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(3) E-I 特性の傾きが出力コンダクタンス である 添え字 は utput( 出力 ) を意味する (4) E-BE 特性の傾きが電圧帰還率 r である 添え字 r は rrs( 逆 ) を表す 定数の値は, トランジスタの種類によって異なるばかりでなく, 同一のトランジスタでも,I, E, 周

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記者発表開催について

Transcription:

同時発表 : 筑波研究学園都市記者会 ( 資料配布 ) 文部科学記者会 ( 資料配布 ) 科学記者会 ( 資料配布 ) 酸化グラフェンのバンドギャップをその場で自在に制御 - 新規炭素系材料を用いた高性能ナノスケール素子に向けて - 配布日時 : 平成 25 年 12 月 16 日 14 時解禁日時 : 平成 25 年 12 月 16 日 20 時独立行政法人物質 材料研究機構概要 1. 独立行政法人物質 材料研究機構 ( 理事長 : 潮田資勝 ) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の土屋敬志博士研究員 寺部一弥グループリーダー 青野正和拠点長の研究グループは 究極的に薄い酸化グラフェン 1) を利用した高性能ナノスケール素子 2) の実現の鍵となる バンドギャップ 3) の制御をその場で自在に行うことに成功しました 2. グラフェン 1) は 次世代のナノスケール電子素子や回路を形成するための有望な新材料 ポスト シリコン として期待されています しかし グラフェンはバンドギャップが無い金属的伝導性を 有する炭素系材料であり このことが電子素子を構築する上で課題となっていました これまでに 外部電圧によってバンドギャップをその場で制御する方法が提案されていましたが 外部電圧の印 加を止めると制御したバンドギャップが消滅するという揮発性 4) の制御法でした 3. 今回 我々は 外部からの電圧印加により グラフェンに酸素原子を可逆的に吸着させたり 脱着 させたりすることによって グラフェンを構成する炭素原子の結合状態を変化させてバンドギャッ プを形成させ しかもその場で自在に制御することに成功しました この方法では 電圧印加を止 めても制御したバンドギャップが持続するという不揮発性 4) の特徴を有しています グラフェンへ の酸素原子の吸着と脱着の制御は 固体内で水素イオンの移動が可能な固体電解質 5) を用いて その固体電解質内の水素イオンとグラフェンに化学結合している酸素原子との間で電気化学反応を生じさせることによって実現しました 4. この制御技術は グラフェンを用いた不揮発性スイッチング素子 6) などの高性能ナノエレクトロニクス素子の実現へ近づくだけでなく ダイヤモンド カーボンナノチューブやフラーレンなどの新規炭素系材料における物性探索や制御の有力な手段として期待されます 5. 本研究成果は 日本時間 2013 年 12 月 16 日 ( 月 )20 時に 科学雑誌 ADVANCED MATERIALS のオンライン速報版で公開される予定です 1

