天理よろづ相談所学術発表会 24 Tenri Medical Bulletin 25;8(2:7-74 DOI:.2936/tenrikiyo.8-3 乳癌における FISH 法を用いた HER2 遺伝子増幅の検出 奥村敦子 *, 中川美穂, 林田雅彦, 安田正利 2, 本庄原 天理よろづ相談所医学研究所 2 天理よろづ相談所病院臨床検査部 3 天理よろづ相談所病院病理診断部 受付 25/7/3, 受理 25/9/, online 公開 25/2/25 3 目的 : 当施設では, 約 年前から, コンパニオン診断として FISH 法を用いた乳癌 HER2 検査を実施している. 今回, 過去 3 年間の実績を紹介し, 本法の問題点を考察した. 対象および方法 : 2 年から 3 年間に乳癌と診断され,IHC 法による HER2 検査を実施した 52 例のうち,IHC スコア 2+ で FISH 法を追加実施した 9 例を対象とした. プローブは PathVysion HER-2 DNA Probe Kit を用い, 癌細胞 2 個以上について HER2 および CEP7 シグナル数をカウントし,HER2/CEP7 比 < 2. を陰性,HER2/CEP7 比 2. を陽性と判定した. 結果および考察 : FISH 法による HER2 検査結果は, 陽性 4 例 (5%, 陰性 77 例 (85% であった. 陽性群では, HER2 シグナル数が平均 6.5 個 (2 ~ 3 個,CEP7 シグナル数が平均 2. 個 ( ~ 5 個, 陰性群では,HER2 シグナル数が平均 3.2 個 ( ~ 4 個,CEP7 シグナル数が平均 2.8 個 ( ~ 9 個 であった. 陰性群における HER2 遺伝子増加の多くは,7 番染色体の polysomy に伴うものであった. 多くの症例では, 陽性 陰性の判定は容易であったが,HER2/CEP7 比がカットオフ値に近い症例のなかには, 判定結果の信頼性が低いと考えられる症例があった.FISH 法による HER2 検査は, ホルマリン固定薄切標本を用いるため, 個々の癌細胞のシグナル数を正確にカウントすることがしばしば困難である. より正確な判定のためには, ホルマリン固定薄切標本の性状を理解し, 癌領域全体を観察することが重要と考えられた. キーワード : 乳癌,HER2 遺伝子増幅,IHC 法,FISH 法, ホルマリン固定薄切標本 緒言 HER2(human epidermal growth factor receptor 2 は, 細胞表面に存在する受容体型チロシンキナー ゼの一つである.HER2 は正常細胞にも僅かに存 在するが, 過剰発現や活性化は細胞増殖や癌化に 関わっている. 乳癌では, 約 2 割の症例に HER2 の過剰発現が認められ, その原因の約 9 割は,7 番染色体上に位置する HER2 遺伝子の増幅に起因 するとされている.HER2 過剰発現と HER2 遺伝子 * 連絡先 : 奥村敦子 632-8552 天理市三島町 2 天理よろづ相談所医学研究所 e-mail: oku-5ken@tenriyorozu.jp 増幅は,2 年に承認された分子標的治療薬であるトラスツズマブ (HER2 抗体 の適応を決定する上での判断基準となっている. 適正な治療を実施するためには,HER2 過剰発現 HER2 遺伝子増幅の有無を正確に判定することが重要である. HER2 過剰発現の判定には,HER2 蛋白の染色パターンと強度をスコア化して過剰発現を評価する免疫組織化学染色 (immunohistochemistry; IHC 法が,HER2 遺伝子増幅の判定には,HER2 遺伝子を蛍光シグナルとして可視化して遺伝子増幅を判定する蛍光 in situ ハイブリダイゼーション (fluorescence in situ hybridization; FISH 法が用いら 7
FISH 法による HER2 検査 れる. わが国では, トラスツズマブ病理部会によって HER2 検査フローチャートが提唱されている. すなわち, まず汎用性の高い IHC 法によってスコア ~ 3+ に分類し, 判定保留領域のスコア 2+ に対して FISH 法を追加して陽性と陰性に分類する手順である. 当施設においても, コンパニオン診断として FISH 法を導入した約 年前から, スコア 2+ の症例に限って,FISH 法による HER2 検査を実施している. IHC 法が半定量的な方法であるのに対して, FISH 法は遺伝子数をカウントする方法であるため, 客観的で再現性の高い正確な手法であるとされているが, 実際には様々な問題点を有している. 今回, 当施設における過去 3 年間の実績を踏まえて,FISH 法による HER2 検査の問題点を考察した. カウントは, 熟練した検査技師 2 名で実施した. なお,FISH 標本の観察に際しては, 薄切標本であることと腫瘍細胞の不均一性を考慮して, 癌領域全体におけるシグナル数を把握するように努めた. 