体育学研究 ( 早期公開 ) 1 短距離走の最大速度局面における遊脚キネティクスと ピッチおよびストライドとの関係 豊嶋 1) 陵司 2) 桜井伸二 Ryoji Toyoshima 1 and Shinji Sakurai 2 : The relationship between kinetic factors of the swing leg and each of step frequency and step length during the top speed phase of sprint running. Japan J. Phys. Educ. Hlth. Sport Sci. Abstract: This study investigated the relationships between the kinetic factor of the swing leg and step frequency (SF) and step length (SL) during the top speed phase of a sprint. Sixteen male sprinters (age 19.3±0.6 years, height 1.74±0.06 m, weight 66.1±5.2 kg) performed maximum effort 60-m sprints. Video data from the 43.5- to 50-m section of the sprint were collected using a high-speed camera (300 Hz). SF index and SL index were calculated to exclude the influence of body height on the outcomes of interest. Torque and torque power of the hip and knee joints of the right leg were calculated during the swing phase of the right leg. The time of the swing phase of the right leg was normalized so that the take-off of the right foot, touchdown of the left foot, take-off of the left foot, and touchdown of the right foot were 0%, 100%, 200%, and 300%, respectively. For every 5% of normalized time, partial correlation analysis was conducted between the right leg kinetics and SF index (controlling SL index) and SL index (controlling SF index). The SF index was associated with a large hip flexion torque and a large hip extension torque during 10 60% and 250 280% of the swing phase, respectively. Moreover, large peaks of the hip flexion torque and positive power were associated with a high SF index (r = -.718, p <0.01; r =.531, p <0.05, respectively). The SL index was associated with a hip flexion torque during 20 30% of the swing phase, although there was no significant partial correlation between the SL index and peak hip flexion torque (r = -.381, p =.161). In addition, a high SL index was associated with early appearance of the peak hip flexion torque power (r = -.759, p <0.01). In conclusion, throughout the top speed phase of a sprint, a high SF index requires a large torque and hip joint power for the leg swing over a short duration, and a high SL index requires an early increase of hip flexion torque power. Key words : joint torque, power, running velocity, SF index, SL index キーワード : 関節トルク, パワー, 疾走速度, ピッチ指数, ストライド指数 Ⅰ 緒言陸上競技の 100 m 走はおもに, 加速局面, 最大速度局面, 減速局面に分けられる (Delecluse et al., 1995; Mackala, 2007; Schiffer, 2009). その中でも, 最大速度局面における疾走速度は, 記録との関係が非常に強いとされてきた (Mackala, 2007; 松尾ほか,2010). 最大疾走速度は, 世界一流選 手の中には 70 m 以降に出現する例もみられるが (Mackala, 2007), 40 60 m 区間で出現することが多い ( 阿江ほか,1994; 森丘ほか,1997; 羽田ほか,2003; 松尾ほか,2010). よって, この局面における疾走動態の分析からは,100 m 走の競技パフォーマンス向上に必要となる, 運動学的要因および力学的要因についての有用な知見が得られると考えられる (Kunz & Kaufmann, 1981; 宮下ほか,1986; 伊藤ほか,1994; 伊藤ほか, 1) 中京大学大学院体育学研究科 470-0393 愛知県豊田市貝津町床立 101 2) 中京大学スポーツ科学部 470-0393 愛知県豊田市貝津町床立 101 連絡先豊嶋陵司 1. Graduate School of Health and Sport Sciences, Chukyo University 101 Tokodachi, Kaizu-cho, Toyota, Aichi, 470-0393 2. School of Health and Sport Sciences, Chukyo University 101 Tokodachi, Kaizu-cho, Toyota, Aichi, 470-0393 Corresponding author toyoshimaryoji@gmail.com
