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19 経営者教育の実践と理論 Practice and Theory of Management Development 東洋大学経営力創成研究センター研究員河野大機 要旨経営者と共に 同行二人 たる経営教育援助者に属すとされたコンサルタントの方々が書かれた経営者教育の著作を取り上げ, 経営学者の理論と関連づける 菅野寛氏のアート系スキルセット経営者育成法をバーナードの経営者要件論と また亀井敏郎氏の 経営職 育成法をドラッカーの最高経営職能論と それぞれ関連づけて考察する これらの方法は一定条件下でのものであるので, さらに, コンプライアンス 対境経営 社会的責任等の教育も必要であると提示する キーワード (Keywords): 経営者教育 (MD:Management Development) 菅野氏のアート系スキルセット経営者育成法 ( Mr.Kanno s Method of Development for Management Art Skill-Set) 亀井氏の 経営職 育成法 (Mr.Kamei s Method of Development for Keieishoku [Managerial Position]) 経営者要件 最高経営職能要件という経営教育規定要因 (MD Defining Factors of Managers and Top Executive Functions) Abstract According to the late professor Yamashiro, management and managerial professional (including consultants) are two people going with. Mr. Kanno s method of development for management art skill-set is better to be related to management qualifications studied by C.I. Barnard. Mr. Kamei s method of development for keieishoku [managerial position] is better to be related to top-executive functions studied by P.F. Drucker. Both method of MD were advocated under certain definite conditions. In addition to them some more functions should be studied and practiced for an adequate and complete MD.

20 はじめに 経営者教育の問題は重要であるにも拘わらず, このテーマに絞った著作の発刊はこれまで必ずしも多くはない こうした中でわが国の経営コンサルタントの方々が実践に基づいた経営者教育についての著作を発行されてきているが, しかも, これらが経営学者の経営理論と関連させて学界の論文や学会大会の報告で取り上げられることは殆んど無かった ( 1) しかしながら, 日本経営教育学会の創設者 山城章先生は, 経営者と経営者に対する自己啓発の援助者のことを 同行二人 = 二人三脚 表裏一体 ( 2) であるとし, そうした教育者として 外部コンサルタント の方々もその中に含めれていたのである 山城,1977,pp.34-5 1. 我が国における経営者教育の文献とそれらに対する考察の仕方 そこで, われわれは, 経営コンサルタントの方々の 経営者教育 についての著作の例として,1 経営者になる経営者を育てる BCG 戦略リーダーシップ ( 菅野寛氏 ボストンコンサルティンググループヴァイス プレジデントアンドディレクター ( 3),2005 年, ダイヤモンド社 ),2 経営職 を育成する技術 次世代リーダーはこうしてつくる ( 亀井敏郎氏 NRI 野村総合研究所 ラーニングネットワーク株式会社, 取締役人材コンサルティング部長 ( 4), 2005 年, ファーストプレス ), を挙げることにする ( 5) 菅野氏は, 経営者のスキルの善し悪しで企業の浮沈が決まる時代になったと捉えている そして, 優秀な経営者になるために備えなければならないいくつかの条件は, 強い意志を持って訓練すれば, たいていの場合, 満たされるのではないかと考えるに至った この考えを, 日頃のコンサルティング活動を通じて多くの経営者と議論し, 磨いていったものを本書の核とし, さらに, 今日だれもが認める複数の優れた経営者と議論することによって検証を加えられた しかも, 科学系スキル = 能力だけでは解けない経営課題に対処するためのアート系スキルセット, すなわち優秀な経営者が共通して有しているものを, 体系的に整理された