北京五輪以降の中国経済ー経済成長の源泉とリスク要因ー 富士通総研経済研究所上席主任研究員柯隆 kelong@jp.fujitsu.com
1. 問題意識と構成 問題意識 中国経済を取り巻く内外環境が悪化 北京五輪 (08 年 ) と上海万博 (10 年 ) の特需効果薄れる 注目される中国経済のサステナビリティ 構成 経済成長の原動力 経済開発モデルの特性 投資主導 + 輸出依存 リスク要因分析 1 投資効率の悪化 2 所得格差の拡大 3 環境破壊と公害問題 4 信用不安 中国経済成長のサステナビリティ 1
2. 経済成長の原動力 30 25 20 15 10 % 5 0-5 -10 2 純輸出 資本形成 民間消費 インフレ率 (CPI%) 実質 GDP 伸び率 (%) 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 ( 出所 ) 中国国家統計局
3. 投資主導と輸出依存の経済成長 100% 80% 38.3 消費 (C) 60% 投資 (I) 40% 44.9 20% 14.4 政府支出 (G) 0% 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 7.7 純輸出 (X-M) -20% ( 出所 ) Asia Key Indicators 2007, ADB 3
4. 中央政府と地方政府の設備投資比較 70 60 50 中央事業投資 ( 都市部 ) 伸び率 地方事業投資 ( 都市部 ) 伸び率 40 30 20 10 % 0 2004 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2005 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2006 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 ( 出所 )CEIC データ 4
5. 国有企業を主体とする設備投資体制 100% 90% 80% 民営企業 70% 60% 50% 集団所有制部門 40% 30% 20% 10% 国有部門およびその他 0% 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 ( 出所 ) 中国国家統計局 5
6. 限界資本係数の推移 (1989-2006 年 ) 6 5 4 3 2 1 0 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 ( 注 ) 限界資本係数は資本の産出比率を表わすもので その値が大きいほど資本効率の低下を表わす ( 出所 )ADB Key Indicators 2007 6
7. 限界資本係数のアジア諸国との比較 高度成長期 実質 GDP 伸び率平均 (%) 投資率 (I/Y) の平均 (%) 限界資本係数 中国 1981-89 9.95 26.80 2.69 1990-99 10.00 31.66 3.17 2000-06 9.57 42.14 4.40 韓国 1986-90 4.74 30.09 3.12 インドネシア 1989-93 10.94 26.79 3.23 マレーシア 1992-96 11.56 40.37 4.22 フィリピン 1986-90 9.95 19.01 4.01 タイ 1987-91 10.00 34.99 3.20 日本 1966-70 9.30 33.50 2.90 ( 出所 ) 世界銀行 WDI 経済産業省 通商白書 2007 中国国家統計局 7
8. 高成長政策の背景 投資主導の意味で昭和 30 年代の日本経済に酷似する中国経済は 1980 年代末日本のバブル経済の一面を同時に持ち合わせている 経済成長を投資でけん引する背景に 政府が一貫して8% 以上の実質成長を政策課題としているが それは単に政府の意気込みの程度を示すものではない 現実問題として 年間 1 千万人以上の新規雇用創出が社会安定維持のための至上の政策課題である 過去に生じた人口圧力( 文革ベビーブーマとその子弟 ) 90 年代に強力に実行した国有企業改革にともなう雇用削減 WTO 加盟によって国際競争力のない農業セクターの雇用吸収力が大幅に低下していくことが確実 しかし 投資主導の経済成長では 労働資本装備率 ( 資本 労働 ) の上昇により経済成長の雇用創出能力が低下している 8
9. 単位 GDP 成長の雇用創出効果 140 120 100 80 60 40 20 0 万人 -20 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007-40 都市部農村部雇用創出 -60 ( 出所 ) 国家統計局のデータをもとに算出 9
10. 貯蓄率 ( 貯蓄 GNI) と投資率 ( 投資 GNI) の上昇 50 48 貯蓄率 投資率 47.3 46 44 42 44.9 40 38 36 34 32 30 % 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 ( 出所 ) 国家統計局のデータをもとに算出 10
