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Transcription:

総説 日本における人工内耳の現状 Current trends of cochlear implant in Japan 森尚彫 1) Naoe Mori 1) 1) 京都逓信病院耳鼻咽喉科 604-8798 京都市中京区六角通新町西入西六角町 109 Tel 075-241-7170 Fax075-252-2542 Email: n_mori@ent.kuhp.kyoto-u.ac.jp 1) Otolaryngology of Kyoto-Teishin Hospital 109, Nishi Rokkaku-cho, Rokkaku-dori Shin-machi Nishi-Iru, Nakagyo-ku, Kyoto-shi, 604-8798 JAPAN, 075-241-7170 : 15-23, 2015. 受付日 2015 年 1 月 19 日受理日 2015 年 2 月 23 日 JAHS 6 (1): 15-23, 2015. Submitted Jan. 19, 2015. Accepted Feb. 23, 2015. ABSTRACT: In Japan, Cochlear implant surgery began to be performed in 1985. Since then, more than 10,000 patients have received cochlear implant surgery. Cochlear implant is the only means to restore hearing ability in highly hearing-impaired patients that is not enough to hear with the wearing of a hearing aid. In spite of the good results from the point of view of hearing ability, several problems have been reported in the limit of cochlear implant, for example, the speech perception in noisy environments wearing a cochlear implant is difficult. In this paper, the system, the history, current trends, and issues of cochlear implant are explained. We discuss the bilateral, the bimodal, the integrated education of children wearing cochlear implants, and the role of speech therapist in cochlear implant, because especially we are expected the increase of bilateral children by having revised the criteria and indications for cochlear implant surgery in children. Key words: cochlear implant, bilateral, speech therapist 要旨 : 我が国で最初の人工内耳手術が 1985 年に行われてから 30 年が経過し, 人工内耳装用者数は1 万人以上になっている. 人工内耳は, 補聴器での装用効果が不十分な高度難聴に対して有効であり, 人工内耳の装用効果が得られているが, 騒音下の聴取等人工内耳の聴こえには限界があり, 今後検討すべき課題もある. 本稿では, 人工内耳のしくみや歴史, 人工内耳の現状や問題点を解説し, 特に, 人工内耳の適応基準の改訂等によって, 今後増加が予想される小児の両側人工内耳や人工内耳と補聴器の両耳装用の効果, 人工内耳装用児の通常学級へのインテグレーション等に関する検討を行った. さらに, 聴覚障害, 人工内耳に関わる言語聴覚士の役割について考察した. キーワード : 人工内耳, 両側人工内耳, 言語聴覚士 15

