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特集 内科医に求められる肺炎球菌ワクチン ストラテジー 今日の肺炎球菌感染症 要旨 小児用 7 価肺炎球菌結合型ワクチン (PCV7) の公費助成開始により, 我が国のワクチン血清型による小児の侵襲性肺炎球菌感染症 (invasive pneumococcal disease:ipd) は激減した. 一方, 非 PCV7 含有血清型による小児 IPDが増加し, 血清型置換が明確となった. 結果的に, 小児 IPD 罹患率は,PCV7 導入前に比較して,2013 年度までに57% 減少した. さらに, 65 歳以上の高齢者におけるIPDの原因菌にも血清型置換が認められた. 1) 大石和徳 2) 菅秀 日内会誌 104:2301~2306,2015 Key words 侵襲性肺炎球菌感染症, 肺炎球菌ワクチン, 血清型置換 はじめに 1. 海外の疫学状況 肺炎球菌 (Streptococcus pneumoniae) は主に乳幼児の鼻咽頭に高頻度に保菌されている 1). 肺炎球菌による保菌は, 本菌による感染症に先行して発生し, 市中における菌の水平伝播に重要な役割を果たす 2). 本菌は小児, 成人に中耳炎, 副鼻腔炎や菌血症を伴わない肺炎などの非侵襲性感染症や髄膜炎や菌血症を伴う肺炎などの侵襲性肺炎球菌感染症 (invasive pneumococcal disease:ipd) を引き起こす. このIPDとは, 通常無菌的であるべき検体から肺炎球菌が分離された疾患を指す. 近年, 主に先進諸国において, 小児用 7 価肺炎球菌結合型ワクチン (PCV7) の定期接種導入後に肺炎球菌感染症の発生動向, 原因菌の血清型分布が大きく変化している. 本稿においては海外, 国内の肺炎球菌感染症の実態について記述する. 欧米諸国において, 小児へのPCV7の定期接種導入後に肺炎球菌感染症の疾病負荷は有意に減少した 3). 米国ではPCV7 導入 7 年後において, 導入前と比べて, 全てのIPD 罹患率とPCV7ワクチン血清型によるIPD 罹患率はそれぞれ45%, 94% 減少し, 一方ではPCV7に含まれない19A などの非 PCV7 血清型によるIPD 罹患率が増加し, 血清型置換 (serotype replacement) が明確になった 4). さらに,65 歳以上の高齢者においてもPCV7ワクチン血清型によるIPD 罹患率も 92% 減少した 4). 英国, ウェールズではPCV7 導入 4 年後に,PCV7 ワクチン血清型による2 歳以下のIPD 罹患率が98% 減少し,65 歳以上の高齢者のIPD 罹患率の81% の減少が報告された 5). 1) 国立感染症研究所感染症疫学センター, 2) 国立病院機構三重病院小児科 Knowledge and Strategy in Pneumococcal Vaccines for General Physicians. Topics:I. Pneumococcal infection:update Kazunori Oishi 1) and Shigeru Suga 2) : 1) Infectious Disease Surveillance Center, National Institute of Infectious Diseases, Japan and 2) Department of Pediatrics, National Hospital Organization, Mie Hospital, Japan. 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号 2301

表年齢群別の侵襲性肺炎球菌感染症の症例数, 致命率, 罹患数 (2013 年 4 月 ~2015 年 1 月 ) 年齢グループ症例数死亡患者数致命率 (%) 罹患率 (/10 万人 年 ) 5 歳未満 640 6 0.94 6.55 5~14 歳 72 1 1.39 0.34 15~64 歳 762 47 6.17 0.52 65 歳以上 1,615 147 9.10 2.85 全年齢 3,089 201 6.51 1.31 ( 文献 6 の表 1 より作図 ) 700 菌血症髄膜炎肺炎 ( 菌血症を伴う肺炎 ) 600 届出件数 ( 人 ) 500 400 300 200 100 0 0 ~ 4 歳 5 ~ 9 歳 10 ~ 14 歳 15 ~ 19 歳 20 ~ 24 歳 25 ~ 29 歳 30 ~ 34 歳 35 ~ 39 歳 図 1 侵襲性肺炎球菌感染症の発生動向と臨床病型 (2013 年 4 月 ~2015 年 1 月 ) ( 文献 6 より引用 ) 2. 我が国の小児, 成人の IPD の発生動向調査 2013 年 4 月から2015 年 1 月までの感染症法に基づく感染症発生動向調査ではIPDの報告総数は3,089 例であり, 全国で約 1,500 例の症例が報告されている ( 表 ) 6). また, 罹患率 (/10 万人 年 ) は5 歳未満で6.55,65 歳以上では 2.85と小児の方が高齢者より高かった. 年齢別のIPD 症例の届け出患者数では,5 歳未満の小児と60 歳以上の成人における二峰性分布を示すことがわかる ( 図 1). また,IPDの病型の構成 年齢階級 (5 歳ごと ) 40 ~ 44 歳 45 ~ 49 歳 50 ~ 54 歳 55 ~ 59 歳 60 ~ 64 歳 65 ~ 69 歳 70 ~ 74 歳 75 ~ 79 歳 80 歳以上 では,5 歳未満の小児では菌血症が大半を占めていた. 成人では60 歳以上で届出数が増加し, 病型としては菌血症を伴う肺炎, 菌血症, 髄膜炎の順に多かった. 予後については,3,089 症例中,201 例が死亡していた. とりわけ65 歳以上の高齢者では, 報告時点での致命率は9.10% と高かった ( 表 ). 3. 我が国の小児 IPD の疫学状況 我が国において,PCV7 は 2009 年 10 月に製造 2302 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号

