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環境汚染に対する企業及び個人の刑事責任 趙炳宣 (Cho Byung-Sun)* ( 訳 ) 芥川正洋 ** 概要韓国では, 刑法の規定を非常に実践的なものとする改革が行われた ( いわゆる 革命的立法 ) このような立法は, そのような形式によらない刑法は不適当であるか効果が望めないということが明らかになったことが契機となっている 環境犯罪という新しい潮流に対して, 刑法理論や刑法ドグマは刑法を用いることには消極的であったが, しかしやはり, これをみておくことにしよう 本稿では, 組織階層内でどのような者が正犯行為者とされるのかという問題, 及び, 企業の責任の契機となる行為を為しうる個人の範囲をどのように限定するかという問題を提示する まずは, いわゆる 行為支配論 の立場から正犯行為者の特定を行うべきことを述べる 場合によっては義務犯の概念を用いる必要性も主張する このような立場は,Top- Downアプローチに結びつくのである 次に, 個人主義的観点から団体主義的観点への転換の必要性を指摘する 企業の犯罪的態度は, その企業の団体精神の至るところに見い出されるから, 企業の構成員がその犯罪的態度に影響され, これを反映するのであれば, 一般予防効果, 特別予防効果共にほとんど望めないのである したがって, 私見によれば, 企業はその組織上の欠陥ゆえに被用者が犯した犯罪について責任を負 うべきことがありうる 企業の刑事責任を確定するためには, 個人の行為に焦点を合わせるべきではなく, むしろ団体としてのコントロールメカニズムに焦点を合わせるべきである 両罰規定の解釈としては, 企業の為に犯罪が行われたことと企業の側に組織上の欠陥があったことが要件となる 私がここで示すアプローチは完全なものではないが, 古典的刑法理論の制約の下で展開されてきた他のアプローチより, 非常に幅広い事態に対処できるものである 序近年, 韓国では産業の発展に伴い, 突如として環境の保護が喫緊の問題として立ち現れてきた 今日では環境立法のうちに多くの刑事制裁が規定されているのである 韓国では刑法を非常に実践的なものとする改革が行われてきた ( いわゆる 革命的立法 ) が, この動きは, 古典的な刑法の形式が不適切であるか効果が望めないものであったことが判明したことによる 環境犯罪というこの新しい潮流に対して, 刑法理論や刑法ドグマは刑法を用いて立ち向かうことには消極的であったが, やはりこれをみておこう 伝統的意味における刑法が, 法的利益 (legal interests;rechtsgut) 1 に専ら注意を向けてきたという事実は, 環境犯罪規定の解釈に対する保守的な態度に影響を与えてきたように * 清州大学校法科大学 教授 ( 刑法 刑事訴訟法 ), 韓国刑事法学会国際常任理事, 韓国刑法学会韓国地部幹事 ** 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程 278

思われる また, 刑法上の犯罪及び処罰の一般 原則に由来するこれ以外の要因も存在する こ の一般原則というのは, 刑法上の犯罪及び処罰 の一般条件は, 明確に, 且つ, 実行以前に明文 で立法されていなければならないとする一般原 則である (nullum crimen, nulla poena sine lege praevia et scripta) 理論上の諸原則はもともと 個人により行われる犯罪について発展を遂げて きたという要因もあげられよう ドグマ上の諸 原則は, とりわけ環境犯罪の本質的部分を占め る企業の刑事責任に対処することには適してい ないのである 加えて, 企業に責任を負わせる ことになる行為をなしうる自然人の部類は非常 に限られている 複雑で多数の人間が関わって いる組織に対応する局面では, 明らかに古典的 ルールは多くの困難な問題を生じさせている 本稿では, 環境汚染について現在及び将来の法 規制の下における団体と個人の刑事責任につい ての新しい理論的アプローチを探ることにしよ う Ⅰ. 環境刑法システムにおけるいわゆる 革命的立法 本論に入る前に, 韓国における環境保護シス テムの構成について簡単にみておくことが肝要 である 韓国における環境保護のための法規制 は, 二種類に分類される 第一は, 環境関連の 多くの法律, 命令その他の法規範である これ らのうち, 一部は私法領域に属し, また一部は 行政法領域に属し, その余は刑事法領域に属す る 第二は, 環境問題に対処する特別法に 追 加として罰則規定 ( 罰則の章 ) を加える とい うものである したがって, 韓国には, 環境犯 罪に対処する統一した法律が存在しない 多く の刑事制裁が様々な法律の罰則の章に散見され るのである これらに違反したとしても, この 違反は 軽微な犯罪, 行政犯 であると考え られている 一方で, 刑法典の不遵守は刑法犯 であると考えられている この行政犯 ( 罰則の 章 ) システムは, 市民に環境問題を軽いものと 考えさせることつながるので, 刑法犯システムを導入すべきとの議論がある 2 中国の法体系とは異なり, 韓国では今日に至るまで刑法典に環境刑法犯に相当する部分を組み入れていない その代わりに, 韓国では, 環境犯罪の取締りに関する特別措置法 (Act on Special Measures for the Control of Environmental Offenses) が施行された ( 以下, 環境犯罪特措法 という) 3 同法は, 完結した刑法の規定を含んでおり, 特に, 加重された刑罰により環境犯罪を抑止することをねらったものである これが韓国の法体系に 環境犯罪 という公的な概念を導入する初めての試みであった この結果として, 環境犯罪の重大さは古典的な犯罪に接近し, そのような環境汚染の刑法犯としての性格も強調されたのである 韓国の環境刑法システムにおける 環境犯罪特措法 の有する特別の意義を強調しておきたい 上述のように, 二種類の犯罪が等級付けられている つまり, 行政犯と刑法犯である 確かに両者は実際に訴追される局面では, 同じものであるが, しかしながら, この 等級 により行政犯と刑法犯の間には明らかに懸隔がある 現行刑法典 4 は,1953 年に制定されたが 5, 通説によれば, 自然人のみが刑事責任の主体たりうるとの考えに基づいて起草された 従って, 刑法犯における企業の刑事責任というものは存在しないのである しかし, 刑法犯以外の領域では, 長年の間, 様々な時期に, 種々の理由からなされた諸立法に企業の刑事責任の概念が見い出される 上述のように, 環境保護の必要性の認識が高まると同時に当時の法規制の不完全さが意識され, これが環境犯罪特措法 の制定 へとつながったのである 指導的なモチーフは, 環境汚染の犯罪的性格を強調し, 環境犯罪の重大性を古典的な犯罪に接近させることであった 特徴としては, 環境犯罪特措法に企業の刑事責任と因果関係の推定が導入されていることが挙げられる これらは, 環境犯罪を対象とするものであって, 従って, 本来的な刑法の領域に, つまり行政犯ではなく刑法犯に適用されるのであ 279

