90 特 集 論 説 少 子 高 齢 化 社 会 の 不 動 産 利 用 Necessityofinheritancetax YukaSHIBA:Meikaiuniversity 柴 由 花 * keywords:inheritanceandgifttax,estatetax,capitalgains,occasionalincome,redistribution 相 続 税 および 贈 与 税, 遺 産 税, 譲 渡 所 得, 一 時 所 得, 再 分 配 Ⅰ はじめに わが 国 の 相 続 税 は 日 露 戦 争 の 財 源 調 達 の 目 的 で 創 設 され,その 後, 何 度 か 課 税 方 式 や 課 税 根 拠 の 変 遷 があったものの, 維 持 されてきた 税 である 1 平 成 22 年 の 税 制 改 正 では 相 続 税 の 課 税 が 若 干 強 化 されようとしている 他 方, 近 年, 相 続 税 や 遺 産 税 は 廃 止 される 傾 向 にある 2 米 国 は2001 年 減 税 法 (TheEconomicGrowthandTaxReliefReconciliationActof2001) 3 により2010 年 までに 段 階 的 に 連 邦 遺 産 税 の 統 一 控 除 適 用 除 外 額 を 引 上 げ, 最 高 税 率 を 引 下 げてきたところであるが,2009 年 12 月 に 家 族, 農 家, 中 小 企 業 に 対 する 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 (PermanentEstateTaxRelieffor Families,Farmers,andSmalBusinessesActof 2009 H.R.4154. 以 下, 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 とい う )が 下 院 で 可 決 された 本 稿 では, 相 続 税 がなぜ 必 要 とされるのかにつ いて 4, 所 得 税 と 相 続 税 との 関 係 から 考 察 し, 米 国 連 邦 遺 産 税 の 改 正 の 動 向,わが 国 の 相 続 税 改 正 の 動 向 についてまとめてみたい Ⅱ 相 続, 贈 与 と 所 得 との 関 係 1. 所 得 概 念 と 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 取 得 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 取 得 は, 相 続 人 や 受 贈 者 の 所 得 を 構 成 すると 考 えられるが, 所 得 を 金 銭 的 価 値 で 表 現 する 構 成 方 法 には, 消 費 型 所 得 概 念 と 取 得 型 所 得 概 念 とがある 後 者 はさらに, 制 限 的 所 得 概 念 と 包 括 的 所 得 概 念 とに 分 かれる 消 費 型 所 得 概 念 は, 各 人 の 収 入 のうち, 効 用 な 柴 由 花 * (しば ゆか) 正 会 員 明 海 大 学 准 教 授 1 金 子 宏 租 税 法 第 14 版 ( 弘 文 堂,2009)465 頁 2 スウェーデンは2004 年 に 相 続 税 を 廃 止 した 柴 由 花 スウェーデン 相 続 税 および 贈 与 税 法 の 廃 止 土 地 総 合 研 究 14 巻 2 号 21~31 頁 (2006) 香 港 は2006 年 に,シンガポールは2008 年 にそれぞれ 遺 産 税 を 廃 止 した 3 減 税 法 については, 長 岡 和 範 米 国 の 連 邦 個 人 所 得 税 遺 産 税 と2001 年 減 税 法 税 経 通 信 56 巻 13 号 171 182 頁 (2001), 横 田 信 武 2001 年 経 済 成 長 と 減 税 調 整 法 における 資 産 移 転 税 改 正 早 稲 田 商 学 395 号 447 469 頁 (2002), 渋 谷 雅 弘 相 続 税 制 の 動 向 アメリカとドイツ 税 研 102 号 47 54 頁 (2002), 川 端 康 之 アメリカ 合 衆 国 における 相 続 税 贈 与 税 の 現 状 財 団 法 人 日 本 税 務 研 究 センター 編 世 界 における 相 続 税 法 の 現 状 日 税 研 