道民カレッジ ほっかいどう学 大学インターネット講座 デザイン思考による問題解決入門 ~ 新しいアイデアが生まれる環境とは ~ 講師 : 北翔大学教育文化学部 浅井貴也准教授 講座の内容 デザインと一口に言っても デザインの世界は広範囲に及ぶ グラフィックデザイン ファッションデザイン 建築や工業 ユニバーサルデザインなどである デザインという言葉がつくものがたくさんある 最近では 大学生が卒業後の人生設計を行う キャリアデザイン という言葉も生まれている これまでの物作りの枠組みを超えて デザイン という言葉が使われてきている これからお話しするのは ものづくりのデザイン ではなく 考え方としてのデザイン である デザイン から連想すること デザイン はデザイナーと呼ばれる デッサン力や画力 美的 色彩感覚など芸術的才能を持 ち備えている専門家がつくるものであり 自分とは無縁の存在 というのが 一般的なイメー ジと言える デザイン とは デザインの定義とは 我々の創造力を使って 問題の本質を理解し 解決するための手段のこと を言う 問題解決能力 という言葉は 大学生は就職活動の時に よくこの言葉を耳にする 与えられた課題や仕事を自分の力または 他者と協力して解決する力ということである それは仕事をこなす上で当たり前のことだが デザインをする上で鍵となるのは 先ほどの定義 の中の 創造力を使って という部分である 1980 年代にアメリカのデザイン会社 IDEO( アイディオ ) を設立したデイヴィッド ケリー氏が 広めた概念で そこから デザイン思考 という言葉が生まれた デザイナーがデザインをする上での問題の捉え方と 解決するアプローチやその姿勢のことを言 う 最近では 世界的にビジネスや教育等の分野において注目されている思考法である どうして注目されているのか その理由は主に次の 3 つと考える デザイン思考が注目される理由 まずは 新しい時代 新しい問題 という点である いつの時代にも困難な問題は存在し 我々は先人が蓄積してきた英知を駆使してそれらを解決してきた ところがいま これまで以上に解決困難な問題に直面している 1
2008 年のリーマン ショック 2011 年の東日本大震災と これまでのような前例が存在しない 新しいタイプの問題と向き合う機会が増えている 2 つ目が グローバル社会と日本 である 20 世紀後半から急速に発達した IT 技術により 世界はこれまでよりも距離が狭くなった 市場は国内から海外へとその規模を拡大し 新しいビジネスチャンスが次々と生まれている 我が国もグローバル化の波に遅れをとらぬようにと 企業は生き残りをかけて海外へ進出している 道内でも 多くの地域で特産品や観光資源を海外に向けてアピールしている ところがいま 経済大国と言われた我が国がこの先どうなっていくのか そして我々はどうすべきか 誰もが不安を感じている そして 3 つめは 社会構造の多様化である 少子高齢社会 地方過疎化は更に進み 労働人口の減少 さらに社会保障問題など解決困難な問題が山積している このように私たちを取り巻く環境は 世界レベルから地域レベルにおいて様々な問題に直面していると考える デザイン思考の要素 先ほど述べた様々な問題解決に デザイナーの 創造力 を使った独特なアプローチの仕方が 様々な場面で役に立つのではないかという発想が デザイン思考 である デザイン思考を実践する上で最も大切なのは 1 創造力 2 自信を持つこと 3 多様性 4 楽観主義の 4 つが挙げられる 創造力 想像力 創造力 = クリエイティビティとは 想像力 = イマジネーションを使って新しいアイデアを生み出 すことである これはアメリカのアドビシステム社が 2012 年に世界 5 カ国 5,000 人を対象に 実施した 創造力に関する アンケー ト調査である あなたは創造力を持っていますか? という質問に対し 世界の約 7 割 日 本人の約 8 割が自分には創造力はない と答えている 残念ながら多くの人々は創造力を生ま れ持った才能 一部の特別な人しか持 っていない能力と捉えている 2