る それゆえ, 刑法のこの本来的な領域に企業の刑事責任と推定規定を導入したことが 革命的立法 と称されているのである 環境犯罪特措法の主要な機能は, 人の生命 身体, 水源, 自然生態系に害をもたらす環境損害を惹起する行為を重く処罰することにある 中心となる規定は, 第 3 条に設けられている 第 3 条は, 次のように規定している 第 1 項汚染物質を不法排出することで公衆の生命若しくは身体に危険を生ぜしめ, または, 水源汚染を招いて公衆の飲用水に危険を生ぜしめた者は,3 年以上の有期懲役に処する 第 2 項第 1 項の罪を犯して, 人を死傷させた者は無期又は5 年以上の有期懲役に処する 第 3 項汚染物質を不法排出した者で次の各号の一に当たる者, 又は, 土砂を排出したもので第 3 号に当たる者は1 年以上 7 年以下の懲役に処する 1 農業 畜産業 林業又は園芸業に用いられる300 平方メートル以上の土地を当該用途に利用できなくした者 2 海洋, 河川, 湖沼又は地下水を別表 1 に定める規模及び基準以上に汚染した者 3 魚介類を別表 2で定める規模又は基準以上に集団死滅させた者第 2 条は, 汚染物質 不法排出 排出施設 営業 不法排出施設 事業者 環境保護地域 といった環境犯罪特措法で用いられる用語を定義している 第 3 条 1 項は, 伝統的な犯罪概念である 結果犯又は実害犯 ( 法的利益の侵害により成立する犯罪 ) (Verletzungsde likt) の概念ではなく, リスク犯(risk of crime) ( 法的利益を危険にさらすことだけで成立する犯罪 ) (Gefährdungsdelikt) を定めている 6 問題となるのは, ある犯罪が結果犯として規定されるべきか, はたまた, リスク犯として規定されるべきかということは政策的考慮に依存するのか, ということである 現代の産業リスク社会にあっては, リスク犯が著しい増加傾向を示すが, これは法的利益 (Rechtsgut) を早期に事 前に保護することを処罰の目的としているからである このような事情を背景として, 環境行政法の罰則の章に規定される犯罪の多くは, 潜在的に環境に害をもたらす行為の事前コントロールを担う行政命令への違反に従属している 罰則の章の犯罪( 行政犯 ) は, 早期化されたリスク犯の典型例である この区別は, 因果関係の領域においても実際上重要になってくる 因果関係の証明は, 環境犯罪では難しいものとされているが, リスク犯のカテゴリーについてはさほど困難ではない とはいうものの, この二種類の犯罪の相違は程度の問題である 結果 ( 実害 ) 犯 としての訴追は, 社会にとって高度に耐え難い行為に対する反応として行われることが予定される一方で, リスク犯の場合は違法行為の抑止を意図したものであり, 倫理上の非難判断 (verdict) の表明は必要ではない 立法者が汚染防止の重要性を強調したいのであれば, リスク犯のカテゴリーはこの目標の達成に十分でない そこで, 韓国の立法者は中間的カテゴリーである, 具体的危険犯(konkrete Gefähr dungsdelikt) を導入したのである 具体的危険犯の法要件は, 被害者の生命, 身体, 財産, その法的利益に対する具体的な危険である この意味で, 危険は具体的なのである 法的利益の具体的な危殆化により成立する犯罪は, 結果犯 に属す 具体的危険は, 法律上要求される結果を構成する 一方, 具体的危険犯と比較すると, 罰則の章の犯罪 は 抽象的危険犯 (abstrakte Gefährdungsdelikt) に分類される 相違は, 具体的危険犯が結果を伴うのに対し, 抽象的危険犯は結果を伴わないところにある 抽象的危険犯は単なる 挙動犯 (conduct crimes) なのである 抽象的危険犯の法要件は, 被害者の生命, 身体, 財産その他の法的利益の侵害やこれらに対する具体的危殆化を要求しない むしろ, 法要件は, 法律上要求される行為 ( 例えば, 酒酔い運転 ) を行えば, たちどころに満たされるのである 抽象的危険犯における犯罪の客観面 (actus reus) は結果をなんら含まないのである 一方, 具体的危険犯には, 法により 280

保護される法的利益に対するある種の結果 ( 具体的危険 ) がやはり犯罪の必要不可欠の要素なのである 実は, この区別というのはなるほど重要であるのだが, 特定の犯罪が具体的危険犯であるか抽象的危険犯でしかないかということはその犯罪の性質に内在するものではない つまり, この分類は, 究極的には立法者の立法政策と裁判所の解釈に基づいて示されるのである 第 4 条は, 同一の犯罪行為であっても, 環境保護地域で行われた行為を重く処罰する 第 5 条は, 第 3 条及び第 4 条の刑事過失犯 (Fahrläs sigkeit) を定めている 過失のみで犯罪が成立するのは, 法律で明示され, 法定刑が軽くなっている場合である ところで, 過失は2つの要件から構成される 第一は, 危害 (harm) の予見可能性と危害の発生回避可能性である 許されないリスクの創出が意識的なものか, 無意識的なものかを問わない また, 被告人がこの危険を認識していたか, 単に合理的一般人が被告人の立場に立ったときに危険を認識するであろう場合に被告人がこのリスクを認識すべきであったかを問わない 第二が, 注意義務違反 (breach of duty of care) である 注意義務に違反せずになされたリスクの創出は, 適法である 実務では, 過失の概念は非常に射程の広いものとして扱われている なぜならば, 注意義務は, 問題となっている危害の生じる相当性とその危害の重大性の程度, 危害を避けるための適当な手段の三者の関係により決定されるからである とりわけ環境問題については, 汚染物質を排出する者に過失が存在しないとして無罪となることはほとんどない それゆえ, 憲法上許されないということはひとまず措くとしても, 厳格責任を求める実務上の要請はないのである 第 6 条は, 野生動植物の捕獲 