論 集 56 号 21 43 頁 (2004), 柴 由 花 連 邦 遺 産 税 廃 止 の 背 景 と 包 括 的 所 得 概 念 に 基 づく 税 制 改 正 案 の 意 義 明 海 大 学 不 動 産 学 部 論 集 14 号 56 70 頁 (2006)を 参 照 4 遺 産 動 機 から 考 察 したものとして, 国 枝 繁 樹 相 続 税 贈 与 税 の 理 論 フィナンシャル レビュー65 号 108 125 頁 (2002) 法 哲 学 からのアプローチとして 浅 野 幸 治 マカフェリーの 相 続 税 廃 止 論 豊 田 工 業 大 学 DiscussionPaperNo.4(2009) htp://www.toyota-ti.ac.jp/lab/kyouyou/humanities/mccafery.pdf 再 分 配 の 問 題 は 国 家 をどうとらえるかの 問 題 である 国 家 による 再 分 配 を 否 定 するリバタリアンは, 相 続 税, 遺 産 税, 累 進 税 の 存 在 には 否 定 的 である マカフェリーはリベラリストの 立 場 から, 遺 産 税 の 廃 止 を 唱 えている
91 いし 満 足 の 源 泉 である 財 貨 や 人 的 役 務 の 購 入 に 充 てられる 部 分 のみを 所 得 と 観 念 し, 蓄 積 に 向 けら れる 部 分 を 所 得 の 範 囲 から 除 外 する 考 え 方 5 であ る 消 費 型 所 得 概 念 の 下 では, 相 続 財 産 が 消 費 さ れるときに 課 税 されるので, 相 続 や 贈 与 時 に 相 続 課 税 は 行 わなくてもよいことになる 制 限 的 所 得 概 念 は 経 済 的 利 得 のうち, 利 子 配 当 地 代 利 潤 給 与 等, 反 復 的 継 続 的 に 生 ずる 利 得 のみを 所 得 として 観 念 し, 一 時 的 偶 発 的 恩 恵 的 利 得 を 所 得 の 範 囲 から 除 外 する 考 え 方 6 である イギリスおよびヨーロッパ 諸 国 の 所 得 税 は 伝 統 的 にこの 考 え 方 に 基 づいている 制 限 的 所 得 概 念 の 考 え 方 の 下 では, 一 時 的 な 所 得 は 除 かれ るから, 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 取 得 も 所 得 を 構 成 しないことになる 包 括 的 所 得 概 念 は 人 の 担 税 力 を 増 加 させる 経 済 的 利 得 はすべて 所 得 を 構 成 することになり,したがって, 反 復 的 継 続 的 利 得 のみでなく, 一 時 的 偶 発 的 恩 恵 的 利 得 も 所 得 に 含 まれる 7 包 括 的 所 得 概 念 の 下 では, 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 取 得 も 所 得 を 構 成 するが, 実 際 に, 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 増 加 に 所 得 課 税 を している 国 はない それは,バンチング 効 果 によっ て 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 増 加 があった 年 だけに 所 得 が 集 中 し, 高 い 累 進 税 率 が 適 用 されると, 納 税 者 には 酷 になってしまうからである わが 国 の 所 得 税 は, 相 続 や 遺 贈 による 資 産 の 取 得 を 一 時 所 得 ととらえてきた 歴 史 があるため, 相 続 や 贈 与 に よる 資 産 の 取 得 は 一 時 所 得 として 課 税 することも 可 能 である しかし, 現 行 の 一 時 所 得 8 は50 万 円 控 除 と 平 準 化 のために2 分 の1 課 税 が 行 われるだけ であるから, 相 続 所 得 なる 所 得 分 類 を 設 けて 課 税 する 必 要 が 生 じるのである 9 相 続 税 は 所 得 税 より 基 礎 控 除 が 高 く, 事 業 承 継 に 関 連 する 相 続 税 の 課 税 価 格 の 計 算 の 特 例 などに より, 課 税 価 格 を 低 く 抑 えられることから, 課 税 の 対 象 となる 者 は 少 ない 相 続 財 産 によっては 一 時 所 得 よりは 課 税 が 緩 和 されることから, 相 続 税 を 廃 止 して, 所 得 課 税 されるよりは, 相 続 税 を 存 続 させることを 望 む 富 裕 層 が 多 いであろう 2. 