学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 池田賢司 論文審査担当者 主査下門顕太郎副査鍔田武志 竹田秀 論文題目 Macrophage-inducible C-type lectin underlies obesity-induced adipose tissue fibrosis ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 肥満では 脂肪細胞とマクロファージの持続的な相互作用による悪循環が形成され 慢性炎症性の変化を生じており 全身性のインスリン抵抗性や異所性脂肪蓄積が誘導される 肥満の脂肪組織では 細胞死に陥った脂肪細胞を炎症促進性 M1 マクロファージが取り囲む特徴的な組織像である王冠様構造 (crown-like structure : CLS) が認められる 本論文では 結核菌の病原体センサーである C 型レクチン (macrophage-inducible C-type lectin : Mincle) が CLS を構成する M1 マクロファージに選択的に発現し マクロファージの線維化関連遺伝子の誘導 脂肪組織の線維芽細胞の活性化 間質の線維化を促進することを明らかとした Mincle は肥満に伴う脂肪組織の線維化を誘導し 肝臓の異所性脂肪蓄積やインスリン抵抗性を導くことを見出した 本研究により Mincle が脂肪組織線維化を介して異所性脂肪蓄積を促進するという新たな分子機構が明らかになった < 緒言 > 肥満脂肪組織では軽度な炎症が慢性的に生じ メタボリックシンドロームの基盤病態に関与することが明らかになっている その分子機構として 当研究室では飽和脂肪酸と腫瘍壊死因子 (tumor necrosis factor-α : TNF-α) による脂肪細胞とマクロファージの相互作用が悪循環を形成し 脂肪組織炎症を増悪させることを明らかにした 肥満脂肪組織では 脂肪細胞の肥大 血管新生 免疫担当細胞の浸潤 細胞外マトリックスの過剰産生等の脂肪組織のリモデリングが認められる また 肥満脂肪組織では 細胞死に陥った脂肪細胞をマクロファージが取り囲み貪食する特徴的な構造物である CLS が認められる しかしながら CLS がどのように形成され 脂肪組織リモデリングにどのように関与するか明らかになっていない 当研究室では 肥満脂肪組織における新たな炎症制御分子を探索し マクロファージに特異的な遺伝子として 結核菌や真菌に対する病原体センサー Mincle を同定し 肥満症例や肥満マウスの脂肪組織に Mincle が高発現すること 特に 炎症促進性 M1 マクロファージに選択的に発現することを見出した - 1 -
Mincle は死細胞由来の内因性リガンドを認識し 炎症応答を誘導することが報告されているが 非感染性炎症における Mincle の意義は全く不明である 最近 肥満の脂肪組織で生じる線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 肝臓などの非脂肪組織に脂肪が沈着し ( 異所性脂肪蓄積 ) 全身のインスリン抵抗性を惹起する可能性が指摘されている しかしながら 脂肪組織線維化が脂肪組織の脂肪蓄積量をどのように制御しているか明らかになっていない 本論文では 肥満に伴って増加する Mincle が脂肪組織の CLS を構成するマクロファージに局在することを見出した Mincle の活性化は 脂肪組織線維化を促進することを明らかにした また Mincle による脂肪組織線維化が肝臓の異所性脂肪蓄積に繋がることが示唆された < 方法 > Mincle 欠損 (KO) マウス 野生型 (WT) マウスに高脂肪食を負荷し 肥満を誘導し肥満における Mincle の役割を検討した 脂肪組織の評価として HE 染色 免疫染色を実施した 脂肪組織における Mincle の発現評価として RT-PCR Mincle 発現細胞の評価として 脂肪組織の間質細胞 (stromal vascular fraction : SVF) のフローサイトメトリー解析 in situ hybridization を実施した 脂肪組織線維化の評価として マッソントリクローム染色 シリウスレッド染色 組織中のコラーゲンの定量を実施した 肝臓の評価として HE 染色 組織中の中性脂肪含量の測定を実施した また 糖代謝の評価として インスリン負荷試験 ブドウ糖負荷試験を実施した インスリンシグナル評価はインスリン刺激時の脂肪組織 肝臓 筋肉の Akt リン酸化をウエスタンブロッティング法により検討した Mincle による線維化の分子機構を検討するため 既知の Mincle リガンドとして知られる結核菌の構成成分であるトレハロースジミコール酸 (trehalose dimycolate : TDM) を用いて腹腔マクロファージを刺激し RT-PCR にて遺伝子発現を検討した TDM を用いて刺激した腹腔マクロファージの