これらは, バーナードの 管理者 経営者に特に要求されている貢献 資質 や 管理者 経営者の要件 の各部分に関連づけられる, と我々には解釈できる 亀井氏は, わが国企業の人材育成をめぐる問題点を, とくに日本のミドル層が各分野のエキスパートで構成されトップになるための教育やトレーニングを受けないまま全社の方針に関する意思決定の最高責任者になってしまっている点に求め, 今後は, 人材育成を意思決定の中枢機能とリンクさせていく動きが加速されると展望される しかも, 顧客が潜在的に抱えている問題を提起し, その解決に向けた仮説を構築する能力, すなわち顧客との接点である現場をあたかも会社のように捉え, 事業や会社の将来を見据える力が必要だとした そして, 教育対象者を一つの職種として意図的 計画的に育成しなければならないとし, 経営職 を本書で提案した これはドラッカーの事業経営 ( その目的は現在と将来の顧客 市場 用途の創造 ) や最高経営職能と関連づけられる, と我々には解釈できる ( 6)

21 2. 菅野寛氏のアート系スキルセット経営者育成法および バーナードの経営者要件論 経営者に必要なアート系スキルセット ( ゴシック化は河野による 以下同じ ) は, つぎのように示されている ➊ 強烈な意志 があってこそ, 他の四つのスキルを習得し磨くことができる したがって, ➊ 強烈な意志 は, 経営者を志す者にとって, ベースとしての必要条件である (p.34) 主に個人として結果を出すために必要なスキルとして ➋ 勇気 ➌ インサイト ➍ しつこさ の三つが挙げられる これに加えて, 組織として結果を出すための経営者独自の必要なスキルとして ➎ ソフトな統率力 がある (pp.34-5) ベースたる ➊ 強烈な意志 とは, 事業で 何が何でも結果を出すという 強烈な意志 (p.37) のことであり, その源泉は,1 高志 (= 世の中に必要 社会のため 人類は進歩する に向けての志 ) pp.44-5 と,2 責任感 (= 会社をつぶしてはいけない 多数の従業員や顧客, 取引先, 出資者に対する責任 ) pp.48-9 ) とされている しかも, この意志は,➊ 引き継ぐ者が存在する 意志 でなければならない ( 社員や取引先など ( いわゆるステークホルダー ) にその価値を認められた高志や責任感によって企業を率いてきた経営者がつくった企業には, その意志を引き継ごうとする者が育っているものだ (p.52)) ➊1 に当たるバーナードの志は, 協同の拡大と個人の発展は相互依存的な現実であり, それらの間の適切な割合すなわち均衡が人類の福祉を向上させる必要性である, と私は信じる (p.296) というものであり,➊2 に当たるバーナードの責任感の中身は, 貢献 者 の種類に応じた個別経済群 ( 顧客経済 労働経済 信用経済 原料経済 技術経済 ), 協同体系の構成要因の種類に応じた個別経済群 ( 物的経済 個人経済 社会経済 ) を, 組織経済中心に調整 統合化された全体たる 効用経済的機能を完遂する という 協同体系経済 協同 体系 的能率性 pp.242-4, 254-6 である, とわれわれは解釈する ➊ 志の継続性をバーナードが示した叙述は, 経営責任とは, 主としてリーダーの外部から生じる態度 理想 希望を反映しつつ, 人々の意思を結合して, 人々の直接的な諸目的やその時代を超える諸目的を果たせるよう自らを駆り立てるリーダーの能力のことである これらの目的が高く, 多世代での多数の人々の意思が結合される場合には, 組織は永遠に存在することとなる (pp.283-4) というものである 主に個人として結果を出すために必要なスキル の最初たる ➋ 勇気 とは, 経営者にしかできないつらい意思決定を行う勇気 (p.82) であり, 具体的には主に,1 トレードオフを理解したうえで, どちらかを捨てる勇気,2 不完全な情報下でも必要なタイミングで決断する勇気,3 やめる勇気, 変える勇気, 4 必要ならば情を捨てて人を切る勇気, のことである pp.57-70 ➋ 正しく勇気を使うための条件 としては,(ⅰ) メンタル タフネス,(ⅱ) リスク管理, (ⅲ) 無私の倫理観, が必要とされている pp.70-81 ➋ 勇気をバーナードは 管理者 経営者に特に要求されている資質 の一つた

