第 43 巻 (2014) 第 54 回日本視能矯正学会一般講演多焦点 IOL 術後残余屈折異常に対する LASIK と Femtosecond AKによる追加矯正の 1 症例 稲井隆太 高橋亜矢子 榊原 遥香 中村 秋穂 石井祐子 南雲幹 玉置 正一 井上 賢治 医療法人社団済安堂井上眼科病院 A Case With Additional Corrections by LASIK and Femtosecond Astigmatism Keratotomy for Residual Refractive Errors After Multifocal Intraocular Lens Implantation Ryuta Inai,Ayako Takahashi,Haruka Sakakibara,Akiho Nakamura, Yuuko Ishii,Miki Nagumo,Syouichi Tamaoki,Kenji Inoue Inoue Eye Hospital 要約 目的 多焦点眼内レンズ挿入術後に屈折異常が残余した1 例に対して 1 眼にLASIK 他眼に Femtosecond Laserを使用した乱視矯正角膜切開術にて追加矯正を行なったので報告する 症例 67 歳男性 両眼白内障手術および回折型多焦点眼内レンズ挿入を施行 術後に残余した屈折異常を矯正する目的にて当院を紹介受診した 術前視力は右眼 0.3(1.0-1.00D cyl-1.00d Ax170 ) 左眼 0.4(1.0 +0.25D cyl-1.50d Ax30 ) 近見視力は 右 0.4(0.9 遠見矯正下 ) 左 0.4(0.8 遠見矯正下 ) 右眼は 近視性乱視のため Wavefront-guided LASIK 左眼は角膜形状検査から 角膜斜乱視 (1.40D Ax124 :TOMEY TMS4) であるため光学部 角膜上皮を傷つけず 侵襲が少ないFemtosecond Laserを使用した乱視矯正角膜切開術にて過矯正にならないよう オプティカルゾーンを広く 切開幅を狭くとり追加矯正手術施行 術後 20 ヶ月の視力は右 0.8(1.2 +0.50D) 左 0.6(1.2-0.75D cyl-0.50d Ax30 ) 両眼 1.0 であった 近方視力は右 0.6(0.9 +0.75D) 左 0.7(0.9 ±0.00D cyl-0.75d Ax30 ) 両眼 0.9 であった 左眼の角膜乱視は0.67Dに減弱していた 結論 白内障術後 特に多焦点眼内レンズ挿入眼において屈折異常が残余し良好な裸眼視力が得られなかった場合にはLASIKによる追加矯正は有効である 単性乱視の追加矯正として 別冊請求先 ( 101-0062) 東京都千代田区神田駿河台 4-3 Tel. 03(3295)0190 Fax. 03(3295)0237 E-mail:ort@inouye-eye.or.jp Key words: 追加矯正 フェムトセカンドレーザー 乱視矯正角膜切開術 LASIK a touch-up for residual refractive errors, femtosecond laser, astigmatic Keratotomy, laser in situ keratomileusis 187
日本視能訓練士協会誌 Femtosecond Laserを使用して乱視矯正角膜切開術を行う場合は 矯正精度をより高くすることが今後の課題である Abstract Purpose We reported a patient with residual refractive errors corrected by Laser in situ keratomileusis (LASIK) in one eye and Femtosecond laser astigmatism keratotomy (FsAK) in the other eye after multifocal intraocular lens (IOL) implantation. Case The patient was a 67-year-old male who previously underwent bilateral cataract surgery with diffractive multifocal IOLs and was referred to our clinic for correction of residual refractive errors. Preoperative distance visual acuity (DVA) was 0.3 (1.0-1.00 D cyl -1.00 D Ax170 ) in the right eye and 0.4 (1.0 +0.25 D cyl -1.50 D Ax30 ) in the left eye. Uncorrected near visual acuity (NVA) and distance-corrected NVA (corrected DVA) were 0.4 and 0.9 in the right eye, and 0.4 and 0.8 in the left eye, respectively. Wavefront-guided LASIK was