伊丹市昆虫館研究報告 第2号 2014 年 3 月 7 コノハムシの飼育と繁殖 伊丹市昆虫館 Rearing and breeding of the leaf insects (Phyllium pulchrifolium) in Itami city museum of insects Kota Nomoto, Seiichi Okuyama Itami City Museum of Insects 1 はじめに ナナフシ目コノハムシ科の仲間は 自らの体をまわ りの自然環境や風景に似せることで 天敵から身を守 る隠蔽的擬態をする昆虫である コノハムシは擬態す る昆虫の中でも特に体の形 色 模様 質感などが木 の葉そっくりで 英名ではリーフインセクト ウォー キングリーフ等と呼ばれるほどである 当館では 2009 年 6 月から 2014 年 3 月現在までコノハムシ Phyllium pulchrifolium を飼育し生態展示を継続している 図 1 当初終齢幼虫及び成虫で導入した系統は現在 第 5 世代 目の幼虫となっている コノハムシは各地の昆虫館など で飼育展示の実績のある昆虫だが 今のところ国内にお ける飼育や繁殖における詳細な報告は見あたらない 今 図1 コノハムシの生態展示 回は本種の飼育繁殖から得られた知見を元にコノハムシ ン島 マレー半島からジャワ スマトラ ボルネオ フィ の生活史の一端を明らかにすることを目的とし 本種の リピン ニューギニア フィジー島など熱帯アジアや南 入手や管理に関する手続きから成虫の飼育 採卵から羽 太平洋の島々に広く分布し 3 属約 30 種が知られてい 化までの生育データを取りまとめた る Paul D.Brock 1999, Seow-Choen,Francis 1997 コノハムシ科 Phylliidae の仲間はインド セイロ 問い合わせ先 E-mail: ge7n-skmt@asahi-net.or.jp Tel: 072-785-3582 コノハムシ Phyllium pulchrifolium 図 2 3 の属す 2014 年 2 月 28 日受理
8 2 方法 母虫の入手についてコノハムシは前述の通りグアバやマンゴーなど熱帯果樹の葉を食べるため マレーシアなどで作物害虫となっている 我が国の植物防疫法では農作物や樹木などの植物を守るため これらを害する昆虫 微生物などを外国から日本国内に持ち込むことを禁止しており コノハム 図 2 コノハムシ雌成虫図 3 コノハムシ雄成虫る Phyllium 属は 雌雄間で体型 触角や上翅の長さなどが大きく異なること 濃淡のある緑色や茶色 黄色など体色に変化があること 脚や腹部の側縁がヒダのように薄く張り出し 成虫の前翅脈が木の葉の葉脈に似ていること 腹部や脚の側縁ヒダに凹凸があり虫喰いの葉っぱのように見えることなど共通した特徴がある (Seow- Choen, Francis 1997) 卵は断面が 5 角形の星形になるような形状をしている Paul D.Brock(1999) によればバラ科のブラックベリー (Rubus fruticosus) フトモモ科のグアバ(Psidium guajava) ムクロジ科のランブータン(Nephelium lappaceum) ウルシ科のマンゴー(Magifera indica) やブナ科の1 種などが食草とされている またこの仲間は種内変異が大きいため分類が非常に混乱しており 当館のコノハムシ (Phyllium pulchrifolium) についてもコノハムシの1 種 (Phyllium bioculatum) と同種ではないのかという見解もある (Paul D.Brock 1999, Philip E.Bragg 2001) シも対象生物となっている 当館は平成 21 年 6 月 8 日 当時の農林水産大臣石破茂に宛て 神戸植物防疫所を経由し輸入禁止品輸入許可申請を行いコノハムシ科の 1 種 (Phyllium pulchrifolium)40 個体及び食餌植物 ( バンジロウの枝及び葉 )2kg をマレーシア共和国から輸入した 輸入については他の昆虫施設でも利用実績があり 現地の昆虫館などともつながりのある株式会社エルアイエスに委託し空路携行にて行った 申請にあたり輸入後の管理方法及び管理場所 飼育ケージの設計図 管理責任者及び飼育に使用する器具など詳細な計画を立てた また食べ残しや死骸などはオートクレーブで高圧滅菌処理 (120 20min.) すること 展示に際して来館者から鍵付きの 2 重扉で隔離されていること 管理責任者を定めることなどの条件をクリアしている ( 許可指令番号農林水産省指令 21 神植第 380 号 ) 飼育について ( ケース エサ メンテナンス方法 ) コノハムシの飼育には植物防疫法により 2 重に施錠できる環境での管理が求められる 当館のバックヤードでの飼育管理は チョウの卵や幼虫 蛹を管理する施錠可能な人工気象室 ( 恒温室 ) で行い 金属メッシュ (1mm) の鍵付きケージ (W45cm D45cm H95cm) 内で円形プラスチックカップ ( 後述 ) または昆虫飼育ケースを用いた ( 図 4) 展示面においては 施錠可能なキャスター付きアクリルケース台 (W60cm D60cm H140cm) に施錠可能な円筒形アクリルケース ( 直径 40cm H60cm 天板は 1mm 金属メッシュ ) を入れ込み展示ケース ( 図 5) とするか 汽車窓式の生態展示室 ( 鍵付き ) にて 施錠可能なアクリルケース (W30cm D40cm H60cm) を使用した 室温 23 25 程度 湿度 50 70% 1 日約 8 時間蛍光灯の光をあてた (8L:16D) エサはフトモ
コノハムシの飼育と繁殖 9 図6 図4 卵とふ化幼虫 バックヤードの飼育ケージ 図7 ふ化直後の幼虫 分類にも役立つ 川上 2007 とされ コノハムシ科の 種においても種毎に特徴があるようだ Paul D.Brock 1999 産卵場所は決まっておらず適当に産み落とす が 腹部末端に卵がついた状態で腹部を揺さぶり卵を飛 図5 展示用 2 重ケージ ば す こ と も あ っ た Philip E.Bragg 2001 に よ れ ば Phyllium bioculatum の雌成虫は卵をお尻からはじき飛 モ科のグアバ 別名バンジロウ オオミグアバ キング ばすとされ 軽くて羽根がついた卵は風が吹いた環境下 グアバ の葉を用いた 1 日に一度ケース内に霧吹きし で少しでも分散しようとする仕掛けと思われると述べて 湿度を保った この飼育環境は卵や幼虫の管理でも同様 いる 確認された卵は回収日及び採卵数を記録し ふた である 文献などで 本種の食草とされるマンゴーやブ 付きの円形プラスチックカップ 直径 8cm 深さ 4cm ナ科の植物 シラカシ を与えてみたが当館では摂食を にティッシュを敷き管理した 卵への霧吹きは行わな 確認できなかった かった 2,290 個の卵のふ化を調べたところ 563 個がふ 3 結果 化し ふ化率は 24.6%だった 卵期間は最短 99 日 最 長で 262 日 平均的には 140 日前後であった なお卵 採卵からふ化 期間調査は採卵日から約 1 年後まで行っている ふ化 羽化後 1 2 週間で雌成虫は産卵を開始し 2 日に 1 に際し卵殻の先端にある小突起状のフタが外れ わずか 3 個程度産卵した 5 枚のヒダがついたカボチャ型の 2mm の穴から赤褐色の幼虫が出てくる この時ふ化幼 卵 図 6 は黒褐色で 長径 6mm 短径 5mm 重さは約 虫はコノハムシ特有の薄い葉っぱ状ではなく 細長い棒 0.02g であった 状の体型をしており 図 7 ふ化経過時間と共に腹部側 ナナフシの仲間において卵の形や模様は種毎に異なり 面が張り出していく
10 幼虫から羽化 ふ化幼虫は卵のケースから取りだし 円形プラスチッ クカップ 直径 12cm 深さ 10cm にストッキングで カバーした通気性の良いフタをつけ飼育し 図 8 幼 虫が大きくなり脱皮に要する空間が必要になったとき は 市販のプラスチック製飼育ケース 25cm 15cm 20cm を使用した 食草のグアバは葉柄または枝ごと 切り 切り口に水を含ませた脱脂綿を付けアルミホイル でくるんで与えた 若齢の幼虫には小さく柔らかめの葉 を使用した ふ化幼虫の体長は 12mm ほど 腹部は最 大幅 7mm ほど 背腹軸方向の厚みは 1mm 以下である 他の齢期の幼虫に比べこのふ化幼虫は良く動き 上方へ 向かう性質がある これは素早く動き 樹上にのぼって 図9 脱皮 上から舞い落ちて移動する Paul D.Brock 1999 とい う性質の現れと思われ 櫻井 2001 も本種のふ化幼 虫が高いところからひらひら舞い落ちる行動を記録して いる 赤褐色だった体色は食草を食べ始めると徐々に緑 色または淡い褐色へ変化していく 脱皮前にはじっとし て動かなくなりエサを食べなくなる傾向が見られた 図 9 抜け殻及び体長や体幅 頭長から判断すると雄は 5 齢幼虫を経て成虫に 雌は 6 齢幼虫を経て成虫になると 思われる 羽化までの日数は雄 ( 図 10) で 183 日 N=33 雌 図 11 で 213 日 N=26 であった 成虫の形態 は雌雄で大きく異なる 体幅が広く 後ろ翅が退化して いる雌はあまり動かず飛ばないが スマートで翅の長い 雄は良く動き ひらひらと飛翔した 平均的な雄成虫 の体長は 58mm 最大体幅 23mm 頭長 4.5mm 雌成 図10 雄成虫 図11 雌成虫 虫の体長 66mm 最大体幅 35mm 頭長 6mm であっ 図8 幼虫飼育カップ
