陽地区 水稲 大豆 小麦 野菜 農業生産法人 A 新規 農業

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社会保障給付の規模 伸びと経済との関係 (2) 年金 平成 16 年年金制度改革において 少子化 高齢化の進展や平均寿命の伸び等に応じて給付水準を調整する マクロ経済スライド の導入により年金給付額の伸びはの伸びとほぼ同程度に収まる ( ) マクロ経済スライド の導入により年金給付額の伸びは 1.6

中国におけるインフレの行方 中国経済は減速しているものの 過熱の解消にはまだ至っていない 年 9 月のリーマン ショックを受けて 中国は輸出が大幅に落ち込み 景気後退を余儀なくされたが 兆元に上る内需拡大策や 金利と預金準備率の大幅な引き下げをはじめとする拡張的財政 金融政策が実施されたことを受けて

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幸福度指標の持続可能性面での指標の在り方に関する調査研究報告書

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1. 沖縄県における牛肉の輸出動向 2015 年は 輸出額が過去最高 数量 金額 2015 年は数量が 18,424 KG( 前年比 97.0%) 金額が 87 百万円 ( 同 111.8%) となり 輸出額が過去最高を記録しました 沖縄県の輸出額シェアは 1.1% となっています 国別金額シェア

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週刊穀物190123 2月は穀物の買い時 .xlsb

国産粗飼料増産対策事業実施要綱 16 生畜第 4388 号平成 17 年 4 月 1 日農林水産事務次官依命通知 改正 平成 18 年 4 月 5 日 17 生畜第 3156 号 改正 平成 20 年 4 月 1 日 19 生畜第 2447 号 改正 平成 21 年 4 月 1 日 20 生畜第 1

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アジア近隣 5 カ国における牛乳乳製品の輸入動向 資料 5-2 各国とも輸入額全体に占める脱脂粉乳及び全脂粉乳の割合が高い 高付加価値商品の販売が見込めるチーズ 育児用粉乳等についても各国で一定の割合を輸入 中国の輸入市場は規模が大きく 最近伸びているが割合の小さい LL 牛乳 (2.6%) 市場で

29 歳以下 3~39 歳 4~49 歳 5~59 歳 6~69 歳 7 歳以上 2 万円未満 2 万円以 22 年度 23 年度 24 年度 25 年度 26 年度 27 年度 28 年度 29 年度 21 年度 211 年度 212 年度 213 年度 214 年度 215 年度 216 年度

エコノミスト便り

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2 作物ごとの取組方針 (1) 主食用米本県産米は 県産 ヒノヒカリ が 平成 22 年から平成 27 年まで 米の食味ランキングで6 年連続特 Aの評価を獲得するなど 高品質米をアピールするブランド化を図りながら 生産数量目標に沿った作付けの推進を図る また 平成 30 年からの米政策改革の着実な

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ヘッジ付き米国債利回りが一時マイナスに-為替変動リスクのヘッジコスト上昇とその理由

日本経済の現状と見通し ( インフレーションを中心に ) 2017 年 2 月 17 日 関根敏隆日本銀行調査統計局

内の他の国を見てみよう 他の国の発電の特徴は何だろうか ロシアでは火力発電が カナダでは水力発電が フランスでは原子力発電が多い それぞれの国の特徴を簡単に説明 いったいどうして日本では火力発電がさかんなのだろうか 水力発電の特徴は何だろうか 水力発電所はどこに位置しているだろうか ダムを作り 水を

ビール系飲料の輸入

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2017 年 2 月 27 日株式会社カカクコム 価格.com 生命保険 に関する調査結果を発表加入率は約 8 割 若年層ほど低い傾向 加入中の生命保険は終身タイプがトップ将来への不安?20 代の加入目的 老後保障 貯蓄 が他世代よりも高い結果に補償内容への理解度 十分理解できていない加入者が 53

< 目次 > 概要 1 1. 香港 2. 台湾 3. 韓国 4. 中国 5. シンガポール 6. マレーシア 7. ブルネイ 8. インドネシア 9. タイ 10. ベトナム ミャンマー 12. フィリピン 13. インド 14. 中

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参考資料 1 約束草案関連資料 中央環境審議会地球環境部会 2020 年以降の地球温暖化対策検討小委員会 産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会約束草案検討ワーキンググループ合同会合事務局 平成 27 年 4 月 30 日