22 る一般的能力の一つとした ➋1 トレードオフ下でどちらかを捨てる勇気の基盤になるものは, 個別的 部分的思考ではなくバーナードの全体的 統合的思考である, とわれわれは解釈している ➋2 に当たるバーナードの不完全情報下での決断力は, 管理者 経営者の要件 の五番目 ( 一般には注意されていないが現実には必要とされざるをえないような 未知で不可知な状況において合理的行動がどのように構成されているかを理解する能力 すなわち 文字通り不可知なことが多いことを知り, 充分な知識がなくとも行為しなければならず, また, 自立的な社会集団について充分な知識がなくてもそうした集団に権限を委譲しなければならないというような状況に対処する能力 と表現されている ➋3 に関連したバーナードの主張は, 意思決定しないと決定するような四つのケースでは絶妙な技芸 (the fine art) が必要とされている pp.193-4 点にある ➋4 に関連したバーナードの主張は, 管理者 経営者の配置転換や解任では, リーダーシップに関係する人々 部下 状況が変化するものであるから, 老衰し時代遅れとなり無能になった管理者 経営者を, 人々の理解に依りながら, 排除していくことが必要にならざるをえないという論旨 Barnard,1948:ChapterⅣ に現れている ➋ (ⅰ) メンタル タフネスはバーナードの場合は行動準則を遵守する責任やその強さに裏付けられるとわれわれは解釈する 責任とは, たとえ反対の行動をしたいという強い欲望 衝動があっても, その個人の行動を規制する特定の私的行動準則にある力のことである 逆境下に直接おかれた場合に, そうした準則が二者間では一方の人の行動では支配的であり, (p.263), 準則間の対立は重大な人格問題になる (p.264) からである ➋ (ⅱ) リスク管理は, バーナードが提示した損失回避の目的 Barnard,1948,p.16. 関口訳 p.4. 眞野訳 p.14 の具体化を必要としていると解釈される ➋ (ⅲ) 無私の倫理観は前述の ➊ の 1 に関連したバーナードの信念でも示されていた ➌ インサイト とは,1 事象を論理的に個別要素に分解する力,2 分解した個別要素間の関係を理解する力,3 事象を定量的に理解する力,4 個別要素を積み上げて統合する力 である pp.85-6 この インサイトを使って, 経営者は, 事業の本質を見抜いたり, 経営課題を見る視点を大きく変化させ, 競合他社が思いつかない新たな戦略を構築することができる また, 経営課題を考える新しいフレームワーク = ものごとを考える際に, 構造化されていて, かつ抜け漏れがない枠組み (p.90) を思いつくことができる (p.119) そこで,➌ インサイトを得ることができるような発想法をとる クセ ( 習慣 ) をつけて, 繰り返し実行して経験を積むことである として,(ⅰ) 一歩引いて 本質 を見る,(ⅱ) 二極性 で発想,(ⅲ) 自分のハマっている思考パターンの反対側 / 外側に敢えて振ってみる,(ⅳ) 定石は必ず壊して進化させる,(ⅴ) 他人の頭を使うこと, が提示されたのである pp.108-119 ➌ インサイトに関連したものはバーナードの 管理者 経営者の必要条件 の二番目 ( 厳格な訓練によって修得される 非常に厳密な知的能力 すなわち 複合組織の公式的諸側面を理解し, 組織間の公式的諸関係を分析し, 技術的 経済的 財務的 社会的 法律的な諸要素の組み合わせを適切に処理し, さらに, 以

23 上のことを他の人々に説明したりするために必要な, 正確な識別力 分類力 論理的推理力 分析力 ) である, と考えられる しかしながら, 厳格な訓練の中身が示されなかったので, 解釈すると,➌ これらの五項目のうち,(ⅰ) はバーナード自身の経営学の考察方法,(ⅱ) はバーナードの各種の対立二項の思考方法, (ⅲ) はバーナードの相互作用的思考,(ⅳ) はバーナードの創意工夫的経営態度, (ⅴ) はバーナードの協同の理念や各意思決定の総体的重要性, に関連づけうる ➍ しつこさ とは,1 考えるしつこさ,2 実行するしつこさ, である p.121 前者は インサイト すなわち, 斬新な発想の源泉 である p.144 後者のポイント 地味に, 地道に実行する 長く継続する ことにある p.145 ➍ しつこさは, バーナードの 管理者 経営者に特に要求されている資質 の一つたる一般的能力の一つ 活力と忍耐力 ( これで可能になるもの =1 卓越した経験と知識の弛まぬ獲得の促進,2 個人的な魅力化 迫力化 次の ➎3 を参照, 3 長時間の無休勤務と緊張 ) と同じである 組織の結果を出すために経営者に独自な ➎ ソフトな統率力 は, 組織を動かす科学系スキル ( 代表的なものとしては, HRM( ヒューマン リソース マネジメント ) )(p.148) と違い, そのサブ スキルを 1 夢を掲げる能力,2 夢を 共有 する能力,3 経営者の人間的魅力 としている pp.154-173 ➎ ソフトな統率力は, バーナードの 管理者 経営者の必要条件 の三番目 ( 一般には軽視されているが実際は非常に重要な 人間関係分野の理解力, 具体的には, 人間の一側面としての非合理的行動, 一般的社会体系, 有機的で進化する社会体系としての公式組織, などを理解する能力 ) と, 四番目 ( 人の表現技術の開発によって得られる 説得力, いいかえれば 複雑な情況を人々に知らせるために, 適切に記述し, 会議に提案し, 大衆に演説する能力, また, ある次元の思考を他の次元の思考に変形して説明する能力 ), に基礎づけられなければならないと, われわれは解釈する ➎1 夢掲示力は, バーナードの 意思決定の道徳的部面 