結果および考察乳癌 52 例の IHC 法による判定結果は, スコア が 276 例 (53%, スコア + が 82 例 (6%, スコア 2+ が 96 例 (8%, スコア 3+ が 67 例 (3% であった. スコア 2+ の 96 例のうち,9 例について FISH 法を実施した結果, 陽性が 4 例 (5%, 陰性が 77 例 (85% であった ( 図 2. 陽性群では, 正常細胞 HER2 遺伝子増幅 Polysomyによる増加 対象 2 年 月から 23 年 2 月までに乳癌と診断され,IHC 法による HER2 検査を実施した症例は 52 例であった. そのうち,IHC スコア 2+ で, FISH 法を実施した 9 例を対象とした. 性別は, 女性 89 例, 男性 2 例, 年齢は 3 歳から 87 歳 ( 平均 57.6 歳 であった. なお,FISH 法導入時の IHC 法と FISH 法の比較検討において,IHC スコア 2+ を除くと, 両法の一致率が 96%(7 例中 68 例 と高かったことを踏まえ, 不一致例を多く認めた IHC スコア 2+ の症例に限って FISH 法を実施した. 方法 FISH 法による HER2 検査は, トラスツズマブ病理部会が作成した HER2 検査ガイド に基づいて,PathVysion HER-2 DNA Probe Kit(Abbott Laboratories. Abbott Park, IL, U.S.A. を用いた. 判定は, 癌細胞を 2 個以上観察し,HER2 シグナル数と CEP7(7 番染色体のセントロメア シグナル数の比を算出し,HER2/CEP7 比 < 2. を陰性, HER2/CEP7 比 2. を陽性とした ( 図. FISH 検査の実施に先立って, 病理医と共に HE 染色標本と HER2 の IHC 標本を観察し, 癌細胞を確認するとともに観察領域を決定した.FISH シグナルの HER2 CEP7 陽性 HER2(6 個 = 3. CEP7(2 個 陰性 HER2(6 個 =. CEP7(6 個 図. FISH 法による HER2 検査の原理を示す模式図 PathVysion HER-2 DNA Probe Kit は, 7q.2-q2 に位置する HER2 遺伝子プローブ ( 赤で標識 と 7 番染色体のセントロメアにハイブリダイズする CEP7 プローブ ( 緑で標識 からなる. 正常細胞では赤 2 個緑 2 個のシグナルパターンを示すが, HER2 遺伝子増幅細胞では緑 2 個であるのに対して赤が増加 ( この図では 6 個, 7 番染色体 polysomy 細胞では赤と緑が同じ数だけ ( この図では 6 個 増加する. 遺伝子増幅陽性判定のカットオフ値は 2. とした. スコア 2+ 96 例 (8% FISH 法陽性 :4 例 FISH 法陰性 : 77 例 未検査 :5 例 スコア3+ 67 例 (3% スコア + 82 例 (6% スコア 276 例 (53% (n = 52 図 2. 2 年から 23 年に診断した乳癌症例 52 例の HER2 検査結果.IHC 法スコア 2+ の 96 例 (8% のうち 9 例に対して FISH 法による HER2 検査を実施した. 天理医学紀要第 8 巻第 2 号 (25 7
奥村, 他 HER2 シグナル数が平均 6.5 個 ( 範囲 :2 ~ 3 個, CEP7 シグナル数が平均 2. 個 ( 範囲 : ~ 5 個, 陰性群では,HER2 シグナル数が平均 3.2 個 ( 範囲 : ~ 4 個,CEP7 シグナル数が平均 2.8 個 ( 範囲 : ~ 9 個 で ( 図 3, 多くの症例では, 陽性 陰性の判定は容易であった ( 図 4. 陰性症例の HER2 シグナル数の増加の多くは, HER2 シグナル数とともに CEP7 シグナル数も増加していることから,7 番染色体数の増加 (7 番染色体 polysomy に起因すると考えられた. 図 3 の領域 A に分布する 4 症例は, いずれも HER2 シグナル数が約 6 個に増加しているが,CEP7 シグナル数が約 2 個と 3 個の 2 例は HER2 遺伝子増幅陽性と判定されるのに対して,CEP7 シグナル数が約 5 個の 2 例は HER2 遺伝子増幅陰性と判定される. このような 7 番染色体 polysomy に起因する HER2 遺伝子数の増加は,HER2 遺伝子増幅とはみなされない ( 図. 一方, 図 3 の領域 B に示す様に, 陽性 陰性両群の境界付近には陰性症例が分布している. 最も陽性領域に近かった症例 C では,HER2 シグナル数が平均 5.5 個,CEP7 シグナル数が平均 2.8 個, HER2/CEP7 比.9 であったため陰性と判定した. しかし, 個々の癌細胞をみると, 図 5 に示すようにシグナル数のバラツキが大きく, 癌組織内での不均一性が示唆された. この様な症例は,FISH 検査による判定の信頼性が低い可能性があるため, ER2平均シグナル数CEP7 平均シグナル数H8 6 4 2 陽性 (4 例 比 :2. 