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エントリーが発生 真腔と偽腔に解離 図 2 急性大動脈解離 ( 動脈の壁が急にはがれる ) Stanford Classification Type A Type B 図 3 スタンフォード分類 (A 型,B 型 ) (Kouchoukos et al:n Engl J Med 1997) 液が血管

心臓血管外科カリキュラム Ⅰ. 目的と特徴心臓血管外科は心臓 大血管及び末梢血管など循環器系疾患の外科的治療を行う診療科です 循環器は全身の酸素 栄養供給に欠くべからざるシステムであり 生体の恒常性維持において 非常に重要な役割をはたしています その異常は生命にとって致命的な状態となり 様々な疾患

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U 開腹手術 があります で行う腎部分切除術の際には 側腹部を約 腎部分切除術 でも切除する方法はほぼ同様ですが 腹部に があります これら 開腹手術 ロボット支援腹腔鏡下腎部分切除術を受けられる方へ 腎腫瘍の治療法 腎腫瘍に対する手術療法には 腎臓全体を摘出するU 腎摘除術 Uと腫瘍とその周囲の腎

CCU で扱っている疾患としては 心筋梗塞を含む冠動脈疾患 重症心不全 致死性不整脈 大動脈疾患 肺血栓塞栓症 劇症型心筋炎など あらゆる循環器救急疾患に 24 時間対応できる体制を整えており 内訳としては ( 図 2) に示すように心筋梗塞を含む冠動脈疾患 急性大動脈解離を含む血管疾患 心不全など

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A型大動脈解離に対する弓部置換術の手術成績 -手術手技上の工夫-

心疾患患による死亡亡数等 平成 28 年において 全国国で約 20 万人が心疾疾患を原因として死亡しており 死死亡数全体の 15.2% を占占め 死亡順順位の第 2 位であります このうち本県の死亡死亡数は 1,324 人となっています 本県県の死亡率 ( 人口 10 万対 ) は 概概ね全国より高


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健康な生活を送るために(高校生用)第2章 喫煙、飲酒と健康 その2

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胸痛の鑑別診断持続時間である程度の鑑別ができる 数秒から1 分期外収縮筋 骨格系の痛み 心因性 30 分以内 狭心症食道痙攣 逆流性食道炎 30 分以上 急性心筋梗塞 解離性大動脈瘤 肺塞栓症 急性心膜炎自然気胸 胸膜炎胃 十二指腸潰瘍 胆嚢炎 胆石症帯状疱疹 急性心筋梗塞の心電図変化 R P T

5. 死亡 (1) 死因順位の推移 ( 人口 10 万対 ) 順位年次 佐世保市長崎県全国 死因率死因率死因率 24 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物 位 26 悪性新生物 350

ブラッシュアップ急性腹症 第2版

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というもので これまで十数年にわたって使用されてきたものになります さらに 敗血症 sepsis に中でも臓器障害を伴うものを重症敗血症 severe sepsis 適切な輸液を行っても血圧低下が持続する重症敗血症 severe sepsis を敗血症性ショック septic shock と定義して

背景 急性大動脈解離は致死的な疾患である. 上行大動脈に解離を伴っている急性大動脈解離 Stanford A 型は発症後の致死率が高く, それ故診断後に緊急手術を施行することが一般的であり, 方針として確立されている. 一方上行大動脈に解離を伴わない急性大動脈解離 Stanford B 型の治療方法

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2 4 診断推論講座 各論 腹痛 1 腹痛の主な原因 表 1 症例 70 2 numeric rating scale NRS mmHg X 2 重篤な血管性疾患 表

概要 214 心室中隔欠損を伴う肺動脈閉鎖症 215 ファロー四徴症 216 両大血管右室起始症 1. 概要ファロー四徴症類縁疾患とは ファロー四徴症に類似の血行動態をとる疾患群であり ファロー四徴症 心室中隔欠損を伴う肺動脈閉鎖 両大血管右室起始症が含まれる 心室中隔欠損を伴う肺動脈閉鎖症は ファ

