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先進機器を用いた文化財調査とその教育的活用 - 次世代教員養成に向けた新たな取り組み - 山岸公基 ( 奈良教育大学美術教育講座 ( 造形芸術学 )) 青木智史 ( 奈良教育大学理科教育講座 ( 文化財科学 )) 大山明彦 ( 奈良教育大学美術教育講座 ( 絵画記録保存 )) 金原正明 ( 奈良教育大学理科教育講座 ( 環境考古学 )) 小山聖美 ( 奈良教育大学大学院教育学研究科大学院生 ) 馬場翔子 ( 奈良教育大学大学院教育学研究科大学院生 ) Educational Practical Use of Research for Cultural Properties by Some Advanced Instruments. - New Attempts of Teacher Education for the Future Generation - Koki YAMAGISHI (Department of Fine Arts, Nara University of Education) Satoshi AOKI (Department of Science Education, Nara University of Education) Akihiko OYAMA (Department of Fine Arts, Nara University of Education) Masaaki KANEHARA (Department of Science Education, Nara University of Education) Kiyomi KOYAMA (Graduate Student, Graduate School of Education, Nara University of Education) Shoko BABA (Graduate Student, Graduate School of Education, Nara University of Education) 要旨 : 本論文で報告する新たな取り組みは 奈良教育大学次世代教員養成センターが導入した先進機器を用いた文化財調査およびその成果と手法の次世代教員養成に向けた教育的活用について 奈良教育大学の特色ある教員養成の一つである 文化財教育者としての豊かな力量を有する教員の養成 を鍵として模索したものである 本研究では 次世代の教員を目指す大学院生が実際に貴重な文化財を調査対象として 伝統的な肉眼観察および美術調査 先進機器による自然科学調査 調査結果をもとにした絵画記録保存 3Dレプリカ作成 彩色復元 そして教育としての展覧会の企画 実施に取り組んだ 調査の結果明らかとなった学術的知見を述べつつ 参加大学院生がどのようにして課題と向き合い それを解決し 教育的な成果を獲得したかについて報告する キーワード : 次世代教員養成 teacher education for the future generation 先進機器 advanced instruments 文化財調査の教育的活用 educational practical use of research for cultural properties 145

山岸公基 青木智史 大山明彦 金原正明 小山聖美 馬場翔子 1. はじめに 奈良教育大学次世代教員養成センターへの先進機器導入の経緯 2013 年 3 月 奈良教育大学の教員養成高度化連携拠点 すなわち大阪教育大学 京都教育大学との三大学連携事業の奈良教育大学における窓口として 次世代教員養成センターが発足した 連携事業 学び続ける教員 のための教員養成 研修高度化事業 京阪奈三教育大学連携による教員養成イノベーションの創成 に対して国から国立大学改革強化推進補助金が交付される運びとなり 奈良教育大学における取り組みの備品として 先端的デジタル教材開発整備一式 ( 赤外線撮影装置 ハンドヘルド蛍光 X 線分析装置 3D スキャナおよび3D プリンタ を含む ) が盛り込まれた 本稿は 2013~2014 年度におけるこれら先進機器を活用した調査ならびに教育の事例を報告し 来年度以降も継続 展開する次世代教員の養成に 絵画記録保存のような実技や美術史学のような人文学とも連携しつつ 先進機器を利活用する道筋を見出そうとするものである これらの先進機器は その活用を通じて教員養成においてより実践的な教育力を獲得させることを目指している 今後の社会に求められているのは 自らが意欲的に学び続け 積極的に課題探求教育に取り組み それらを活かした実践的指導力を有する教師である 今回用いた 赤外線撮影装置 や ハンドヘルド蛍光 X 線分析装置 3D スキャナおよび3D プリンタ は 従来一部の専門家のみが利用していた先進の分析手法を比較的容易かつ安全に教育現場に導入しうる分析機器であり 理科教育をはじめ 美術教育や社会科教育などの様々な教育分野にも活用しうる汎用性を有している 本研究では学際的な領域である文化財を対象として これら先進機器の活用を通して地域に伝えられてきた文化財を多角的に調査しその成果を教育的視点で展開する中で 次世代の教員を目指す学生達の好奇心や意欲を刺激し 優れた教師としての多様な力量の獲得を図ることを目ざしている 2. 