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事故調査委員会中間報告 2013 年 1 月 18 日 事故調査委員会 1. はじめに 2012 年 9 月 29 日 ( 土 ) 兵庫県姫路市の株式会社日本触媒姫路製造所において アクリル酸中間タンクの爆発 火災事故 ( 死者 1 名 負傷者 36 名 ) が発生したことを受けて 10 月 5 日 社外委員 4 名 社内委員 3 名で構成される事故調査委員会が設置された 事故調査委員会の目的は まず 事故に至った状況を明らかにし 次いで 事故原因を究明し それに基づき 事故の再発防止対策を提言することである これまで 4 回の委員会を開催し検討を進めた結果 爆発 火災に至る状況と直接原因が明らかになってきたので 中間報告をする 2. 事故の概要 2012 年 9 月 29 日 14 時 35 分頃 株式会社日本触媒姫路製造所において 高純度アクリル酸精製塔のボトム抜出液を一時貯蔵する中間タンク ( 機番 V-3138 公称容量 70m3) が爆発 火災を起こし 隣接するアクリル酸タンク トルエンタンク及び消防車輌にも延焼した 3. 発生場所および発災設備 (1) 発生場所兵庫県姫路市網干区興浜字西沖 992-1 株式会社日本触媒姫路製造所 (2) 発災設備アクリル酸製造施設内の中間タンク 4. 発生日時 2012 年 9 月 29 日 ( 土 ) 14 時 35 分頃 5. 被害状況 (1) 人的被害 死者 1 名 ( 消防吏員 ) 重症 5 名 ( 消防吏員 2 従業員 3) 中等症 13 名 ( 消防吏員 8 警察 1 従業員 4) 軽症 18 名 ( 消防吏員 14 警察 1 従業員 3) 合計 37 名 (2) 物的被害 当該タンクは大破し 周辺機器及びラック 配管 ケーブル等が損傷した 6. アクリル酸製造施設の概要 アクリル酸の製造施設は 粗アクリル酸製造設備と高純度アクリル酸製造設備に大別される 1

(1) 粗アクリル酸製造設備 粗アクリル酸製造設備はプロピレンと空気中の酸素との気相酸化反応によりアクリル酸ガスを生成させ これを水溶液として捕集する粗製工程 及び当該水溶液から水 その他の不純物を分離し 粗アクリル酸を得る精製工程から成る (2) 高純度アクリル酸製造設備 高純度アクリル酸製造設備は 精製塔及び回収塔より成る 粗アクリル酸を精製塔へ供給して微量に含まれる不純物を分離し 高純度アクリル酸を得る 分離された不純物を含む精製塔ボトム液は 回収塔へ供給され 不純物を廃油として分離し 回収されたアクリル酸は粗アクリル酸として再利用される 精製塔ボトム液は 粗アクリル酸に含有する安定剤 精製塔に供給される安定剤が濃縮され 高純度アクリル酸と比べ多量の安定剤を含有しているため重合しにくい V-3138 は 精製塔ボトム液を一時貯蔵する中間タンクであり 粗アクリル酸製造設備内に設置されている ( 図 -1) アクリル酸製造工程概略図 7. 中間タンク (V-3138) の概要 1985 年 11 月に設置された公称容量 70m3 のコーンルーフ型タンクである 精製塔の停止時等に精製塔からの抜き出し液を一時貯蔵する中間タンクであり 通常 精製塔ボトム液は V-3138 を経由せず回収塔へ直接供給されるため 当該タンクへの液の出入りはない タンク内部には アクリル酸の凍結防止と当該タンクへ流入した液の冷却を兼ねて 冷却水コイルが設置されている コイル上面までの液容量は約 25m3 である アクリル酸は引火性液体であるが その蒸気は酸素濃度が 8vol% 以下では燃焼しないため タンク空間部には 7vol% の酸素と 93vol% の窒素からなるミックスガス (M-Gas) を供給し シールしている 2