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2 / 6 不安が生じたため 景気は腰折れをしてしまった 確かに 97 年度は消費増税以外の負担増もあったため 消費増税の影響だけで景気が腰折れしたとは判断できない しかし 前回 2014 年の消費税率 3% の引き上げは それだけで8 兆円以上の負担増になり 家計にも相当大きな負担がのしかかった

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タイトル

おカネはどこから来てどこに行くのか―資金循環統計の読み方― 第4回 表情が変わる保険会社のお金

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1 アライグマの 分布と被害対策 1 アライグマの分布 1977 昭和52 年にアライグマと少年のふれあいを題材とし たテレビアニメが全国ネットで放映されヒット作となった それ 以降 アライグマをペットとして飼いたいという需要が高まり海 外から大量に輸入された しかしアライグマは気性が荒く 成長 す

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問 2. 現在 該当区域内に居住していますか 1. 居住している % 2. 居住していない % 無回答 % % 単位 : 人 1.9% 32.7% 65.4% 1. 居住している 2. 居住していない無回答 回答者のうち 居住者が約 65

Transcription:

フォーラム 中国ビジネスを理解する シリーズ 第 5 回 (3 月 22 日 ) 講演録 ( 農林中金総合研究所阮蔚氏 ) 第 5 回 中国の食料需給と世界への影響 日時 :2012 年 3 月 22 日 ( 木 ) 場所 : 早稲田大学日本橋キャンパス ホール 報告 第 5 回中国セミナーでは農林中金総合研究所の阮蔚氏が 中国の食料事情や世界の食料ビ ジネスの可能性について講演した 阮氏は世界各地を巡った調査結果をもとに 新興国を 中心に食料需要が増加している背景や 需要増加が世界に及ぼす影響ついて語った (1) 中国の食糧輸入増の背景 食糧不足を乗り越え 穀物自給率はほぼ 100% に 穀物とは 主に米 小麦 トウモロコシの 3 種類を指す 特に人間の主食となるのが米 小麦だ トウモロコシは家畜の飼料となる もう一つ大きな区分が 大豆に代表される油料作物 穀物と油料作物を合わせて 食糧 となる 人口の増加とともに 主要な食べ物の種類は米 小麦 トウモロコシ 大豆という 4 大作物に収れんされてきている 中国では主食を極力自給する政策を採っており 現在は穀物をほぼ 100% 自給できている 中国が深刻な食糧不足に陥ったのは 1960 年代初頭だ 中国政府は正式なデータを公表していないが 1959 年から 1961 年に大飢きんが発生し 2,000 万人から 3,000 万人が餓死したと言われている おそらく近代最大 1

の飢きんだろう しかし当時の中国には海外から食糧を調達するだけの購買力もなかったため 世界経済に影響を及ぼすこともなかった 転換点は1980 年からの改革開放政策による農業改革だった 食糧生産は直ちに増産の道に入り 1950 年代から始まった食糧切符制度は 80 年代の半ばから形骸化しつつ 1992 年にはほとんど機能しなくなっていた それまで中国では都市単位で管理された切符がなければ食糧を買えなかったため 人口の移動も制限されていた タイトな食糧需給関係が改善された 80 年代の半ばから 人口の移動もさかんになるようになった 20 世紀の最後の時期に中国の食糧問題がようやく解決した 現在 中国は穀物に関してはほぼ 100% 自給できている 今後 10 年先 30 年先も穀物特に主食に関しては依然として 8~9 割の高い自給率を維持していくだろう 主食優先の結果 大豆 トウモロコシの貿易構造が変化 ただし 油料種子では状況が変わる 中国は 1996 年までは大豆の輸出国だった しかし 1996 年に大豆の関税を下げると 輸入量は急速に拡大した 現在 年間の大豆輸入量は 5,000 万トンを超え 輸入依存率は 70% 以上に達している どうして中国は大豆の輸入が増えたのか それは中国自身の政策選択の結果であり 食糧貿易構造の最大の変化でもある 中国は 主食を守る というスタンスで 国内の限られた耕地や財源を米や小麦 トウモロコシに優先的に回してきた その結果 大豆の作付面積や反収 ( 収穫高 ) は伸び悩んだ 現在中国が輸入している大豆 5,000 万トンをもし国内でまかなうなら 必要な耕地面積はおよそ 3,000 万ヘクタール以上と試算されている もはや 中国は大豆を輸入しなければ今のような食生活を維持できない 2