本研究で活用した先進機器 2.1. 赤外線撮影装置赤外線撮影は 自然観察や文化財科学 保存修復分野で広く活用される分析方法である 赤外線撮影装置の中でも赤外線カメラや赤外線ビデオは 絵画研究や木簡判読などの研究によく用いられている 1 これは 墨書や墨線など高濃度の炭素が含まれた部分が赤外線を吸収してほとんど反射しない性質があり 他の部分に対して暗く ( 黒く ) 写るため判読可能となることを利用したものである このように 色料の種類によっ て異なった光の吸収や反射を示すため その特性を利用すれば可視光ではわからない様々な情報を得ることも可能である 近年 古い木簡 書籍 絵画 壁画などの研究に赤外線撮影によって飛躍的な進展がもたらされている また 保存処理などにより変色した資料も赤外線撮影により容易に判読 判断できることも重要である 今回導入した RICOH 社製中判デジタル一眼レフカメラ PENTAX 645D IR は 従来の機種に比して高精細かつ高感度であり 文化財研究などに資する十分な性能を有している 2 また PENTAX 645D IRのCCDセンサーの受光感度領域はおよそ350-1100 nm と広範囲をカバーしている これは近紫外線から近赤外線の波長領域が幅広く撮影対象となることを意味し 光学フィルタ等の利用により受光波長域を任意に選択することによって 可視光画像 近赤外線画像 近紫外線画像の撮影が行える また これらの撮影波長の変更はカメラを三脚に固定した状態で簡便に為し得るため 同一撮影アングルにおける高精細の可視光画像 近赤外線画像 近紫外線画像の撮影が可能となり 細部についての比較研究が行いやすいという利点がある 2.2. ハンドヘルド蛍光 X 線分析装置蛍光 X 線分析法は 化学や地学などの自然科学の諸分野や材質分析 修復 復元などの文化財分野における最も一般的な成分分析法の一つである 3 今回導入した OLYMPUS 社製ハンドヘルド蛍光 X 線分析装置 DELTA DP-2000 Premium は 小形でバッテリー動作であることからオンサイト ( 現場 ) 分析や教育現場での活用が可能である点や ワークステーションに組み込むことで卓上型蛍光 X 線装置に準ずる測定が可能である点など 様々な分野での教育 研究にとって有益な特徴を持っている また 空気 近接センサー切断の 2 段階構造の X 線遮断機能があり 誤使用時には瞬時に自動停止するため被爆リスクが小さく教育利用にも対応可能である 同装置には 3 種の分析モードを導入しており 鉱物分析モードでは Mg から Bi までの元素のうち 31 元素 (Mg, Al, Si, P, S, Cl, K, Ca, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Zn, As, Zr, Mo, Pd, Ag, Cd, Sn, Sb, W, Ir, Pt, Au, Pb, Bi) 土壌分析モードでは P から U までの元素のうち 34 元素 (P, S, Cl, K, Ca, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Zn, As, Rb, Sr, Y, Zr, Mo, Pd, Ag, Cd, Sn, Sb, W, Ir, Pt, Au, Hg, Pb, Bi, Th, U) 合金分析モードではMgからBiまでの元素のうち30 元素 (Mg, Al, Si, P, S, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Zn, Zr, Nb, Mo, Pd, Ag, Sn, Sb, Hf, Ta, W, Re, Ir, Pt, Au, Pb, Bi) が測定可能となっており 身近な物質や文化財などに用いられている物質の大半が測定対象となりうる 本研究の目的や今後の様々な教育活用に十分な能力を持っているといえよう 146