しかし その認識が誤りであることは 子どもたちを見るとわかる 子どもは好奇心旺盛で 次から次へと様々な質問をする 時には突拍子もない質問をして大人を驚かせることもある また 子どもは想像力豊かで 絵を描かせると実に面白い発見がある そして 大人のように絵の上手や下手などの評価を気にせず 伸び伸びと自由に表現する 我々は誰もが人とは異なるユニークな人生を歩んでいる これも創造力を使って 自分自身の経験と新しい発想をもとに作り上げてきた証拠である つまり 創造力を持っていない人はいないのである ただ持っていないと思い込んでいるだけである まずは この創造力を呼び戻すことが最初のステップと言える イノベーション 新しいアイデアを生み出すということは 0 から 1 を生み出すこと とよく言われている これを イノベーション と呼んでいる 何もないところから 今まで誰も思いつかなかった物や事柄を生み出すのはとても難しいことで ある しかし 1 から 2 へ 2 から 3 へ と既存の考え方や誰かの意見に付け加えていくことは比較的 やりやすいと思う 大事なのは 謙虚な姿勢を持って 新しい考え方を否定せ ずに受け入れ 1 つのアイデアから次のアイデアへと繋げて いくことである 試験においては 問題に対する正解は 1 つであり それ以外の答えは評価されない つまり不正解 = 誤り= 失敗 と我々の脳にインプットされている 間違うこと 失敗することは許されないことであると認識され 誰も経験したくないことである 失敗するということは 周囲の自分に対するマイナス評価であり 恥ずかしい思いをすること 下手に失敗するよりは 無難な解決策を探ろうという心理が働きやすいであろう しかし発明王であるトーマス エジソンは 私は失敗したことがない ただ うまく行かない 1 万通りの方法を見つけただけだ と言っている 失敗を繰り返すことによってのみ成功を得られることは科学の常識である ビジネスの世界 特にベンチャー企業は 失敗の確率を受け入れること リスクテイキングは利益をあげるために必然である 逆にそれを避けるということは 何もしないのと同じことなのである 3
先ほどのアドビ社による創造力に関するアンケートから 世界の人々が一番創造性にあふれる国は の問いに対して イギリス フランス ドイツ そして次にくるのは 数字をご覧いただきたい ( 世界からは 日本が一番創造性にあふれた国であると評価されている ) ( これに対し ) このグラフでは ご覧のように 日本人の 4 割近くが 一番創造性にあふれる国 は アメリカ であると答えていた これは日本人特有の謙虚さの現れなのかもしれないが その反面 自信の無さ とも捉えられる 失敗に対する許容がない環境では 新しいアイデアが生まれる確率は かなり低いと言える 失敗しながらも成功へ辿り着くことができた時 我々は達成感や充実感を感じる 成功体験 それが確かな自信へとなって 更なる向上心につながる これを実現するためには 最初の一歩を踏み出す勇気と恥ずかしさを乗り越える勇気が必要である 自分の考えが良いか悪いかわからないから出さないのでは せっかくのアイデアも日の目を見ずに終わってしまう 私は学生グループとの様々なプロジェクトに取り組む際に できる限りたくさん失敗することを奨励している 学生は最初 失敗することをためらうが 失敗を繰り返すうちに免疫力ができ それが当たり前になっていくと 他者の失敗を許容する環境が生まれる 結果的に成功しても失敗しても その経験が次への小さな自信へとつながる 自信がある人は 自ら能動的に動き より難しい問題へ挑戦する姿勢が生まれる IDEO のデイヴィッド ケリー氏の言葉を借りると クリエイティブ コンフィデンス 創造力への自信 を獲得することが大切になる 多様性 今度は多様性について考えてみる デザイン思考に限らず 多くの場合 複数の人々が参加するチームを組んで問題に挑む このチームを構成するメンバーは 多様であればあるほど良いとされている さらに多様性という言葉には 職業 生活環境 価値観や考え方など あらゆる違いが含まれる 自分と同じような人々が集まるよりも 全く異なる人々が集まって知恵を出し合う方がユニーク なアイデアが生まれやすくなる 4
