第 44 巻 (2015) 第 55 回日本視能矯正学会一般講演多焦点眼内レンズ挿入眼における角膜乱視と裸眼視力の関係 蛭田恵理 須藤史子,2) 島村恵美子 渡辺逸美 小林千紘 埼玉県済生会栗橋病院眼科 2) 東京女子医科大学眼科学教室 Relation Between Corneal Astigmatism and Uncorrected Visual Acuity in Eyes Implanted With Multifocal Intraocular Lens Eri Hiruta, Chikako Suto, 2), Emiko Shimamura, Itsumi Watanabe, Chihiro Kobayashi Department of Ophthalmology, Saiseikai Kurihashi Hospital 2) Department of Ophthalmology, Tokyo Womenʼs Medical University 要約 目的 角膜乱視 1.0D 以上でも術後裸眼視力が良好な多焦点眼内レンズ ( 以下 IOL) 挿入眼に遭遇することがある 2014 年 5 月に多焦点トーリックIOLが市販されたことから角膜正乱視の大きい症例にも適応拡大が見込まれるが 術前角膜乱視 1.0D 以上であれば多焦点トーリックIOL 適応としてよいかを検討するため 多焦点トーリック発売前に多焦点 IOLを挿入した症例の術前角膜乱視と裸眼視力の関係を後ろ向きに検討した 方法 対象は水晶体再建術前にTMS-5(TOMEY) にて角膜前後面の解析を行い SN6AD1 (Alcon 社 ) を挿入した50 名 92 眼 平均 67.0±8.5 歳 術前角膜前面乱視 ( 以下前面乱視 ) と術前角膜前後面乱視 ( 以下全乱視 ) を0.5D 未満群 0.5D 以上 1.0D 未満群 1.0D 以上群の 3 群に分け さらに各群を直乱視 倒乱視 斜乱視のサブグループに分けて術後 2 ヵ月の遠近裸眼視力を比較した 結果 前面乱視 全乱視とも1.0D 以上群の倒乱視は他群と比べ遠見視力が有意に不良 (p<0.05) 近見視力でも同様の傾向があったが有意差はなかった (p=0.69) 結論 1.0D 以上の倒乱視があると 術後の遠見裸眼視力が不良となるため 積極的に乱視矯正をした方が良い 別冊請求先 ( 349-1105) 埼玉県久喜市小右衛門 714-6 埼玉県済生会栗橋病院眼科視能訓練士蛭田恵理 Tel. 0480(52)3611 Fax. 0480(52)0954 E-mail:ganka@saikuri.org Key words: 多焦点眼内レンズ 角膜乱視 TMS-5 倒乱視 multifocal intraocular lens, corneal astigmatism, TMS-5, against-the-rule astigmatism 111
日本視能訓練士協会誌 Abstract Purpose We had encountered patients who were implanted with multifocal intraocular lens (IOL) and achieved good postoperative uncorrected visual acuity (VA) although they had corneal astigmatism of > 1.0D. In May 2014, multifocal toric IOL became commercially available and was expected to be extensively used on patients with severe regular corneal astigmatism. To investigate if multifocal toric IOL could be used on patients with preoperative corneal astigmatism of > 1.0D, before the sale of multifocal toric IOL, we retrospectively evaluated the relationship between preoperative corneal astigmatism and uncorrected VA in patients implanted with multifocal IOL. Subjects and Methods Subjects were 