先進機器を用いた文化財調査とその教育的活用 2.3.3D スキャナおよび3Dプリンタ 2.3.1. 導入した3D スキャナ システム今回 導入した3D スキャナは Artec 社製 Artec Eva 3D Scanner である 実物体の3D 形状を計測する方法には 大別すると計測のためのセンサーとの接触をともなう方式と ともなわない方式の2つが存在する 4 文化財をはじめ 多くの物体は接触に際して破損のリスクをともなう よって 3D 形状の計測には非接触型の3D スキャナが望ましい Artec Eva 3D Scanner も 非接触型 3D スキャナである この3D スキャナは ストラクチャライト方式というプロジェクターから発する光のパターン画像をCCDカメラで撮影し形状情報の取得を行う技術を採用している この方式は レーザレンジセンサー型 3D スキャナに比べると計測精度は劣るものの 本研究や教育目的の用途には十分な測定精度 ( 読み取り精度 0.1mm ) を有しており 高速かつ容易に3D 形状を取得することができる また Artec Eva 3D Scanner は計測と同時に対象物の色情報を取得することが可能で 測定後に作成された3Dモデルは色情報を有しており 調査や教育現場での活用が容易である また 3D プリンタでの出力に際し 実物から取得した色情報を反映させた3 Dレプリカの作成も可能となる また同装置は片手で扱える程度に小型かつ軽量であるため 教育現場や文化財調査現場に持ち込んで計測することも可能である ( 制御用ノートパソコンや三脚を含めても個人で運用可能 ) 取得後の3D データは 形状スキャナ制御ソフトおよびデータ編集ソフトである Artec Studio 9 を用いて編集 加工を行い デジタルコンテンツの作成や3D プリンタ出力に適したデータ変換を行う また 3D スキャナと併せて導入したEGS srl 社製 3D データ処理ソフト Leios2 や 中抜き処理など3D プリンタ出力に適したデータ加工を可能とするGeomagic 社製 Claytools システムを活用することで 幅広い3D 形状情報の活用が可能となっている 2.3.2. 導入した3D プリンタ システム国立大学改革強化推進補助金の 先端的デジタル教材開発整備一式 として導入した3D プリンタ システムには石膏造形機種と樹脂造形機種の2 種各 1 台があるが 繊細な色情報を必要とする文化財の調査研究と教育には 後述のように石膏造形機種の方が 活用範囲が広く適している その石膏造形機種としては 3D Systems 社製 ProJet 460 Plus Professional 3D Printer を選定した この3D プリンタは 粉末固着方式の石膏積層造形法による3D 造形を行い CMY フルカラー着色が可能である 石膏積層造形法は プラットフォームに薄い石膏パウダーの層を敷き プリントヘッドが薄く敷かれた石膏パウダーの上にインクと接 着剤を塗布し 固めながら着色して積層する方式である 造形サイズは 最大で 20.3 25.4 20.3cmであり 印刷レイヤー厚は約 0.001 cmである 造形スピードは 2.3cm /h と多くの時間を要するが 同タイプの機種の中では高速であり 計画的に運用することで教育用途にも十分活用可能である また 対応している3D ファイル形式も STL 形式 VRML 形式 PLY 形式 3DS 形式 FBX 形式 ZPR 形式と豊富であり 先述の3D スキャナ システムや市販の3D モデリングソフト等で作成した3D モデルの出力を容易に行うことが可能である 3. 先進機器を活用した文化財調査 3.1. 日吉山王社大宮神像 ( 山王神坐像 7 軀のうち ) について愛知県岡崎市日吉山王社の山王神坐像 ( 大宮 聖真子 ) は 岡崎市教育委員会の委嘱により2013 年 1 月に山岸が寺島典人氏 ( 大津市歴史博物館学芸員 ) とともに実施した調査で真価が見出されるに至った 鎌倉時代 [ 建長五年 (1253) 以前 ] の基準作である 5 以下 法量 形状 品質 保存状態 銘記 造立年代の順に記述する 像高 22.8 cm 袖張 ( 最大張 )21.8 cm 膝奥 ( 最大奥 ) 13.8cm 本体の形状は 円頂 初老の相貌 半眼 閉口で 右衽の合せ襟の衣二重 ( 下から内衣 法衣と呼ぶ ) 横被 袈裟をつける 内衣は襟元に現れ 右の窄袖に連続するとみられる 法衣は左襟が袈裟の下層となる 背面に僧綱襟状の立上りをつくる 右大袖が露出する 横被は背面では法衣の上層 袈裟の下層 前面では袈裟の上層となり 右肩をやや外して着付け 右肩前後で上端を折返す 袈裟は偏袒右肩に着付け 左肩の前後で鉤 紐で吊り 末端は左前膊に懸ける 両膝までを覆うかとみられ 前面では牒が三葉形を呈する 右腕を屈臂し 右胸前で第一指を外に握り 持物を執る勢を示す 左腕は臂をやや屈し 左腹前で仰掌する ( もと両手で如意 払子等棒状の持物を執ったものと思われる ) 坐る 本体の品質構造は木造 ( ヒノキかとみられる針葉樹 ) 彩色で 頭体幹部を通し 両体側部の大半を含んで 木芯を像後方はるか遠くに去る竪一材より彫出する 彫眼で頭部に内刳は無い 体部の内刳の有無は不明だが 背板 ( 別材 ) を矧ぐ 両脚部は左手先を含んで横木一材製 右袖部は右手先を含んで竪木一材製 右大袖端 及び袈裟の左端に当たる小三角部に別材を矧ぐ なお色料については分析結果を後述するが 文様の種類は以下の通りである 内衣表は盛上の斑文 ( 錦文または花文 ) 法衣表は白地に渦文の地に木瓜文 横被表内区は木瓜形に近い花文風の輪郭の内部に未敷蓮 147

