日本機械学会論文集 (A 編 ) 77 巻 777 号 (2011-5) Batting I mpact S imulation of Baseball Takashi MIYAZAWA *1, Mei SHIMURA, Shuji KIDOKORO, Taku WAKAHARA and Toshimasa YANAI *1 WASEDA University, 2-579-15 Mikajima Tokorozawa Saitama 論文 No.10-0551 813 宮澤隆 *1 *1 *2 *2 *2, 志村芽衣, 城所収二, 若原卓, 矢内利政 The purpose of this study was to examine the factors influencing the behavior of the baseball during and after the impact with a wooden bat. A finite element approach was used to model the behavior of a baseball and a wooden bat at the impact and the linear and angular velocities of the ball after the impact were determined for given sets of impact condition. The simulation outcome was validated with 22 sets of actual measurements taken during a free batting practice performed by the members of a collegiate baseball team. Key Words : Sports Engineering, Sports Biomechanics, Finite Element Method, Analytical Model 1. 緒言野球のバッティングにおいてバットとボールとの間でインパクトが生じる. このインパクト後の打球の行方が試合展開に影響するため, 打者は状況に応じて適切な打球を生じさせるよう様々な工夫を行う. 例えばバットの軌道を変えて意図的に打球を内野に転がしたり, 外野にフライを飛ばしたりする. 野球の盛んな我が国では, 多くの選手が様々な打球を打てるよう日々努力しており, これを支援する研究も盛んに行われている (1,2,3). バッティングの研究では, 選手を被験者とした実測による手法が多く用いられている (2,3,4). これらは選手の身体運動を観察 分析した結果として知見が得られるため選手に情報をフィードバックしやすい. 一方で各試技における選手のパフォーマンスは偶然性の影響を受けて安定せず再現性を確保し難い. 実際, 同一速度で投球されたボールを同一選手が打撃する場合でさえ, インパクト位置やバットの速度を忠実に再現して同一の打球を放つことは困難である. また, 各打者のスイングの特徴を決定付ける要因 ( バットの速度, 角速度, 軌道 ) を個別に変化させて打撃を行なうことも困難なため, 各要因がどのような影響を打球に及ぼすのかを詳細に分析することは, ほぼ不可能に等しい. このようなインパクトの再現性を確保できない問題を解決するため, 近年シミュレーションを用いた研究が報告されている (5,6,7). シミュレーションを用いるとバッティングにおける様々な条件を仮想的に設定し, インパクトをコンピュータ上で高い再現性で検討することができる. また, 実際の選手のパフォーマンスを模倣するような特徴付けをしたバットスイングをモデル化し, そのスイングによって放たれる打球の特徴を分析することもできる. さらにスイングの特徴を決定付ける要因の一つひとつを変化させて, 打球がどのような影響を受けるのかを詳細に分析し, 各要因の重要性 無用性を検討することもできよう. これは, 選手のパフォーマンス向上の取り組みを効率化することに繋がる. 選手はスイング速度を高めたり, スイング軌道を調節するような練習をコーチの指導下で行なうが, これら技術的な取り組みによって獲得できる成果を, 打球速度や回転数の向上等の具体的な計算データとして示すことで, 選手の意欲向上やコーチ- 選手間のコミュニケーションを活性化する原動力となり得る. この点において, シミュレーションは選手を被験者とした実測による研究とは大きく異なった貢献を果たすことができる. これまでに報告されているバッティングに関するシミュレーション研究では, インパクト位置を変化させた時 * *1 *2 原稿受付 2010 年 7 月 13 日正員, 早稲田大学 ( 359-1164 埼玉県所沢市三ヶ島 2-579-15) 早稲田大学 E-mail: taka_miyazawa@ot.olympus.co.jp 135
