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80 佐々木裕輝 * 船山齊 UV sterilization characteristics of E-coli and Bacillus subtilis spores * ( 平成 年 月 日受理 ) E-coli Bacillus subtilis 1. 緒論 殺菌とは, 対象の系内に存在する有害微生物の活性を失わせることであり, 医療分野で病原微生物を殺菌することを消毒という また殺菌の中でも特に, 存在するすべての微生物の殺菌を行うことを無菌化または滅菌と呼ぶ 医薬や医療分野では直接人体に作用する製品を使用する場合, 人体への安全性が重要であり, 発酵培地では目的物質を生産する生物に供給する培地への微生物の混入による汚染が問題となるため, どちらも無菌化が目標である また食品工業では, 病原菌はすべて殺菌するが流通や保存の段階で生存菌があっても, それらが発育しない場合には問題にならないという商業的無菌化の概念 ) が導入されている 殺菌の制御方法には加熱や低温, 薬剤添加など多くのものがあるが, 一般にこれらの適用には, その方法の適性や効果, エネルギーコストを考慮するだけではなく, 殺菌, 保存対象物の品質や物性, 特徴を重視し, これらをできる限り損なうことがないように適切な条件を定める必要がある 一方, バイオ製品は, その原材料や製造環境, 流通過程でさまざまな要因によって腐敗や変材, 汚染, 劣化, 分解などの作用を受けるため, それが持つ * 秋田高専専攻科学生 品質的価値や活性が時間とともに低下する そのため, これらの変化や損失をできる限り防止する技術が必要とされる さらに流通や貯蔵においては, 製品の取扱いやすさや低容積, 軽量化などの点も保存の目的となる 特に微生物の混入は, 人の命に関わってくる可能性があるため, これの防止及び制御するための殺菌技術は, 有用物質製造にかかわる基本的で必須のプロセスである ところで, 光殺菌は, 熱による殺菌や薬剤を用いた殺菌などに比べ, コストが安く, 環境に配慮した殺菌法として注目されている 光殺菌は紫外線を利用した比較的簡単な殺菌方法であり, 近年では殺菌速度の向上が求められている そこで, 本研究では, 光殺菌プロセスの高効率化を最終目標として光殺菌速度に及ぼす各種因子について検討した すなわち, 実験対象の菌体として大腸菌と枯草菌を用い, 最初に攪拌の有無による光殺菌速度への影響について実験を行った さらに, 液層の厚み, 菌体濃度といった光殺菌条件の違いが殺菌効率にどのような影響を及ぼすかについても検討した 2. 実験装置及び方法 実験に使用した装置図を図 に示す 光源として主波長 の低圧水銀灯 ( 東芝, 出力 平成 23 年 2 月

81 ) を用い, 両端を黒紙で覆うことで発行部分の長が となるように工夫した 菌体試料は のアクリル製の角形槽に取り, 光源から液面までの距離を 一定として実験を行った また, 菌体はマグネチックスターラーを用いて攪拌し, 回転子は のものを用いた 大腸菌, 枯草菌ともにブイヨン液体培地を用い で振とう培養を行い, 時間前培養した後, 大腸菌は 時間, 枯草菌は 時間本培養したものを用いた 実験は回分操作により, 光照射時間と菌体濃度との関係を求めた すなわち紫外線照射時間ごとにサンプリングし, 必要に応じて滅菌水を用いて希釈を行い, ブイヨン寒天培地上に塗布して 一定で 時間培養した後, 形成したコロニーの数から菌体濃度を求めた なお, 菌体の攪拌の有無が光殺菌速度に及ぼす影響を明らかにするための実験では, 菌体濃度を約, 液層の厚みを で実験を行った 液層の厚みの違いによる影響を見るときは, 液層の厚みを から の範囲で変化させ, 菌体濃度が約 となるように調整した また, 濃度の違いによる影響を見るときは, 菌体濃度を から の範囲で変化させ, 