下記は平成 22 年 11 月日本法科学技術学会にて発表講演を行っ た前刷原稿に, 発表スライドの内容も含め加筆訂正したものであ る. 研究活動報告 自転車交通事故の研究 Study for bicycle accidents 自転車事故の事例解析から見た問題点の研究 Study for problem analysis based on traffic accident exam ple cases involving automobile/bicycle/pedestrian 種田 克典 Taneda Katsunori ( 自動車交通事故解析科学研究所 ) Automobile traffic accident analysis science laboratory 1. 研究の目的 昨今自転車の関係する交通事故が社会問題として多くとりあげられているが自転車の事故解析研究例は少なく, 実験研究例も少ないためその実態は必ずしも明確とは言えない. 自転車が自動車に比べ自由度の大きい乗物であるため挙動の解析, 事故の障害の解析が定量化しにくいためと考えられる. 本研究は, 筆者が行った交通事故鑑定に基づく事例解析から自転車の関わる事故について解析結果に基付きその問題点を示すものである. 2. 解析事例 自転車の事故は, 使用場所の関係から住宅市街地が多く, 以下に示す本研 - 1 -
究において解析した 4 例も住宅地内で発生した事故である. 2.1 解析事例 1 自転車側面 - 貨物自動車前面衝突の解析例 2.1.1 事故の概要住宅地の狭い交差点で発生した出会い頭事故で, 中年男性の運転する自転車側面に2ton 貨物車の前面が衝突し, 自転車乗員が死亡した事故. 自転車進路側に一時停止の標識とラインが有る. 警察が到着した時点では, すでに貨物車も自転車も移動してあり位置関係は明確でなく, 情報の少ない事故と言えた. 2.1.2 解析結果貨物車の運転者と助手席乗員の指示により実況見分調書が作成されたのであるが, 他のタイヤ痕を事故車のタイヤ痕として記録するなどの間違いがあった. 自転車と貨物車の変形状況を丁寧につきあわせて解析した結果, 衝突開始位置 衝突前の速度および相互の位置関係を求めることができ, 結果として 1 貨物車運転者が, 優先道路の意識で, 交差点に接近する過程で減速しないで進入したこと. 2 自転車乗員が, 貨物車の接近速度の判断を誤まり, 先に交差点を通過できると判断したことによる事故と解析できた.( 図 1) 2.1.3 事故現場の交通状況の観察図 2, 図 3は, 事故時間にあわせて当該交差点の通過車両を定点観測したものである. 図 2の一時停止側を通過した自転車の走行状況の例である. 観測中, すべて通過自転車は, 直前に優先道路側に車両が来たとき以外は, 一 - 2 -
時停止標識の位置でも停止線の位置でも停止しなかった. 優先道路側の車両も一時停止はなかった. ただし, どちらも交差点に接近する前に状況に応じて減速しながら通過して行った. 当然路側に 自動車が来れば停止して通過を待つ場合もあるが停止線の位置から進んだ交差点内の位置であった. 通常このような交差点では, 相手の状況を見極めて譲り合いながら通過するというのが法規以前の自然発生的なルールとなっている. たまたま, 本件事故の貨物車の運転者が初めて通過する交差点だったためその状況を適確に把握できず事故になったものと考えられた. 2.1.4 解析事例 1 の纏め自転車の事故は, 物証の少ない事故である場合が多い. このような場合, 現場の交通状況の定点観察は時間と工数を多く要するが多くの情報の得られる有効な手段である. 図 1 解析事例 1 自転車側面 - 貨物自動車前面における 衝突状況の解析結果 - 3 -
図 2 事故時間にあわせて当該交差点の通過車両を定点観測した結果. 一時 停止側を通過した自転車の走行状況の例. 観測中一時停止側を通過した自転 車の走行状況の例. 観測中, すべて通過自転車は, 直前に優先道路側に車両 が来たとき以外は一時停止標識の位置でも停止線の位置でも停止しなかった. - 4 -