2 豊嶋 桜井 1998; 渡邉ほか,2003a;Bezodis et al., 2008; 矢田ほか,2011; 矢田ほか,2012). 疾走速度は,1 秒間あたりの歩数であるピッチと,1 歩あたりの身体の移動距離であるストライドとの積である. 疾走速度を向上させるには, 一方を高めながらも他方の低下を抑制すること, または, 両者を高めることが必要となる. これまで, 疾走速度が高い選手は, ピッチが高いことを示した報告と (Ae et al., 1992; Mann and Herman, 1985; 福田ほか,2010;Morin et al., 2012), ストライドが大きいことを示した報告 ( 阿江ほか, 1994;Gajer et al., 1999;Mackala, 2007; 矢田ほか, 2011) との両方が存在している. また, 同程度の疾走速度においても, ピッチ型の選手およびストライド型の選手が存在することが示されてきている ( 阿江ほか,1994; 宮下ほか,1986; 内藤ほか,2013). ピッチとストライドとの組み合わせは, 身長に影響されると考えられてきた ( 宮丸, 1971; 内藤ほか,2013;Paruzel-Dyja, 2006). 一方, 身体資源が同一とみなせる個人内においても, ピッチとストライドとの組み合わせが変化することが報告されている ( 内藤ほか,2017; 豊嶋ほか, 2015). これらのことから, ピッチとストライドとの組み合わせは, 身長だけでなく, 力発揮や疾走動作等の要因にも影響を受けていると考えられる. 選手は, 疾走速度の向上を目指す上で, 自身のピッチの高さおよびストライドの大きさに応じて, どちらかの改善に焦点をあてることが多い ( 中田ほか,2003; 土江,2004). よって, 身長が同等と考えられる場合においても, 最大速度局面における高いピッチおよび大きいストライドそれぞれに関係する要因を明らかにしておくことは重要である. ピッチとストライドとの間には, 一方が高ければ他方が低い傾向にあるという, 負の相互作用が存在する (Hunter et al., 2004a) ため, ピッチおよびストライドのうち, 一方を高める要因は, 同時に他方を低下させる要因となり, 疾走速度を高める要因にはならない可能性がある. よって, 疾走速度を高めるための高いピッチおよび大きいストライドのそれぞれに関係する要因を明らかにする ためには, ピッチとストライドとの間の相互作用を取り除いて検討する必要がある.Toyoshima & Sakurai(2016) が, ストライドが類似した選手群における高いピッチ, および, ピッチが類似した選手群における大きいストライドのそれぞれに関係する疾走動作を検討していることは, その一例として挙げられる. 疾走動作は, 様々な関節まわりの力発揮の複合的な結果として生じるものであるため, 実践場面により有用な知見を与えるためには, 関節トルクやパワー等のキネティクス的分析が必要である. これまで, 疾走速度が異なる選手の下肢キネティクスを比較した研究 (Bezodis et al., 2008; Vardaxis and Hoshizaki, 1989; 渡邉ほか,2003a; 矢田ほか, 2012) においては, 高いピッチおよび大きいストライドのそれぞれに関係するキネティクス的要因は検討されていない. また, 疾走速度を約 3 m/s から約 9 m/s まで変化させた際の, ピッチおよびストライドの変化と下肢キネティクスとの関係を調査した研究 ( 阿江ほか,1986;Dorn et al., 2012) は存在するが, 疾走速度領域の差を考慮すると, 9 m/s を越えるような短距離走における最大速度局面においても同様の結果が得られるとは言い切れず, 短距離走におけるピッチおよびストライドと下肢キネティクスとの関係を検討する必要がある. 疾走中に受ける外力は, 空気抵抗を除くと地面反力および重力のみであり, このうち, 疾走中の重力は一定であるため, 地面反力が作用する支持脚のキネティクスは, 疾走速度に強く影響すると考えられる. 一方, 遊脚期の下肢キネティクスも疾走速度との関係が強いとされており (Schache et al., 2011; Vardaxis and Hoshizaki, 1989), 豊嶋ほか (2015) および Toyoshima & Sakurai(2016) は, 遊脚の動作要因が, 地面反力の鉛直成分 ( 以下 鉛直地面反力 と略す) に影響し, 結果としてピッチおよびストライドに影響することを示唆している. さらに, 中田ほか (2003) は, 支持脚より遊脚の方が, 動作の改善が容易であることを示していることから, 遊脚の動作改善に焦点を当てることは, ピッチおよびストライドのそれぞれを
3 高めるために有効な手段であると考えられる. しかし, 動作は関節まわりの力発揮によって変化するため, 運動学的知見のみでは不十分であり, 遊脚キネティクスとピッチおよびストライドそれぞれとの関係を明らかにすることが必要である. また, 遊脚キネティクスの分析は, 競技会における測定データ ( 矢田ほか,2012) とも比較可能であり, 更なる発展が見込まれる研究に成り得ると考えらえる. 以上のことから本研究では, 上述した身長の影響およびピッチとストライドとの相互作用を考慮し, 短距離走の最大速度局面において, 遊脚キネティクスとピッチおよびストライドのそれぞれとの関係を明らかにすることを目的とした. Ⅱ 方法 1. 被験者および実験試技男子学生短距離競技者 16 名 ( 年齢 19.3 ± 0.6 歳, 身長 1.74 ± 0.06 m, 体重 66.1 ± 5.2 kg) を対象とした. なお, 被験者の競技会における 100 m の自己最高記録の平均値 ± 標準偏差は,11.06 ± 0.45s であり, 最高値は 10.29s, 最低値は 11.89s であった. 実験は, 中京大学大学院体育学研究科倫理審査委員会の承認を得た上で実施した. 被験者には, 研究の目的や実験手順などを事前に説明し, 書面で実験参加の同意を得た. 被験者には, 十分なウォーミングアップを行わせた後, 全天候型走路における 60 m の全力疾走を 2 回行わせた. 試技においては, 各被験者が日常的なトレーニングにおいて用いているスパイクシューズを着用させた. 試技間には, 十分な休憩をとらせた.2 回の試技のうち, 後述する疾走速度が高かった方の試技を, 分析試技とした. なお, 実験は強風や雨天時を避け, 天候の影響を小さくするよう配慮した. 2. データ収集および処理 2 台のハイスピードカメラ (EX-F1, CASIO 社製 ) を用いて, 試技中の 42.5 50 m 区間を毎秒 300 コマで固定撮影した.1 台はスタート後方に, 光 軸が疾走方向と平行になるように設置し, 他の 1 台は,46.5 m 地点の右側方に, 光軸が疾走方向と垂直になるように設置した. 分析の際,2 台のカメラの映像は, 被験者の足部が地面に接触する瞬間を基準に, 時間的に同期した. 試技の撮影に先立ち,0.5 m ごとにマークが付けられた長さ 2m のまっすぐな棒を, 走路の両側に 2.5 m ごとに垂直に立て, 較正用の映像を撮影した. 撮影した映像を PC に取り込み, デジタイズソフト (Frame DIAS V,DKH 社製 ) を用いて, 右足接地から次の右足接地までの 1 サイクルおよびその前後 20 コマにおける, 身体特徴点 24 点の位置をデジタイズし,3 次元 DLT 法によって実座標値を得た. なお, この際のキャリブレーションによる標準誤差は, 左右方向が 0.51 cm, 進行方向が 0.60 cm, 鉛直方向が 0.41 cm であった. 得られた座標データは,4 次のバターワース型ローパスフィルタによって平滑化した. その際の遮断周波数は, 渡邉ほか (2003a), 矢田ほか (2012), Toyoshima & Sakurai(2016) などを参考に,6Hz とした. 座標データは矢状面に投影し,2 次元平面上で分析した. 3. 算出項目収集した座標データから, 以下に示す項目を算出し, 分析した. なお,(1) (3) に示す項目は, 1 歩ごとに算出し, 連続する 2 歩の平均値を, 各被験者の代表値とした. 3.1 ピッチ, ストライド, 疾走速度ピッチ [Hz] は,1 歩に要した時間の逆数とし, ストライド [m] は,1 歩における身体重心の前方への移動距離とした. 疾走速度 [m/s] は, ピッチとストライドとの積とした. 3.2 ピッチ指数, ストライド指数短距離走におけるピッチおよびストライドと力学的な要因との関係を検討する際, 身長が交絡因子となる可能性がある. つまり, 身長が異なる被験者のピッチおよびストライドの差は, 身長の差の影響と, 力発揮や疾走動作の差の影響が混在し