cdna を用いてマイクロアレイ解析を行った また 組織の活性化線維芽細胞の評価としてαSMA 染色 SVF を用いた培養実験を実施し 線維化の分子機構について検討した TDM 又は vehicle を Mincle KO WT マウスの脂肪組織に直接投与し 個体レベルで Mincle を活性化させ 組織評価と RT-PCR を実施した 同様の実験を Col/EGFP マウス (Col1a2 エンハンサー領域に EGFP が発現するマウス ) に実施し コラーゲン産生細胞について検討した < 結果 > 高脂肪食負荷において Mincle KO マウスと WT マウスの間に体重差を認めなかったが Mincle KO マウスは WT マウスと比較して脂肪組織重量が増加する一方で 肝重量 中性脂肪含量増加は抑制された WT マウスと比較して Mincle KO マウスの脂肪組織では 脂肪組織炎症の特徴的な所見である CLS 数の減少を認め 間質線維化の抑制 脂肪細胞径の増加が認められた 脂肪組織 SVF のフローサイトメトリー解析の結果 Mincle はマクロファー - 2 -
ジに選択的に発現を認めた in situ hybridization の結果 Mincle は CLS を構成するマクロファージに選択的に発現が認められた Mincle KO マウスは 糖負荷試験 インスリン負荷試験において WT マウスと比較して良好な糖代謝を示し インスリン刺激時の Akt リン酸化は肝臓で亢進が認められた 通常食飼育時は Mincle KO マウスと WT マウスの間に 体重 糖代謝 脂肪組織重量 肝重量の差は認められなかった 次に Mincle による脂肪組織線維化の分子機構について検討した TDM を用いて WT マウスと Mincle KO マウスの腹腔マクロファージを刺激し遺伝子発現を検討した 結果 WT マウスでのみ組織リモデリングに関与する遺伝子 Tgfb1 Pdgfb Timp1 等の発現上昇が認められた TDM 刺激を行った WT マウスと Mincle KO マウスの腹腔マクロファージの cdna を用いたマイクロアレイ解析では WT マウスの腹腔マクロファージで TDM 刺激により上昇する 179 の遺伝子が同定された パスウェイ解析の結果 TDM 刺激によって上昇した遺伝子群は組織リモデリングに関するクラスターを形成した 次に Mincle の活性化による脂肪組織 SVF への影響を検討した SVF はマクロファージ以外にも他の免疫担当細胞 線維芽細胞 内皮細胞など様々な細胞が存在することが知られている TDM を用いて SVF を刺激すると Mincle Tnfa Pdgfb Timp1 の遺伝子発現が上昇し 組織線維化に重要である活性化線維芽細胞のマーカーである Acta2 の発現上昇も認められた 次に マクロファージと脂肪組織線維芽細胞との関連を検討するため 腹腔マクロファージと SVF の CD45 - CD31 - 細胞分画との共培養を実施した TDM を用いて共培養系を刺激すると 経時的に Acta2 の発現上昇を認め 遅れて Col1a1 の発現上昇が認められた 以上から マクロファージの Mincle の活性化により活性化線維芽細胞が増加し コラーゲンが増加したと考えられた 実際 高脂肪食を負荷した脂肪組織のαSMA 染色の結果 Mincle KO マウスはαSMA 陽性の活性化線維芽細胞の減少が認められた TDM 又は vehicle を Mincle KO WT マウスの脂肪組織に直接投与し 個体レベルで Mincle を活性化させ脂肪組織線維化への影響を検討した 結果 間質の線維化が WT マウスの TDM 投与群で生じ Mincle KO マウスでは抑制された 免疫蛍光染色により TDM 投与群では CLS 形成が確認され 周囲にコラーゲンの増加が認められた 更に Col/EGFP マウスに同様な検討を行うと TDM 投与によって形成される CLS 周囲に EGFP 陽性細胞の増加が認められた Mincle の活性化により CLS 形成とコラーゲン産生細胞が増加し線維化が誘導されたと考えられた < 考察 > 本論文において 非感染性炎症である脂肪組織炎症における Mincle の意義を明らかにした また Mincle が脂肪組織線維化を介して異所性脂肪蓄積を促進するという新たな分子機構を見出した CLS は 肥満の過程において細胞死に陥った脂肪細胞をマクロファージが貪食 処理する像であり 脂肪組織炎症の起点となる Mincle は死細胞を認識することが報告されており Mincle の発現局在は CLS を構成するマクロファージに限局して認められたことから 肥満 - 3 -