トウモロコシにも変化が起きている 近年になってトウモロコシの輸出量は年々減少し 2010 年 11 年は輸入と輸出が逆転し始めた いずれ中国は トウモロコシについても輸出国から輸入国へと変わっていくだろう これは中国国内の食肉消費量の増加と相関している 中国の一人当たりの平均食肉消費量は増加しており 今では日本を上回っている いずれ中国の人口の半分を占める農村部の所得が向上すれば さらに食肉需要は増え 飼料であるトウモロコシの需要も高まるだろう 土地 水の確保など多岐にわたる穀物増産の制約要因 需要は増えているが 大豆やトウモロコシの中国国内での増産は難しくなってきている 増産の制約要因として 前述した耕地の問題に加えて 農家の経営規模の小ささが挙げられる 中国の農家の経営規模は 日本の 3 分の 1 から 4 分の 1 に過ぎない 栽培にあたってはすでに大量の化学肥料を使用しており 今後肥料による増産も望みにくい 水の問題も深刻だ 人工降雨はもはや日常的な手段となっている それだけ水の問題は厳しくなっているということだ 中国 大連には 輸出だけでなく輸入にも対応できる世界最大の穀物港がある 輸出と輸入 両方のケースを想定したこの港は 約 20 年前に建設が始まった つまり 約 20 年前から中国で穀物の輸入が増えると予測されていたのだ 国内増産が難しい今 これからは輸入という選択肢を取らざると得ない (2) 世界の食糧問題の矛盾とその背景 先進国の供給過剰がもたらした食糧の長期的価格低迷 世界最大の食糧問題は 2006 年まで長期間の供給過剰による 3

価格低迷であった もちろん マクロ的に見る食糧の供給過剰は 裏には地域的不足という問題が併存している 食糧の国際価格指標と言われるシカゴ相場は 1975 年から 2006 年までの約 30 年間に 一時的に暴騰したりしていたが 必ず元のレンジに収れんされている 先進国の CPI( 消費者物価指数 ) はこの 30 年間で 4 倍程度まで上昇しているのに 穀物価格はこの期間ほとんど変わっていない これは異常事態だ 市場価格とは需要と供給のバランスによって決まる 穀物価格が 30 年間変わらなかったのは それだけ供給がだぶついていたからだ 1961 年を基準に世界全体の人口と食糧生産量の推移をみると 1970 年代から 80 年代までの間に 食糧生産量が人口の伸びを大きく上回っている この期間はアメリカと EU の間で小麦戦争が発生した時期だ この時期から EU とアメリカは互いに小麦に補助金を付けて大量の輸出を始めた これらの食糧の大半は途上国へと流れ込んだ 最大の穀物輸出地域 アメリカ大陸から世界へ流入 食糧の最大の輸出国はアメリカだ 近年はシェアが下がっているものの それでもトウモロコシで世界全体の貿易の 7 割弱 大豆で 4 割 小麦で 3 割 米で 1 割程度を占めている アメリカの農業が強い理由として 農家の経営規模の大きさなど資源の優位性に加え 農家への手厚い支持政策が挙げられる 農家は小麦の生産コストを下回る価格で穀物を売り続けてきた 補助金で市場から隔離されているため 余っても つまり市場価格がコスト割れでも 農家は作り続けた アメリカでは余った農産物はまず畜産に それでも余れば輸出に回された 穀物輸入量が一番多いのはアフリカ地域 輸出品目のメインは小麦だ 特にヨーロッパに近い北アフリカの輸 4

入依存率は 4~5 割に上る トウモロコシと大豆は基本的にはアジアの国々が輸入先だ 特に大豆は世界の 6 割以上を中国が輸入し トウモロコシは日本 韓国 メキシコの 3 国が大半を占める USDA( 米国農務省 ) は中国でもトウモロコシの輸入需要が 1997 から増加していくと予測したが 実際には伸びなかった 農業は雇用の役割も担っているため 中国は世界でトウモロコシが余っていても簡単に輸入するわけにはいかなかったからだ 過剰穀物の消費先として作られたバイオ燃料政策 過剰トウモロコシの対応策として考えられたのが バイオエタノールの精製だ 今 世界では穀物をバイオエタノールなどのバイオ燃料に変えて 年間 1 億 5,000 万トンを燃やしている これは 8,000 万トンから 9,000 万トンという世界全体のトウモロコシ貿易量を大幅に上回っている もしバイオ燃料化を止めれば トウモロコシの世界価格は暴落してしまうだろう バイオ燃料化が トウモロコシ相場に大きな影響を及ぼしている もう一つ トウモロコシをはじめとした世界の食糧価格の変動には投機資金の動きが関係している トウモロコシを例に見てみよう かつてアメリカのトウモロコシの市場価格と在庫率は相関関係にあったが 2006~2010 年は両者がかい離し始めた 同期間のヘッジファンドの動きを見ると ヘッジファンドの資金がトウモロコシ市場に流入してくると価格が暴騰し ヘッジファンドが逃げだすと価格が暴落しているのがわかる (3) 食糧需要増による新たなビジネスチャンスの登場 拡大する世界の食料需要と主食の輸入依存リスク 5