4 豊嶋 桜井 ている可能性がある. そこで,Alexander(1977) を参考に, ピッチ指数およびストライド指数 ( 以下, それぞれを SF index および SL index と略す ) を, 以下の1および2の式によって算出した. は支持距離,FD は滞空距離を表している. ピッチは支持時間と滞空時間との和の逆数であること, ストライドは支持距離と滞空距離との和であることに基づき,3および4 式は SF index を算出する1 式から,5および6 式は SL index を算出する2 式から得られたものである. ただし,SF はピッチ,h は各被験者の身長,g は重力加速度 (= 9.8 m/s 2 ), SL はストライドを表している.1 式は, 単振り子の長さを L とした場合,L が長い方が 1 周期に長い時間を要し, その周期 (T) が T= 2π L g で表されることに基づき,2 式は, 歩幅が身長に比例するという考えに基づいていると考えられる. これらの式は, これまで多くの研究 ( 斉藤 伊藤,1995; 伊藤ほか, 1998; 末松ほか,2008) で用いられており, ピッチおよびストライドを無次元化し, 身体の大きさを考慮してピッチの高さおよびストライドの大きさを評価できるものである. 3.3 支持時間, 滞空時間, 支持距離, 滞空距離支持期および滞空期それぞれについて, 所要時間を支持時間 [s] および滞空時間 [s] とし, 身体重心の前方への移動距離を支持距離 [m] および滞空距離 [m] とした. 支持時間および滞空時間はピッチ, 支持距離および滞空距離はストライドの構成要因であることから, これらの変数も身長を考慮する必要があると考えた. そこで, 支持時間, 滞空時間, 支持距離, 滞空距離から身長の影響を排除した値をそれぞれ,ST index, FT index, SD index, FD index とし, 上述した SF index および SL index の算出式をもとに, 以下の3 6の式によって算出した. 3.4 遊脚期における下肢関節のキネマティクスおよびキネティクス変数遊脚期における股関節, 膝関節, および足関節の, 角度, 角速度, 関節トルク, および関節トルクによるパワー ( 以下 トルクパワー と略す ) を算出した. 関節トルクは, 脚を足部, 下腿部および大腿部からなる剛体リンクにモデル化し, 逆動力学的手法を用いて算出した. その際, 各セグメントの質量中心座標, 質量, および慣性モーメントは, 阿江ほか (1992) の身体部分慣性係数を用いて算出した. 関節角速度およびトルクは, 伸展を正の値, 屈曲を負の値とした. トルクパワーは, 関節トルクと角速度の内積とした. 関節トルクおよびトルクパワーは, 各被験者の体重で除した値を分析に用いた. 4. 時間の規格化遊脚期における下肢関節のキネマティクスおよびキネティクスデータは, 時間で規格化した. 矢田ほか (2012) を参考に, 規格化は, 右足の離地から左足の接地までを 0 100%, 左足の接地から離地までを 100 200%, 左足の離地から右足の接地までを 200 300% として行った (Fig. 1). ただし,ST は支持時間,FT は滞空時間,SD Fig. 1 The definition of the normalizing of the swing phase.
5 5. 統計処理ピッチとストライドとの間には, 負の相互作用が存在する (Hunter et al., 2004a) ため, 単相関分析を用いた場合, 高い SF index に関係する要因は低い SL index に関係し, 高い SL index に関係する要因は低い SF index に関係する可能性があり, これらは高い疾走速度を獲得するための知見とはいえない. そこで, 本研究においては,SF index および SLindex のそれぞれと, 他の算出項目との間の偏相関係数を算出した.SF index について検討する際は SL index を,SL index について検討する際は SF index を制御変数とした. 規格化した時系列データにおいては,5% ごとに偏相関係数を算出した. 有意水準は p <.05 とした. Ⅲ 結果 1. 時空間変数間の関係 Table 1 に, 疾走速度, ピッチ, ストライド, SF index および SL index それぞれの, 平均値, 標準偏差, 最大値および最小値を示した. 疾走速度の平均値 ± 標準偏差は,9.59 ± 0.38 m/s であった.Table 2 には,SF index および SL index と, ST index,ft index,sd index およびFT index との偏相関係数を示した.SF index は,ST index, FT index との間に有意な負の偏相関が認められ, SD index および FD index それぞれとの間には有 Table 1 Step parameters of all subjects. Mean SD Max Min Speed [m/s] 9.59 0.38 10.22 9.12 SF [Hz] 4.61 0.22 4.92 4.11 SL [m] 2.08 0.08 2.23 1.92 SF index 1.98 0.08 2.06 1.77 SL index 1.20 0.03 1.25 1.14 SD: standard deviation, SF: step frequency, SL: step length. 意な偏相関は認められなかった. 一方,SL index は,ST index とは有意な負の偏相関,FT index および FD index とは有意な正の偏相関が認められた.SD index との間には, 有意な偏相関は認められなかった. 2. 時系列変化における偏相関分析 Fig. 2 左列 ( A D) には, 股関節の角度, 角速度, 関節トルクおよびトルクパワーの平均値の時系列変化および, 有意な偏相関が認められた局面を示した. 股関節角度 (Fig. 2A) は,SF index とは有意な相関がみられず,SL index とは 55 150% において有意な負の偏相関が認められた. 股関節角速度 (Fig. 2B) は,SF index とは有意な偏相関はみられず,SL index とは,30 75% において有意な負の偏相関,135 150% においては有意な正の偏相関が認められた. 股関節トルク (Fig. 2C) は,SF index とは 10 60% において有意な負の偏相関,250 280% においては有意な正の偏相関が認められた.SL index とは,20-30% において有意な負の偏相関,60 100% において有意な正の偏相関が認められた. 股関節トルクパワー (Fig. 2D) は,SF index とは 45 70% において有意な正の偏相関が認められた.SL index とは,30 50% において有意な正の偏相関,85 100% および 255 260% において有意な負の偏相関が認められた. Fig. 2 中列 (E H) には, 膝関節角度, 角速度, 関節トルクおよびパワーピッチの平均値の時系列変化および, 有意な偏相関が認められた局面を示した. 膝関節角度 (Fig. 2E) は,SF index との有意な偏相関はみられず,SL index とは,10 110% において有意な負の偏相関が認められた. 膝関節角速度 (Fig. 2F) は,SF index とは,55 65% において有意な負の偏相関が認められ,SL Table 2 Partial correlation coefficients among spatiotemporal parameters. Control variable ST index FT index SD index FD index with SF index SL index -.844*** -.624* -.424 (N. S.).424 (N. S.) with SL index SF index -.754**.736** -.322 (N. S.).882*** *: p <.05, **: p <.01, ***: p <.001, N. S.: Non-significant.