図 3 事故時間にあわせて当該交差点の通過車両を定点観測したもの. 貨 物車の進行した優先道路側の状況. 一時停止する自動車はなかった. 2.2 解析事例 2 自転車前面対軽貨物車側面衝突の解析例 2.2.1 事故の概要軽貨物車側面に高校生男性運転の自転車前面が衝突した重傷事故例. 警察が比較的早く到着したため, タイヤ痕跡の記録はなかったが停止位置, 自転車と軽貨物の破損状況は記録されていた. 2.2.2 当事者の主張と解析自転車乗員は一時停止して, 発進後衝突したと主張した. 図 4は, 自転車が一時停止後発進した状況を再現したものである. 図 5に示す当研究所で行った自転車の発進加速のデータを当てはめて相互の位置関係を見たものである. 自転車乗員の供述に整合性の取れない点がみられた. 結果的には, 自転車の来た道路が下り坂だったので速度が早くなり, 一時停止をせずに進入し衝突した事故であった. - 5 -
2.2.3 実験データの蓄積の重要性自転車と自動車の事故においては, 両者の重量差が大きいことから自転車の破損, 障害が大きく, それらが物証として多く残される. しかしながら, 事故による自転車および自動車の破損の研究が進んでいないため衝突状況の判断が困難な場合が多く, 今後とも研究とデータの蓄積が必要である. 図 4 自転車が一時停止後発進した状況を再現結果. 図 5 の自転車の発進加速 のデータを当てはめて相互の位置関係を見たもの. 20 18 16 14 12 自転車乗車走行 10 8 6 速度 (km/h) 4 距離 (m) 2 0 0.00 2.00 4.00 6.00 8.00 10.00 time(sec) 図 5 自転車の発進加速のデータ ( 当研究所実施 ) - 6 -
2.3 解析事例 3 自転車後輪対自転車衝突の解析例 2.3.1 事故状況商店街の狭い自動車はほとんど通らない歩行者天国状態の道路の交差点において深夜発生した自転車同士の接触事故. 老年女性 Bが停止後, 交差道路の通行を確認し左折発進したところ, 左方を直進で通過した若年男性 Aの乗る自転車後輪に前輪が接触, 転倒し重傷となった事故.( 図 6) 両車両ともに破損, 接触痕が記録されておらず, 警察が到着したとき既に両自転車は片付けられ, Bはすでに病院に搬送されてた. 路面の痕跡も自転車の接触痕も確認できず, 目撃者もいなかった. 図 7は 事故現場の昼間の交通状況である. 自動車はほとんど通らず 現場の交差点においては歩行者と自転車が交錯状態で通過する状況であるが, 事故時の夜間では交通量は非常に少なくなる. 図 6 解析事例 3 自転車後輪対自転車前輪接触事故の状況 図 7 昼間の事故現場の通行状況 - 7 -
2.3.2 異なる両者の主張と再現実験による事故状況の検証 Aの証言で実況見分調書が作成されたが, 実況見分調書の段階で事故の衝突形態と合致しない点が見られた. 事故状況に対する両者の主張が異なり, 事故直後の写真でも判断が困難. 事故状況の推定を再現実験によりを解析 検討したものである. 1Aの主張 Bは乗ったまま交差点を止まらず左折した 2Bの主張 私は押して交差点まで行きも, 車が来ないのを確認して左折 物証がほとんど無かったため事故状況の判断ができない状態であった. このため両者の供述に基づく再現実験を行い検討を行った. 再現実験は, テストコースに事故現場の交差点を再現し, 両者の主張に従って走行し, その可否を検討した. 被験者は,B と同年代の3 名の女性である. 図 8は,Aの主張に基づく再現実験の状況で, 図 9が,Bの主張に基づく再現実験の状況である. 図 8 A の主張 に基づく再現 - 8 -
図9 Bの 主 張 に 基づく再現 2.3.3 解析結果 図10は 再現実験による両者の主張を整理したものである 結果としては Aの主張通りには走れず且つBの主張にも一部不自然な点が見られたが 全体 的にはBの主張のほうが整合性がある結果が得られた 図10 再現実験による両車の主張による走行結果の整理 -9-
