平成21年度実績報告

Similar documents
を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

スライド 1

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

平成18年3月17日

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

Untitled

研究成果報告書

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

脳神経発生に関わるシグナル伝達経路の機能と制御の解明

Untitled

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

Microsoft PowerPoint - NetSci研究会2012_print.pptx

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

STAP現象の検証の実施について

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

周期的に活性化する 色素幹細胞は毛包幹細胞と同様にバルジ サブバルジ領域に局在し 周期的に活性化して分化した色素細胞を毛母に供給し それにより毛が着色する しかし ゲノムストレスが加わるとこのシステムは破たんする 我々の研究室では 加齢に伴い色素幹細胞が枯渇すると白髪を発症すること また 5Gy の

平成16年6月  日

PowerPoint プレゼンテーション

Establishment and Characterization of Cynomolgus Monkey ES Cell Lines

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

<4D F736F F D F D F095AA89F082CC82B582AD82DD202E646F63>

Microsoft PowerPoint - 4_河邊先生_改.ppt

スライド 1

Microsoft Word - 1 color Normalization Document _Agilent version_ .doc

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

第6号-2/8)最前線(大矢)

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

Microsoft Word CREST中山(確定版)

長期/島本1

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017)

論文の内容の要旨

コラーゲンを用いる細胞培養マニュアル

背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

生物の発生 分化 再生 平成 12 年度採択研究代表者 小林悟 ( 岡崎国立共同研究機構統合バイオサイエンスセンター教授 ) 生殖細胞の形成機構の解明とその哺乳動物への応用 1. 研究実施の概要本研究は ショウジョウバエおよびマウスの生殖細胞に関わる分子の同定および機能解析を行い 無脊椎 脊椎動物に

細胞外情報を集積 統合し 適切な転写応答へと変換する 細胞内 ロジックボード 分子の発見 1. 発表者 : 畠山昌則 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻微生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積 統

<4D F736F F D C668DDA94C5817A8AEE90B68CA45F927D946791E58BA493AF838A838A815B83585F8AB28DD79645>

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

今後の予定 6/29 パターン形成第 11 回 7/6 データ解析第 12 回 7/13 群れ行動 ( 久保先生 ) 第 13 回 7/17 ( 金 ) 休講 7/20 まとめ第 14 回 7/27 休講?

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

調査委員会 報告

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

Microsoft Word - 最終:【広報課】Dectin-2発表資料0519.doc

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

PowerPoint プレゼンテーション

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

Microsoft Word - FHA_13FD0159_Y.doc

Microsoft PowerPoint - 資料6-1_高橋委員(公開用修正).pptx

Untitled

様式)

(Microsoft Word - \203v\203\214\203X\203\212\203\212\201[\203X doc)

Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

Untitled

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

Untitled

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

生物時計の安定性の秘密を解明

PowerPoint プレゼンテーション

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

様式 C-19 科学研究費補助金研究成果報告書 平成 22 年 6 月 16 日現在 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2008~2009 課題番号 : 研究課題名 ( 和文 ) 心臓副交感神経の正常発生と分布に必須の因子に関する研究 研究課題名 ( 英文 )Researc

研究成果報告書

Microsoft PowerPoint - 2_(廣瀬宗孝).ppt

Untitled

STAP現象の検証結果

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

この問題点の一つとして従来からの細胞培養法が挙げられます 長年行われている細胞培養法では 細胞培養フラスコやディッシュなどを使用していますが これらは実験者にとって操作しやすいものの 細胞自身に適したものでは決してありません それは 細胞が本来あるべき環境とは異なるからです 私たちの体において 細胞

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015)

DEPARTMENT OF CELL BIOLOGY LABORATORY OF GROWTH REGULATION The research interest of this laboratory is to understand the molecular mechanism of cell d

平成14年度研究報告

<4D F736F F D DC58F49288A6D92E A96C E837C AA8E714C41472D3382C982E682E996C D90A78B408D5C82F089F096BE E646F6378>

( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

Untitled

Untitled

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

Transcription:

生命システムの動作原理と基盤技術 平成 18 年度採択研究代表者 平成 21 年度 実績報告 影山龍一郎 京都大学ウイルス研究所 教授 短周期遺伝子発現リズムの動作原理 1. 研究実施の概要 本年度は 胚性幹 (ES) 細胞における Hes1 を中心としたオシレーションネットワークの全体像およびその意義について解析した ES 細胞は多分化能をもち 半永久的に増殖することから 再生医療への応用が期待されている しかし ES 細胞は 多分化能をもつが故に均一な細胞集団に分化させるのが非常に困難で 不要なタイプの細胞あるいは未分化な細胞が混入してしまう さらに 未分化な細胞は腫瘍を形成することが知られている すなわち ES 細胞の性質は 利点でもあるが欠点でもあり 再生医療への応用に向けて大きな壁となっている しかし ES 細胞がいろいろな刺激に対して示す多様な分化応答の分子基盤については よくわかっていなかった そこで 我々は ES 細胞が示す多様な分化応答に Hes1 が関与する可能性について検討した その結果 ES 細胞において Hes1 の発現は3 5 時間周期でオシレーションすること Hes1 の標的遺伝子 Deltalike1 や Gadd45g の発現もオシレーションすること Hes1-high ES 細胞は遅いタイミングで中胚葉系に分化しやすく Hes1-low ES 細胞は早いタイミングで神経系に分化しやすいこと そして Hes1 遺伝子をノックアウトした ES 細胞は早いタイミングで均一に神経系に分化することがわかった したがって Hes1 オシレーションは ES 細胞の多様な分化応答性に寄与することが明らかになった また Hes1 ノックアウト ES 細胞は均一に神経系に分化することから 神経系の再生医療への応用が期待された 一方 体節形成過程に見られる発現振動の動態に関して 空間離散の数理モデルに基づいて空間パターンの数値シミュレーションを行った その結果 個々の細胞は振動性を持たない場合でも 空間不均一性と activator による結合により発振が出現して多様な時空間パターンが生成されることを明らかにした 今後は このモデルを元に 実験と理論の連携によって 分節時計の新しいモデルの構築を目指す 1

2. 研究実施体制 (1) 影山 グループ 1 研究分担グループ長 : 影山龍一郎 ( 京都大学 ) 2 研究項目短周期遺伝子発現リズムの動作原理 (2) 吉川 グループ 1 研究分担グループ長 : 吉川研一 ( 京都大学 ) 研究項目 2 研究項目短周期遺伝子発現リズムの数理モデル構築 3. 研究実施内容 ( 文中に番号がある場合は (4-1) に対応する ) 影山グループ本年度は 胚性幹 (ES) 細胞における Hes1 を中心としたオシレーションネットワークの全体像およびその意義について解析した ES 細胞は多分化能をもち 半永久的に増殖することから 再生医療への応用が期待されている しかし ES 細胞は 多分化能をもつが故に均一な細胞集団に分化させるのが非常に困難で 不要なタイプの細胞あるいは未分化な細胞が混入してしまう さらに 未分化な細胞は腫瘍を形成することが知られている すなわち ES 細胞の性質は 利点でもあるが欠点でもあり 再生医療への応用に向けて大きな壁となっている しかし ES 細胞がいろいろな刺激に対して示す多様な分化応答の分子基盤については よくわかっていなかった そこで 我々は ES 細胞が示す多様な分化応答に Hes1 が関与する可能性について検討し 以下のことを明らかにした まず ES 細胞における Hes1 の発現を免疫染色法にて検討したところ 細胞毎に発現レベルが異なること また発現は Notch シグナルではなく LIF および BMP によって制御されていることがわかった ( 図 1) さらに ES 細胞に Hes1 レポーターを導入してリアルタイムで Hes1 の発現を可視化したところ ノザンやウェスタン法では一定レベルで持続発現しているようにみえる条件下でも シングルセルレベルでは3 5 時間周期で発現がオシレーションしていた 次に 胚性幹細胞における Hes1 の標的遺伝子群をマイクロアレー法および ChIP-on-Chip 法によって網羅的に探索したところ 多くの遺伝子が Hes1 によって発現抑制を受けることがわかった その中には Notch のリガンドある Deltalike1 (Dll1) および細胞増殖を抑制する Gadd45g も含まれており それぞれの発現レポーターを ES 細胞に導入して リアルタイムで発現動態を解析した その結果 Dll1 や Gadd45g の発現も Hes1 と同様にオシレーションすることがわかった ( 図 1) このことから ES 細胞の増殖 分化能は Hes1 オシレーションとともに時々刻々と変化すると考えられた この 2