6 豊嶋 桜井 Fig. 2 The time series of mean value of the hip(left), knee(center), and ankle (right) parameter. SF, SL: Significant partial correlation (p <.05) with SF index and SL index, respectively. +, -: Signs of the significant partial correlation coefficients. index とは 90 155% において有意な正の偏相関,260% においては有意な負の偏相関が認められた. 膝関節トルク (Fig. 2G) は,SF index とは有意な偏相関はみられず,SL index とは 80 85% において有意な正の偏相関が認められた. 膝関節トルクパワー (Fig. 2H) は,SF index とは有意な 偏相関はみられず,SL index とは 115 140% において有意な正の偏相関が認められた. Fig. 2 右列 (I L) には, 足関節角度, 角速度, 関節トルクおよびパワーピッチの平均値の時系列変化および, 有意な偏相関が認められた局面を示した. 足関節角度 (Fig. 2I) は,SF index とは
7 有意な相関は認められず,SL index とは,170 250% において有意な正の相関が認められた. 足関節角速度 (Fig. 2J) は,SF index とは有意な相関が認められず,SL index とは,55 85% において有意な正の相関が,280 300% においては有意な負の相関が認められた. 足関節トルク (Fig. 2K) は,SF index とは,45 90% において有意な負の相関が認められ,SL index とは,0 10% において有意な負の相関が認められた. 足関節トルクパワー (Fig. 2L) は,SF index とは,290 295% において有意な負の相関が認められ,SL index とは,0 5%,60 80%,155 160%, および,275 285% において有意な負の相関が認められた. 3. 遊脚に関する変数のピーク値の偏相関分析 Table 3 には,Fig. 2 左側に示した股関節に関する変数の時系列変化において, 明確に表れたピー ク値 ( 角度の最大値および最小値, 角速度の最小値, 関節トルクの最小値および最大値, トルクパワーの正の第 1 ピーク値と第 2 ピーク値 ) と, SF index および SL index との偏相関分析の結果を示した. また,Table 4 には, これらの股関節のピーク値が出現した規格化時刻と,SF index および SL index との偏相関分析の結果を示した.SF index は, 股関節トルクの最小値との間に有意な負の偏相関, 股関節トルクパワーの第 1 ピークとの間に有意な正の偏相関が認められたが (Table 3), 各ピーク値の出現時刻との間には, 有意な偏相関はみられなかった (Table 4). SL index は, 各ピーク値との間には有意な偏相関はみられず (Table 3), 股関節角速度の最小値および股関節トルクパワーの第 1 ピークそれぞれの出現時刻との間に, 有意な負の偏相関が認められた (Table 4). 股関節と同様に, 膝関節に関するピーク値 ( 角度の最小値, 角速度および関節トルクの最小およ Table 3 Partial correlation coefficient between peak value of the hip parameter and SF index, SL index. Angle [degree] Angular velocity [degree/s] Torque [Nm/kg] Mean (SD) Partial correlation coefficient with SF index with SL index Extension peak 198 (4) -.319 (N. S.) -.135 (N. S.) Flexion peak 102 (4).045 (N. S.).054 (N. S.) Flexion peak -797 (67) -.312 (N. S.).229 (N. S.) Flexion peak -3.22 (0.24) -.718** -.381 (N. S.) Extension peak 3.36 (0.21).153 (N. S.) -.216 (N. S.) Power 1st peak 21.77 (3.48).531*.162 (N. S.) [W/kg] 2nd peak 20.09 (3.27).147 (N. S.) -.295 (N. S.) *: p <.05, **: p <.01, N. S.: Non-significant. Table 4 Partial correlation coefficient between peak appearance time of the hip parameter and SF index, SL index. Mean (SD) Partial correlation coefficient [%] with SF index with SL index Angle Extension peak 18 (4).252 (N. S.) -.240 (N. S.) Flexion peak 204 (8).220 (N. S.) -.342 (N. S.) Angular velocity Flexion peak 113 (14) -.081 (N. S.) -.519* Torque Flexion peak 23 (11) -.064 (N. S.).181 (N. S.) Extension peak 241 (11).241 (N. S.) -.390 (N. S.) Power 1st peak 64 (10) -.124 (N. S.) -.759** 2nd peak 260 (16).231 (N. S.) -.113 (N. S.) *: p <.05, **: p <.01, N. S.: Non-significant.