はじめに 我が国において, 高度感音難聴といわれる重度の聴覚障害者は約 35 万人 ( 厚生労働省推計 ) とされており, 新生児の約 1000 人に 1 人が先天性の高度感音難聴と診断されている. 従来, 高度感音難聴に対しては, 補聴器の装用効果は不十分であり, 音声言語の獲得, 活用は困難であった. これらの重度の聴覚障害に対して, 日本では 30 年前から人工内耳の装用が始まった. 人工内耳は, 現在世界で最も普及している人工臓器の 1 つで, 重度の聴覚障害があり, 補聴器での装用効果が十分に得られない症例に対する聴覚獲得法である. 人工内耳は, 手術直後から言葉が聴こえるわけではなく, 人工内耳を装用して, 聴覚を活用しながらリハビリテーションを行うことで, 徐々に言葉が聴き取れるようになることが多い. また, 人工内耳の装用効果には個人差があり, 機械であるための聴こえの限界もあるが, 聴こえとしては軽度の聴覚障害のレベルに改善し, 良好な装用効果が得られている症例が多く存在する. 本稿では, 人工内耳医療に関わる言語聴覚士として, 人工内耳の概説やしくみ, 人工内耳の現状や問題点について解説する. 人工内耳の概況人工内耳の装用者数は, 日本を含む諸外国で推定 25 万人, 日本の装用者数は約 1 万人程度とされており, 日本の装用者数は世界 4 位であるが, 普及率 ( 装用者数 / 百万人 ) ではオーストラリアの 1/6, アメリカの 1/3, ヨーロッパの半分に過ぎず, 下位から 2 番目である. 日本で承認されている人工内耳のメーカーはコクレア, メドエル, アドバンスト バイオニクスの 3 社があり, 装用者に関する各メーカーの詳細なデータは示されていないが, 日本においては, コクレア社の人工内耳が約 80% をしめている ( 日本コクレア.2014 年 ). 日本における小児と成人の比率は, 各メーカーとも小児が約 40%, 成人が約 60% 程度となっているが (ACITA.2010 年 ), 近年小児の装用者数は増加してきており, 今後は小児の割合が増加していくと考えられる. この 30 年で, 人工内耳の機器は進歩し, 装用者数は年々増加しているが, 日本においては, 人 工内耳の理解や認知が十分に浸透しているとはいえない状況である. 人工内耳の歴史日本では,1985 年に初めての人工内耳埋め込み手術が行われており,1994 年 4 月からコクレアの人工内耳が健康保険適用となった. その後, 2000 年 4 月にアドバンスト バイオニクス ( 当時はクラリオン ) が健康保険適用,2006 年 9 月にメドエルが健康保険適用となった. 人工内耳の適応基準に関しては,1998 年に成人と小児における人工内耳適応基準が日本耳鼻咽喉科学会より示され, 聴力レベルや手術年齢等の医学的条件や必要事項が定められた.2006 年には, 人工内耳適応基準の改定が行われ, 小児の手術適応年齢が 2 歳から 1 歳 6 ヵ月以上に変更され, 聴力レベルも小児は 100 db から成人と同じ 90 db に変更された 1). さらに,2014 年には, 小児の人工内耳適応基準の改訂が行われ, 手術年齢は, 原則 1 歳以上 ( 体重 8 kg 以上 ) と変更され, 聴力レベルに加えて, 補聴器装用下の最高語音明瞭度が 50% 未満の場合と語音明瞭度に関しても言及されている. また, 例外的な適応条件として, 難聴遺伝子変異を有する場合や低音部に残聴があるが,1k Hz~2k Hz 以上が聴取不能である場合についても述べられており, 人工内耳の両耳装用に関しても, 音声を用いてさまざまな学習を行う小児に対する補聴の基本は両耳聴であり, 両耳聴の実現のために人工内耳の両耳装用が有用な場合にはこれを否定しない と記載されている 2). 人工内耳手術が始まった当初は, 中途失聴の成人例が中心であったが, 人工内耳の適応基準が定められて以降は小児例が増加している. また, 小児に関しては人工内耳の適応基準の改訂が 2 度行われており, 今後も人工内耳の両耳装用を含む小児例の増加が予想される. 人工内耳の構造 1. きこえの仕組み耳の構造を図 1 に示す. 外耳という耳の入り口に外耳道があり, 奥に鼓膜がある. 鼓膜の奥は中耳, さらに奥には, 内耳と呼ばれる組織がある. 中耳には, 鼓膜と蝸牛をつなぐ耳小骨と呼ばれる小さな骨が 3 個ある. 耳小骨は,3 個の骨が連結 16

