70 投稿 ひかり. ~ 我々の銀河系内で出現した過去の超新星の謎を解く ~ 臼田知史 ( 国立天文台ハワイ観測所 ) 1. はじめにこの原稿を執筆している 2 月の宵の空には 金星が明るく輝いています そのきわだった明るさはオリオン座の一等星でさえ見劣りします それと同じくらい明るい星が夜空に突 然現れたとき さぞ驚き 感動するでしょう 有史以来 人類はこのような突然明るくなる星を見てきました 超新星の場合 約 10 個について日本や中国 ヨーロッパの歴史的文献に記述されています しかし 残念ながらここ 400 年もの間 肉眼で観測されるほど明るい超新星は 我々の銀河系内では見つかっていません 最後に確認されたのは 1604 年のことで ヨハネス ケプラーが詳しく観測しました 今年 (2009 年 ) は世界天文年です ちょうど 400 年前にイタリアの科学者ガリレオ ガリレイが初めて望遠鏡を使って天体観測をおこないました 天体望遠鏡の出現とそれに関わる様々な技術革新により 人類の宇宙観は飛躍的に広がっていきました 超新星についての分類分けも理解も進みました しかしながら我々の銀河系内の超新星については どのような種類だったのかなど詳しいことが分かっていませんでした タイムマシンでもあれば 現代の最新機器と一緒に過去に移動し ということができるのですが では どうやって過去の超新星の謎を解明するのか 我々の光の こだま を使った試みについて紹介します 2. 光の こだま (Light Echo) 光の こだま? 初めて耳にする方も多いと思います ひかり こだま のぞみ 決して JR の回し者ではありません 光は 音と同じように波の性質を持ちます 光の こだま というのは 光源から離れた場所にある物質によって反射された光の波が 遅れて観測者に届く現象を言います ( 図 1) やまびこ と同じ原理です 光の こだま の持つ情報は 直接の光と同じものですので 光の こだま を観測することによって 過去に地球に届いた光をもう一度受信し 過去の謎を解読することが可能なのです 図 1 超新星からの光の模式図 (A): 超新星爆発を起こした星からの直接の光が まず地球に到着します ( 実線の矢印 ) (B): 超新星からの光が 周りにある塵によって反射され ( 点線の矢印 ) 光の こだま として遅れて地球に到着します (http://ipac.jpl.nasa.gov/media_images/ ssc2005-14d1.jpg) 光の こだま 現象によって過去の光をもう一度受信できるかもしれないという考えは 1940 年にヤン オールトらによって既に指摘されていました [1] しかし 光の こだま を実際観測することは以下の二つの理由によって大変困難でした (1) 放射状に広がった光が周辺にある塵によって反射 散乱される光を観るため大変暗い (2) 周りの星間物質
71 の分布は複雑なため 実際に光の こだま この 6 等星は姿を消して 後世の天文学者に が届くまで いつ どこで どの位の明るさ よって星図から抹消されましたが この星が の こだま が発生するのか予想がつかない 超新星だったのかについては定かではありま これらの困難を克服し 光の こだま を詳 せん そのため 正確な年齢も どのような 細に観測するためには 1 を克服するため 種類の超新星爆発だったのかも 闇に包まれ の大望遠鏡 2 のための適宜モニター観測 たままでした 超新星残骸の膨張するガスの できる望遠鏡が必要です そこで 我々はド 速度から逆算して 1680 年頃に実際の爆発が イツマックスプランク天文学研究所 MPIA 起きたと推定されていますが ではなぜ 17 の Krause Birkmann 後藤美和研究員らと 世紀当時の人々に目撃されなかったのでしょ 共同研究を開始し Calar Alto 2.2m と 3.5m うか 望遠鏡の広視野カメラによる光の こだま 探索と こだま 候補天体の確認と分光観測 をすばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置 FOCAS を用いておこないました 3 過去の超新星の謎 我々の銀河系で爆発した代表的な超新星と しては SN1054 SN1572 SN1604 が有名 です これらの超新星残骸はそれぞれ かに 星雲 ティコ ケプラーという名前で今日呼 ばれており いずれも爆発時に肉眼で観測可 図2 超新星残骸カシオペヤ A の X 線と赤外 能であったことから 超新星が爆発時にどの 線の合成画像 http://www.naoj.org/ くらいの期間 どのくらいの明るさで輝いて Pressrelease/2008/05/29/figref.jpg いたのか 藤原定家の日記 明月記 天文学 者ティコ ブラーエやヨハネス ケプラーの 記録などの歴史的文献に詳しい記述が残され ています 編集委員会注 天文教育 2004 年 11 月号に 過去の超新星出現を含めた超 新星の特集があります 3.1 超新星残骸カシオペヤ A カシオペヤ A 図 2 は 銀河系内で最も 