8 豊嶋 桜井 Table 5 Partial correlation coefficient between peak value of the knee parameter and SF index, SL index. Angle [degree] Angular velocity [degree/s] Torque [Nm/kg] Power [W/kg] N. S.: Non-significant. Partial correlation coefficient Mean (SD) with SF index with SL index Flexion peak 33 (7).061 (N. S.) -.108 (N. S.) Flexion peak -1174 (89) -.459 (N. S.) -.078 (N. S.) Extension peak 1179 (87).141 (N. S.).301 (N. S.) Flexion peak -1.69 (0.10).165 (N. S.).134 (N. S.) Extension peak 0.66 (0.13) -.004 (N. S.) -.015 (N. S.) 1st peak -10.26 (1.58) -.380 (N. S.) -.134 (N. S.) 2nd peak -25.96 (3.35).001 (N. S.) -.083 (N. S.) Table 6 Partial correlation coefficient between peak appearance time of the knee parameter and SF index, SL index. Mean (SD) Partial correlation coefficient [%] with SF index with SL index Angle Flexion peak 132 (7) -.008 (N. S.) -.627* Angular velocity Flexion peak 53 (7).058 (N. S.) -.419 (N. S.) Extension peak 210 (10).315 (N. S.) -.219 (N. S.) Torque Flexion peak 252 (8).348 (N. S.) -.409 (N. S.) Extension peak 92 (26) -.055 (N. S.).168 (N. S.) Power 1st peak 79 (14) -.111 (N. S.) -.225 (N. S.) 2nd peak 236 (8).202 (N. S.) -.401 (N. S.) *: p <.05, N. S.: Non-significant. び最大値, トルクパワーの第 1ピーク値と第 2 ピーク ) の偏相関分析の結果を Table 5 に, それらの出現時刻の偏相関分析の結果を Table 6 に示した.SF index は, 各ピーク値およびその出現時刻ともに, 有意な偏相関はみられなかった (Table 5, 6). SL index は, 各ピーク値との間には有意な偏相関はみられなかったが (Table 5), 膝関節角度の最小値の出現時刻との間には, 有意な負の偏相関が認められた (Table 6). Ⅳ 考察本研究では, 短距離走の最大速度局面におけるピッチおよびストライドそれぞれと, 遊脚の動作およびキネティクスとの関係を明らかにすることを目的とした. その際, 身長の影響を排除するため,SF index および SL index を算出した. さらに, SF index と SL index との相互作用を排除するため, それぞれを制御要因とする偏相関分析を行った. その結果,SF index および SL index には, 異なった要因が関係していた. 以下, それぞれに関連する要因を考察する. ただし, 足関節に関する変数ついては, 時系列変化の相関分析では SF index および SL index との有意な相関がみられる局面があったが, トルクおよびトルクパワーの大きさは, 股関節および膝関節の値と比較して極めて小さかった (Fig. 2). このことから, 先行研究 (Mann, 1981; Vardaxis & Hoshizaki, 1989) で示されている通り, 遊脚期においては, ピッチおよびストライドに対する足関節まわりの力学的要因の影響は無視できるほど小さいと考え, 股関節および膝関節に関して考察することとした. 1. SF index に関係する要因 1.1 時空間変数について SF index は,ST index と FT index の和の逆数で
9 ある.SF index が高いほど,ST index および FT index ともに短いという結果であった (Table 2). Toyoshima & Sakurai(2016) は, ストライドが類似している場合は, ピッチが高いほど支持時間および滞空時間が短いことを示しており, 偏相関分析によって SL index の影響を制御した本研究の結果は, これを支持するものであった. 遊脚期は, 2 回の滞空期と 1 回の支持期で構成されることから,SF index が高いほど, 遊脚期も短いと考えられる. 以下, この短い時間に対応するための遊脚の動作およびキネティクスについて検討する. 1.2 遊脚の動作およびキネティクスについて SF index は, 股関節角度および角速度の時系列変化やピーク値との関係はみられなかった (Fig. 2A およびB).Toyoshima & Sakurai(2016) は, ストライドが類似した選手間でピッチが高い選手の大腿部について, 接地時に後方スイング角速度が高く, 離地時の後方変位が小さかったことを報告している. 本研究において,SF index が高い被験者にこのような特徴がみられなかった理由の 1 つとして, 被験者間の疾走速度やピッチの幅が小さかったことが挙げられる. 規格化された時系列変化の分析では, 股関節の動作と SF index との関係がみられなかったが, SF index が高い被験者は, 遊脚期の実時間が短いと考えられることから,SF index が低い被験者と比較して, より短時間で角速度を変化させて (= 角加速度を高めて ),1 サイクルの動作を完了していると言える. この観点から,SF index と下肢関節キネティクスとの関係を検討する. 股関節キネティクスについて分析したところ, SF index が高いほど, 離地後に出現する股関節屈曲トルクのピークが大きく, この屈曲トルクによる正のトルクパワーのピークも大きかった (Table 3). 一方, 股関節伸展トルクは, ピーク値と SF index との関係はみられなかったが (Table 3), SF index が高いほど接地前に高い値を示す局面がみられた (Fig. 2C). 遊脚期の股関節トルクを大きくすることは, 大腿部の角加速度を高めることに作用し, 短時間で脚のスイング動作を行うことに 貢献すると考えられる. しかし, 大腿部の角加速度は, 股関節トルクだけではなく, 膝関節トルク, 運動依存トルク, 重力トルクによっても変化する. そこで,SF index に対する股関節トルクの重要性を検証するため,Hunter et al. (2004b) の方法を参考に, 以下の式によって, 大腿部に働く重力トルク ( 以下, GT と略す ) および運動依存トルク ( 以下, MDT と略す ) を算出した. ただし,m t,m s,m f, はそれぞれ, 大腿部, 下腿部, 足部の質量であり,r ht は股関節と大腿部質量中心点との距離,l t は大腿長,g は重力加速度 (= 9.8 m s 2 ), θ は本研究の定義に基づく大腿部の角度,I t は大腿部の質量中心まわりの慣性モーメント,α t は大腿部の角加速度,HT および KT は, 股関節トルクおよび膝関節トルクを表している.GT および MDT は,HT および KT と同様に, 股関節が伸展する方向にトルクが働く場合を正の値とした. そして,Fig. 3 には, 大腿部に働く全てのトルクの時系列変化を示した.0 100% においては, 股関節トルクのほか, 重力トルクも屈曲方向に作用していたが, その値は股関節トルクと比較して, 極めて小さかった. また,200 300% においては, 股関節トルクおよび重力トルクが伸展方向に作用していたが, 重力トルクの値 Fig. 3 All torques acting on the thigh of the swing leg. HT: Hip joint torque, KT: Knee joint torque, GT: Gravity torque, MDT: Motion dependent torque at hip joint.