し, 鼓膜に入った音を増幅させ蝸牛に有効に伝える. 内耳には, 音をきくための蝸牛と身体の平衡感覚をつかさどる前庭 半規管と呼ばれる部位がある. 音や言葉は波として伝わり, 外耳道から入った音は, 鼓膜を振動させ, 耳小骨を通って蝸牛に伝わる. 蝸牛にはコルチ器という器官と有毛細胞という感覚細胞がある. 音の振動が蝸牛に伝わり, 蝸牛の有毛細胞に刺激が加わると, 細胞が興奮して発火し, 音の振動は電気刺激に変換される. この電気刺激は蝸牛につながっている聴神経へ伝わり, さらに脳へ伝えられて音や言葉として脳で認識される. 鼓膜や耳小骨に問題があって起こっている難聴 ( 伝音難聴 ) は, 手術などの処置によって改善可能な場合があり, 音を増幅させることで聴き取りが改善することもある. 一方, 蝸牛が傷んでしまっている難聴 ( 感音難聴 ) は, 音の聴こえとともに, 言葉の聴き取りも困難であり, 音響刺激を電気刺激に変換するという蝸牛の機能を回復させることは, 現在の医学では困難である. そして, 高度 ~ 重度の難聴はほとんどが感音難聴であるため, 補聴器によって音を増幅させても, 言葉の聴き取りが困難な場合が多い. トへ送るサウンドプロセッサといわれる体外装置からなる ( 図 2,3). Figure 2 Implant (provided by Nihon Cochlear Co.,Ltd) Figure 3 Co.,Ltd) Sound Processor (provided by Nihon Cochlear Figure 1 Structure of ear 2. 人工内耳のシステムと原理人工内耳は, 音を電気刺激に変え, 蝸牛の中に入れた電極で直接聴神経を刺激することで, 脳に音や言葉を認識させる装置であり, 音を電気刺激に変換する蝸牛の役割をしている機器である. 人工内耳は, 手術で耳の奥に埋め込むインプラントといわれる体内装置と, 音をマイクで拾って電気信号に変換し, 耳内に埋め込んだインプラン 図 4 に人工内耳のしくみを示す.1 マイクで集められた音は, サウンドプロセッサで音声の処理をされて, 電気信号に変換される.2 その信号がケーブルを通って送信コイルへ伝わり, 耳介の後ろに埋め込まれたインプラントへ送られる. 送信コイルは磁石で頭皮を介してインプラントと接している.3 インプラントに伝わった信号は蝸牛の中に埋め込んだ電極に伝わり, その電気信号に従って, 電極が聴神経を刺激する.4 聴神経を介して電気的な音声情報が脳へ送られ, 音や言葉として認識される. 17

Figure 4 Cochlear Co.,Ltd) Cochlear Implant System (provided by Nihon この人工内耳の基本的な構造は,3 社のメーカーで違いはない. 人工内耳の音声処理は, コード化法といわれており, 音響刺激を電気刺激に変換する方法である. 音の 3 要素である, 高さ, 大きさ, 音色は, それぞれ, 蝸牛内の電極が刺激する場所, 電流振幅と刺激時間による電荷量, 複数電極への刺激の組み合わせ等で表現され,3 社それぞれのコード化法を用いている. 現在, コクレアは, 周波数情報と時間情報の両方を強調する ACE (Advanced Combination Encoders) というコード化法, メドエルは FSP(Fine Structure Processing), アドバンスト バイオニクスは Hi-Res ( Hi Resolution) という時間情報を重視したコード化法を用いており, 各メーカーでコード化法の原理に違いがあるにも関わらず, 音の聴こえや語音聴取成績に有意な差は認められていない. それぞれのコード化法に基づいて, 電気刺激を行うプログラムをマップといい, マップを調整することをマッピングという. マップは, 個人ごとに異なり, 各電極への電気刺激レベル ( 電流量 ) を行うプログラムで, 各種パラメーターによって決定される. それぞれのパラメーターには,T レベルといわれる最小電荷量 ( 最小可聴閾値 ) や C レベル ( コクレア. メドエルは MC レベル, アドバンスト バイオニクスは M レベル ) といわれる最大電荷量 ( 最大快適閾値 ) 等があり, 専用のソフトウェアを用いて, それぞれの値を決め, 個々に最適なマップを作成する. 人工内耳の手術は, 全身麻酔で行われる. 