814 の打球速度や反発係数の差異について数多く検証されている (8,9,10,11). また, 材質の異なる金属バットと木製バットについて, 打球速度や反発係数の違いを比較した研究も数多くなされている (9,10,11,12). これらの研究の結果は, バットの新しいデザインや新製品の開発のための基盤となると共に, 仮説的に設定された投球 スイング条件で打撃された際の打球速度を推定することでピッチャーライナーによる怪我の危険性を考察するためにも活用されている (12). しかし, これら先行研究では, バットの材質や形状がモデリングの対象となることが多く, バットヘッドの速度や軌道に代表されるバットスイングの特徴がモデリングの対象となることがなかった. そのため, バットスイングに反映される選手のパフォーマンス特性が, 打球にどのような影響を与えるのかについての分析はなされていない. これは, 選手が行う実際のバッティングとシミュレーション分析結果とを比較, 検証した研究が無く, 計算結果の信頼性を確保できていないことが理由のひとつと考えられる. さらに, 計算精度を高めようとすると, 計算時間が増大し, 高性能のコンピュータを整備する必要があるため, シミュレーションを活用できる選手は限定される. そこで本研究は, バッティングの打球について信頼性高く, 簡単にシミュレーションにより評価可能にした. 具体的には, 有限要素法を用いたモデルの簡素化により計算時間を短縮し, 利便性の優れたモデルを構築した. さらにインパクト後の打球について, 大学野球選手のバッティングの実測結果と比較してシミュレーションの妥当性を検証した. 2. バッティングの実測 2 1 被験者被験者は, 東京六大学野球リーグに所属する選手 13 名 ( 身長 175.5±5.5cm, 体重 74.1±5.3 kg ) で, 右打者は 8 名, 左打者は 5 名であった. 本実測の実施にあたり, 早稲田大学倫理委員会の承認を得た. 被験者には本研究の目的や実測方法などを説明し, 実測参加への書面による同意を得た. 2 2 実測試技被験者には十分な準備運動を行わせた後, 野球場にてフリーバッティングを行わせた. 投球はホームベースより規定の距離 (18.44m) 離れた地点から, ドラム式のマシンにより, 平均速度 26.7m/s で硬式野球ボール ( 直径 72mm, 質量 0.148kg) を投じた. これを, 各被験者にセンター返しをするよう指示した. 打球飛距離が 60m 以上, 且つセンターラインを中心に左右各 15 の範囲内へ打球が放たれた試技を成功試技とした. 成功試技のうち, 各被験が自己評価により最も満足した打撃の打球を 1~3 球選択させ, その結果得られた計 22 試技を分析対象とした. 2 3 データ収集打撃動作は,1 台の高速度カメラ (Vision Research 社製,Phantom663) を用い, フレームレートを 2500fps に設定して撮影した. カメラは打者の側方 22.5m 地点 ( 右打者の場合, ホームベースから左バッターボックスへ向かう方向 ) に設置した. また, 実測で使用した硬式用木製バット (Wilson 社製,JHG06,0.84m,0.907kg) のグリップエンドに厚さ 5mm の衝撃吸収材を介して 3 軸角速度センサ (DTS 社製,ARS-K12, サンプリング周波数 1000Hz) を装着した. センサから得られたアナログデータは, 被験者の腰に装着した無線式データロガーシステム (S&ME 社製,FA-DL3000) を用いて A/D 変換し,PC に取り込んだ. 2 4 データ処理高速度カメラによる映像から画像解析ソフトウェア (Siliconcoach 社製,Siliconcoach Pro7) を用いてボールとバットのデジタイズを行なった. ボールのデジタイズ位置はボールの中心とし, バットのデジタイズ位置はバットヘッド, グリップエンド, インパクト位置におけるバットの断面中心とした. デジタイズ位置の 2 次元座標は 2 次元実長換算により取得した.2 次元分析法により遠近差を無視することによる測定誤差は ±2.3% であった. 本実測における座標系は, ボールとバットがインパクトする瞬間における位置関係から定義した ( 図 1). 136
