航空の世界から見た中京都構想 3 中部航空宇宙技術センター メルマガ ( 愛知県委託事業 ) 内連載記事 2012 年 3 月下旬号 < 連載最終回 > 筆者の住んでいる地区には 週に一回ほどの割合で灯油の巡回販売がやってくる 2 月には 18 リットル 1,460 円だった価格が 3 月初旬には 1,490 円に値上がりし 12 日現在には 1,590 円まで跳ね上がった イランによるホルムズ海峡封鎖の緊張の高まりを受けた原油価格の高騰が こんな生活の末端にも影響している 13 日には CNN などメディア各社が 米国 EU 日本が共同で 中国のレアアース輸出規制解除を求める訴えを WTO に起こしたと報じた CNN の報道では オバマ大統領は 米国企業には ここ米国で製品を製造してほしい それには中国が供給するレアアース素材を 米国メーカーが利用できなければならない と 中国を批判したという 資源なくしてはモノづくりも成り立たない 中日新聞の記事によると 日本が中国を WTO に訴えるのは初めてらしい イランの核開発問題を除いても 発展途上国の工業大国化による資源需給の逼迫で 国家戦略にとって資源開発はますます重要な命題となっている それだけに 新たな資源採掘の国際プロジェクトにパイオニアとして参画するような企業を地元に確保できれば 地方の自立の強力なカードとなり得る 中京圏は 2005 年の愛知万博を契機に その可能性をつかんでいた 電子制御型ハイテク飛行船の 世界初の運航会社である 写真 = フライ バイ ワイアを導入した世界初の飛行船ツェッペリン NT
株式会社日本飛行船 環境との共生をテーマにした愛知万博で 環境負荷の少ない次世代の航空輸送システムとして ドイツ製の新型飛行船ツェッペリン NT( ニューテクノロジー ) が出展された ヘリウムガスで浮力を得る飛行船は 離陸という最もエネルギーを要する過程での燃料消費をゼロに近づけられる 環境問題への関心の高まりを受けて ドイツでは 1993 年にツェッペリン飛行船技術会社が復活し 2001 年から商業観光遊覧飛行を開始していた せっかく万博に誘致するのだったら その後も日本で飛行船事業を という有志が中心となって 03 年に株式会社日本飛行船が設立された 本社はもちろん名古屋である 運航するのはツェッペリン NT2 号機で メーカーを除けば 世界初の運航事業者だった 飛行船は 20 世紀前半に隆盛を極め 大西洋横断飛行なども盛んにおこなわれていたが 21 世紀に生まれ変わったツェッペリン NT は 操縦系統にはフライ バイ ワイア ( パイロットの操作を電気信号に変換して駆動部に伝える操縦システム 民間ジェット機ではエアバス A320 で初導入され 今も最新式の操縦システムとして用いられている ) を導入 骨格には炭素繊維複合材とアルミ合金を採用するなど 最先端の技術が盛り込まれている 可動ティルト式の 200 馬力の航空機用エンジンとプロペラを3 基装備し 乗員 2 名と乗客 12 名を輸送でき 最高時速 125km 航続距離 900km の性能を備えている 写真 =エアバス機と同様 スティック レバー 1 本で操縦できる フライ バイ ワイア導入で パイロットの負担が大幅に軽減された
次世代大量輸送機関 ハイテク飛行船の研究開発を進めているのは ツェッペリン社だけではない 大量の物資を 長距離に渡って安定して輸送できる特性に加え 空中で静止できるためヘリコプターと同じく目的地に直接アクセスでき 港湾や空港での荷の積み替えも必要ないなど 他の交通機関にない利点を秘めているため 次世代の大量輸送機関として 欧米などで研究が進められている 代表的な例では DARPA( 米国防総省国防高等研究計画局 ) のプロジェクトとして 米国ロッキード社が軍事物資輸送システムとして開発を進めている また 英国の飛行船開発会社 World SkyCat 社は 最大 1,000 トンの貨物を搭載 ( エアバス A380 貨物機の最大積載量は 150 トン ボーイング 747-8 貨物機は同 134 トン ) し 赤道を半周できる 2.2 万 km の航続能力を備えた飛行船の開発に 1990 年代から取り組んでおり 時おり BBC や CNN などが経過を報道している World SkyCat 社の資料によると 積載量 50 トンを超えたあたりから 飛行船の輸送コストは飛行機より安くなり 500 トンを超えると 大型貨物船の輸送コストとほとんど差がなくなる 20 世紀前半に活躍した硬式飛行船には 