山岸公基 青木智史 大山明彦 金原正明 小山聖美 馬場翔子 図 1. 大宮神像正面可視光写真図 2. 大宮神像正面近赤外線写真図 3. 大宮神像顔正面近赤外線写真 華 横被表外区は植物文か 袈裟表は条葉輪郭 条葉内区を画し 田相に遠山文様 袈裟裏に九曜風の点描をあらわす 横被右側面の一部が欠失 持物が亡失し 彩色各所が退色 剥落するが 保存状態は概して良好で造像時の姿をよくとどめている なお先進機器調査の対象としなかったが 本像には当初の台座 ( ただし あるいは一具の他像からの転用か ) が付属する また後屏は亡失している 像底に 大 ( 宮か ) 釈迦 の墨書貼紙がある 正安三年 (1301)~ 文和四年 (1355) の間に成立した 瀧山寺縁起 功徳温室事 同 (= 三月 ) 十二日条に僧院耀 ( 聖蓮坊阿闍梨 1182~1253) の事蹟として 奉造立七社并早尾大行事等俗躰 とある 山王上七社神像のうち大宮神像にあたると認められる その造立年代の下限は院耀の寂年建長五年 (1253) であり 鎌倉時代前半山王神像の基準作例として重要視される 図 4. 大宮神像横被 未敷蓮華文可視光写真 3.2. 大宮神像の光学的調査大宮神像 ( 図 1) は上述のように鎌倉時代の彫刻としては保存良好な部類に属するが 退色 剥落など経年劣化が著しかったため 所蔵者瀧山東照宮 ( 瀧区 ) から大山が依頼を受け 2013 年 7 月に彩色剥落止めを実施した その成果は同年 8 月 2 日 ~5 日に奈良教育大学教育資料館で開催された 絵画記録保存ってなぁに? ~ 奈良教育大学大山研究室の営み~ 展 Ⅰ において公開された 2013 年 1 月の初回調査時ならびに 7 月の剥落止めに際して肉眼観察による調査が実施されているが 色料等の詳しい内容を把握することは困難な状態であった 今回新たに先述の先進機器を導入し より詳細な調査研究が実施できる体制が整ったことから 2014 年 3 月に同神像が寄託されている岡崎市美術博物館において改めて詳細な撮影調査を行う機会をいただき PENTAX 645D IR を活用した光学的調査を実施した 先述のように PENTAX 645D IR は近紫外線から近赤外線領域の広い撮影可能波長域を有しており 光学フィルタおよび光源の選択により可視光および近紫 図 5. 大宮神像横被 未敷蓮華文近赤外線写真外線 近赤外線領域での光学調査が可能となる 今回は可視光撮影および近赤外線撮影調査を実施した なお 可視光撮影時には RICOH 社製の赤外線カットフィルタを 近赤外線反射撮影時には富士フイルム光学フィルタ IR-76 を用いて撮影を行った また 近赤外線反射撮影時の光源としては浜松ホトニクス社製赤外線 148

先進機器を用いた文化財調査とその教育的活用 図 6. 大宮神像の肉眼観察風景図 7. 蛍光 X 線分析風景図 8. 測定部位の表示画面 投光器 C1385-03 を使用した 撮影に用いたレンズは単焦点レンズ smc PENTAX-FA645 75 mm F2.8 である 大宮神像の近赤外線写真は図 2 に示す 図 1 の可視光写真と比較すると 両者が次に示すように異なった内容を有していることがわかるだろう 図 3 は頭部の近赤外線写真であるが 目の輪郭線や瞳の表現がはっきりと読み取れる 同様に頭部には微細な髪の毛が描かれていることも確認することができる 墨線に対する近赤外線撮影調査の有効性を示すものといえる また 頭部は縦 6 cm程度であることから 同神像には非常に微細な表現が施されていることがわかる 図 4 および図 5 は横被の未敷蓮華文部分の可視光写真と近赤外線写真であるが 可視光写真が白色や黄色の未敷蓮華文をよく写しているのに対し 近赤外線写真は緑色色料 ( 一部青色を呈する ) の花文風木瓜文や未敷蓮華文が明瞭に読み取れる 一般に 近赤外線写真においては 墨線の他に岩緑青や岩群青が暗色 ( 黒色 ) に写ることが知られている 岩緑青および岩群青の使用が想定される また 横被表内区の地色は赤色を呈しているが 近赤外線写真では白く写し出されている このことから 少なくとも酸化鉄系の赤色色料であるベンガラではないと考えられる このように 近赤外線撮影調査では肉眼観察や可視光撮影調査とは異なった情報を抽出することが可能である 本調査に際しては 理科教育講座に所属する教員である青木が光学調査を担当し その写真データを大山の指導のもとで神像の肉眼観察調査を担当した教科教育専攻美術教育専修の大学院生である小山 馬場らに提供した その検討成果をもとに 2014 年 7 月に大山 青木の助言のもとで実施された肉眼観察調査における基礎資料として活用し 大宮神像の彩色現状記録および彩色復元案の作成に資するものとなった ( 図 6) この経験を通じて 大学院生達は物質の見え方と光の関係についての新たな知見を獲得した 3.3. 