所 得 概 念 と 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 譲 渡 相 続 や 贈 与 は, 被 相 続 人 や 贈 与 者 が 資 産 を 相 続 人 や 受 贈 者 に 譲 渡 することである 消 費 型 所 得 概 念, 制 限 的 所 得 概 念 の 下 では, 譲 渡 所 得 は 認 識 されないが, 包 括 的 所 得 概 念 の 下 で は, 相 続 や 贈 与 時 に 実 現 があったとして 所 得 を 認 識 する すなわち, 相 続 や 贈 与 時 に 資 産 の 譲 渡 が あったとして, 被 相 続 人 もしくは 贈 与 者 の 生 前 の 資 産 の 所 有 期 間 に 相 当 するキャピタル ゲインを 清 算 するのである もっとも, 家 族 間 の 資 産 の 移 転 を 実 現 ととらえ 課 税 のタイミングとするのはや はり 酷 であるから,わが 国 のように 相 続, 贈 与 時 5 金 子 前 掲 注 1,163 頁 6 同 上,164 頁 7 同 上,165 頁 8 所 得 税 法 34 条 は, 一 時 所 得 とは, 利 子 所 得, 配 当 所 得, 不 動 産 所 得, 事 業 所 得, 給 与 所 得, 退 職 所 得, 山 林 所 得 及 び 譲 渡 所 得 以 外 の 所 得 のうち, 営 利 を 目 的 とする 継 続 的 行 為 から 生 じた 所 得 以 外 の 一 時 の 所 得 で 労 務 その 他 の 役 務 又 は 資 産 の 譲 渡 の 対 価 としての 性 質 を 有 しないものをいう とし, 一 時 的 な 所 得 もまた 当 然, 所 得 となることを 規 定 している 現 行 の 所 得 税 法 は, 相 続, 遺 贈 又 は 個 人 からの 贈 与 により 取 得 するもの( 相 続 税 法 ( 昭 和 二 十 五 年 法 律 第 七 十 三 号 )の 規 定 により 相 続, 遺 贈 又 は 個 人 からの 贈 与 により 取 得 したものとみなされるものを 含 む ) ( 所 得 税 法 9 条 15 号 )を 非 課 税 所 得 として 所 得 税 の 課 税 対 象 から 除 外 している この 規 定 は 相 続 税 と 所 得 税 との 二 重 課 税 を 排 除 するためのものであると 説 明 されているので,わが 国 で 例 えば 相 続 税 が 廃 止 されれば, 相 続 や 遺 贈 による 資 産 の 増 加 は 一 時 的 な 所 得 となるので, 所 得 課 税 が 可 能 である 9 岩 崎 政 明 相 続 税 をめぐる 諸 問 題 木 下 和 夫, 金 子 宏, 水 野 正 一 監 修 21 世 紀 を 支 える 税 制 の 論 理 第 5 巻 改 訂 版 資 産 課 税 の 理 論 と 課 題 167 頁 ( 税 務 経 理 協 会,2005)
92 に 譲 渡 所 得 課 税 を 行 わず, 課 税 を 繰 延 べる 方 法 が ある シャウプ 使 節 団 は, 相 続 や 遺 贈 による 資 産 の 移 転 を 実 現 ととらえ, 被 相 続 人 に 譲 渡 所 得 課 税 を 行 うことを 勧 告 した それに 基 づいてわが 国 では, 昭 和 25 年 から28 年 の 間, 相 続, 贈 与 時 に 譲 渡 所 得 課 税 を 行 っていた しかし, 相 続 時 に 譲 渡 所 得 課 税 と 相 続 税 課 税 を 同 時 に 行 うと 公 平 には 資 しても 非 常 に 酷 な 課 税 になることから, 短 期 間 で 廃 止 さ れた 現 在, 譲 渡 所 得 とは, 資 産 の 譲 渡 による 所 得 をいう( 所 得 税 法 33 条 )としつつ, 居 住 者 が 贈 与, 相 続 ( 限 定 承 認 に 係 るものを 除 く )または 遺 贈 ( 包 括 遺 贈 のうち 限 定 承 認 に 係 るものを 除 く ) により 取 得 した 資 産 を 譲 渡 した 場 合,その 者 が 引 き 続 きこれを 所 有 していたものとみなして 