815 インパクト直前のボール速度, 及びバットヘッド速度は, インパクト直前 5 フレーム分 (0.0016 秒間 ) におけるボール中心, 及びバットヘッドの中心点の変位から算出した. 同様にインパクト直後のボール速度, 及びバットヘッド速度は, インパクト終了後 5 フレーム分の変位から算出した. ボールの回転速度は, 図 2 中に示す装置を用いて推定した. まず, 撮影画像におけるボールの縫い目の見え方と合致するようにボールの方位を調節し装置に固定した. このとき, 装置に固定するためのアームがボールの回転軸と一致するよう留意した. 次に撮影画像を 5 フレーム (0.002 秒 ) 進め, この画像におけるボールの縫い目の見え方と合致するよう装置上のボールを手動で回転させた. このときの回転角度を読み取り, ボールの回転速度を算出した. この作業を繰り返し,5 フレーム毎の角速度を記録した. インパクト前 60 フレーム (0.024 秒 ) について記録した角速度の平均値をその投球のボール回転速度とした. 同様に, インパクト終了後 47フレーム (0.019 秒 ) の平均角速度を打球の回転速度とした. 進行方向に対し, バックスピンの回転をプラス方向への回転とした. Fig.1 Two-dimensional impact schematic Fig.2 Tri-axial angle measurement equipment and display 3 軸角速度センサから得たバットの長軸回りの回転速度 (ω z ) をローリング角速度と定義し, 打撃動作中でのトップスピン方向へのバットの回転運動をプラス方向の回転とした ( 図 3). また, 残りの 2 成分 (ω x と ω y ) のベクトル和をスイング角速度として定義した. 計測したローリング角速度, スイング角速度は Winter が示した残差分析法 (8) により最適遮断周波数を決定し,4 次の Butterworth 型ローパスフィルターにより平滑化を行なった. 高速度撮影から得られる画像でバットのグリップエンドから, インパクト位置 ( ボールとバットの接触点 ) までの距離を計測し, バットヘッド速度とスイング角速度を基にスイング回転中心を下記の式 (1) より算出した. r V head grip rbat (1) swing ここで,V head はバットヘッド速度,ω swing はスイング角速度,r bat はバット長,r grip はグリップエンドから回転中心までの距離とした. Fig.3 The gyro sensor which was attached to the grip end of the bat 137
816 3. シミュレーションモデルの構築 計算結果の信頼性を確保し, 市販のノート PC を用いて短時間で計算を実行できるよう簡素なシミュレーション モデルを構築した. シミュレーションモデルの構築と計算の実行は SIMULIA Abaqus Student Edition6.8 を用いた. 3 1 木製バットのモデル化バットを線形弾性体とし, 曲面を小さな平板の集合として近似した 3 次元シェル要素を用いてモデル化した. 一般に薄板形状で主に曲げ変形が発生し, ねじりや局所的な変形が発生しない場合にシェル要素が用いられることが多い. シェル要素はソリッド要素と比べて要素数が少ないため計算時間を大幅に短縮することができる (14. 中空形状の金属バットをモデル化する場合には既にシェル要素を用いた妥当性が報告されている (8). 木製バットに関するシミュレーションの報告は少ないが (5), 実物の木製バットは中実形状であるためソリッド要素でモデル化することが自然であろう. しかし実際のバッティングの測定で得られる動画像から, インパクト時に木製バットも金属バットと同様に曲げモードが発生していることが確認できた. さらに, バッティングを行った後のバット表面を目視で確認する限り, ボールとの接触箇所に凹みがなく局所的な変形が発生しなかった. これにより木製バットをシェル要素を用いてモデル化してもインパクト後の打球を再現できる可能性があると判断した. ここで原点をバットのグリップエンドに設定した座標系 (x,y,z ) の下で作成したバットの形状を図 4, 図 5 に示す. Fig.4 Finite element model of ball and bat Fig.5 Real shape and simulation model of bat 木製バットの総重量 W, 重心 Z, 慣性モーメント Iy, 曲げ剛性 E I y の値はインパクト後のボールの挙動に影響を及ぼす可能性がある (15,16).I は慣性モーメント,I は断面 2 次モーメントを示す. 木製バットをシェル要素でモデル化する際, これら W,Z,Iy,E I y の値が実物のバットと同等になるようにシェル要素のヤング率 E, 肉厚 t, 密度 ρ を仮想値として定義した ( 表 1).E,t,ρ の値は TOP,MID,END の 3 個に分割したバットの領域毎にそれぞれ定義した ( 図 5). Table 1 Comparison of 3D-shell and 3D-solid of bat model Temporary model to decide E, t, 138