蛍光 X 線分析による大宮神像彩色の材質調査と検討既に述べたように 本学で導入したOLYMPUS 社製ハンドヘルド蛍光 X 線分析装置 DELTA DP-2000 Premiumは 片手で操作可能な小型 軽量の蛍光 X 線分析装置であり 三脚に固定することで自由度の高い測定が可能となる ( 図 7) また 測定部には小型のCCDカメラを備え リアルタイムで分析箇所を正確に確認でき 最小で 0.3cm径の範囲で測定することが可能であるため彩色調査にも十分に活用しうる性能を有している ( 図 8) なお 本装置は鉱物分析モード 土壌分析モード 合金分析モードの 3 つの分析ソフトウエアを掲載しており それぞれの分析モードで機能や測定可能となる元素種が異なっている 鉱物分析モードでは Mg や Al Si などの軽元素が 土壌分析モードでは Hg が測定可能であるため 本調査では両者を併用する必要があった よって 今回の分析においてはすべての測定箇所において鉱物分析モードおよび土壌分析モードの計 2 回測定を実施した 測定条件は 下記の通りである 励起用 X 線ターゲットはRh 管電圧は40 kv( 軽元素測定時は15kV) 管電流は200 μa 測定部径は 0.3 cm ( 鉱物分析モード ) または 1 cm ( 土壌分析モード ) 計測時間は180 秒である なお 分析は大気雰囲気で行った また 測定は 装置を三脚に固定し彩色表面から 0.1 cm程度離した状態で非接触 非破壊にて行った 測定条件が大気雰囲気であるため 定量分析の信頼性は高くないが 定性分析については十分な信頼性がある よって本調査では定性分析を主としながら 特に含有量の多い元素に注目しながら彩色の材質分析を実施した 蛍光 X 線分析は青木が担当した 以下に具体的な分析結果について述べる また 分析結果を踏まえて大山 小山 馬場らが美術史的観点から推定した色料についても述べる まず全体の下地層であるが 測定対象とした27 箇所すべてで Al Si S K が主成分として検出された Sについては 水銀朱 (HgS) 石黄(As 2 S 3 ) 硫酸鉛 (PbSO 4 ) などが色料として想定されるが Sと 149

山岸公基 青木智史 大山明彦 金原正明 小山聖美 馬場翔子 図 9. 大宮神像の3D 計測風景 Hg As Pb の検出に因果関係は認められず 大気汚染物質等に由来する可能性が高い Al Si K は土壌中に普遍的に存在する元素であり 一般に白土と呼ばれる白色色料にみられるものである よって 白土下地が施されていると考えられる 一方 頭部や手などの肉身部からはCaが高い濃度で検出される 当該部分には後補と思われる墨線の加筆が認められるため貝殻胡粉 (CaCO 3 ) などのカルシウム系白色色料で補彩された可能性もあるが 肉身部の発色を良くするために当初から貝殻胡粉が用いられていた可能性もあり今後検討していく必要がある 口唇部は現状でも赤色を認めることができるが 分析の結果 Hg が検出された このため 水銀朱が施されていたと考えられる 同様に 内衣の赤色の地色からもHgが検出されており ここも水銀朱が施されていると考えられる また 内衣の斑文からは Cu が検出されており 現状色が緑であることから岩緑青 (CuCO 3 Cu(OH) 2 ) の可能性が高い 横被表内区の地色は鮮やかな赤色であるが 主成分として Hg は検出されない 一方 高い濃度で Pb が検出される よって 鉛丹 (Pb 3 O 4 ) などの鉛系赤色色料が用いられている可能性が高い ただし Feが僅かに検出されていること 鉛丹としては赤色 性が強いことからベンガラ (Fe 2 O 3 ) や有機系赤色色料が重ねて塗られている可能性もある 次に 横被表内区に描かれた未敷蓮華文であるが 複数の色料種が想定される結果が得られている 例えば ⑴ Cu が主成分となるもの ⑵ Fe が主成分となるもの ⑶ Pbが主成分となるもの そして⑷ SおよびAsが主成分となるものである ⑴の花は やや青みがかった現状色であることから岩群青 (2CuCO 3 Cu(OH) 2 ) が想定されている ⑵についてはベンガラまたは黄土 (FeOOH) の可能性がある ⑶に関しては 鉛丹や鉛系白色色料の可能性が考えられる そして⑷については 特異的にAsが多くSも測定箇所中最も多いことから石黄が用いられている可能性が高い 横被裏の地色については Ca および Hg が主成分として検出されており 水銀朱と貝殻胡粉等との混色が想定される 袈裟の表に描かれた遠山文様からは