液層の厚みを として実験を行った の腸管に常在しているので, 腸管内に存在する限り, 病原性はないものとされ, とくに大腸菌 株は分子生物学やバイオテクノロジーの研究材料として広く利用されてきた 病原性を示す大腸菌としては病原性大腸菌, 細胞侵入性大腸菌, 毒素原性大腸菌や腸管出血性大腸菌 ) が知られている 2.2 枯草菌枯草菌はバチルス属細菌の代表的な一種である 土壌, 枯草, 塵埃中など広く自然界に分布するグラム陽性の桿菌で大きさは μ, 好気性で内生胞子を形成 ) ) する 胞子はほとんどみるべき代謝活性もなく, 強い休眠状態を保つが, 条件が適すれば直ちに発芽し, 発芽後生育をへて栄養細胞となり分裂を再開する 胞子はほとんど空気のないところでも生存可能であり, 栄養細胞では生存不能な や高温, 乾燥にも耐えられる また有機溶媒や表面活性剤, 放射線などにも強い抵抗性をもつ ) といわれている 早くから形質転換の現象が発見され, 簡単な培地に生育できるので, 分子遺伝学, 組換え 実験などの研究に広く用いられている 人に対する病原性はあまり高くないため, 医学上問題視されることは少ないが, 食品への混入機会が多いため食品衛生上, また食品保護上, 常に問題になる菌群である 図 1 実験装置図 2.1 大腸菌 大腸菌はエシェリキア属細菌の一種で, 人も含めて哺乳類の腸管を寄生場所としている腸内細菌である 通性嫌気性, グラム陰性の桿菌でグルコースを分解して酸を産生する 通常 μ の大きさだが, 長軸が特に短く球菌に近い形の菌もある 人や動物の糞便に汚染された外界に広く存在しているので, 飲料水, プールや食品の糞便による汚染検査する指標となる 従来, 健康人 2.3 紫外線光殺菌の光源には低圧水銀灯などの紫外線ランプを用いる 紫外線は波長が ~ であるため可視光線より短く, 目には見えない電磁波である 英語の から と略される 紫外線の殺菌作用は古くから研究されており, 食品関係, 医療関係など様々な分野で利用されている 紫外線によって細菌が死滅するメカニズム ) はまだ解明されていない部分が多いが, 現在では次のように考えられている 細菌はその細胞の中に核を持ち, 遺伝情報をつかさどる ( デオキシリボ核酸 ) がその中に存在している この の光の吸収スペクトルと殺菌効果の波長特性は, 非常に近似している したがって, 紫外線を細菌に照射すれば, 細菌細胞内の に作用し, 水和現象, ダイマー形成, 分解などの光化学反応を引き起こし, その結果, 菌体が死滅に至ると考えられている なかでも 内のチミンがダイマー形成する説が有力とされ, 付近の波長をもつ紫外線の殺菌効果が最も高いとされている 紫外線による殺菌は多くの菌類に対して有効だ 秋田高専研究紀要第 46 号

82 佐々木裕輝 船山齊 が, 菌の種類や環境などにより紫外線に対する菌体の感受性は大幅に違ってくる 3. 解析方法 本実験では多重標的モデルにより解析した 多重標的モデル ) とは, 菌体の細胞内には標的と呼ばれる紫外線により損傷を受けやすい部分があり, それらがすべて破壊されたときに菌が不活性化されるというものである 基本式は f= -( - (-k )) m で示され,f 菌の生存率 [-],k 死滅速度定数 [ - ],t 時間 [ ],m 標的数 [-] である 生存率 f [-] は次式より算出した f =N/N ( ) ここで,Nは各時間 t[ ] におけるコロニー数 [ ],N は t= の時におけるコロニー数 [ ] である 生存率を対数で縦軸に, 時間を横軸にプロットを行うと誘導期間の後に時間とともに直線的に減少するグラフが得られる 本研究室での過去の研究結果 ) から, 大腸菌の標的数が で, 枯草菌の標的数については文献値 ) より であることが分かっている また, 枯草菌の死滅速度が先の報告 ) でも示されているように二段階の死滅速度を示した このように, 二段階の死滅速度を示す原因としては, たとえば, 