採取及びこれを危険にさらすことについて加重処罰を定める 第 7 条は, 廃棄物の不法な取り扱いを規定する 第 7 条に定める行為者は, 廃棄物管理法第 58 条に定める犯罪を営利の目的で行った団体又は集団である 第 7 条の規定に加えて, 環境犯罪特措法では, 第 10 条で企業が刑事責任を負う可能性を一般的 に規定している 多くの特別法の規定に倣って, 環境犯罪特措法は, 企業の刑事責任を 両罰規 定 の形式で規定している 第 10 条の規定は次 の通りである 法人の代表者又は, 法人若しくは個人の代理 人, 使用人, その他の従業員が, その法人又 は個人の業務に関し第 5 条ないし第 7 条に違 反する行為をしたときには, 行為者を罰する ほか, その法人又は個人に対しても該当条の 罰金刑を科す 第 10 条に基づいて法人のみを処罰することは 可能である これは条文が明らかに示している ことである なるほど明白な表現としては, 両 者の処罰, つまり個人である行為者 (perpetrator)( 被用者側 ) と企業 ( 雇用者側 ) の処罰に ついてのみである しかし, ~ 条に違反する行 為 は, 行為が犯罪を構成することを直ちに意 味するとはいえないのである このことは, 先 に述べた理論的観点からいえば, 両罰規定は犯 罪を行ったのは誰か 個人である行為者なの か法人 ( 企業 ) なのか については明らかに していないということを意味する 両罰規定が 個々の規定と関連づけられて, それにより初め て企業が処罰されうる ある法的義務が企業の みに課されている場合, 個人である行為者は両 罰規定なくして処罰されえない なぜならば, 個 人である行為者は犯罪の成立にその違反が必要 とされる義務を負っていないからである 要約 すれば次のようになる 立法者が個人と法人の 双方を処罰する意図に出たことは明らかである しかしながら, 両罰規定の理論的性格はきわめ てあいまいである 犯罪の成立にその違反が必 要とされる義務は誰に課されたものなのか明ら かではない これに伴い, 犯罪を行ったのは誰 なのか, 究極的には, なぜ犯罪を行っていない 一方も処罰されるのかということが明らかには なっていないのである いわゆる革命的立法の第二の部分は, 因果関 係の推定の問題を規定している 7 環境犯罪特措 法第 11 条は次のように規定する 281

汚染物質が人の生命若しくは身体, 水源又は自然生態系等 ( 以下, 生命 身体等 という ) に危険 ( 第 3 条第 3 項各号の一に該当する場合を含む 以下, 同じ ) が発生しうる程度に不法排出を事業者が行っている場合, この物質の不法排出により危険が発生しうる地域内で同種の物質により, 生命 身体等に危険が発生し, 且つ, この不法排出と発生した危険の間に相当な蓋然性がある時にはこの危険は, この事業者が不法排出した物質によって発生したものと推定する ある種の事柄に証明が要求されるならば, 裁判所は必要となれば職権で証拠を収集する しかしながら, このようなやり方での証明は, 多くの場合, 不可能である 証明がなされない場合, 事件についての判決は挙証責任 (Beweis last), とりわけ実質的挙証責任の問題に移る 検察官は, 犯罪のすべての実体的な要件及び前提要件について挙証責任を負う 検察官は同じように, 処罰の加重 減軽に値する事実や状況についての不存在の挙証責任を負うのである 従って, 検察官がこのような事実について積極的に挙証しないとなれば, 事件はこれらの事実が無いものとして扱われ, 無罪の宣告がなされる 疑わしきは被告人の利益に という法格言もこのことを意味するのである 第 11 条は被告人が挙証責任を負う例外的な場合を定めたものと異論なく認められている 企業が実際には危険な汚染物質の排出をしていないと証明しない限り, 裁判所は企業の行為と汚染犯罪における実際に生じた危険の間の因果関係を前提としてよいのである Ⅱ. 個人の責任と ( 正犯 ) 行為者の特定伝統的な刑法は, 情報の掌握, 決定の権限, 決定を実行する権限を単一人が有しているという状況を前提としてきた しかしながら, 企業組織の現代的形態においては, 権限の分散化と機能的分化の結果として, 個人の役割を ( 正犯 ) 行為者 (perpetrator) として評価することは困 難となってきている 企業組織の階層構造がより複雑で, 又, より機能的に分化していればいるほど, 犯罪の ( 正犯 ) 行為者の特定は困難になってくる 現代の大企業では, 特定の日時に下された業務遂行上の決定が企業を動かしているというわけではない 企業の活動は, 多かれ少なかれ独立した責任をもって活動する数多くの営業部門により執り行われる 現代の大企業組織のこのような特徴は, 構造的に個人の責任を欠く という現象を生じさせている ( 正犯 ) 行為者の特定を要する為に, 上述した種々の理由により両罰規定は実際問題として適用されにくいのである 両罰規定は, 企業に属しており, 企業の責任を惹き起こしうる個人従業員が法に違反し, それゆえに処罰されうると規定しているほかは, 企業に対し罰金を科すことに関して何等規定していない それゆえ, 企業の処罰は, 個人の ( 正犯 ) 行為者の特定に依存することになる 個人と会社のこの 連関付け (linkage) は悩みの種になっている 個人の特定なしには, 企業は処罰されない 日本の学説では, 被用者の行為が証明されていない場合でも, 企業は処罰できるとするものがある この見解は 企業組織体責任論 と称されている 8 これは, 日本ではいまだ少数説に留まっている この見解の発想は, いわゆる 連関付け に起因する難題を反映している しかしながら, この考え方は, 架空世界のフィクションであるように思われる このような考え方に依るのではなく, 現実世界に ( 正犯 ) 行為者を見い出すべきであろう 近年, 韓国の大法院で, 企業に対する独立処罰 (independent punishment) の判断が下された つまり, 雇用者の処罰は, これ以前に個人に対する有罪の確定を条件としないという判断である 9 しかし, 構造的に個人の責任を欠く という現象を伴う複雑な階層組織を対象とするならば, 両罰規定のあいまいな表現は, 今なお実際に犯罪を行ったのは誰かという問題に関する数多くの悩ましい問題を生じさせている 韓国大法院の判決に, この悩ましい問題の好例となるものがある この大法院判決は, 次の 282