耳介後部を切開し, 側頭骨の皮膚下に窪みを作り, インプラントを設置した後, 蝸牛に電極部を挿入し縫合する. インプラントは全て頭皮下に埋め込まれ, 洗髪や水泳も可能である. インプラントには電池は不要であり, 故障等の問題がおきない限りはインプラントの入れ替えも不要である. インプラントの電極数は各メーカーで異なり, コクレア 22 本, メドエル 12 本, アドバンスト バイオニクス 16 本となっている. 医学的に問題がない場合は, 手術時間は 3 時間程度で, 安静期間は 2~3 日, 入院期間は 1~2 週間となり, 手術後 2 週間程で人工内耳の音入れ ( 初回のマッピング ) が行われる. 音入れ後は定期的なマッピングを行って, 人工内耳を調整していく. 術後の経過が順調であれば, 術後 6 ヵ月程度で音への反応が明確になり, ことばの聴取, 理解が進んでいくことが多い. マッピングや人工内耳の装用効果を測る聴力検査等は言語聴覚士が行っている. 人工内耳の現状と課題 1. 最新の人工内耳現在日本で承認されている各メーカーの耳かけ型のサウンドプロセッサを図 5 に示す. 各社ともサウンドプロセッサは新しくなっており, 性能の向上とともに小型化, 薄型化が図られ, 充電池が標準装備となっている. Figure 5 Sound Processor 1 Cochlear 2 MED-EL 3 Advanced Bionics コクレアの最新機種の Nucleus6 は, 雑音抑制等の音の入力部の機能強化がなされている. メドエルの OPUS2 では時間情報の増加, アドバンス 18

ト バイオニクスの Harmony ではチャンネル数の増加や雑音抑制機能の強化等が行われ, 耳かけ型の他では, メドエルは,2013 年にケーブルがなく, サウンドプロセッサとコイルが一体型の RONDO が承認されている ( 図 6). アドバンスト バイオニクスは,2014 年に完全防水型の Neptune が承認されており ( 図 7), 今後もサウンドプロセッサの進歩が期待されている. なってきている. また, 従来の重度の聴覚障害に加えて, 低音域の聴力は残っているが, 高音域に重度の聴覚障害があり, 補聴器の効果が十分に得られない場合も人工内耳の適応の対象になってきていたため,EAS はこれらの症例が対象になっている. これまでは臨床試験の段階であったが, 2014 年に承認され, 現在はメドエルの DUET2 というサウンドプロセッサが使用されている ( 図 8). EAS の適応基準は, 従来の人工内耳適応基準に加えて, 聴力レベルは,125~500 Hz が 65 db 以下,2k Hz が 80 db 以上,4k Hz,8k Hz が 85 db 以上で, 補聴器装用下で静寂下の語音弁別能が 60% 未満とされており, 今後装用者が増えていく中で,EAS の有効性や結果の報告が期待されている. Figure 6 RONDO (provided by MED-EL Japan Co.,Ltd) Figure 8 DUET2 (provided by MED-EL Japan Co.,Ltd) Figure 7 Neptune (provided by Nihon Bionics Co.,Ltd) 2.EAS(Electric Acoustic Stimulation) EAS とは, 残存聴力活用型の人工内耳で, 従来の人工内耳の電気刺激に加えて, 音響刺激機能も兼ね備えているシステムである. 低音域に残存聴力を有するが, 高音域の聴力は悪化しており, 補聴器では効果が十分に得られない, 高音急墜型の聴覚障害に有効と考えられている. 従来は, 埋め込んだ電極が内耳の機能を破壊し, リンパ液の振動を妨げて, 残っている聴力を悪化, 喪失させてしまっていたが, 最新のインプラントでは, 細く, 柔らかい電極を使用することで, 蝸牛への低侵襲によって, 聴力を残すことが可能に 3. 両側人工内耳 (bilateral) 小児の人工内耳装用について, 欧米では両側人工内耳装用が一側装用より優れた成績を得ると報告されており 3) 5), 両側装用の小児例は増加している. 日本においても, 両側人工内耳装用の小児の報告が散見され始めており 6),7),2014 年の小児の人工内耳適応基準の変更においても, 両側人工内耳に関する記載がみられ, 今後両側人工内耳装用児は増加していくことが予想される. 両耳装用のメリットとしては, 両耳聴効果として, 両耳加算効果, 頭部遮蔽効果, 両耳スケルチによる効果があげられている 5),7) 11). 両耳加算効果は, 二つの耳で聴くために, 一つの耳で聴くよりも音が加算され, 小さい音声が聴き取りやすくなる, また, 雑音と音声を聴き分ける効果もある 19