817 実物のソリッド形状のバットについて, ヤング率は一般的な木材の値を参考にして定義した. ここでは木目に沿 って中立面が発生する曲げを考慮した場合のヤング率として文献 (17) を参照した. 密度 ρ はバット全体を均質材料 とし, 実際のバットの重量と, バットの体積から求めた. 3 2 木製バットのシミュレーションモデルにおける振動特性の検証 実測で用いたバットとシミュレーションモデルのバットの共振周波数, 振動モード, 振動の節の位置を比較し た. ここでは実物のバットを用いた実験モード解析と, シミュレーションモデルを用いた固有値解析を行った. 3 2 1 木製バットの振動実験実験モード解析の方法を図 6 に示す. ここでは FFT アナライザを使った加振点移動法により周波数応答関数と位相データを収集した. 測定では加速度センサをバットエンド近傍に配置し,50mm 間隔で 16 ヶ所を加振した. 拘束条件は実験, シミュレーションともにフリーとした. 実験モード解析ではラバーを用いてバットを吊るした. PC FFT Analyzer Amplifer Rubber Accelerometer Amplifer Impulse Hammer 1 2 3 14 15 16 50mm 15-50mm Fig.6 Experimental apparatus for modal analysis 3 2 2 実物とシミュレーションの振動特性表 2 に実物とシミュレーションモデルそれぞれのバットの共振周波数, 図 7 にスイートスポットと思われる 1 次曲げモードにおけるバット TOP 側の節の位置 (Node.A) を示す. Table 2 Natural frequencies of bat Mode Frequency (Hz) 1st bending Experiment 130 Simulation 130.0 2nd bending Experiment 461 Simulation 459.5 Fig.7 Distance between bat end and NodeA of 1st bending(mm) 139
818 これによると実物とシミュレーションモデルの両者で 1 次曲げモードの共振周波数と NodeA の位置は極めてよ く一致した. バットの 1 次曲げモードの共振周波数がバットとボールの反発係数に影響を及ぼすことが報告され ていることから (18) シェル要素を用いたバットのシミュレーションモデルの振動特性について妥当性が示された. 3 3 硬式ボールのモデル化ボールの形状, 物性値を表 3 に示す. ソリッド要素を用いてボールを線形弾性体としてモデル化した. ヤング率とポアソン比は先行研究 (19) を参考に定義した. 実測値とシミュレーションの全体的な対比を通じて任意にレーリー減衰値 β を 1.4 10-4 と同定した. 3 4 有限要素による分割バットとボールを有限要素で分割した際のそれぞれの節点数, 要素数, 要素の種類を表 4 に示す. 使用した有限要素はバット, ボールそれぞれ 4 節点 4 辺形要素と 8 節点 6 面体要素であった. バットとボールの接触箇所近傍はバット, ボール共に要素辺長さを 5mm 程度として要素分割を行った. 図 4 に Abaqus/CAE で要素分割したボールとバットの有限要素モデルを示す. Table 3 Material property (ball) Table 4 Condition of Finite element 3 5 境界条件 3 5 1 入力条件本実測における座標系は, ボールとバットがインパクトする瞬間における位置関係から定義した ( 図 8). インパクト前のバットとボールの状態を表す初期条件として次の 8 個のパラメータ (Input parameter:i1~i8) を設定した. ここで I.1 は球速 (m/s),i.2 はボールの回転角速度 (rad/s),i.3 はバットのローリング角速度 (rad/s),i.4 はバット角度 (rad 水平面に対するバットの進行方向との角度 ),I.5 はボールの角度 (rad 水平面に対するボールの進行方向との角度 ),I.6 はバットのスイング角速度 (rad/s),i.7 はバットエンドからバットの回転中心までの距離 (mm), I.8 はバットエンドからボールのインパクト位置までの距離 (mm) である.