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Title 内発性に根ざしたコミュニケーション教育 : 時事英語 の実践を踏まえて Author(s) 中村, 義実 Citation 京都大学高等教育研究 (2006), 12: 53-62 Issue Date 2006-12-01 URL http://hdl.handle.net/2433/54192 Right Type Departmental Bulletin Paper Textversion publisher Kyoto University

内発性に根ざしたコミュニケーション教育 時事英語 の実践を踏まえて 1) 中村義実 ( 敬和学園大学人文学部英語文化コミュニケーション学科 ) CommunicationEducationCultivatedbyInnerMotivation YoshimiNakamura (DepartmentofEnglishCultureandCommunication,KeiwaColege) Summary Theword communication isfrequentlyassociatedwith smoothconversation. ThistendencyistrueofEnglish education,wheremanylearnersdevotedlyyearntobefluentspeakers,andmanyteachersfirstandforemostput emphasisonencouragingstudentstobeverbalyexpressive. Thispaperquestionsthe authenticity ofthe smooth conversation approach,discussing the importance of consideringthe internal natureofhumancommunication.inshort,communicationisaprocessinwhichpeople influenceeachother,internalyandexternaly,byexchanginginformation.inthisprocess,communicators inner motivationsplayacriticalrole.threefactors purposefulness,sociality,andcreativity areeachexaminedtoaccount forthevalueofinner-motivatedcommunication. Throughsevenyearsofteachingthecourse MediaEnglish atkeiwacolege,ihadachancetoobservehow students became deeply involved in communication once their inner motivation was efectively activated. Comprehensivedatagatheredinthecoursearediscussed,integratingtheoryandpractice. キーワード : 内発的コミュニケーション 英語教育 批判的味読 社会的自論 意味づけ論 Keywords:inner-motivatedcommunication,Englisheducation,criticalandappreciativereading,theoryofsocialself, theoryofsense-making 1. はじめに本稿で試みる考察は 勤務校である敬和学園大学にて筆者が1998 年度から2004 年度の7 年間にわたって担当した 時事英語 の授業実践を土台とする この授業において 私が一貫して追求したテーマは 人間に備わる内発性に根ざしたコミュニケーション教育の実践である 今日 コミュニケーション教育というと 実践的な技術の養成に関心が注がれる傾向が強い とりわけ 英語コミュニケーション能力 という言葉は 流暢な会話ができる能力と同義にイメージされやすい こうした意識傾向が 今日の英語教育全般を歪めている側面を私は憂えている 人間のコミュニケーションとは 端的に言えば 主体性 があり 社会性 があり 創造性 があるプロセスである これらは 人間固有の内発的特性であり 母国語 外国語を問わず これらの特性を伸ばす教育こそが真のコミュニケーション教育と言えまいか この視点が授業実践の中でいかに具現され その具現がコミュニケーション教育にいかなる効果をもたらしうるか 時事英語 授業実践の概要をできる限り具体的 包括的 客観的に示した後で 種々の先行コミュニケーション理論 53