11. 都市部家計の消費性向と貯蓄性向 可処分所得 ( 元 ) 消費支出 ( 元 ) 貯蓄 ( 元 ) エンゲル係数 (%) 消費性向 (%) 貯蓄性向 (%) 2006 11,760 8,697 3,063 35.8 74.0 26.1 2005 10,493 7,943 2,550 36.7 75.7 24.3 2004 9,422 7,182 2,240 37.7 76.2 23.8 2003 8,472 6,511 1,961 37.1 76.9 23.2 2002 7,703 6,030 1,673 37.7 78.3 21.7 2001 6,860 5,309 1,551 37.9 77.4 22.6 2000 6,280 4,998 1,282 39.2 79.6 20.4 1997 5,160 4,186 974 46.6 81.1 18.9 1995 4,283 3,538 745 49.9 82.6 17.4 1990 1,510 1,279 231 54.2 84.7 15.3 1989 1,374 1,211 163 54.6 88.1 11.9 ( 出所 ) 中国国家統計局 11
12. 社会不安を増幅させるインフレの再燃 110 108 108.7 106 104 102 100 98 96 94 92 Jan-01 Apr-01 Jul-01 Oct-01 Jan-02 Apr-02 Jul-02 Oct-02 Jan-03 Apr-03 Jul-03 Oct-03 Jan-04 Apr-04 Jul-04 Oct-04 Jan-05 Apr-05 Jul-05 Oct-05 Jan-06 Apr-06 Jul-06 Oct-06 Jan-07 Apr-07 Jul-07 Oct-07 Jan-08 ( 出所 )CEIC データをもとに作成 12
13. 大きく利上げができない中銀の苦悩 14 12 人民元預金金利 人民元貸出金利 10 Federal funds effective rate 8 6 4 % 2 0 Jan-90 Jun-90 Nov-90 Apr-91 Sep-91 Feb-92 Jul-92 Dec-92 May-93 Oct-93 Mar-94 Aug-94 Jan-95 Jun-95 Nov-95 Apr-96 Sep-96 Feb-97 Jul-97 Dec-97 May-98 Oct-98 Mar-99 Aug-99 Jan-00 Jun-00 Nov-00 Apr-01 Sep-01 Feb-02 Jul-02 Dec-02 May-03 Oct-03 Mar-04 Aug-04 Jan-05 Jun-05 Nov-05 Apr-06 Sep-06 Feb-07 Jul-07 Dec-07 ( 出所 )CEIC データをもとに作成 13
14. 代わりに預金準備率操作の実施 18% 16% 16% 14% 12% 10% 8% 6% 4% 2% 0% Mar-98 Jul-98 Nov-98 Mar-99 Jul-99 Nov-99 Mar-00 Jul-00 Nov-00 Mar-01 Jul-01 Nov-01 Mar-02 Jul-02 Nov-02 Mar-03 Jul-03 Nov-03 Mar-04 Jul-04 Nov-04 Mar-05 Jul-05 Nov-05 Mar-06 Jul-06 Nov-06 Mar-07 Jul-07 Nov-07 Mar-08 ( 出所 ) 国家統計局のデータをもとに作成 14
15. 中央銀行手形の発行と不胎化政策 12,000 10,000 8,000 中央銀行手形発行額 外貨準備増分 ( 元建て ) 2006 年手形発行 3 兆 6,574 億元外貨準備 1 兆 9,711 億元 2007 年手形発行 4 兆 0,721 億元外貨準備 3 兆 5,220 億元 6,000 2005 年手形発行 2 兆 7,882 億元外貨準備 1 兆 7,091 億元 4,000 2,000 0 億元 2005 3 5 7 9 11 2006 3 5 7 9 11 2007 3 5 7 9 11 2008 ( 出所 ) 中国人民銀行の発表をもとに作成 15
16. 高成長下でも所得格差拡大の背景 - 労働分配率の低下 65 60 55 50 45 40 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 ( 注 ) 労働分配率は労働者報酬を名目 GDP で除したものとする ( 出所 ) 中国国家統計局 16
17. 不安を助長する脆弱な社会保障制度 50 44 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 基礎年% 金保険33 健康保険都市部 28 失業保険24 育児保険18 労働障害保険13 合作医療保険10 基礎年金農村 ( 出所 ) 中国労働和社会保障部 国家衛生部 マッキンゼー ( 中国 ) 戸籍のない流動人口の生活保障 労働保険 年金保険 医療保険 加入率 (%) 26.8 2.6 12.4 故郷の土地 両親に任せる 他人に委託 地方政府に返却 耕さないまま その他 割合 % 69.2 13.9 1.5 0.1 15.3 ( 出所 ) 中国経済研究基金会 (2005) 17
18. 並存する 3 つの労働市場 賃金 S w ホワイトカラー D w 出稼ぎ労働者が短期的に限りなく供給されるため それに対する需要が増えても賃金水準は上昇しない 最近 地方政府はワーカーの労働条件を改善するために 最低賃金水準を引き上げている S u 都市部労働者 D u S r &D r 出稼ぎ労働者労働量 都市部労働者の供給はその需要増に応じて賃金が若干上昇するが 賃金の上方修正は硬直的である マネージャー層の供給は短期的に増えないため 需要増によって賃金水準は大きく上昇する 18