菌体の光耐性の有無などとも考えられるが, その詳細は不明である よってそれぞれの菌体の多重標的モデルを表すと以下のようになり, 実測値を再現できるように死滅速度定数 k を求めた 大腸菌の場合 f= -( - (-k t)) ( ) 枯草菌の場合 f=q[ -( - (-k t)) ]+q [ -( - (-k t)) ] ( ) ここで,k 大腸菌の死滅速度定数 [ - ],q 光耐性のない枯草菌の割合 [-],q 光耐性のある枯草菌の割合 [-],k 光耐性のない枯草菌の死滅速度定数 [ - ],k 光耐性のある枯草菌の死滅速度定数 [ - ], である 4. 実験結果および考察 4.1 撹拌による影響図 は, 縦軸に生存率 f[-], 横軸に紫外線照射時間 t[ ] をとり, 縦軸を対数とした片対数グラフである また, 図中の実線は多重標的モデルによる ( ) 式,( ) 式の計算結果である 計算結果は実験結果をよく再現していることがわかり, 多重標的モデルによる解析が妥当であることがわかる 図 は大腸菌を, 図 は枯草菌を用い, 菌体濃度が約, 液層の厚さが のときの実験結果である 図 より, 死滅速度定数 k は攪拌がない場合には -, 攪拌がある場合には - となり, 大腸菌を用いた際には攪拌の影響がほとんどないことがわかった 一方, 枯草菌を用いた場合には, 図 に示すように, 光照射時間開始直後には攪拌による影響は大腸菌の場合と同じようにほとんどないことがわかる しかしながら, 光照射時間が長くなると計算結果にも若干の差が現れる 以上のことより, この程度の実験では, 攪拌の影響がはっきりあらわれないことがわかった ところで, 攪拌した 図 2a 大腸菌の光殺菌速度に及ぼす攪拌の影響 図 2b 枯草菌の光殺菌速度に及ぼす攪拌の影響 平成 23 年 2 月

83 状態の二つの菌体について, 菌体の が死滅するまでにかかる時間を比較したところ, 大腸菌は 分であるのに対し, 枯草菌は 分であった したがって, 大腸菌の方が枯草菌よりも紫外線による死滅速度が速いと言える これは枯草菌が, 胞子状態であったことより, 紫外線に対して抵抗を持っているためと考えられる 4.2 菌体の液層の厚みによる影響菌体の液相の厚みを変化させた場合, 溶液系に用いられるランベルトの法則に従うとすれば, 液層の厚みが増大すると光吸収も増大し, 殺菌層全体を光が届かなくなるために, 光殺菌速度も減少すると考えられる 図 は大腸菌を, 図 は枯草菌を用いて, 菌体濃度が約, 液層の厚さを から の範囲で変化させたときの実験結果であ る 大腸菌を用い図 に示す結果より, 液層の厚みの変化による死滅速度の変化はほとんど見られないことがわかった 一方, 枯草菌を用い図 に示す結果より, 菌体が 死滅するのに要する時間を計算値をもとに比較すると, 厚さ では 分に対し, では 分と, 厚みが薄くなるほど死滅速度が速くなっていることが確認できる 次に, 多重標識モデルによる ( ) 式,( ) 式を用いて計算によって得た死滅速度定数 k の比較を行った 図 は大腸菌の場合, 図 は枯草菌の場合である なお, 枯草菌については, 光耐性のない枯草菌の死滅速度定数 k のみを考慮した 縦軸には菌体の死滅速度定数 k [ ], 横軸には液層の厚み l[ ] をとり, 両対数紙上に整理して示した 大腸菌の方は, 液層の厚みによらずほぼ一定で, 反応速度定数の平均値として - を得た したがって, 紫外線がどの厚みでも一定に透過している 図 3a 大腸菌の光殺菌速度に及ぼす液層厚さの影響 図 4a 大腸菌の液層厚さと死滅速度定数の関係 図 3b 枯草菌の光殺菌速度に及ぼす液層厚さの影響 図 4b 枯草菌の液層厚さと死滅速度定数の関係 秋田高専研究紀要第 46 号

