上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 114. 四肢における骨格筋幹細胞制御機構の探求 佐藤貴彦 Key words: 骨格筋, 発生, 筋衛星細胞,Pax3,miRNA 京都大学再生医科学研究所 再生増殖制御学分野 緒言骨格筋は, 皮膚や肝臓などとともに成体において強い再生能力を保持している組織である. それ故に骨格筋幹細胞から骨格筋へと分化する過程が胚発生中のみならず, 骨格筋の再生時にも認められる. 骨格筋再生時には筋繊維に接して常駐し, 通常は細胞分裂を行っていない筋衛星細胞と呼ばれる骨格筋幹細胞が寄与していることが知られている 1). 成体における筋衛星細胞の起源は, 胚発生中の皮筋節 (DM) に由来し, この領域では Pax3 と呼ばれる転写因子が発現している 2). 著者は胚発生中における Pax3 の機能解析, 標的遺伝子の探索を行ってきた 3). また骨格筋幹細胞が筋繊維へと分化する際に,miR-1 や mir-206 の発現が認められ, それぞれの機能解析の結果, 骨格筋分化や細胞増殖に影響を及ぼすことが知られている. しかし, 骨格筋細胞の源となる骨格筋幹細胞の制御にどのような mirna が関与しているのか不明である. そこで本研究は, 骨格筋幹細胞中で発現する mirna に焦点を絞り, その機能解析を行った. 方法 結果および考察現在まで成体骨格筋中での Pax3(GFP) の発現を指標として, 骨格筋幹細胞中でどのような mirna が高発現しているのかを調べるため, セルソーターにより GFP 陽性細胞集団を選択後, 細胞中に発現している mirna を抽出し,miRNA マイクロアレイ解析 ( 東レ ;3D-Gene) により網羅的に調査した ( 図 1). 図 1. 骨格筋幹細胞中で発現する GFP(Pax3) を指標にした mirna 発現の網羅的探索. 成体マウスの横隔膜骨格筋組織を単離し,GFP 陽性をセルソーターにより選択収集した集団を用いて mirna microarray を行った. 1
その結果, 骨格筋幹細胞中で高発現する候補 mirna として mir-335 を同定した. この mir-335 は成体マウスのみなら ずマウス胚発生時から発現が認められ,LNA in situ hybridization (Exiqon) によりその発現領域が Pax3 と共発現する皮 筋節の両端 ( 図 2B) で認められ,Pax7 の発現が中心となる皮筋節中央部では認められなかった ( 図 2C). 図 2. マウス胚発生時における mir-335 の発現パターン. マウス 9.5 日胚をを用いて LNA oligo(exiqon) により in situ hybridization を行った. その結果,miR-335 は体節で強い発現が認められたが (A), 神経系組織では認められなかった. さらに切片にして詳細な位置情報を確認すると, 皮筋節の両端 (B, 矢頭 ) から筋節, 硬節にかけて発現が認められる (C). 実際に 9.5 日胚の体節における Pax3 発現細胞を GFP 陽性の細胞としてセルソーターにより単離し, 神経系 / 体節に細分 化し回収した細胞を用いて mir-335 の発現レベルを qpcr により比較した結果,Pax3 を発現する皮筋節で高発現すること が明らかとなった ( 図 3). 図 3. マウス胚より GFP 陽性を指標に単離した体節細胞を用いた mir-335 の発現レベルの評価. Pax3 GFP/+ マウス 9.5 日胚を用いて体節を単離し,Pax3/PDGFRa を指標に FACs を行った.Pax3/PDGFR 両陽性 の画分で mir-335 の発現が顕著に認められた. この mir-335 が骨格筋発生あるいは分化においてどのような意味を持つのかは全く分かっておらず, この機能解析を進める べく mirna 発現変異マウスの作製を開始している. 具体的には時期特異的に mir-335 が強制発現された場合, その細胞 を GFP 発現により可視化出来るマウス系統となる ( 図 4). 2