とされている. 頭部遮蔽効果は, 言葉と雑音が異なる方向から到達した場合に, 言葉が聴き取りやすくなることや音源の認知, 定位が可能になることがあげられる. 両耳スケルチは, 中枢の聴覚システムはそれぞれの耳にたどりついた音声と雑音の混合音から雑音を取り除く機能があり, 両耳で聴くことで, この機能が働き, 効果があることがあげられている. これらによって, 騒音下での聴き取りの改善, 方向感や音源定位の改善等の効果があると考えられる. また, 両側人工内耳装用児の言語発達への有用性の報告もみられている 12). 当科においても, 両側人工内耳装用児において, 騒音下の語音聴取能力と方向感の検討を行い, 静寂下では, 両側と一側で差はみられないが, 騒音下の聴取では一側装用時より両側装用時の方が良好な成績で, 方向感に関しても, 高周波数の音の強度差の検出は可能で一定の効果があることが認められた 13). しかし, 両側人工内耳装用の効果に関しては, まだ日本においては報告が少なく, 今後の検討課題であると考えられるため, 今後両耳聴効果の評価の集積が必要であると考えられる. また, デメリット ( 手術を 2 回行うため, リスクも高くなること等 ) も含めた両側人工内耳装用の効果の検討が必要であり, 両耳聴の効果を得るためには, 一側目と二側目の手術間隔はどの程度の期間が限界か等の条件も今後検討していく必要がある. 4. 人工内耳と補聴器の両耳装用 (bimodal) 日本では人工内耳の反対側に残存聴力がある場合, 反対側の耳への補聴器装用が勧められている. 人工内耳医療が始まった当初は, 反対側に補聴器を装用することで, 人工内耳の電気刺激と補聴器の音響刺激の中枢での統合は困難であり, 言語聴取の妨害になる可能性があげられていたが, その後, 電気的, 音響的聴覚刺激は中枢で統合され, 人工内耳と補聴器の両耳装用によって, 言語聴取成績の向上が得られるという報告 14) がみられ, 両耳聴効果が得られることが明らかになってきている 15). 当科においても, 人工内耳と補聴器の bimodal によって, 騒音下での聴き取りが改善し,SN 比 ( 音声と雑音との比. 数字が小さい程聴取が困難 ) +5 db~sn 比 +10 db 程度の騒音環境では, bimodal による両耳聴の効果が期待できると報告している 16). しかし, 人工内耳と補聴器で聴こえ ( 装用閾値や語音聴取 ) に差がある場合は, 補聴器側での聴こえに限界があり, 音源定位に関しても, 人工内耳と補聴器というデバイスの違いによって, 時間差, 強度差の検出が困難であることから,bimodal による両耳聴の効果には限界があることもあげられる. 5. 人工内耳装用児の教育とインテグレーション人工内耳装用の小児に関しては,2000 年以降の新生児聴覚スクリーニングの普及にともなう難聴の早期発見や 2006 年,2014 年の人工内耳適応基準の変更の影響もあり, 低年齢で人工内耳手術を受ける小児が増えてきており, 今後も増加していくと考えられる. 人工内耳装用児の数の増加にともなって, 人工内耳装用児が通常学級で学習する機会も増してきているため, 我々は, 通常学級の音環境と人工内耳装用児の騒音下の語音聴取について調査を行った 17). それに加えて, 当科における bilateral, bimodal の騒音下の語音聴取検査の結果をあわせて, 今後の課題について以下に検討した. 日本学校保健会のアンケート調査では, 小 中学生の人工内耳装用児の 71% が通常学級に在籍しており, 京都大学医学部付属病院で人工内耳埋め込み術を実施した人工内耳装用児においても, 小 中学生の 55% は通常学級に在籍し,2011 年度以降の小学校就学児では, 約 70% が通常学級に就学し, 通常学級へのインテグレートが増加している. しかし, 通常学級に在籍している人工内耳装用児は, 授業中に教師の声がいつもきこえにくいと感じている子が 10%, 周囲がうるさいときにきこえにくいと感じている子が 52% おり, その他の学校生活においても, きこえにくさを感じているというアンケート結果がみられ, 人工内耳装用児にとって, 騒音下における聴き取りが, 学習面だけではなく, 学校生活において重要になっていると考えられる. 人工内耳装用児の騒音下聴取に関しては, 人工内耳の最新機種には雑音抑制機能がついているが, 音声処理の部分で, 人工内耳は音声も雑音も音として処理をしてしまうため, 騒音下での聴き 20