以上 症例 C 領域 B 図 3. FISH 法による HER2 シグナル数と CEP7 シグナル数 ( 各症例の癌細胞 個あたりの平均値 の分布 HER2/CEP7 比 2. を陽性と判定した. 領域 A, 領域 B, 症 例 C については本文参照. 領域 A 陰性 (77 例 比 :2. 未満 2 4 6 8 報告書には, シグナル数のバラツキについても記 載することにしている. 最後に, 当院での FISH 法による HER2 陽性率と, 他施設のデータを比較した ( 表 2-5.IHC 法の スコア 2+ 症例における FISH 陽性率は, 当院では 5% であったが, 検索した 5 施設では,3% から 25% であった. 一方,IHC 法によるスコア別割合 も各施設で大きく異なっていた. このような施設 A B HER2(28 個 CEP7(3 個 = 9.3 HER2(2 個 CEP7(2 個 =. 図 4. FISH 法による HER2 検査の具体例. (A 陽性症例, (B 陰性症例. 72 Tenri Medical Bulletin Vol. 8 No. 2 (25
FISH 法による HER2 検査 HER2(4 個 CEP7(3 個 =.3 HER2(6 個 CEP7(3 個 = 2. HER2(2 個 CEP7(6 個 = 2. 図 5. 症例 C の FISH 細胞によって HER2, CEP7 シグナル数にバラツキが認められる. 右の 2 個の細胞は HER2/CEP7 比 2 であるので, HER2 遺伝子増幅陽性細胞である可能性があるが, 左のようなカットオフ値以下の細胞が混在するため, 全体としては陰性と判定することになる. 表. FISH 法による HER2 陽性率の他施設との比較 スコア + 2+ (FISH 陽性率 3+ 当院 (23 53% 6% 8% (5% : 4/9 例 3% 和田ら (23 49% 22% 7% (8% : 3/7 例 3% 加藤ら (27 4% 9% 6% ( 3% : 2/78 例 28% くは,7 番染色体 polysomy に起因するものであった. 一部の症例では, 癌組織内でのシグナル数の不均一性が示唆された. ホルマリン固定薄切標本の性状を理解した上で,FISH 標本を慎重に観察することが重要であると考えられた. 津田ら (2 34% 43% 9% (25% : 5/2 例 4% Mass ら (2 4% 6% 7% (24% : 2/88 例 37% 参考文献 間格差の原因の一つとして,FISH 標本の作成方法の違いがあげられる.FISH 法による HER2 検査は, ホルマリン固定薄切標本を用いるので, シグナルが欠失したり, 細胞が隣接するために境界が不明瞭になったり, 標本の厚みによって細胞が重なったりするため, 個々の癌細胞のシグナル数を正確にカウントすることはしばしば困難である. 従って,FISH 法による HER2 検査は, 実際には, 判定に差が出る不安定な検査であるとも考えられた. 結語乳癌の HER2 検査において,IHC 法スコア 2+ 症例の FISH 法による陽性率は 5%(9 例中 4 例 であった. 陰性群の HER2 シグナル数の増加の多. HER2 検査ガイド第 3 版, トラスツズマブ病理部会編, 中外製薬, 東京,29. 2. 和田光平, 原智代, 林修平, 他. 乳癌における HER2 検査,IHC 法と FISH 法の比較検討 ( 会議録. 日本農村医学会雑誌.23;62:426. 3. 加藤法男, 岩本久司, 高頭秀吉, 他. 当院における乳癌 HER2 検査法の現状. IHC 法と FISH 法の比較. 長岡赤十字病院医学雑誌.27;2:39-44. 4. Tsuda H, Akiyama F, Terasaki H, et al. Detection of HER- 2/neu (c-erb B-2 DNA amplification in primary breast carcinoma. Interobserver reproducibility and correlation with immunohistochemical HER-2 overexpression. Cancer 2;92:2965-2974. 5. Mass RD. Sanders C, Charlene K, et al. The concordance between the clinical trials assay (CTA and fluorescence in situ hybridization(fish in the Herceptin pivotal trials (abstract.proceedings of Am Soci Clin Oncol 2;9:75a 天理医学紀要第 8 巻第 2 号 (25 73