すなわち 物的 生物的 社会的諸経験の無数の経路を通じて人々の感情に影響を与え, そして協同の新しい特定の諸目的を形成することになるような, 態度 価値 理想 希望という部面 (p.211), あるいは 協同に対する誘因としての理想の恩恵 (p.146) で示されていると解釈する ➎2 夢共有力は, バーナードの 組織貢献者や非公式組織 ( すなわち公式組織の基底にあって不誠実を最も速やかに感得するもの ) に 確信 をもたらすような同化作用 (the coalescence) たる 道徳的創造職能 (pp.281-2) の遂行過程で発揮される, と解釈する 以上のスキルの一つずつを集中的に体得するように習慣化することを, 菅野氏は勧められる pp.177-210 また, 全体を体験すること の 効果を最大化するポイント は,1 できるだけ若い頃に体験すること,2 事業を構成する一機能ではなく, 全体を統括する体験をすること = 企業 = たとえば従業員十人の会社でも の長として全体を統括する経験を持つ,3 修羅場や, 背水の陣の状況を体験すること,4 失敗しても立ち直ることができるようにダウンサイドリスクを小さくしておくこと, である pp.210-222 この総てではなく 23 がバーナードの考え ( すなわち, 広範な経験によって, 熟練, すなわち全体

24 的体系として複雑な諸要素を調整し結合して具体的な決断的行為をなす能力という従来軽視されてきたもの, を培うためには, 人為的な方法を開発する必要があるが, その際に何よりも先ず確認しておかなければならない点は, 機会を認識し獲得するという経験に代わるものはないし, あるいはまた, 自分自身の立場を孤立無援にさせつつ侵害と障害に対抗させるような体験に代わるものはないとの主張 ) Barnard,1948,ChapterⅣ と同じである 別の修得法として菅野氏が提示された 必死度 の高い 疑似体験 ( (ⅰ) Apprenticeship( 徒弟制度 ) によりメンター ( 師匠 ) から直接学ぶ 例示はチャランのもの : 本稿の注 (6) を参照 : 河野補記,(ⅱ) 先人 / 個人の体験を聞いたり, 読んだりして追体験する,(ⅲ) ケーススタディやアクション ラーニング 経営者が現実に悩んでいる課題について経営者候補者達が考え解決策を経営者に提言し, 経営者は率直に意見を述べ, 納得できたものを採用し実行する方式 を行う ) pp.222-233 は, バーナードが推奨した方法, すなわち, 正式ではない課外の諸活動に従事させること ( また, 管理者 経営者の必要条件として前述された 学校教育とその後の自己啓発 厳格な訓練 も含む ) Barnard,1948, Chapter Ⅷ, を具体化する, と解釈する 3. 亀井敏郎氏の 経営職 育成法とドラッカーの最高経営職能論 亀井氏は, 人材が育ち, 企業価値が向上していくまでの過程を五つの段階でとらえ られた 第 3 4 章を参照 こうした各段階とそれぞれの次の段階へのハードル越えの具体化のための 経営職プロジェクト 変革実践プロジェクト も提案された 第 6 5 章を参照 pp.208-9 経営職プロジェクトは, いわば経営職候補を対象とした塾である 知識の習得だけでなく, 戦略思考を鍛え, 会社の将来方向を決定していくストーリーを描く ここでは共通言語が用いられる 経営職プロジェクトのメンバーがこれ = 中期計画策定など を担うのである (p.142) この 前半の半年間は, 経営職候補一人ひとりが学習の単位となる ランゲージの理解とマスター pp.191-4 ランゲージを用いた自社の課題分析 理解 の上で, 前半の最後では, トップ, 経営企画担当責任者出席の下での 個人による プレゼンテーションとディスカッション がなされる pp.192-4 後半の半年では, 同じような問題意識を持った複数のメンバー ( グループ ) が活動単位となって 会社の将来像と組織の将来像の 内容のブラシュアップ pp.199-204 例 :1 説得力があり, 社員が前向きになるようなダイナミックで完成度の高い内容にすること (p.200),2 各グループで取り組むテーマ間の整合性, 既存のプロジェクトなどとの調整 (p.202) をし, 最終的に自社の将来像を提言する その場は トップ, 経営企画担当責任者出席の下でのプレゼンテーション (p.200), 変革実践プロジェクトのメンバーも積極的に参加 (p.180) したプレゼン p.205 また, 経営職プロジェクトとほぼ並行して進められ (p.181) るものが 変革実践プロジェクト である 前半において, まずは, 経営職候補が統括してい

