学 位 論 文 の 内 容 の 要 旨 論 文 提 出 者 氏 名 塚 田 幸 行 論 文 審 査 担 当 者 主 査 宗 田 大 副 査 星 治 森 田 定 雄 論 文 題 目 Anatomic variations of the lateral intercondylar ridge: Relationship to the anterior margin of the anterior cruciate ligament. ( 論 文 内 容 の 要 旨 ) < 要 旨 > Lateral intercondylar ridge (LIR)は その 近 位 部 では 前 十 字 靭 帯 (ACL)の 前 縁 に 一 致 する とされ ACL 再 建 術 の 指 標 として 重 視 されてきた しかし LIR の 遠 位 部 の 解 剖 や LIR の 解 剖 学 的 多 様 性 については 十 分 に 調 査 されていない 318 の 大 腿 骨 さらし 骨 標 本 の 測 定 を 行 い 遠 位 部 を 含 めた LIR の 調 査 を 行 った さらに ACL が 付 着 した 状 態 の 20 膝 に 対 して ACL 前 縁 をマーキン グした 状 態 でマイクロ CT を 撮 影 し LIR と ACL 前 縁 の 位 置 関 係 を 調 査 した LIR は 94.0 %の 大 腿 骨 さらし 骨 標 本 で 同 定 可 能 だった LIR の 長 さが 顆 間 窩 全 長 の 半 分 に 満 たないものが 18.4 % 存 在 した LIR が 過 度 に 前 方 に 位 置 するものが 8.8 % 過 度 に 後 方 に 位 置 するものが 8.5 % 存 在 した LIR は 近 位 部 では ACL 前 縁 と 一 致 したが LIR の 中 央 部 と 遠 位 部 において ACL の 前 縁 は LIR よりも 前 方 に 位 置 していた LIR と ACL 前 縁 が 最 も 離 れている 部 での 距 離 は 平 均 4.2mm であった LIR には 解 剖 学 的 多 様 性 が 存 在 し 特 に LIR の 遠 位 部 で 顕 著 であった ACL 再 建 術 における 指 標 とし ての LIR の 有 用 性 は 特 に 遠 位 部 では 制 限 される < 序 論 > 大 腿 骨 顆 間 窩 の 外 側 壁 には 骨 性 の 隆 起 が 存 在 し 経 験 の 浅 い 外 科 医 によって 顆 間 窩 の 後 縁 と 誤 認 されやすいことから resident s ridge と 呼 ばれている Resident s ridge は 一 重 束 前 十 字 靭 帯 (ACL) 再 建 術 における 大 腿 骨 孔 を 適 切 な 位 置 に 作 成 する 際 の 指 標 とされてきた Farrow らは 200 の 大 腿 骨 において 大 腿 骨 外 顆 全 体 の 骨 形 態 の 調 査 を 行 い 97 %の 骨 において 隆 起 が 存 在 することを 報 告 した 彼 らはそれを lateral intercondylar ridge(lir)と 新 たに 命 名 した こ れまでの 研 究 は 主 に LIR の 近 位 部 ( 顆 間 天 井 に 近 い 部 )のみを 調 査 しており LIR の 中 央 部 や 遠 位 部 ( 関 節 軟 骨 に 近 い 部 )について 十 分 な 調 査 はされていない 近 年 ひろく 行 われるようになっ た 解 剖 学 的 一 重 束 ACL 再 建 術 や 二 重 束 ACL 再 建 術 においても LIR が 骨 性 指 標 として 使 用 されてい るが これが 本 当 に 指 標 となりうるかを 検 証 する 必 要 がある 本 研 究 の 目 的 は LIR の 解 剖 学 的 多 様 性 の 有 無 を 調 査 すること LIR の 近 位 部 のみならず 遠 位 部 も 含 めて ACL 前 縁 との 位 置 関 係 を 調 査 することである - 1 -