92 eyes of 50 patients (average age, 67.0±8.5 years) who underwent anterior and posterior analysis of the cornea by TMS-5 (TOMEY) and were implanted with SN6AD1 (Alcon) before cataract surgery. According to their preoperative anterior astigmatism (anterior astigmatism) and preoperative anterior and posterior astigmatism (overall astigmatism), the subjects were divided into 3 groups: < 0.5D, > 0.5D and < 1.0D, and > 1.0D. Each group was further divided into against-the-rule, with-the-rule, and oblique astigmatism subgroups. At postoperative 2 months, measurements of uncorrected VA at far and at near were compared among the 3 groups and the subgroups. Results In the against-the-rule group with anterior and overall astigmatism greater than 1.0D, the uncorrected VA at far was significantly poor (P < 0.05). Although not significantly, the uncorrected VA at near also showed a similar tendency (P = 0.69). Conclusion In eyes with against-the-rule astigmatism of > 1.0D, the postoperative uncorrected VA at far appeared to be poor and thus, aggressive astigmatic correction is advisable. Ⅰ. 緒言近年 眼内レンズ ( 以下 IOL) は正乱視矯正用のトーリックIOLや多焦点 IOLといった付加価値 IOLの普及により 患者が白内障術後に裸眼でどのような見え方を希望するかに応じて IOLを選ぶ時代となってきた 多焦点 IOLは遠方 近方ともに良好な裸眼視力が得られ 単焦点 IOLに比べて術後の眼鏡依存度は少なく 患者の満足度は高い,2) が 角膜乱視が強いほど術後の裸眼視力は低下するため 角膜乱視は1.0D 以下が望ましいとされている 3),4) 従来 多焦点 IOL 希望者で角膜乱視が強い症例に対しては白内障術後に屈折矯正手術を行うか 術中に角膜輪部減張切開術 (Limbal relaxing incision : LRI) を併施するか あるいは乱視が残存する事を説明し 同意を得た上で多焦点 IOLを挿入するしかなかった 2014 年 5 月にAlcon 社からトーリック機能を持った回折型多焦点 IOL SND1Tシリーズが発売され 今後多焦点トーリックIOL( 以下 MT-IOL) が普及してくれば角膜乱視が強い症例にも多焦点 IOLの適応拡大が見込まれる しかし術前の角膜乱視を正しく評価できていなければ MT- IOLの効果を十分に発揮できないおそれがある 実際に済生会栗橋病院 ( 以下当院 ) でトーリック機能を持たない従来の多焦点 IOL( 以下 M-IOL) を挿入した症例の中には 角膜乱視がありながらも術後裸眼視力が良好な症例があった そこでMT-IOL 適応となる角膜乱視の程度を検証するため MT-IOL 発売前にM-IOLを挿入した症例の術前角膜前面乱視および角膜前面と後面を合わせた全体の乱視と術後裸眼視力の関係を後ろ向きに検討した Ⅱ. 対象および方法対象は2011 年 2 月から2014 年 8 月に当院にて水晶体再建術前に角膜形状解析装置 TMS-5 (TOMEY 社 ) で角膜前後面の解析を行い M-IOLのReSTOR SN6AD1(Alcon 社 ) を挿入した50 名 92 眼 ( 男性 16 名 31 眼 女性 34 名 61 眼 ) 平均年齢は67.0±8.5 歳 (48 ~81 歳 ) である 使用したM-IOL SN6AD1はアクリル 112