( 図 8).I.6 の回転軸は I.4 の値に応じて z = I.7 を通り面 x -y に平行な平面で変動させた. 今回, 計測したバッティングの試技では, 被験者がいい当たりであると判断したデータを用いているが, インパクトの位置はバットのスイートスポットを外れたものも多い. 実験モード解析 ( 図 7) からバットのスイートスポットは, バットエンドから 670~675 mm の位置に存在すると推測される. これに対して妥当性を検証した全 22 試技の実測データにおいて, I.8 が 620~710 mm という広い範囲に分布している ( 表 5). 140
819 Fig.8 Input parameter (I.1~8) and Output data (O.1~3) 3 5 2 接触条件バットとボールの接触解析は Penalty 法を用い実測値の全体的な対比を通じて任意に摩擦係数を 0.1 とした. 3 6 評価項目シミュレーションによりインパクト後のボールの状態を表す出力値 (Output date),o.1: 打球速度 (m/s),o.2: 打球の回転角速度 (rad/s),o.3: 打球角度 (rad) を計算した ( 図 8). 角度は水平面に対する角度として表した. 4. シミュレーションと実測値の比較検証結果インパクト時におけるボールとバットの挙動を直接時間積分陽解法 (Explicit scheme) を用いて, 実測した全サンプルと同じ入力条件によるシミュレーションを実施した. 入力条件と出力結果を表 5 に示す. また図 9,10,11 に O.1,O.2,O.3 のそれぞれ実測結果とシミュレーション結果の相関関係を示す. 図 9,10,11 では横軸を実測結果, 縦軸をシミュレーション結果として全サンプルを表示している. これらによると実測値とシミュレーション結果について, 打球速度には, 有意な相関関係 (r=0.862,p<0.01) が認められた. また, 回転速度でも, 有意な相関関係 (r=0.891,p<0.01) が認められた. さらに打球角度にも有意な相関関係 (r=0.897,p<0.01) が認められた. Table 5 Pre Impact condition and Post Impact condition(simulation and experiment) 141
820 simulation[m/s] 45.0 40.0 35.0 30.0 y = 0.834x + 6.145 R = 0.862 p<0.01 simulation[rad/s] 600 400 200 y = 0.808x + 11.421 R = 0.891 p<0.01 25.0 20.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0 experiment[m/s] 45.0 0 0 200 400 600 experiment[rad] Fig.9 O.1 Post-impact ball velocity Comparison of simulation and experiment(n=22 experiment condition) Fig.10 O.2 Post-impact spin velocity Comparison of simulation and experiment(n=22 experiment condition) simulation[rad] 1.0 0.8 0.6 0.4 y = 1.078x + 0.152 R = 0.897 p<0.01 0.2 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 experiment[rad] Fig.11 O.3 Post-impact flight angle Comparison of simulation and experiment ( N=22 experiment condition) 5. 考察本研究の測定は被験者を大学の野球選手に限定して実施した. さらに図 8 に示す x - y に平行な平面でのボールの移動, さらにこの平面に垂直かつボールの中心を通る軸でのボールの回転を発生させた状態のみでシミュレーションを行った. このような限定的な条件においては実測とシミュレーションの結果はよく一致し, 打球の速度, 回転角速度, 角度についての変化傾向をシミュレーションで把握することが可能であることが示された. 