を援用し これらの問いを考察していく 本稿が今後の英語教育 コミュニケーション教育 ならびにそれらの枠を越えて 大学の教養教育のあり方に幾許かの示唆を与えることができれば幸いである 2. 時事英語 の授業実践概要 2 1. クラスの位置づけ敬和学園大学は 人文学部 1 学部のみが設置される小規模な地方単科大学である (1 学年定員 200 名 ) リベラルアーツ教育を礎とし 地域に貢献できるよき市民の輩出を教育理念に掲げている いわゆる 進学校 と称される高校から入学する学生は極めて少なく 近年は いわゆる偏差値が低めとみなされる高校からの出身者の割合が増加している ここで確認しておきたいことは 時事英語 を受講した学生たちの大半は 大学入学以前の教育機関において 学業成績がごく普通であるか または普通以下であったという事実である 時事英語 は 本学 3 4 年生を対象とする自由選択科目である ( 週 1 回 90 分授業 ) クラスの受講者数は 受講希望者全員を受け入れる方針を取ったこともあり 概して多人数を特徴とした 7 回の年度の平均数は年度あたり 70 名である 多人数であることは 英語力の低い学生も相当の割合で同居している ということも意味している クラスサイズの大きさに加えて 学力格差の大きさという 一見ハンディキャップとみなされる要素が存在するのは明らかであった いかにして それらの要素を克服しうるかを明確にすることが本稿の重要な論点の一つでもある 2 2. 受講生の反応参考までに 年度の最終授業時に学内の全講義において実施される 学生による授業評価アンケート 全 7 年分の記録を表 1に示す 授業内容 に関する項目は 各年度とも ほとんどにおいて 学内全講義の平均値を上回る安定した数値を記録した とりわけ 創意工夫 と 興味と刺激 の項目に比較的高い数字が示された アンケートの数字のみによる判断は慎重でなければならないが 学生からの評価は 一貫して比較的ポジティブな水準を維持したことが示されているとみてよい 表 1 学生による授業評価アンケート結果 年 度 1998 1999 2000 2001 2002( 後 ) 2003( 後 ) 2004( 後 ) 平均値 単位取得者数 / 授業登録者数 [ 単位取得率 ] 68/76 [90%] 115/127 [91%] 90/105 [86%] 68/77 [88%] 36/40 [90%] 42/45 [93%] 19/22 [86%] 63/70 [90%] アンケート回答者数 [ 回収率 ] 63[83%] 91[72%] 86[82%] 60[78%] 33[83%] 44[98%] 15[68%] 56[80%] シラバス内容 3.7(3.7) 3.7(3.8) 4.1(3.8) 4.1(3.8) 4.1(3.8) 4.0(4.0) 4.5(4.0) 4.0 授 理解しやすさ 4.0(4.0) 4.1(4.1) 4.3(4.1) 4.4(4.1) 4.2(4.1) 4.2(4.2) 4.3(4.2) 4.2 業 創意工夫 4.2(3.9) 4.4(4.0) 4.3(4.0) 4.4(4.0) 4.1(4.1) 4.3(4.2) 4.3(4.2) 4.3 内 刺激と興味 4.2(4.0) 4.3(4.1) 4.3(4.1) 4.5(4.1) 4.3(4.2) 4.2(4.3) 4.5(4.3) 4.3 容 知識や能力の会得 4.1(4.0) 4.1(4.1) 4.3(4.1) 4.4(4.1) 4.4(4.1) 4.0(4.2) 4.2(4.2) 4.2 [ 項目平均値 ] 4.1(3.9) 4.1(4.0) 4.3(4.0) 4.4(4.0) 4.2(4.1) 4.1(4.2) 4.3(4.2) 4.2 * このアンケートは年度 ( 学期 ) の最終授業時に学内全講義において実施され 回収分の統計数値は業者によって算出される *5 段階評価に基づく5 点満点で算出 ( ) 内は学内全講義平均の数値 右列 平均値 は1998~2004 年度 時事英語 の7 回分の平均値 *2002 年度よりセメスター制の導入により 年度内で前後期 2 回のアンケートが実施された ここでは前期分を省略 時事英語 履修者の単位取得率は 各年度 8 割後半から9 割以上を推移した ( 表 1) 単位取得率は 授業出席回数と提出課題評価において 一定の基準を満たした履修者の割合を意味する 他授業と比較してもほぼ標準的な数字であり 履修者の大半が最後まで授業にコミットしたということが示されている 主観的な描写は極力避けるつもりだが 総じて 学生は真剣な目つきで授業に集中していた 多人数クラスではあったが 私語の注意を要する機会は皆無に近かった 提出された課題についても力作が多い と常々感じた 学生の反応については この後さらに様々な角度から紹介する 54

2 3. 授業プロセス最初に来るプロセスは教材の選択である このプロセスは 時事英語 の生命とも言うべき重要性があることを前もって強調しておく ほぼ全ての教材は 通常のオーセンティックな英字新聞の記事の中から選り抜かれ そのままコピーして使用される 記事の量は 通例 A4 または B4 サイズの用紙一枚に収まる 2004 年度前期において私が選択した記事のトピック例 およびその出典の一覧を表 2に示しておく 表 2 教材トピック例および出典一覧 (2004 年度前期 ) 1ヤンキース東京開幕戦 松井選手の活躍 (Jim Alen, Godzila:Going,Going,Gone Matsui sheroicleavetheirmarkon Tokyo,YankeesTeammate, TheDailyYomiuri,April2,2004.) 2ブッシュとケリー 米大統領はどちらがふさわしい?( ReadersForum:Whom DoYouWanttoBetheNextPresident? The DailyYomiuri,May2,2004./ BushAdmits ToughTimes iniraq, TheDailyYomiuri,May2,2004.) 3 皇太子皇室批判発言の波紋 ( CountriesGetTongue-lashing AngryE-mailsFloodAgencyafterRemarksofCrownPrince, TheDailyYomiuri,May16,2004.) 4ペヨンジュンに魅了される日本女性たち (MamiTsukahara, KilerSmile FloorsJapaneseWomen, TheDailyYomiuri,June 3,2004.) 