コノハムシの飼育と繁殖 図 12 雄幼虫 左 雌幼虫 右 11 図 13 コノハムシの雌雄 た 雌雄間の体型の違いは老齢幼虫になると顕著になる が 初期段階でも脚が体色と異なる薄い茶色の場合は雄 成虫となることがわかった ( 図 12) 当初輸入した母虫 より 2010 2011 年にかけてふ化幼虫 64 個体 成虫 16 個体 羽化率 25% を得た 2011 2012 年にはふ 化幼虫 523 個体 成虫 51 個体 ( 羽化率 11% ) 2012 2013 年にはふ化幼虫 308 個体 成虫 28 個体 羽化率 9 を得た 4 考察と今後 約 5 年にわたる本種の飼育から得たデータをまとめる と 卵期間 143 日 最短 99 日 最長 262 日 幼虫期間 図 14 は雄で 183 日 最短 145 日 最長 253 日 雌で 213 日 最 コノハムシの交尾 短 175 日 最長 289 日 であった 成虫の寿命は雄で 1 2 ヶ月 雌で 4 5 ヶ月 ふ化率 24.6 羽化率 10.6 となった 表 1 ふ化幼虫は 食草への食いつ きが悪くそのまま死亡することがあるが 同一ケースに 表 1 コノハムシ Phyllium pulchrifolium の飼育下に おける生育データ て多頭飼育すると比較的食いつきが良く 櫻井 2004 採卵数 ふ化数 によればグアバを植木鉢ごと用いて 飼育することでも 2,290 563 ふ化数 羽化数 895 95 食いつきが良くなるとある またふ化幼虫は卵殻から体 をうまく引き出せず死亡することもある 老齢の幼虫に なるほど脱皮に必要とする空間が大きくなりケースの大 卵期間 日 最短 きさを変えるタイミングを見誤り脱皮失敗をまねくこと があった これらを改善する事で羽化率を向上させるこ 99 卵期間 日 最長 262 24.6 - 羽化率 % 10.6 - 卵期間 日 平均 143 N=22 幼虫期間 日 平均 とが出来るかも知れない 岡田 1995 はナナフシの幼 幼虫期間 日 最短 虫における各齢期間はふ化した時期や食草によってかな 雄 145 253 183 N=33 雌 175 289 213 N=26 りの開きがあると述べている コノハムシについても今 回得られた生育データは一例であり ふ化率や羽化率 幼虫期間 日 最長 ふ化率 % 成虫期間 観察によるおよその値 雄 1 2 ヶ月 雌 4 5 ヶ月
12 生育期間や脱皮回数などは管理条件によって変化すると思われる また本種は雌雄成虫による両性生殖 ( 図 13 14) と雌成虫による単為生殖で繁殖し 当館でもその両方を確認している Phyllium bioculatum において雄が雌に精包を渡す ( 坂口 1979) や雌は触角をこすって音をだす (Philip E.Bragg 2001) といった記述があり 本種についても同様の習性が見つかるかも知れない 今後は他施設での飼育状況なども情報収集しながら飼育技術を高め 累代飼育を続けながら生育特性や生態について調べていきたい 5 謝辞 本種の飼育及び展示に関しアドバイスをいただいた広島市森林公園昆虫館坂本充氏 本種の輸入及び飼育 展示に関わる諸手続についてご指導いただいた神戸植物防疫所のみなさま 本稿制作において参考文献の紹介及びアドバイスをいただいた堺自然ふれあいの森の後北峰之氏に厚く御礼申し上げます 参考文献 川上洋一 (2007) 世界珍虫図鑑改訂版 :176-177. 柏書房, 東京岡田俊典 (1995) コブナナフシの飼育から. インセクタリュウム :32(9):10-12 Paul D.Brock(1999)Phylliidae. Stick and Leaf insects of Malaysia and Singapore:158-164. Malaysian Nature Society,Kuala Lumpur Philip E.Bragg(2001)Phylliidae. Phasmids of Borneo:189-190. Natural History Publications, Kota Kinabalu 坂口浩平 (1979) 図説世界の昆虫 1 東南アジア編 Ⅰ: 62-65. 保育社, 東京櫻井佑子 (2004) 今月の表紙コノハムシ. 動物と動物園 : 56(2):9 Seow-Choen,Francis 1997. A guide to the stick & leaf insects of Singapore: Singapore science centre,singapore