研究の背景シリコンなどの半導体材料を用いた電子情報用半導体素子は 現在 身の回りの多くの電気機器の主要な部品として利用されています 半導体素子は 微細加工技術の進歩に支えられて性能向上を日進月歩続けてきました しかし その発展にも陰りが見えてきており 近い将来 微細加工技術の限界のみならず 素子の機能 性能 サイズや消費電力などの限界を迎えることは明白です そのため 今後も電子情報用素子が性能向上を続けて行くためには 従来の半導体技術の更なる発展だけでなく 新たな原理で動作する素子の開発研究も重要な課題となっています 新たな電子素子の一つとして 究極的に薄く しかも優れた電子伝導特性を有するグラフェン材料を用いたナノスケール素子が提案されています 今日のデジタル電子回路の重要部品であるスイッチング素子を実現させるためには シリコンのような半導体材料と同様に 新しい素子材料の電子状態にバンドギャップが形成されていることが望まれます しかし ポストシリコン として期待されているグラフェンは バンドギャップを有していないことが課題でした これまで 外部電圧によってバンドギャップをその場で制御する方法が提案されていましたが 外部電圧の印加を止めると制御されたバンドギャップは消滅してしまうという揮発性の制御法であることが問題でした 成果の内容我々は 外部からの電圧印加によって グラフェンに酸素原子を可逆的に吸着 脱着させたりすることによって 炭素原子の結合状態を変化させてバンドギャップを形成し しかもその場でバンドギャップを自在に制御することを可能にしました また 電圧印加を止めても制御したバンドギャップは保持されるという不揮発性の特徴を有しています 今回開発した制御法で用いる素子構造を図 1に示します ここでは 酸素原子を化学結合させたグラフェン ( 酸化グラフェンと呼ぶ 図 2) を基板上に塗布した後 その上に水素イオン伝導体である固体電解質を積層しました 電圧印加や電気伝導測定を行うための各電極を合わせて積層しました 固体電解質材料には 室温付近で固体内を水素イオンが移動することができる安定化ジルコニア 7) を用いました 酸化グラフェンにおける酸素原子の吸着と脱着の制御は 安定化ジルコニアの水素イオンと酸化グラフェンの酸素原子との間で電気化学反応を生じさせることによって実現しました 例えば ゲート電極とソース電極との間で正の極性の電圧をゲート電極に印加させた場合には 安定化ジルコニア内の正の電荷をもった水素イオンが酸化グラフェン側に移動して 酸化グラフェンの表面にある酸素原子との間で電気化学反応 (2H + + O + 2e - H 2 O) が生じます この化学反応によって 酸化グラフェンに結合している酸素原子を脱着させることが出来ます 反対に ゲート電極とソース電極との間で負の極性の電圧をゲート電極に印加させた場合には 固体電解質内に残留している H 2 O が電気化学反応 (2H + + O + 2e - H 2 O) によって分解され 発生した酸素原子が酸化グラフェンと再結合します すなわち 印加電圧の極性に依存して この電気化学反応 (2H + + O + 2e - H 2 O) を可逆的に生じさせることによって酸化グラフェンにおける酸素原子量を変化させることができます そして 酸化グラフェンに結合している酸素原子量を増減させることによって バンドギャップを制御することが可能になりました 図 3 の実験結果は ゲート電極とソース電極との間に印加した電圧の極性と大きさを制御することによって バンドギャップを約 0.3eV~0.75eV の間で制御できることを示しています この値は 広い波長域の光を試料に当てて その光の吸収測定から見積もっています 図 4は 比較的大きな数ボルト程度の電圧をゲート電極とソース電極との間に印加してバンドギャップを制御した後 バンドギャップに変化が現れない 0.5V 程度の小さい正と負の極性の電圧を交互に印加する ( 図 4(a) のオレンジの矩形波形 ) ことによって ドレイン電極とソース電極の間で流れるスイッチング電流を示したものです 印加するゲート電極の電圧条件 (a),(b),(c) のすべてで良好なスイッチング特性が得られました このスイッチン 2

グ時に流れる電流の大きさやオンオフ比は 事前に施したゲート電極とソース電極との間の電圧の大きさ すなわち形成されたバンドギャップの大きさに依存しています 図 1 酸化グラフェンのバンドギャップを制御するための素子構造 図 2 酸化グラフェンの結晶構造蜂の巣状に炭素原子が結合したグラフェン構造に酸素原子 (O) が結合している 図 3 ゲート電圧とバンドギャップの関係 図 4 ゲート電極にそれぞれ 2.5V:(a) 2.3V:(b) -1.0V:(c) の電圧を印加した後 ゲート電極に (a) に示されている 0.5V と-0.5V の電圧を交互に加えることによってソース電極とドレイン電極の間で流れるスイッチング電流 3

