報道解禁日 : 日本時間 2017 年 2 月 14 日午後 7 時 15 日朝刊 PRESS RELEASE 2017 年 2 月 10 日理化学研究所大阪市立大学 炎症から脳神経を保護するグリア細胞 - 中枢神経疾患の予防 治療法の開発に期待 - 要旨理化学研究所 ( 理研 ) ライフサイエンス

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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平成14年度研究報告

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平成24年7月x日

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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報道関係者各位

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報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

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発症する X 連鎖 α サラセミア / 精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発 ( 研究開発代表者 : 和田敬仁 ) 及び文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行わ れました 研究概要図 1. 背景注 ATR-X 症候群 (X 連鎖 α サラセミア知的障がい症候群 ) 1 は X 染

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

報道発表資料 2007 年 11 月 16 日 独立行政法人理化学研究所 過剰にリン酸化したタウタンパク質が脳老化の記憶障害に関与 - モデルマウスと機能的マンガン増強 MRI 法を使って世界に先駆けて実証 - ポイント モデルマウスを使い ヒト老化に伴う学習記憶機能の低下を解明 過剰リン酸化タウタ

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界では年間約 2700 万人が敗血症を発症し その多くを発展途上国の乳幼児が占めています 抗菌薬などの発症早期の治療法の進歩が見られるものの 先進国でも高齢者が発症後数ヶ月の 間に新たな感染症にかかって亡くなる例が多いことが知られています 発症早期には 全身に広がった感染によって炎症反応が過剰になり

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

概要 名古屋大学環境医学研究所の渡邊征爾助教 山中宏二教授 医学系研究科の玉田宏美研究員 木山博資教授らの国際共同研究グループは 神経細胞の維持に重要な役割を担う小胞体とミトコンドリアの接触部 (MAM) が崩壊することが神経難病 ALS( 筋萎縮性側索硬化症 ) の発症に重要であることを発見しまし

論文の内容の要旨

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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胞運命が背側に運命変換することを見いだしました ( 図 1-1) この成果は IP3-Ca 2+ シグナルが腹側のシグナルとして働くことを示すもので 研究チームの粂昭苑研究員によって米国の科学雑誌 サイエンス に発表されました (Kume et al., 1997) この結果によって 初期胚には背腹

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 椎間板ヘルニアの新たな原因遺伝子 THBS2 と MMP9 を発見 - 腰痛 坐骨神経痛の病因解明に向けての新たな一歩 - 骨 関節の疾患の中で最も発症頻度が高く 生涯罹患率が 80% にも達する 椎間板ヘルニア

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ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

1. 背景 NAFLD は非飲酒者 ( エタノール換算で男性一日 30g 女性で 20g 以下 ) で肝炎ウイルス感染など他の要因がなく 肝臓に脂肪が蓄積する病気の総称であり 国内に約 1,000~1,500 万人の患者が存在すると推定されています NAFLD には良性の経過をたどる単純性脂肪肝と

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研究成果報告書

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

さらにのどや気管の粘膜に広く分布しているマスト細胞の表面に付着します IgE 抗体にスギ花粉が結合すると マスト細胞がヒスタミン ロイコトリエンという化学伝達物質を放出します このヒスタミン ロイコトリエンが鼻やのどの粘膜細胞や血管を刺激し 鼻水やくしゃみ 鼻づまりなどの花粉症の症状を引き起こします

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平成 29 年 8 月 4 日 マウス関節軟骨における Hyaluronidase-2 の発現抑制は変形性関節症を進行させる 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 : 門松健治 ) 整形外科学 ( 担当教授石黒直樹 ) の樋口善俊 ( ひぐちよしとし ) 医員 西田佳弘 ( にしだよしひろ )

< 研究の背景 > 運動に疲労はつきもので その原因や予防策は多くの研究者や競技者 そしてスポーツ愛好者の興味を引く古くて新しいテーマです 運動時の疲労は 必要な力を発揮できなくなった状態 と定義され 疲労の原因が起こる身体部位によって末梢性疲労と中枢性疲労に分けることができます 末梢性疲労の原因の