第 44 巻 (2015) 素材のシングルピース形状で apodized 回折型非球面レンズとなっており 光学部前面の中心 3.6mmに同心円状に設計された回折領域を持ち IOL 面では+ 3.00D 眼鏡面では+ 2.50D の近方加入となっている 特徴として 遠見と近見 40cmの2 点からの入射光が回折後収束して網膜上に達するようになっているが 遠近以外の光は網膜に達しないため 中間距離が見えにくいという欠点もある MT-IOL ReSTOR SND1T(Alcon 社 ) は SN6AD1 の後面に単焦点トーリックIOL AcrySof IQ Toric IOLの機能を組み合わせたもので 乱視度数はSND1T3 が1.50D( 角膜面 1.03D 以下同 ) SND1T4 が2.25D(1.55D) SND1T5 が 3.00D(2.06D) SND1T6 が 3.75D(2.57D) となっている TMS-5は角膜前面だけでなく角膜後面や角膜厚を測定する機器であり 角膜にプラチドリングを投影して角膜前面形状を測定するリングトポモードに加え シャインプルークカメラのスリット光を回転照射して前眼部断面画像を撮影するスリットモード測定が可能である それにより角膜前面乱視 ( 以下前面乱視 ) と 角膜前後面および角膜厚を考慮した角膜全乱視 ( 以下全乱視 ) を別々に解析することができる TMS-5の前面乱視および全乱視によって 対象を0.5D 未満群 ( 以下 A 群 ) 0.5D 以上 1.0D 未満群 ( 以下 B 群 ) 1.0D 以上群 ( 以下 C 群 ) の3 群に分け さらに各群を倒乱視群 (0 ~30 150 ~180 ) 直乱視群(60 ~ 120 ) 斜乱視群(31 ~59 121 ~149 ) のサブグループに分類し 前面乱視と全乱視で同じカテゴリーに入るものを一致群 異なるカテゴリーになるものを不一致群と定義し 一致率および各群の遠近裸眼視力を比較した 乱視度数 (A~ C 群 ) と乱視軸 ( 倒 直 斜乱視群 ) はいずれも境界付近に該当する症例の分類方法に課題が残るが 検査時の判断材料として簡便に利用できるよう ベクトル解析ではなく 本研究では便宜上上記 9グループに分類する方法を採用した また Alcon 社提供のウェブサイトAcrySof Toric IOL Web Based Calculators ( 以下トーリックカリキュレーター ) にて TMS-5での前面乱視と全乱視における角膜屈 折値 (Ks Kf) およびその軸を入力し 術後惹起乱視 (surgically induced astigmatism : SIA) は右眼 0.46D 左眼 0.52DとしてIOL 推奨スタイルを計算した トーリック適応外はNon- Toric( 以下 NT) SND1T3 適応をT3 以下同様乱視度数別にT4 T5 T6と表した 視力については 各群の術後 2ヶ月における遠近裸眼視力をlogarithmic minimal angle of resolution (logmar) にて評価した 検討項目は1. 乱視の分布 2. 前面乱視と後面乱視の乱視軸の組み合わせ 3. 前面乱視と全乱視の一致率 4. 前面乱視と全乱視の一致群と不一致群の裸眼視力 5. 遠見裸眼視力 6. 近見裸眼視力 7. 前面乱視の値を用いたトーリック IOL 推奨スタイルの計算 8. 全乱視の値を用いたトーリックIOL 推奨スタイルの計算の8 項目で 検討項目 4はMann-Whitney U testを 5 から8はKruskal-Wallis 検定を用いた また 7 8はSpearman 順位相関係数を用い いずれも有意水準は5% 未満とした Ⅲ. 結果 1. 乱視の分布前面乱視のC 群 (1.0D 以上 ) は全体の2 割で 直乱視が多かった ( 図 1-a) 後面乱視は1 眼を除いてA 群 (0.5D 未満 ) に該当し その9 割超が倒乱視であった ( 図 1-b) 全乱視でもC 群は 2 割であったが 前面乱視よりも倒乱視の割合が増加した ( 前面 25% 40%)( 図 1-c) 2. 前面乱視と後面乱視の乱視軸の組み合せ前面乱視の倒乱視 23 眼の内訳は 後面倒乱視 :17 眼 (73.9%) 後面直乱視 :1 眼 (4.3%) 後面斜乱視 5 眼 (21.7%) であった 前面乱視の直乱視 44 眼と斜乱視 25 眼の後面乱視は全て倒乱視であった ( 表 3. 前面乱視と全乱視の一致率乱視度数の一致率は67.3% 軸の一致率は 63.0% であった ( 表 2-a 表 2-b) 4. 前面乱視と全乱視の一致群と不一致群の裸眼視力乱視度数の一致群と不一致群間では 遠見 近見裸眼視力とも有意差はなかった (p=0.51 113