脂肪組織において 内因性 Mincle リガンドは細胞死に陥った脂肪細胞に由来すると推測される 次に Mincle 陽性マクロファージが脂肪組織の線維化にどのように関与するかが重要な問題である 既知の Mincle リガンド TDM を用いて腹腔マクロファージを刺激すると 既に知られている炎症性サイトカインに加えて 線維化関連遺伝子の発現も誘導された 様々な組織線維化病態においてマクロファージの重要性が知られているが 脂肪組織線維化における役割は不明であった CLS において脂肪細胞とマクロファージは近接していることから 相互のクロストークが考えられ CLS は脂肪組織の炎症のみならず線維化の起点であることが示唆される 本研究において 様々な臓器線維化において主要なコラーゲン産生細胞である活性化線維芽細胞 (αsma 陽性細胞 ) が肥満脂肪組織においても増加していることを見出した 即ち マクロファージにおける Mincle の活性化により SVF に含まれる活性化線維芽細胞が増加した 従って 活性化線維芽細胞は脂肪組織の SVF に由来すると示唆される 最近 肥満に伴う脂肪組織の線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 異所性脂肪蓄積が増加し 全身のインスリン抵抗性や脂肪肝に至ると考えられているが その分子機構は不明であった Mincle KO マウスは 高脂肪食負荷により WT マウスと同程度の体重増加を示したが 脂肪組織重量がより増加する一方 肝重量の増加は抑制された これは Mincle が脂肪蓄積の体内バランスを制御していることを示唆する 実際 Mincle KO マウスは血清遊離脂肪酸濃度が低下しており 脂肪組織から肝臓への脂肪の流れが減少していると想定される Mincle KO マウスでは 主に肝臓においてインスリンシグナルが改善しており 全身の糖代謝の改善は脂肪肝の軽減によるものと考えられた 即ち 肥満脂肪組織において Mincle は脂肪蓄積能の新たな制御分子であり 肝臓の異所性脂肪蓄積やインスリン感受性も調節していることが明らかになった < 結論 > Mincle は肥満脂肪組織で誘導される CLS を構成するマクロファージに選択的に発現し 脂肪組織の線維化を介して脂肪組織の脂肪蓄積能を抑制し 肝臓の異所性脂肪蓄積やインスリン抵抗性の誘導に働くことを見出した - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4740 号池田賢司 論文審査担当者 主査下門顕太郎副査鍔田武志 竹田秀 ( 論文審査の要旨 ) 1. 論文内容本論文は 炎症制御分子 Mincle の脂肪組織線維化における役割を Mincle 欠損マウスを用いて明らかにしたものである 2. 論文審査 1) 研究目的の先駆性 独創性脂肪組織の炎症や線維化は 脂肪細胞の脂肪蓄積能を低下させ脂肪肝や動脈硬化等の異所性脂肪蓄積による病態を発生させるが 線維化のメカニズムは明ではない 本研究は申請者の所属するグループが発見した脂肪組織に発現する炎症制御分子 macrophage-inducible C-type lectin (Mincle) の役割を Mincle 欠損マウスを利用した研究で解明しようとしたもので先駆的かつ独創的な研究と言える 2) 社会的意義本研究の主たる所見は以下の通りである 1 脂肪食を負荷した欠損マウスの体重は野生型マウスとは同じであったが 脂肪重量は増加し 脂肪肝の形成は抑制され インスリン感受性は野生型に比して高かった 2 欠損マウスでは脂肪組織の crown-like structure (CLS) 形成や線維化が抑制されていた 3 野生型では Mincle は CLS を形成するマクロファージに一致して発現していることから 腹腔マクロファージを Mincle を誘導する TDM で腹腔マクロファージや脂肪組織のマクロファージを刺激して調べた結果 活性化されたマクロファージは Mincle を発現するとともに組織リモデリングにかかわる一群の遺伝子を発現し 脂肪組織間質の線維芽細胞の増殖を刺激し線維化を誘導することが明らかになった 肥満はインスリン抵抗性 糖尿病 脂肪肝 高血圧 動脈硬化の原因となるが その機序については不明な点も多い 本研究は 脂肪組織の線維化のメカニズムの一端を明らかにし 肥満に伴う異所性脂肪蓄積という新しい概念の確立や新規の治療法開発に寄与する意義のある研究である 3) 研究方法 倫理観マウスをもちいた動物実験であり 慎重に計画 実施されている 動物の倫理に関する委員会の許可を得て動物実験のガイドインに従い実施されており 倫理的にも問題は無い ( 1 )
4) 考察 今後の発展性脂肪組織の線維化は脂肪組織における脂肪蓄積量を抑制し肝臓等の異所性脂肪蓄積を促進するが Mincle はこの過程に重要な役割をはたしていていると考察している 脂肪組織の炎症や線維化の機序解明は 肥満に伴う諸疾患の予防治療法の開発に繫がる 3. その他申請者は 多施設の複数の研究者による共同研究の結果である本論文の共同筆頭著者であるが 主に動物モデルの解析を行い 中心的役割を果たした 4. 審査結果以上を踏まえ 本論文は博士 ( 医学 ) の学位を申請するのに十分な価値があるものと認められた ( 2 )