performed in order to correct myopic astigmatism in the right eye. Corneal oblique astigmatism (1.40 D Ax124 ) in the left eye was detected by corneal topography (TMS4, TOMEY) and FsAK, a minimally invasive procedure that avoids damages to the optical portion and corneal epithelium, was performed. To prevent overcorrection, the operations were performed with a wide optical zone and a narrow incision. Postoperative DVA at 20 months was 0.8 (1.2 +0.25 D) in the right eye, 0.6 (1.2-0.75 D cy1-0.50 D Ax30 ) in the left eye, and 1.0 in both eyes. NVA was 0.6 (0.9 +0.75 D) in the right eye, 0.7 (0.9 ± 0.00 D cyl -0.75 D Ax30 ) in the left eye, and 0.9 in both eyes. Corneal astigmatism in the left eye was reduced to 0.67 D. Conclusion Additional corrections by LASIK are effective when residual refractive errors occur after cataract surgery especially with multifocal intraocular lens implantation and good uncorrected visual acuity is not obtained. FsAK with a higher degree of precision to correct simple astigmatism will be a future topic. Ⅰ. 緒言近年 白内障手術には屈折矯正手術としての側面も求められるようになっている 特に白内障手術および多焦点眼内レンズ挿入は 術後に遠方 近方の良好な裸眼視力の獲得を目的とするため正視付近の屈折値に合わせることが重要である 意図せず術後に屈折誤差が生じた場合は 追加矯正が必要となることもある 我々は多焦点眼内レンズ挿入術後に屈折異常が残余した1 例に対して 1 眼は laser in situ keratomileusis (LASIK) 他眼には Femtosecond Laser を使用したAstigmatic Keratotomy( 乱視矯正角膜切開術 :FsAK) により追加矯正を行なったので報告する Ⅱ. 症例 67 歳男性 主訴 : 多焦点眼内レンズ挿入術後の裸眼視力不良の改善 現病歴 : 平成 22 年 8 月両眼白内障手術および回折型多焦点眼内レンズ挿入を施行 (Tecnis Multifocal :AMO 社 ) 平成 23 年 8 月両眼後発白内障に対するYAGレーザー後嚢切開術施行 残余した屈折異常を追加矯正する目的にて平成 23 年 11 月当院を紹介受診した 既往歴 : 白内障手術施行前からのドライアイに対し ジクアス 3% ヒアレイン 0.3% にて経過観察中 2 年前から慢性閉塞性肺疾患 内服 酸素吸入せずにコントロール良好 初診時所見 : 視力は右 0.4(1.0-0.75D cyl- 1.00D Ax5 ) 左 0.7(1.0 +0.25D cyl-1.00d Ax20 ) 眼圧は右眼 11mmHg 左眼 12mmHg 188
第 43 巻 (2014) (TOMEY AL-3000 ) 角膜厚は右眼 503μm 左眼 513μm(NIDEK NT-530 ) 中間透光体が眼内レンズ挿入眼である他は前眼部 眼底に異常所見は認めず 手術前検査 : 平成 24 年 1 月 11 日 右 0.3(1.0-1.00D cyl-1.00d Ax170 ) 左 0.4(1.0 +0.25D cyl-1.50d Ax30 ) 近見視力は 右 0.4(0.9 遠見矯正下 ) 左 0.4(0.8 遠見矯正下 ) 角膜形状解析を図 1に示す 追加矯正手術は 右眼は術後コントラストの低下を抑えるため Wavefront-guided LASIK(WF-LASIK) 左眼は角膜乱視 1.40D Ax124 (TOMEY TMS4 以下角膜乱視測定は同機種使用 ) が主な屈折異常であるためFsAKと 各眼異なる方法で行うこととした 経過 : 平成 24 年 1 月 20 日手術日 右眼 :Visx S4 IR (AMO 社 ) 用い 目標矯正度数 sph- 1.25D cyl-0.83d Ax167 虹彩認証システムにて回旋補正をかけWF-LASIK 施行 ( 切除量 33 μ m ) 左眼 :FS60 (AMO 社 ) を用い