ような判示により双方処罰を正当化した 行為者が代表者である場合, この者の行為は企業自体の行為とみなされるのであるから, これに基づいて当該企業は処罰される 行為者が代表者ではない場合, この者の行為は企業の行為とみなすことはできない にもかかわらず, 代表者ではないものが法に違反した場合, 行為者は両罰規定により, 企業と共になお 付加的に 処罰されると判示したのである 10 従って, 代表者の処罰は両罰規定に基づき処罰を 拡張 したものであるとしたことになる 11 行為者が代表者でない場合, 行為者は自らの犯罪行為の故に処罰され, 企業は監督義務を怠ったゆえに処罰される 一見したところ, この大法院の論理は, それら事案に十分に対応できるものである しかし, この論理は, 行為者を見い出すことは困難ではないという前提に基づくものである 行為者を見い出すもっとも簡単な方法は, 事象経過の連鎖を観察し, 事象の結果にもっとも近い地位を見つけることである 行為者を見い出せた場合であっても, その行為者は企業の内部でもっとも末端の地位にある者となりがちである もっとも末端の者でないとすれば, その次に末端に近い者である ( いわゆるDown-Upアプローチ ) このような事情の下では, 高級管理職や代表者は訴追の可能性が非常に低い地位ということになる 企業に対して罰金を科すことでは, 通常十分には企業の違反行為を抑止できない Down-Upアプローチの考え方は, 自然主義的な観点からの個人 ( 自然人 ) 像だけに向けられている 構造的に個人の責任を欠くというパラドックスを回避するためには,Down-Upアプローチの思考方法を放棄し,Top-Downアプローチを採用することが必要である 12 この後者の思考方法は, 規範主義的な観点に根拠付けられるものである 正犯行為者 (perpetrator) というのは, 自ら法に定められた (tatbestandmässig( 構成要件に該当する )) 行為を行った者である その者自身が法に定められた行為を行うことなく, このような行為を支える行為を提供した者が共犯 である 正犯の行為というのは, 常に個々の犯罪の定義に示される禁止規範を参照することによってのみ特定される 犯罪が古典的形式である場合, 刑法典が統一的正犯概念 (Einheitstäterlösung) を採用していない限りは, 正犯と共犯の間に明確な線引きを行うことが課題となっている しかし, とりわけ環境犯罪のような新しい形式の犯罪にあっては, 正犯行為者はだれかという判断は非常に恣意的になるだろう このような新しい犯罪の場合に初めに行われねばならないことは, 正犯と共犯との線引き示すことにあるわけではない 会社という機能的に分化した組織階層の内部において, 誰が ( 正犯 ) 行為者であるかという問題を解明することこそ, もっとも頻繁に問題となり, また, もっとも重要なことなのである 実際に行為を為したものが従属的立場にあり, 決定権限や指示権限を有しておらず,( 換言すれば行為を決定することが出来ず ), これらの権限は 背後の 者 ( 監督者 ) が有していたという事案では, 問題が多いのである このような事案では, 実際に行為を行ったものが わら人形 であるか 真の ( 正犯 ) 行為者なのか見極めなければならない わら人形と真の ( 正犯 ) 行為者の区別は, 犯罪行為に対する支配を有していたかという観点に基づいて行われるべきである 行為に対する支配とは, 外部的行為に対する支配 (hegemony over the outer action;handlungs herrschaft) と意思に対する支配 (hegemony over the will;willensherrschaft), 組織的権力機構による支配 (hegemony due to organization power-devices;herrschaft kraft organisier ter Machtapparat) から成る 監督者がこの三つの支配のいずれかを有する場合, 正犯行為者として処罰されるのである この理論は, いわゆる行為支配論 (Tatherrschaftslehre) と表現されるが, これはドイツの刑法理論で1950 年代に確立したものである 13 一般的にいわれていることでは, 行為支配論は,( 正犯 ) 行為者の特定の方法を示すものではなく, 正犯 (perpetration) と共犯の範囲を示すことに特徴がある 私 283

の理解では, 行為支配論は,( 正犯 ) 行為者の特定に関して, 記述的な基準を示すのではなく, むしろ, 会社という機能的に分化し, 組織化された階層の内部で, 正犯行為 (perpetration) という現象を分析する指導原理を示すものである 法義務が企業自体のみに課されるものであるとすれば, 正犯行為者になりうる第一の候補は, その企業の トップ に他ならない そのトップが行為支配のうちいずれかの支配を有する行為者とはいえないとすれば, トップに次ぐ地位にあるものが検討対象となる ( いわゆるTop- Downアプローチ ) トップかそれに次ぐ地位にあるものが正犯行為者に相応しいと結論付けたとしても, これらのものは, 犯罪の具体的結果から距離があること, つまり, 犯罪の客観面 (actus reus) が未解決の問題として残っている 企業のトップは, 外部的行為及び意思に対して支配を有せず, 又, 組織的権力機構による支配を有していないかのように思われるのである このような極端な事案にあっては, 義務犯 (duty offenses(pflichtsdelikte)) の概念を考慮することが出来よう 義務犯の概念は, 正犯の背後の正犯 (conspiracy) の領域で指導的な論者であるRoxinにより展開されたものである 14 犯罪を二つの種類に分けることにしよう つまり, 誰もが行う事が出来る犯罪 (everyoneoffenses;allgemaindelikte( 一般犯 )) と正犯者に特別な義務ないし地位が要求される犯罪に (Pflichtsdelikte) である 一般犯では, 何人であってもこの種の犯罪については正犯行為者としての適格を有する 立法者は, 通常, ~した者は や 何人も という言い回しを用いることにより, このことを明確に示している 多くの刑法犯はこのタイプの犯罪である 一方, 義務犯は, 正犯行為者として適格性が誰にでもあるというわけではない むしろ, 法は特別な義務を負っている者であること, 又は, 地位 ( 資格 ) を要求しているのである 一般犯と義務犯の区別の意義は, この正犯行為者となる為の前提条件にある 上述したように, 正犯行為者の特色というのは, 犯罪行為に対する支配である しかし, 義務犯のカテゴリーにあっては, 