図 3 左 カシオペヤ A の方向の 6 等星 よく観測されている超新星残骸の一つです Hughes 1980 [2] しかし 爆発当時の様子について世界各国の (右) フラムスティードの肖像画 歴史的文献には確かな記述が残っていません http://media-2.web.britannica.com/eb-m edia/66/68866-004-2fbf908a.jpg 唯一 王室天文官 初代グリニッジ天文台長 であったジョン フラムスティードが 1680 年に カシオペヤ A の方向に 6 等星を一つ観 測している記録があります 図 3 その後 3.2 超新星残骸ティコ 図 4 デンマークの天文学者ティコ ブラーエは 天文教育 2009 年 3 月号 Vol.21 No.2
72 投稿 1572 年 11 月 11 日の夕方 カシオペヤ座の方向に金星よりも明るく輝く星を見つけ 1574 年 3 月まで明るさや色の変化を正確に記録しました この 新しい星 が 現在 ティコの超新星 の名前で知られる超新星爆発であったと分かったのは 20 世紀になってからのことでした 更に今世紀に入って X 線観測やハッブル宇宙望遠鏡による伴星候補の発見もあり ティコの超新星は 超新星の中でも Ia 型と呼ばれる種類の爆発だったのではないかと推測されるようになりましたが 明確な証拠がありませんでした (O) 鉄(Fe) などのスペクトル線の特徴を 用いて 分類の仕方も細分化されています ( 表 1) 表 1 超新星のスペクトルによる分類 種類 細分類 スペクトル線の特徴 I 型 Ia H が見えない 強い Si が見える 遅れて Fe が目立つ Ib H が見えない 明るい時に He が見える Si が弱く Fe も見えない Ic H と He が見えない Si が弱く Fe も見えない II 型 II 強い H が見える 星の明るさの変化から P 型 L 型 n 型に細分類 IIb H が見える He が特に目立つ 図 4 超新星残骸ティコの X 線と赤外線の合成画像 (http://www.naoj.org/ Pressrelease/2008/12/03/fig04.jpg) 5 光の こだま を使った謎解き 2006 年から我々は 光の こだま を探しあて 分光観測するプロジェクトを開始しました 先ずは謎の多いカシオペヤ A の周辺の光の こだま 探しから開始しました 4 超新星の種類と分類方法超新星は放射される光のスペクトルから大きく二種類に分類されます 水素原子のスペクトル線が見えない I 型 見える II 型の二種類です I 型は連星系を構成する白色矮星が相手の星から降り積もったガスの重みで圧縮され 暴走的核融合反応を起こすことで発生します 一方 II 型は太陽の 8 倍以上の大質量星が 中心核における重力崩壊によって最期に起こす爆発です 超新星の研究が進むにつれてケイ素 (Si) やヘリウム (He) 酸素 5.1 超新星残骸カシオペヤ A. いつどこで発生するか分からない こだま をまち続けること 1 年余り Calar Alto 2.2m 望遠鏡を使った可視光での広視野モニタリングを経て 分光可能かも知れない こだま を確認 の朗報が はやて の如くすばる望遠鏡に届いたのは 2007 年秋のことでした 2007 年 10 月 9 日 すばる望遠鏡と FOCAS を使った撮像観測で こだま の候補を確認すると ( 図 5) ただちに分光観測に移りました この淡いこだまは当初の予想よりも 2 等
73 級以上暗く (23.5 等級 ) まさに口径 8.2m のすばる望遠鏡の集光力が必要とされるところでした 5 時間を超える露出時間の末 得られたスペクトルには 超新星特有のスペクトル線がはっきりと現れていました ( 図 6) この淡い光は 確かに 約 300 年前に地球に到達した超新星爆発の光の こだま であったのです [3] 過去に起こった数々の超新星の観測結果と比較した結果 この光の こだま は SN1993J という 系外銀河 M81 で 1993 年.. に発見された超新星のスペクトルと きわめて良く似ていることが分かりました ( 図 6) これは カシオペヤ A のもととなった星が SN1993J と同様 太陽質量の 10 倍をこえる赤色超巨星であったことを意味し その生涯の最期に IIb 型の超新星爆発を起こしてカシオペヤ A を形成したことの動かぬ証拠となります カシオペヤ A が超新星残骸と認定されてから 20 年余り その生い立ちについては数々の長く激しい論争がありましたが それもようやくここで終止符が打たれることになりました それでは なぜ 17 世紀当初 この超新星は世界各国で観測されなかったのでしょうか? IIb 型の超新星は他の超新星と比べる 図 5 すばる望遠鏡と FOCAS で観測されたカシオペヤ A の可視光の画像 中心部に白く見える淡い模様が光の こだま (http://www.naoj.org/pressrelease/2008/05/29/ fig04.jpg) 図 6 光の こだま のスペクトル 下には比較のために使われた SN1993J のスペクトル ( 横軸は波長 縦軸は光の強さ ) を載せています この 2 つのスペクトルがきわめて良く一致していることが分かります (http://www.naoj.org/pressrelease/2008/05/29/fig05.jpg)