特集 内科医に求められる肺炎球菌ワクチン ストラテジー 30 25 PCV7 公費助成 病型非髄膜炎髄膜炎 症例数 /100,000 人 20 15 10 全ての侵襲性肺炎球菌感染症 5 0 2008 2009 2010 2011 2012 2013 年 図 2 5 歳未満の小児における侵襲性肺炎球菌感染症の罹患率の推移 ( 文献 7 より改変 ) 販売承認され,2010 年 11 月には5 歳未満の小児に対するPCV7 接種の公費助成が拡充された. その後,PCV7は2013 年 4 月から定期接種ワクチンとなり, 同年 11 月には13 価肺炎球菌結合型ワクチン (PCV13) に置き換わった. 成人用の23 価莢膜ポリサッカライドワクチン (PPSV23) は1988 年 3 月に輸入承認され,2006 年にはニューモバックスNPとして製造販売承認された. その後,2014 年 10 月から65 歳以上の成人などを対象として定期接種ワクチン (B 類疾病 ) となった. また,2014 年 6 月にPCV13 に対する製造販売承認の用法に65 歳以上の高齢者が追加された. 我が国において,2007 年から始まった ワクチンの有用性向上のためのエビデンス及び方策に関する研究 ( 庵原 神谷班 ) において,PCV7 の公費助成後の小児のIPD 罹患率は,2008~ 2010 年に比較して2013 年度までに57% 減少し,5 歳未満の人口 10 万人あたり10.8まで低下した ( 図 2) 7). さらに,PCV7 の血清型特異的な効果に着目すると,PCV7 含有血清型の小児 IPDの罹患率は 2011 年までに32%,2012 年までに85%,2013 年までに98% と劇的な減少を認めた ( 図 3). 結果的に,2010 年の小児 IPDの原因菌のPCV7 含有血清型の割合は78.5% であったのに対し, 定期接種化後の2013 年には3.3% に低下した. 一方,PCV13に含まれるがPCV7に含まれない血清型 (PCV13-PCV7) が 2010 年には 11.6% であったものが2013 年には47.8% に増加した. このPCV13-PCV7 の血清型では 19Aが 27.9% と最も多かった. また,PCV13にも含まれない血清型 (24F,15A,15Cなど) によるIPD 症例の割合は,2012 年 (41.5%),2013 年 (48.9%) に増加し, 我が国の小児 IPDにおいてもPCV7 導入後の血清型置換が明確になっている. 4. 我が国の成人のIPDの疫学状況厚生労働省指定研究班 成人の重症肺炎サーベイランス構築に関する研究 を全国 10 道県において実施し,2013 年 4 月から2014 年 11 月までに152 例を登録した 8).152 例の年齢中央値は 70 歳 ( 範囲 :25 歳 ~94 歳 ), 男性が97 例 (64%) 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号 2303

25.0 PCV7 公費助成 20.0 症例数 /100,000 人 15.0 10.0 血清型グループ PCV7 type PCV13 minus PCV7 type non-pcv13 type 19A 5.0 0.0 2008 2009 2010 2011 2012 2013 年 図 3 5 歳未満の小児における侵襲性肺炎球菌感染症 : 血清型別の罹患率の推移 ( 文献 7 より改変 ) であった. 喫煙者は67 例 (44%), 基礎疾患のある患者は107 例 (70%) で, うち免疫不全を伴う患者は 64 例 (42%) であった.PPSV23 の接種歴がある患者は5 例 (3%) であった. 人工呼吸器管理は36 例 (24%), 集中治療室管理は 35 例 (23%) であった. 主な病型は菌血症を伴う肺炎 86 例 (57%), 髄膜炎 25 例 (16%), 菌血症のみ24 例 (16%) で髄膜炎, 菌血症が比較的若年に偏る傾向にあった. 死亡例は32 例 ( 致命率 21%) であった. このように, 成人の IPD 患者で基礎疾患を有する症例は70% と多く,42% が免疫不患者であった. 基礎疾患のない患者に比べて, 免疫不全患者の原因菌として PCV13 非含有血清型の割合 (63%) が高く, 菌血症の病型を取る割合 (25%) が高かった. 2013 年 4 月から2015 年 1 月までの22カ月間に収集された224 株の成人 IPD 患者の原因菌の血清型別分離率を図 4に示した 9). 分離頻度の高い血清型は3,19A,22F の順であった.2006~ 2007 年に実施された国内の成人 IPD 患者の血清型分布の調査 (PCV7,PCV13,PPSV23 に含ま れる血清型の割合 ;34.0%,61.5%,85.4%) と比較して 10),PCV7,PCV13,PPSV23 に含まれる血清型の割合はそれぞれ12.5%,46.0%, 66.5% と減少していた. また, 非 PCV13 血清型である10A,22F,6C などの割合が増加していた. 5. 我が国の成人の肺炎球菌性肺炎の疫学状況 2010~2012 年に国内で実施された成人市中肺炎と医療ケア関連肺炎の調査では, 肺炎球菌性肺炎の割合は市中肺炎が17.1~23.2%, 医療ケア関連肺炎が12.7~18.4% であった 11,12). また, 国内の肺炎球菌性肺炎例の調査では, 全ての肺炎球菌性肺炎のうち, 菌血症を伴う肺炎の頻度は4~5% であった 13,14). また,2011 年 9 月から2013 年 1 月の期間に国内 4カ所の医療機関で実施された市中発症肺炎 ( 市中肺炎と医療ケア関連肺炎 ) の疫学的調査では, 罹患率と死亡率の推定値 (95% 信頼区間 ) は1,000 人 年あたり 16.9(13.6~20.9),0.7(0.6~0.8) とされている 13). 年齢依存性の罹患率の増加は, 2304 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号