正犯者となるためには, 支配を有するという トレードマーク は必要ではない なぜならば, 立法者は, 義務を企業又は個人に課しているからである 遵守されなければならない法律上の義務を定めた立法者の意思は尊重されなければならない 要約すれば, 義務犯のカテゴリーでは, 遵守すべき義務を課された者こそが, この義務に反することによって正犯行為者となる 訴追の可能性から免れるためには, このような者には義務に違背しないことが必要なのである 私見では, この機能主義的な視点は, あらゆる種類の組織犯罪について有効な道具立てとなりうる 韓国では日本と同様に共謀共同正犯 (collusional co-perpetrator status) の理論が発展してきた マフィアやヤクザといった犯罪組織の事案について, 裁判所はある時期に, 見張りや謀議への参加は共同正犯を成立させる, 構成要件該当行為 (perpetration) への寄与であるという解釈を示し, 以後, 見張りや組織犯罪活動の立案を含む共謀共同正犯という概念を構築し, 確立した 別の言葉で表現すれば, このような状況の下では, 共謀のみに関与した者であっても共同正犯たりうるのである この見解に対しては, もっぱら, 共同正犯とされるマフィアのボスは実行の具体的な共同行為を行っていないとの批判が加えられている 従って, 共謀共同正犯の理論に反対する見解は, マフィアのボスが行うような行為は教唆犯を構成するか, そうでなければ幇助犯を構成すると主張する 私見によれば, いわゆる共謀共同正犯の問題は, 行為支配論を基礎とした検討が特に必要となる問題である 実際に行為した者がわら人形であり, その背後に中心人物が隠れているという社会現象はままあることであり, 犯罪論はこのことを考慮に入れる必要がある 問題は共同正犯としての犯罪性は過失に基づく犯罪にも認められるか, ということである 過失犯の場合, 主観面に着目すると, 過失行為はその性質上, 認識ある場合に限られず, 認識のない場合であってもよいのである 認識の要素 284

は, 過失行為に必要な要素ではない 関与者らが認識している事情の一部についてさえ共有された意図を有していれば, 過失犯の共同正犯としての犯罪性は認められると主張することと, 過失犯の本質は相容れないといわれることがある つまり, 過失犯では 共有された目的は存しないのである 共有された目的が存しないという事実は, 共同正犯として犯罪を行う共同意思を否定するとされる しかし, このような論理の方向性は説得力があるものとは思われない 外部的行為に対する支配を有していない場合であっても, 法義務を果たすべき地位にある者は正犯行為者となりうるのである そのような者らの過失行為が相俟って事象を惹起しうるという場合, 彼らの負う法義務に関する過失行為は共同正犯を構成しうるのである この法義務の思考方法によれば, 過失に関与した者には訴追の可能性がなおも存在するのである 近年, 韓国の判例は, 過失の共同正犯の可能性を認めている 1994 年に漢江に架かる聖水大橋の中央部が朝の混雑時に崩落し,32 名の死者と17 名の負傷者を出したという事故があった この聖水大橋は, 東亜建設が施工していた 捜査の結果, 施工した会社は溶接箇所に遺漏があったり, 施工管理や検査方法が非常に杜撰であったりしたことが判明した 韓国大法院は, 聖水大橋事故について, 因果関係が存在する限りで, 直接且つ具体的な 相当の注意を共同して事前に怠ったとして, 複数の正犯の刑事責任を認めた 16 一年もたたないうちに, 建設業が関わる大惨事が再び起きた ソウル市南部の三豊百貨店が1995 年 6 月 29 日に崩壊したのである 501 名が死亡し, 937 名が負傷したこの事故は, 平時に起きた事故では, 韓国史上もっとも悲劇的なものである この事故でも, 杜撰な施工方法や行政の腐敗が非難された この事故について韓国大法院は, 過失の共同正犯 の概念を認め, 成立に次の二つの重要な条件を課している 第一が 直接且つ具体的な 相当な注意を共同して事前に怠ったこと, 第二が, 因果関係である 17 Ⅲ. 団体責任と企業の刑事責任大陸法系において, 伝統的で典型的な法的思考方法として, 罪は一身的, つまり, 個人として負うものであって, 身代わりや団体として罪を負うことはない, ということが挙げられる この意味で, 行為は, 身代わりや団体ではなく 個人に結びついたものに限定されなければならない 従って, 個人の行為が企業のために行われたことが確定されうる場合ぐらいしか, 企業の行為というものを考えることができない しかし更に進んで, 負責は, 当該行為に責任がある行為者が担うのであり, 行為に関与していない企業の構成員や法的主体としての企業それ自体が担うものではないとされる 一見してこの帰結は, 企業それ自体は行為を為しえず, 犯罪を行いえず, 即ち処罰されえないとするヨーロッパの刑法理論に強い影響を受けていることがわかるだろう この企業の責任についての伝統的法理は, 今日においてもなお学界に強い影響力を有してのではあるが, その一方で企業に刑事責任を負わせるいわゆる両罰規定は数多くの立法例の中 刑法典を除く に見い出される しかも, これらの立法は, 数十年の間に種々の異なる理由から行われたのである その結果として, 企業の刑事責任が全面廃止されることはおよそありえなくなったといえよう 韓国の立法者の態度は 折衷的 であるように思われる つまり, 特別法で 両罰規定 を設け, 企業の処罰の可能性を認め, それ以外では企業の刑事責任を否定する 環境犯罪特措法第 10 条のような 両罰規定 はその曖昧さ故に複数の解釈が可能である 雇用者及び被用者の双方の処罰の解釈を巡って議論がある 雇用者となりうるのは 法人 又は 個人 である 古くは, 企業は行為を為しえず, 犯罪を行いえず, 処罰されえないという伝統的法理の強い影響を受け, 企業の刑事責任は代位責任 (vicarious liability) の考え方により説明されるという解釈論が展開されていた しかしながら, 近時は, 企 285

