第 1 分科会研究協議 LD ADHD 高機能自閉症等の発達障害 講師篁倫子 ( お茶の水女子大学生活科学部教授 ) 事例報告 Ⅰ 林克昌 (IEP のびのび教室代表 ) 事例報告 Ⅱ 長谷川安佐子 ( 新宿区立天神小学校教諭 ) 1. 講義 LD,ADHD, 高機能自閉症等の子どもへの教育 心理的支援 はじめに特殊教育から従来特別支援学校への転換には, 特殊教育の情勢の変化, 世界的潮流であるノーマライゼーションなど, いくつかの重要な事柄がある そして, 通常の教室で学ぶ学習障害 (LD), 注意欠陥 / 多動性障害 (ADHD), 高機能自閉症等の子どもたちについての社会的認知, 教育的認知もまた, 特殊教育の改革を牽引した要因であった ここでは, これらの障害理解を確認した上で, 協議をすすめたい (1)LD= 学習障害 (Learning Disabilities) の概念 特定の基礎的学力の習得に著しい困難がある ( 聞く 話す 読む 書く 計算する 推論する ) 基本的には, 知的発達に遅れはない 脳の機能障害が推定される その他障害や環境的な要因が直接の原因ではない (2)ADHD(Attention-Deficit /Hyperactivity Disorder) の概念 不注意注意の持続が困難 多動性過剰な活動, 動き 衝動性衝動のコントロールが困難 年齢, 発達水準に不釣り合い (3) 自閉症 (Autism) の概念 対人的相互反応の質的な障害 ( 人と社会的関係を築くことの障害 ) コミュニケーションの質的な障害 ( 言語, 意思伝達の能力の障害 ) 想像力 行動の障害 ( 興味 活動の限定, 常同的行動 ) (4) 高機能広汎性発達障害 高機能自閉症知的障害を伴わない自閉症 IQ は 70 以上 アスペルガー障害( 症候群 ) - 23 -
自閉症の 3 障害のうち, 明らかにコミュニケーションの障害 ( 早期の言語 認知の 遅れ ) を示さない 大方知的な遅れがない (5) 軽度発達障害の共通性と不利益 発達障害であるが, 明らかな知的発達の遅れはないため, 発達の問題 ( 異常 ) が把握されにくい 発達の偏りがあるため, やる気やしつけの問題と思われることがある 学童期に入ってから明らかになることが多いため, 正しい理解と適切な対応が遅れがちになりやすい 学習のつまずき, 行動の抑制と偏り, 対人関係能力の不足などから生活全般の困難になりやすい (6) 二次障害と合併症 LD,ADHD, 高機能自閉症の子どもたちの状況認知の悪さ, 抑制の効きにくさ, 人づきあいの稚拙さは, 勝手で不適切とみられる言動をもたらし, 仲間からは疎んじられ, 大人からは叱責されることが多くなる となれば, 本人が劣等感を持ち, 人から受け入れられない寂しさや怒りを秘めるようにもなる 不安や葛藤を様々な心や体の不調として表わしても不思議ではなく, 問題行動を起こし, 反社会的行動に結びつくこともありうる これらは障害の基本的, 必須の問題 ( 一次障害 ) ではなく, まわりの人 環境との関わりの中で生じてくるもので, 二次障害と理解できる 障害そのものは脳機能に起因するが, その障害がどのように子どもの生活に支障をもたらし, どのような経過をたどるかは家庭, 教育, 仲間, 地域社会といった環境要因に大きく影響を受ける 環境との相互作用の中で, 障害のあり様が変わってくるわけで, 一次障害に対して気長に援助していくことと, 二次障害を予防していくことが支援の鍵となる 2. 事例 1 軽度発達障害の事例から (1) 事例概要 1 事例の視点一般的に理解されにくい軽度発達障害を伴う子どもを持つ親の子育ての困難さを理解する 2 本人の状態 ( 小学校 1 年生男児 ) 認知的なアンバランスがあるものの知的な遅れは見られない 見通しが立たないこと, 注目されること, 失敗等で不安や緊張が強まり, 衝動的な行動が出やすい 行動面の困難が本人, 家族, 関係者の大きなストレス, 課題になっている 自己調整力を育てていくこと, 家族の負担を軽減することが課題となっているケースである 3 家族の状態父, 母, 本人の3 人家族 父は, 自分の考えや疑問点を単刀直入に話し, 一見挑戦的にとられる印象があるが, 妻や子どものことでは協力的に行動する 母は, 子どもを保育園に預け勤務先では信頼されるポジションで生きがいを感じながら働いていた - 24 -
ものの, 子どもの就学を機に退職する 周囲の人への配慮に気遣いが細かい反面, 不安が強い 4 事例の経過 保育園の年中(4 歳 ) 頃から本人の行動が気になりはじめた 親の相談先は, 保育園 子ども発達支援センター 医療機関と進んだが, 小集団での対応が困難となり, 個別指導の民間療育機関の相談 指導を受けるようになった 教育委員会の就学相談により学区域の普通学級に進んだ 小学校に入り, 親子ともに過剰な不安 緊張感で過ごす 学校生活では衝動性が強く, 周りからつい注意される対象になってしまう 親は担任の対応に不安を覚える 母子で過ごすことが多くなった夏休みに, 母に対して攻撃的になり, 母は鬱状態になり受診が必要となる 2 学期から, これまで躊躇していた通級を利用するとともに, 投薬が始まり, 現在経過を観察中である 5 軽度発達障害を伴う子どもを育てる家族支援のポイント 本人の特性とともに, 家族から受ける影響は大きいため, 家族全体への支援が必要である 本人が困っていることに気づき, よいところを見つけられる相談者に, 親は信頼を寄せていくものである 具体的な対応方法を一緒に考えていく支援が必要 親の会のような社会資源を提供する 親の意思を尊重した連携は安心感を与える 