74 投稿 と暗く 絶対等級で-17.5 等です また様々な波長による観測から前景にある塵による吸収は約 8 等級 距離は 11,000 光年という結果が出ています これらを考慮すると カシオペヤ A の元になった超新星は約 3 等級にしか明るくならなかったと推測されます また IIb 型の超新星爆発は比較的短期間で暗くなる特徴があります 極大期に重なったほんの 数日の悪天候 それだけでこの若い超新星を歴史の網から取り逃がすには充分であった と当時の様子を想像することができます 5.2 超新星残骸ティコ超新星残骸ティコの周辺の光の こだま 探査は 2008 年の夏 Calar Alto 2.2m および 3.5m 望遠鏡を使って開始されました 8 月 図 7 ( 左 )Calar Alto 2.2m 望遠鏡で撮像観測された可視光 R バンド画像 ( 黒い方が明るいことを示します ) 中央に見える淡い光が 可視光の光の こだま 2006 年には四角で示した位置に光の こだま が見られました 右下の矢印は約 3 度離れた位置に存在する超新星残骸ティコの方向を示します ( 右 ) すばる望遠鏡と FOCAS で撮像観測された R バンド画像 十字印の位置 ( 画像中央で 星と重なっています ) で 分光スペクトル観測がおこなわれました (http://www.naoj.org/pressrelease/2008/12/03/fig01.jpg) 図 8 すばる望遠鏡と FOCAS で取得された 可視光の こだま のスペクトル ( 横軸は波長 縦軸は光の強さ ) ケイ素 (Si) や鉄 (Fe) 等 Ia 型超新星特有のスペクトルが見られます (http://www.naoj.org/pressrelease/2008/12/03/fig03.jpg)
23 日に撮像された画像には 可視光で 23.6 等級の淡く広がった光が写っていました この光は 翌週の 9 月 2 日の撮像観測でも確認されました ( 図 7 左 ) 3 週間後の 9 月 24 日 すばる望遠鏡と FOCAS を使って こだま 候補 ( 図 7 右 ) を再度確認した後 分光観測をおこないました 4 時間の露出時間の末に得られた分光スペクトルには 電離したケイ 素の強い吸収線 : スペクトルのたにがわかる一方 水素原子の吸収線が欠落していました ( 表 1) これは Ia 型超新星に特徴的なスペ. クトルなのです ( 図 8) この淡い光が 超新星起源であること 1572 年にデンマークの天文学者ティコ ブラーエの眼で観測された超新星の爆発当時の光そのものであることが確認されました さらに過去に起こった銀河系外で起こった超新星の分光スペクトル ( 図 8) と詳細に比較した結果 ティコの超新星は Ia 型の中でも標準的な光度を示す超新星爆発であったことが証明されました [4] 75 ヒント : 文中の と傍点に注目してください 参考文献 [1] Zwicky, F. (1940) Types of novae Rev. Mod. Phys. 12 : 66. [2] Huges, D. W. (1980) Did Flamsteed see the Cassiopeia A Supernova?, Nature, 285 : 132. [3] Krause,O., Birkmann,S.M., Usuda,T., et al. (2008) The Cassiopeia A Supernova Was of Type IIb, Science, 320 : 1195. [4] Krause,O., Tanaka,M., Usuda,T., et al. (2008) Tycho Brahe s 1572 supernova as a standard type Ia as revealed by its light-echo spectrum, Nature, 456 : 617. 5. おわりに今回の観測で 超新星残骸の光の こだま を分光観測するという研究手法が確立され 過去の超新星の謎を解くことが可能になります こだま を使った観測には さらにもう一つ決定的な利点があります それは 異なる方角にある複数の こだま を観測することで 超新星爆発を空間三次元的に違った角度から眺めることができるという点です 銀河系以外の銀河では年間 200 個以上の超新星が発見されています しかし これらの超新星の観測では検証できなかった爆発時の空間構造 そして超新星爆発のメカニズムの理解が今後さらに進むことが期待されます 臼田知史 ( 国立天文台ハワイ観測所 ) さて問題です 本文中に出てこない新幹線の名前は何でしょう 答えは臼田 - 佐藤功美子まで (kumiko@subaru.naoj.org)