業の刑事責任をこの代位責任の考え方により説 明する解釈はとられなくなってきている なぜ ならば, この考え方は, 刑事責任の基本原理に 反するように思われたからである 2007 年 11 月 に韓国憲法裁判所は, 被用者が犯罪を行ったと 確定し, 両罰規定に基づいてこの雇用者たる個 人を処罰する場合, 両罰規定は違憲であるとの 判断を下した 両罰規定は個人である雇用者に 負責を行う趣旨を含むものではなく, それゆえ にこの場合, 両罰規定は憲法上保障される責任 原理に反するとしたのである 18 この結果, 今 日では 両罰規定 について代位責任の考え方 による説明を試みることは出来ないのである 韓国憲法裁判所が 2007 年 11 月に判断を下した後, 2008 年 12 月から法務部は両罰規定の改正作業に 着手した 2008 年 12 月 26 日の時点で,69 の古い タイプの両罰規定が改正された 19 古いタイプ の両罰規定を含む 288 の法律の規定について調 査, 最終選定作業が行われている 改正された 新しいタイプの両罰規定は, 次のような一文が 加えられているのである 法人 団体, 又は, 個人がその違反行為を防止するために該当業務 について相当の注意と監督を怠らなかった場合 には, この限りではない この新たに加えられ た一文は, 過失の推定を意味しているから, 改 正後の新しい両罰規定は, 過失を推定すること により雇用者に刑事責任を認めることを明らか にしているものと考えられる 過失推定の一種 であると理解されるこの新しい形の両罰規定は, 挙証責任を検察官から被告人, 言い換えれば雇 用者の側へ転換していると思われる それでは, 企業の行為, 犯罪能力, 処罰適格 はどのようにして説明が可能なのだろうか 韓 国の学説では, 三様の説明がなされている 20 法人の刑事責任否定説 この見解は, 両罰 規定を典型的な立法の過誤であるとするか, そうでないにしても, 責任原理の例外規定と 位置づける 21 両罰規定の一律廃止が望まし いとするのである 実定法として両罰規定が 存在する限りで, これは企業政策の問題又は 代位責任であるに過ぎないとする 企業が処 罰されるのは, 規制犯などの倫理的影響の薄 い領域で, 行政目的達成の為に代表者の不作 為ゆえに罰金を科される場合だけである 22 この見解は, 企業の犯罪能力を否定する 被 用者 ( 個人 ) が犯罪を行うのであり, その際 の代表者の不作為が, 被用者に犯罪を行わせ るということにはならないのである 23 法人の刑事責任全面肯定説 この見解は, 両罰規定を企業の刑事責任の確認規定の一例 であるとする 企業は, 行為を為すことがで き, 犯罪を行なうこともでき, 処罰もされう るのである 被用者の行為は企業の行為と評 価されうるのであり, 企業は, 過誤や不作為 により責任を負う 両罰規定に関していえば, 法人の犯罪能力全面肯定説のうちにも三種の 見解がある 第一及び第二の見解は, 企業の 刑事責任の内実は過失によるものであるとい うものである 企業は被用者が犯罪を行わな いようにする注意を怠ったのである 第一の 見解 ( 及び裁判実務 ) は, 企業の過失を証明 する証拠の収集 提出は検察官には通常困難 であることを理由として, 代表者の監督義務 の存在を推定するという前提を設定する ( 過 失推定説 ) 24 全面肯定説のうち第二の見解 は, 両罰規定の推定機能を否定する 第二の 見解は, 企業の過失行為は完全に証明される 必要があると主張するのである ( 純過失説 ) 25 第三の見解は, 企業の刑事責任は, 被用者が 犯罪を行わないようにしなかったという企業 の不作為に基づくという見解である もちろ ん, この不作為の要件はすべて証明されなけ ればならない ( 不作為説 ) 26 27 法人の刑事責任部分的肯定説 この見解は, 両罰規定の理解については, 全面肯定説と同 じ立場に立つ そしてやはり, この内部でも 三つの方向性が示されている ( 過失推定説, 純 過失説, 不作為説 ) しかしながら, この見解 は, 企業の犯罪能力は一般化できないとする のである つまり, 両罰規定が存在する限り で, 企業は処罰されうるのである 先に述べたように, 環境犯罪特措法第 10 条が 286

定める両罰規定の下では, 企業は刑法犯について責任を負うのである しかし, 私見によればいくつかの重要な制約が課されなければならないと思われる 第一は, 企業に法の適用があることを明らかにする特別の規定 ( 両罰規定 ) が存在する場合にのみ責任を負う, ということである 第二に, 両罰規定を定める第 10 条に従い被用者や代理人が企業のために行為したということが一般的に必要とされる 第三として, 刑事責任の前提条件として被用者の犯罪に加えて, 次の要件が必要となる つまり, 刑事制裁が課される前に, 企業の側に組織的な欠陥が存在していることである 言い換えれば, 被用者が犯罪を行わないようにすることに企業が組織的に失敗したことが必要なのである この文脈で私の見解は, 一見したところ, 部分的肯定説の一つであると思われるだろう 28 しかし, 私は, 部分的肯定説の企業の刑事責任をめぐる三つのアプローチに賛同することは出来ない なぜならば, 三つの立論は共に, 全く以って個人主義的な方法による帰責に基づいているからである ここでは, 企業の刑事責任を論ずる前にまず始めに, 誰が ( 正犯 ) 行為者 (perpetrator) となるかの問題を考える必要がある そして, これは前章で論じたように解決されるべきであろう しかし, 第二段階として企業の刑事責任の解明を行うにしても, ほとんど自動的に個人の責任を企業に帰することでは, 代位責任のレッテル詐欺のようなものであろう 私の見解は, 個人帰責ではなく, 企業の団体責任 (collective liability of corporations) という新しい観念を用いることである ドイツの学説では, 営利企業の団体的行為という範型と古典的刑法理論が暗黙裡に前提とする個人主義的帰責アプローチとは相容れない理由をSchünemannが, 論じている 29 産業社会にあっては, 企業活動の場で刑法上保護される環境財 (environment goods) に対する危険が増大する 企業の影響力を等閑視して, 環境に危害を加える行為を個人主義的に帰責することが今日でも可能であるという見方を なるほど支持する者もあるかもしれない しかし, このような見解にあっては, 企業の団体的行為という範型について誤った判断を下している 個人を処罰することのみに立脚している古典的刑法体系は, 非現実的, ひいき目に見ても有効なものとはいえないのではなかろうか 基本的に古典的刑法理論の帰責システムは, 環境に危害を与える行為に責任がある者は, 企業内の単一の人間であるということに依拠している この者 に帰責することで, この者 は, 一面では確かに完全に社会的に適合する態度を示すことだろう しかし他面では, この者は同等の能力のある他の者と容易に置き換えうるのであるから, この者は全体システムの中ではほとんど価値を持たないのである 企業の犯罪的態度 という表現こそが, この者の環境に危害を与える行為に相応しい表現である 企業においては, 情報を共有する過程という特殊な範型により個々人が関係しあい, 結びつく組織階層が存在し, これにより 団体精神 (team sprit) が醸成されるのである また, 刑法における伝統的帰責モデルには, さらに現代産業社会で労働の分化が進んでいることから生じる問題が存在する すべての者が組織化された無責任状態 という表現は, 刑事責任の帰属を個人のみに限定することが, 環境汚染についての数多の現実的課題の解決をいかに妨げているかを如実に示すものである Ⅳ. 