創傷 6(3):103-107, 2015 103 < 症例報告 > 高齢者の弁状創に対する PICO* 創傷治療システムの使用経験 朝日林太郎 *, 桑原大彰 **, 小川令 **, 百束比古 ** Key Words: 弁状創, 陰圧閉鎖療法,PICO 序文高齢者の皮膚は真皮の菲薄化や皮下組織の減少など, 加齢による形態学的変化が生じている このため, 比較的わずかな外力により, 四肢や顔面に広範な弁状創を生じる場合がある 弁状創の治療方法としては, 弁状に剝脱された皮膚を正確に元の位置へ戻すとともに, 壊死を防ぐことが重要であるが, 初診時において創縁の血行が保たれているようにみえる場合においても, 創縁の離解や皮膚の壊死をきたすこともある これにより, 上皮化までに時間がかかる場合や, 二期的に植皮術を要する例も少なくない 今回われわれは高齢者の弁状創に対して PICO* 創 傷治療システム (Smith & Nephew 社製, 以下 PICO) を用いることで, 特にコンプライアンスの不良な高齢者に対して, 最小限の処置で良好な治療結果が得られたため報告する 症例症例 1:100 歳, 男性 介護老人保健施設入所中に転倒して当科外来受診となった 左上腕に径 6cm 大の弁状創を認めた 創の深さは皮膚全層に至るもので, 脂肪組織が露出していた 弁状創の皮膚は菲薄であり, 暗紫色を呈していた 創部洗浄後, 弁状創の皮膚を元の位置へ戻し,PICO による持続陰圧閉鎖療法 (negative pressure wound therapy:npwt) を開始 図 1 症例 1 左上腕の径 6cm 大の弁状創に対して PICO を装着した * 会津中央病院形成外科 美容外科 ** 日本医科大学付属病院形成外科 美容外科 2015 年 2 月 21 日受領 2015 年 5 月 13 日掲載決定
創傷 6 3 103 107, 2015 104 a b 図 2 弁状創は植皮様に生着 一部皮膚欠損部位も保存的加療にて上皮化し良好な創治癒が得られた a 受傷後 5 日目 b 受傷後 16 日目 図 3 症例 2 左膝部の径 10 cm 大の弁状創に対して PICO を装着した した 図 1 介護老人保健施設にて機械トラブルな PICO による NPWT を開始した 図 3 介護老人保 どなく経過して 受傷後 5 日目外来受診時に PICO を 健施設にて機械トラブルなどなく経過して 受傷後 5 解除した 被覆材は創面に固着することなく容易に剝 日目外来受診時に PICO を解除したが 創縁の壊死や がすことができ 弁状創の皮膚は植皮と同様な経過で 創離解など認めることなく 良好な創治癒が得られた 生着を認めた 一部限局して皮膚欠損を認めたため抗 生剤含有ワセリン軟膏 ゲンタシン にて軟膏処置 を継続し 受傷後 16 日目で創閉鎖が得られた 図 2 症例 2 94 歳 女性 介護老人保健施設入所中に転 図 4 考 察 皮膚は加齢に伴い 肉眼的にも組織学的にもさまざ 倒して当科外来受診となった 左膝部に径 10 cm 大の まな変化をきたす 真皮や皮下組織では ヒアルロン 弁状創を認めた 創の深さは皮膚全層に至るもので 酸やコンドロイチン硫酸など酸性ムコ多糖類 膠原線 脂肪組織が露出していた 弁状創の皮膚は菲薄であっ 維 弾性線維などはいずれも減少し 菲薄化する 1 たが 色調は良好であった 関節可動部であったた これにより皮膚の弾力性は低下して脆弱化し わずか め 6-0prolene にて数ヵ所縫合処置を行ったうえで な外力により容易に皮膚は全層で剝脱するため 転倒
創傷 6(3):103-107, 2015 105 図 5 PICO* 創傷治療システム 図 4 受傷後 14 日目創縁の壊死や離解を認めず一次治癒が得られた などにより四肢にU 字型やV 字型の広範な弁状創を受傷することが少なくない また加齢した皮膚は, 血管内皮機能の低下で内出血が生じやすく, 弁状創は暗紫色となるため, 血流を確認するのが困難なときもある 特に高齢者の場合, 血管の石灰化などにより皮膚末梢の血流も低下しているため, 阻血壊死をきたすリスクが若年者と比べて高く, 注意が必要である 2) 弁状部分の幅が 5mm 程度で小さい場合は, 紡錘状に弁状部分を切除して縫合することで, 壊死や変形をきたすことなく一次治癒させることができる場合が多いが, 弁状創が広範な場合は, 弁状部分を切除すると縫縮することができなくなるため, なんらかの工夫が必要となる このような場合, 薄く斜めに削られた創縁を垂直に切除して, 層を合わせながら縫合処置が施行される方法や, 弁状に剝離した皮膚を切離して皮下組織を薄層化し, 植皮として生着させるといった方法の報告もある 3) いずれの方法においても, 弁状創の皮下は広範に剝脱されており皮膚の連続性が途絶えているため, 死腔や血腫を形成しないように注意が必要である 創部の適度な圧迫は, 死腔や血腫の形成を防ぐのみならず, 創部の浮腫の軽減や瘢痕形成の軽減にもつながるため非常に重要であり, このためタイオーバー法などが用いられる場合もあるが, これらの手技を外来で行うには時間を要し, やや煩雑である 4) 今回われわれが使用した PICO は,2011 年 3 月よりカナダにて Smith & Nephew 社から発売が開始され, わが国では 2014 年 7 月より保険収載が可能となった新しい NPWT システムである ( 図 5) NPWT は既存治療に奏効しない難治性創傷の治癒を促進させることを目的とした治療方法であるが, 現在植皮片の固定など幅広い用途で使用されており 5,6), わが国に おいては数種類の NPWT デバイスの使用が可能である 