25 る組織が活動の場となる 経営職プロジェクトでの戦略思考や共通言語を普及 浸透させる一方で, その組織内でのコミュニケーションを確立しておくことが主眼となる そして, 戦略に沿った新しい機構と業務体系を考え, 組織を抜本的に変える その先導役を担うのが経営職なのである (p.142), 前半での活動内容としては, 自組織の社内における位置づけ, 社内における貢献度, 今後の組織目標などをメンバーと共有することが中心となる (p.194) のである 後半では, 自部署の変革を, 会社全体の変革の方向性と整合させながらどのように実現していくのか, という骨太の議論がかなりのウェートを占めることになる 原文改行 また, 自部署の将来に関する中長期の検討と並行して, 従来の組織活動に関する改善実施の進捗 成果確認も併せて議論される とくに成果については, モニタリングの仕組みを必ず導入すべきである (p.204) なお, 改めて指摘しておくべきは, 両プロジェクトの前半での活動成果 : 会社の将来像と組織の将来像の描き出し という点である pp.197-9 また, 両プロジェクトの相互作用のメリットと, 両プロジェクトによる次の段階へのハードル越えの内容 本稿の次のパラグラフ以降で記述 も, 示されている pp.206-210 第 ➊ 段階は,CHO( チーフ ヒューマン オフィサー = 経営職を育成していくための機能を果たす主体 (p.146)) が主導して, 経営職候補 ( すなわち, 社内で承認されるための努力を惜しまず, 個人としての覚悟ができており, 社内横断的な考え方や活動に前向きであるような,30 代半ば以降の 経営職を全うできるようなコア人材 ) が選抜された pp.144-153 上でなされるが, 日常の仕事 OJT 聴講 読書 研修などによる 個人が知識や経験を得る段階 である 第 ➋ 段階は, 日常的業務から派生する問題意識の強さに基づいて その知識や経験が知恵 = 職務を実践していくための知恵 (p.42) に変わっていく 社内外の人々に伝えられていける 段階 である 第 ➌ 段階は, 自社の内外の状況が本人に的確に把握され意志が込められて これらの知恵が実際の業務の生産性向上や会社の改革へとつながっていくように, 仕向けられる段階である 言い換えれば, 組織や会社に対して, こうすべきではないかと提案できるレベル = 知恵が戦略レベルまで高められ (p.90) る状態 である pp.61-90,102-5 第 ➊ から第 ➋ 段階への壁を突破するには, 経営の一般知識の体得や自社の経営状況の分析や同業他社との比較による問題意識の醸成が必要である 第 ➋ から第 ➌ 段階への壁の突破には, 自社の状況分析, 意思決定過程と現場へのブレークダウン法, 業界動向への理解にもとづく変革提案能力の体得が必要である このためには, 上司の協力を得ながら, 外部のコンサルタント, 調査会社を活用 し, 革新実践プロジェクトからのフィードバックを受け, 実行に向けてのヒントや実現可能性などを確認する p.200 pp.92-5,100,209 以上のうち知識と経験と知恵の関係は, 亀井氏が 能力 ( 知識 + 実践 ) (p.62) という表現を用いられているので, それぞれの水準を考慮外にして形式的に捉えれば, 山城先生の KEA 関係と同類である, とわれわれは理解する また, 思考のための道具 すなわち 多くの不確定要素, 多数の変数が絡み合う中で意思決定する際の, 基本的な道筋を描いていくための道具 としての,1 仮説構築ラン

26 ゲージ (= まず構造化 (= 経営 事業を文字どおり構造としてとらえること (p.156)) を行い, そこから根本的な原因を見出し, それを解消していく手順,2 マーケティングランゲージ (= その解消する手立て ( 仮説 ) が自社の顧客や市場を対象にする事業にかかわる場合 に用いられるもの = 顧客に対し適切な商品 サービスを提示する仕組みをつくりあげていくための手順 ),3 マネジメントランゲージ (= 社内の制度や運用ルールなどにかかわる場合 に用いられるもの = なすべきタスクの明確化, 人員 組織と費用と時間の計画, 推進母体と責任体制, 進捗管理体制の確立 pp.168-170 ), を用いて pp.153-172 策定される 自社の事業戦略 pp.172-8 は, ドラッカーの事業構想に通じるものである, とわれわれは解釈する なぜならば, ドラッカーの事業構想が, マーケティング 知識 ( 技術も含む ) 経営体問題点 プロセス問題点 環境変化に関する各分析と, 事業の現在構想や将来構想とにもとづいて提案される現在の事業機会と将来の事業機会は均衡化され, また事業機会の提案と事業資源 事業活動 事業努力の調査結果は調整され, すなわち, 諸事業機会の提案と事業状況の調査結果は統合されることによって, 得られることになるような, 全体的 統一的な事業経営の基礎である, からである また, 亀井氏のプロジェクトが, 1 全社最適 と 2 中長期的なスパン で 会社の今後について集中的に考えさせる場 とされていて p.3, ドラッカーの事業構想と同類の立場でのもの, だからである 第 ➍ 段階は, 提案されたことが組織に取り込まれる段階 であり, ここにおいて これまでのステージで個人が獲得した成果が, 