平均時速 140km 航続距離 1 万 1,000km 乗客 乗員合わせて 60~65 人乗り 太平洋横断所要時間 3 日強の性能を持つ旧ツェッペリン号のような長距離用大型機種も存在し 大西洋をまたいだ定期路線も確立されていたのだから World SkyCat 社の構想は決して現実離れしたものではない CNN の 2011 年 2 月 11 日の報道によると 同じく英国の飛行船開発会社 Hybrid Air Vehicle 社が アフガニスタンにおける軍事行動支援用の大型飛行船の開発を ノースロップ グラマンから受注した 高度 20,000 フィート ( 約 6,000 メートル ) の上空から 米兵のための偵察活動をおこなうもので 2012 年の実戦投入が予定されている だが同報道によると Hybrid Air Vehicle 社は より巨大なマーケットとして 大容量の貨物輸送飛行船の開発を本命としている 日本飛行船の絡んだ 資源採掘プラント用の重量物輸送飛行船の開発事業も こうした流れを汲むプロジェクトのひとつだ
溶解する永久凍土地帯で資源採掘を これはカナダの飛行船プロジェクト会社 Skyhook International 社とボーイングが中心となって進めていたものだ 地球温暖化でカナダの永久凍土が融解 地下資源の採掘が容易になった反面 一帯が沼沢地となったためにプラント建設資材をトラックなどで輸送することが困難になってしまった ヘリコプターでは輸送距離が短く 安定性にも課題が残る そこで重量物輸送用の大型飛行船の開発計画が浮上 ボーイングが開発 製造を担うことになった 08 年には Skyhook International とボーイングが正式にプレス発表もおこなっている また この事業には ロイヤル ダッチ シェルのベンチャー ファンドなども出資を決めていた ただ 飛行船の運航事業者だけが見つかっていなかった 飛行船がハイテク化して復活して日も浅く 運航ノウハウを持つ事業者は世界を見渡しても一握りしかいない 欧州の運航事業者を使えば ノウハウが欧州の航空機産業界にも渡るリスクがある そこで白羽の矢が立ったのが日本飛行船だった 09 年のことである 永久凍土地帯を舞台に 資源採掘プラントの建設資材や 採掘した資源を空輸する大型飛行船のイメージ図 陸上交通と違い ツンドラのデリケートな植生を傷つけることがないので 環境面でもメリットがある ( 画像は取材時に 日本飛行船より提供を受けた )
この時点でのプロジェクト概要としては ボーイングは飛行船の開発および製造 日本飛行船は運航 運用 整備 地上支援など スカイフック社は飛行船のオーナー兼ユーザーとして輸送ビジネスを展開する というもの 飛行船はティルト ローターを4つ 進路制御用スラスターを前後 2つずつ 姿勢制御用スラスターを船尾に2つ備える 巡航時速 120km 最大で 40tまでの重量物を 140~ 160nm( 250km~300km 弱 ) 輸送できる性能が目標だった また 融解した凍土に取り残されたトラックなどの救出 風力発電用ブレードの空輸などへの利用も計画されていた 当初の予定では 2014 年には商業運航を開始するスケジュールとなっていた 東京への本社移転と事業破綻 以上のように 次世代の航空輸送システムの確立に パイオニアの一員として関わる足がかりを築いていた日本飛行船だが まず中京圏では飛行船ビジネスが商売にならなかったため 万博の翌年には東京に本社移転している 営業責任者の役員は 名古屋に本社があった当時は ほぼ毎日 東京に出張しなければならなかった と回想していた 東京でも 欧米と異なり空港での離発着が認められず 格納庫用地さえ確保できなかったために事業コストが膨らみ 2010 年 5 月末 事業破綻に追い込まれた 飛行船は解体され ドイツに送り返された 永久凍土での資源採掘プロジェクトでの飛行船運航役は 当時既にサンフランシスコに 同じくツェッペリン NT による商業旅客輸送事業を手がける運航会社が誕生していたため そちらに引き継がれたようだ ただしこのプロジェクトも 近年の経済情勢で開発資金が集まらず 2010 年夏以降 停滞を余儀なくされている 日本飛行船がこのプロジェクトに参画した 09 年には 既に東京に本社移転していたわけだが だったら どのみち中京圏は関係ないではないか という反論は的外れである Skyhook International とボーイングによる資源採掘プロジェクトこそ 08 年に正式発表されたものだが 前述のように次世代輸送システムとしての飛行船の研究開発は 2000 年には既に始まっていた 愛知万博でツェッペリン NT を誘致した際 こうした世界動向をきちんと把握していたのだろうか? 飛行船運航ビジネスを戦略的に地場産業として根付かせ さらに資金不足によるプロジェクトの停滞に対し 中京圏の政財界でファンドでも組成して支援すれば 計り知れない