自分の中で これはこうだ こうあるべきだ と決めつけるのではなく お互いの違いを認め合 い協力して 問題に取り組むことで これまで自分では想像もしなかった新たな視点や考え方を 獲得することができる 楽観主義 困難な問題に直面した時こそ 明るく 楽しく 失敗しても気にしない 次は頑張ろう みんな で取り組めばなんとかなるという楽観的な姿勢が大切である これは 特にスポーツの世界では日常的な姿勢である 何か失敗してしまっても チームのみんなが ドンマイ と言ってくれる ドンマイとはご存知の通り Don t mind = 気にしない の略語である 悲観的な感情は物事を前に動かしていく際のハードルとなり その歩みを遅くし 最後には止め てしまうかもしれない 否定の言葉は 新しい可能性の芽を摘んでしまう結果となる たとえ自分の考えとは正反対の意見が出た時でも 頭ごなしに否定するのではなく そのアイ デアは良いですね それに付け加えるとしたら というように まずは肯定的に捉えて その 後に自分の考えを付け足す 物事を楽しむことは 気持ち的にも前向きになれる そして 問題に直面した時にそれを乗り越える原動力となる デザイン思考のプロセス デザイン思考とは 創造的な問題に対するアプローチや姿勢であり 方法論ではない つまり マニュアルがあってそれに従えば解決できるという簡単なものではない 取り組む内容によって最善の道はそれぞれ異なり アプローチの仕方や問題の捉え方も人によっ ては違う 皆さんで協力し合って試行錯誤を繰り返しながら 実際に手探りで答えを見つけていくことにな る そこで私がこれまでに取り組んできたこと 現在取り組んでいる地域活動をその一例として紹介 する 5 つのステップ 私はデザイン思考のプロセスを 5 つのステップに分けている 1 問題定義 2 着想と統合 3 実験 4 実現 5 新たなスタートの 5 つである 取り組む内容や進め方によっては 順番を省略することもあるが それぞれのステップを大まかに紹介する 問題定義 最初のステップは これから解決する問題の定義と問題を理解するための調査を行う作業である まずは 目標を設定し 解決すべき問題とは何か 問題の本質を明らかにして進むべき方向性を 定める 5
ここが明確になっていないと これ以降の作業が少しずつ違うものになってしまい 結果的には問題を解決していないことになってしまうかもしれない 私は現在 大学生と大学周辺地域のゴミ出しルールをどうやって皆さんに守ってもらい ゴミの不法投棄やルール違反を減らすことができるかという調査研究をしている 問題の本質は犯人が誰かではなく どうして不法投棄等のルール違反が起きるのか その背景を探ることが大切と考えている そうしなければ 解決したとしてもその効果は一時的であり 何度でも同じ問題が再発する 問題を定義するためには その問題が起こっている現状を把握する必要がある そのためには 実際に現場に足を運んで 自分の目で見て 様々な当事者の話を聞くことが大切である 過去の統計データや調査結果を参考にするのは良いことだが それだけでは足りない 着想と統合 そこで着想と統合である 問題を把握できた後は 問題をあらゆる角度や視点で考えていき 質より量 を重視してたく さんのアイデアを出す 直接的には関係性の低いような事でも構わない 質を重視すると 思いついたアイデアに対して自分の中で 評価することが先行してしまい 納 得したものしか出てこなくなる 馬鹿げていると思うものでも この段階では排除しないようにする では それを実践した場面を紹介する 着想と統合 について実践事例からポイントを紹介します ( 取材 VTR) ワークショップ統合される小学生たちとで行なった 30 分ワークショップについて ( 写真紹介 ) 校章デザインのアイデア出しのために 