< 対 象 と 方 法 > Lateral intercondylar ridge の 肉 眼 的 観 察 348 の 大 腿 骨 標 本 から 大 腿 骨 遠 位 部 の 損 傷 により 30 標 本 を 除 外 した 318 標 本 を 対 象 とした LIR 有 無 を 確 認 し LIR が 同 定 された 場 合 その 長 さを 計 測 した LIR の 長 さ(h R in Figure 1C) と 顆 間 窩 の 高 さ(h in Figure 1C)の 比 を Length-height ratio と 定 義 し 算 出 した 顆 間 天 井 と LIR のなす 角 度 を 測 定 するために 我 々は Rooftop line を 新 しい 参 照 線 として 定 義 した Rooftop line は 顆 間 窩 の 入 口 部 と Resident s ridge とを 結 んだ 線 である(Figure 1A, 1B) Rooftop line と Rooftop line に 平 行 な 関 節 軟 骨 を 通 る 線 との 距 離 を 顆 間 窩 の 高 さと 定 義 した LIR と Rooftop line のなす 角 度 を Roof-ridge angle と 定 義 し 角 度 計 で 測 定 した(θ in Figure 1B, 1C) さ らに 顆 間 天 井 の 入 口 部 から LIR の 最 近 位 部 までの 距 離 (a in Figure 1C)を 測 定 した マイクロ CT を 用 いた Lateral intercondylar ridge と 前 十 字 靭 帯 前 縁 の 位 置 関 係 の 解 析 解 剖 実 習 体 の 20 膝 を 用 いてマイクロ CT を 使 用 した 解 析 を 行 った それぞれの 膝 で ACL を 除 いたすべての 軟 部 組 織 を 除 去 した 大 腿 骨 外 顆 の 内 側 壁 を 観 察 するために 大 腿 骨 内 顆 を 切 除 し た(Figure 2A) レントゲン 非 透 過 性 のシリコンチューブを ACL の 前 縁 に 置 いた(Figure 2B, 2C) この 状 態 でマイクロ CT(inspeXio smx-100ct; 島 津 製 作 所, 京 都 )を 撮 影 し 3D モデルを 作 成 し た(Figure 3A) LIR と ACL 前 縁 の 位 置 関 係 の 解 析 のため 顆 間 天 井 に 平 行 な 断 面 での 大 腿 骨 顆 部 の 2D 断 面 像 を 構 築 した(Figure 3B) Rooftop line に 平 行 な 5 本 の 線 を 引 き それらを Line 1, 2, 3, 4, 5 とした(Figure 4) LIR の 最 近 位 部 line 2 と 3 の 線 上 LIR の 最 遠 位 部 において 2D 断 面 像 の 画 面 におけるマーカーと LIR の 距 離 を 測 定 した この 距 離 を Marker-ridge distance として 定 義 した Marker-ridge distance が 最 大 となる 位 置 でも 計 測 を 行 った < 結 果 > Lateral intercondylar ridge の 肉 眼 的 観 察 測 定 結 果 を 表 1 に 示 す LIR は 318 の 大 腿 骨 のうち 299(94.0 %)で 同 定 された(Figure 5A) そのうち 288 の 大 腿 骨 (96.3%)において 1 本 の LIR が 存 在 した 10 の 大 腿 骨 (3.3 %)では 2 本 の LIR が 見 られ(Figure 5C) 1 つの 大 腿 骨 (0.3 %)においては 3 本 の LIR が 見 られた LIR の 長 さは 平 均 18.5mm であり 3.2 から 23.2 mm までと 幅 があった Length-height ratio が 50 % 以 上 (LIR の 長 さが 顆 間 窩 の 高 さの 50 % 以 上 )のものは 81.6 %であり 18.4 %は 50 % 未 満 だった(Figure 5D) length-height ratio は 男 性 で 平 均 69.9 % 女 性 で 平 均 63.6 %であり 男 女 間 で 有 意 差 が 存 在 した(P = 