2.3.4 再現実験の重要性 物証が少なく 両者の主張が異なる場合など判定の困難な場合 その状況 に従って再現実験を行うことは非常に有効な手法であり多くの情報が得られ る しかしながら 再現実験には多くの時間と口数を要し 再現手法 計測 手法など多くの経験を必要とするため逆に困難な手法であるといえる また 実験条件の設定ついては すべての条件を再現できるわけではない ので 入手した資料の事前検討を十分に行ない的確な条件設定が重要である 実験者の当初からの思い込みにより実験条件を都合良く策定してしまうこ ともあり誤った方向に行く場合もある その点では 再現実験は 危険な要 素も持っている しかしながら これらのことを勘案しても 的確な再現実 験は事故の解析において有効な手段であるといえる 2.4 解析事例4 自転車前面 歩行者側面衝突の解析例 2.4.1 事故状況 交通量の少ない住宅地で駐車車両を避けて道路右側を走行した中年女性の 運転する自転車前面が 右住宅の門より走り出た青年男子の側面に衝突 歩 行者が転倒し重傷を負った 自転車乗員は自転車から前方へ落下し路面との 衝突により死亡した事故である (図11) 図11 故状況 - 10 - 事
2.4.2 事故の解析 当該事故は 現今問題となっている自転車と歩行者の衝突で歩行者が死亡 する事故と状況は同じであるが障害の結果が逆の現象となった例である 現 今問題となっている自転車と歩行者の衝突で歩行者が死亡する事故の逆の現 象の事故で歩行者側が刑事責任を問われたものである 解析の結果 ①下り坂で自転車がかなりのスピードが出ていた ②自転車が路側帯を走っていたか 車道を走っていたかを判断は困難 の2点を解析の結果として示した 工学的な解析としては限界のある事故 解析となった 2.4.3 判断できない事故の解析の結果の表現 事故によっては 特に自転車事故のように物象の少ない事故では 工学解 析の結果が最終的判断に耐えうる十分な結果にならない場合もある この場 合も 工学鑑定としては不明点は不明として的確に表現することが大切であ る 無理矢理結果を作り出すことをしては絶対にしてはならない 最終的な 法律判断は 単に工学鑑定の解析結果のみで判断するのではなく 社会情勢 関係者の感情など総合的に判断するため 工学解析の結果が十分なものでな くとも参考になる その点では 工学解析として不明な点は不明として表現 することが大切である - 11 -
3. 自転車事故の特徴のまとめ 自転車の関係する事故は 以下の特徴を有している (1)残された物証からの衝突状況の判断が困難 (2)重傷死亡事故例が多く 対自動車事故では自動車運転者側の供述によって のみ事故が記録されることがあるので資料の分析には背景の把握が必要で ある (3)加害者側と被害者側が 同様の衝突状況でも逆転する場合がある (4)現場の交通環境により 一時停止があっても現実にはなされていないなど 通常の法解釈では事故状況を十分に理解ができない場合がある 4. 自転車事故解析に関する今後の検討 前章のことから 自転車事故の解析および考察においては 以下の点に留 意して行うべきである (1) 事故現場の実態に即した情報収集と解析を行う必要がある また 種々 の条件にそった正確な再現図を丁寧に作成 検討すること重要なのであ る (2) 再現実験による衝突状況の検討が有効である 供述を含めた 少ない情報での解析には限界がある場合が多い 事故の状 況を再現してみることが有効な手段となる 裁判官等を含めた関係者が 解析結果を理解する点からも有効な手法と言える (3) 事故データ 解析例 実験データの等の蓄積が必要である 衝突後どのような痕跡が残るのか自転車変形 自動車側の衝突痕跡 また 歩行者の傷害の状況のデータの蓄積が重要である (4)上記を踏まえた警察の初動捜査が的確に行われる必要がある 衝突痕跡等 が発見できない場合でも転倒の方向などが記録されていると解析の重要 な情報になる場合が多い - 12 -
図 12 再現実験による衝突状況の検討例 - 13 -