( 図 ) 自閉症患者に見られた異常な CADPS2 の局所的 BDNF 分泌への影響

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

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PRESS RELEASE 2017 年 2 月 10 日理化学研究所大阪市立大学 炎症から脳神経を保護するグリア細胞 - 中枢神経疾患の予防 治療法の開発に期待 - 要旨理化学研究所 ( 理研 ) ライフサイエンス技術基盤研究センター細胞機能評価研究チームの片岡洋祐チームリーダー ( 大阪市立大学客員教授 ) 中野真行研修生 ( 大阪市立大学大学院特別研究員 DC2) 田村泰久上級研究員らの研究チーム は グリア細胞の一種である中枢神経前駆細胞 (NG2 グリア ) [1] が脳内の神経炎症を抑制し 海馬 [2] の神経細胞を保護していることを 遺伝子改変ラットを用いて明らかにしました 神経炎症は アルツハイマー型認知症などの中枢神経疾患 [3] の発症や進行に深く関わっていることが明らかになってきています 脳をはじめとする中枢神経組織では 免疫を担うミクログリア [4] が主に炎症反応を引き起こしますが この炎症反応を制御し 炎症から神経細胞を保護している細胞群の存在は知られていませんでした 研究チームは 神経細胞を炎症から保護している細胞として 子供から大人まで中枢神経系全体に幅広く分布し 高い増殖活性を持つ NG2 グリアに着目しました NG2 グリアは細胞を供給する前駆細胞としての役割がよく知られていますが 細胞自体の機能はほとんど明らかにされていませんでした そこで NG2 グリアが加齢に伴ってその機能を低下させることから 老化による NG2 グリアの機能低下が神経炎症を引き起こし中枢神経疾患の発症や進行に関与する という仮説を立て その検証を試みました 研究チームは遺伝子改変ラットを用いて 脳内から NG2 グリアを除去することで起きる影響を調べました その結果 ミクログリアが活性化し 過剰な神経炎症が引き起こされました この神経炎症により海馬の神経細胞は傷害を受け 海馬組織が著しく萎縮していました さらに詳しく解析した結果 NG2 グリアが肝細胞増殖因子 (HGF) [5] を供給することで 神経炎症を抑制し 海馬の神経細胞を保護していることが示唆されました これらの結果は NG2 グリアの機能低下が中枢神経疾患の発症および進行に関わる可能性を示しています 今後 NG2 グリアをターゲットとする中枢神経疾患の新たな予防法 治療法の開発に貢献すると期待できます 本研究成果は 英国のオンライン科学雑誌 Scientific Reports (2 月 14 日号 ) に掲載されます 1

研究チーム理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター生命機能動的イメージング部門イメージング基盤 応用グループ細胞機能評価研究チームチームリーダー片岡洋祐 ( かたおかようすけ ) ( 大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学客員教授 ) 研修生中野真行 ( なかのまさゆき ) ( 大阪市立大学大学院医学研究科日本学術振興会特別研究員 -DC2) 上級研究員田村泰久 ( たむらやすひさ ) 研究員大和正典 ( やまとまさのり ) 研究員久米慧嗣 ( くめさとし ) テクニカルスタッフ Ⅱ 江口麻美 ( えぐちあさみ ) テクニカルスタッフ Ⅰ 高田孔美 ( たかたくみ ) 健康 病態科学研究チームチームリーダー渡邊恭良 ( わたなべやすよし ) ( 大阪市立大学名誉教授 ) 1. 背景 日本を含め先進国は超高齢社会を迎え 加齢に伴って発症リスクが高まるアルツハイマー型認知症などの中枢神経疾患の患者数が急増しています 中枢神経疾患の患者の脳内では神経炎症が観察され 神経炎症が疾患の発症や重篤化に関与することが明らかになってきています 脳をはじめとする中枢神経組織では 自然免疫を担うミクログリアが主に炎症反応を引き起こします 一方 ミクログリアによる過剰な炎症反応を制御し 炎症から神経細胞を保護している細胞群の存在は知られていませんでした 今回 研究チームは 神経細胞を炎症から保護する細胞の候補として 子供から大人まで中枢神経系全体に幅広く分布し 高い増殖活性を持つ中枢神経前駆細胞 (NG2 グリア ) に着目しました これまで NG2 グリアは 主にグリア細胞や神経細胞を供給する前駆細胞としての役割について研究され 加齢に伴いその機能が低下することが知られていました しかし NG2 グリア細胞そのものが担っている機能はほとんど明らかにされていませんでした そこで研究チームは 老化による NG2 グリアの細胞機能の低下が神経炎症を引き起こし 中枢神経疾患の発症や進行に関与するという仮説を立て 検証を試みました 2. 研究手法と成果 特定の細胞の機能を明らかにする方法として その細胞を除去したとき 個体にどのような影響が現れるかを調べる実験があります NG2 グリアの細胞供給以外の機能を明らかにするためには NG2 グリアから既に生まれて分化した細胞には影響を与えることなく NG2 グリアそのものだけを除去する必要があります 2