日本視能訓練士協会誌 表 1 前面乱視と後面乱視の乱視軸の組み合わせ 表 2 前面乱視と全乱視の一致率 図 1 乱視の分布 a. 前面乱視の分布 b. 後面乱視の分布 c. 全乱視の分布 p=0.82) 乱視軸の一致群と不一致群間においても 遠見 近見裸眼視力とも有意差はなかった (p=0.70 p=0.73)( 図 2) 5. 遠見裸眼視力前面乱視で比較するとA C 群の3 群間に有意差はなかった ( 図 3-a) 乱視軸を加味して比較すると C 群内では倒乱視群 直乱視群 斜乱視群の3 群間に有意差を認め (p=0.03) 直乱視群よりも倒乱視群が有意に視力不良であった (p=0.04) サブグループごとに着目すると 倒乱視群のA C 群の3 群間に有意差を認めたが (p=0.04) 多重比較を行うと A-B 群 B-C 群 A-C 群の各群間に有意差はなかった (p=1.00 p=0.07 p=0.06 図 3-c) 全乱視で比較するとA C 群の3 群間に有意差はなかった ( 図 3-b) 乱視軸を加味すると C 群内では倒乱視群 直乱視群 斜乱視群の3 群間に有意差を認め (p=0.03) 直乱視 a. 乱視度数の内訳 b. 乱視軸の内訳群よりも倒乱視群が有意に視力不良であった (p=0.04) また サブグループごとに着目すると 倒乱視群のA C 群の3 群間に有意差を認め (p=0.0 A-C 群 B-C 群間に有意差を認めた (p=0.01 p=0.04 図 3-d) 114
第 44 巻 (2015) 図 2 一致群と不一致群の裸眼視力乱視度数の一致群と不一致群間では 遠見 近見裸眼視力とも有意差はなかった (p=0.51 p=0.82) 乱視軸の一致群と不一致群間においても 遠見 近見裸眼視力とも有意差はなかった (p=0.70 p=0.73) 図 3 遠見裸眼視力 a. 前面乱視 b. 全乱視 c. 乱視軸を加味した前面乱視 d. 乱視軸を加味した全乱視 115
日本視能訓練士協会誌 図 4 近見裸眼視力 a. 前面乱視 b. 全乱視 c. 乱視軸を加味した前面乱視 d. 乱視軸を加味した全乱視 6. 近見裸眼視力前面乱視および全乱視のいずれも各群間に有意差はなく 乱視軸別に検討しても各群間に有意差はなかった ( 図 4) 7. 前面乱視の値を用いたトーリックIOL 推奨スタイルの計算 NTに該当するものが約半数を占め T3( 角膜面 1.03D) 相当の弱度乱視も合わせると全体の9 割を占めた ( 表 3) 遠見裸眼視力は全体では有意差はなく 乱視軸を加味すると倒乱視群に有意差を認めたが (p=0.02) NT-T3 群間 NT-T4 群間 NT-T5 群間 T3-T4 群間 T3-T5 群間 T4-T5 群間に有意差はなかった (p=1.00 p=0.09 p=0.41 p=0.05 p=0.53 p=1.00) MT-IOL の乱視度数と遠見裸眼視力の相関をみたところ 有意な相関はなかった (RS=0.18 p=0.09) が 倒乱視群を抽出したところ有意な正の相関が認められた (RS=0.63 P=0.0 一方 近見裸眼視力に関しては各群 間に有意差も有意な相関もなかった ( 図 5) 8. 全乱視の値を用いたトーリックIOL 推奨スタイルの計算前面乱視と同様にNTに該当するものが約半数を占め T3 相当の弱度乱視も合わせると全体の8 割強であった 前面乱視で計算するとT5 が最強度であったが 全乱視ではT6に該当するものが1 眼あり 前面乱視よりも全乱視の値を用いた方が円柱度数の強いものが微増し いずれも倒乱視であった ( 表 4) 遠見裸眼視力は各群間で有意差はなく MT-IOLの乱視度数と遠見裸眼視力の間に有意な相関はなかった (RS=0.20 p=0.05) 前面乱視を用いた場合と異なり 乱視軸による差はなく 相関もなかった 一方 近見裸眼視力に関しては 前面乱視を用いた場合と同様で 各群間に有意差も相関もなかった ( 図 6) 116
第 44 巻 (2015) 表 3 前面乱視の値を用いたトーリック IOL 推奨スタイル計算での各症例数 図 5 前面乱視の値を用いたトーリック IOL 推奨スタイルごとの裸眼視力 a. 遠見裸眼視力 b. 乱視軸を加味した遠見裸眼視力 c. 近見裸眼視力 d. 乱視軸を加味した近見裸眼視力全体では有意差はなく 乱視軸を加味すると倒乱視群に有意差を認めたが (p=0.02) NT-T3 群間 NT-T4 群間 NT-T5 群間 T3-T4 群間 T3-T5 群間 T4-T5 群間に有意差はなかった (p=1.00 p=0.09 p=0.41 p=0.05 p=0.53 p=1.00) 117
日本視能訓練士協会誌 表 4 全乱視の値を用いたトーリック IOL 推奨スタイル計算での各症例数 図 6 全乱視の値を用いたトーリック IOL 推奨スタイルごとの裸眼視力 a. 遠見裸眼視力 b. 乱視軸を加味した遠見裸眼視力 c. 近見裸眼視力 d. 乱視軸を加味した近見裸眼視力 118
第 44 巻 (2015) Ⅳ. 考按多焦点 IOL 希望者の目的は 術後の眼鏡依存度を減らすことであり 術前の角膜乱視量と乱視軸は多焦点 IOLの適応を諮る上で重要な問題となる 三宅らの報告によると 白内障術前患者で角膜乱視が1.0Dを超えるのは全体の約 30% で 若年者では直乱視が多く 加齢とともに倒乱視が増加する傾向にある 5),6) とされ 本研究での乱視の分布も 概ね過去の報告と一致した 前後面での乱視軸の組み合わせは様々で 前面乱視および全乱視における乱視度数と乱視軸の一致率は6~7 割であったことから 乱視を評価する際には必ずしも前面乱視および全乱視が一致するとは限らないことを念頭に置くべきであることがわかった 乱視度数別の遠見裸眼視力は 乱視軸を加味すると 前面 全乱視ともC 群の倒乱視は直乱視に比べて有意に不良であった また サブグループである倒乱視群に着目すると 前面乱視では倒乱視群のA~ C 群の3 群間に有意差を認めたが 多重比較を行うとA-B 群 B-C 群 A-C 群の各群間に有意差はなかった しかし 倒乱視群では視力がばらつく傾向がみられ 全乱視では倒乱視群内のC 群が有意に視力不良であった 大谷らによる単焦点 IOLでの検討では 術前角膜乱視が1.0D 超の倒乱視 2.0D 超の直乱視は術後裸眼視力が有意に不良となることから 倒乱視は直乱視よりも術後の裸眼視力への影響が大きいこと 7) や 倒乱視に対する単焦点トーリックIOLは低矯正になる傾向があると 8)~ 10) いう報告などがある 倒乱視が裸眼視力への影響が大きい要因として 直乱視では上下眼瞼裂幅の狭小による焦点深度の深まりが近視性直乱視に有利に作用していること 7) や 術前倒乱視 直乱視とも上方切開によって同等の軽微な倒乱視化が生じること 7),8) や 角膜後面形状はほぼ全ての年代で倒乱視となっていること 1 などが挙げられている 本研究では前面倒乱視群の約 74% が後面も倒乱視で角膜前後面乱視軸の相違による全乱視量の相殺がなかったこと また強角膜上方 2.4mm 切開創無縫合の術式では 術前直乱視緩和あるいは倒乱視増強のいずれかとなる可能性が高いことなどから 前面乱視および全乱視ともC 群 (1.0D 以上 ) の倒乱視群では術後もMT-IOLの適応相当の角膜乱視が確実に残り 術後裸眼視力が他群と比べて有意に不良となったと考えられた 近見裸眼視力は前面乱視および全乱視のいずれも各群間に有意差はなく 乱視軸別に検討しても各群間に有意差はなかった 瞳孔径は 視機能に大きな影響を与える要素であり 乱視眼にも影響を与える 瞳孔径が小さいと焦点深度は深くなり 網膜の結像状態に対する乱視の関与が減少することでコントラストが低下しにくくなる 一方 瞳孔径が大きいと焦点深度は浅くなり 網膜像への乱視の関与が増大し その結果コントラスト視力が低下しやすくなる 12) 以上のことをふまえると 近見反応による縮瞳に伴って遠見時より近見時の方が瞳孔径は小さくなることで 近見裸眼視力は乱視の影響を受けにくく 有意差がなかった可能性がある しかし本研究では遠見 近見時の瞳孔径もコントラストも測定しておらず この点に関しては推測の域を出ていない 今回の対象では 前面乱視ではC 群内の直乱視群と倒乱視群のみに有意差があったが 全乱視ではC 群内の直乱視群と倒乱視群に有意差があり サブグループごとの結果に着目すると 倒乱視群内のA-C 群 B-C 群に有意差があったことから 今後 MT-IOLの適応を考える上では全乱視を考慮した方が良いと考えられた 前面乱視のみで考えた場合 1.0D 以上の倒乱視に着目すると 不一致群の中には前面乱視では1.0D 以上の倒乱視であるにもかかわらず 全乱視では1.0D 未満の倒乱視となる症例があった もし前面乱視のみで適否を決定してしまえば MT- IOLによる新たな乱視を持ち込んで過矯正になってしまうおそれがある 一方 前面乱視では1.0D 未満の倒乱視であるにもかかわらず 全乱視では1.0D 以上の倒乱視となる症例があり 前面乱視のみで適否を決定してしまうと 計算上はMT-IOLの適応外とされ 乱視が未矯正のまま残存してしまうことになる 単焦点であれ多焦点であれ トーリックIOLの適応を考 119