戦略レベルの提案として組織の中で活かされ始めるわけだ この段階から, 人材育成の究極の目的である企業価値の向上に向けて, 個人と組織が連携していくのである (p.90) さらに第 ➎ 段階は, 組織が提案された戦略に基づいた行動をとる実行段階 であり, 企業価値の向上はその成果に委ねられることになる (p.91) pp.90-1 第 ➌ から第 ➍ 段階への壁の突破には,1 会社や組織が 経営職グループによって 出された提案を真摯に受け止めることが前提 にされた上で,2 受け手である会社 組織サイドの地ならし, 土壌づくり (= これまで戦略をはじめ, 会社全体に影響を及ぼす意思決定に関与したことのないミドルたちが, 変革プランを評価できるようになるためには, あらかじめ思考の手順や判断基準を共有化 = 組織が戦略に関するプロトコルを有 するようになること ) を行い,3 ミドルレベルで 戦略プランの有効性や実現可能性を検討 して 最終的には経営会議などに諮られ = 会社の最終意思決定機関において提案が検討され て, 正式に承認される しかも,4 コア人材が提示したプランがどのように扱われ, 議論されているのかが, 社内でオープンになっていることも重要である pp.95-7 第 ➍ から第 ➎ 段階への壁の突破には,1 成果が期待される一方でリスクも大きい 総力を挙げて成果を出すための取り組み = 投資や支出, 新たな組織 機構づくりや人材配置など, 実行に伴うさまざまな活動 をしていくという, 会社としての覚悟が求められ,2 全社に関連するテーマが出てくるため, 経営にかかわる企画部, 経営戦略本部といった部署が直接, 間接にかかわらざるをえない (= 例 : 企画立案部署は コア人材が提示したプランを十分理解し,

27 既存の諸計画との調整を図っておく必要がある ) pp.97-101 pp.100,209 このように 個人の能力開発と並行して必須となってくる組織の聡明化 の 必要条件 を, 亀井氏は示している pp.108-129 これは,1 顧客と接している現場部門 ( 営業, 販売などのセクションが多い ) とそれ以外の部門との, 強い信頼関係 = 情報を利用する立場にある人間が自由にコミュニケーションできる場 で醸成されるもの が土台 になった 情報劣化の防止,2 戦略理解については, 経営や事業に関する用語と文法 多くの要素とそれらの位置づけとルール化, それに基づく共通言語を組織の多数のメンバーが共有することが必須条件となる,3 個人が提案する新規アイデアや着想を生かすため の 指揮命令系統や評価制度の見直し と 運用面での対応 によって 組織と個人の利害を一致させる,4 組織は経営目標を達成するための手段であるという考えを, 全社的に徹底することが必要になる そして, 全社最適を何よりも優先する組織文化を定着させていく また, 企業文化 風土を土台とした人材育成 も示している pp.129-139 これは, NRI 野村総合研究所では,1990 年頃から, 企業の業績, とくに中長期的な成長 発展を規定する要素に注目し, 企業文化とも言うべき組織独特の特性を 従業員数で数十万人のデータに基づいて 定量化する試みを続けてきた 成果である 環境に対応しようとしている度合いや目標に対する達成意欲などの項目から成る 戦略活性度 と, 組織の風通し, 社員の自律性などから成る 組織活性度 の二つの軸 による企業文化 風土の診断策と, 両軸で高値の企業文化 風土づくり策を提案したのであった 最後に, 以上のような 育成プログラムの成果が個人の域を超え, 部署や組織という広がりをもって永続的に活用され, 会社の業績向上へとつながるような手立て と そのための方策 が示されている pp.211-221 1 自分に続く経営職候補に対する メンターとしての活動,2 継続的なブラッシュアップ活動 = プログラムを修了した経営職候補が再度集まり, あらためて変革提言のプレゼンテーションを行う場を設けること,3 現場でのコミュニケーション活動 ( 修了生が普段の仕事でランゲージを用い ランゲージを普遍的な道具のように使い込んでいく ),4 自社の経営理念を自分自身が深く理解することと, 自部署のメンバーとそれを共有化していくように働きかけること ( 前例のないことに挑戦したり, 従来とは異なった仕事のやり方を成功に導いたりしていくためには, 理念 = 具体的には, 存在目的, 価値観, 理想精神, 行動規範の四つに分けられる に立ち返ることが絶対に必要 ) 4 部分には通し番号が書かれておらずに独立させて論じられている 河野補記 そして, 経営職を中核に, 現場を知り, 経営を知り, そして長い目で経営の行く末を見つめ, 実行できる人材, すなわち経営職予備軍を次々に生み出していこうとする姿勢を持つ会社こそが, これからの時代に成長する聡明な企業なのである 原文の 1 パラグラフ余り省略 トップだけでなく, ラインの管理職, 一般社員, そしてスタッフ職がみずからも学習することの意味 意義を理解しなくては, 経営職は育成されない 人づくりを会社づくりの原点に据え, それに基づいて諸制度, 機構や組織などを再設計していくことが必要なのではなかろうか (pp.233-4) と本書は結ばれてい

