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その他法律 2017 年 6 月 29 日全 8 頁 民法 ( 債権法 ) 改正の重要ポイント 時効 法定利率 定型約款 個人保証の見直し 金融調査部研究員小林章子 [ 要約 ] 2017( 平成 29) 年 5 月 26 日 民法の一部を改正する法律 が参議院で可決 成立し 同 6 月 2 日に公布された 施行日は 原則として公布日から起算して3 年を超えない範囲内において政令で定める日とされている 今回の改正は 民法のうち債権 ( 特定の者に対して特定の行為をすることを求める権利 ) に関する定め ( いわゆる債権法 ) の見直しを行うものである 改正内容は多岐にわたるが 本稿では特に重要な見直しが行われた 1 時効 2 法定利率 3 定型約款 4 個人保証について解説する なお 同日 民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律 も可決 成立し 同じく6 月 2 日に公布されている これは 民法の定めに沿った定めが設けられている商法 会社法 金融商品取引法などの周辺の法律について 今回の民法改正に即した見直しなどを行うものとなっている 一. はじめに 2017( 平成 29) 年 5 月 26 日 民法の一部を改正する法律 ( 以下 民法改正法 ) が参議院で可決 成立し 同 6 月 2 日に公布 1 された 施行日は 原則として公布日から起算して3 年を超えない範囲内において政令で定める日とされている 民法は 制定された 1896( 明治 29) 年から実質的な見直しが行われないまま 120 年以上が経っており 民法を現代の社会経済情勢に即したものとすることや 国民一般に分かりやすいものとすることが求められてきた 2 今回の改正は 民法のうち債権 ( 特定の者に対して特定の行為をすることを求める権利 ) に関する定め ( いわゆる債権法 ) の見直しを行うものである 改正内容は多岐にわたるが 本稿では特に重要な見直しが行われた1 時効 2 法定利率 3 1 平成 29 年 6 月 2 日付官報号外第 116 号 2 法制審議会第 160 回会議 ( 平成 21 年 10 月 28 日開催 ) における諮問第 88 号 株式会社大和総研丸の内オフィス 100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号グラントウキョウノースタワー このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが その正確性 完全性を保証するものではありません また 記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります 大和総研の親会社である 大和総研ホールディングスと大和証券 は 大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です 内容に関する一切の権利は 大和総研にあります 無断での複製 転載 転送等はご遠慮ください

2 / 8 定型約款 4 個人保証について解説する なお 同日 民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律 ( 以下 整備法 ) も可決 成立し 同じく6 月 2 日に公布 3 されている これは 民法の定めに沿った定めが設けられている商法 会社法 金融商品取引法などの周辺の法律について 今回の民法改正に即した見直しなどを行うものとなっている 4 二. 重要な見直し 1. 