小学生と大学生が一緒になって 新しい小学校の校章に 含めたい思いは何かについて考えた 当初 小学生には抽象的な考え方は難しいと思っていたが たくさんのアイデアが短時間に次か ら次へと出てくるのに大変驚かされた 出てきたアイデアは整理され 似たようなもの 関係性があるもの等に分類し ここで幾つかの キーワードが分ってきたので デザインの参考に おおいに役立った 実験 さて 具体的な方向性とアイデアが固まった後は そのアイデアを実験する これを プロトタイピング と呼んでおり 試作 のことである 身の回りにあるものを使って安価で大雑把な試作品を作る 完成形が目に見える物や形ではない場合 簡単なシミュレーションやリハーサルを行って実際に 再現する キーワードは 即興 である 事細かく作り込むのは時間と労力を要するので あくまでも試作実験として 細かいところは皆 さんの想像力で補う 頭の中にあるアイデアを実際に見える形で再現することで 頭の中と現実の間にあるギャップを 確認することができる さらに 失敗しても大きな労力をかけていないので 次へ次へと実験することが可能になる 6
このプロセスを経て アイデアを修正し その完成度を高めていくことが大切である 毎年 5 月 7 月に活動している TEDxSapporo というカンファレンスについて ( 写真紹介 ) TEDxSapporo とは 価値あるアイデア を広めるために 世界各地で開催されているプレゼンテーションイベントである テクノロジー(Technology) エンターテイメント(Entertainment) デザイン(Design) の頭文字をとって TED( テッド ) と呼ぶ あらゆる分野で活躍する有名 無名の人にプレゼンテーションをしていただくイベントの札幌版である 毎年このカンファレンスには テーマがあり 今年は Beyond the Border: 多様性を認め合い 壁を越える というテーマであった そしてこれが この会場デザインのプロトタイプ 試作品の数々である このテーマに沿ったイメージポスター 会場のデザインや各種ワークショップ等を社会人の皆さんと大学生が企画 制作 実施した この試作品は 全て大学の美術教室にあった発泡スチロールなどの資材の余りと 木工用ボンド 両面テープなどを使って短時間で作られる 会場に配置する造形物は 立体物なので これらのミニチュア試作品を作ることによって 実際に目で確認することができる これらの模型を使って 話し合いが重ねられたが これだけの試作品の中から最終的に選ばれた案は たった 1 つだけだった 実現 何度も軌道修正を繰り返した後 最終的にはアイデアを実現させる 準備は入念に行い 皆さんの協力で成功させる 終わった後は 皆さんの働きを感謝の気持ちでお互いに労い 一定の効果を確認する その後に検証を行い 全体を振り返る機会を作る 反省会とよく言われるが 反省というと悪いことをした気分になるので 振り返り会 と呼ん でいる うまくいかなかったことは 次回への課題として記録をとり また 1 から 4 のいずれかのステッ プに戻り 新たにスタートする デザイン思考でできること 以上が大まかではあるが デザイン思考のプロセスである ポイントは 問題の本質を理解すること 創造力が生み出す様々なアイデアを具体化すること それらを理解して 方向性を定めて実現 解決へと導くことである 参加者の多様性を確保し 皆さんが楽しく気持ちよく協働できる環境を整えることも大切である 最近 書店には 数多くの仕事術や思考法などの自己啓発書が並べられている 手にとってみると 様々な新しい気づきを与えてくれるが 大切なのは頭の中で理解できたこと を実際に行動に移すことである NPO やボランティア活動は 多様な人々が集まって新しいことに挑戦し デザイン思考を実践す るのにとても良い環境である 身の周りでも規模の大小を問わず 自分にしかできないこと やったことはないが挑戦したいこ とがあれば 失敗してもなんとかなるという楽観的な気持ちで 行動に移してみるというのも大 切なことだと思う 7