10 豊嶋 桜井 は股関節トルクと比較して, 極めて小さかった. 運動依存トルクは, 絶対値は股関節トルクと比較的類似した値であり, その変化は股関節トルクとは逆位相となる傾向を示した. つまり,Huang et al.(2013) が報告しているように, 遊脚においては, 股関節トルクが運動依存トルクを相殺して股関節の角加速度を高める役割があるといえる. さらに, 股関節の角加速度を, 角速度を時間微分することで算出し,0 100% および 200 300% のそれぞれにおける平均値について, 大腿部に働く各トルクとの関係を分析し, その結果を Table 7 に示した.0 100% において, 股関節の角加速度との間に有意な相関がみられたのは股関節トルクのみ (r =.528,p <.05) であり,200 300% においても, 股関節トルクのみが, 股関節の角加速度との間に正の相関を示す傾向がみられた (r =.439,p =.089). 以上のことから,SF index が高い被験者は, 大きな股関節屈曲トルクを発揮することにより, 短時間で股関節の角速度を変化させること (= 角加速度を高めること ) が可能となり, 脚の回復が遅れることを抑制していたと考えられる.0 100% における運動依存トルクと股関節角加速度との相関係数は, 有意ではないがやや高い値 (r = -.426) であった. 物理的には, 股関節トルクの大きさが同じであれば, 股関節トルクとは逆方向へ作用する運動依存トルクを小さくすることによっても, 大腿部の角加速度を高めることができる. 運動依存トルクの影響や, それらを変化させる要因については, 今後も検討する余地がある. Dorn et al.(2012) は, 異なる 4 種類の速度で疾走させた際の筋の働きを, 筋骨格モデルを用いて調査し, 個人内における 7 m/s から 9 m/s 前後となる全力疾走までの疾走速度の増加は, 腸腰筋, 大殿筋, ハムストリングスなどの股関節まわりの 筋群が, 股関節や膝関節を大きく加速させることによって生じる, ピッチの増加によるものであると示唆している. 本研究は,9 m/s から 10 m/s 程度の横断的な比較であるが,Dorn et al.(2012) の報告と本研究の結果を踏まえると,7 10 m/s 程度の疾走速度領域においては, 股関節まわりの筋群が大きなトルクを発揮し, 股関節の角加速度を高めることが, 高いピッチに関係すると考えられる. 膝関節については,SF index が高いほど, 離地後の滞空期に屈曲角速度が高くなる局面がわずかにみられたのみであり (Fig. 2F), その他の膝関節に関する項目と SF index との間に有意な関係はみられなかった.Schache et al.(2011) は, 約 7 m/s から 9 m/s まで疾走速度を増加させた際, ピッチとともに, 遊脚期における膝関節まわりの負のパワーが増大したことを報告している. しかし, 本研究の結果から,9 m/s から 10 m/s 程度の疾走速度領域においては, 遊脚期における膝関節の力学的要因は高いピッチにあまり関係しないことが示唆された. 2. SL index に関連する要因 2.1 時空間変数について Table 2 に示した様に,SL index が高いほど滞空距離が長く,SL index は支持距離との関係はみられなかった. また,SL index が高いほど,ST index が低く FT index が高かった. これは,Toyoshima & Sakurai(2016) が示している, ピッチが同程度の選手間におけるストライドが大きい選手の特徴と一致するものであった. つまり, 長い滞空時間によって獲得される長い滞空距離が大きなストライドを生み出し, 長い滞空時間は短い支持時間と相殺されることによって, ピッチに差は生まれないと考えられる.ST index が低く,FT Table 7 Correlation coefficients between hip angular acceleration and torques acting on the thigh. HT KT MDT GT 0-100%.528* -.193 (N. S.) -.426 (N. S.).199 (N. S.) Hip angular acceleration 200-300%.439#.057 (N. S.) -.154 (N. S.).409 (N. S.) HT: Hip joint torque, KT: Knee joint torque, MDT: Motion dependent torque, GT: Gravity torque, *: p <.05, #: p <.10, N. S.: Non-significant.