28 る この点は, 山城先生の 全員経営者論 ( 山城,1982,p.171)) を経営 者 教育から捉え直した場合に主張しうるものである, と解釈できる 以上の事柄は, 最高経営職能の一つたる人間組織の形成と維持 (= 明日の人的資源の開発とくに最高経営者の育成, 経営体精神の創成, 組織の構造化と設計 ) や, 組織観 (= 経営体が意思決定した戦略と目標を達成するための手段 ) や, 職位間相互関係 (= 下層のみならず横 上との関係 ), 責任労働者 (= 経営体全体の成果への自分の責任を担う人々 ) や, コミュニケーション (= 記号 情報などについて事前合意がなされている われわれ の一人から他の人に向かうもの ) 等, という考え方に共通しており, それらを具体化しうる, とわれわれは解釈する 4. 経営者教育の更なる探求 両氏による経営者要件や最高経営職能に基づく経営者教育は一定条件の下でのものであるので, ドラッカーの最高経営職能の更なる一つたる 良心職能 (the conscience function)(= 基準や判例の設定 = 基幹分野での理念と価値基準の設定 ) Drucker,1974,pp.535-6. 邦訳下巻,pp.263-4 の取り上げ方が弱いと考えられるような部分が中に残されている, と解釈されざるをえなくなる いかなる良心活動が必要になるかは, その経営体の目標戦略によって決まる 従業員管理は常に良心活動分野であり, マーケティングもそうである 経営体がその環境に与える衝撃や, その社会的責任や, 外部社会との基本的な関係もまた, 良心活動である 革新 ( 技術的革新にしろ社会的革新にしろ ) も同様に, いかなる経営体にとってもその良心活動である この叙述と亀井氏や菅野氏のものを比較すると, 更なる条件化による探求が必要になる, とわれわれは解釈する ここから, 平田光弘前教授のコンプライアンスに基づく統治 平田,2006,2009 や, 小椋康宏教授の対境関係経営や社会的責任経営 小椋,Jan.2008, ドラッカー自身の 最高経営者側からの利害関係者とくに投資家 所有者 短期思考になり勝ち に対する経営体教育 = 機関投資家の運用担当者を教育するという気の遠くなるような仕事 = 短期と長期, 継続と変化, 改善と創造などの相反するものの均衡 を理解してもらうこと, 同じくドラッカー自身の知識労働者の生産性向上 以上 3 つ :ibid.,2002,pp.79-90. 邦訳 pp.138-147, 同じくドラッカー自身の経営体の使命 目標の設定のための基盤整備たる 会計システムとデータ情報システムの統合 (ibid.,2002,pp.55. 邦訳 pp.47) ibid.,pp. 52-4. 邦訳 p.84. ibid.,pp.114-6, 邦訳 p.142 ( 河野,2009) をめざしつつ 外の世界で起きることを理解しなければならない, に係わる経営者教育も同時にまた必要になる, と考えることになる それゆえ, 以上を総合すると山城先生の最高経営 層 の考え方 山城,1982,p.223 にも通じると解釈することになる 最高経営とは, 私見にいわゆる, 前向き, 外向き, 横向き活動のそれぞれと, その総合を考えることである したがって, 全社的な内部志向の機能をもふくめて, 前 外 横 内向きの総合が最高経営である 前とは未来思考的な戦略であり, 外とは環境適応戦略, 横とは対境即応交渉力戦略であって, 体内的総合管理能力とともに, たえず

29 これらを全体として考えた処理能力が最高経営機能であることを, 昨今はとくに痛感せざるをえないのである このような最高経営層になるための教育, また, こうした最高経営層における教育こそ, 経営者教育なのである 注 * 受付日 :2010 年 1 月 5 日受理日 :2010 年 2 月 2 日 (1) 本稿は, 日本経営教育学会第 59 回大会 ( 統一論題 日本企業の経営実践と経営教育 第 3 セッション 経営者教育 ) での報告を加筆修正したものである (2) 以下において亀甲内に記述するものは, 引用者 河野が参照のために追加したものか, 記述の関係上追加も除去も可能なものか, あるいは, 参照箇所を示したものか, であるということにする なお, 以下の太字体は主に河野が付したもの (3) 菅野先生は, 平成 20 年 7 月から, 一橋大学大学院国際企業戦略経営研究科教授に就任されている この節の参照箇所は以下の通り 菅野,2005:3,ⅰ,33,28,32,ⅰ-ⅱ,7-8,18. (4) 亀井氏は, 平成 21 年 1 月に同社の社長に就任され, さらに同社が平成 21 年 4 月 1 日にキャノンマーケティングジャパンと経営統合しエディフィストラーニング社になることに伴い, 社長に就任された 本節の参照箇所 : 