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*1 *2 *3 瀧寛則 鈴木伸之 髙橋秀行 Keywords : biodiesel fuel, vegetable oil,carbon dioxide, green house gas, Kyoto protocol バイオディーゼル燃料 植物油 二酸化炭素 温室効果ガス 京都議定書 1. はじめに 平成 17 年 2 月に京都議定書が発効した 日本では 基準年である 199 年と比較して 二酸化炭素排出量は増加している ( 年で 8% 増加 ) 一方 京都議定書において日本が約束した排出削減量はマイナス6% であり 年度比では 14% もの削減が必要である 表 -1 に 国内における部門別二化炭素排出量の推移を示す 表 -1 より 産業部門では排出量が減少しているものの 運輸や業務その他 家庭部門では大幅に排出量が増加していることが分かる このように 様々な部門から排出される大量の二酸化炭素を一つの方策のみで削減することは不可能である そのため現在 二酸化炭素削減のために種々の方策が講じられている 部門 産業 ( 工場など ) 運輸 ( トラック マイカーなど ) 業務その他 ( オフィスヒ ル 百貨店など ) 家庭 ( エアコン 冷蔵庫など ) 表 -1 部門別二酸化炭素排出量の推移 CO 2 emission from each category in Japan 二酸化炭素排出量 ( 百万 tco 2) 199 年度 1 年度 増加割合 (199 年度比 ) 476 452 5.1% 減 217 267 22.8% 増 144 188 3.9% 増 129 154 19.4% 増 *1 技術センター建築技術研究所環境研究室 *2 エコロジー本部環境計画 アセスメントグループ *3 エンジニアリング本部エネルキ ー インフラ施設グループ しかし 199 年度以降 産業を除いたほとんどの部門で二酸化炭素排出量が増加している現状を考えると その対策は非常に困難であり 何らかの思い切った対応が必要である エネルギー源としてバイオマスを用いる方法は 二酸化炭素排出抑制に向けて 有効と考えられている方法のひとつである 植物は 大気中の二酸化炭素を吸収して光合成を行う そのため これを燃焼させても もともと大気中に存在した二酸化炭素が戻るだけであり 化石燃料を燃やしたときのように二酸化炭素濃度が増加し続けることはない 本論文で取り上げるバイオディーゼル燃料 (Biodiesel fuel: 以下 BDF と略す ) も 二酸化炭素排出抑制を担うことができるバイオマス利用方法のひとつである BDF は 植物油をメチルエステル化したもので 軽油の代替燃料となることができる これは 廃木材から生産されるエタノールなどとともに 自動車など 内燃機関の燃料として利用することができるため 二酸化炭素排出量が増加し続けている運輸部門の排出量削減に有効である 軽油代替燃料としての BDF は ヨーロッパでは徐々に利用されだしたものの 日本ではほとんど利用されていない しかしながら 今後 二酸化炭素排出抑制を行っていくうえで 欠かすことのできない技術である そこで 本論文では BDF の特徴 BDF 製造における技術的課題とともに BDF 利用の地球環境に対する有効性について概観する 2. BDFの特徴軽油代替燃料として用いることを考えた場合 BDF の主な特徴としては以下があげられる パッキン等の交換のみで既存ディーゼルエンジンが使用可能 カーボンニュートラル 23-1

EU: 菜種油 ME 万 kl/y ( 内 ドイツ 万 kl) ~3% 軽油混合で使用 アフリカ 中近東 東南アジア : パーム油 ME 検討中 ヨーロッパ アジア オセアニア 米国 : 大豆油 ME 万 kl/y 程度 北アメリカ 日本 : 廃食用油 ME 京都市等 1,~1,9kl/y 程度 南アメリカ 図 -1 世界における BDF の生産とその原料 Raw material and production of BDF in the world BDF は軽油と同等の性状を示すため ディーゼルエンジンの改造を行わなくても燃料として利用可能である ( パッキン ゴムホースの交換のみ ) さらに BDF の最も大きな特徴は カーボンニュートラルであることである BDF の原料は植物油であるため 燃料として用いても 二酸化炭素の排出量を増加させない そのため BDF を製造さえすれば 現在使用しているディーゼルエンジンを利用して 二酸化炭素排出量を増加させることなく エネルギーを得ることが可能である 