今井大地



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マスミューチュアル 定 額 終 身 保 険 の 特 徴 としくみ Point 1 健 康 状 態 の 告 知 は Point 2 ありません 固 定 利 率 で る 保 険 す 契 約 積 立 す * 被 保 険 者 が 入 院 中 の 場 合 など ご 加 入 いただけない 場 合 がございます

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47 高 校 講 座 モ オ モ 圏 比 較 危 述 覚 普 第 章 : 活

安 芸 太 田 町 学 校 適 正 配 置 基 本 方 針 の 一 部 修 正 について 1 議 会 学 校 適 正 配 置 調 査 特 別 委 員 会 調 査 報 告 書 について 安 芸 太 田 町 教 育 委 員 会 が 平 成 25 年 10 月 30 日 に 決 定 した 安 芸 太 田

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とする この 場 合 育 児 休 業 中 の 期 限 付 職 員 が 雇 用 契 約 を 更 新 するに 当 たり 引 き 続 き 育 児 休 業 を 希 望 する 場 合 には 更 新 された 雇 用 契 約 期 間 の 初 日 を 育 児 休 業 開 始 予 定 日 として 育 児 休 業 申

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[2] 控 除 限 度 額 繰 越 欠 損 金 を 有 する 法 人 において 欠 損 金 発 生 事 業 年 度 の 翌 事 業 年 度 以 後 の 欠 損 金 の 繰 越 控 除 にあ たっては 平 成 27 年 度 税 制 改 正 により 次 ページ 以 降 で 解 説 する の 特 例 (

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(3) 育 児 休 業 (この 号 の 規 定 に 該 当 したことにより 当 該 育 児 休 業 に 係 る 子 について 既 にし たものを 除 く )の 終 了 後 3 月 以 上 の 期 間 を 経 過 した 場 合 ( 当 該 育 児 休 業 をした 教 職 員 が 当 該 育 児 休 業

Ⅰ 調 査 の 概 要 1 目 的 義 務 教 育 の 機 会 均 等 その 水 準 の 維 持 向 上 の 観 点 から 的 な 児 童 生 徒 の 学 力 や 学 習 状 況 を 把 握 分 析 し 教 育 施 策 の 成 果 課 題 を 検 証 し その 改 善 を 図 るもに 学 校 におけ

っては 出 産 予 定 日 から 出 生 した 日 から 起 算 して8 週 間 を 経 過 する 日 の 翌 日 までとする ) の 期 間 内 に 当 該 子 に 係 る 最 初 の 育 児 休 業 を 開 始 し かつ 終 了 した 場 合 であって 当 該 子 に 係 る 再 度 の 育 児

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はファクシミリ 装 置 を 用 いて 送 信 し 又 は 訪 問 する 方 法 により 当 該 債 務 を 弁 済 す ることを 要 求 し これに 対 し 債 務 者 等 から 直 接 要 求 しないよう 求 められたにもかか わらず 更 にこれらの 方 法 で 当 該 債 務 を 弁 済 するこ

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(2) 特 別 障 害 給 付 金 国 民 年 金 に 任 意 加 入 していなかったことにより 障 害 基 礎 年 金 等 を 受 給 していない 障 がい 者 の 方 に 対 し 福 祉 的 措 置 として 給 付 金 の 支 給 を 行 う 制 度 です 支 給 対 象 者 平 成 3 年 3