0.0028) Roof-ridge angle の 測 定 値 は 40 度 から 110 度 までと 多 様 であった(Figure 6) 28 膝 において (8.8 %) roof-ridge angle は 60 度 未 満 であり 大 腿 骨 顆 部 表 面 において 過 度 に 前 方 に 位 置 し ていた(Figure 5E) 27 膝 (8.5 %)において roof-ridge angle は 90 度 以 上 であり 過 度 に 後 方 に 位 置 していた(Figure 5F) 顆 間 天 井 の 入 口 部 から LIR の 近 位 部 までの 距 離 は 19.2±2.6 mm であり この 距 離 は 男 性 19.9-2 -
mm 女 性 17.9 mm であり 男 女 間 で 有 意 差 が 存 在 した(P < 0.0001) マイクロ CT を 用 いた Lateral intercondylar ridge と 前 十 字 靭 帯 前 縁 の 位 置 関 係 の 解 析 20 膝 のうち 14 膝 において LIR は 関 節 軟 骨 との 境 界 部 に 到 達 するまでの 十 分 な 長 さがあった (Figure 7A) 残 りの 6 膝 では LIR は 短 く 関 節 軟 骨 との 境 界 部 までに 到 達 しなかった(Figure 7B) Marker-ridge distance の 計 測 値 を 表 2 に 示 す 全 ての 膝 で LIR の 近 位 部 はマーカーの 位 置 と ほぼ 一 致 した すなわち LIR と ACL の 前 縁 は 近 接 していた しかし LIR の 中 央 部 と 遠 位 部 では LIR とマーカーとは 一 致 しなかった 20 膝 のうち 15 膝 において マーカーが 示 す ACL の 前 縁 は 直 線 状 だった(Figure 8A) 残 りの 5 膝 では マーカーが 示 す ACL の 前 縁 は 弧 状 であった(Figure 8B) ACL の 付 着 部 の 前 縁 は 20 膝 全 てにおいて LIR の 前 方 に 位 置 しており(Figure 8) Marker-ridge distance の 最 大 値 は 平 均 4.2 mm であった < 考 察 > LIR には 大 きな 解 剖 学 的 多 様 性 が 存 在 した 多 様 性 は 特 に LIR の 遠 位 部 分 で 大 きかった また LIR の 解 剖 は 男 女 間 で 統 計 学 的 に 有 意 な 測 定 値 の 差 が 見 られた さらに LIR の 近 位 部 は ACL の 前 縁 とよく 一 致 するものの LIR の 中 央 部 と 遠 位 部 では ACL の 前 縁 は LIR の 前 方 に 位 置 していた Length-height ratio と 顆 間 窩 の 入 口 部 から LIR 近 位 部 までの 距 離 は 男 性 で 女 性 よりも 有 意 に 大 きかった LIR に 男 女 差 が 存 在 することを 理 解 しておくことは 科 学 的 に 重 要 なことである しかしながら この 差 の 絶 対 値 は ACL 再 建 術 において 性 別 によって 手 術 手 技 を 変 更 する 必 要 があ るほどまでは 大 きくないと 考 えられる 過 去 の LIR と ACL 付 着 部 を 評 価 した 研 究 では ACL を 除 去 した 後 に LIR の 位 置 を 確 認 する も しくはマーカーを 置 かずに CT を 撮 影 し 画 面 上 で CT 値 のみを 調 整 して 位 置 関 係 を 調 査 する と いった 手 法 がとられていた これらでは ACL 前 縁 と LIR を 同 時 に 可 視 化 することができず 評 価 が 不 正 確 になりうる LIR が 良 好 に 描 出 されるマイクロ CT を 用 い さらに 肉 眼 的 に ACL 前 縁 にマ ーカーを 置 くことによって 本 研 究 では LIR と ACL 付 着 部 を 同 時 に 可 視 化 して 評 価 することがで きた 過 去 の 研 究 が 報 告 するように 従 来 型 の 一 重 束 