11 index が高いことは, 短い時間で大きい鉛直成分 の力積 ( 以下 鉛直力積 と略す ) を獲得していること, つまり, 鉛直地面反力が大きいことを意味していると考えられる. このことを踏まえ, 以下では,SL index と下肢キネティクスとの関係を考察する. 2.2 遊脚の動作およびキネティクスについて SL index が高いほど, 右足離地後の滞空期中 盤 (55%) から, 左脚支持期中盤 (150%) まで, 右股関節角度が小さかった (Fig. 2A). 豊嶋ほか (2015) は, 最大速度局面において, 接地時に遊 脚大腿部がより前方まで回復されていることにより, 遊脚大腿部に働く股関節間力の鉛直成分 ( 以下 鉛直股関節間力 と略す ) が大きくなり, その反作用として支持脚に働く鉛直下向きの力が大きくなることで鉛直地面反力が大きくなることを示唆し, その結果として滞空時間が長くなることを報告している. そこで, 本研究においても, 遊脚の鉛直股関節間力を算出し, 地面反力が作用する局面である 100 200% における 5% ごとに, 股関節角度の平均値に対する鉛直股関節間力の平均値を,Fig. 4 に示した. 鉛直股関節間力は, 股関節角度が 100% 時の 156 degree から屈曲するに従って増大し,132 degree(130% 時 ) の時に最大値 (4.85[N/kg]) となった. 本研究における 100% 時の股関節角度の被験者間の範囲は,142 173 degree であり, この範囲内では, 接地時に Fig. 4 Relationship between hip joint angle and vertical hip joint force of swing leg during stance phase of the opposite leg. 遊脚の股関節が屈曲しているほど, 鉛直股関節間力が高い状態で接地することになるといえる. これらのことを踏まえると, 本研究においても, SL index が高い被験者が, 右股関節を早いタイミングで屈曲させていたことは, 上述した豊嶋ほか (2015) が示唆しているメカニズムと同様にして, 左足接地直後に大きな鉛直地面反力を獲得でき, 短い支持時間でも滞空時間を長くするために必要な鉛直力積を獲得することに貢献したと推察される.SL index と股関節角度との有意な偏相関は, その局面に先立って現れた,SL index と股関節屈曲角速度との有意な関係 (Fig. 2B) に起因すると考えられる. そこで, 股関節屈曲角速度が早期に高まる要因を明らかにするため, 股関節のキネティクスについて検討した. SL index と股関節角速度との間に有意な偏相関が発生した時点 (30%) の直前である 20 30% において,SL index が高いほど股関節屈曲トルクが大きいという関係がみられた (Fig.2C). この統計的な結果と, 上述したように, この局面における大腿部の屈曲方向への角加速度は, ほとんどが股関節屈曲トルクによるものである (Fig. 3) ことを踏まえると,SL index が高かった被験者の 20 30% における大きな股関節屈曲トルクが, その後の高い屈曲角速度に貢献していると考えられる. しかし, 股関節屈曲トルクのピークの大きさは,SL index とは無関係 (Table 3) であり, その出現のタイミングも,SL index と直線的な関係はみられなかった (Table 4). ここで,SL index と股関節屈曲トルクとの偏相関が有意であった 20-30% において, 股関節角速度の平均値 ( 標準偏差 ) を求めたところ,-111 (56) degree/s であった. ピーク値が -797 (67) degree/s であることを考慮すると,20 30% は, 股関節の屈曲開始直後であると捉えられる. 矢田ほか (2012) は, 世界一流選手と学生短距離選手を比較した結果, 世界一流選手はストライドが大きく, 離地時から股関節屈曲開始直後まで, 遊脚の股関節屈曲トルクが大きかったことを報告している. 以上のことから, 遊脚の股関節屈曲トルクについては, そのピーク値よりも, 股関節屈曲開始直後に大きいトル
12 豊嶋 桜井 クが発揮されることが, 股関節屈曲角速度を高めることを介して, 大きい SL index に関係すると考えられる. 股関節屈曲トルクパワーは,SLindex が高いほど, 正のピークが早く出現していた (Table 4). 時系列データの 30 50% における正の相関, および 85 100% における負の相関は (Fig. 2D), ピーク出現のタイミングの違いを反映した結果であり, この股関節トルクパワーの早期増大は, 股関節屈曲角速度の増大をさらに促進することで, 股関節が早期に屈曲したと考えられる. そこで, SL index との偏相関が有意であった局面をもとに,30 50% における股関節屈曲トルクパワーの平均値と,55 150% における股関節角度の平均値との相関関係を分析したところ, 股関節屈曲トルクパワーが大きいほど股関節角度が小さかった (r = -.843,p <.001). 一方, 股関節屈曲トルクパワーのピーク値と 55 150% における股関節角度の平均値との相関関係は有意ではなかった (r = -.187,p =.487). 以上のことから, 股関節屈曲トルクパワーが早期に高まることは, 股関節を早期に屈曲させるための重要な要因であり, 結果として大きい SL index で疾走するために必要な要因であると考えられる. ここまで, 遊脚期開始後の滞空期中盤 (55%) から,SL index が大きいほど股関節が屈曲していることとその力学的要因について述べてきた. この特徴は, 遊脚期の終盤までは継続せず (Fig. 2A), 股関節角度の最小値も,SL index との有意な関係はみられなかった (Table 3). これは, 股関節屈曲トルクおよびトルクパワーが, 離地後の滞空期 (0 100%) 後半において,SL index が大きいほど小さくなっていた (Fig. 2C および D) ことが要因として考えられる. つまり,SL index が大きい被験者は, 遊脚期前半において股関節を早期に屈曲させている一方, 股関節屈曲に作用するトルクやパワーを早期に低下させ, 遊脚期中盤における股関節屈曲角速度を低くすることにより (Fig. 2B), 過剰な屈曲によって股関節の伸展が遅れることを抑制していたと考えられる. 膝関節については, 離地後から逆足の接地後ま で,SL index が高いほどより屈曲しており, 逆足接地後, より早く伸展し始めていた (Fig. 2E および F). 一方, 膝関節のトルクやパワーは,SL index との関係はあまりみられず, 逆足接地前に膝関節トルクと, 逆足接地後に膝関節トルクパワーとの正の相関が, わずかにみられたのみであった (Fig. 2G および H). 馬場ほか (2000) は, 遊脚期前半の膝関節屈曲角速度は, 股関節屈曲トルクとともに発生する膝関節間力によるものであることを報告しており,Huang et al.