点を明らかにするために ES 細胞の Hes1 遺伝子に Venus 蛍光遺伝子をノックインして Venus-Hes1 の融合蛋白が発現するようにし 蛍光強度に従って Hes1-high および Hes1-low の ES 細胞を分離した 分離後すぐに これらの細胞の分化能を検討したところ Hes1-high ES 細胞は遅いタイミングで中胚葉系に Hes1-low ES 細胞は早いタイミングで神経系に分化しやすいことが明らかになった ( 図 2) これらの結果から Hes1 オシレーションは ES 細胞の多様な分化応答に寄与すると考えられた この点をさらに検討するために Hes1 遺伝子をノックアウトした ES 細胞を作製して分化能をしらべたところ 早いタイミングで均一に神経系に分化した 以上の結果から Hes1 発現オシレーションが ES 細胞の多様な分化応答性に重要な役割を担うことが明らかになった ( 図 2)[ 文献 1] また Hes1 ノックアウト ES 細胞は 均一に神経系に分化することから 神経系の再生医療への応用が期待された 図 1:ES 細胞における Hes1 および標的遺伝子の発現動態 ES 細胞では Hes1 の発現はオシ レーションし その標的遺伝子である Gadd45g や Deltalike1 (Dll1) の発現もオシレーションす る 図 2:ES 細胞の多様な分化応答に Hes1 オシレーションが寄与 ES 細胞では Hes1 の発現がオ シレーションしている 分化誘導したときに Hes1 の発現レベルが高いと中胚葉系に分化しやす 3

いが Hes1 の発現レベルが低いと神経系に分化しやすい したがって Hes1 の発現オシレーシ ョンは ES 細胞の多様な分化応答性に寄与する 吉川グループ体節形成など生物の形づくりは 時空間情報の精密な処理を通じて実現されている これまでの形態形成の数理モデルの多くは 偏微分で記述される空間連続系でパターン形成を調べてきた その中でも 拡散不安定性によって安定な定常パターンが誘導される Turing パターンは特に精力的に研究されてきた しかし 連続変数を用いた偏微分方程式系の数理モデルによる定常パターンの数値解析は 細胞という生体組織の最小単位に起因する離散性がパターンに及ぼす影響を正しく評価できないという欠点がある そこで 本研究では新たに体節形成を模した空間離散の数理モデルに基づき 空間パターンの形成過程を数値シミュレーションによって研究した 本研究では 未分節中胚葉 (PSM) の後端にある分節時計 FGF などの濃度勾配 胚の成長 そして PSM 内での遺伝子発現波の伝搬と停止など 実験で観察された要素をモデルに取り込み 数値シミュレーションを行った その結果 図 3で示すように規律正しい空間周期パターンを形成する結果を得た そして 空間連続の系とは全く異なる現象が現れることが確認された 図 3: 空間離散の数理モデルで得られた活性因子の空間分布の時間変化 4. 成果発表等 (4-1) 原著論文発表 論文詳細情報影山グループ [1] Kobayashi, T., Mizuno, H., Imayoshi, I., Furusawa, C., Shirahige, K., and Kageyama, R. (2009) The cyclic gene Hes1 contributes to diverse differentiation responses of embryonic stem cells. Genes & Dev. 23, 1870-1875. (DOI: 10.1101/gad.1823109) 4

[2] Gonzalez, A., and Kageyama, R. (2009) Hopf Bifurcation in the Presomitic Mesoderm during the Mouse Segmentation. J. Theor. Biol. 259, 176-189. (DOI: 10.1016/j.jtbi.2009.02.007) [3] Wall, D.S., Mears, A.J., McNeill, B., Mazerolle, C., Thurig, S., Wang, Y., Kageyama, R., and Wallace, V.A. (2009) Progenitor cell proliferation in the retina is dependent on Notch-independent Sonic hedgehog/hes1 activity. J. Cell Biol. 184, 101-112. (DOI: 10.1083/jcb.200805155) [4] Murata, J., Ohtsuka, T., Tokunaga, A., Nishiike, S., Inohara, H., Okano, H., and Kageyama, R. (2009) Notch-Hes1 pathway contributes to the cochlear prosensory formation potentially through the transcriptional down-regulation of p27(kip1). J. Neurosci. Res. 87, 3521-3534. (DOI: 10.1002/jnr.22169) [5] Arai, M., Masada, A., Ohtsuka, T., Kageyama, R., and Ishibashi, M. (2009) The first Hes1 dimer inhibitors from natural products. Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 19, 5778-5781. (DOI: 10.1016/j.bmcl.2009.07.146) [6] Imayoshi, I., Sakamoto, M., Yamaguchi, M., Mori, K., and Kageyama, R. (2010) Essential roles of Notch signaling in maintenance of neural stem cells in the developing and adult brains. J. Neurosci. 30, 3489-3498. (DOI: 10.1523/JNEUROSCI.4987-09.2010) 吉川グループ [7] Nagahara, H., Ma, Y., Takenaka, Y., Kageyama, R., and Yoshikawa, K. (2009) Spatio-temporal pattern in somitogenesis: a non-turing scenario with wave propagation. Physical Rev. E. 80, 0219106(1-7). (DOI: 10.1103/PhysRevE.80.021906) (4-4) 知財出願 1 平成 21 年度特許出願内訳 ( 国内 1 件 ) 2 CREST 研究期間累積件数 ( 国内 1 件 ) 5