原料として用いられる植物油には 菜種油や大豆油 パーム油あるいは廃食用油などがある 図 -1 には世界における BDF 生産とその原料を示したが ヨーロッパでは菜種油 アメリカでは大豆油がその原料として主に使われている 一方 日本では これら原料となる植物油の生産量が多くないため 天ぷらなどを揚げた後に出る廃食用油を用いる場合が多い CH 2 OCOR CH 2 OH CHOCOR + 3CH 3 OH 3RCOOCH 3 + CHOH CH 2 OCOR CH 2 OH 植物油 メタノール 脂肪酸メチルエステルグリセリン (BDF) 図 -2 植物油からの BDF 生成反応 BDF formation reaction from vegetable oil BDF 生産量は ヨーロッパ以外では まだそれほど多くない 特に日本では非常に少ない そのため BDF 生産の効率化に関する検討はあまり進んでいないのが現状である しかし 今後 軽油の代替燃料として BDF 生産を行っていくためには 効率的な製造方法の確立が重要である そこで次に BDF 製造の効率化について述べる 3. 廃食用油を用いた BDF 製造の効率化 3.1 BDF 製造方法植物油から BDF を生産する基本反応は エステル交換反応であり 一般的によく知られている反応である ( 図 - 2) 植物油のエステルを切断し 脂肪酸をメチルエステル化したものが BDF として利用される ただし 実際に BDF を製造する場合はいくつかの工程を経る必要がある 図 -3 には BDF 製造工程を示した BDF 製造にあたっては まず 植物油にメタノールとアルカリ触媒 (KOH や NaOH など ) を添加し エステル交換により脂肪酸メチルエステルを作る これが BDF となる ただし この時点では不純物が多く 燃料としては利用できない そこで 精製過程として静置分離や水による洗浄 脱水などを行う メタノール触媒 水 植物油 エステル交換反応静置分離脱溶剤水洗 分離 脱水 BDF 廃グリセリン 廃メタノール 廃水 図 -3 BDF 製造工程 BDF production process 23-2

ただし エステル交換反応で添加する触媒量など これまでに報告されている製造条件は一定ではない なぜなら その最適条件は 生産プロセスや用いる原料 ( 植物油 ) により大きく異なるためである そのため BDF 製造にあたっては それぞれの生産工程において条件を変化させたとき どのような変化が起きるかをあらかじめ把握し それぞれの原料あるいは生産工程ごとに最適条件を決定していかなければならない 我々はこれまで 廃食用油あるいは廃食用油を模したトリオレインを使い ビーカーテストあるいは L 規模の実証プラント ( 図 -4) を用いて各生産工程の条件検討を行ってきた 結果の一部を次に示す 図 -5 には エステル化率に対するメタノール添加濃度 ( トリオレインに対する重量比 ) の影響を検討した結果を示した トリオレイン添加量は 18 g 触媒はナトリウムメトキシドを.18 g(1%) 添加した エステル化率は エステル交換反応後一昼夜静置した後の上層を GC-FID で測定した メタノールの理論的必要量は約 1% であるが このときのエステル化率は 7% と低かった 一方 メタノール濃度を 15% 以上とすることで エステル化率は約 9% 3% 以上で約 95% 以上を示した エステル化率 (%) 1 3 メタノール濃度 (%) 図 -4 BDF 製造実証プラント Pilot-scale plant for BDF production 3.2 BDF 製造条件の検討例 3.2.1 エステル交換反応条件の検討エステル交換反応は BDF 製造の最も基本的な反応である 特に 植物油とともに添加するメタノールおよび触媒の添加量は 反応効率とともに 原料費に直結する要素である そこで 廃食用油のモデル物質として トリオレインを用い メタノールおよび触媒の添加量を変化させたときのエステル化率の変化を検討した なお 生産された BDF 全体にしめるメチルエステル化された油脂の重量比を表すエステル化率 1) は 以下の計算式で示される C = ΣA-A EI A EI C EI V EI % m C: エステル化率 (%) ΣA: メチルエステルに対応するすべてのピーク値の総和 A EI : ヘプタデカン酸メチルのピーク値 C EI : ヘプタデカン酸メチル-ヘプタン溶液の濃度 (mg/ml) V EI : ヘプタデカン酸メチル-ヘプタン溶液の体積 (ml) m: サンプル採取量 (mg) 図 -5 