時効に関する見直し (1) 債権の原則的な消滅時効の見直し改正前 ( 現行 ) の民法では 債権は原則として 権利を行使することができる時 から 10 年間 行使しないときに消滅するとしている ( 現行民法 166 条 167 条 1 項 ) 改正後の民法では 現行の民法の定めに加えて 債権者が権利を行使することができることを知った時 から 5 年間 行使しないときにも 債権が消滅することとされた ( 改正民法 166 条 1 項 1 号 ) 例えば 目的物の引渡しと同時に売買代金を支払うという内容の売買契約 ( テレビを代金 20 万円で買い テレビは即日納入 代金はその場で支払うとする売買契約など ) を結んだ場合を考える この場合 売主は目的物の引渡しの時から売買代金の支払いを請求することができるため 代金支払請求権は 引渡しの時から 10 年間行使しなければ消滅する しかし 同時に売主は契約上 目的物の引渡しの時に支払い請求ができることを知っているので 改正後の民法の下では引渡しの時から5 年を経過した時点で すでに代金支払請求権は消滅することになる ( 前述の例だと テレビの納入時より5 年を経過した時点で 売主は代金支払請求をすることができなくなる ) このように 一般的な契約関係においては 債権者が権利を行使することができることを契約上知っていることが通常であるため 今回の改正は 特別な場合を除き 実質的には消滅時効の期間を5 年間に短縮するものといえる (2) 例外的な消滅時効の見直し現行の民法では 職業別の債権 ( 現行民法 170 条 ~174 条 ) 定期金債権(168 条 ) 定期給付債権 (169 条 ) については 例外的な消滅時効の定めが設けられている また 不法行為による損害賠償請求権についても 被害者の保護などの趣旨から別途時効の定めがある (724 条 ) 改正後の民法では これらの例外的な消滅時効についても見直された ( 図表 1) 職業別の債権および定期給付債権の短期消滅時効の定めは廃止され 原則的な消滅時効に統一される 定期金債権については 時効の起算点が見直された (168 条 1 項 ) また 不法行為による損害賠 3 平成 29 年 6 月 2 日付官報号外第 116 号 4 改正される法律は商法 会社法 金融商品取引法のほか 合計 216 の法律が対象

3 / 8 償請求権については 人の生命または身体を害する不法行為に限って特則が定められ 被害者 などが損害および加害者を知った時から 5 年間 ( 現行法は 3 年間 ) に延長された (724 条の 2 ) 図表 1 消滅時効の見直し 債権の種類 現行法 改正後 原則 一般の債権 権利を行使できる時から10 年間 職業別の債権 医師の診療 助産師の助産 薬剤師の調剤 権利を行使できる時から3 年間 ( 主なもの ) 定期的に生じる債権 不法行為による損害賠償請求権 住宅の建築 リフォーム工事の設計 請負代金など弁護士 公証人の報酬など生産者 卸売 小売商人の商品代金など理髪店 クリーニング店の料金など学校 塾の授業料や教材費など使用人の給料 ( 月払い又は日払いのもの ) バス タクシー 宅配業者の運賃など旅館の宿泊費 飲食店の飲食費 席料など定期給付債権 ( 利息 家賃 給料 扶養料など ) 定期金債権 人の生命または身体を害する不法行為 それ以外 工事終了の時から 3 年間 事件終了の時から 2 年間 権利を行使できる時から 2 年間 権利を行使できる時から 1 年間 権利を行使できる時から 5 年間 第 1 回の弁済期から 20 年間または最後の弁済期から 10 年間 被害者などが損害および加害者を知ったときから 3 年間または不法行為時から 20 年間 債権者が権利を行使できることを知った時から5 年間または権利を行使できる時から ( 注 ) 10 年間 債権者が権利を行使できることを知った時から 10 年間または権利を行使できる時から 20 年間被害者などが損害および加害者を知った時から 5 年間または不法行為時から 20 年間被害者などが損害および加害者を知った時から 3 年間または不法行為時から 20 年間 ( 注 ) 人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権は 権利を行使できる時から 20 年間 ( 改正民法 167 条 ) ( 出所 ) 大和総研作成 (3) 時効の中断および停止の見直し現行の民法では 一定の事由が発生した場合に時効の進行が停止し それまでに進行した時効期間がリセットされ新たに一から時効が進行し始める 時効の中断 と 進行した時効期間はリセットされないが時効の完成が猶予される 時効の停止 が定められている 改正後の民法では 時効の中断 を 時効の更新 時効の停止 を 時効の完成猶予 と改めた上で おおむね図表 2の通り区分されることとされた (147 条 ~152 条 )