オプティカルゾーン (optical zone:oz)8.5mm 径 切開幅 40 切開方向 122 の一対の切開とした ( 図 2) 切開は角膜実質に行うため 角膜上皮下 60 μmから最深度は角膜厚の約 80% に当たる408 μmとした 角膜強主経線に正確に切開するた 1),2) めにaxis registration 法にて術前の座位と術中の仰臥位での眼球回旋の違いの補正を行った 術後 1ヶ月の視力は右 1.0(1.0 +0.75D) 左 0.9(1.0-0.50D cyl-0.50d Ax15 ) と裸眼視力は改善したが 左眼の角膜乱視は1.28Dであり 変化はみられなかった 両眼共に点状表層角膜炎は認めず 左眼切開創は特記すべき所見を認めなかった 術後 3ヶ月の視力は右 0.9(1.2 +0.75D) 左 0.8(1.0-0.50D cyl-0.50d Ax20 ) であった 左眼の角膜乱視は0.78Dに減少していた ( 図 3) 両眼ともコントラスト感度に変化はみられなかった ( 図 4) 最終来院日の術後 20ヶ月の視力は右 0.8 (1.2 +0.50D) 左 0.6(1.2-0.75D cyl-0.50d Ax30 ) 両眼 1.0であった 近方視力は右 0.6 (0.9 +0.75D) 左 0.7(0.9 ±0.00D cyl-0.75d Ax30 ) 両眼 0.9であった 左眼の角膜乱視は 0.67Dであり 左眼角膜形状のDifference Map では 術前の角膜乱視の強主経線方向に約 0.73Dの円柱度数減弱を認めた ( 図 5) 図 2 FsAK 手術データ角膜上皮層を傷つけず実質内切開に留めるので回復が早く 安定した経過が得られる 図 1 術前 角膜形状解析 (TMS4 ) 角膜乱視 : 右眼 1.05D Ax103 左眼 1.40D Ax124 図 3 左眼 : 術後 3 ヶ月角膜形状解析 (TMS4 ) 角膜乱視 :0.78D Ax139 189
日本視能訓練士協会誌 図 4 術前 術後 3 ヶ月のコントラス感度右眼 : 回折型レンズ挿入 +LASIK によりコントラスト感度の低下が懸念されたが LASIK 施行前後でコントラスト感度は変化なかった左眼は光学部に触れていないため コントラスト感度の変化はみられなかった 図 5 左眼 : 術前と術後 1 年 9 ヶ月の Diference Map FsAK により約 0.73D の円柱度数減弱を認めた Ⅲ. 考按 LASIKは 主に軽度から強度の近視 乱視の矯正が可能である 対してFsAKによる矯正は軽度の角膜乱視に限られる FsAK は LASIK と異なり角膜上皮を傷つけずに フェムトセカンドレーザーを用いて角膜強主経線を切開し乱視を減弱することが出来るが 角膜の厚み 形状 剛性など個人差が大きく 術量に対する効果が一定ではなく 狙い値に対して矯正精度が低いという問題点が現時点で存在する 本症例では 両眼白内障手術および回折型多焦点眼内レンズ挿入を施行 術後に残余した屈折異常により 裸眼視力がLASIK 手術前検査時右眼 0.3 左眼 0.4と不良であった 右眼 は sph-1.00d cyl-1.00d Ax170 の近視性乱視であった 白内障術後の追加矯正は少ない矯正量でとどまる場合が多く LASIKによる角膜収差の増加はそれほど大きくはないと思われる しかし 回折型多焦点眼内レンズ挿入眼は 入射光を遠近ともに約 40% に配分し 残り約 20% を損失する構造となっており すでに軽度のコントラスト低下が生じている そのため conventional LASIKよりWF-LASIKの方が角膜高次収差の増加を回避し コントラスト感度の低下を最小限に抑えることが期待出来る さらに WF-LASIKでは虹彩認識システムにより眼球回旋補正を行うことで 軸ずれの少ない矯正が可能である 左眼は 角膜乱視が1.40D Ax124 の単性の斜乱視であった WF-LASIK を用いての矯正も可能であったが 光学部 角膜上皮を傷つけず 侵襲の少ない術式のため FsAKを選択した 乱視矯正角膜切開術は OZ を狭く 切開幅を長く 切開深度を深くすることで乱視矯正効果が高くなり OZを広く 切開創を短く 切開深度を浅くすることで乱視矯正効果は弱くなる 手術当時は FsAKの角膜実質内切開の臨床報告は少なく 術量の目安となるノモグラムがまだ存在しなかったため 乱視矯正が過矯正にならないよう留意して OZ を広く 切開幅を狭くとるよう術量を決定した 乱視矯正角膜切開術の合併症として 術前の座位と術中の仰臥位での眼球回旋の違いにより角膜強主経線と切開方向のズレが生じ乱視軸の回転 不正乱視化をまねくことが知られており 3),4),5) これを防ぐため axis registration 1),2) 法にて補正を行った 右眼の術後の視力 自覚的屈折値は1ヶ月 1.0 (1.0 +0.75D) 3ヶ月 0.9(1.2 +0.75D) 20ヶ月 0.8(1.2 +0.50D) とWF-LASIKによる追加矯正は良好な結果であった 右眼は回折型多焦点眼内レンズ挿入と追加矯正によりコントラスト感度の低下が懸念されたが 術後 3ヶ月時測定したコントラスト感度では低下を認めなかった これは 追加矯正を WF-LASIKで行なったことと 切除量が33μ 6) 7) mと少ないためと考えられ 荒井 中村が行なった回折型多焦点眼内レンズ挿入眼に対す 190
