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博士学位請求論文 審査報告書 2017 年 12 月 28 日 審査委員 ( 主査 ) 経営学部専任教授 氏名鈴木研一印 ( 副査 ) 経営学部専任教授 氏名森久印 ( 副査 ) 経営学部専任教授 氏名大倉学印 1 論文提出者細田雅洋 2 論文題名企業の社会的責任の遂行を促進するためのマネジメント コントロール システム ( 英文題 ) Management Control Systems to Enhance the Implementation of Corporate Social Responsibility 3 論文の構成序章 1. 研究の背景 2. 研究の目的 3. 本稿の構成第 1 章顧客の企業の社会的責任に対する認知と財務業績との関係 2. 仮説設定 4. 結果と考察 5. むすび第 2 章企業の社会的責任の遂行を促進するためのマネジメント コントロール システムの現状と課題 1

2. MCS 3. CSR の遂行における公式と非公式からなる MCS 4. Simons(1995) の LOC と CSR の遂行の関わり 5. 持続可能な収益と利益の獲得を促す MCS に関わる研究 6. 組織間で CSR を遂行するための MCS の可能性 7. 研究課題の抽出 8. むすび第 3 章企業の社会的責任の遂行における公式と非公式のマネジメント コントロール システムの有効性 アルミ引抜メーカー B 社の事例を通じて 2. 先行研究レビュー 4. 結果 5. 考察 6. むすび第 4 章インタラクティブ コントロール システムを組み込んだ企業の社会的責任の遂行を促進するためのマネジメント コントロール システムの有効性 2. CSR の遂行を促進するための新たな MCS 4. 結果 5. 考察 6. むすび第 5 章持続可能な収益と利益の獲得を促すマネジメント コントロール システムとしての固定収益会計の有効性 2. 利速会計 3. 固定収益会計 4. リサーチデザイン 5. 結果 6. 考察 7. むすび第 6 章組織間における企業の社会的責任を遂行するためのマネジメント コントロール システムの可能性 2

2. 先行研究レビュー 4. 結果 5. 考察 6. むすび結章 2. 研究の要約 3. 組織内で CSR の遂行を促進するための MCS 4. 組織間で CSR の遂行を促進するための MCS 5. 研究の意義 6. 研究の限界と今後の展望参考文献初出一覧表 4 論文の概要企業経営では企業の社会的責任 (Corporate Social Responsibility, 以下では CSR という ) やサステナビリティ (Sustainability) を事業活動に取り込み, 実践しなければならないという議論が続いている中,CSR やサステナビリティを遂行するためのマネジメント コントロール システム (Management Control Systems, 以下では MCS という ) に関わる研究は発展段階にある 海外では,CSR を遂行するために企業が MCS をどのように用いているのかを明らかにするために, 主としてケーススタディが取り組まれているが, 日本企業を対象とした研究は行われ始めたばかりである 本研究では,CSR と財務業績との関係を明らかにしたうえで, 組織内および組織間で CSR の遂行を促進するための MCS の構築が図られている この研究を通じて, わが国における CSR の遂行を促進するための MCS の研究を進展させるとともに, 日本企業に対して,CSR を遂行するための MCS を提案することを狙いとしている 第 1 章では,CSR の遂行を促進するための MCS を構築するうえで,CSR の遂行の意義を示すために, 研究課題 1 CSR と財務業績との正の関係の検証 に取り組んでいる 具体的には, 顧客の CSR に対する認知, 顧客満足, ロイヤルティ, 財務業績 ( 顧客別の限界利益額 ) との正の関係を日本のホテル業 A 社における 2016 年度の顧客アンケート調査 (2016 年 1 月 1 日 ~12 月 31 日 ) と顧客の取引データ (2016 年 1 月 1 日 ~12 月 31 日 ), ホテル別総勘定元帳 ( 売上高, 売上原価, 販売費及び一般管理費 ) を用いて分析した 分析の結果, 顧客の CSR に対する認知は顧客満足, 顧客満足はロイヤルティ, ロイヤルティは顧客別の限界利益額に対して, 統計的に有意な正の影響を及ぼすことが明らかにされている 3