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種の評価基準により分類示の包括侵襲性指行為の看護師が行う医行為の範囲に関する基本的な考え方 ( たたき台 ) 指示のレベル : 指示の包括性 (1) 実施する医行為の内容 実施時期について多少の判断は伴うが 指示内容と医行為が1 対 1で対応するもの 指示内容 実施時期ともに個別具体的であるもの 例

ス島という膵内に散在する組織集団がインスリン グルカゴン ソマトスタチンというホルモンを血中に放出し血糖を調節します 外分泌機能とは 膵腺房から炭水化物の消化酵素のアミラーゼや 蛋白質の分解酵素のトリプシン キモトリプシンの非活性型のトリプシノーゲン キモトリプシノーゲンが さらに脂肪分解酵素のリパ

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対象 :7 例 ( 性 6 例 女性 1 例 ) 年齢 : 平均 47.1 歳 (30~76 歳 ) 受傷機転 運転中の交通外傷 4 例 不自然な格好で転倒 2 例 車に轢かれた 1 例 全例後方脱臼 : 可及的早期に整復

10050 WS2-3 ワークショップ P-129 一般演題ポスター症例 ( 感染症 ) P-050 一般演題ポスター症例 ( 合併症 )9 11 月 28 日 ( 土 ) 18:40~19:10 6 分ポスター会場 2F 桜 P-251 一般演題ポスター療

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透析看護の基本知識項目チェック確認確認終了 腎不全の病態と治療方法腎不全腎臓の構造と働き急性腎不全と慢性腎不全の病態腎不全の原疾患の病態慢性腎不全の病期と治療方法血液透析の特色腹膜透析の特色腎不全の特色 透析療法の仕組み血液透析の原理ダイアライザーの種類 適応 選択透析液供給装置の機能透析液の組成抗

2章 部位別のアプローチ法は 最後はちょっと意地悪な質問であるが この一連の問答に 従来わが国で 腹部全般痛のアプローチ と呼ばれてきたものの本質がある わが国では腸閉塞のことを と表現すること もう 1 つ X 線 もしくは CT と腸閉塞を区別しよう でびまん性の腸管拡張を認めるものを と言うた

水本, 内田, 金, 前川, 貞弘 図 1. 造影 CT 最大短径約 10cm の腎動脈下巨大嚢状腹部大動脈瘤 ( 矢印 ) 右総腸骨動脈は完全閉塞 ( 矢頭 ) AAA:abdominalaorticaneuysm 図 2. 手術所見巨大嚢状腹部大動脈瘤 10cm( 矢頭 ) 娘動脈瘤の突出 (

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補足 : 妊娠 21 週までの分娩は 流産 と呼び 救命は不可能です 妊娠 22 週 36 週までの分娩は 早産 となりますが 特に妊娠 26 週まで の早産では 赤ちゃんの未熟性が強く 注意を要します 2. 診断 どうなったら TTTS か? (1) 一絨毛膜性双胎であること (2) 羊水過多と羊

1)表紙14年v0

5 直腸診 : 消化管出血による貧血からの起立性失神を疑う場合に施行 6 外傷の有無 : 失神して転倒した際に外傷を合併していないか全身を評価する 検査 12 誘導心電図検査を全例に行う その他に必要に応じて血液検査 心エコー 胸部 X 線写真 頭部単純 CT 大血管造影 CT 脳波 妊娠反応 抗け

094.原発性硬化性胆管炎[診断基準]

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死亡率(人口10 万対1950 '55 '60 '65 '70 '75 '80 '85 '90 ' 心血管系疾患 ( 動脈硬化による ) とがんが死亡の大 部分を占める 脳血管疾患 悪性新生物 結核 心疾患 )肺炎 50 不慮の事故自殺 0 肝疾患昭和