タンクの貯蔵液は送液ポンプ (P-3138C) を介して 同じタンクへ循環されている 循環先は タンク側板下部に設置された液面計ノズル部 ( 液面計リサイクル ) 及びタンク天板 ( 天板リ サイクル ) の 2 箇所がある ( 図 -2)V-3138 概要図 8. 事故の発生状況 姫路製造所では 2012 年 9 月 18 日から 20 日の 3 日間にわたって全面停電による電気 計装保全工事 ( 全面停電工事 ) が実施され その後 各製造設備を順次 スタートさせていた この状況を踏まえて 事故発生までの経緯を4つの段階に区分し 事故シナリオと要因について検討した (1)2012 年 9 月 21 日 ~9 月 25 日 9 時 30 分頃 ( 全面停電工事後 ~V-3138 液溜め開始前 ) 全面停電工事終了後 V-3138 冷却水コイルへの通水 及び M-Gas シールを開始した また 送液ポンプ (P-3138C) を起動させ 液面計リサイクルを開始した 粗アクリル酸製造設備の運転状況に特に異常は認められず 精製工程より得られる粗アクリル酸に供給されていた安定剤も基準に対して不足していなかった 高純度アクリル酸製造設備については 9 月 21 日に精製塔及び回収塔の運転をスタートした この時 精製塔ボトム液は回収塔へ直接供給されていた 9 月 24 日に精製塔ボトム液を V-3138 経由にて回収塔へ供給する運転とし その運転の間は V-3138 の液量は約 10m3 でほぼ一定の状態に保持されていた 精製塔ボトム液は 析出物による詰り防止のため蒸気ジャケット配管を通じて送液されており V-3138 流入時点における液温は 蒸気温度とジャケット配管長さなどから約 100 と推定される 精製塔へ供給される安定剤等は基準に従って投入されていた 3

( 図 -3)V-3138 液溜め前の状態 (2)2012 年 9 月 25 日 9 時 30 分頃 ~9 月 28 日 14 時 00 分頃 (V-3138 液溜め中 ) 後日実施予定の回収塔能力アップテスト準備のため 9 月 25 日 9 時 30 分頃より V-3138 から回収塔への送液を停止し V-3138 の液溜めを開始した 精製塔へ供給される粗アクリル酸 安定剤等に特に変化はなく 運転状況にも異常は認められなかった V-3138 の液量は 液溜めを開始してから約 77 時間後の 9 月 28 日 14 時 00 分頃に 60m3 に到達した その間 V-3138 の貯蔵液の天板リサイクルは実施されなかった V-3138 下部の液はコイルにより冷却されるが コイル上面より上部の液は冷却されにくくなり 貯蔵液縦方向に不均一な温度分布が生じた その結果 比較的温度が高い領域において アクリル酸の二量体 (DAA) 生成反応が緩やかに進行 この反応熱が温度を徐々に上昇させたと推定される しかし V-3138 には温度計が設置されておらず 温度上昇を検知できなかった ( 図 -4)V-3138 液溜め中の状態 4

(3)2012 年 9 月 28 日 14 時 00 分頃 ~14 時 10 分頃 (V-3138 液溜め後 ) 9 月 28 日 14 時 00 分頃に V-3138 の液量が 60m3 に到達した その後 精製塔ボトム液を回収塔への直接供給に切り替えた V-3138 の貯蔵液の天板リサイクルはその後も実施されなかった したがって コイル上面より上部の液は冷却されず 比較的温度が高い状態で保持された ( 図 -5)V-3138 液溜め後の状態 (4)2012 年 9 月 28 日 14 時 10 分頃 ~9 月 29 日 14 時 35 分頃 (V-3138 液保持 ~ 爆発 火災 ) V-3138 の貯蔵液において DAA 生成反応が更に進行し その反応熱により温度は上昇を続けたと推定される 温度の上昇の結果 アクリル酸の重合反応が開始し 重合熱により温度が更に上昇したと推定される 9 月 29 日 13 時 20 分頃 運転員が V-3138 ベントよりアクリル酸蒸気による白煙の流出を発見した この時 V-3138 の貯蔵液温度は高温部で 160 程度と推定される その後 重合反応は更に進行し V-3138 内は沸騰状態となり蒸発量も増加し ベント等からのガス排出能力を超えて V-3138 の圧力が上昇した その後も V-3138 の圧力は上昇を続け タンクに亀裂が発生した 亀裂発生時の圧力は 240~290kPaG 貯蔵液温度は高温部で 230~240 程度と推定される 亀裂からタンク内容物が流出し V-3138 の圧力が急激に降下した 9 月 29 日 14 時 35 分頃 温度が保持されたまま圧力が降下したために V-3138 の貯蔵液が急激に沸騰 ( 突沸 ) し タンク内で蒸気爆発が発生し V-3138 が破裂した 飛散物の飛散距離より推算した爆発圧力は 450~640kPaG 程度と推定される V-3138 の破裂により飛散した内容物に着火 火災が発生した 着火源は 爆発の際の金属の衝撃や電線の切断による火花の可能性が考えられる また 爆発の衝撃により損傷を受けた近傍のタンクよりアクリル酸及びトルエンが漏洩し 延焼した (5) 爆発 火災事故に至るシナリオ 5