第 2 章では, 先行研究レビューを通じて,CSR の遂行を促進するための MCS の構築に向けた 4 つの研究課題を抽出している 第 1 に, 海外の管理会計研究では, 企業がフォーマル コントロール システム (Formal Control System, 以下では FCS という ) とインフォーマル コントロール システム (Informal Control System, 以下では ICS という ) からなる MCS を用いて,CSR をいかに遂行するかということを明らかにしている先行研究をレビューしている そのうえで,CSR を遂行するうえで,FCS と ICS からなる MCS の有効性を日本企業で明らかにする研究の必要性があることから, 研究課題 2a 公式と非公式からなる MCS が抽出されている 第 2 に,CSR を遂行するうえで, 企業が MCS をどのように用いているのかを明らかにするために, 近年では,Harvard Business School の教授である Robert Simons が提唱したレバーズ オブ コントロール (Levers of Control, 以下では LOC という ) を MCS とする研究が行われ始めていることから, 関連する先行研究をレビューしている LOC の特徴は, インタラクティブ コントロール システムを通じて, 事業上の不確実性 ( 機会と脅威 ) を明らかにし, 戦略の修正や変更を促すことから,FCS と ICS からなる MCS との比較を通じて,CSR を遂行するための MCS を再考する必要性が明らかとなった このことを踏まえ, 研究課題 2b 公式と非公式からなる MCS にインタラクティブ コントロール システムを加えた MCS が抽出されている 第 3 に, 持続可能な収益や利益の獲得を促す MCS に関わる先行研究をレビューしている CSR と財務業績の獲得との間では短期的にコンフリクトが生じると考えられることから, 企業では,CSR を継続的に遂行するために, 持続可能な収益や利益の獲得を促す MCS が必要となることが示唆された このことから, 研究課題 2c 持続可能な収益と利益の獲得を促す MCS が抽出されている 第 4 に,CSR から共通価値の創造 (Creating Shared Value, 以下では CSV という ) への展開がされる中で,CSV を実践する 1 つの手段が産業クラスターの形成 運営であることから, 産業クラスターの目的の達成を支援するための MCS に関わる先行研究をレビューしている CSV とは, 事業活動を通じた社会的課題の解決と財務業績の達成の両立を目指す経営を意味する 地域経済の振興を目指すうえでは, 産業クラスターの目的の達成を促進する MCS が不可欠であるが, わが国ではそうした MCS の研究の蓄積がされ始めている段階にあることから, 研究課題 2d 組織間における CSR の遂行を促進するための MCS が抽出されている 第 3 章では, 研究課題 2a 公式と非公式からなる MCS が取り組まれている 具体的には,CSR を遂行するうえで,FCS と ICS が有効であるかをアルミ引抜メーカー B 社における事例を通じて明らかにしている B 社の事例を通じて,CSR を遂行するためには,ICS という組織風土を醸成する仕組み (B 社の場合は文化 ) が土台となり, そのもとで FCS が用いられているということが示唆されている 他方,FCS と ICS からなる MCS では,CSR 活動の中でも本業に関連する活動は優先度が高い一方で, 本業との関わりが少ない活動に 4

ついては, 財務業績への影響を勘案したうえで, 取り組まれるということが明らかにされている このことから,CSR を遂行する際には, 事業活動における機会と脅威をともなうことから, 本業と関連の低い CSR 活動の遂行を促進する MCS の必要性を課題として挙げている 第 4 章では, 研究課題 2b 公式と非公式からなる MCS にインタラクティブ コントロール システムを加えた MCS が取り組まれている ここでは,FCS と ICS からなる MCS と LOC との関係を考察することを通じて,CSR の遂行を促進するための新たな MCS を示したうえで, その有効性を酒類メーカー C 社で検証している 新たな MCS では, インタラクティブ コントロール システムを組み込むことで, ステークホルダーの要請を戦略の修正 変更に反映させるプロセスを有することとなり, 本業との関連が低い CSR の事項も事業活動の一環で遂行されることが期待されるとしている C 社の事例では, インタラクティブ コントロール システムの活用を通じて, 地域の事業者や同業他社との協働が促され, 地域活性化と自社の発展のためのイベントの企画と実施が促されることが明らかにされている 小規模の企業の事例であるが,MCS が CSR の遂行のために従業員を動機づけ, ステークホルダーとの協働を通じて, 地域社会の課題を収益に結びつける経営の実現を促進しうると結論付けている 第 5 章では, 研究課題 2c 持続可能な収益と利益の獲得を促す MCS が取り組まれている 具体的には, 持続可能な収益と利益の獲得を促す MCS として固定収益会計が有効かどうかを半導体商社 メーカー D 社の事例を通じて明らかにしている 固定収益会計は, 企業との取引の持続性が高い固定客との取引関係を構築することを通じて, 持続可能な収益や利益の測定 評価に有効であるとされている 顧客との取引関係の構築を通じて, 固定客との継続的な取引が実現すれば, その継続して発生する収益と利益でもって, 安定的な企業経営が実現されるとしている 実際に,D 社の事例では, 固定収益会計の導入を通じて, 固定客から得られる収益と利益の割合が増え, 外部環境の変化に直面しながらも安定的な経営を実現し,CSR と利益獲得との間で生じるコンフリクトが軽減されたことが明らかにされている ゆえに, 固定収益会計は, 持続可能な収益と利益の獲得を促すことによって, 企業が継続的に CSR を遂行することを支援すると結論付けている 第 6 章では, 研究課題 2d 組織間における CSR の遂行を促進するための MCS が取り組まれている ここでは, 産業クラスターの形成 運営を通じて, 地域経済の活性化を促進するための MCS について, 栃木県における 4 社の酒類メーカーと 1 社の商社で構成されるクラスター A における事例を通じて探索している その結果, 結果コントロール, 行動コントロール, 社会的コントロールを通じて信頼が構築されることによって, 各社の CEO の協調的な行動が促されることにより, 産業クラスターにおける目的の達成が促進される可能性が示唆されている さらに, 組織間のインタラクションが産業クラスターに属する各社の CEO の協調的な行動を促すということを明らかにしている 5

