学位論文の要旨 Impact of endoscopic duodenitis on functional dyspepsia: quantitative analysis of duodenal endoscopic images and medical multimodal data mining ( 機能性ディスペプシアにおける内視鏡的十二指腸炎のインパ クト : 内視鏡画像の定量的評価とメディカル マルチモーダル デ ータマイニング ) Yumi Mori 森由美 Gastroenterology Yokohama City University Graduate School of Medicine 横浜市立大学大学院医学研究科医科学専攻消化器内科学 (Doctoral Supervisor: Shin Maeda, Professor) ( 指導教員 : 前田愼教授 )
学位論文の要旨 Impact of endoscopic duodenitis on functional dyspepsia: quantitative analysis of duodenal endoscopic images and medical multimodal data mining ( 機能性ディスペプシアにおける内視鏡的十二指腸炎のインパクト : 上部消化管内視鏡画像の定量的評価とメディカル マルチモーダル データマイニング ) http://mitt-klosterneuburg.com/show.php?v=65&i=2 背景 機能性ディスペプシア (FD: functional dyspepsia) は慢性的に心窩部痛, 胃もたれなどの自覚症状あるにもかかわらず, 内視鏡検査を含む精査を行っても症状の原因となる器質的疾患がない状態と定義される [1]. FD の原因の 1 つは十二指腸の粘膜の炎症 [2] であるといわれる. しかし, 十二指腸炎の判断基準は定義されておらず, 術者の主観により診断される. 診断にあたっては熟練した高度な知識や経験が必要である. そこで, 内視鏡検査で取得される十二指腸球部の画像を専門医の診断に基づいて定量的に ( 客観的に ) 分析することにより, 十二指腸炎の診断支援およびその教育支援に役立つと考えた. また, 画像を定量化することによって他の様々な医療データ ( 多様式なデータ ) とも併せたメディカル マルチモーダル データマイニング [3] が可能になると考えた. これにより, 医用画像も活用したビッグデータ解析の可能性が示唆され, 潜在的な知見 ( 規則性や関係性 ) など有用なエビデンスの抽出と活用が期待できると考える. 目的 診断の困難な十二指腸の発赤を内視鏡画像の定量化により分析し, 客観的に判断できるかどうかの検証, および他の医療情報も併せて新たな知見を抽出するメディカル マルチモーダル データマイニングの実現可能性を検証することを目的とした. 方法 内視鏡画像から得られる特徴量を用いて専門医の診断に基づき定量評価を試みた. 対象は横浜市立大学付属病院消化器内科を受診した患者 81 名 ( 胃部不快感を持つが, 酸分泌抑制薬や消化管運動改善薬を服用しておらず, 器質性疾患が認められない患者, 男性 38 名, 女性 43 名, 年齢 58.1±13.3 歳 ) である. すべての患者について FSSG 問診票 [4] により自覚症状を記録し 上部内視鏡検査を実施した. この際に撮影された十二指腸球部の内視鏡画像を分析した. まず各画像内で発赤の程度が高い小エリアを 3 箇所選択した 64 64 pixel サイズの画像に切り出した小エリアを ROI(Region of Interest) 画像と呼ぶ 個々の ROI 画像について内視鏡学会指導医により 6 段階のグレード ( スコア ) をつけた. 次に指導医が診断する発赤が何を意味しているのかを探索するために, 画像処理により各々の画像から 19 項目の特徴量を計算し, 臨床的な診断結果や患者の自覚症状と摺合せ, ロジスティクス重回帰分析, 重回帰分析など統計的な分析を実施した.