5フリーター増加現象の背景 (KazunoriTakada, YoungJapaneseWorkStylesFree,butTroublingforEconomy,Govt, TheDaily Yomiuri,June7,2003.) 6 佐世保少女殺害事件 ネットの責任を問う ( NetPostingDroveGriltoKil, TheDailyYomiuri,June3,2004./ OnlineChats UndermineRealCommunication(Tenseijingo), TheAsahiShimbun,June4,2004./DausukeKobayashi, WrongtoBlame InternetforMurderofSchoolgirl(LeterstotheEditor), TheDailyYomiuri,June9,2004.) 教材記事の選択に前後して行われるのは プリントの作成である 学生の予習用として またスムースな授業進行のための一助として 記事の内容に関する問いを作成する 通常 7 8 題の日本語による記述式問題である これを 設問プリント と称しておくが 後に詳述するように 時事英語 において極めて重要な役割を果たす補助教材である 表 3に 2003 年度において私が作成した設問プリント2 例を示しておく 表 3 設問プリント例 (2003 年度 ) 例 1 フリーター増加現象の功罪教材 : YoungJapaneseWorkStylesFree,butTroublingforEconomy,Govt, TheDailyYomiuri,June7,2003. 1. フリーター生活は どのような点で魅力的か オノデラ氏の見解を含めてまとめよ 2. 政府はフリーター増加現象について懸念を示している 懸念の内容をまとめよ 3. フリーター増加現象の原因をカトウ氏はどのように分析しているか 4. フリーターが増加する原因として 会社側の事情についてまとめよ 5. フリーター増加現象が日本経済に与えうる悪影響についてまとめよ 6. あなたは フリーター増加現象が日本の未来をどう変えると思うか ( 課題エッセイ ) 例 2 自衛隊のイラク派遣の是非教材 : U.S.GetsIraqResolution ButThisdoesn tjustifyahastysdfdispatch, TheAsahiShimbun,October20,2003./ Japan MustSendSDFtoIraqtoShowSupport, TheDailyYomiuri,November10,2003. ( 設問 1~3は Asahi 4~6は Yomiuri) 1. イラク復興をめざす全会一致の国連安保理決議が採択されたが 復興に向かう確かな道筋はできていない と述べる その根拠は 2. にもかかわらず この安保理決議を積極的に認識すべき と述べる その根拠は 3. 安保理決議後 日本はアメリカとの連携 ( 資金援助と自衛隊派遣 ) を約束したが だからといって 自衛隊を派遣はまだ適切とは言えないと述べる その根拠は 4. アメリカは撤退すべきではない と述べる その根拠は 5. イラクの新政権樹立が必要である と述べる その根拠は 6. 日本は自衛隊を派遣すべきである と述べる その根拠は 7. 自衛隊のイラク派遣について 日本はどのような態度を取るべきとあなたは考えるか ( 課題エッセイ ) 記事コピーのプリント および設問プリントを学生に配布するのは それらを授業で扱う一週間前の授業時である 配布時に 設問プリントの問いに答える担当者がボランティア方式で決定される 問題担当者は 翌週の授業開始時間の直前に 準備した各自の答案を板書しておく 55

授業は 比較的単純なプロセスを辿る 記事のほぼ全文を私が日本語で解釈しながら 記事内容をできる限り正確に把握していくことが主たる作業である その際に 順次 受講生が板書した各設問の答案について吟味コメントし それらを口頭 ないしは板書により手直ししていく 記事の英語レベルは概して高く 学生が太刀打ちできない設問も少なくない 全く的外れな答案が板書されていることも頻繁にある 私は挑戦してくれた学生の面子にできる限り配慮し いかなる答案であれ 本人がなぜポイントを抑えられなかったかが分かるように丁寧な解説を加える努力をする 内容把握を終えた後は 時間の許す限り 記事トピックに関する内容 資料等の補足をし 学生の問題意識の活性化を図る 設問プリントの最終問は 記事トピックについて各自の見解や感想を尋ねる問いである 毎回ではないが 授業の終わりにメモ用紙を配布し 受講生にその場で記入させ回収する 記された内容を私がまとめ 翌週の授業で学生にフィードバックする このプロセスがもたらす教育効果については 後に実例をあげて詳述する 2 4. 成績評価成績評価については 設問プリントの最終問を生かしたエッセイの作成からなるレポートを最重視する 扱ってきたトピックを自由選択させ 400~600 字程度の日本語で記した後に その内容を英語に要約させるという形式である これを 課題エッセイ と称しておく 課題エッセイの評価は エッセイ内容の質と英語表現力の両方を吟味した上でなされる 各学期 中間と期末の2 回の提出回を設定し それぞれにつき 2つのトピックを自由選択させた 表 4は 2004 年度の 課題エッセイ の一例である 表 4 課題エッセイ例 (2004 年度後期 ) 課題内容 : 以下より2つを選んで 400~600 字程度の日本語で論じ その内容を英文に要約せよ ( カッコ内は記事タイトル ) 1 現代社会において新しい型の addictions が増加している現象について あなたの考えと依存症予防策を述べよ ( Modern LivinganditsAddictions. ) 2 死刑制度は認められるべきか否か あなたの考えをまとめよ ( DoYouSupporttheDeathPenalty? ) 3あなたは 武士道 の価値をどう評価するか ( TheLastWordonSamurai ) 4あなたは今回の中越地震の教訓をどのように生かすか ( ShortagesAddtoQuakeMisery. & QuakeEvacueesatEndof Tether. ) 5あなたはイチローの新記録樹立をどう評価し またアメリカメディアの反応をどう捉えるか ( Suzuki schasedeservesmore Atention. ) 6あなたは Bush 大統領に追随する日本政府の姿勢についてどう考えるか ( GovernmentHailsBushReelection. & AsiaGives MixedReviewstoBush. ) 7あなたは オレオレ詐欺 の被害増加現象をどのように分析するか ( KidsJoinOre,oreScammers. ) 課題エッセイは受講生全般の英語レベルを勘案すると 彼らにとって決して容易な課題ではない しかしながら 意欲的な力作が多数見られ 評価する側に楽しみが見出せたことが大きな利点であった 個々の学生の英語力のみならず 彼らの思考力や創造力 さらに英語に向き合う姿勢が興味深く浮かび上がり 答案を通して意欲的に学生と向き合えた 3. 言語パロール観 とコミュニケーションの主体性 2002 年文部科学省により発表された 英語が使える日本人 の育成のための戦略構想 の冒頭に 国民全体に求められる英語力 の達成目標が掲げられている そのまま引用すると 中学校卒業段階では 挨拶や応対等の平易な会話 ( 同程度の読む 書く 聞く ) ができる 高校卒業段階では 日常の話題に関する通常の会話 ( 同程度の読む 書く 聞く ) ができる と記述されている いずれも 会話 という言葉が真っ先に記され 読む 書く 聞く は 会話 にあたかも従属するような括弧づけの扱いを受け しかも 同程度 と安易な一律化が付されている 2002 年の 新指導学習要領 改訂以降 中学校英語教科書は 会話文 の分量が一層増え 内容も電話 買い物 道案内等の 使用場面 の具体的な設定が目立つようになった ( 田島 2002 65 頁 ) 殊更 英会話 に関心が向けられる現象は 今日 小学校英語教育導入論争とも相俟って 日本の社会全般に より一層の浸透を示しつつあるように映る 56

私は とりわけ 読む 書く という行為がコミュニケーションという用語から切り離され 話す 聞く と二項対立的な発想で捉えられる傾向に疑問を抱いている この項では 近江の 言語パロール観 に基づくコミュニケーション理論を援用して 読む 書く も歴としたコミュニケーション行為の一環であることを示す ソシュールが提示した概念である パロール (parole) は 言語を主体的 行為 そのものとして捉える言語観である 言語を客観的 規約 として捉える ラング (langue) の対概念として用いられる 近江は ソシュールの 言語パロール観 を根底に据えて 話す 聞く のみならず 読む 書く も 読み手 書き手が目的を持って行う 能動的コミュニケーション行為 であると位置づける 言葉には あらかじめ意味が定められているのでなく 文を発する人の意図や目的に即してその都度意味が与えられていく という見方が前提にある ( 近江 1996 90-93 頁 ) 近江は 英語を 読む コミュニケーションについて 従来の 文法訳読 方式と 近年重視されつつある 直読直解 方式をともに批判する 前者は訳すことが目的化し 英文はあたかも文法事項を導入するための内容になっており 後者は大意の把握 情報の獲得のみに意識が奪われ 筋が分かればそれがすべてという姿勢を作り出している と指摘する 両者に欠けているのは 英文のかたまりを生きた語りとして味わい読む余裕 である 活字の背後にある書き手の意図を読み取るという姿勢がそこには見られない ( 近江 1996 48-49 頁 ) 書き手が 目的を持って文章を 書く のと同様に 読み手も 目的を持ってその文章を 読む 読む 行為に入る前段階で 与えられた英文に対して 自分がどういう目的で関わっていくのかをあらかじめ決めることが必要となる 近江は 批判的味読 (criticalandappreciativereading) 方式を提唱し そのエッセンスを次のように解説する 書き手がいるから その語り手の心情を自らの体や音声の感覚まで動員して味わう 読み手が自分の目的に従って読みを選択する主体性 その選択後も 書き手の目的達成行為の産物として作品を扱い その意味や価値を究明していこうとする しかもその際も読み手である自分の主体性は失われずに 書き手の意図や話す時の息遣いなどに呼応していこうとする ( 近江 1996 53 頁 ) 私が 時事英語 において受講生に求めるリーディングの姿勢は まさにこの 批判的味読 に尽きる 主体性 を失わずに読むことのできる教材の発掘が それゆえに 時事英語 では重要な位置を占める 教材の選択に際しての鍵は 内面の啓発 である 表 2に紹介した記事トピック一覧に明らかなように 私は通常 単に面白おかしいというだけのトピックは選ばない 学生が与えられたテーマに内面から深く関わり 自らの思考や情緒を活性化させうる内容を備えたトピックの選択を心がける 私が作成する設問プリント ( 表 3) は 学生に 批判的味読 を促すことが意図されている これらの設問を読めば その記事内容のポイントがほぼ瞬時にして分かる 内容についての興味をあらかじめ喚起することにより 