本研究において実測された値は, マシンにより投じられたボールを各選手が全力で打撃するという試技において, 各選手自身が最も満足のいく打撃であったと自己評価した打球のみを対象としたものであった. このような設定で計測された値を用いて構築したモデルであるため, その有効範囲には制限がある. この制限について, マシンによる投球と選手の打撃スキルに起因する要因を考察する. 本研究によって構築されたシミュレーションモデルは, 球速が約 26.7m/s, 回転数が約 145rad/s で投球されたバックスピンのボールを木製バットで打撃した際の分析について有効なモデルである. 投球速度 (I.1) の平均値は 142
821 26.7m/s であり,1 標準偏差は 1.4m/s( 約 5%) であったことから, 投球速度は各選手について, また各打撃についてほぼ一定であり, 再現性高く投射されたと考えられる. 本研究において実測したバットスイングに関する計測は, 大学硬式野球部員が全力でセンター返しを行なった際の値であった. ヘッドスピードの平均値が 33.8m/s で, バットスイング角速度 (I.6) の平均値が 46.4rad/s であり, 両者の平均値に対する 1 標準偏差の割合はともに 8% 未満であった. ローリング角速度 (I.3) は, 全試技においてトップスピン方向への回転であり, その最大値 (28.0rad/s) と最小値 (0.3rad/s) の間には大きな幅がみられた. バットのスイング角度 (I.4) は, いずれの被験者についても水平面に対しやや上向きのアッパースイング軌道を示し, その最大値 (0.76rad) と最小値 (0.27rad) であった. これらデータは, 大学野球選手のバッティングシミュレーションを行う場合にバットスイングに関する入力値を設定する際, スイング角度 (I.4) については平均値の前後 50% 程度の幅を持たせること, スイング角速度 (I.6) については平均値の前後 10% の幅を持たせること, ローリング角速度については無回転から 30rad/s 程度の範囲まで広げる必要があることを示している. 本研究によって構築されたシミュレーションモデルは, この範囲の入力値に対して有効である. 今後, 本シミュレーションの活用範囲を広げるためにはさらに次の 3 つの検討を行う必要がある. 1 つ目は選手のレベル差により生じるインパクトの検討である. ここでは特にボールの材料非線形に注意する. 今回対象とした大学選手よりもプロのトップ選手はバットのスイング速度が高く, これによりボールに加わる負荷が増大する可能性がある. そのため打球の変形挙動は材料非線形の影響を受けやすくなる. このような条件のシミュレーションを行う場合, ボールを超弾性体などでモデル化するなどの検討が必要になりうる. 2 つ目は打球の移動範囲の拡大に伴うインパクトの検討である. ここではバットとボールの接触摩擦の変動とインパクト位置に注意する. 本研究では主にセンター返しを想定したバッティングについて検討したが, 極端な例でクリーンヒットとファールチップ, 塁線方向へのバントといった条件ではインパクト位置の影響での接触圧力や接触方向といった接触条件が大きく異なることが推測される. 接触条件が大きく変わると打球の速度, 回転, 角度にも影響を及ぼす可能性がある. 摩擦係数を全てのバッティングの条件を通じて固定できないことも考えられるためシミュレーションモデルで接触条件をどのように考慮すべきか検討する必要がある. 3 つめはバットスイングの特徴を決定付ける要因の導出である. ここでは最適化手法として知られている実験計画法や品質工学等を用いてバッティングの要因分析を行うことが考えられる. バッティングに影響する多くの制御因子, 広い水準の幅を考慮しながら今後はどの最適化手法をどのように利用するか検討する必要がある. 6. 結言 バッティングのインパクトを再現するシミュレーションモデルを構築し, 打球の速度, 角度, 回転速度を計算できた. 計算結果は大学野球選手のバッティングの実測結果と傾向がよく一致し, モデルの妥当性が示された. この結果, 選手のパフォーマンス向上の取り組みに対して, スイングの特徴を決定づける個々の要因に着目し, 各要因が打球特性に及ぼす効果を検証することや, ある一定条件のもとで, 最大飛距離を獲得するための最適なスイングを決定するといった研究においてシミュレーションを活用し得るようになった. バットとボールの剛性を線形弾性体と仮定し, バットをシェル要素でモデル化したことでシミュレーションモデルが簡素化され汎用の小型ノート PC でも短時間にシミュレーションを実施できるようになった. 