特集 内科医に求められる肺炎球菌ワクチン ストラテジー 20 18 16 14 PCV7 type PCV13 minus PCV7 type PPSV23 minus PCV13 type Non-vaccine type 分離率 (%) 12 10 8 6 4 2 0 4 6B 9V 14 18C 19F 23F 1 3 5 6A 7F 19A 10A 15B 22F 33F 9N 12F 2 8 11A/E 17F 20 15A 15C 23A 24F 6C 7C 18B 38 35B 34 37 PCV7 PCV13 PPSV23(6A を除く ) 血清型 PCV7 カバー率 :12.5% PCV13 カバー率 :46.0% PPSV23 カバー率 :66.5% 図 4 成人の侵襲性肺炎球菌感染症患者の原因菌の血清型別分離率 :2013 年 ~2014 年度 (n=224) ( 文献 9の表 2より改変 ) 女性に比べて男性において顕著であった. 罹患率は85 歳以上の男性において最も高かった. また, 本調査では市中肺炎の罹患率は65 歳以上で高くなり, 医療ケア関連肺炎の罹患率は75 歳以上で増加することが示されている. 本研究における成人の市中発症肺炎患者由来の100 株の喀痰由来の肺炎球菌の血清型分布の検討では, 分離頻度の高い血清型は3,11A/E,6C の順であった.2003~2005 年に実施された国内の成人市中肺炎の血清型分布 (PCV7,PCV13,PPSV23 に含まれる血清型の割合 ;42.3%,73.1%, 80.8%) と比較して,PCV7,PCV13,PPSV23 に含まれる血清型の割合はそれぞれ23%, 54%,67% と減少していた 15). また, 非 PCV13 血清型である11A/E,6C,35Bなどの割合が増加していた. 6. 小児から成人への菌伝播の可能性我が国の小児に対するPCV7 導入後にみられ た成人 IPD 患者および市中発症肺炎患者の原因菌の血清型分布において,PCV7 に含まれる血清型の減少とPCV7に含まれない血清型の増加が認められた. これらの所見はすでに欧米で報告されている血清型置換と考えられ, 小児におけるPCV7 導入に伴う集団免疫効果に起因すると推察された. また, このような小児に対する PCV7の導入が間接的に成人のIPDを減少させた事実は, 小児の鼻咽頭に保菌された肺炎球菌が成人に伝播する可能性を示唆している. 小児と成人間の肺炎球菌の伝播について, 過去の我が国の研究では医療機関で小児とその親から採取された肺炎球菌のDNAパターンが一致することが報告されている 16). また, 最近の海外研究によれば, 成人の菌血症を伴わない肺炎球菌性肺炎の発症は小児と成人の接触に有意に関連することが報告されている 17). 本論文における子供と成人の接触の定義は,1)16 歳未満の子供と同じ世帯に同居,2) 肺炎発症前 4 週間に8 時間以上の接触があった,3) 小児とフルタ 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号 2305

イムで接触する職業 ( 教師など ) とされている. おわりに我が国の肺炎球菌感染症は, 小児における PCV7/PCV13 接種の導入後にワクチン血清型の小児 IPDが激減した. しかし, ワクチン血清型に代わり非ワクチン血清型による小児 IPDが増加 傾向にあり, 血清型置換が明確になっている. また, 集団免疫効果による成人 IPD 及び肺炎球菌性肺炎の原因菌にも血清型置換が確認されつつある. 今後も肺炎球菌感染症の血清型分布を含むサーベイランスが不可欠である. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 本論文発表内容に関連して特に申告なし 文献 1 ) Otsuka T, et al : Individual risk factors associated with nasopharyngeal colonization with Streptococcus pneumoniae and Haemophilus influenzae : a Japanese Birth Cohort Study. Pediatr Infect Dis J 32 : 709 714, 2013. 2 ) Bogaert D, et al : Streptococcus pneumoniae colonisation : the key to pneumococcal diseases. Lancet Infect Dis 4 : 144 154, 2004. 3 ) Weinberger DM, et al : Serotype replacement in disease after pneumococcal vaccination. Lancet 378 : 1962 1973, 2011. 