奥村, 他 Application of fluorescence in situ hybridization testing for the amplification of HER2 gene in breast cancer Atsuko Okumura, Miho Nakagawa, Masahiko Hayashida, Masatosi Yasuda 2, Gen Honjo 3 Tenri Institute of Medical Research; 2 Department of Laboratory Medicine, Tenri Hospital; 3 Department of Diagnostic Pathology, Tenri Hospital Purpose: Ten years ago, we introduced fluorescence in situ hybridization (FISH into clinical practice as a companion diagnostic test for HER2 gene amplification in breast cancer. We summarize here our FISH data during the last 3 years, and discuss the points at issue of this diagnostic test. Patients and methods: Of a total of 52 cases diagnosed with breast cancer and investigated for HER2 expression by immunohistochemistry (IHC between 2 and 23, 9 cases with IHC score of 2+ were subjected to the FISH test. Using the PathVysion HER-2 DNA Probe Kit, we counted the number of HER2 and CEP7 signals in 2 or more cancer cells, and a ratio of HER2/CEP7 2 was defined as positive for HER2 amplification, while a ratio <2 was defined as negative. Results and discussion: Fourteen (5% cases were FISH positive and 77 (85% cases were FISH negative for HER2 amplification. In the FISH-positive group, the mean HER2 signal number per nucleus was 6.5 (range, 2~3 and that of CEP7 was 2. (range, ~5, while in the FISH-negative group, the mean HER2 signal number was 3.2 (range, ~4 and that of CEP7 was 2.8 (range ~9. Increased HER2 signal numbers in the negative group were mainly attributable to polysomy of chromosome 7. Although the assessment of test results in the majority of cases was undemanding, there were equivocal cases in which the HER2/CEP7 ratio was close to 2.. In FISH specimens prepared from formalin-fixed paraffin-embedded tissues, nuclear truncation by sectioning leading to loss of DNA material can occur, and non-overlapping intact nuclei for scoring and areas of invasive tumor may not necessarily be identified. Thus, a considerable amount of practice with FISH assay is necessary to correctly define the presence of a FISH abnormality. Keywords: breast cancer, HER2 amplification, immunohistochemistry, FISH, formalin-fixed tissue sections 74 Tenri Medical Bulletin Vol. 8 No. 2 (25