波及効果と今後の展開本制御法を用いれば 酸化グラフェンのバンドギャップを素子構造が保持された状態 すなわちその場で自在に制御することが可能になります しかも 電圧の極性および大きさによって制御したバンドギャップは 電圧の印加を止めても保持されます この技術を用いれば これまで究極的に薄く ポストシリコン材料として期待されていながらスイッチング素子などの素子材料としての利用が困難であったグラフェンを用いて 社会的要求の高い 素子作製後でもプログラム可能な超小型演算素子やメモリなどの高機能性ナノエレクトロニクス素子の材料として応用へ近づくことになります また このイオン移動と電気化学反応を利用した制御法は グラフェン ダイヤモンド カーボンナノチューブやフラーレンなどの新炭素系材料の固体物性の探索や制御するための新しい手法としても意義があります 掲載論文題目 :In-situ and Nonvolatile Band Gap Tuning of Multilayer Graphene Oxide in All-Solid-State Electric Double Layer Transistor 著者 :Takashi Tsuchiya, Kazuya Terabe, and Masakazu Aono 雑誌 :Advanced Materials ( 巻 号 ページは現時点では未定 ) 用語解説 (1) グラフェン 酸化グラフェングラフェンは 炭素原子が蜂の巣のような6 角型格子状に結合した層状構造をしています 厚さが1 原子であるグラフェンは 究極的に薄い2 次元物質とも言えます 鉛筆の芯に使われている黒鉛 ( グラファイト ) は この層状構造がファンデルワールス力によって幾重にも積層したものです そのため グラファイトを剥離することによってもグラフェンを得ることができます 酸化グラフェンは グラフェンと同じ構造ですが 構成する炭素原子の一部が酸素原子などと結合しています これはグラファイトが酸化された状態なので酸化グラフェンと呼ばれています グラフェンは電気を通しやすくバンドギャップがありませんが 酸化グラフェンは電気を通しにくくバンドギャップがあります このバンドギャップの大きさは 結合している酸素原子の数や状態などによって変化します (2) 素子電子回路で使われる部品であり 例えばトランジスタ コンデンサ 抵抗などを指します (3) バンドギャップ固体材料は電気をほとんど通さない絶縁体 少しだけ通す半導体 良く通す金属に分類されます この電気特性は 電気伝導に寄与する電子の数とその動きやすさに依存します 固体内の電子は 価電子帯と伝導帯のエネルギー帯に分かれて存在しており これをバンド構造と言います バンドギャップは この価電子帯と伝導帯のエネルギー差を指します ハンドギャップが全くないのが金属 少し有るのが半導体 大きいのが絶縁体となります 従来のスイッチ素子などに使われているシリコンは比較的小さいバンドギャップが存在する半導体であり このバンドギャップの状態に依存する電子の数を変化させて電気伝導を制御することによって素子を動作させています (4) 不揮発性 揮発性本稿では 入力電気信号によって生じた素子の機能が 電気信号の入力を止めて時間が経過しても保持される場合を不揮発性 一方 時間経過とともに減衰 消滅する場合を揮発性と言います 4

(5) 固体電解質固体の電気伝導とは 電圧を印加することによって電荷が移動して電流が流れる現象を言います この時 固体内を流れる電荷が電子のみの場合には電子伝導体と呼ばれ 銅やシリコンなどが知られています また 流れる電荷がイオンのみの場合にはイオン伝導体 ( 固体電解質 ) と呼ばれ 酸化ジルコニアやヨウ化銀などが知られています さらに 流れる電荷が電子とイオンの両方である場合には混合伝導体と呼ばれています (6) スイッチング素子電子回路において 電流を多く流す状態 (ON) と 全く流さない あるいは少しだけ流す状態 (OFF) を切り替える働きをする素子を言います (7) 安定化ジルコニア酸化ジルコニウムにイットリウムなどを添加して結晶構造を安定化させた物質です 800 付近の高温領域では主に酸素イオンが移動し 室温付近の低温領域では水素イオンが移動するイオン伝導体です 本件に関するお問い合わせ先 ( 研究内容に関すること ) グループリーダー寺部一弥 ( てらべかずや ) 独立行政法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 E-mail: TERABE.Kazuya@nims.go.jp TEL: 029-860-4383 URL: http://www.nims.go.jp/group/g_nanoionic-device/index.html ( 報道担当 ) 独立行政法人物質 材料研究機構企画部門広報室 305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1 TEL: 029-859-2026 FAX: 029-859-2017 5