4 / 8 図表 2 時効の中断規定の見直し 意味 事由 時効の完成猶予進行した時効期間はリセットされないが 時効の完成が猶予される裁判上の請求 支払督促和解 調停 ( 民事 家事 ) 破産 民事再生 会社更生手続への参加強制執行 担保権の実行 担保権の実行としての競売 財産開示手続 時効の更新進行した時効期間がリセットされ 新たに一から進行し始める 確定判決 ( または和解調書など同一の効力を有するもの ) によって左の手続に係る権利が確定した場合 左の手続が終了した場合 仮差押え 仮処分債務者が債権の存在を承認した場合催告協議によることの書面での合意があった場合未成年者または成年被後見人の法定代理人がない場合相続人が確定しない場合など ( 出所 ) 大和総研作成 (4) 適用関係 時効に関する改正は 民法改正法の施行日から施行される ( 附則 1 条 ) 5 2. 法定利率 6 の見直し (1) 民事法定利率の引き下げと変動制の導入現行の民法では法定利率は年 5% とされており ( 民事法定利率 現行民法 404 条 ) この利率は実勢金利と関係なく常に5% の固定利率である この法定利率については 5% という利率は現在の実勢金利と比較すると高すぎるため引き下げるべきことや 実勢金利の変動に合わせて利率を見直す変動制とすべきことが議論されてきた 改正後の民法では この法定利率を引き下げて当初年 3% とし かつ今後実勢金利を基準にして3 年ごとに利率を見直す変動制が導入された ( 改正民法 404 条 ) 変動の方法の詳細は法務省令で定められるが 概要 3 年を一期とした各期において 銀行 5 ただし 次のとおり経過措置が定められている 1 消滅時効の期間について : 施行日前に生じた債権の消滅時効の期間は 改正前 ( 現行 ) の定めが適用される ( 附則 10 条 4 項 ) 2 不法行為に関する消滅時効について : 施行時においてすでに不法行為時から 20 年が経過していた場合には改正前 ( 現行 ) の定めが適用される ( 附則 35 条 1 項 ) また 施行時に改正前 ( 現行 ) の 3 年間の時効が完成していた場合には改正前 ( 現行 ) の定めが適用される ( 附則 35 条 2 項 ) 3 時効の中断および停止について : 施行日前に請求 差押え 仮差押え 仮処分などの時効の中断事由が生じた場合の効力は 改正前 ( 現行 ) の規定が適用される ( 附則 10 条 2 項 ) また 協議によることの書面での合意があった場合の時効の完成猶予については 施行日前の合意には適用されない ( 附則 10 条 3 項 ) なお 経過措置とは 改正により改正前後の法律関係に生じる影響を緩和するための措置である 改正前の法律関係には改正前の法律が適用される定めや 施行日から適用まで一定の猶予期間を設けるといった定めがおかれる 6 法定利率は 契約の当事者間で特別に合意された利率 ( 約定利率 ) がない場合に適用される

5 / 8 の短期貸付 7 の過去 5 年間の平均利率の変動を基準として1% 以上増減した場合には 法定利率もそれに応じて1% 単位で増減することとされている 8 このように法定利率が実勢金利に応じた変動制になると 法定利率が適用される遅延損害金などの計算がこれまでより煩雑となるだけでなく 実勢金利の動向によっては 当事者などの予測を超える金額となることも考えられる 利率についてあらかじめ合意しておくことがこれまで以上に重要になる (2) 商事法定利率の廃止 ( 民事法定利率に統一 ) 現行の商法では 商人間の取引などの商行為から生じた債権については 民事法定利率より高い年 6% の商事法定利率が適用される ( 商法 514 条 ) 民事法定利率が見直されることにあわせて この商事法定利率は廃止されることになった ( 整備法 3 条 ) 商行為から生じた債権も 民事法定利率( 改正民法 404 条 ) の当初年 3% の変動制が適用される 図表 3 法定利率の見直し 現行法 改正後 民事法定利率 年 5% 年 3% 商事法定利率 年 6% かつ3 年ごとの変動制 ( 出所 ) 大和総研作成 (3) 適用関係 民事法定利率に関する改正は 民法改正法の施行日から施行される ( 附則 1 条 ) 9 商事法定 利率に関する改正についても 民法改正法の施行日から施行される ( 整備法附則 ) 10 3. 