文 献 (1) 川村卓, 島田一志, 阿江通良. 熟練野球選手の打撃動作における両手の動きについて. 大学体育研究 23:17-28, 2001 (2) 田子孝仁, 阿江通良, 藤井範久, 小池関也, 川村卓. 野球における打撃ポイントの高さが打撃動作に及ぼす影響. Jpn J Biomechanics Sports Exerc 10(1):2-13, 2006. (3) 田子孝仁, 阿江通良, 藤井範久, 小池関也, 高橋佳三, 川村卓. 野球における内外角の打撃ポイントが打撃動作に及ぼす影響. Jpn J Biomechanics Sports Exerc 10(4), 222-234, 2006. 143
822 (4) 川村卓, 功力靖雄, 阿江通良. 熟練野球選手の打撃動作に関するバイオメカニクス的研究 ~バットの動きに着目して~. 大学体育研究 22:19-32, 2000 (5) Rochelle L. Nicholls, Numerical analysis of maximal bat performance in baseball, Journal of Biomechanics 39(2006)1001-1009 (6) Rod Cross,Alan M Nathan,Scattering of a baseball by a bat, Am.J.Phys.74(10),October 2006 (7) Gregory S.Sawicki,How to hit home runs:optimum baseball bat swing parameters for maximum range trajictories, Am.J.Phys71(11),November2003 (8) 神田芳文, 鳴尾丈司. 軟式野球ボールとバットの衝突シミュレーション. 日本機械学会論文集 (C 編 )73 巻 729 号, 2007 (9) Nathan A M. Characterizing the performance of baseball bats. Am. J. Phys. 71 (2),2003 (10) Smith L V. Evaluating baseball bat performance. Sports Engineering 4, pp.205-214, 2001 (11) Shenoy M M, Smith L V, Axtell J T. Performance assessment of wood, metal and composite baseball bats. Composite Structures 52. pp.397-404, 2001 (12) Nicholls R L, Miller K, Elliott B C. A Numerical Model for Risk of Ball-Impact Injury to Baseball Pitchers. American College of Sports Medicine, 2005 (13) Winter DA(1990)Biomechanics and motor control of human movement.41-43.john Wiley & Sons, New York (14) SIMULIA Japan Abaqus/Standard Explicit Introductory seminarl7.30,a1.14 (15) 木村広. バットの違いによる打球の飛びの研究 - 木製バットと金属バットの比較 -. 長崎大学教養学部紀要. 自然科学篇.1988,28 (2),p.185-193 (16) 柳田泰義, 野村治夫, 前田正登, 宮垣盛男. バットの慣性モーメントと力学的特性. 神戸大学医療技術短期大学部紀要, 9,131-139,1993 (17) An Encyclopedia of Metallic Material Industrial Reserch Center of Japan Co.Ltd,982 (18) T.Naruo, F.Sato An experimental study of baseball bat performance, The Engineering of Sport Design and Development 49, 1998 Edited by S.J.Haake Blackwell Science Ltd (19) 尾田十八, 酒井忍, 米村茂, 河田憲吾. 野球ボールの衝撃力測定とシミュレーション解析. 日本機械学会スポーツ工学シンポジウム講演論文集, pp.100-103, 2004 144