ロシア工場からの乗用車の輸出動向 一般社団法人ロシアNIS 貿易会ロシアNIS 経済研究所服部倫卓 2 年代までは ロシアから外国への乗用車輸出は AvtoVAZ 社のラーダなどのロシア地場ブランドに限られていた ロシアでの現地生産に乗り出した外国自動車メーカーは ロシア国内市場への供給に特化していた 当時は右肩上がりで拡大していたロシア国内市場の需要を満たすことこそ外資にとっての優先課題であり またロシアでの生産コスト高ゆえに外国に輸出するビジネスは成り立たないというのが常識だった 当時 外国に輸出されていたロシア製の外国ブランド車は GM-AvtoVAZ( 米系のGMとロシアのAvtoVAZの合弁 ) のChevrolet Nivaのみだった ロシア ベラルーシ カザフスタンによる関税同盟が発足したことで 状況が変わる 211 年半ばまでは ベラルーシとカザフスタンの市場の9 割以上が輸入中古車に席巻されており 外国自動車メーカーは両国の市場にあまり関心を寄せなかった それが 関税同盟の発足に伴い 両国の自動車輸入関税率はロシアの水準に合わせて引き上げられ 中古車市場の縮小と新車販売ブームがもたらされた その結果 外国メーカーもベラルーシ カザフスタン市場重視の姿勢に転じ 関税なしで輸出できるロシア工場の製品がその一翼を担うようになった かくして 214 年の時点でロシアから輸出される乗用車の約半分が外国ブランド車 ( 残りの約半分がラーダ ) という状況になったわけである ただし この時点ではまだロシアでの生産は諸外国に比べコスト競争力がなく CIS 域外への輸出は非現実的と考えられていた 214 年暮れにロシア通貨ルーブルが暴落し 215 年以降もルーブル安傾向が定着したことで 状況が一変した つい数年前までロシアでの自動車組立生産のコストは 欧州のそれよりも5% 高く 中国や韓国のそれよりも15~2% 高いと言われていたが ルーブル安で形勢がすっかり逆転した 他方 この間の経済危機でロシア国内市場は完全に冷え込み ロシアの自動車産業が獲得したばかりのカザフスタンやベラルーシの市場もロシアと連動して落ち込んだ こうしたことからロシアの各工場は215 年以降 CIS 域外の新市場を開拓することを迫られたのである 多くの自動車メーカーが利用しているロシアの工業アセンブリ措置では 一定の生産台数と現地調達比率を達成することが税制優遇を受ける条件とされているので その意味でも新たな輸出市場を開拓して工場の稼働率を上げることが急務となった 216 年には ロシアの工場からカザフスタンおよびベラルーシの市場に供給する際の税制が 不利な方向に変わった カザフスタンがWTOに加盟したことに伴い 同国が乗用車に課す輸入関税率は 従来 3%( ユーラシア経済連合の共通関税率 ) だったものが 216 年 1 月からは19% へと引き下げられた むろんロシア生産車に対する関税率は無税であるが 相対的に優位性が薄れた しかも この税率をそのまま適用するとカザフスタン国内の自動車産業に打撃が及ぶため カザフスタン政府は輸入車の新規登録手数料の引き上げとリサイクル税の導入を決定し ロシアから輸入される車もその対象になった 一方 214 年 3 月からリサイクル税を導入していたベラルーシでは 216 年 2 月にその税率が引き上げられた 214 年までは 乗用車輸出はほぼ全面的にCIS 市場向けであり 中でもユーラシア関税同盟諸国向けは214 年まで急激な拡大が続いた 213 年まで その他 CIS 向けも多かったのは ウクライナがラーダ等のロシア生産車の主要消費地の一つだったから CIS 域外向けの輸出は 214 年まではほとんど無視していいレベルだった ところが ウクライナ危機を背景に 油価下落や現地通貨安などが重なり 215 年にはユーラシアの乗用車販売市場が急激に収縮した それに代わって 従来ほとんど実績がなかったEUやその他世界向けの輸出増が目立つようになった むろん CIS 域外への乗用車輸出はまだ主力と呼べるほどではないが 216 年上半期には輸出全体の29.2% を占めるまでに ユーラシア経済連合は ロシアからの輸出にとって副次的な効果も及ぼし始めている たとえば AvtoVAZではカザフ 1