第 43 巻 (2014) る追加矯正後に コントラスト感度の低下は無かったとする結果とも一致する 左眼術後 1ヶ月では角膜乱視 1.28Dであり 術前の1.40Dからほとんど変化はみられなかったが 術後 3ヶ月では0.78Dになっており 術前より0.62Dの減弱が認められた また 左眼は光学部に触れていないため コントラスト感度の変化は 8) 9) みられなかった 宮田 北澤らが行なった FsAKによる乱視矯正角膜切開術では 乱視の減弱は術後 1ヶ月で現れたと報告しているが 本症例は1ヶ月では乱視の減弱はみられなかっ 10) た Jan Venteが2013 年に発表した FsAK のノモグラムでは 角膜乱視 1.40Dを矯正する場合 OZ 7.0mm 径 切開幅 40 切開深度 70 % の術量が推奨されている 本症例は 過矯正を避けるために OZ 8.5mm 径 切開幅 40 切開深度約 80% に術量を設定したこと さらに 角膜の物理特性は年齢 個人差により変わることが やや低矯正であったこと 矯正効果が緩やかに現れたことと関係しているのではないかと考える 本症例の術後 20ヶ月の両眼裸眼視力は遠方 1.0 近方 0.9と共に良好であり 眼鏡は使用していない 左眼角膜乱視は0.67Dであり 図 5 に示す左眼角膜形状の Difference Map では 術前の角膜乱視の強主経線方向に約 0.73Dの円柱度数の減弱が認められた やや低矯正であったが 1 年以上の経過においても値が安定していた 本症例と同様のFsAKによる角膜乱視矯 8) 正を行っている宮田は 3.75D の角膜乱視に OZ8.5mm 径 切開幅 80 切開深度約 70% の術量で行い 1ヶ月で強主経線方向に約 2.60D の円柱度数の減弱を認めたと報告している また 9) 北澤らが行なった角膜乱視が1.50D 以上の34 眼に対し FsAKによる乱視矯正と多焦点眼内レンズ同時手術では Schallhornのノモグラムを白内障同時手術用に改良したものを用い術量決定し 術前平均 1.99Dの角膜乱視が1ヶ月で平均 0.89Dに減少したと報告していることから FsAKが角膜乱視の減弱を目的とした矯正に有用であると考える Jan Vente 10) はFsAKの角膜実質内切開の利点は 術中に角膜穿孔のリスクが少なく 上皮 を傷つけないため術後に疼痛がなく感染のリスクが少ない 術後経過は屈折値 視力が安定していることを挙げており 本症例でも術中の角膜穿孔 術後の疼痛 感染はみられなかった FsAKはOZ 切開幅の変更により 乱視矯正量の加減が可能な術式であり ノモグラムを確立することで安全に円柱度数を減弱させることが出来る術式であると考える 白内障術後 特に多焦点眼内レンズ挿入眼において屈折異常が残余し良好な裸眼視力が得られなかった場合にはWF-LASIKによる追加矯正は有効である また 単性乱視の追加矯正としてFsAKを行う場合は 矯正精度をより高くすることが今後の課題である 参考文献 1 ) 宮井尊史, 宮田和典 : 角膜輪部減張切開術 (LRI). IOL & RS Vol24 No1: 39-44, 2010 2 ) 南慶一郎, 宮田和典 : Axis Registration LRI. あたらしい眼科 Vol28 臨時増刊号 : 173-176, 2011 3 ) 飽浦淳介 : AK におけるトラブルとケア. 丸尾正彦 ( 編 ) : 眼科診療プラクティス 83. 82-84, 文光堂, 東京, 2002 4 ) 飽浦淳介 : 乱視矯正角膜切開術 (AK). 丸尾正彦 ( 編 ): 眼科診療プラクティス 89. 60-64, 文光堂, 東京, 2002 5 ) 大内雅之 : 乱視矯正における乱視軸確認の重要性. あたらしい眼科 Vol28 臨時増刊 : 170-172, 2011 6 ) 荒井宏幸 : エキシマレーザーによるTouch up. IOL & RS Vol25 No2: 195-197, 2011 7 ) 中村邦彦 : 眼内レンズ挿入眼での追加矯正 ( 多焦点を含む ). あたらしい眼科 Vol28 臨増 : 131-134, 2011 8 ) 宮田和典 : フェムトセカンドレーザーによる Astigmatic Keratotomy. あたらしい眼科 Vol29 No8: 1101-1102 2012 9 ) 北澤世志博 : フェムトセカンドレーザーによる角膜実質内乱視矯正と多焦点眼内レンズ同時手術. 臨床眼科 67 巻 8 号 : 1315-1320 2013 10)Jan Vente, Rodney Blumenfeld, Steve 191
日本視能訓練士協会誌 Schallorn, Martina Pelouskova: Nonpenetrating Femtosecond Laser Intrastromal Astigmatic Keratotomy in Patients With Mixed Astigmatism After Previous Refractive Surgery. Journal of Refractive Surgery Vol29, No3: 180-186 192