ACL 再 建 術 において LIR は 骨 性 指 標 になりうる しかし LIR の 近 位 部 ですら 解 剖 学 的 多 様 性 は 大 きいことを 外 科 医 は 心 に 留 めておく 必 要 がある 解 剖 学 的 一 重 束 ACL 再 建 術 や 二 重 束 ACL 再 建 術 では LIR の 遠 位 部 を 参 照 するため LIR の 骨 性 指 標 としての 有 用 性 はより 制 限 される < 結 論 > LIR の 位 置 と 形 状 には 大 きな 解 剖 学 的 多 様 性 が 存 在 する LIR の 解 剖 には 男 女 差 がある LIR は 近 位 部 では ACL 前 縁 のよい 指 標 となるが 遠 位 部 ではならない - 3 -
論 文 審 査 の 要 旨 および 担 当 者 報 告 番 号 甲 第 4746 号 塚 田 幸 行 論 文 審 査 担 当 者 主 査 宗 田 大 副 査 星 治 森 田 定 雄 ( 論 文 審 査 の 要 旨 ) 1. 論 文 内 容 本 論 文 は 前 十 字 靭 帯 (ACL)の 大 腿 骨 付 着 部 の 前 縁 に 一 致 すると 考 えられてきた Lateral intercondylar ridge(lir)の 解 剖 についての 論 文 である 2. 論 文 審 査 1) 研 究 目 的 の 先 駆 性 独 創 性 近 年 広 く 用 いられるようになった 解 剖 学 的 二 重 束 ACL 再 建 術 では LIR の 全 長 にわたる 詳 細 な 解 剖 学 的 知 識 が 必 要 である このような 背 景 の 下 申 請 者 は 晒 骨 標 本 の 肉 眼 的 解 剖 と 解 剖 実 習 体 の 靭 帯 肉 眼 所 見 と Micro-CT を 組 み 合 わせ 評 価 した その 着 眼 点 は 評 価 に 値 する 2) 社 会 的 意 義 本 研 究 で 得 られた 主 な 結 果 は 以 下 の 通 りである 1.LIR は 解 剖 学 的 多 様 性 が 大 きく 個 体 差 が 存 在 する 2.LIR は 従 来 型 ACL 再 建 術 で 参 照 されていた 部 位 ( 近 位 部 )では ACL 前 縁 に 一 致 し 大 腿 骨 孔 の 指 標 となるが 解 剖 学 的 二 重 束 再 建 で 参 照 されるようになった 部 位 ( 遠 位 部 )では ACL 前 縁 には 一 致 しない これは ACL 手 術 に 極 めて 有 用 な 研 究 成 果 である 3) 研 究 方 法 倫 理 観 晒 骨 標 本 の 研 究 はタイ 王 国 チェンマイ 大 学 との 共 同 研 究 であり 同 大 学 で 行 われた LIR の 位 置 長 さの 計 測 を 行 い これらに 個 体 差 が 存 在 することを 示 した 解 剖 実 習 体 を 用 いた Micro-CT の 研 究 は 東 京 医 科 歯 科 大 学 で 行 われ LIR と ACL の 位 置 関 係 の 解 析 を 行 った LIR は 近 位 部 では ACL 前 縁 と 一 致 するが 遠 位 では 一 致 しないことを 示 した これらの 研 究 は 申 請 者 の 研 究 方 法 に 対 する 知 識 と 技 術 力 が 十 分 に 高 いことが 示 されると 同 時 に 本 研 究 が 周 到 な 準 備 の 上 に 行 われてきたことが 窺 われる 4) 考 察 今 後 の 発 展 性 さらに 申 請 者 は 本 研 究 結 果 について ACL 前 縁 と LIR 遠 位 部 には 従 来 考 えられていた 位 置 関 係 が 無 く また LIR には 個 人 差 があることから LIR 遠 位 部 を ACL 再 建 術 の 指 標 とする 場 合 には 注 意 が 必 要 であることを 示 している これは 新 しい 発 見 である 今 後 の 研 究 でさらに ACL と 骨 性 ランドマークの 関 係 が 明 らかになることが 期 待 される ( 1 )
3. 審 査 結 果 以 上 を 踏 まえ 本 論 文 は 博 士 ( 医 学 )の 申 請 をするのに 十 分 価 値 があると 認 められた ( 2 )