読む 行為に入る前段階で 学生は教材により主体的な関わりを築くことができる 設問内容は 文を発する人 ( 記事の書き手 ) の意図や目的に即して作ることに徹する 書き手の意図から絶縁した問題はここでは一切存在しない これによって 書き手のメッセージを主体的に把握する という 読む コミュニケーションそのものの授業を作り出していく 課題エッセイ ( 表 4) も 学生の 批判的味読 の促進を狙いとする 書き手のメッセージを的確に受信することのみならず 書き手のメッセージを一個人としてどう受け止めるかを意識させる 当然 文の受け止め方は各個人によって異なる 課題エッセイの存在により 読み手は 書き手のメッセージを主体的に受け止めながら読む姿勢を形成する 書き手の様々なメッセージに共鳴や反発を覚えながら読むプロセスにおいて 批判的味読 は成立する 従来の 英作文 という名で知られる和文英訳の多くは 日本語を英語に置きかえる機械的訓練に過ぎなかった 言いかえれば 自分の外側に英語の客観的規約を構築しようとする ラング に支配されたあり方である 課題エッセイは ラング支配からの脱却を学生に促す 自分のメッセージを持つことからコミュニケーションは始まる 書き手が発したメッセージを主体的に受け止め その上で 自分自身のメッセージを主体的に伝えようとするプロセスである そのためには いかにして自らが思考し 適切な用語を選び 自らのメッセージを効果的に伝達するための論 57

理を構成していくかが問われる これらのプロセス全体が 近江の述べる パロールとしての 書く 行為に他ならない 私はその 書く プロセスにおいて 最初は日本語に頼ってもいいという考えに立つ 学生の英語力レベルを勘案すれば やむを得ぬ方策と言える しかし同時に 書く コミュニケーションの特性を生かそうとする狙いがある 書く コミュニケーションは 会話 による意思伝達よりも格段に自らの思考を深く表現できる まず母国語で自己のメッセージを表現できるか を問う その後に自己のメッセージを英語に要約させる 当然ながら 学生は日本語で思考したことに英語力がついていかないという苦痛を味わう 十分な時間をかけて 書く 作業に取り組むことの意義がここにある 書く というプロセスを経て 英語で自らの思考を表現するためには その前提として母国語による自らの思考をできる限りクリアーにしなければならない との必要を学生は実感するであろう いわゆる英語力が低いとされる学生が 記事内容に触発され ひとたび自分なりの強いメッセージを持った時 荒削りではあるが 説得力ある優れた英文エッセイを仕上げることがある そんな時 私は世間一般の基準にあてはまる 英語力 という尺度の不確かさに疑問を抱かざるを得なくなる 学校教育の現場においては 学習者の英語力レベルに合う言語規範を積み重ね式に修得していこうとする学習方式が 今日もなお支配的に映る その方式は一見効率的な外国語学習に見えるものの 実は 学習者の知的欲求から涌き出るはずの主体性を奪っている側面がないだろうか 読む 書く の達成目標を 会話 と 同程度 にするとした文科省の発想は余りに皮相的で驚きを禁じえない 近江 (1996 97 頁 ) は パロールが 学習者の生理に合致している と述べる パロールは 言葉を発信者の意図や目的に即したものとして捉えるがゆえに 自分のスタンスが分かり 体も心も乗ってくる その結果として 覚えも速くなるし 主体性を失わずに言葉を使うことが可能になる と説明する 従来のラング主導の受動的な英語教育を改革する鍵は 言語パロール観 の深い理解と応用にかかっていると言っても過言ではなかろう 4. 社会的自我論 とコミュニケーションの社会性ミードの 社会的自我論 (socialselftheory) は コミュニケーションの社会性に注目する コミュニケーションは 他者との外的なコミュニケーションのみならず 内省すること つまり自己との内的なコミュニケーションによって成立する 人間は様々な他者とかかわりあいながら この 重層 コミュニケーションを通して自我の社会性を拡大していく (Mead,1934,p.94; 船津 2000 116 頁 ) この項では 時間的社会性 という概念が 教材の興味深さをいかにひき出すかを論じることに重点を置く 時間的社会性 は 現在 ならびに リアリティー という概念の捉え方に密接にかかわる ミードは 次の引用が示すとおり 現在 という時を 過去や未来から切り離した瞬間としては捉えない もし世界を 仮構的に考えられた瞬時的な現在に帰してしまうならば すべての対象は断片となってしまうであろう そのような瞬間的現在 (knife-edgepresent) というものは存在しないのである いわゆる 見かけ上の現在 (speciouspresent) においてさえ 継起 (succession) があり 過去と未来があるような時間的推移 (passage) というものが存在している したがって 見かけ上の現在は 行為の観点からすれば 過去と未来の両方が含まれているセクションにほかならないものとなる この自然の時間的推移を重要視するならば 知覚の対象は行為の現存する未来 (existentfutureofact) と考えられる その未来は未来としては不確実な (contingent) ものである (Mead,1924-1925,p.289; 船津 1991 67-68 頁 ) 現在という枠組みを通じて 過去が選択され 未来が再編成される それゆえに現在は 時間的推移を経ながら刻々と変化し続ける 自我が 他者が そして社会が同時進行的に変化している時間的空間が リアリティー と捉えられる 自我 他者 社会のそれぞれがそれぞれに影響を与えながら変化変容していく性質が 時間的社会性 である ミードのいう 社会的自我 とは 手短に言えば 他者や社会に影響を受けながら不断に形成されていく自我であり それは 自我が他者や社会に不断に影響を与えていく逆のプロセスをも含む この 時間的社会性 が 時事英語 の教材を選ぶ際に私が最も留意することの一つである 人々は 時間的社 58