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循環器 Cardiology 年月日時限担当者担当科講義主題 平成 23 年 6 月 6 日 ( 月 ) 2 限目 (10:40 12:10) 平成 23 年 6 月 17 日 ( 金 ) 2 限目 (10:40 12:10) 平成 23 年 6 月 20 日 ( 月 ) 2 限目 (10:40 1

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研究協力施設における検討例 病理解剖症例 80 代男性 東京逓信病院症例 1 検討の概要ルギローシスとして矛盾しない ( 図 1) 臨床診断 慢性壊死性肺アスペルギルス症 臨床経過概要 30 年前より糖尿病で当院通院 12 年前に狭心症で CABG 施行 2 年前にも肺炎で入院したが 1 年前に慢性

10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

生活設計レジメ

44 4 I (1) ( ) (10 15 ) ( 17 ) ( 3 1 ) (2)

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インスリンが十分に働かない ってどういうこと 糖尿病になると インスリンが十分に働かなくなり 血糖をうまく細胞に取り込めなくなります それには 2つの仕組みがあります ( 図2 インスリンが十分に働かない ) ①インスリン分泌不足 ②インスリン抵抗性 インスリン 鍵 が不足していて 糖が細胞の イン


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2. 予定術式とその内容 予定術式 : 腹腔鏡補助下幽門側胃切除術 手術の内容 あなたの癌は胃の出口に近いところにあるため 充分に切除するためには十 二指腸の一部を含め胃の 2/3 もしくは 3/4 をとる必要があります 手術は全身麻酔 (+ 硬膜外麻酔 ) の下に行います 上腹部に約 25cm の

COX-2選択的阻害薬Celecoxib(セレコックス®)による 薬物性肝障害の1例

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2. 診断 どうなったら TTTS か? 以下の基準を満たすと TTTS と診断します (1) 一絨毛膜性双胎であること (2) 羊水過多と羊水過少が同時に存在すること a) 羊水過多 :( 尿が多すぎる ) b) 羊水過少 :( 尿が作られない ) 参考 ; 重症度分類 (Quintero 分類

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Transcription:

NEJM 勉強会 2008 第 11 回 2008 年 6 月 25 日 C プリント 担当 : 河田学 (makawata-tky@umin.ac.jp) Case 1-2008 : A 45-Year-Old Man with Sudden Onset of Abdominal Pain and Hypotension (New England Journal of Medicine 2008;358:178-86) 本症例の特徴 アルコール乱用歴のある 45 歳男性が突然 激しい腹痛を伴うショックをきたし 血圧は77/46 mmhg まで低下した 入院 3ヶ月前に多量の飲酒を行った後 心窩痛 吐き気 悪寒が出現するエピソードがあった その際に施行された造影腹部 CT 腹部エコー 血算 生化学検査等の結果から 慢性肝疾患の存在が見て取れる また造影 CT は血管系の評価を目的としたものではないものの 腹腔動脈狭窄の疑いの所見が認められる (Figure1 参照 ) 鑑別診断 循環血液量減少性ショック(hypovolemic shock) 低血圧 脈の減弱 激しい腹痛 排便調節不全などの症状から 循環血液量減少性ショック (hypovolemic shock) が第一に考えられる 原因としては 1 臓器の穿孔 2 腹部大動脈瘤破裂 3 卵巣嚢胞破裂 ( 女性の場合 ) などによる出血性ショックが考えられる 膵炎を原因とする腹水の貯留や 細菌感染による敗血症ではこのよ