結語本稿では, 組織階層の中でだれを ( 正犯 ) 行為者とするかということを確定する方法, 企業の責任の契機となる行為を為しうる個人をどのように限定するかという問題を提示した 第一に,( 正犯 ) 行為者の特定は, いわゆる 行為支配 の観点から行うことを主張した 場合によっては義務犯の概念が必要となる この立論は, Top-downアプローチに結びついた その次に, 個人主義的な観念から団体主義的な観念へと転換する必要性があることを述べた 企業の犯罪 287

的態度は, その企業の団体精神のいたるところ に見い出せるのであるから, 一般予防 特別予 防の効果は, 企業の構成員が企業の犯罪的態度 に影響され, これを反映するのであれば, ほと んど望めないのである 従って, 私見によれば, 企業はその組織上の欠陥ゆえに, 被用者が行っ た犯罪について責任を負うのである 企業の刑 事責任を確定するためには, 個人の行為に焦点 をあわせるべきではない むしろ, 焦点をあわ せるべきは, 団体的コントロールメカニズムで ある 両罰規定の解釈としては, 企業のために 犯罪が行われたこと, 及び, 企業の側に組織上 の欠陥があったことの両者を要求する 私が以 上述べた新しいアプローチは, 確かに完全なも のではないだろう しかし, これは古典的刑法 理論の制約の下で展開されてきた従来のアプ ローチに比して, 非常に多くの事態に対応でき るものである 韓国では, 原理的には判例法の 拘束は存在しない ( 先例非拘束システム ) も のの, 幸いなことに近年では理論的アプローチ と判例法の意義深い歩み寄りがみられる 両者 の領域の溝は埋められるに違いない 現行刑法 典は, 立法府と司法府, そして法学の協働によ り成ったものなのである それこそまさに分化 した労働により成立したのである この意味で, 私はこの新しい理論的アプローチが環境刑法シ ステムにおいてとりわけ未成熟な 生ける法 (law in action) を最大限に豊かなものにする ことに貢献できれば幸いである 注 1 この点について付け加えておきたい ドイツで発展してきた 法益 (Rechtsgut) という概念を 法的利益 (legal interests) と翻訳したが, この翻訳は多少正確ではないにしても, このように翻訳しておくことにする 法的利益は, 法体系が取り上げただけの利益又は法体系により積極的に形成された利益である これらには, 生命や身体のほかに法により認められた社会的利益も含まれる 法的利益は個人や公衆に有益なものであるから, 法による保護を享受するのである 制定法である刑法がそれぞれその保護 の目的とする非実体的財, 非実体の社会的価値は法的利益である それゆえに環境立法は, 法的利益の限界を超えたということはできない つまり, 単なる道徳規範違反, 倫理規範違反, 宗教規範違反でしかないものを犯罪化することが刑法の目的であってはならないという限界線を越えてはいないのである しかし, 今日までは, 法的利益の概念は人間本位であり続けている その結果, 生態系それ自体は刑法上法的利益たりうるかという激しい論争が長く続いているのである この問題の詳細については, 私の教科書を参照してもらいたい 조병선 환경형법 環境刑法 (1998)97 頁以下 なお, 同書の一部は中国語に翻訳されている 张霞訳 环境刑法学 (2008) 2 環境犯罪の5 分類について, 詳しくは, 조병선 前掲注 1) 环境刑法学 54-61 頁 3 法律第 9313 号 2008 年 12 月 31 日施行 改正後環境犯罪特措法は2009 年 8 月 7 日施行予定である 訳注:2009 年 8 月 7 日に施行され, その後も数次の改正が行われている 最新の改正は法律第 10031 号 ( 未施行 ) である 同法は, 環境犯罪の処罰に関する特別措置法 ( 法律第 4395 号 1991 年 5 月 31 日施行 ) に起源がある 2000 年に現在の表題に改められた ( 法律第 6094 号 2000 年 1 月 1 日施行 ) 4 法律第 7623 号 2005 年 7 月 29 日施行 5 法律第 293 号 1953 年 10 月 3 日施行 6 詳しくは, 조병선 前掲注 1) 环境刑法学 120 頁以下 7 因果関係の問題について詳しくは, 조병선 前掲注 1) 环境刑法学 145 頁以下 8 板倉宏教授がこの理論を確立した 詳しくは, N. Kyoto, Criminal Liability of Corporations Japan, in: H. de Doelder & K. Tiedemann (eds.), Criminal Liability of Corporations (Klu- wer Law International, 1996), pp. 275-288 及び同論文に掲載の参考文献参照 9 大判 2006 年 2 月 24 日宣告 2005도 ( ド )7673 この 2005도 ( ド )7673 の事件番号の意味は, 2005 は上訴が行われた年を指し, 도 ( ド ) が手続上の区分, 7673 が通し番号である 도 ( ド ) は大法院に上告が行われたことを意味する 10 大判 1997 年 7 月 15 日宣告 95도 ( ド )2870 11 私はかつて, 企業は常に正犯行為者となる適格を有するので両罰規定の拡張的機能を強調した この場合, 企業は直接の正犯行為者であり, 288