Fe Cu Hg Pbが検出されており ベンガラや岩群青 水銀朱 鉛丹などが想定される 袈裟の裏には正面底部に現状色で明るい黄色を呈する部分があり この部分を分析すると Fe が主成分として検出される この部分のみ 下地として黄土が用いられたと考えられる それ以外の袈裟の裏の地色は Cu が検出されることから 岩群青と岩緑青のぼかしがなされたと推定される 以上のように 現状肉眼観察では退色 劣化が著しく色料についての検討が困難な例であっても 蛍光 X 線分析による材質分析結果を踏まえればある程度の推定が可能となる 不明な部分も多いが 今回明らかとなった成果を踏まえて美術史的な検討を行うことにより彩色復元案の作成が可能となった この彩色復元案は 後述する 文化財とレプリカ物語 ~ 限りなくオリジナルに近づく~ 展の展示品となっている また 今回の分析調査においては小山 馬場ら教科教育専攻美術教育専修の大学院生が積極的に参画し 材質論としての色料調査の経験を獲得した 物質への視点を獲得することで 美術と理科が隣接した領域であるということを学ぶ機会となった 図 10.3D サーフェスモデル図 11.3D モデル ( 色情報あり ) 図 12. 大宮神像の 3D レプリカ 150

先進機器を用いた文化財調査とその教育的活用 3.4. 大宮神像の3D 形状計測と3D モデルの作成 2014 年 3 月 大宮神像が寄託されている岡崎市美術博物館において 山岸 金原 青木を中心とするチームがArtec Eva 3D Scannerによる3D 計測を実施した 計測に際しては 3D スキャナ自体を移動させるのではなく三脚に固定し 図 9 に示したように机の上に設置した回転台の上に大宮神像を乗せることで回転させながら一定品質のデータ取得が実現できるような工夫を行った その上で3D スキャナの高さや角度を変更しながら複数回の3D 形状取得を実施した また 頭頂部と底部のデータ取得については神像を仰向けに寝かせることで良好なデータの取得が可能であった 右腕と胸の間のように形状取得が難しい箇所においては 個別にデータ取得を行うことで可能な限り欠損の少ない形状データを取得し得た なお 取得した3D 形状データには 初期の状態では机や回転台など不要な形状情報が含まれており 測定ミスが生じている部分も多く存在する このため 予め測定ミスが起こるものと想定して同一部分の計測を重ねて実施しておき 不足部分を補い合えるような配慮を行っている 今回の3D 形状データ取得では 16 回の計測を実施し このうちの13データが有意な形状情報であったためこれらを統合して大宮神像の3D モデルの作成を行った 不要データの削除やノイズ除去 位置合わせ 結合処理などのデータ編集は Artec Studio 9 を用いて青木が行った 作成した3D サーフェスモデルは図 10 に 色情報を載せた3Dモデルは図 11に示した 形状情報の欠損や取得もれなどはなく 高い品質の3D モデルの作成が可能であった 奈良教育大学における文化財 3D デジタルアーカイブの重要な成果となった 4.3D レプリカ制作と彩色復元 4.1. 大宮神像の3D レプリカの制作 3D スキャナで取得した形状情報は表面形状のみであり 中身の詰まった3D 構造ではない これをサーフェスモデルと呼んでいる このようなデータは中身の情報がないため軽量であるが このままの状態では表面層に厚みがないため3D プリンタ出力することは困難である そこで サーフェスモデルをソリッドモデルのような体積を持った3D 構造にする必要がある 今回導入した Geomagic Claytools は ボクセルモデリング機能を有しており ボクセルモデルという小さな粒子の集合体として体積を持った3D モデルを表現することが可能である また ボクセルモデルは形状の加工処理が容易であり 切断や刳り貫き 中抜き処理などが直観的かつ容易に行える利点がある 大宮神像は ProJet 460 Plus で造形可能なサイズよりもやや大きく 分割して出力する必要がある そこで Geomagic Claytools を用いてボクセルモデル化し 軽量化と材料費節約の観点から中抜き処理を行い その後に胴体部で二分割して造形可能なサイズとした 図 13. 大宮神像彩色復元案 図 14. 彩色復元 3D レプリカ ( 正面 ) 図 15. 彩色復元 3D レプリカ ( 右後方 ) 図 16. 文化財とレプリカ物語展 - 限りなく オリジナルに近づく - 展実施風景 151