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カズオ イシグロ わたしを 離 さないで 研 究 要 約 08H1014 今 井 大 地 本 論 文 の 目 的 は わたしを 離 さないで とは 母 胎 内 回 帰 の 物 語 であることを 明 らかにし それがイ シグロ 作 品 群 の 中 心 軸 であることを 示 すことで 人 間 とは 何 かという 問 いに 迫 りたい <ヘールシャムとは 何 か> ヘールシャムとは この 小 説 の 語 り 手 であるキャシー H をはじめとする 臓 器 提 供 のために 創 り だされた 人 間 のクローンが 幼 少 期 から 16 歳 までの 期 間 を 過 ごした 施 設 の 名 前 である ヘールシャ ムでは 生 徒 と 呼 ばれるクローンである 子 どもたちが 保 護 管 の 指 導 の 下 で 教 育 を 受 けている 絵 画 や 詩 彫 刻 などの 制 作 が 義 務 付 けられ 作 品 として 提 出 することになっているのだが その 目 的 は 子 どもたちには 知 らされていない ヘールシャムがなぜ 存 在 し 何 を 目 的 として 運 営 されているの かは 小 説 の 後 半 最 終 章 の 前 章 になりようやくミス エミリー によってキャシーとトミー に 明 かさ れる ミス エミリーによれば それまで 劣 悪 な 環 境 で 育 てられていたクローンを 待 遇 を 改 善 し 人 道 的 で 文 化 的 な 環 境 で 育 てれば 普 通 の 人 間 と 同 じように 感 受 性 豊 かで 理 知 的 な 人 間 に 育 ちうる ということを 世 界 に 示 したことが ヘールシャムの 最 大 の 功 績 であった それではヘールシャムとは 一 体 何 を 象 徴 し 子 どもたちにとってどんな 存 在 なのであろうか ヘールシャムは 外 界 と 隔 絶 されており その 内 部 において 完 結 した 世 界 である 子 どもたちをその ような 世 界 で 育 てることは 保 護 する ためではあるが 同 時 に 嘘 をつき 騙 す ことでもある しかし これは 単 に 子 どもたちが 臓 器 提 供 のために 創 られた 存 在 であるという 事 実 を 隠 し 子 どもた ちを 騙 したということだけではない わたしを 離 さないで の 出 版 に 際 して 行 われたあるラジオ 対 談 で イシグロは Everybody wanted to censor out the sadnesses of the world. They desperately wanted this little child to be deceived about how nice a place the world was. と 語 っている つま り 人 間 のクローンである 子 どもたちがヘールシャムという 外 界 から 隔 絶 された 世 界 の 中 で 育 つプロ セスを 通 して この 小 説 は 我 々の 子 ども 時 代 を また 我 々が 子 どもから 大 人 に 育 つプロセスを 再 現 し たのである そうすることでイシグロは 我 々の 子 ども 時 代 とは 保 護 され 嘘 をつかれ 騙 されたもの であるということをメタファーとして 描 いたと 言 える しかし ヘールシャムに 象 徴 される 事 象 は 子 ども 時 代 のみに 留 まらない ヘールシャムは 緩 やかな 窪 地 にあり 外 界 へとつながる 出 入 り 口 は 長 く 狭 い 道 で 通 じる 正 門 ただ

1 つである ヘールシャムを 描 写 するために 使 われている hollow narrow road gate という 語 句 の 纏 まりからは 子 宮 のイメージが 喚 起 される イメージ シンボル 事 典 によれば hollow く ぼみ 1 ほら 穴 を 抽 象 的 に 表 したもので 母 のシンボル 無 意 識 などを 表 す ちなみに ほら 穴 に... は 次 のような 象 徴 的 意 味 がある cave,cavern ほら 穴 1 原 始 時 代 の 家 子 宮 母 を 表 す さら.. に 門 には gate 門 1 a 通 路 女 性 的 なもの 陰 門 を 表 す という 象 徴 的 意 味 がある ヘー ルシャムから 正 門 へとつながる narrow road とは ここでは 産 道 を 象 徴 していると 言 っても 過 言 では ない つまり ヘールシャムとは 子 宮 であり possible 探 求 や 座 礁 した 舟 を 見 物 しに 行 くといった 印 象 的 なエピソードの 深 層 に 流 れる 母 胎 内 回 帰 という 物 語 が 姿 を 現 してくるのである < 母 胎 内 回 帰 の 物 語 > possible とはクローンたちの 複 製 元 である 可 能 性 のある 普 通 の 人 間 のことを 指 す 言 葉 であ る 言 わばクローンにとっての 親 である キャシーたちクローンのほとんどはヘールシャム 時 代 に possible についての 知 識 を 得 ているが その 繊 細 で 微 妙 な 問 題 が 話 題 に 上 ることは 稀 であった しかし 扱 いにくい 問 題 であるからこそ 興 味 を 引 くものでもあり 多 くのクローンたちにとって possible とは 一 目 見 てみたい 存 在 として 頭 の 片 隅 にあるものである possible 探 求 のエピソードは 2 回 あるが キャシーとルースの possible 探 求 のエピソードが あるのに 対 し トミーの possible 探 求 のエピソードはない 主 要 な 3 人 の 登 場 人 物 であるキャシ ー ルース トミーのうち なぜキャシーとルースは possible 探 求 をし トミーはしないのか ということを 考 えると possible 探 求 とは 一 体 何 を 探 し 求 めているのかということが 明 らかになる キャシーとルースは 人 間 から 複 製 されたクローンであるから その 複 製 元 である possible は 当 然 のことながら 女 性 である この possible が 女 性 であるということが さらに 言 うならばキャシ ーやルースとは 絶 対 的 に 異 なる女 性 であるということが なぜトミーだけが possible を 探 さない のかという 問 いの 答 えを 考 える 手 掛 かりとなる ここで 言 う 絶 対 的 に 異 なる とは クローン と 普 通 の 人 間 との 差 異 に 言 及 するものではない キャシーやルースと 彼 女 たちの possible との 間 で 絶 対 的 に 異 なる点 というのは 子 宮 を 持 つか 持 たないか という 点 である ミス エミリーは