亀井,2005:1,2,231,50-60,79,63-6,75-8. (5) さらに, 企業研究会 ( 編 )(2006) 戦略的育成 実践事例集 < 第 1 章 : 次代を担う経営者 ビジネスリーダー育成 >も参照のこと 8 社の事例 ( 日産, 三菱商事, ソニー, 日立製作所, 沖電気, 富士通, オリンパス, 日東電工 ) は, 経営者教育についての経営教育者や経営幹部の経験 = 実践 =Experience( 山城 ) に当たる, われわれは解釈している (6) 最高経営者のリーダーシップ能力 要件と職能との両者の獲得を目指すものは, 全経営階層における指導者群 ( 邦訳 : 石原薫 (2009) CEO を育てる ダイヤモンド社 )(Charan, Ram(2008), Leaders at All Levels, John Wiley & Sons, Inc.) である, とわれわれは解釈している ビジネスリーダーの素質とは, 人を見る眼 ( 周囲の人のエネルギーを活用する能力 ) と ビジネス感覚 ( そのビジネスにおける儲けの仕組みがわかる能力 ) が, らせん状に絡み合ったようなものである ( チャラン, 石原邦訳,2009,p.73) とされているからである 参考文献 石原薫 ( 邦訳 )(2009) CEO を育てる ダイヤモンド社 (Charan, Ram(2008), Leaders at All Levels, John Wiley & Sons, Inc.). 小椋康宏 (2003) 経営者育成に関する経営学的考察 企業価値との関連で 日本経営教育学会 ( 編 ) 経営教育研究 6 経営実践と経営教育理論 学文社. 亀井敏郎 (2005) 経営職 を育成する技術 次世代リーダーはこうしてつくる ファーストプレス. 菅野寛 (2005) 経営者になる経営者を育てる BCG 戦略リーダーシップ ダイヤモンド社. 企業研究会 ( 編 )(2006) 戦略的育成 実践事例集 < 第 1 章 : 次代を担う経営者 ビジネスリーダー育成 >. 本書の閲覧について, 東洋学園大学と東洋大学の各図書館にお世話に相成った 特記し感謝いたします

30 河野大機 (2006) P. F. Drucker のソシオ マネジメント論 文眞堂. 河野大機 (2006) コンプライアンス経営 バーナード / ドラッカーの理論と日本経団連の実践要請 中央経済社. 河野大機 (2006) 経営体 経営者のガヴァナンス ドラッカーの所論ならびに関連諸理論 実践とそれらの統合化 文眞堂. 河野大機 (2007) P. F. Drucker のマネジメント プラクティス論 文眞堂. 河野大機 (2009) 経営の全体的な調整 統合化 バーナード & ドラッカー理論と ERP/SEM 実践 東洋大学経営力創成研究センター( 編 ) 経営力創成の研究 学文社, 第 3 章 (pp.38-60). 平田光弘 (2008) 経営者自己統治論 社会に信頼される企業の形成 文眞堂. 平田光弘 (2009) 次世代経営者の育成と経営者教育 日本経営教育学会( 編 ) 経営教育研究 Vol.12 No.1 次世代経営者の育成と経営教育 pp. 1-17. 山城章 (1977,1982) 経営学 初版 増補版 白桃書房. 吉田寿 (UFJ 総合研究所組織人事戦略部 ( 東京 ) チーフコンサルタント )(2002) 経営者教育の時代 UFJ Institute REPORT Vol.12, No.1, pp. 7-22. Barnard, C. I.(1938), The Functions of the Executive, Cambridge, Mass.: Harvard University Press,( 田杉 矢野 飯野 ( 旧訳 )(1956) 山本 田杉 飯野( 新訳 )(1968) 経営者の役割 ダイヤモンド社 ). Barnard, C. I.(1948), Organization and Management: selected papers, Cambridge, Mass.: Harvard University Press,( 関口操 ( 監訳 ) 遠藤 関口和雄 ( 共訳 )(1972) 組織と管理 慶応通信 飯野春樹 ( 監訳 ) 眞野ら ( 共訳 )(1990) 組織と管理 文眞堂). Drucker, P. F.(1974), Management: Tasks, Responsibilities, Practices, New York: Harper & Row, Publishers,( 野田 村上 ( 監訳 ) 風間 久野 佐々木 上田 ( 共訳 )(1980) マネジメント ダイヤモンド社 ). Drucker, P. F. (2002), Managing in the Next Society, New York: Truman Tally Books St. Martin s Press,( 上田惇生 ( 邦訳 )(2002) ネクスト ソサエティ ダイヤモンド社).