世界的な食料価格の上昇は 新たなビジネスチャンスの誕生ともいえる FAO( 国連食糧農業機関 ) は世界の穀物需要量が 2010 年の約 22 億トンから 2050 年に 30 億トンに増加すると予測している 背景には 中国 インド アフリカを中心とした世界的な人口増加がある 人類が自分たちを養うには 増産せざるを得ない ただし 基礎的食糧の基本的な部分は各国がそれぞれ自給すべきというのが 私の考えだ 穀物の輸入が増えているアフリカでは その都市化率と穀物輸入率のカーブは一致している 輸入食料がアフリカの都市化を支えているのだ しかしハイチの暴動や中東のジャスミン革命のきっかけは いずれも主食である米やパンの値上がりだった 輸入依存率が高まったところで急激な価格上昇が起き 暴動につながった 過度の輸入依存は社会不安を招き 農家の増産意欲を削いでしまう 食糧需要が拡大する途上国で 主食を自給していくには 反収を高め 耕地面積を増やし インフラを整備していかなければならない アフリカやインドは反収が低く まだ増産の余力が大きい 水を引き込むための灌がいや肥料の投入 インフラ整備などを実施していかなければならない そのためには 農業への投資が不可欠だ 増産の成否は投資にかかっている 農産物の適正価格が付き 農業がペイできる産業になれば 投資を呼び込むことが可能だ 2007 年から世界では農業投資が拡大する時期に入っている 広大な耕地を有するブラジルで拡大する農業投資 この世界では 増産を期待できるエリアとして 広大な潜在的耕地を有するラテンアメリカやサブサハラである ラテンアメリカは 主としてブラジルだ 例えばブラジルの広大なセラードエリアは農業に不向きな大地であったが 日本の協力もあ 6

り 土壌改良した結果 農業適地に転換している 今 このセラードエリアでの農業投資が盛んになっている 特に日本企業は中国の穀物需要をつかんだうえで ブラジルなどの農場を押さえ 供給力を確保した 非常にうまくやっているといえる 食糧供給が過剰な状態にあって 新興国 特に中国の食糧需要の増加は 世界的な食糧価格の下支えという役割を果たしている 食糧価格の上昇は 投資を呼び込み 農家の増産意欲も生み出す この現象は農業にとって歓迎すべきこととも言えよう ( 質疑応答 ) Q. 日本人は今後も高品質の食品を買い続けられるのか A.: 品質検査が厳しい日本よりも 一度に大量に仕入れる中国に売りたいという声は世界中の生産者から聞く 高品質の食材を仕入れたいなら 相応の出費を求められるようになるだろう Q. 投資さえ行われれば 農業生産性は問題なく向上するのか A.: 世界が食糧供給過剰になった段階から 国際機関の農業投資 特に研究開発に関する投資はほとんど止まっている 品種改良の研究や 普及システム インフラなどへの投資が進めば かつてアジアやラテンアメリカで起きた緑の革命に次ぐイノベーションの可能性はあると思う Q. 日本のトウモロコシの輸入基地として アメリカに代わり東南アジアが台頭する可能性はあるか A.: トウモロコシや大豆などは 遺伝子組み換えと非遺伝子組み換えの食品を区別した厳密な品質管理が必要だ そのルート維持だけで相当なコストがかかる アメリカが今後も供給の中心となるだろう 原油価格の上昇を背景に アメリカのトウモロコシをバイオエタノール用に出荷する動きは拡大している 日本のみならず世界の消費者が非遺伝子組み換えの食品を手に 7

入れるには いっそうコストを支払っていく必要がある 8