他の NPWT システムと比較した場合,PICO の最大の特徴としては, 浸出液を保持するキャニスターをなくし, ドレッシング材で浸出液を処理しながら, -80mmHg の均一な陰圧閉鎖環境を維持する点である キャニスターがないという特性上,PICO に適した浸出液量は少量 ~ 中等量までとなっているが, シンプルで小型 軽量な構造になっているため, 外来通院でも使用が可能である また, 構造のみならず, 手技においてもドレッシング材を貼付して周囲を付属のフィルムで補強し, スイッチを入れるのみで, 非常に簡便である ドレッシングのパッドの製品規格は 8 種類あり, 創面に合わせて適切なサイズを選択する必要がある 今回われわれは, 高齢者の転倒による上肢および下肢の弁状創に対して,PICO を利用することで, タイオーバーのような煩雑な手技を要さず, 陰圧閉鎖環境を維持することにより適度な圧迫を継続することができ, 簡便に良好な治療結果を得ることができた さらに, 弁状創の血流を気にせず, 固定してしまうことで, たとえ血流がなくても, 植皮のような機序で生着させられる可能性も示唆された 症例 1 においては, 弁状創の皮膚は非常に薄く色調は暗紫色であったが, 植皮様に生着させることができた 症例 2 においては, 創部がやや広く関節部にかかるものであったため, 数ヵ所縫合処置を行い皮膚のズレが生じないように補強を行ったが, 弁状創皮下に浸出液が貯留することなく, 創部の離解や辺縁の壊死などもきたさずに経過し, 一次治癒させることができた いずれの症例においても, 良好な皮膚の固定と創部全体の圧迫は自宅においても維持され, ドレッシング交換も不要で, 浸出液管理も良好であった われわれの施設における高齢者への PICO の使用例としては, 弁状創以外にも小範囲の分層植皮術後の植
創傷 6(3):103-107, 2015 106 図 6 92 歳, 女性 左足背部糖尿病性潰瘍に対して網状植皮を施行し, 固定に PICO を用いた 植皮片は良好に生着した 表 1 症例 1 に対して縫合処置を行った場合と PICO を使用した場合の保険診療点数の比較 創傷処理筋肉に達するもの 5cm 以上 10cm 未満 (1,680 点 ) キシロカイン 1% ポリアンプ 10ml(10 点 ) 縫合処置を施行した場合 抗生剤含有ワセリン軟膏 2g(2 点 ) 計 1,692 点 初回加算(2,650 点 ) 局所陰圧閉鎖処置(270 点 ) PICO を使用した場合 処置用材料(375 点 ) 陰圧創傷治療用カートリッジ(2,160 点 ) 計 5,455 点 皮片の固定などに使用しており, 良好な結果が得られている ( 図 6) NPWT による植皮片の固定は多くの報告がされているが 5,6), 通常の NPWT デバイスでは入院加療が必須であった PICO を用いることで, 術後早期に NPWT を継続しながら, 外来通院加療とすることが可能である PICO を使用する際の注意点であるが, 抗凝固剤内服患者に対する本システムの適応は禁忌になっているため, 特に高齢者の場合においては, 既往および内服薬の十分な確認が必要である また, 陰圧により感染性老廃物はある程度除去することができるものの, 創部感染が生じた場合は閉鎖環境により増悪する可能性が高く, 汚染を伴う創部への使用は十分に注意する必要があり,PICO の添付文書にも明記されている PICO を使用した場合の患者負担額は,NPWT の 適応期間と創部の大きさによって異なる 今回われわれが経験した 2 症例はいずれもドレッシングサイズ 15cm 20cm( パッドサイズ 10cm 15cm) を用いて, 5 日間外来での NPWT を行った 表 1 に今回の症例 1 に対して, 縫合処置を行った場合と,PICO を用いて外来での NPWT を行った場合の, 処置に要する保険診療点数の比較を示す 現状においては通常の創傷処理を行った場合と比較して,PICO を適応した場合, 患者負担額がやや高額になることが難点であるといえる しかし創閉鎖までの期間短縮や, 自宅での処置が不要である点などを考慮すると, 一次治癒の見込みがむずかしい症例や, 二期的な植皮術が必要となる可能性のある症例などにおいては, 患者および家族に十分な利点がある方法であると考える
創傷 6(3):103-107, 2015 107 結語高齢者の弁状創に対する治療方法として,PICO は有用な選択肢の 1 つであると考える 本論文について他者との利益相反はない 文献 1) 鈴木定 : 加齢による皮膚の変化とそのケア乾燥 掻痒 湿疹を中心に 加齢による皮膚の変化. 総合ケア, 2004; 14: 28-33. 2)Imayama S:Aging changes of the blood vessels in the skin. Nagoya Medical Journal, 2000; 43: 113-9. 3) 江頭佑美, 副島宏美 : 下腿弁状創の初期治療についての考察一期的縫合 VS 皮弁切除遊離植皮. 日形会誌, 2010; 30: 495-6. 4) 南和彦, 平林慎一 : 日常診療に役立つ形成外科基本手技のコツ 新鮮外傷に対する処置擦過傷, 挫創, 弁状創に対する処置の基本. 形成外科, 2004; 47: S23-S27. 5) 川上善久, 高木誠司, 大慈弥裕之 : 陰圧閉鎖療法の理論と実際 上肢に対する陰圧閉鎖療法植皮の固定としての陰圧閉鎖療法. PEPARS, 2015; 97: 39-47. 6) 橋本麻衣子, 林明照, 猪股直美, ほか : 小児における局所陰圧閉鎖療法の経験. 日形会誌, 2014; 34: 746-50.