4 つの経緯区分による検討により辿り着いた事故シナリオは以下の通りである 液溜めを実施した V-3138 の貯蔵液上部に冷却が不十分な高温部が形成され 長時間滞留したために アクリル酸の二量体 (DAA) 生成反応が進行 その反応熱により温度が上昇した その後 アクリル酸が重合反応を開始する温度条件に達し その重合熱で更に温度が上昇した そのため タンク内は沸騰状態となり圧力が上昇 タンクに亀裂が生じた その亀裂からタンク内容物が流出し 圧力が急激に降下したため 蒸気爆発が起こった その結果 タンクが破裂し 飛散した内容物に着火し 火災が発生した ( 図 -6) 事故シナリオ 9. 事故原因の推定 中間タンク(V-3138) の爆発 火災事故に至る直接原因としては次のことが考えられる (1) 中間タンクへ高温の精製塔ボトム液を受け入れ また タンクの貯蔵液量を増加したにもかかわらず天板リサイクルを実施しなかったために 冷却不足となり タンク内でアクリル酸を高温で長時間滞留させることになった (2) アクリル酸二量体が 高温時において低温時と比較して早い反応速度で生成することは認識していたものの その反応熱がタンク貯蔵液の温度上昇まで繋がる潜在的危険性があることを十分に認知していなかったため タンクの貯蔵液温度の上昇を招いた (3) タンク貯蔵液の温度検知および温度監視の不備があったことにより アクリル酸の重合反応が進行するまで異常な状況を把握できなかった 6

10. 再発防止対策 発災設備に対する再発防止対策として以下の対策を提言する (1) 設備面の対策 1 温度検知及び温度管理の強化 ( 遠隔監視等 ) 2 高純度アクリル酸精製塔ボトム液移送配管 ( 蒸気ジャケット ) の仕様変更 (2) 管理面の対策 1 温度管理範囲 ( 閾値 ) の見直し及び逸脱時の対応明確化 2 タンク貯蔵液の天板リサイクルの常時実施 3 アクリル酸二量体生成による潜在的危険性に関する教育の徹底 11. 今後の取り組み日本触媒が社会から信頼される安全な製造会社として再生するため 事故調査委員会は 事故の直接原因の背景にある設備 運転 管理のあり方や組織 風土等についての取り組むべき課題を挙げ 再発防止対策についての提言を行う 以上 7

別紙 1 アクリル酸の二量化及び重合反応 二量体生成反応も重合反応もアクリル酸の二重結合に関わる反応である 1. アクリル酸の二量体 (DAA) 生成反応 アクリル酸は二量体を生成し 温度が高くなると反応速度が大きくなる この反応は 安定剤を添加しても防止することはできない 反応熱 :145kJ/kg ( 出典 ;Plant Operation Progress Vol. 8, No.2"The Anatomy of an Acrylic Acid Runaway Polymerization") O=二量体にアクリル酸が付加して 三量体 四量体等を形成することもあるが 本文中ではまとめて二量体と表現している 2. アクリル酸の重合反応アクリル酸は熱 光 過酸化物などにより重合物を生成する 通常 安定剤を添加し重合反応を防止している 重合熱 :1075kJ/kg ( 出典 ; アクリル酸及びアクリル酸エステル類取扱安全指針 ( 第 7 版 ) アクリル酸エステル工業会 )