取りは困難であるという人工内耳の特性がある. また, 健聴者に比べて, 難聴者は騒音下の聴き取りが困難であり, 難聴者が健聴者と同様な語音弁別能を得るためには, 多くの研究で SN 比が +15 db 必要であるとされており, 人工内耳装用児に関しても同様の結果が得られている. 当科における bilateral,bimodal,ci( 人工内耳 ) 各 5 例の騒音下での単音節と文章の聴き取りの成績 ( 正答率 ) を図 9,10 に示す. 静寂下, 騒音下ともに bilateral の成績が良好であるが,SN 比 +5 db では正答率の低下がみられた.bimodal では,SN 比 +5 db,+10 db で成績は低下しており, 人工内耳のみでは,SN 比 +5 db~+15 db で成績の低下がみられた. を調査, 測定した結果を表 1 に示す. 通常学級の静かな場面での教師の声と授業全体の環境音の騒音レベルの差からみた各授業の SN 比は 4.5~ 11.3 db で, 通常学級の平均は 7.3 db であった. 難聴学級では,SN 比は 12.7 db で, 通常学級より, 授業全体の騒音レベルが 10 dba 以上小さく, SN 比では 5 db 程度良好であった. 難聴学級は, 少人数であることやカーペットの使用, 机や椅子へのテニスボールの装着等の環境整備が行われており, それらは, 環境音の低減に効果があることが考えられた. Table 1 Noise level in the classrooms Figure 9 Speech perception (monosyllable) Figure 10 Speech perception (sentence) これらから, 騒音下では, 人工内耳のみより, bilateral,bimodal の方が聴き取りの成績は良好であり, 両耳聴効果による聴取能力の改善が認められたが, 人工内耳装用児の騒音下の聴こえには限界があることも示唆された. 教室の音環境に関しては, 小学校の教室の騒音 これらの結果から, 通常学級の教室の騒音は, SN 比で平均 7.3 db で, 人工内耳装用児の騒音下の聴き取りに望ましい SN 比 +15 db より高い騒音レベルであり, 人工内耳装用児の良好な聴き取りが可能となるには不十分な音環境であると考えられた. さらに,bilateral,bimodal の両耳聴効果によって, 人工内耳装用児の騒音下の聴取が改善されることが明らかになったが, その場合でも, 聴き取りに十分な音環境であるとは言い難い状況であると考えられた. 教師の声が 80 dba 程度であることから, 授業中の騒音は 65 dba 以下にとどまっていることが望ましく, より環境音を抑制していくことが必要であると考えられた. また, 騒音の抑制と同時に, 教師の音声レベルを向上させることや音声を聴き取りやすくすることも SN 比の改善に効果があり,FM 補聴システム (FM 電波を利用し, マイクからの音声を直接人工内耳や補聴器に聴かせるシステム ) の活用や人工内耳装用児に配慮した授業構成や進行, 声かけや注意喚起等の教師の工夫も重要であると考えられた. しかし,FM 補聴システムによって, 教師の声の低減を防ぎ, 高い音声レベルを保つことで,SN 比を向上させることは効果的である一方で, 子どもにとって, 友達 21

の声等の周囲の必要な音を聴くことも大事なことであり, 周囲の音を聴かない訳にはいかないため,FM 補聴システムのみでは十分ではない. したがって,FM 補聴システムの活用等のソフト面の改善とともに, まず, 教室の環境音を減少させ, より聴き取りやすい環境にしていくことが重要であると考えられる. そのためには, 教室の配置やテニスボールの利用 ( 机や椅子の引きずり音を抑え, 騒音を低減させるために, 机や椅子の脚にテニスボールを装着すること ) 等の設備の整備,FM 補聴システム等のソフト面の改善を含め, 総合的な音環境の改善を教育機関に働きかけていくことが今後は重要になってくると考えられた. まとめ 人工内耳は, 重度の聴覚障害者 児にとって, 音声言語の獲得, 活用が可能となる有効な機器である. 人工内耳装用によって, 軽度の聴覚障害に改善し, 良好な装用効果を得られるが, 人工内耳の聴こえには限界があり, 特に騒音下の聴取は今後の課題としてあげられる. 