結果 十二指腸球部内視鏡画像における ROI 画像の特徴量を使って以下の結果を得ることができ, 内視鏡画像の定量評価およびメディカル マルチモーダル データマイニングが可能であることを検証できた. 1) ロジスティック重回帰分析により ( 画像全体での判定を Gold Standard として ) 各内視鏡画像内で最も発赤の程度が高い ROI 画像の特徴量を用いて, 感度 65.7%, 特異度 82.6% で十二指腸炎の有無を診断できるという結果が得られた. 2) 重回帰分析により, すべての ROI 画像の発赤の程度 ( スコア ) を画像特徴量 ( 特に HSV 色空間の各成分の平均値 ) から推定することが可能となった. スコアと特に強い関係性が見られた mh(hsv 色空間の Hue 色成分の ROI 画像内の平均値 ) との関係を図 1 に示す 3) 患者の自覚症状と ROI 画像特徴量との間に以下の相関を認めた. FSSG3( 胃もたれの自覚症状 ) と画像テクスチャ特徴の Direction 成分 [5] ( 弱い相関 : r = 0.22) 4) 専門医の診断結果と ROI 画像特徴量との間に以下の相関を認めた. 胆汁逆流と画像テクスチャ特徴のエントロピー成分, 画像色成分平均値 標準偏差値 ( 弱い相関 : 0.2 < r < 0.4) 5) 食道裂孔ヘルニアの有無と ROI 画像内の顕著な血塊面積 ( やや強い相関 : r = 0.47) これらの結果により, 内視鏡画像及び臨床的な診断結果から得られる分析結果を十二指腸炎の有無の推定や患者の自覚症状の推定に活用できると考えられる. また, 医用画像と患者の自覚症状, 専門医師の診断結果などの, これまで統合処理が困難とされていたマルチモーダルな ( 多様な ) データを統合し解析することが本症例についての研究において可能となった. 考察 以下のように考察した. 1) 感度 特異度を高めるためには, 画像全体と小エリアの関連性をさらに検証する必要がある. 2) 本手法を診断支援 教育支援 疫学研究に活用するためには, 画像特徴量の正確な測定を目的とした精度が内視鏡画像装置に求められる. 3) 個々の患者において病状の履歴や治癒度合いを客観的な数値により評価することが可能となる. 4) 画像を用いた診断支援の確立によって, 内視鏡画像を動画として保存し, 消化器内部すべての箇所において時系列の変異などを確認 評価することが可能となる. 5) 膨大な被験者のデータを扱う疫学調査への応用が考えられる. 6) 他の種類のデータ ( 個人の嗜好, 生活スタイル, 病歴, 住環境, 家族の病歴, 遺伝子情報, 病状と投薬との関係データなど ) も使ったマイニングにより, 疾患予防に寄与するデータの抽出も可能と考えられる. 結語 この結果を応用して, 内視鏡画像から十二指腸炎の有無を判定するための学習支援ツールを作成することが可能である. 学習者は専門医の診断に近い判定結果を内視鏡画像から得ることができる. また, 診断支援や疫学研究への活用も考えられる.
キーワード : 十二指腸炎, 機能性ディスペプシア, 内視鏡画像, メディカル マルチモーダ ル データマイニング スコア 0 の ROI 画像例 スコア 5 の ROI 画像例 mh ( 色相成分平均値 ) Score 図 1 十二指腸球部の内視鏡画像の一部 (ROI 画像 ) における発赤スコアと色相成分平均値 (mh) の分布 ( 下方 ) およびスコア 0, スコア 5 の場合の ROI 画像例 ( 上方 ) スコアと mh との間の相関係数 : r = 0.569 ( p < 0.001)
引用文献 1) 菅野健太郎 (2014). 機能性消化管疾患診療ガイドライン 2014 機能性ディスペプシア (FD). 日本消化器病学会, 南江堂, 東京. 2) Futagami, S., Shindo, T., Kawagoe, T., et al. (2010), Migration of eosinophils and CCR2-/CD68-Double positive cells into the duodenal mucosa of patients with Postinfectious functional dyspepsia. Am J Gastroenterol, 105, 1835-1842. 3) 中野宏毅 森由美 米谷雅樹 濱田誠司 (2013). 画像情報とテキスト情報とを統合したマルチモーダル マイニング -クイズチャンピオン Watsonの次に来るものは? -. 画像応用技術専門委員会研究報告 Vol.27 No.5, 26-31 4) Kusano, M., Shimoyama, Y., Sugimoto, S. et al. (2004), Development and evaluation of FSSG: frequency scale for the symptoms of GERD. J. Gastroenterol. 39, 888-891. 5) Tamura H, Mori S, Yamawaki T. (1978), Textural features corresponding to visual perception. IEEE Trans. Syst. Man Cybern, 8 (6), 460 472