図 4. 時期特異的 mir-335 発現マウス系統作製の流れ. Pax3 GFP/+ 遺伝子挿入マウス ( 上図 ) と Pax3 発現下で mir-335 と GFP が共発現する株 ( 下図 ). また mir-335 の骨格筋幹細胞におけるその機能が未知の為, 骨格筋培養細胞 C2C12 を用いて骨格筋系譜におけるその機能解析を行った.C2C12 培養細胞中では,miR-335 の発現は骨格筋分化とともに上昇する傾向が認められ,qPCR ( 図 5A), Northern Blotting ( 図 5B), そして LNA in situ hybridization( 図 5C) ともに増殖中では殆ど認められないが, 分化後の細胞で mir-335 の発現が上昇することが確認出来た. 図 5. C2C12 培養細胞中の骨格筋分化経過における mir-335 の発現. RT-qPCR (A) と northern blotting (B) による C2C12 培養細胞中の分化時における mir-335 の発現レベル. (C) 骨格筋分化後 72h における C2C12 細胞中の mir-335 の LNA in situ hybridization. また C2C12 培養細胞では骨格筋幹細胞中で発現する転写因子 Pax7 が時間経過と共に減少するのに対して, 骨格筋分化 と共に認められる筋制御因子である MyoD, Myf5, Myogenin の発現が上昇する ( 図 6A, B). そこに mir-335 の強制発現を 行うと,Pax7 の発現量の大幅な上昇が認められ ( 図 6B), その後の骨格筋分化を示す遺伝子発現も上昇を示した ( 図 6C). 3
図 6. C2C12 培養細胞中の骨格筋分化経過における骨格筋制御因子の発現変化. (A) C2C12 における分化経過に伴う転写因子 Pax7 と Myogenin の発現変化. (B) mir-335 の強制発現による骨格筋分化 72 時間後の C2C12 における各遺伝子の発現変化. (C) 骨格筋分化経過に伴う mir-335 による Pax7 の発現量の変動. しかし,miR-335 が直接標的とし発現抑制を示す遺伝子を一から絞り込むのは膨大な時間がかかるため,miR-335 により どのような mrna の発現変化が認められるのか, 骨格筋培養細胞である C2C12 を用いて mir-335 を強制発現した細胞群 を回収し,Genechip (Affymetrix) により遺伝子発現の差異を評価した. その結果, 顕著な差が認められる mir-335 の直 接標的となり得る候補遺伝子が幾つか得られた. 今後, 上記遺伝子の骨格筋系譜細胞における発現, あるいは機能を観察し,miR-335 により標的と成りうる mrna 3 UTR を用いた mirna-mrna 反応特異性の検証, さらに発展として Pax3 の下流で機能する筋制御因子と呼ばれる MyoD はじめ とする骨格筋分化における必須の転写因子群の発現に及ぼす影響や成体の骨格筋幹細胞における mir-335 の制御メカニズム を調査する予定である. 共同研究者 本研究の共同研究者は, 京都大学再生医科学研究所再生増殖制御学分野大学院生の平向洋介である. 本研究をご支援頂 きました上原記念生命科学財団に深く御礼申し上げます. 文献 1) Lagha, M., Sato, T., Bajard, L., Daubas, P., Esner, M., Montarras, D., Relaix, F. & Buckingham, M. : Regulation of skeletal muscle stem cell behavior by Pax3 and Pax7. Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol., 73 : 307-315, 2008. 2) Sato, T., Rocancourt, D., Marques, L., Thorsteinsdóttir, S. & Buckingham, M. : A Pax3/Dmrt2/Myf5 regulatory cascade functions at the onset of myogenesis. PLoS Genet., 6 : e1000897, doi:10.1371/ jounal.pgen.1000897, 2010. 4
3) Lagha, M., Sato, T., Regnault, B., Cumano, A., Zuniga, A., Licht, J., Relaix, F. & Buckingham, M. : Transcriptome analyses based on genetic screens for Pax3 myogenic targets in the mouse embryo. BMC Genomics, 11 : 696, 2010. 5