そこで研究チームは ラット脳内から NG2 グリアだけを特異的に除去できる遺伝子改変ラットを作製しました この遺伝子改変ラットのゲノムには NG2 グリアだけで発現するように組換えられた 自殺遺伝子 ( 単純ヘルペスウイルス由来のチミジンキナーゼ ) が導入されています このラットは正常に成長しますが 抗ウイルス剤であるガンシクロビルを脳内に投与するとチミジンキナーゼの作用により細胞毒が生成され NG2 グリアだけが除去されるようにできています この細胞除去システムを用いて 成体ラット (12~35 週齢 ) にガンシクロビルを投与して NG2 グリアを脳内から除去したところ 海馬組織の著しい萎縮が観察されました ( 図 1) 図 1 中枢神経前駆細胞 (NG2 グリア ) 除去による海馬組織への影響 上段 : 遺伝子改変ラットに抗ウイルス剤のガンシクロビルを脳内投与したときの海馬組織の免疫染色像 NG2 グリアは NG2( 紫の細胞染色像 ) と Olig2( 緑の核染色像 ) を共発現する細胞 ( 白の核染色像 = 黄色矢印 ) として定義される ガンシクロビル投与 ( 右上 ) により NG2 グリアがほぼ除去されたことが分かる 下段 : 黒の破線領域は海馬組織を示している NG2 グリアの除去に伴い 海馬組織の著しい萎縮が観察された さらに 免疫組織化学染色法 [6] および遺伝子発現解析を行ったところ NG2 グリア除去に伴い 海馬組織では活性化型ミクログリア [4] が過剰に炎症性サイトカイン [7] を産生していました その結果 海馬の神経細胞が傷害を受けて変性し 海馬組織が著しく萎縮していることが明らかとなりました ( 図 2) NG2 グリア除去により炎症反応が亢進することから NG2 グリアは炎症を抑える分子を産生している可能性があります そこで 研究チームはマイクロアレイ [8] を用いて NG2 グリア除去後の海馬組織で発現が低下している遺伝子を解析し 複数の候補分子の中から肝細胞増殖因子 (HGF) に注目し 調べました その結果 NG2 グリアは海馬組織で HGF タンパク質を発現しており NG2 グリアの除去に伴い海馬組織から HGF タンパク質が失われることが分かりました 3

さらに NG2 グリアが除去された海馬組織に HGF タンパク質を補うことにより 活性化型ミクログリアによる炎症反応は鎮静化され 海馬での神経細胞傷害が軽減されることも分かりました ( 図 2) 以上の結果から NG2 グリアは HGF を供給することによって神経炎症を抑制し 海馬神経細胞を保護していることが示唆されました 図 2 肝細胞増殖因子 (HGF) による神経炎症の抑制と神経細胞の保護 遺伝子改変ラットに抗ウイルス剤のガンシクロビル さらには肝細胞増殖因子 (HGF) を脳内投与したときの海馬組織の免疫染色像 上段 : ガンシクロビル投与により NG2 グリアはほぼ除去されており HGF の同時投与によっても NG2 グリアそのものは影響を受けなかった 中段 : ミクログリアのマーカー (Iba1: 緑 ) を発現している細胞 ガンシクロビル投与により 形態が変化し 神経炎症を引き起こす活性化型ミクログリアになった 一方 ガンシクロビルと HGF を同時に投与すると活性化ミクログリアへの形態変化は抑制された 下段 : 神経細胞のマーカー (NeuN: 茶 ) を発現している細胞 ガンシクロビル投与により 神経細胞が傷害を受け 脱落した 一方 ガンシクロビルと HGF を同時に投与すると神経細胞の傷害が抑制された 3. 今後の期待 神経炎症を抑制する NG2 グリアの機能が示されたことにより 本来 脳内に備わっている神経保護機能と中枢神経疾患の発症との関係が解明され 新たな予防 治療法の開発へとつながるものと期待されます 本研究で神経炎症抑制効果がみられた HGF は 中枢神経疾患に対する治療効注 1) 果が他の研究グループからも報告されており 筋萎縮性側索硬化症(ALS) 4