(2013) は, 遊脚期前半は運動依存トルクが膝関節を屈曲させる方向に働くことを示している. これらの報告を踏まえると, 本研究における SL index と膝関節角度や角速度との関係は,SL index と股関節との関係に伴って受動的に生じたものであり, 膝関節のトルクおよびトルクパワーは,SL index の高さとはあまり関係がないと考えられる. 3. 実践場面への示唆ここまでに示された結果から, 高いピッチでの疾走を目指す場合と, 大きいストライドでの疾走を目指す場合のそれぞれに対して, 最大速度局面の遊脚に関する示唆を示す. 3.1 高いピッチでの疾走に必要な要因本研究において, 遊脚の股関節まわりで発揮されるトルクやパワーの最大値を増大することが, 高いピッチでの疾走に必要であることが示された. これらの結果と, 最大速度局面における股関節屈曲トルクおよび伸展トルクの大きさはそれぞれ, ハムストリングスおよび内転筋群の横断面積と関係している ( 渡邉ほか,2003b) ことを踏まえると, 高いピッチで疾走するためには, 股関節屈曲および伸展筋群の肥大を狙った筋力トレーニングが有効となる可能性が考えられる. これまでは, 高いピッチには神経系の機能が影響するという考え (Salo et al., 2011) から, 脚を速く動かすドリル (Cissik, 2005) や, 坂下り走 ( 小池, 2013) などが提案されていたが, 本研究によって新たな可能性が示された. 3.2 大きいストライドでの疾走に必要な要因
13 本研究の結果から, 大きなストライドでの疾走を目指す上では, 股関節の屈曲が開始される時に大きな力を発揮し早期にパワーを高めるという, 力発揮のタイミングの改善が必要となる可能性が示された. 実践場面において, 力発揮のタイミングを評価することは困難であるが, 接地時に遊脚の股関節がより屈曲しているかどうかが,1 つの指標となるであろう. これまで, 大きなストライドにはメディシンボール投げの能力が関係している ( 酒井ほか,2013) ことや, ストライドが増大していく加速局面における加速能力と, 足首を使ったリバウンドジャンプ能力との関係 (Nagahara et al., 2014) が報告されている. これらは, 支持脚の力学的要因を介してストライドに影響すると推察されるが, ストライドを大きくすることを目指す上での遊脚の重要性が, 本研究において示された. Ⅴ まとめ本研究では, 短距離走の最大速度局面における遊脚キネティクスについて,SL index を制御した場合の SFindex の高さ, および,SF index を制御した場合の SL index の高さとの関係を分析した. その結果は, 以下の様にまとめられる. (1)SF index が高いほど, 支持時間および滞空時間が短かった. (2)SF index が高いほど, 股関節屈曲トルクの最大値および, 股関節屈曲トルクによる正のパワーのピーク値が大きかった. (3)SL index が高いほど, 支持時間が短く, 滞空時間が長かった. (4)SL index が高いほど, 股関節屈曲開始直後における股関節屈曲トルクが大きかった. (5)SL index が高いほど, 股関節屈曲トルクによる正のパワーのピークが早期に出現した. 以上のことから, 短距離走の最大速度局面において, 高い SF index で疾走するためには, 股関節屈曲に作用する大きな力やパワーによって脚を加速させ, 短い遊脚期の時間に対応することが必 要であることが示唆された. また, 高い SL index で疾走するには, トルクやパワーの大きさよりも, それらの発揮のタイミングが重要であり, 遊脚股関節について, 屈曲開始時に大きな屈曲トルクを発揮し, 正のトルクパワーを早期に高めることで, 逆足接地時までにより屈曲位にすることが必要であることが示唆された. 文献 Ae, M., Ito, A., and Suzuki, M. (1992) The menʼ s 100 metres. New Stud. Athlet., 7: 47-52. 阿江通良 宮下憲 横井孝志 大木昭一郎 渋川侃二 (1986) 機械的パワーからみた疾走における下肢筋群の機能および貢献度. 筑波大学体育科学系紀要,9:229-239. 阿江通良 鈴木美佐緒 宮西智久 岡田英孝 平野敬靖 (1994) 世界一流スプリンターの 100 m レースパターンの分析 男子を中心に. 日本陸上競技連盟強化本部バイオメカニクス班編, 世界一流競技者の技術. 第 3 回世界陸上競技選手権大会バイオメカニクス班報告書. ベースボールマガジン社,pp.14-28. 阿江通良 湯海鵬 横井孝志 (1992) 日本人アスリートの身体部分慣性特性の推定 (1 部形態と運動の計測 ). バイオメカニズム,11:23-33. Alexander, R. M. (1977) Terrestrial locomotion. In: Alexander, R. M. and Goldspink, G. (eds.) Mechanics and energetics of animal locomotion. Chapman and Hall, pp.168-203. 馬場崇豪 和田幸洋 伊藤章 (2000) 短距離走の筋活動様式. 体育学研究,45:186-200. Bezodis, I. N., Kerwin, D. G., and Salo, A. I. (2008) Lowerlimb mechanics during the support phase of maximumvelocity sprint running. Med. Sci. Sports Exerc., 40: 707-715. Cissik, J. K. (2005) Means and methods of speed training, part II. Strength Cond. J., 27: 18-25. Delecluse, C. H., Coppenolle, H. V., Willems, E., Diels, R., Goris, M., Leemputte, M. V., and Vuylsteke, M. (1995) Analysis of 100 meter sprint performance as a multidimensional skill. J. Hum. Mov. Stud., 28: 87-101. Dorn, T. W., Schache, A. G., and Pandy, M. G. (2012) Muscular strategy shift in human running: dependence of running speed on hip and ankle muscle performance. J. Exp. Bio., 215: 1944-1956. 福田厚治 貴嶋孝太 伊藤章 堀尚 川端浩一 末松大喜 大宮真一 山田彩 村木有也 淵本隆文 田邉智 (2010) 一流短距離選手の疾走動作の特徴 第 11 回世界陸上競技選手権大阪大会出場選手について. 澤木
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