親はつまずきへの対応はわかっていても, 障害を受け止めることは容易ではない場合が多い (2) 質疑応答 事例協議 (Q: 質疑,A: 回答 ) Q( 参加者 ) 医療機関ではどのような検査をしたのか A( 事例報告者 ) 脳波の検査及び知能テスト等を行った ちなみにIQは 100 を超えていたが, テストでは見えてこない ばらつき が重要である Q( 参加者 ) 将来的にこの子は治るのかどうか, その見通しは? A( 事例報告者 ) 自己の障害をどのように認識できるかが重要である Q( 参加者 ) 医学的にはどのような診断 処置がなされているのか? A( 事例報告者 ) アスペルガー障害と診断されているが, 一部にLDやADHDの症状も見られる 投薬も処方されている 本人には障害について説明せず, 具体的な目標を与え, 成功体験を積ませることに主眼をおいている Q( 参加者 ) このような軽度発達障害の子どもは昔と比べ増えてきているのか, また, その要因は? A( 事例報告者 ) 子どもたち全体の社会性が低下してきていることに問題がある 子育てしにくくなっている現状をどうするかが重要であるとともに, 診断力の向上が求められている - 25 -
3. 事例 2 通級指導学級での指導実践 (1) 事例概要 1 情緒障害通級学級の増加傾向について子ども全体の数は減少傾向にあるにもかかわらず, 東京都ではここ数年, 通級希望の児童 生徒の増加が著しく, 学級数 設置学校数が増加しており, どの区 市でもその対応に追われている 2 通級指導の実際新宿区では, 小学校 2 校, 中学校 1 校に通級指導学級が設置されている 通級時間は週 1~2 回,1 回の時間は2~5 時間で, 子どもの実態に応じて決定している 通級児のほとんどが軽度発達障害の子どもたちである 個別指導と小集団指導を併用して, コミュニケーション, ルール理解, 運動 動作, 集中力, 表現力などの力を育て伸ばすことを目標としている 一人一人に応じて指導計画をたて指導を行っている 3 連携と巡回相談子どもたちが在籍する通常の学級の担任や保護者とは相談しながら連携をとり, 通級での指導を行っている また, 去年から通級児以外の相談に近隣の小学校に出向いて学級担任の指導の相談にのっている ( 巡回相談 ) 4 理解の難しさ軽度発達障害の子どもたちは外見上普通に見えるので, 理解してもらうのが難しい 在籍する学級の他の子どもたちや保護者から, 態度が悪い, なまけていると思われがちになる また, 通常学級の担任の中にもこういう子どもたちにどう関わっていったら良いかが分からず対応に困っている例が多い 5 家庭の問題保護者の抱えるストレスはかなり大きい しつけが悪いと小さなころから言われ続けて疲れており, 躁鬱で通院している場合もある ひとり親であったり, 親も軽度発達障害であったりと, 子どもだけでなく家庭の問題も大きいケースが多い 6 特別支援教育実施に伴って平成 19 年度から新たに実施される特別支援教育によって, どう教育現場が変わっていくか, 支援体制がどう変わっていくかに注目している (2) 質疑応答 事例協議 (Q: 質疑,A: 回答,C: 意見 ) Q( 参加者 ) 通級指導でまず教えることは何か? A( 事例報告者 ) 対人関係の中で言葉のコミュニケーションのトレーニングが効果的である 具体的な場面で, 同じ課題を繰り返し何ヶ月も続けてじっくりやらせ, 成功体験を積ませることが重要である すぐに新しい課題に移らないことである Q( 参加者 ) 一度崩れてしまった人間関係を修復するにはどうしたらよいか? A( 事例報告者 ) その子との相性というものがたぶんにあると思われる ベテランだからいいとも限らない 相性のいい教師を見つけ, 交代させることができればいいが, 難しいことである Q( 参加者 ) 親も障害を持っている場合の対処方法は? - 26 -
A( 事例報告者 ) 多くは望まないことである 親も子どもと同じと考え, ~だけはやってください といったように具体的な課題を一つだけやってもらうことである Q( 参加者 ) 親に子どもの障害について告知するときの注意すべきことは何か? A( 事例報告者 ) 非常に慎重にすべきである 他の学級や他の先生へのコンセンサスを十分にとってから行うべきである Q( 参加者 ) 複数の子どもを一度に指導するときのポイントは? A( 事例報告者 ) その子と相性のいい子どもをそばにつけるなど, 子どもの力を借りることができる 学生ボランティアの活用も検討してはどうか 四六時中つく必要はない C( 参加者 ) 定時制高校に通っている障害を持った生徒がいるが, 高校を卒業してからのサポート体制が十分でなく不安である 障害者手帳を持ちながら就労している者はほんの一握りであり, その他ほとんどは家に引きこもってしまうのではないだろうか 小 中学校までは手厚く支援されても, その先の支援が十分でないことが問題であると思う 3. 講師によるまとめ学習面の指導 支援のポイントとしては, 視覚的及び聴覚的な回路 情報を活用した教材 教具をつかった指導の工夫が重要であるとともに, いかに現実的で達成できる目標を設定し, その成功体験 達成感を積み上げていくかが重要である 行動面の指導 支援のポイントとしては, 行動の言語化, すなわち行動で表している感情や欲求を意識し, 言葉で表していく力を身につけることが必要である また, 目標設定が具体的でない場合が教育現場では意外に多い 何を評価の指標とするかなどを明確にし, 小さな成果を見逃さずに評価していく ( 褒める ) ことが大切である - 27 -