... 外 界 の 人 間 は 生 徒 たちと 異 なり性 行 為 によって 赤 ちゃんが 産 まれると 言 い さらに 生 徒 たち は 赤 ちゃんを 産 むことは 完 全 に 不 可 能 であると 言 う クローンとは 女 性 が 生 まれながらにして 備 え... 持 つ 子 宮 を 剥 奪 されていることにより 普 通 の 人 間 とは 異 なり性 行 為 で 赤 ちゃんが 産 まれず 赤 ちゃんを 授 かることが 構 造 的 に 完 全 に 不 可 能 なのである つまり possible 探 求 とは 子 宮 を 探 し 求 める 行 為 であると 言 うことができる トミーの possible 探 求 のエピソードがないのはこのためである 親 を 持 たないクローンという 存 在 が 幻 の 母 親 を 探 し 求 めることは 母 なる 子 宮 を 希 求 するという わたしを 離 さないで の 主 題 と 密 接 に 関 わ り 合 っている イギリス 中 のクローンたちの 間 で 話 題 になっている 沼 地 で 座 礁 した 舟 をキャシー トミー ルース の 3 人 で 見 物 に 行 くというエピソードがある なぜクローンたちはこぞって 座 礁 した 舟 を 見 に 行 きた いと 望 むのだろうか ただの 打 ち 揚 げられた 廃 船 に 提 供 で 衰 弱 した 体 に 鞭 打 ってまで 見 物 しに 行 くほどの 魅 力 があるのだろうか 彼 らは 森 を 通 り フェンスを 潜 り 抜 け 座 礁 した 舟 のある 沼 地 へと 進 む この 場 面 では 彼 らのヘール シャムへの 帰 還 が 擬 似 的 に 表 されている 3 人 の 屈 んでフェンスを 潜 り 抜 けるという 行 為 は 子 宮 内 への 逆 行 すなわち 母 胎 内 回 帰 を 表 す というのも ヘールシャム 裏 手 の 丘 の 頂 には その 影 でヘ ールシャム 全 体 を 覆 ってしまうほどの 森 があり ヘールシャムと 森 とはフェンスで 仕 切 られていたの だ 座 礁 した 舟 のある 森 とヘールシャムの 森 は 時 空 間 を 超 越 した 地 続 きの 森 なのである 辿 り 着 いた 先 に 待 つ 舟 には boat 舟 ( 神 の) 母 なる 子 宮 mother-womb 3 心 理 学 再 びめぐりあったゆ りかご ( 子 宮 ) を 表 す という 象 徴 的 意 味 がある クローンたちは possible 探 求 と 同 様 に また もや 子 宮 を 探 し 求 めていたのだと 言 える クローンの 自 らの 運 命 に 対 するあまりに 受 動 的 な 態 度 には 疑 問 を 持 つ 読 者 も 少 なくない しかし 母 胎 内 回 帰 という 観 点 から 見 ればクローンが 反 乱 を 起 こさないのも 当 然 と 言 える トミーが 恋 仲 にあ るキャシーとの 関 係 を 川 に 喩 える 場 面 がある 川 の 流 れの 中 で 2 人 は 固 く 抱 き 合 っているが 結 局 は 別 々に 流 されてしまう 永 遠 に 一 緒 にはいられないとトミーは 言 う 川 には 次 のような 象 徴 的 意 味 が ある river 川 7 冥 界 と 現 世 を 隔 てる 自 然 の 障 壁 または 冥 界 への 入 口 しばしば 子 宮 ほら