定型約款の規定の創設 (1) 規定の対象となる約款約款とは 事業者が不特定多数の顧客との間で取引をする場合に それらの契約に共通して入れる定型的な契約条項をいう 現代社会においては 保険契約 銀行の預金契約 電気 ガス 水道などの公共インフラの提供契約 電車 バスなどの公共交通機関の利用契約 インタ 7 貸付期間が1 年未満の貸付をいう 8 具体的には法務省令で定められるが 各期の1 年目から遡って6 年前から2 年前までの合計 5 年間の各月において 銀行が新たに行った短期貸付の利率の平均の合計を 60 で割ったものを 基準割合 とし 直近で利率が変動した期 ( 直近変動期 ) の基準割合との差を直近変動期の法定利率に加算 ( 減算 ) したものが当期の法定利率になる この基準割合は法務大臣により告示される 9 ただし 経過措置として 施行日前に生じた利息債権については 改正前 ( 現行 ) の法定利率 (5%) が適用される 10 ただし 経過措置として 施行日前に生じた利息債権 ( 商行為により生じた債権に限る ) については 改正前 ( 現行 ) の法定利率 (6%) が適用される また 施行日前に債務者が履行遅滞により負った遅延損害金 ( 商行為により生じた債権に限る ) についても 改正前 ( 現行 ) の法定利率 (6%) が適用される

6 / 8 ーネットでの取引など 生活の多くの場面で 約款に基づいた取引が行われている 約款の内容は意識されにくく 大多数の顧客は約款の存在を特段意識せずに取引関係に入りがちである そのため 知らないうちに一方的に事業者が有利な約款や 約款の一方的な変更に拘束されてしまうことになるため 何らの規律を設けるべきではないかが議論されてきた 改正後の民法では 約款について新たに規定が創設された 規定の対象となる 定型約款 は ある特定の者が不特定多数 11 の者を相手方として行う取引で その内容の一部又は全部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの である定型取引において 契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体 と定義されている (548 条の 2 第 1 項 ) 12 前に例として挙げた契約については ほぼこの 定型約款 に該当すると考えてよい (2) 規定の内容 1みなし合意契約は原則として当事者の合意で成立する したがって 定型約款が契約の内容となるためにはその個別の条項についても合意が必要とされるべきであるが 約款は日常生活の多くの場面で利用されていることから 取引の安定性を保護する必要もある そのため 定型約款が契約の内容となる要件について 一定のみなし規定が置かれた 定型取引を行うことの合意をした者は 次のいずれかの場合には 定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなされる ( 改正民法 548 条の2 第 1 項 ) これにより 定型約款が契約の内容になる 定型約款を契約の内容とする合意をしたとき 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき 2 定型約款の開示義務定型約款を準備した者 ( 事業者 ) は 相手方から請求があった時は 既に開示していた場合を除き 遅滞なく約款の内容を開示することが求められる ( 改正民法 548 条の3 第 1 項 ) この請求は 定型取引を行う合意の前または合意の後相当期間内に行うことができる 定型取引を行う合意の前にされた開示請求を事業者が拒んだときは 原則としてみなし合意の規定は適用されない ( 改正民法 548 条の3 第 2 項 ) 3 定型約款の内容制限定型約款では いかなる場合も事業者は責任を負わない といった 事業者の相手方に一方的に不利な条項が設けられていることが少なくない 11 不特定多数 とは 相手方の個性が問題にならないものをいう 12 この定義によると 労働者の個性が問題になる労働契約 事業者間での交渉の上結ばれる契約の約款などについては除外される