特に, 小児の場合は, 人工内耳の適応基準の改訂や人工内耳の機器の進歩, 早期の人工内耳装用等によって, 良好な装用効果が得られているため, 小学校から高等学校まで, 通常学級で学習する人工内耳装用児は増加しており, 人工内耳の聴こえや言語発達とともに, 今後は, 人工内耳装用児の騒音下の聴取を良好に保つための対策が必要になってくると考えられる. そのためには,bilateral,bimodal の装用効果, 両耳聴効果の検討を行うとともに, 人工内耳装用児の教室内での聴き取りの状況や人工内耳の聴こえの状態等の情報を療育機関, 教育機関と共有し, 医療機関と療育機関, 教育機関が連携をとって, 協力しながら, 音環境を改善していく総合的な対策をとっていく必要があると考えられる. 聴覚障害児, 人工内耳装用児に関わる言語聴覚士は, これらの課題を認識し, 人工内耳のマッピングや聴覚の管理を行うとともに, 医療と療育機関, 教育機関との連携をとるキーパーソンとしての役割を担う必要があると考えられる. 文献 1) 熊川孝三 : 乳幼児の人工内耳の適応と手術. JOHNS 24(9):1428-1434,2008. 2) 伊藤壽一 : 聴覚に関わる社会医学的諸問題 人工内耳医療の現状と問題点. Audiology Japan 57(3):175-180,2014. 3) Litovsky RY, Johnstone PM, Godar S, et al: Bilateral cochlear implants in children; localization acuity measured with minimum audible angle.ear and Hearing 27:43-59, 2006. 4) Litovsky RY, Johnstone PM, Godar S : Benefits of bilateral cochlear implants and/or hearing aids in children. Int J Audiol 45(Suppl):78-91,2006. 5) Kuhn-Inacker H, Shehata-Dieler W, Muller J, et al:bilateral cochlear implants;a way to optimize auditory perception abilities in deaf children?int J of Pediatric ORL 68:1257-1266,2004. 6) 神田幸彦 : 幼少児の人工内耳手術と成果 低年齢化と両側人工内耳手術. チャイルドヘルス 15(10):715-721,2012. 7) Kanda Y, Kumagami H, Hara M, et al : Bilateral cochlear implantation for children in Nagasaki, Japan.Clinical and Experimental Otorhinolaryngology 5,(Suppl):24-31,2012. 8) 神田幸彦 : 両側人工内耳 ; 両耳装用の手順と日常のきこえ. 耳鼻臨床 ( 補 )132:84-91, 2012. 9) Muller J, Schon F, Helms J : Speech understanding in quiet and noise in bilateral users of the MED-EL COMBI 40/40+cochlear implant system. Ear Hear 23:198-206,2002. 10) Schleich P, Nopp P, D Haese, et al:head shadow,squelch,and summation effects in bilateral users of the Med-EL combi40/40+cochlear implant.ear Hear 25: 197-204,2004. 11) Dillon H: 両耳装用とフィッティング. 中川雅文 ( 監訳 ): 補聴器ハンドブック,pp357-358, 医歯薬出版,2004. 12) Litovsky RY, Parkinson A, Arcaroli J : Spatial hearing and speech intelligibility 22

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