会性 のある情報を通常追い求めている 分かりやすく言えば 多くの人々は毎朝 新聞を習慣的に読む 仮に その日届いた新聞の隣に 未読の前日の新聞が置いてあったとする 人々は ためらわずに まずはその日に届いた新聞に手を伸ばし読み始めるであろう その理由は そちらにより緊密な 時間的社会性 が詰まっているからである 読者は 絶え間なく変化する現在を把握し 不確実な 未来を再編成していくために 新しめの過去 の情報を選択するのが常である ましてや一ヶ月前の新聞には 目もくれないはずだ この人間の自然な心理に配慮して 私が選ぶ教材は 基本的に 新しめの過去 の記事であることが多い もちろん 新しめの過去 が常に最良の情報とは限らないことは自明である 人々は新聞を読む際に それぞれの記事にどの程度の価値があるかを意識的にせよ無意識的にせよ判断し 読む記事を絶えまなく選択する 読むに値する記事と分かれば たとえ一ヶ月前 一年前の記事であれ 時間をさかのぼってそれらを真剣に読む 自己の必要に根ざしているか否か 言いかえれば 自我に変化を与えうる 時間的社会性 がまだその記事に備わっているか否かがポイントである 私が時として選ぶ記事はそのような 古めの過去 の記事でもある ただし 多くの学生が共通に興味を抱くような 古めの過去 の情報を新聞や雑誌から見つけ出すのは それほど容易なわけではない 7 年間の 時事英語 授業において 年度をまたいで同じ記事を使用することは極めて少なかった 意識的に使わないのではなく 記事の 時間的社会性 を意識することにより 必然的に使えなくなるのである その時点において その記事に示す学生の反応がいかに大きかろうとも その時点を過ぎれば その記事の 時間的社会性 が失われてしまうのが常である 時事英語 の醍醐味は 時間的社会性 をフル活用できるところにある 実り豊かな旬の素材をもぎ取れば 調理法はそれほどこだわらなくともおいしい果実を味わえる その果実の滋養は 内面の成長を自然と促すであろう その単純なプロセスこそが ナチュラル なコミュニケーションである 設問プリント ( 表 3) は 言うなれば 果実の滋養の効果的な摂取を助ける栄養剤である 素材を味わい深く読ませ 素材を滋養として 自己の内なるコミュニケーションを活性化させ それを外的コミュニケーションである課題エッセイ ( 表 4) につなげる この一連のサイクルを通して 学生の 英語力 のみならず 社会的自我 が成長してくれることを私は願うのである 時事英語 の教科書なるものが存在するということを私は知っている しかしながら どんなに最新版の教科書を使おうとも そこに出ている記事はすでに ニュース ではなくなっている また 記事選択の自由がないため 自我との関わりの薄い記事が無秩序に羅列されていることが多い 英語教科書全般に見られる致命的とも思える欠陥は 時間的社会性 の欠如である 教材のコンテクストがミードの言う 瞬間的現在 に断片化され 現存する未来 が断ち切られてしまっている インパクトのない古びた素材をどれほど見事に調理してみても 骨折り損の草臥れ儲けに終わってしまう可能性は決して低くない 誤解を避けるために指摘しておくが いわゆる古典や名著と称せられる読み物は 時間的社会性 に普遍性を備えているがゆえに 長きにわたり人々に読み継がれるのであろう これらは 調理しがいに満ちているが 料理人の腕がこれほど試される素材もない 今日の英語教育は 時間的社会性 を欠いた素材に拘泥して ナチュラルさを失い自縄自縛に陥っているケースがないだろうか 言語は単にスキルとして人為的に処理できない側面がある 時間的社会性 のあるトピックに目を見開くことによって 自己の内なるコミュニケーションは活性化する ミードが主張するように 言葉の獲得は 社会的自我 の拡大と密接に結びついているはずである 5. コトバの意味づけ論 とコミュニケーションの創造性コミュニケーションを会話と捉え 会話を キャッチボール に喩える説明が少なからずある つまり 人間は ことば を投げたり 受け止めたりしながら会話を進める そして 相手に最も受け止めやすい ことば を投げること そして 相手から投げられた ことば をしっかりと受け止めるやりとりを 理想的会話の条件に帰結させる このコミュニケーション論は 一定の説得力を持つ しかしながら 現実のコミュニケーションの実相を的確に捉えているかどうかには疑問符がつく 田中 深谷 (1996/1998) が提示する コトバの意味づけ論 (theoryofsense-making) には コミュニケーション論のコペルニクス的転回がある 端的に言えば このモデルは 人間コミュニケーションの本質を コミュニケー 59