穴 から 流 れ 出 る 川 に 流 されるキャシーとトミーは ヘールシャムという 子 宮 から 産 み 落 とされ た 赤 ん 坊 であり どんなに 流 されまいとしても 出 生 という 摂 理 には 抗 えず let go されてしまう 存 在 な のである それゆえクローンには 逃 亡 や 反 乱 を 起 こす 契 機 がないのである クローンは この 世 に 生 まれたという 事 実 から 逃 れられず 出 生 の 摂 理 には 逆 らえないという 人 間 の 本 質 の 一 面 を 表 したメタ ファーなのである この 小 説 のタイトルである Never Let Me Go とは 母 胎 から 分 離 された 子 が わ たしを 離 さないで と 母 親 に 懇 願 しているのである <カズオ イシグロの 精 神 的 外 傷 > 精 神 分 析 学 者 のオットー ランク(Otto Rank, 1884-1939) は 1923 年 に 出 生 外 傷 の 論 文 を 完 成 させ 人 生 の 本 質 は 母 と 子 である と 明 言 している 出 生 外 傷 とは 誕 生 時 の 母 親 からの 分 離 がもっ とも 外 傷 的 な 体 験 だという 意 味 である さらにそこから 転 じて まったく 別 の 環 境 におかれた 人 の 不 安 あまりに 性 急 な 環 境 変 化 が 人 に 心 の 傷 を 生 みだす という 概 念 である ランクは 神 経 症 患 者 を 創 造 しないことに 対 する 罪 悪 感 を 持 つ 挫 折 した 芸 術 家 と 考 えていた そし て 芸 術 家 こそは 自 らの 創 作 活 動 により 出 生 外 傷 を 克 服 する 者 であると 考 えていた この 概 念 は イ シグロの 創 作 活 動 を 考 察 する 上 で 非 常 に 有 益 である なぜなら ある 意 味 でイシグロは 芸 術 家 として の 挫 折 を 経 験 し 作 家 になったからである 青 年 であったころのイシグロはロックミュージシャンにな ることを 夢 見 ており 自 作 の 曲 をいくつもの 音 楽 出 版 社 に 送 り 付 けていたのである しかし どこか らも 声 がかかることはなく 作 家 としては 経 験 したことのない 拒 絶 をイシグロは 味 わった また イシグロが 5 歳 のときの 渡 英 による 環 境 変 化 で 経 験 した 日 本 という 帰 るところの 喪 失 そ して 祖 父 との 別 離 はイシグロの 心 に 傷 を 負 わせたと 想 定 することは 困 難 ではない 彼 にとっての 渡 英 は 長 崎 での 子 ども 時 代 = 気 泡 の 中 からの 放 出 であり 出 生 の 再 体 験 であると 言 えば やや 言 い 過 ぎであろうか しかし 彼 の 私 が 作 家 になったのは 私 が 日 本 からの 亡 命 者 であること に 大 いにかかわっています という 発 言 からは 日 本 という 母 国 からの 分 離 が 彼 の 創 作 活 動 の 重 要 な 動 機 であることが 窺 える さらに イシグロがイギリスにいる 間 に 祖 父 が 亡 くなってしまう 再 会 を 果 たすことのないまま 父 親 代 わりであった 祖 父 を 十 代 半 ばで 失 ったイシグロ 少 年 の 喪 失 感 は 計 り 知 れないほど 深 いものであったであろう ランクによれば 親 密 な 人 間 の 喪 失 は 原 始 的 な 母 からの 分 離

を 思 い 起 こさせるものである やはり イシグロはなんらかの 心 の 傷 を 負 っており その 傷 を 克 服 するために 小 説 を 書 いていると 考 えられる ヘールシャムとはイシグロの 根 源 的 なテーマである 気 泡 ( 子 ども 時 代 ) が 具 現 化 されたものであ る そしてそれが 子 宮 を 象 徴 していることは 先 述 したが そもそも 親 によって 保 護 され 人 生 の 厳 しい 現 実 から 守 られ 世 界 がより 良 い 世 界 であると 信 じ 込 まされていた 牧 歌 的 な 子 ども 時 代 を 言 い 表 すのにイシグロが 用 いる 気 泡 という 語 からして 子 宮 を 連 想 させるものである イシグ ロは わたしを 離 さないで において 誕 生 から 死 までの 直 線 的 な 運 動 から 逃 れられない 人 間 の 本 質 をメタファーとして 描 いただけでなく 自 らの 母 性 憧 憬 を 作 品 として 昇 華 させているのである