山岸公基 青木智史 大山明彦 金原正明 小山聖美 馬場翔子 なお 本調査に際しては 先述したように光学調査および材質調査により彩色復元案の制作がなされており 鎌倉時代の制作当初の彩色をある程度再現することが可能となっている また Artec Eva 3D Scanner は フラッシュを正面から照射する関係で とりわけ立体の場合 正面からフラッシュを照射した人物写真のように色情報がややハレーション気味になることも考慮に入れ あえて3Dモデルから色情報を排除 白無垢の石膏像 ( 図 12) を作成し 調査成果を反映させた3Dレプリカ上での彩色復元を行った 先進機器を活用した成果を絵画記録保存の実技的内容に反映させた意義深い取り組みといえよう 4.2. 大宮神像の3Dレプリカへの彩色復元 3D レプリカへ彩色を行う前段階として 大宮神像の正面 背面 左右側面の4 方向から見た図を平面的に描き起こした彩色復元案を 大学院生の小山が担当し作成した ( 図 13) これにより 各種調査から得られた情報を整理し 彩色箇所の詳細を把握することができた 図 13 と対象とを照らし合わせて再検討し 造立当初の彩色を復元的に再現することを目的として 大山の指導のもと大学院生小山 馬場らが3D レプリカの彩色に当たった 蛍光 Ⅹ 線分析による情報を重視しつつ 当初彩色の印象を損なわない範囲で3D レプリカの状態や今後の保存環境なども考慮しながら 現実的な彩色を行っている 以下 彩色復元における特記すべき事柄を述べる 使用した色料は 白土 鉛白 雲母 ( 白雲母 ) 銀泥 墨 黄土 藤黄 岩群青 岩緑青 岩白緑 水銀朱 ベンガラ 臙脂 鉛丹の 14 種である 伝統的に用いられる色料での彩色が方針であったが 例外として 下地層には推定色料の白土ではなく リキテックス ジェッソ ( バニーコルアート社 ) を使用した これは 石膏積層造形 ( 粉末固着方式 ) の像に対し 膠を固着剤とした色料では将来剥落が生じることが懸念されたためである 衣服の部分の下地には肉眼観察で雲母が確認できた 復元においては 雲母の剥落しやすい性質を考慮し 下地として全体に塗布することは避け 法衣の表地と袈裟の表地のみに塗布した 次に横被であるが 表内区の赤地は 先述の蛍光 X 線分析によって鉛系赤色色料の上に 別の赤色色料が重ねて塗られている可能性が指摘され かつ肉眼観察では濃い赤色であり透明感を持つことが確認できた 復元では 鉛丹と鉛白の混合色を塗布し 有機系色料の臙脂を上に塗り重ねた 横被内区未敷蓮華文の一部への使用が推定された石黄については 有毒性故に現在は使用が制限されているため 古代から伝統的に使用されている有機系黄色色料の藤黄で代用とした また 横被は右側面部分に欠損がみられたため 該当部分は彩色を行っていない 袈裟表淡緑色の地は岩白緑と推定され また条葉部分は黒色の下に薄赤色の色料が確認できた 岩白緑地に当たりとして水銀朱で下塗りし その上に墨を塗り重ねたと考えられる 背面の条葉は 剥落により様子の詳細は不明であるが 同時代の代表的な木造彩色像を例に彩色を施した 袈裟裏については 岩群緑青が全面に塗布され大部分が剥落していると調査当初は考察していたが ( 図 13) 後の観察から群緑のぼかし塗りであったという見方が強まった また袈裟裏には赤色で文様が描かれている この赤色点描を囲むように他色料の痕跡が見られ 黄色く変色している箇所があるため銀 もしくは鉛系白色色料の可能性が考えられた 残存している色料が少量であり 十分な測定結果が得られなかったものと判断し またさらに地色が青色から白色へのぼかし塗りとすると白色文様が映えないことが考えられる為 復元像では銀泥を使用した 法衣については 現状では右肩が黒色化しているが 本来は白色であったと推定される また多量の雲母が肉眼観察で確認できた 文様は現在灰白色で一部黄色く変色している箇所もあるため 銀もしくは鉛系白色色料ではないかと考察した しかし剥落が激しく 蛍光 X 線分析ではどちらも検出されなかった 復元では 雲母を地に塗布し 文様を鉛白で描きこんでいる 以上のような考察を経て 図 14 図 15 に示した3D レプリカ彩色復元像が制作された 今回の彩色復元は 近赤外線撮影や蛍光 X 線分析といった科学的調査の結果を活用したことにより 美術と理科相互の連携の有意性を示したといえる また 先進機器による調査資料の読み取り それらの情報を吟味し彩色復元へ反映させたことは 大学院生が実技面での専門知識を深めるとともに 教科間の連携の重要性を学ぶ上で大きな教育的意義があったと考えられる 5.3Dレプリカを活用した展示企画 文化財とレプリカ物語展- 限りなくオリジナルに近づく- 伝統文化発信法 Ⅱ は 奈良教育大学大学院教育学研究科修士課程に2008 年度から開設された授業科目で 同大学院 地域と伝統文化 教育プログラムの実践コア科目でもある ( 山岸担当 ) この授業は 確かな知識や知恵に裏付けられながら 受講院生一人一人が伝統文化発信手法を獲得し教育に生かすことを目的としており 伝統文化の結晶とも称される美術工芸文化財やその模造を 実地調査 写真撮影や文献探索等の研究を前提としながら 場合によっては借用交渉を行って展示し またワークショップを企画実施し さらに展示 研究内容等を図録 ハンドブックやホームページ等により広く公開 広報 教 152