ション ギャップ として捉える キャッチボール観 においては理想の対極にしか位置づけられなかったコミュニケーション ギャップを コミュニケーションの原動力 さらには 思いつきを生む創造性の源泉 と肯定視するのである ( 田中 深谷他 1999 151-225 頁 ) このモデルのエッセンスは 人間コミュニケーションの多様性と不可知性への配慮である 言葉の多義性 変容性 個人差に着目した上で 言葉の意味は無限の広がりを持ち 個人により暫定的にその都度意味づけられるもの と捉える 解釈の多様性ゆえに コミュニケーション行為者間で メッセージの意味の同一性は確保されない 深谷はこのモデルを 社会における 創造的合意の形成 という生産的機能につなげていく方途を拓く 社会に現存する 強い対立 を解決に導くためには 次のプロセスが必要であると主張する 創造的合意の形成は お互いの尊重すべきところを採り入れながら 互いにとって魅力ある合意案を思いつき練り上げる協働作業である 単に会話を楽しめばよいという場合以上に 他者情況の忖度に心をくだく必要がある それだけではなく 自らの思考の枠組みや思考内容を構成する諸概念をしなやかに再編成する謙虚で柔軟な心構えもいる コミュニケーションに対するこうした協力的姿勢 態度がなければ 強い対立 を克服するような創造的合意の形成はむずかしい ただひたすら相手を否定し自己主張に終始するようでは 議論に勝利することはあっても納得はえられない ( 田中 深谷他 1999 219 頁 ) 私は 人間コミュニケーションの真の醍醐味はこのようなプロセスにあると考える それは ただ会話を楽しく理解しあえばいいという発想とは異なる 私は 時事英語 において 学生にそのような醍醐味を感じさせる機会を時として提供することを試みた ここでは一つの実践例として 同時多発テロ (9 11) のトピックを扱った2001 年度の授業を取り上げる 強い対立 といえば 人類の歴史を振り返っても 今回の対立ほど強い対立はそうざらにあるわけではない この対立を解決に導くためのコミュニケーションが 一介の英語授業の中でなされたなどと言うつもりは毛頭ない 私が学生に認識させたかったのは その 強い対立 それ自体の存在であり その対立の解決のためには 途方もない量のコミュニケーションが必要とされるであろうという現実である 同時多発テロ事件は アメリカ合衆国対アルカイダ組織という当事者同士の対立をはじめとして 全世界を巻き込む様々な 強い対立 を生み出した 私は 米軍のタリバン攻撃をめぐって日本国内にある意見の対立に着目した 事件直後 TheAsahiShimbun は社説 ( JapanShouldNotRecklesslySupportU.S.MilitaryReprisals, September15, 2001) に 日本が米軍事攻撃を支援することには慎重さが求められる と述べた 暴力に対し暴力で応えることは 国際社会におけるアメリカの指導力を低下させるだけであり 日本の役割は 報復することの愚かさを 友人としてアメリカに説き伏せることである と主張する 一方 TheDailyYomiuri の社説 ( JapanRoleVitalinAntiterorist Batle, September17,2001) は 日本が積極的に米軍事攻撃を支援することの重要性を述べた テロが見過ごされたら国際社会の秩序と平和がなくなる 湾岸戦争時の失敗を教訓にして 日本は単なる協力以上の主体的役割を果たすことが必要である と主張する 私は このように真っ向から対立する二つの記事を教材に選び 設問プリントを利用しながら それぞれの内容をまずは読み取らせた そして最後の15 分を使って 学生に対して 自分はどちらの社説に近い考えを持つかというエッセイを日本語で書かせた その際 Asahi に 全面的賛成 は AA どちらかというと賛成 は A Yomiuri に対しては同様に YY および Y そして どちらともいえない という中立派には Nというポジションの記号をつけさせた 翌週 私はその数値分布とそれぞれの派の主要意見を紹介するプリントを配布した ちなみに数値分布は Asahi 派 (AA および A) が57% と過半数を占め Yomiuri 派 (YY および Y) の20% を圧倒した 私は 揺さぶりをかけることにした 次に私が選んだ記事は TheWashingtonPost の社説 ( TheCaseforForce, September30,2001) である この社説は 全面的に米軍事攻撃を支持するものである 平和主義者たちの論点を一つ一つ取り上げ それらについて悉く否定するスタイルで主張がなされている 力の行使 に信念を抱くアメリカ人の気質がみなぎる内容である たまたまこの回の授業には アメリカ国務省勤務のキャリアを持つアメリカ人の知人 60

が大学を訪れており 彼に授業にてその記事に対する感想を語ってもらった 彼は アメリカ代表紙の社説が これほど全面的に現政権の政策を支持することに幾分の驚きを示しながらも 基本的にその記事内容を支持した 最終的なエッセイ課題は Asahi と Yomiuri の社説 およびプリント上の学生の意見 さらに WashingtonPost の社説 授業中交わされた議論など すべてを吟味した上で あなたの考えを日本語で述べ それを英語に要約しなさい というものである AA A YY Y Nのポジションを再び記してもらったところ 6 割以上の学生が前回自分の記したポジションを変化させた また 個々のエッセイをよく読めば ポジションを維持している者でも 大方は思考内容を少なからず変化させていることが分かった 私が 時事英語 において重きを置くのは 考えるための材料と刺激を与えることである 一つの社会問題に対する特定の見解を導き出すことを目指すのではなく むしろ 多様な見解の存在を知り その違いを楽しむという雰囲気の醸成を心がけた 人間はコミュニケーションにより上述のごとき思考を変化させる 人間は 他者の考えに影響を受けながら 自分の考えを変化させ その変化がまた他者の考えに影響を与えていくと述べるミードの 社会的自我論 が このようにして授業の中で具現化する このプロセスは 多人数クラスの持ち味にもなる 学生は 様々な他者の考えの中に自らの考えを置くことにより 人間社会の複雑性を知るだろう そして 自分の考えは決して絶対的なものではないことに気づいていくであろう 自分の考えを相手に理解させるためには ましては 社会にある 強い対立 を解決に導くためには 多数の人々の骨身を削るような協働作業が必要とされる それはコミュニケーションという名の 創造的合意の形成 を実現するプロセスである 人間社会に存在するのは理解しあえる心地よいコミュニケーションばかりではない 一筋縄ではいかないコミュニケーションもあるという当たり前の事実を知らしめることも重要なコミュニケーション学習の一環にちがいない 6. 