メリットを獲得できた可能性もある このメリットは単に資源利権だけにとどまらない 世界初の運航モデルの確立を主導した実績は 将来的に国際的な運航ルールを取り決めていく際の発言力にもつながっただろう 現在 世界の航空のルールは事実上欧米が支配しているが これからの分野である飛行船については日本 ( それも首都圏ではなく中京圏 ) が一定の影響力を手にできたかもしれない 今となっては 全てが if の話になってしまった 尾張名古屋共和国 追加の 200 万人を全て外国から迎える 前回の記事では 東京に先駆けて開設したビジネスジェット国際運航拠点機能 今回は飛行船を紹介したわけだが いずれも首都圏を差し置いて世界の中でのし上がる巨大なチャンスを 中京圏はほとんど自覚もなく自分たちの手でつぶしている 中京都として東京から自立を図る上で 最大の障壁となるのは 常に世界を見て行動する 風土が育っていない点であろう では 今後どうすれば良いのか? 例えば 河村たかし名古屋市長は 尾張名古屋共和国 として 名古屋市を現在の人口 200 万都市から 倍の 400 万人都市に拡大する構想を打ち出している この 200 万人全てを外国から迎え入れてはどうだろうか もちろん企業や行政の幹部から 低賃金労働者まで あらゆる階層に行き渡るように また 特定の国に偏らないように 学校など受け入れ基盤の整備や 治安対策などの課題は生じるが 各国の言語や文化に通じた日本の人材の集積にもつながるだろうし 活躍の場が広がるので そうしたスキルを身に着ける動機付けにもなる 中京圏の企業などが各国に進出する際にも 人脈や情報を得やすくなる 何より大きな利点は 自分が世界の中で生きていることを 市民ひとりひとりが日常の中で実感できることにある < 航空の世界から見た中京都構想 1> http://c-astec.sakura.ne.jp/merumaga2/aerospaceinfo2012_06023/ishihara_2012_060_ 1.pdf < 航空の世界から見た中京都構想 2> http://c-astec.sakura.ne.jp/merumaga2/aerospaceinfo2012_06023/ishihara_2012_060_ 2.pdf
結び - 連載終了にあたって さて 2 年半に渡って好き勝手に書いてきましたが お付き合いくださった皆様 本当にありがとうございました 本連載記事を書かせていただくにあたっては 多くの方々にお力添えをいただきました 本来であれば 全ての方のお名前を記すべきところですが 紙面の都合上 ここでは御二人の名前にとどめることをご容赦ください 社団法人中部航空宇宙技術センターの近藤靖彦専務理事には 独立したての私に連載記事の仕事を それも内容は自由という破格の条件で与えていただきました 感謝の言葉もありません また 同センターの内海龍輔産業支援部担当部長には 毎度 配信日間際の提稿にもかかわらず 内容のチェックとアドヴァイスにお骨折りいただきました お疲れ様でした 今後も 筆者のウェブサイト ビジネス航空推進プロジェクト で情報配信を続けてまいりますし 記事や講演等でお目にかかる機会もあるかと存じます 引き続き お付き合いいただければ幸いです 文責 : 石原達也 ( ビジネス航空ジャーナリスト ) ビジネス航空推進プロジェクト http://business-aviation.jimdo.com/ 略歴元中部経済新聞記者 在職中にビジネス航空と出会い その産業の重要性を認識 NBAA( 全米ビジネス航空協会 ) の 07 年および 08 年大会をはじめ 欧米のビジネスジェット産業の取材を 個人の立場でも進めてきた 日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するため退職し 08 年 12 月より フリーのジャーナリストとして活動を開始 ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に 中部航空宇宙技術センターとも協力関係が始まり 現在に至る