うなあまりにも急激な循環不全はきたしにくいため否定的である 患者のバイタルサインと理学所見はクラスⅢの出血と一致していた ( 下図参照 ) もしこのまま出 血が継続するか もしくは 2 次的な心不全をきたした場合 循環停止は数分以内に起きることが予 想される クラス I クラス II クラス III クラス IV 循環血液喪失量 <15% 15~30% 30~40% 40%> 脈拍 <100 >100 >120 >140 仰臥位血圧 正常 正常 減少 減少 尿量 (ml/hr) >30 20~30 5~15 <5 精神状態 不安 興奮 混乱 傾眠 心原性ショック(cardiogenic shock) 急性冠症候群 (ACS) において腹痛は約 5% の患者にみられることから 1 心原性ショックも鑑別に挙げられるべきである 本症例では 心原性ショックが病態の primary な要因であるとは考えづらい しかし ある一定時間以上に渡って循環血液量が減少することで心機能が悪化するという報告があるとおり 2 3 循環血液量の減少が心機能を損なった結果 2 次的な要因となっている可能性はある また本患者がアルコール性心筋症や弁膜症などを合併していた場合も 病態に悪影響を及ぼすことになり アルコール性心筋症の合併は本症例の場合 十分に考えられる 血液分布異常性ショック(distributive shock) 敗血症 アナフィラキシー 副腎不全のような原因も考えることができる 閉塞性ショック(obstructive shock) 肺塞栓 緊張性気胸 大動脈解離 空気塞栓や下大静脈圧迫などの循環の閉塞によるショックも鑑別に挙げられる 上記の二つは本症例では否定的であるが 既往歴などの情報の信用性が薄い救急の現場では 鑑別は広く慎重に行うべきである (1) Uretsky BF, Farquhar DS, Berezin AF, Hood WB Jr. Symptomatic myocardial infarction without chest pain: prevalence and clinical course. Am J Cardiol 1977;40: 498-503. (2)Crowell JW, Guyton AC. Evidence favoring a cardiac mechanism in irreversible hemorrhagic shock. Am J Physiol 1961;201:893-6. (3)Idem. Further evidence favoring a cardiac mechanism in irreversible hemorrhagic shock. Am J Physiol 1962;203:248-52.

施行された手技 および入院後経過 FAST (focused assessment with sonography for trauma) 出血性ショックをきたしている患者に対しては まずは出血源を特定する必要がある 出血源としては 主に以下の5つが考えられる 1 腹膜内 2 後腹膜腔 3 胸腔内 4 大腿コンパートメント ( 大腿骨骨折時 ) 5 皮膚表面本症例では 激しい腹痛と圧痛の所見があることから 出血源は腹膜内または後腹膜腔であることが推測される 出血源を特定するために FAST を施行したところ 大量の腹腔内貯留液が描出された (Figure2 参照 ) 3ヶ月前のCTでは少量の腹水しか確認できなかったため 肝不全による腹水である可能性は考えにくく この大量の貯留液は出血であると結論づけ 手術室に緊急搬送を行った 術中所見 1 剣状突起から恥骨直上までの正中切開を行い腹腔内にアプローチしたところ 腹膜腔内に多量の出血 および網嚢内に血腫を確認した 2 大動脈を遮断し 出血源を検索した 膵下縁の下膵十二指腸動脈の分枝と思われる動脈に 破裂動脈瘤を認めた 3 止血のため血管壁を縫合 出血がおさまったため大動脈遮断を解除した 4 腹腔内臓器の壊死を疑わせる所見はみられなかった 5 腹部コンパートメント症候群の防止のため また再手術を容易にするために 腹部を開放したまま手術終了とした 6ICU に入室 低体温およびアシドーシスが進行していたため 保温および蘇生が続けられた 術後経過 バイタルは安定しており 術後 8 時間後に閉腹となった 膵十二指腸動脈アーケードは膵内を走行していたため 術中に完全にアプローチすることはできていなかった そのため 確定診断のために血管造影が施行された