7 / 8 改正後の民法では みなし合意の対象となる定型約款のうち 相手方 ( 典型的には消費者など ) の権利を過度に制限する条項や 過大な責任を負わせる条項は みなし合意の対象から除外することとされた (548 条の2 第 2 項 ) これにより このような条項は契約の内容にならないことが明確になった 4 契約内容の変更事業者が相手方との個別の合意なく 一方的に約款の内容を変更することができる要件が規定された ( 改正民法 548 条の4) 約款を変更する場合 事業者は次の要件をいずれも満たさなければならない 相手方の一般の利益に適合する変更であること または契約目的に反せず 変更の必要性 変更後の内容の相当性などの変更に関する事情からみて合理的な変更であること ( 内容面の要件 ) 事業者が 変更の効力が発生する時期を定めたうえ 変更をする旨 変更後の定型約款の内容 効力発生時期について インターネットなどを利用して周知すること ( 効力発生時期の到来までに周知しなければ 変更の効力は発生しない )( 手続面の要件 ) (3) 適用関係定型約款に関する改正は 経過措置により 民法改正法の施行日前に結ばれた定型取引契約についても適用される ( 附則 33 条 1 項 ) ただし 施行日前に書面による反対の意思表示がされた場合は適用されない ( 附則 33 条 2 項 3 項 1 条 2 号 ) また 現行法の規定で有効に成立した契約は無効にならない 4. 個人による保証の見直し (1) 個人保証の制限現行の民法は 保証契約については書面ですることとしているものの (446 条 2 項 ) それ以外には特に要件を定めていない 改正後の民法では 事業のための貸金等債務 13 を主債務とする保証契約 ( または根保証契約 ) を個人事業者が結ぶ場合には 公正証書による保証意思の表示が必要とされた (465 条の6) この公正証書は 契約締結日前一ヵ月以内に作成されたものである必要があり 書面の作成方式も厳格に定められている (465 条の6 第 2 項 ) なお この定めは その個人が 主債務者である法人の理事 取締役 執行役や 総株主議決権の過半数を保有する株主などである場合には適用されず 主債務者である個人の共同事業者や現に事業に従事している配偶者である場合にも適用されない ( 改正民法 465 条の9) これらの者については 従来どおり 書面要件のみで保証契約を結ぶことができる 13 貸金等債務とは 金銭の貸渡しまたは手形の割引を受けることによって負担する債務をいう ( 改正民法 465 条の3 第 1 項 )

8 / 8 (2) その他個人保証人を保護する規定の見直し現行の民法では 個人が保証人になる根保証契約については 貸金等債務が根保証の範囲に含まれる契約 ( 貸金等根保証契約 ) に限って 極度額 ( 負担する最大の額 ) の定めを要件としていた (465 条の2) 改正後の民法では 貸金等根保証契約でない個人の根保証契約についても 極度額の定めがない契約は無効となる (465 条の2) その他 主債務者や債権者から個人保証人への情報提供義務などが導入された ( 改正民法 458 条の2 458 条の3 465 条の 10) 例えば個人保証人が委託を受けて保証または根保証をする場合 ( 主債務が事業のためのものに限る ) 保証契約を結ぶ時に主債務者から保証人に対して 主債務者の財産状況 他の債務の有無などの情報を提供しなければならない ( 改正民法 465 条の 10) (3) 適用関係保証契約に関する改正は 原則として民法改正法の施行日から施行される ( 附則 1 条 ) 14 三. 施行日 民法改正法の施行日は 原則として公布日から起算して3 年を超えない範囲内において政令で定める日とされており 遅くとも 2020( 平成 32) 年 6 月 1 日までに施行されることになる 整備法の施行日も 民法改正法の施行日と同じである ただし 前述のとおり改正項目によっては経過措置が設けられているため 実際の適用日には注意が必要である 14 ただし 経過措置として 施行日前に結ばれた保証契約による保証債務については 改正前 ( 現行 ) の規定が適用される また 個人事業者の保証 根保証契約について新たな要件とされた公正証書については 経過措置により 施行日前の政令で定める日 ( 公布日から起算して 2 年 9 ヵ月を超えない範囲内において政令で定める日 ) から作成することができる ( 附則 1 条 3 号 21 条 2 項 3 項 )