5 論文の特質本論文の特質は, 次の 4 点からみてとれる 第 1 に,CSR と財務業績との正の関係におけるメカニズムを顧客の視点から検証している点で, 学術的に意義があるといえる 管理会計研究では, コーポレート レピュテーションと財務業績との関係が議論される中で, CSR と財務業績との正の関係が議論されているが, これらの関係は十分に検討されていない こうした中,1 社の事例ではあるものの CSR と財務業績との正の関係におけるメカニズムを明らかにしたことは, 本論文の特質といえるだろう 第 2 に, わが国における管理会計研究の新たな課題に取り組んだことである わが国における管理会計研究は, 製造現場や組織間での環境負荷低減のための技法であるマテリアルフローコスト会計に関わる研究やサステナビリティ バランス スコアカード (Sustainability Balanced Scorecard, 以下では SBSC という ) に関わる研究が行われている 近年では, 環境だけでなく社会的な課題や各ステークホルダーの要請に応えるために, 企業内で CSR を遂行するための MCS に関わる研究の必要性が議論されつつある こうした中で, 本研究のように,CSR の遂行を促進するための MCS の理論構築に取り組むことを通じて, わが国の管理会計研究上の新たな研究課題に取り組んだということが, 本論文の特質といえるだろう 第 3 に, 組織間において CSR を遂行するための MCS を示したことである CSV を実践する 1 つの手段が産業クラスターの形成 運営であるが, 産業クラスターについては, 管理会計の視点からの研究は最近までほとんどない状態である このことから, 産業クラスター内の目的を達成するための MCS の枠組みを明らかにすることにより, 産業クラスターの運営を通じた地域経済の活性化を促すための MCS に対して,1 つの知見を与えたことが本論文の特質として挙げられるだろう 第 4 に, 本論文が学際的な研究に位置付けられる点である わが国における CSR 研究は, 理論やディスカッション中心の研究が主として行われている状況にある こうした状況において, 管理会計の立場から, 企業の事例を通じて,CSR と財務業績との正の関係におけるメカニズムを明らかにしたうえで,CSR の遂行を促進するための MCS を提示した 特に, 第 4 章の内容は,CSR や環境経営分野の英文ジャーナルである Corporate Governance: The International Journal of Business in Society 誌 ( 査読有 ) に掲載されていることから, 国際的にも評価されている 6 論文の評価本論文では, 組織内および組織間で CSR の遂行を促進するための新たな MCS を提示したことを評価する わが国の管理会計研究において,CSR の遂行を促進するための MCS に関わる議論がされ始めている中で, 海外の先行研究をもとに構築した MCS を企業の事例を重ねながら, その有効性を明らかにし, 新たな MCS の構築を試みた点に学術的な意義がある 6

研究の成果が組織内および組織間で CSR の遂行を支援する可能性がある点も評価に値する 企業において,CSR の目標は財務業績の達成とトレードオフを引き起こすと言われている CSR の遂行を促進する 1 つの手段としての MCS を提示することで, 上記のコンフリクトが低減ないし解消されることにつながり, 結果として, 日本企業において CSR の遂行が促進されると考えられる点で, 本論文は実務的意義を有している 加えて, 組織間とりわけ産業クラスターの形成 運営を通じて, 地域経済の活性化の実現を支援する MCS を示したことから, わが国における産業クラスターの運営に対して貢献しうる点からも, 本研究は実務的な意義を有している ただし,CSR の遂行を促進するための新たな MCS を提示したものの, その有効性を示すことができていないことに限界がある 今後は, 事例研究を蓄積する必要があるだろう また, より高度な一般性を得るためには, 事例研究で得られた知見をもとに質問票の設計をし, より多くの企業に対するサーベイ調査を実施することで, さらなる発展が望まれる 7 論文の判定本学位請求論文は, 経営学研究科において必要な研究指導を受けたうえ提出されたものであり, 本学学位規程の手続きに従い, 審査委員全員による所定の審査及び最終試験に合格したので, 博士 ( 経営学 ) の学位を授与するに値するものと判定する 以上 7