エステル交換反応に対するメタノール添加濃度の影響 Effect of additional volume of methanol on transesterification reaction from triolein 図 -6 には エステル化率に対する触媒添加濃度 ( トリオレインに対する重量比 ) の影響を検討した結果を示した トリオレイン添加量は 18 g メタノール添加量は 3.6 g(%) とした 触媒は ナトリウムメトキシド (NaOCH 3 ) 水酸化ナトリウム(NaOH) 水酸化カリウム (KOH) をそれぞれ用いた エステル化率 (%) ナトリウムメトキシド水酸化ナトリウム水酸化カリウム..5 1. 1.5 2. 2.5 触媒濃度 (%) 図 -6 エステル交換反応に対する触媒添加濃度の影響 Effect of additional volume of catalyst on transesterification reaction from triolein 23-3

図 -6 から分かるとおり ナトリウムメトキシド 1.% 以上 水酸化ナトリウム.74% 以上 水酸化カリウム 1.4% 以上でエステル化率はほぼ一定となる これらの重量濃度は モル濃度に換算すると等しい濃度であり 一定のアルカリ存在下でエステル交換反応が起きていることがわかる ただし ナトリウムメトキシド 2.% 以上 水酸化ナトリウム 1.11% 以上で水相が石鹸化している現象が見られたことから 触媒濃度は それぞれの触媒の最適濃度で添加することが重要と考えらる 3.2.2 静置分離工程における組成の変化エステル交換反応は完全混合状態で行うため 脂肪酸メチルエステルとグリセリン 未反応のメタノールが混合された状態で存在する そのため BDF の精製工程のひとつとして静置分離が行われる 静置分離後は BDF を主成分とする上層とグリセリンを主成分とする下層 ( 通常 容積比で約 1:1 程度 ) に分離する 表 -2 には 24 時間静置分離を行ったときの上下層それぞれの組成を測定した結果を示しているが 上層にはほとんどグリセリンが存在せず また 下層には BDF がほとんど存在しなかった 表 -2 静置分離後の各層における組成 Content of methylester, glycerin, and methanol after static separation of reaction mixture 組成 重量比 (%) 上層 (BDF 層 ) 下層 ( ク リセリン層 ) メチルエステル 97.1. ク リセリン.1 71. メタノール 2.8 29. 静置分離後の組成は 例えば BDF 層の精製工程を検討するうえで必要なだけでなく グリセリン層の再利用あるいは廃棄処分を行うときに必要であり これらの組成をもとに 最適な製造プロセス 条件を決定していかなければならない 日本では現在 BDF の原料として廃食用油が主として用いられているが 今後は 他の植物油を用いる場面も増える可能性がある しかし 植物油の組成はそれぞれの植物で違うため BDF 製造条件も用いる植物油ごとに異なってくる これまで 様々な植物油を用いて作られた BDF の性状に関する調査は幅広く行われているが 製造の各工程における各種パラメーターの検討は十分ではない BDF 製造を行うための技術的課題として 重要な点の一つは BDF 製造の各過程におけるパラメーターを様々な原料について整備することである これにより 製造プロセスの最適化を図ることが可能となる また エステル交換反応後の精製工程は 煩雑でエネルギー多消費プロセスであるため その簡略化 効率化が必要とされる BDF 製造に伴い発生するグリセリンや触媒等の再利用方法の検討も 今後 BDF のエネルギー及びコスト収支を考えるうえで重要となってくると考えられる さらに パーム油など 飽和脂肪酸の多い原料を用いた場合 製造される BDF は融点が高くなる このような場合 他の融点の低い植物油と混合させたり 凝固点降下剤を開発する等の対策を講じなければならない 今後 特に大量の BDF を製造していくためには 製造方法の効率化は必須条件であり ここで挙げたような課題を解決しながら生産性の向上を図っていく必要がある 3.3 最適製造条件の検討と技術的課題 4. 