譲 渡 所 得 課 税 を 行 わないこととしている ( 所 得 税 法 60 条 ) これは 相 続 税, 贈 与 税 の 存 在 を 前 提 とした 規 定 であるから, 相 続 税, 贈 与 税 が 廃 止 されれば, 原 則 どおり, 被 相 続 人 に 譲 渡 所 得 課 税 を 行 うこと になろう 現 在 でも, 法 人 に 対 する 贈 与 または 限 定 承 認 に 係 る 相 続 若 しくは 法 人 に 対 する 遺 贈 及 び 個 人 に 対 する 包 括 遺 贈 のうち 限 定 承 認 に 係 る 遺 贈 により 居 住 者 の 有 する 譲 渡 所 得 の 基 因 となる 資 産 の 移 転 があつた 場 合 には,その 事 由 が 生 じた 時 に, 時 価 で,これらの 資 産 の 譲 渡 があつたものとみな して 課 税 することになっている( 所 得 税 法 59 条 ) イギリス,アメリカのように 被 相 続 人 の 財 産 に 遺 産 税, 贈 与 税 を 課 す 場 合 は, 遺 産 税 が 譲 渡 所 得 課 税 を 代 替 する 機 能 を 持 つことがある したがっ て,カナダでは 遺 産 税 を 廃 止 し, 相 続 時 に 譲 渡 所 得 課 税 を 行 うこととされている 10 もっとも 不 動 産 は 含 み 益 があることが 多 いので 特 別 控 除 を 設 け て 税 負 担 を 緩 和 している また, 寄 附 税 制 とから めて 不 動 産 を 遺 贈 した 場 合 は, 寄 附 控 除 の 特 例 を 設 けるなどし, 譲 渡 所 得 課 税 を 緩 和 している 3. 再 分 配 と 所 得 税 率 との 関 係 11 相 続 税 の 課 税 根 拠 については, 再 分 配 が 強 調 されるきらいがあるが, 資 産 の 格 差 の 是 正 や 機 会 の 公 平 については, 相 続 税 だけでは 実 現 が 難 しく, 様 々な 社 会 政 策 を 取 らない 限 り 実 現 できない 相 続 税 の 再 分 配 の 機 能 は 過 度 に 期 待 できないが, 政 治 的 には 全 く 無 視 することもできない イタリア 11 では2001 年 に 一 旦 相 続 税 が 廃 止 されたものの, 2006 年 に 再 導 入 されているからである 他 方, 税 による 再 分 配 は 所 得 税 の 累 進 税 率 でも 可 能 である スウェーデンでは, 相 続 税 の 廃 止 に おいて, 再 分 配 はあまり 問 題 とされなかった な ぜなら,スウェーデンは 税 収 の 多 くを 所 得 税 に 依 存 しており, 一 定 の 所 得 以 上 については, 約 30% の 地 方 所 得 税 の 税 率 に 加 え,20%と25%の 累 進 税 率 が 適 用 されるため, 再 分 配 は 所 得 税 で 十 分 対 応 が 可 能 だからである 4. 相 続, 贈 与 と 課 税 のタイミング 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 移 転 は 所 得 課 税 の 対 象 となりえるのであるが, 市 場 取 引 と 異 なり, 親 族 間 での 資 産 の 移 転 であるという 特 殊 性 に 鑑 み, 相 続, 贈 与 の 時 点 で 相 続 税, 贈 与 税 を 課 税 し, 相 続, 贈 与 時 にキャピタル ゲインの 課 税 の 繰 延 べを 行 っ ている 逆 にいえば, 相 続 税, 贈 与 税 がなければ, 包 括 的 な 所 得 課 税 の 下 では, 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 移 転 には 所 得 課 税 の 原 則 が 適 用 されるので, 一 時 所 得 や 譲 渡 所 得 の 問 題 が 発 生 することになる 包 括 的 な 所 得 課 税 の 下 での 相 続 税, 贈 与 税 の 存 在 意 義 は,こうした 所 得 課 税 のタイミングを 繰 延 べ, 10 一 高 龍 司 カナダ 及 びオーストリアにおける 遺 産 相 続 税 の 廃 止 と 死 亡 時 譲 渡 所 得 課 税 制 度 財 団 法 人 日 本 税 務 研 究 セン ター 編 世 界 における 相 続 税 法 の 現 状 日 税 研 論 集 56 号 45 102 頁 (2004) 11 相 続 税 の 再 分 配 と 所 得 税 の 補 完 機 能 に 関 する 議 論 をまとめたものとして, 高 野 幸 大 相 続 税 の 存 在 意 義 等 の 法 的 検 討 日 本 租 税 理 論 学 会 編 相 続 税 の 再 検 討 58 73 頁 ( 法 律 文 化 社,2003)