結び本稿で論じた 主体性 社会性 創造性 は 機械では測ることのできない人間の人間たる性質である これらの人間に内在する性質を軽視 または無視することは 一面では 指導の効率性の向上をもたらすかもしれない しかしながら いわゆる 人間疎外 現象をも同時に生み出しかねない危険を孕んでいる 時事英語 の授業実践を通して得た最大の発見は 内発的な興味と思考を装着して言語を使うというプロセスそのものが人間コミュニケーションの根本にある という単純な道理である スキルやメソッドを超越した人間の本質に関わる原理が働くことにより 人間はコミュニケーションへの欲求に駆り立てられる その内的プロセスに眼差しを向けることにより コミュニケーション教育はより活性化しうる 忘れてはならないことは 教員自身が社会に目を見開いて研鑽を積み重ねる必要性である 最終的に授業の成果を左右するのは 何よりも教員の学生への問いかけの姿勢や 問いそのものの深さにかかっている 表 5に 時事英語 に対する学生からのコメントのいくつかを示す この授業を通して 英語学習に対する新しい向き合い方を発見してくれる学生が 毎年度 少なからずいた そのことが 何よりの授業成果であると受け止めている 表 5 授業に対する学生の感想コメント例 (2003 年度 2004 年度アンケートより ) 英語を学べる上に最近のニュースまで知ることができて一石二鳥 本当に楽しかった / 一つのトピックについてこれだけの意見 訳し方 解説などを見聞できたことは大きな収穫だった 最初はとても大変だったが 以前に比べて少しは読めるようになった / 今起こっている問題や出来事について 自分でどう感じているかを考えるよい機会になった / どの教材も皆が興味を持ち もっと知りたがっているものばかりで ためになり いろいろ新たなことが分かった / 最新の話題を扱っていたからとても興味がわいた 他の人の意見を知れてよかった / 常々その時々のホットな話題について深く学ぶことができた / 高校で英語を勉強して面白いと思ったことはなかった この授業のように 英文を通して文化を学ぶということはやりがいもあり 自分が前進していると思える 61

註 1) 本稿について 次の3 点をあらかじめ確認しておく 1 本稿の土台となる論考である拙稿 (2002) は 1998 年度から2001 年度の 時事英語 授業実践が対象である 筆者はその後 同授業を2004 年度まで担当した 本稿は 通算 7 年間の同授業実践を総合して 新たに加筆修正したものである 本稿の内容の大枠については 2006 年 3 月 京都大学高等教育研究推進センター主催の 大学研究フォーラム にて発表した 2 本稿の [ 表 1] から [ 表 5] に示されている内容は 2002 年度以降の 時事英語 の情報より 紙幅の許される範囲で厳選した 拙稿 (2002) に 1998 年度から2001 年度 時事英語 に関する詳細な資料が示されている 3 時事英語 の授業名称は 学内カリキュラム改革を経て2002 年度より メディアと英語 に変更され また年度制からセメスター制 ( 前期 後期 ) になった 便宜上 本稿では名称変更後もすべて 時事英語 の名称扱いとした 引用文献 近江誠 1996 英語コミュニケーションの理論と実際 スピーチ学からの提言 研究社出版. 田中茂範 深谷昌弘 1996 コトバの 意味づけ論 日常言語の生の営み 紀伊国屋書店. 田中茂範 深谷昌弘 1998 意味づけ論 の展開 状況編成 コトバ 会話 紀伊国屋書店. 田中茂範 深谷昌弘他 1999 入門セミナー 現代コミュニケーション1 大修館書店. 船津衛 2000 ジョージ H ミード 社会的自我論の展開 東信堂. 中村義実 2000 コミュニケーション論再考 人間の顔をしたコミュニケーション教育に向けて 敬和学園大学研究紀要 第 9 号 179-195 頁. 中村義実 2001 コミュニケーション論再考 Ⅱ G H ミードの 創発的内省性 を基軸にして 敬和学園大学研究紀要 第 10 号 207-229 頁. 中村義実 2002 コミュニケーション論再考 Ⅲ 時事英語 4 年間の授業実践を踏まえて 敬和学園大学研究紀要 第 11 号 207-234 頁. 田島久士 2002 英語教育日誌 英語教育 大修館書店 2002 年 10 月増刊号. 文部科学省 2002 英語が使える日本人 の育成のための戦略構想. Mead,G.H.1924-1925 TheGenesisoftheSelfandSocialControl. inselectedwritings[of]georgeherbertmead,ed.by AndrewJ.Reck,UniversityofChicagoPress,1964.( 船津衛他編訳 1991 自我の発生と社会的コントロール 社会的自我 恒生社厚生閣.) Mead,G.H.1934Mind,Self,Society;From thestandpointofsocialbehaviorist,ed.byc.w.moris,universityof ChicagoPress.( 稲場三千男他訳 1973 精神 自我 社会 青木書店.) 62