スタンを経由地として活用することで その他の中央アジア諸国やコーカサス諸国への輸出を拡大しようとしている また 215 年に入ってルノーがロシア工場からベトナムへの出荷を開始したのは ユーラシア経済連合とベトナムとの FTA 合意を受けたものであり 同社ではベトナムを足掛かりにその他のアジア市場も開拓していきたいとしている ユーラシア統合のパートナーであるカザフスタンやベラルーシは 決して大市場というわけではなく またロシアで景気が後退する局面には両国市場も連動して落ち込むという問題点がある しかし ロシアが輸出に乗り出そうとすれば まずターゲットとなるのはやはりユーラシア経済連合諸国を中心としたCIS 諸国であろう 関税障壁の低さ 地理的な近さ 市場の類似性 規格や技術規制の共通性などから ロシア企業 ( ロシアに進出した外資も含む ) にとって市場開拓の難易度が低い ロシア政府はロシア製の乗用車の輸出を促進するため 補助金制度を立ち上げ 33 億ルーブルの資金が計上され 商品を国境地帯まで陸上輸送するのに必要な輸送費の最大 8% 海上輸送費の最大 5% 認証関連費用の最大 1% が補填される 総額の大部分 27 億ルーブルほどが輸送費の補填に充てられる見通し 補填は216 年 1 月 1 日に遡って適用される ロシア政府は9 月に補助金受領に必要な条件を制定 モロゾフ産業 商業省次官 217 年にロシアからの自動車および同コンポーネントの輸出を25~3% 拡大したい と発言 自動車に近いところで タイヤの輸出状況を見ると ( 図表 3) 近年かなり輸出が本格化しつつあり しかもCIS 域内輸出もさることながら 遠い外国 への輸出で確かな実績が挙がっている ロシアのタイヤ貿易は輸出入がかなり拮抗するようになってきており 近いうちにロシアがタイヤの純輸出国になるかもしれない 9 月に工場稼動したブリヂストンも 製品はロシアおよびCIS 市場だけでなく 今後工場が拡張していくにつれ その他の諸外国に輸出することも視野に入れている と表明 図表 1 ロシアの乗用車 (HS コード 873) 輸出台数の推移 ( 台 ) 15, 1, 5, 216 212 213 214 215 1-6 月全世界 121,184 138,433 129,344 97,688 35,871 EU 3,298 3,297 2,445 3,977 5,884 その他 1,173 2,938 2,9 7,311 4,593 その他 CIS 49,346 3,524 7,294 9,184 4,366 ユーラシア経済連合 67,367 11,674 117,596 77,216 21,28 ( 注 ) ユーラシア経済連合が成立したのは 215 年だが ここでは便宜的にベラルーシ カザフスタン キルギス アルメニアの 4 ヵ国向けの輸出台数を過去にも遡ってユーラシア経済連合向けの輸出台数として示している 2
図表 2 ロシアの貨物自動車 (HS コード 874) 輸出台数の推移 ( 台 ) 3, 2, 1, 216 212 213 214 215 1-6 月全世界 18,732 26,982 22,456 2,3 5,783 EU 17 322 291 862 486 その他 1,643 4,122 4,688 4,433 2,332 その他 CIS 5,33 6,423 3,184 5,273 1,472 ユーラシア経済連合 11,679 16,115 14,293 9,435 1,493 図表 3 ロシアのタイヤ (HS コード 411) 輸出額の推移 (1 万ドル ) 1,5 1, 5 216 212 213 214 215 1-6 月全世界 1,46.9 1,17.1 1,29.7 966.5 49.9 EU 371.7 445. 416.3 443.1 233.7 その他 167.1 193.6 199.8 191.9 1.4 その他 CIS 232.6 237.7 155.8 15.9 47.5 ユーラシア経済連合 275.4 293.8 257.8 225.6 19.3 3