93 課 税 を 緩 和 することにあるということができるの ではないか Ⅲ 米 国 連 邦 遺 産 税 の 改 正 の 動 向 1. 連 邦 遺 産 税 の 課 税 方 法 と 減 税 法 連 邦 遺 産 税 は 被 相 続 人 の 総 遺 産 に 課 税 する 遺 産 課 税 方 式 を 採 用 している したがって 連 邦 遺 産 税 は 相 続 人 の 資 産 の 取 得 に 関 する 所 得 課 税 を 補 完 す る 機 能 はなく, 被 相 続 人 の 譲 渡 所 得 課 税 を 補 完 す る 機 能 を 有 している 内 国 歳 入 法 典 は 元 来, 資 産 の 取 得 価 額 について,ステップ アップ 価 額 を 採 用 しており, 相 続 人 は 相 続 開 始 時 の 時 価 によって 資 産 を 取 得 するので, 被 相 続 人 が 保 有 していた 期 間 のキャピタル ゲインについて 所 得 課 税 はされ ていなかった 2001 年 減 税 法 は, 遺 産 税 および 世 代 跳 躍 税 が, 特 に, 小 規 模 事 業 者, 家 族 経 営 事 業 者, 農 業 経 営 者 に 対 して 加 重 な 税 負 担 を 強 いていること,また, 遺 産 税 は 所 得 税 と 二 重 課 税 となっていることから, 納 税 者 の 死 亡 を 理 由 に 遺 産 税 を 課 税 するのは 適 切 でないという 理 由 で 制 定 された 向 こう10 年 間 に わたる 段 階 的 な 遺 産 税 の 減 税 をすると 同 時 に,ス テップ アップに 代 えて,キャリー オーバーす なわち, 相 続 によって 取 得 した 資 産 の 取 得 価 額 は 被 相 続 人 の 取 得 価 額 を 引 継 ぐこととした これに よって, 相 続 人 が 相 続 財 産 を 売 却 した 場 合 は, 被 相 続 人 が 保 有 していた 期 間 と 自 分 が 保 有 していた 期 間 とのキャピタル ゲインとを 合 わせて 課 税 さ れることになった 減 税 法 は 遺 産 税 を 減 税 する 一 方, 相 続 人 の 資 産 の 取 得 価 額 によって 譲 渡 所 得 課 税 を 行 うことで, 遺 産 税 と 所 得 税 の 整 合 性 を 保 っ ていたといえよう 2. 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 の 背 景 と 内 容 減 税 法 は, 毎 年 遺 産 税 を 減 税 し,2009 年 1 月 1 日 より, 連 邦 遺 産 税 の 統 一 控 除 適 用 除 外 額 は1 人 につき350 万 ドルに 引 き 上 げられていたため,2009 年 に 相 続 が 開 始 された 場 合, 遺 産 が350 万 ドル 以 下 であれば, 連 邦 遺 産 税 は 課 税 されなかった そし て, 減 税 法 は,2010 年 に 相 続 が 開 始 した 場 合, 遺 産 税 が 全 く 課 税 されないという 仕 組 みであったた め, 事 実 上,2010 年 に 限 って, 遺 産 税 は 廃 止 され た 状 況 になっている しかし, 減 税 法 は2010 年 の 12 月 31 日 に 失 効 するため, 新 法 が 制 定 されない 限 り,2011 年 からは 減 税 法 制 定 前 の 連 邦 遺 産 税 が 適 用 され, 統 一 控 除 適 用 除 外 額 は100 万 ドルに 引 き 下 げられることになる そこで,2009 年 12 月 に 下 院 で 新 たな 減 税 法 案 である 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 が 可 決 された 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 は, 連 邦 遺 産 税 を 廃 止 するものではなく, 統 一 控 