などの難治性神経疾患の治療への有効性を評価する臨床試験が進められています また本成果から もともと脳に存在している HGF 産生細胞の機能を高めることで 中枢神経疾患の発症や進展を予防 軽減できる可能性も考えられます 今後 研究チームは 中枢神経における NG2 グリアの細胞機能を高める食薬成分 薬剤を探索し 中枢神経疾患の予防 治療法の開発へとつなげたいと考えています 注 1)Sun, W., J. Neurosci., (2002) / Koike, H., Gene. Ther., (2006) / Kitamura, K., et al., J. Neurosci. Res. (2007) / Takeuchi, D., Gene Ther., (2008) 4. 論文情報 < タイトル > NG2 glial cells regulate neuroimmunological responses to maintain neuronal function and survival < 著者名 > Masayuki Nakano, Yasuhisa Tamura, Masanori Yamato, Satoshi Kume, Asami Eguchi, Kumi Takata, Yasuyoshi Watanabe, Yosky Kataoka < 雑誌 > Scientific Reports <DOI> 10.1038/srep42041 5. 補足説明 [1] 中枢神経前駆細胞 (NG2 グリア ) 神経系を構成するグリア細胞であるオリゴデンドロサイトを主に供給し 自己複製により中枢神経前駆細胞を増やす能力を併せ持つ細胞 病態時には 神経細胞や別のグリア細胞であるアストロサイトにも分化することができる [2] 海馬大脳側頭葉の内下部にあり 記憶や学習に関与すると考えられている部位 両側を合わせた形がギリシャ神話の海神がまたがる海馬に似ていることから この名が付いた [3] 中枢神経疾患中枢神経系 ( 脳 脊髄 ) の機能異常や変性によって起きる疾患の総称 うつ病などの神経機能の異常や アルツハイマー型認知症 パーキンソン病 プリオン病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) などの神経変性疾患 脳卒中などが知られる [4] ミクログリア 活性化型ミクログリア脳や脊髄などの中枢神経系に存在するグリア細胞の一種で 中枢神経系における自然免疫担当細胞であると考えられている 神経細胞の損傷 細菌や毒素などの外部刺激 5

を素早く探知して活性化される 活性化型ミクログリアは炎症性サイトカインを産生して神経炎症を引き起こしたり 貪食作用によって傷害された細胞を除去したりするが こうした効果は時に神経の機能障害を助長するため その制御が重要であると考えられている [5] 肝細胞増殖因子 (HGF) 生体内の再生修復因子 神経炎症の抑制や神経細胞の保護に関わる機能を持ち さまざまな難治性神経疾患の治療薬として期待されている [6] 免疫組織化学染色法組織切片中の標的分子に対する抗体を使い その組織内での分子の局在を可視化する手法 [7] 炎症性サイトカインサイトカインは 細胞同士の情報伝達に関わるさまざまな生理活性を持つタンパク質の総称 炎症性サイトカインとは 体内への病原体の侵入や細胞の傷害などを受けて産生されるサイトカインで 生体防御に関与する多種類の細胞に働き 炎症反応を引き起こす [8] マイクロアレイ既知の遺伝子の 1 本鎖 DNA 断片を高密度にスライドガラスなどに並べ 貼り付けたものをマイクロアレイと呼ぶ これに 組織や細胞から抽出した mrna から調製した相補鎖 RNA を結合させることで その結合量から 組織や細胞中の個々の遺伝子の発現量を評価することができる 6. 発表者 機関窓口 < 発表者 > 研究内容については発表者にお問い合わせ下さい理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター生命機能動的イメージング部門イメージング基盤 応用グループ細胞機能評価研究チームチームリーダー片岡洋祐 ( かたおかようすけ ) ( 大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学客員教授 ) 研修生中野真行 ( なかのまさゆき ) ( 大阪市立大学大学院医学研究科日本学術振興会特別研究員 -DC2) 上級研究員田村泰久 ( たむらやすひさ ) TEL:078-304-7160( 片岡 ) FAX:078-304-7161( 片岡 ) E-mail:kataokay@riken.jp( 片岡 ) 6

片岡洋祐チームリーダー中野真行研修生田村泰久上級研究員 < 機関窓口 > 理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター広報 サイエンスコミュニケーション担当山岸敦 ( やまぎしあつし ) Tel:078-304-7138 Fax: 078-304-7112 E-mail:ayamagishi@riken.jp 理化学研究所広報室報道担当 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715 E-mail:ex-press@riken.jp 大阪市立大学広報室 TEL:06-6605-3410 FAX:06-6605-3572 E-mail:t-koho@ado.osaka-cu.ac.jp 7