メーカー / ブランド KamAZ Ural GAZ UAZ AvtoVAZ ( ラーダ ) ルノー ダットサン 日産 図表 4 ロシアの自動車工場からの輸出の動向 輸出モデル主な輸出相手国概況 GAZelle Next GAZelle Business Sadko Patriot Hunter Granta Kalina 4x4 Kaptur Duster Logan Sandero Stepway on-do mi-do X-Trail Pathfinder Qashqai Almera Sentra Tiida カザフスタン等の CIS 諸国 ベトナム キューバ インド CIS 諸国 エジプト CIS 諸国 旧ユーゴスラビア諸国 バルト 3 国 キューバ 南米 カザフスタン ベラルーシ アルメニアなど CIS 諸国 中国 イランなど中近東 ハンガリー シリア キューバ エジプト カザフスタンおよびアゼルバイジャンなど CIS 諸国 中南米 チュニジア エジプトなど中近東 ドイツ ハンガリー カザフスタン ベラルーシ ベトナム カザフスタン ベラルーシ レバノン ベラルーシ カザフスタン トヨタ Camry カザフスタン ベラルーシ 三菱 プジョー Peugeot 48 ベラルーシ カザフスタン シトロエン Citroen C4 ベラルーシ モルドバ フォルクスワーゲン Polo カザフスタン ベラルーシ メキシコ フォード ヒュンダイ 起亜 GM- AvtoVAZ ランドローバー Fiesta Focus Mondeo Kuga EcoSport Hyundai Solaris Kia Rio Chevrolet Niva Range Rover Ranger Rover Sport カザフスタン ベラルーシ カザフスタン ベラルーシ アゼルバイジャンなど CIS 諸国 ベトナム エジプト チュニジア レバノン カザフスタン ベラルーシ アゼルバイジャン ユーラシア経済連合諸国に加え 中国 ドイツ 米国 フィンランド ( 出所 )Ананьев (216) 等にもとづいて筆者作成 215 年の輸出台数は5,8 台 (CIS4,2 台 CIS 外 1,6 台 ) 214 年現在で18% の輸出比率を 22 年までに2~3% にまで高める意向 幹部は 1ドル=36ルーブル以上のルーブル安になると輸出が黒字になる と発言 主要市場では現地での組立生産も 215 年の輸出台数は2,3 台で 輸出比率は高いとされる CIS 域外の輸出は大部分がエジプト ロシア工場から輸出するだけでなく トルコにある合弁工場からも欧州仕様車を輸出している 2 ヵ国以上にオフロード車を輸出 215 年の輸出は 4,5 台で 生産に占める比率は 9% だった ウクライナ向け輸出はほぼ断絶 年間 3 万台程度を3ヵ国以上に輸出しているが (215 年は28,461 台だった ) 8 割はカザフスタン向け エジプト向け輸出を増強し 216 年 6, 台 将来的には1 万台を目指す すでにドイツではGranta Kalina 4х4のオフロードモデルが販売されているが 現在 Lada VestaをEUの認証に合致するよう仕様変更の作業中 EUではルノー = 日産のルートで販売 215 年現在 9.5% のLadaの輸出比率を2% に高めることが目指されている 現在生産に占める輸出向けの比率は12% Dusterはモスクワ工場から Logan Sandero Stepwayはトリヤッチ工場から カザフスタン ベラルーシ向けには21 年から供給している ユーラシア経済連合とベトナムのFTA 合意を受け 216 年 2 月にベトナム向け開始 216 年 8 月にキルギス向け開始 本年中にKapturもユーラシア市場向けに輸出 トリヤッチ工場の製品を輸出 レバノン向けは当初インド製を予定していたが ハンドル変更の必要がないなど ロシア製の方が現地に向くと判断 生産の一部をベラルーシとカザフスタンに供給している 中東欧などに販路を拡大する意向とされる また 216 年 9 月からバンパーを欧州に輸出 ( 従来日本から供給していたものをロシア製に切り替え ) 215 年は年産 3.3 万台のうち7% 程度を輸出 216 年上半期は生産 1.6 万台のうち1,539 台をカザフスタンへ 125 台をベラルーシへ輸出 8 月に生産開始するRAV4もその両国に輸出の予定 カザフスタン ベラルーシへの輸出を計画 214 年には 65 台を輸出 ウクライナ市場を喪失したことで同年の輸出は縮小 今後はコンポーネントの輸出も視野 カルーガ工場から Polo 車を年間 1 万台程度輸出している 従来はインドから供給を受けていたメキシコでも 最近ロシア カルーガ工場からの供給に切り替わった ( 現地では Vento と呼ばれている ) カザフスタン向けは 214 年から輸出開始し 215 年は約 4 台 以前は欧州工場からだったベラルーシ向けも 216 年夏にロシアから輸出開始し 年末までに 5 台を目指す ロシアのフォードのサプライヤーから欧州工場にコンポーネントを輸出する動きも 外資系としては先駆的に輸出に取り組んでおり 輸出比率は1~ 11% CIS 諸国向けには211 年 5 月から CIS 域外には215 年 8 月から輸出開始 215 年には1.8 万台を輸出 しかし 輸出の7 割強を占めるカザフスタン市場の低迷で215 年は輸出減 216 年も大幅減が見込まれる 216 年 8 月に生産開始したクロスオーバー SUVのCretaも輸出の方向 かつて最大の輸出先だったウクライナ向け供給は一時期途切れていたが 216 年 8 月に再開 214 年には生産の8.8% に相当する約 4, 台を輸出 内訳はカザフスタン78% ベラルーシ11% アゼルバイジャン6% だった しかし 215 年には2,4 台に縮小 かつての最大市場ウクライナも失った 215 年の輸出台数は 1,72 台 ( ユーラシア経済連合諸国向けを除く ) で前年から 15 倍増 ロシア地場資本系 日系ブランド 備考 トラック 商用車 ルノー=日産アライアンス R u s P S M A 4
参考 : 他の産業分野でも ロシアの外資系工場からの輸出が課題に 医薬品の事例 むろん ロシアはまだ圧倒的に医薬品の純輸入国 215 年の輸入が87 億ドルであるのに対し 輸出は5 億ドルあまりに留まる ( 世界全体の輸出に占めるシェアは.1% にすぎない ) 下図に見るとおり 現状で輸出相手国はほぼCIS 諸国 自動車と異なり その他 CIS 向けが多いのは 人口の多いウクライナやウズベキスタン向けの輸出が多いから ただし 外資系が最近になり輸出増強の方針を表明しており 今後 CIS 域外を含め輸出が拡大していく可能性もある 1, 図表 5 ロシアの医療用品 (HS3) の輸出額の推移 (1 万ドル ) 5 216 211 212 213 214 215 1-6 月全世界 482.6 644.4 588.6 618.4 544.1 266.9 EU 25.9 58.7 46.1 55.8 46.6 21.2 その他 63.2 15.7 77.6 89.3 86.8 38.1 その他 CIS 217.4 258.7 233.3 219.3 212.5 17.2 ユーラシア経済連合 176.1 176.3 231.6 254. 198.2 1.4 * 以下は具体的な事例 ヤロスラヴリに工場のある日系のタケダ ロシア市場に供給するだけでなく 今後はユーラシア経済連合諸国にも輸出したい 215 年にCIS 諸国への輸出開始を計画している と表明 独 STADA ニジェゴロド州とカルーガ州で各種のジェネリック医薬品を生産 ニジェゴロド州の工場( ニジファルム社 ) はロシア商工会議所の表彰で 215 年の消費財部門最優秀輸出企業という章を受けた ロシアで医薬品の輸出額が最も大きいのが このニジファルムである 215 年に同社は47 億ルーブルを輸出しており これは生産量の18% に当たる 主な輸出先はCIS 諸国であるが バルト ドイツ ベルギー等のEU 諸国への輸出も増加 ニジファルムのエフィモフ社長は ジェネリックメーカーが多数ひしめく中で ロシアのメーカーが輸出を伸ばすのは簡単ではないが 我々のサクセスストーリーは ロシア企業でも質に投資さえすれば成功をつかめることの証明である とコメント 仏サノフィ オリョール州のインスリン生産工場を買収し生産 同社はロシアとして初めて インスリンの輸出に乗り出すことになった 216 年 12 月から CIS 諸国と欧州 ( 主にドイツ ) に供給する 欧州向け輸出に必要なGMP 認証取得 米アボット社 214 年末にロシアのヴェロファルム社を買収 ロシア3 箇所の工場を傘下に収め ジェネリック抗がん剤を主に生産 同社では 抗がん剤の分野がスケールメリットの大きな産業であることにかんがみ ロシアをグローバル供給拠点の一つと位置付け大量生産を想定 我々にとって興味があるのは有効需要のないCIS 市場ではなく 欧州である と明言し 最初から遠い外国に打って出る積極策 5