日本視能訓練士協会誌 える際に後面倒乱視が多いことを考慮しなければ 前面乱視のみで評価すると直乱視は過大評価に 倒乱視は過小評価することになってしまう したがって白内障術前には角膜前後面とも測定し 全乱視の値も評価に加えてトーリックの適否を判断することが良好な術後裸眼視力の獲得には不可欠である 1.0D 以上の倒乱視であればMT-IOLを積極的に使用し 乱視矯正の過不足が生じないように全乱視にも着目したほうがよいと考えられる 最後に 本研究の限界点として角膜乱視の分類方法が挙げられる 検査時の判断材料として簡便に利用できるよう 今回は測定装置に表示された角膜乱視をそのまま9グループに分類する方法を採用した 本法の欠点は グループ分けの境界付近に該当する症例の分類方法に課題が残る点である 例えば 0.67D Ax25 と0.92D Ax178 はいずれもB 群の倒乱視群に分類されるが 1.12D Ax29 と 1.15D Ax31 では前者が C 群の倒乱視群 後者がC 群の斜乱視群と全く異なるグループに分類されてしまう 便宜上の分類とは言え 大雑把な印象を与えかねないため 乱視を評価するにはベクトル解析も必要な手法であると考えられた 参考文献 1 ) ビッセン宮島弘子, 林研, 平容子 : アクリソフ Apodized 回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較. あたらしい眼科 24: 1099-1103, 2007. 2 ) ビッセン宮島弘子, 林研, 吉野真未, 中村邦彦, 吉田起章 : 近方加入 +3.0D 多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績. あたらしい眼科 27: 1737-1742, 2010. 3 )Hayashi K, Manabe S, Yoshida M, Hayashi H: Effect of astigmatism on visual acuity in eyes with a diffractive multifocal intraocular lens. J Cataract Refract Surg, 36: 1323-1329, 2010. 4 ) ビッセン宮島弘子 : 多焦点眼内レンズと乱視矯正. あたらしい眼科 25: 1093-1096, 2008. 5 ) 三宅俊之, 神谷和孝, 天野理恵, 清水公也 : 白内障手術前の角膜乱視. 日眼会誌 115: 447-453, 2011. 6 ) 升田豊 : 角膜乱視変化と年齢, 性別, 眼軸長, 角膜曲率半径, 乱視の大きさとの関係. IOL&RS 18: 311-314, 2004. 7 ) 大谷伸一郎, 宮田和典, 阪上祐志, 鮫島知一, 高橋哲也, 中原正彰 : 白内障手術時における乱視矯正同時手術の適応. IOL&RS 15: 142-145, 2001. 8 ) 平林一貴, 保谷卓男, 赤羽圭太, 金児由美, 菊島渉, 鳥山佑一, 他 : 倒乱視白内障に対し過矯正 Toric IOLを用いた乱視矯正の検討. 臨眼 68: 813-817, 2014. 9 ) 柳川俊博 : トーリック眼内レンズ挿入術において推奨モデルと1 段階乱視矯正効果の強いモデルを挿入した症例の比較. 臨眼 67: 717-721, 2013. 10) 二宮欣彦, 小島啓尚, 前田直之 : トーリック眼内レンズによる乱視矯正効果のベクトル解析. 臨眼 66: 1147-1152, 2013. 1Koch DD, Jenkins RB, Weikert MP, Yeu E, Wang L: Correcting astigmatism with toric intraocular lenses: Effect of posterior corneal astigmatism. J Cataract Refract Surg, 39: 1803-1809, 2013. 12) 中谷勝己, 中山奈々美, 内山仁志, 吉原浩二, 魚里博 : 乱視眼のコントラスト視力に及ぼす瞳孔径の影響. あたらしい眼科 29: 139-143, 2012. 120