84 佐々木裕輝 船山齊 と言える 一方, 枯草菌の方は, 死滅速度定数は液層の厚さの 乗に比例して減少していることが明らかとなった どちらの場合も, 溶液の厚みの増加につれて, 透過光の強さは指数関数的に減少するというランベルトの法則に従わなかった 本実験系では溶液系ではなく菌体が懸濁した状態であったため, ランベルトの法則に正しく従わなかったと考えられる また, 菌種によって, 液層の厚みと死滅速度定数の関係が異なった原因は, 菌の表面状態の相違を示すグラム陰性 陽性の影響や, 枯草菌が胞子状の菌体を用いたことが原因であると考えるが, 詳細は不明である 4.3 菌体の濃度による影響 でも述べたように, 光吸収に関してはベールの法則に従うとすれば, 死滅速度定数は菌体濃度の 次に比例すると考えられる 図 は大腸菌を, 図 は枯草菌を用いて, 液層の厚さを, 菌体濃度を から の範囲で変化させたときの実験結果である 図 に示す大腸菌を用いたときの実験結果より, 菌体濃度が 以下と比較的薄いときには濃度が増大するとともに死滅速度も増大すること, 以上では逆に減少することがわかった 一方, 枯草菌の場合には, 図 に示すように, 菌体濃度が増大すると殺菌速度が減少することがわかった そこで, それぞれの実験結果をもとに死滅速度定数を計算によって求め, 整理した図が図, 図 である 縦軸には菌体の死滅速度定数 図 5b 枯草菌の光殺菌速度に及ぼす菌体濃度の影響 図 6a 大腸菌の濃度と死滅速度定数の関係 図 6b 枯草菌の濃度と死滅速度定数の関係 図 5a 大腸菌の光殺菌速度に及ぼす菌体濃度の影響 k[ ], 横軸には菌体の濃度 N[ ] をとり, 両対数紙上に整理して示した 大腸菌は菌体濃度の死滅速度定数に及ぼす影響は先にも述べたように一様ではなく k = - 前後で変化している 一方, 枯草菌の死滅速度定数は菌体濃度の 乗に比例して低下しており, 本実験条件下ではベールの法則に従わないことが明らかになった これも先の実験と同様の理由が考えられるが, 詳細は不明である 以上のことより, 液層の厚さが で菌体濃度が 程度では攪拌の影響を検出できなかった また, ランベルト ベールの法則の確認のために行った実験では, 菌種によって異なる影響が 平成 23 年 2 月

85 あること, および液層厚みと菌体濃度の光殺菌速度に及ぼす影響が 次ではないことが明らかになった この原因は実験条件が狭いためとも考えられる 今後, 実験条件を拡大した場においても検討を加えたいと考えている 5. 結論 本研究では, 光殺菌プロセスの高効率化を最終目標として光殺菌速度に及ぼす各種因子について検討した すなわち, 実験対象の菌体として大腸菌と枯草菌を用い, 最初に攪拌の有無による光殺菌速度への影響について実験を行った さらに, 液層の厚み, 菌体濃度といった光殺菌条件の違いが殺菌効率にどのような影響を及ぼすかについても検討した その結果, 以下のことが明らかになった ) 菌種によらず本実験条件下で攪拌の影響はほとんどないことがわかった ) ランベルト ベールの法則の確認のために行った液層の厚みと菌体濃度の死滅速度定数への影響についての実験では, 菌種によって異なる影響があること, および液層厚みと菌体濃度の光殺菌速度に及ぼす影響が 次ではないことが明らかになった なお, 本実験の実験条件が狭いために, 攪拌による影響や, ランベルト ベールの法則の確認が出来 なかったとも考えられるので, 今後, 実験条件を拡大した場においても検討を加えたいと考えている 参考文献 ) 生物工学ハンドブック, コロナ社 ( ), ) 八杉龍一ら編, 生物学辞典第 版, 岩波書店, ) 八杉龍一ら編, 生物学辞典第 版, 岩波書店, ) 生化学辞典第 版, 東京化学同人 ( ), ) 石川辰夫ら編, 図解微生物学ハンドブック, 丸善 ( 株 )( ), ) 岩崎電気株式会社, 情報ライブラリー, 紫外線殺菌 ) ( ) ) 田中学 ; 光殺菌特性に及ぼす光触媒と超音波の影響, 平成 年度 秋田工業高等専門学校 専攻科特別研究論文集 ( ) 秋田高専研究紀要第 46 号