4 ) Pilishvili T, et al : Sustained reduction in invasive pneumococcal disease in the era of conjugate vaccine. J Infect Dis 201 : 32 41, 2010. 5 ) Miller E, et al : Herd immunity and serotype replacement 4 years after seven-valent pneumococcal conjugate vaccination in England and Wales : an observational cohort study. Lancet Infect Dis 11 : 760 768, 2011. 6 ) 大日康史, 他 : 感染症発生動向調査での侵襲性肺炎球菌 インフルエンザ菌感染症の記述及び小児の庵原班との比較. 成人の重症肺炎サーベイランス構築に関する研究 ( 厚生労働科学研究費補助金新型インフルエンザ等新興 再興感染症研究事業研究代表者 : 大石和徳 ) 平成 26 年度総括 分担研究報告書.2015,9 15. 7 ) Suga S, et al : Nationwide population-based surveillance of invasive pneumococcal disease in Japanese children : Effects of the seven-valent pneumococcal conjugate vaccine. Vaccine 2015. pii : S0264 410X(15)01038 5.[Epub ahead of print] 8 ) 福住宗久, 他 : 成人侵襲性肺炎球菌感染症 (IPD) の臨床像と原因菌血清型分布に関する記述疫学 (2013 2014), 成人の重症肺炎サーベイランス構築に関する研究 ( 厚生労働科学研究費補助金新型インフルエンザ等新興 再興感染症研究事業研究代表者 : 大石和徳 ) 平成 26 年度総括 分担研究報告書.2015,9 15. 9 ) 常彬, 他 : 成人の重症肺炎サーベイランス構築に関する研究 ( 厚生労働科学研究費補助金新型インフルエンザ等新興 再興感染症研究事業研究代表者 : 大石和徳 ) 平成 26 年度総括 分担研究報告書.2015,63 67. 10)Chiba N, et al : Serotype and antibiotic resistance of isolates from patients with invasive pneumococcal diseases in Japan. Epidemiol Infect 138 : 61 68, 2010. 11)Fukuyama H, et al : Validation of sputum gram stain for treatment of community-acquired pneumonia and haelthcare-associated pneumonia : a prospective observational study. BMC Infect Dis 14 : 534, 2014. doi : 10.1186/1471-2334-14-534. 12)Shindo Y, et al : Risk factors for drug-resistant pathogens in community-acquired and healthcare-associated pneumonia. Am J Respir Crit Care Med 188 : 985 995, 2013. 13)Morimoto K, et al : The burden and etiology of community-onset pneumonia in the aging Japanese population : a multicenter prospective study. PLoS One 10 : e0122247, 2015. 14) 牧野友彦, 他 : 震災地の高齢者における肺炎球菌ワクチンの肺炎予防効果に関する研究 ( 厚生労働科学研究費補助金新型インフルエンザ等新興 再興感染症研究事業研究代表者 : 大石和徳 ) 平成 24 年度総括 分担研究報告書.2013,9 23. 15)Isozumi R, et al : Genotypes and related factors reflecting macrolide resistance in pneumococcal pneumonia infections in Japan. J Clin Microbiol 45 : 1440 1446, 2007. 16)Hoshino K, et al : High rate of transmission of penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae between parents and children. J Clin Microbiol 40 : 4357 4359, 2002. 17)Rodrigo C, et al : Pneumococcal serotypes in adult non-invasive and invasive pneumonia in relation to child contact and child vaccination status. Thorax 69 : 168 173, 2014. 2306 日本内科学会雑誌 104 巻 11 号