行為者に犯罪を行わせないための背後者ではないのである 私見は最近では, 조병선 형법에서의행위자의특정 개인책임과단체책임 刑法においての行為者の特定 個人責任と団体責任 서울대학교비교한국법센터 ソウル大学校比較韓国法センター 編 단체법의제문제 団体法の諸問題 (2009)31-64 頁に示した ( ソウル大学校 BK21 研究会の配布資料 ) なお, ここでの報告を基にした, 同 형법에서의행위자의특정 : 개인책임과단체책임 刑法においての行為者の特定 : 個人責任と団体責任 서울대학교 ソウル大学校 法學 50 巻 2 号 (2009) 591 頁以下が公刊されている 実務家や学説の一部にもこの見解に従うものがある 例えば, 김裁判官である 김대휘 양벌규정의해석 両罰規定の解釈 형사판례연구회 刑事判例研究会 編 형사판례연구 刑事判例研究 (10) (2002)15 頁 12 私見の新しいアプローチは,2008 年 6 月 20 日に行われた韓国法務部の公聴会での議論に示唆を受けたものである ここで私は, 両罰規定の新草案について意見を述べた 조병선 양벌규정의구조와행위자의특정 両罰規定と行為者の特定 법무부 ( 法務部 ) 編 형법개정및양벌규정개선공청회 刑法改正及び両罰規定改善公聴会 (2008)209-56 頁 13 行為支配論 は, 元々は規範的責任論の立場から主張され, 展開された概念である (z.b. Hegler, von Frank) 戦後, 当時若手研究者であったClaus Roxinが, 正犯性 (Täterschaft) の理論を発展させ, 行為の因果的支配 (kausale Täterlehre), 行為の目的的支配 (teleologische Täterlehre), 行為の存在論的支配 (ontologische Täterlehre) の統合を企図した Roxinによれば, 所為に対する支配及び意思に対する支配のみならず, 犯行についての 機能的 コントロールが犯罪行為に対する支配 (Hand lungsherrschaft) を確定する上で考慮されなければならないという 全体像については,C. Roxin, Täterschaft und Tatherrschaft, 1963. 参照 なお, 最新版は7 版 (2000) となっている Roxinがいうには, 共同正犯は, 実行段階での協働の分担により不可欠な行為寄与を行った者 である (S.395) 14 C. Roxin, Strafrecht AT Band II, 2003, S. 106; C. Roxin, Täterschaft und Tatherrschaft, 1963, S. 354 ff., 384 ff. (bis 5 aufl., 1990); S. 392 ff., 695 ff. (bis 7 aufl., 2000). 15 C. Roxin, Strafrecht AT Band II, 2003, S. 671 を参照 16 大判 1997 年 11 月 28 日宣告 97 도 ( ド )1740 17 大判 1996 年 8 月 23 日宣告 96 도 ( ド )1231 18 憲裁 2007 年 11 月 29 日宣告 2005 憲가 ( ガ )5 この 2005 憲가 ( ガ )5 の事件番号は,2005 が年を意味し, 憲가 ( ガ ) は法律に対し憲法審査を行ったことを意味する 通常法院が制定法や法規定について憲法上の疑義を確認する必要に直面した場合は, それを事件に適用する前に, 憲法裁判所に違憲審判を請求しなければならない 憲法裁判所の職権, 又は, 当事者の申し立てにより審判することもできる 19 法律第 9190 号から法律第 9258 号までの総計 69 の法律である 詳しくは, 대한민국정부관보大韓民国政府官報 16906 号 (2008 年 12 月 26 日付 )113-66 頁参照 20 박상기 형법총론 刑法総論 ( 第 6 版,2004) 71 頁, 배종대 刑法總論 ( 全訂第 6 版,2005) 212-13 頁 손동권 刑法總論 (2006)94 頁, 이재상 刑法總論 ( 第 6 版,2008)92-101 頁, 이정원 刑法總論 ( 第 6 版,1999)83 頁, 정웅석 刑法講義 ( 第 6 版,2005)108 頁, 정영일 刑法總論 ( 改訂版,2007)81 頁, 조준현 刑法總論 ( 改訂版,2000)121 頁 21 判例は両罰規定を例外規定として位置づけている 大判 1984 年 12 月 10 日宣告 82 도 ( ド )2595, 大判 1982 年 9 月 14 日宣告 82 도 ( ド )1439 22 たとえば, 손동권 前掲注 20)95 頁 손教授は, 法人の犯罪能力を否定するが, 社会的責任を認める 23 김성천 김형준 형법총론 刑法総論 ( 第 3 版,2005)146-47 頁 김일수ㆍ서보학 형법총론 刑法総論 ( 第 11 版,2004)137 頁 정성근 박광민 刑法總論 (2008)90-91 頁 24 진계호 ( 新稿 ) 刑法總論 (1984)126 頁 25 たとえば, 임웅 後掲注 27)81 頁 稀ではあるが, 裁判所もこの純過失説を採用するかのような判断を下している 大判 1987 年 11 月 10 日宣告 87 도 ( ド )1213 26 たとえば, 김일수ㆍ서보학 前掲注 23)145-46 頁 27 신동운 형법총론 刑法総論 ( 第 2 版,2006) 109 頁, 유기천 ( 改訂 ) 刑法学 : 總論講義 ( 第 24 版,1983)98 頁, 임웅 形法總論 ( 改訂補訂版,2005)77 頁 28 詳細については, 조병선 前掲注 11)290 頁以下参照 289

29 B. Schünemann, Die Strafbarkeit der uris- juristischen Personen aus deutscher und europäischer Sicht, in: B. Schünemann & Carlos Suárez González (hrsg.), Baustein des europäischen Wirtschaftsstrafrechts: Madrid-Symposium für Klaus Tiedemann, 1994, S.267-73 及び同論文所掲の参考文献 訳者あとがき ここに訳出したのは,Cho Byung-Sun( 조병 선 ),The Corporate and Individual Criminal Liability for the Pollution of the Environment である 原文は英語である 趙教授は, 実体法, 手続法を問わず刑事法分野に多くの業績があり, とりわけ本稿のテーマとなっている環境刑法や 法人の刑事責任の領域で数多くの研究を公にさ れている 韓国における斯界の第一人者である なお, 本文中, イタリックで英語以外の言語で 示された語彙については, 斜体とし原語をその まま示すことを原則とし, 必要に応じて () 内 で日本語訳を示した なお, 本文及び文末注中 で示した部分は訳者によるものである 290