先進機器を用いた文化財調査とその教育的活用 材化することで目的を実現しようとしている 近年美術教育のなかで大きな比重を占めつつある鑑賞教育実践の得がたい機会となっているが 美術教育のみに限定されない教科横断的内容をもつ 2014 年度の 伝統文化発信法 Ⅱ では 本学への3 Dプリンタ一式の導入を契機に 歴史に育まれた人々の美意識や知恵の結晶としての文化財と その美しさや価値を普及させる努力の一環としてのレプリカ ( 模造 模写 ) との関係の諸相を探求する 文化財とレプリカ物語展 - 限りなくオリジナルに近づく- を開催することとした Ⅱ この展覧会の主要展示作品として 日吉山王社の大宮神像および愛知県豊橋市普門寺の如来形立像 [ 中国明時代 万暦二十年 (1592) または万暦二十六年 (1598)] を借用し 3D スキャニングを実施した スキャンしたデータは Artec Studio 9 を用いて編集 加工 計測をおこない さらに3D プリンタ出力に適したデータ変換 3D データ処理ソフト Leios2 や Claytools システムを活用したデジタルコンテンツの作成を行い 3D プリンタで出力することにより模造 ( レプリカ ) を作成した データ処理ならびに出力は青木が担当した 普門寺如来形立像とそのレプリカ作成に関しては別稿を予定している 同展覧会には既述のように日吉山王社大宮神像とそのレプリカを展示し レプリカは複数作成して内部構造も理解できるよう工夫を凝らした ( 図 16) 展示の時点では白無垢の石膏像と彩色復元案を展示し 展覧会終了後にレプリカへの彩色復元を実施した 展覧会を実施した大学院生ならびに彩色復元を担当した大学院生の反応からも 先進機器を用いた文化財調査とその教育的活用は一定の成果を上げたと考えている 6. おわりに上述のように 先進機器を用いた文化財調査とその教育的活用は 導入当初の 2013 ~ 2014 年度から 次世代の教員を目指す大学院生が研究対象を提供されることで好奇心や意欲を刺激され 結果として多様な力量を獲得する という形で実質化することができた 2015 年度以降 この新たな取り組みを 本学教職員や学部学生だけでなく 附属学校園や大阪教育大学 京都教育大学にも波及させ 次世代教員養成のモデルケースの一つにするべく 努力する所存である 謝辞 本研究の遂行に当たって下記の機関 個人の協力を得た 記して謝意を表する (50 音順 敬称略 ) 照宮 日吉山王社 ( 愛知県岡崎市 ) 個人 : 浦野加穂子 小幡早苗 榊原悟 柴田義明 鈴木修 寺島典人 中川敬弘 山岸子華参考文献 (1) 東京国立文化財研究所光学研究班 ( 田中一松 山崎一雄 秋山光和 登石健三 中山秀太郎 久野健 伊東卓治 中川千咲 ), 光学的方法による古美術品の研究, 吉川弘文館,1955 年. (2) 山下秀樹 青木智史, 重要文化財長福寺本堂彩色の多角的調査, 文化財建造物保存事業主任技術者研修会発表報告集第 28 号, 公益財団法人文化財建造物保存技術協会,2014 年,pp.7-12. (3) 中井泉 ( 編集 ) 日本分析化学学会 X 線分析研究懇談会 ( 監修 ), 蛍光 X 線分析の実際, 朝倉書店 2005 年. (4) 金田明大 大本挙周 川口武彦 佐々木淑美 三井猛, 文化財のための三次元計測, 岩田書院, 2010 年,p.13. (5) 山岸公基, 第三章瀧山寺日吉山王社の美術工芸品第一節日吉山王社伝来の山王神坐像及び獅子 狛犬調査報告, 瀧山寺日吉山王社総合調査報告 Ⅱ 古文書 民俗 美術工芸品日吉山王社をとりまく歴史的環境調査報告書, 岡崎市教育委員会,2013 年,pp.7-12. 註 (Ⅰ) 山岸公基 ( 監修 ), 絵画記録保存ってなぁに? ~ 奈良教育大学大山研究室の営み~ 展図録, 奈良教育大学大学院 地域と伝統文化 教育プログラム, 2013 年 参照 奈良教育大学の特色ある教育の一つである絵画記録保存 ( 大山 ) 研究室の成果を 大学院 伝統文化発信法 Ⅱ 授業担当者ならびに受講生 ( 山岸公基 木谷智史 小山聖美 千々石喜一 千葉瑞穂 馬場翔子 早川緑 ) が伝統文化 文化財の教育的活用の観点からプロデュースした展示であった (Ⅱ) 山岸公基 ( 監修 ), 文化財とレプリカ物語展- 限りなくオリジナルに近づく- 展図録, 奈良教育大学大学院 地域と伝統文化 教育プログラム, 2014 年 参照 会期は2014 年 8 月 8 日 ~11 日 2014 年度受講生は栗原綾乃 周鑫 張楊 藤間大輔 西本暢子 沼田萌生 福井香月 馬瑞萍 森川幸恵 劉艶華であった 機関 : 岡崎市教育委員会 岡崎市美術博物館 瀧山東 153

山岸公基 青木智史 大山明彦 金原正明 小山聖美 馬場翔子 154