血管造影所見 大動脈造影を施行したところ 腹腔動脈の高度狭窄が見られ 膵十二指腸動脈アーケードおよび背側膵動脈から総肝動脈 脾動脈へと流れ込む逆行性の血流が認められた 上腸間膜動脈 門脈 腎動脈は正常であった 上腸間膜動脈造影所見はこれらの結果と一致するものであった (Figure4A 参照 ) また 前および後下膵十二指腸動脈の拡張 後下膵十二指腸動脈瘤および背側膵動脈瘤がそれぞれ認められた 動脈瘤に対しては経皮経カテーテル的動脈塞栓術が施行された 塞栓後は 動脈瘤は閉塞され 膵十二指腸動脈アーケードを経由して腹腔動脈へと持続的に流れる血流が確認された (Figure4B 参照 ) 確定診断 膵十二指腸動脈瘤の破裂膵十二指腸動脈瘤の頻度は腹部臓器動脈瘤のわずか2% であり 非常に稀である 腹部臓器動脈瘤には主に 1 破裂による出血性ショック 2 非特異的な腹部症状 のような臨床症状がある 他の動脈瘤と比較すると 膵十二指腸動脈瘤の大きさと破裂の危険性の関連性は薄いようである また動脈瘤には真性瘤と仮性瘤がある 真性瘤は通常の大動脈の構造を保ったまま瘤になったものであり 仮性瘤は外傷や炎症後の血管壁の傷害が原因となって生じた瘤で血管壁の三層

構造は裂けてしまっている 本症例の場合 腹部手術や外傷の既往がないことから真性腫瘤であると推測される さらに膵十二指腸動脈瘤は 1 男の方が女性より発症しやすい 2アルコール摂取や膵炎と関連がある 3 好発年齢は 40~50 歳 などの疫学的特徴があり 本症例と一致する 入院 3ヶ月前に撮影された造影 CTでは 腹腔動脈狭窄の所見が認められる 膵十二指腸動脈瘤は 60~75% の頻度で腹腔動脈の閉塞または狭窄と関連があることが知られている 4 腹腔動脈の血流が障害されることにより 総肝動脈や脾動脈への側副路として膵十二指腸動脈の血流が増加 動脈瘤が形成される (Figure3 参照 ) 動脈瘤の治療には 1バイパス術等による血管再生 2 外科的修復 3 経皮経カテーテル的動脈塞栓術の3つがある また腹腔動脈の血流障害は多くの場合 正中弓状靭帯による圧迫によって起こる 従ってこれらの例では 弓状靭帯の切離および 大動脈から総肝動脈へのバイパスを形成することで 動脈瘤が縮小する可能性がある 5 膵アーケードとは膵臓は固有の動脈をもたず 腹腔動脈と上腸間膜動脈の分枝から血流を受けている 膵頭部には 2 本の動脈が 上膵十二指腸動脈と下膵十二指腸動脈の間に吻合を形成して栄養する これらが膵の前後アーケードと呼ばれている 膵後アーケードは胃十二指腸動脈から分枝した後に膵頭部後面を走り 膵前アーケードは膵頭部前面に位置する また 背膵動脈は膵体部後面に位置し 3 本に分かれ 右側の分枝は膵アーケードと吻合し 下方の分枝は膵鉋部に分布, 左側へ向かう分枝は横行膵動脈と呼ばれ 膵体尾部の後面を走り大膵動脈と吻合する (Figure3 参照 ) (4) Coll DP, Ierardi R, Kerstein MD, Yost S, Wilson A, Matsumoto T. Aneurysms of the pancreaticoduodenal arteries: a change in management. Ann Vasc Surg 1998;12:286-91. (5) de Perrot M, Berney T, Deléaval J, Bühler L, Mentha G, Morel P. Management of true aneurysms of the pancreaticoduodenal arteries. Ann Surg 1999;229:416-20.

その後の経過 動脈瘤の治療は成功したものの その後劇症肝炎が進行 そのほか人工呼吸器関連肺炎 急性 呼吸窮迫症候群 (ARDS) 肝腎症候群も合併し 入院 1 ヶ月後に死亡した 解剖学的診断 腹腔動脈狭窄および 膵十二指腸動脈アーケード多発性動脈瘤破裂