地球環境に対するBDF 利用の効果 最適製造条件は どのような原料を用いるかと同時に どのような製造プロセスを用いるかで大きく異なる 例 BDF 利用による地球環境改善への効果として 最も えば 前述の廃食用油を模したトリオレインを原料とし 大きなものは二酸化炭素排出量の抑制である しかし た BDF 製造において メタノール添加量は メタノール BDF 利用にはもう一つ 大気汚染の改善という効果が 回収を行わない場合は できるだけメタノール添加量を ある 図 -7 には 廃食用油を原料として実証プラント 抑える必要があることから 15~% の添加量が最適と で製造した BDF を ディーゼルエンジンの燃料として 考えられる 一方 メタノール回収を行う場合は エス 用いたときの排ガス成分を測定したときの結果を示した テル化率を高めることが最も重要となるため 3% 以上 図 -7 に示したように 大気汚染の原因物質となる一酸 の添加量が最適である 触媒添加量については 通常は 化炭素 (CO) 浮遊性粒子状物質(PM) などは軽油を燃料 コストの安いナトリウムメトキシドあるいは水酸化ナト として用いたときの約半分となっている NOx につい リウムを最適添加濃度で用いる方法が良いが 最適添加 ては BDF を燃料としたときの燃焼温度が高いため 濃度を判断しにくい場合や BDF 製造後に排出される触 軽油より約 1% 高い濃度になっているが これは ヨ 媒を再利用する場合などは 水酸化カリウムを用いる方 ーロッパで用いられているフェロセンなどの燃料添加剤 法が適当である ( カリウムは肥料となるため ) また を用いることで 軽油と同程度まで低減可能である さ 23-4

軽油を としたときの相対比 1 NOx CO PM ガス成分 図 -7 BDF を燃料として用いたときの排気ガス濃度変化 Changes of emission gasses from diesel engine when BDF was used as an engine fuel 生産量 ( 百万 t) 5 3 1 大豆油パーム油菜種油ひまわり油 1/2 2/3 3/4 4/5 5/6 年度 2) 図 -8 世界における植物油生産量の推移 Production of vegetable oil in the world らに 原料に硫黄成分が含まれていないため SOx の発生もほとんど無い このような大気汚染環境改善効果は 先進国での BDF 利用促進だけでなく 今後 経済発展に伴い 大気汚染の進行が心配される発展途上国においても有効である そして 後述する CDM 案件として BDF 製造を行う場合のインセンティブともなる可能性がある 5. おわりに日本国内における軽油の消費量は 年間約 3 万 kl (3 年度 ) である このうち 5% を BDF で代替するとすると 約 19 万 kl の BDF が一年間に必要となる 現在 廃食用油の発生量は 年間約 5 万 kl と推測されている 当面は 廃食用油を原料とすることができるとしても 将来的に BDF 製造量が増加した場合 新たに植物油を原料としていく必要がある 図 -8 には 世界における植物油の生産量の推移を示した 生産量の多い大豆油や菜種油は 生産地であるアメリカやヨーロッパで BDF の原料となるため 日本で利用することは難しい 一方 第 2 位の生産量であるパーム油は アジアで大量に生産されており また 価格安定のために その用途開発が行われている事情もあることから BDF の原料として有力である さらに ナンヨウアブラギリ など 植物油の含量が高いものの 毒性を有するなどして食用とならないためにこれまで生産されなかった植物を 農地には利用できないが BDF 生産に用いる植物は生産可能な地域に植え これをもって BDF の原料とする方法も有効である なお 国内だけでなく 海外での BDF 生産を視野に入れた場合 京都メカニズムの利用も 京都議定書の枠組みにおける二酸化炭素排出量の削減には有効である 例えば 海外に資本と BDF 製造技術を持ち込むことで クリーン開発メカニズム (CDM) による排出枠の獲得が可能となる バイオマスは 化石燃料と違い カーボンニュートラルなエネルギー源として注目されている その中でも BDF は 非常に簡単な原理で植物油から軽油代替燃料を製造することができる さらに BDF を用いたエンジンからの排ガスは軽油に比べて非常にきれいであり 地球温暖化問題だけでなく 大気環境改善にも貢献できる燃料である 今後 BDF 製造が効率化され その利用が拡大されることが望まれる 参考文献 1) The European Standard EN 1413 : 3. 2) United States Department of Agriculture : http://www.fas.usda.gov/psd/complete_tables/oil-table1-4.htm 23-5