19. 将来への不安と生活防衛 かつて 国有企業は年金保険などの社会保障機能を担っていたが 90 年代の国有企業改革によって雇用が削減されたと同時に 従来の社会保障機能も壊れてしまった それに代わる公的な社会保障制度が整備されていない 将来への不安から家計は生活防衛に走っている 当座の消費を控え 貯蓄を増やしている こうしたなかで 人民元切り上げ圧力がかかり 金利の上方修正が硬直的なため 中央銀行は安易に利上げに踏み切ることはできない 結果的に インフレ再燃により 実質金利がマイナスに転換し 家計のポートフォリオは銀行預金から資本市場 ( 株式投資 ) へシフトされている 上場企業の業績改善が遅く ディスクローズも不十分なため 株式投資のファンダメンタルズの悪化により 市況が急落し 極端に不安定な動きになっている 19
20. 資源不足なのに 資源の無駄遣い 一人当たり資源保有の国際比較 ( 世界平均 =100%) 水資源 25.0% 農地 7.0% 石油 8.3% 天然ガス 4.1% 銅 25.5% アルミ 9.7% 1 万ドル GDP の水消費 (m 3 ) 水消費量 (m 3 ) 倍数 ( 日本 =1) 日本 208 1 米国 514 2.47 中国 5,045 24.25 ( 出所 )DRC 20
21. なぜエネルギー消費の大国になったのか 世界における 1 次エネルギー消費量の国別シェア 主要国 地域の 1 次エネルギー消費効率 20 米国, 22.20% その他, 35.10% 18 16 14 12 世界全体の 1 次エネルギー消費量 (2005 年 ) 石油換算 105.4 億トン 中国, 14.70% 10 8 6 4 韓国, 2.10% イギリス, 2.20% フランス, 2.50% カナダ, 3.00% ロシア, 6.40% 日本, 5.00% インド, 3.70% ドイツ, 3.10% 2 0 日本 EU 米国カナダ韓国タイ中国インドロシア ( 注 ) 日本を 1 として換算 GDP は 2000 年価格の実質 GDP ( 出所 ) 通商白書 2007 経済産業省 21
22. 汚染 公害の深刻化 海水の水質汚染 (2006 年 ) 全国酸性雨被害の割合 (04 年 ) 中度の汚染 11.7% 重度の汚染 19.0% 軽度の汚染 35.0% クリーン 34.3% 酸性雨被害 4 0. 9 % 4.5-5.0 18% 4.0-4.5 9% ph<4.0 1% 5.0-5.6 13% 被害なし 59% ( 出所 )China Central Environmental Monitoring Station(2005) 22
23. ゴミと下水のほとんどは未処理のまま放置 図 1 都市部生活下水処理は 32% 程度 図 2 農村部でゴミなどはそのまま放置 300 政府 250 200 150 100 財政資金 排汚費 の免除 税制面の優遇 50 億トン 0 生活廃水 汚水処理能力 都市部 汚染源 汚染物質 農村部 ( 出所 )DRC 郷鎮企業 が排出汚染物質は鉱工業全体の汚染物質の半分 23
24. 第 11 次 5 ヵ年計画 (06-10 年 ) の環境目標 2005 年 2010 年目標の属性 総人口 ( 万人 ) 130,756 136,000 必須 エネルギー効率 (%) [20] 必須 工業の水利用効率 (%) [30] 必須 農業灌漑水利用係数 0.45 0.50 予定 産業固形廃棄物利用率 55.8 60.0 予定 耕地面積 (100 万ヘクタール ) 1.22 1.20 必須 汚染物質総量減少 (%) [10] 必須 森林面積 (%) 18.2 20.0 必須 ( 出所 ) 全国人民代表大会 しかし 目標の達成を監視する国民のモニターリングを欠いている 目標達成の責任と義務が曖昧である 06 年と07 年のいずれも政府の目標が達成されていない 24
25. 中国の政策オプション 景気過熱を回避するための政策 成長率目標の設定をやめること 投資家の投資マインドをチェンジ 金融政策独立性維持 (adjustable pegの放棄 ) しかし 人口圧力に対応する雇用創出という政策課題から 以上の諸政策の合理性を欠く 結局のところ 採り得る政策は現状の微調整しかない すでにいくつかは実施されているが 即効性はない ( 輸出奨励策の見直し 外国直接投資優遇税制の廃止 段階的な資本輸出の開放 国内の消費需要の喚起など ) 環境対策については テクニカルな問題よりも国民によるモニターリングとガバナンス機能の確立などキャパシティ ビルディング ( 制度作り ) が重要 25
26. 2012 年のヤマ場ー民主主義改革不可避 3000 ドル超になる一人当たり GDP 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 ドル 0 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 ( 資料 ) 中国国家統計局 3000 ドル ( 予測 ) 北京五輪をきっかけとする景気調整局面は本格的な景気調整の始まりにすぎない 最大のヤマ場は2012 年に来る 1 政権交替の年にあたり 政治循環は景気を不安定化させる 2 五輪と万博の特需効果は完全に消え 景気失速の可能性 3 一人当たりGDPは現在の 2,000ドル程度から3,000ドル超に 26
27. ポスト胡錦濤政権の行方 民主主義選挙の実施への支持率 国家主席 省長 ( 知事 ) 県長 村長 0% 20% 40% 60% 80% ( 注 )700 地方幹部に対するアンケート調査 60% の幹部は民主主義の選挙を導入すべきと答える ( 出所 )John L. Thornton (2008) をもとに作成 考えられる二つの選択肢 ソフトランディング ハードランディング タイ マレーシア フィリピン インドネシア 長期的に市場経済と両立しない一党支配の政治体制の改革 国民による政治への参加は不可欠 ボトムアップの民主主義の選挙の導入は急務 ( 現在 農村の村レベルで村長の選挙を実験中 ) 27
28