除 適 用 除 外 額 を 大 きく 引 き 上 げ, 一 人 当 たり350 万 ドル, 夫 婦 で 700 万 ドルとすることを 提 案 している また, 遺 産 税 の 税 率 については, 最 高 税 率 を45%に 引 き 下 げ るとしている 他 方, 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 は, キャリー オーバーを 廃 止 するとしており, 元 の ステップ アップ 価 額 を 適 用 するとしている 2010 年 以 降 の 相 続 開 始 にかかる 相 続 人 が 相 続 財 産 を 譲 渡 しても, 被 相 続 人 の 生 前 のキャピタル ゲイン 課 税 を 受 けることはなくなる 連 邦 遺 産 税 廃 止 後 の 税 制 改 革 案 として, 相 続 や 贈 与 による 資 産 の 取 得 に 所 得 課 税 する 方 法 が 提 案 されていたが 12, 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 は, 遺 産 税 を 維 持 しつつ, 遺 産 税 に 対 する 大 幅 な 減 税 を 行 い, 被 相 続 人 の 生 前 のキャピタル ゲインについ ては 譲 渡 所 得 課 税 を 行 わないというものである 結 果 として, 遺 産 税 が 事 業 承 継 等 を 阻 害 すること 12 AICPA TaxDivision,StudyonReform oftheestateandgifttaxsystem (2001). htp://tax.aicpa.org/resources/tax+practice+guides+and+checklists/study+on+reform+of+the+estate+and+gift+ Tax+System.htmよりダウンロード MichaelJ.Graetz,100MilionUnnecessaryReturns:AFreshStartfortheU.S. TaxSystem,YaleL.J.at299 (2002).
94 はなくなるものと 考 えられるが, 遺 産 税 と 譲 渡 所 得 課 税 の 整 合 性 は 大 きく 失 われ, 遺 産 税 の 富 の 集 中 の 排 除 という 課 税 目 的 からも 乖 離 していくこと が 懸 念 される Ⅳ わが 国 の 相 続 税 改 正 の 動 向 1. 遺 産 分 割 と 相 続 税 の 課 税 方 法 わが 国 の 相 続 税 法 は 創 設 当 初 の 明 治 38 年 から 昭 和 25 年 の 改 正 まで 英 米 諸 国 と 同 様, 遺 産 課 税 方 式 を 採 用 してきたが,シャウプ 勧 告 により 遺 産 取 得 課 税 方 式 へ 転 換 した 遺 産 取 得 課 税 方 式 とは, 各 相 続 人 が 取 得 した 財 産 に 見 合 って 相 続 税 を 課 税 す る 方 式 である 遺 産 取 得 課 税 方 式 は, 所 得 税 にお ける 応 能 負 担 原 則 と 整 合 的 である 点, 富 の 公 平 な 分 配 を 図 る 点 ではすぐれているが, 遺 産 分 割 を 仮 装 されやすいという 欠 陥 があった すなわち, 農 業 や 中 小 企 業 の 資 産 その 他 事 実 上 遺 産 の 分 割 が 困 難 な 資 産 については, 分 割 することによりその 経 営 維 持 の 困 難 をきたすため, 単 独 又 は 少 数 の 者 に よって 相 続 せざるをえなかったので, 税 負 担 を 軽 減 するために 分 割 を 仮 装 する 例 が 多 かった 当 時 は, 財 産 の 取 得 者 ごとに 控 除 及 び 税 率 を 定 めてい たため, 分 割 困 難 なこれらの 財 産 を 単 独 又 は 少 数 で 相 続 した 場 合 には,その 相 続 税 の 負 担 は 相 対 的 に 重 かったのである そうした 弊 害 を 取 り 除 くため, 相 続 人 全 体 の 取 得 財 産 を 合 算 して 相 続 税 を 算 出 する 法 定 相 続 分 課 税 方 式 が, 昭 和 33 年 の 税 制 改 正 で 採 用 され, 現 在 に 至 っている 法 定 相 続 分 課 税 方 式 とは 相 続 財 産 を 法 定 相 続 分 で 遺 産 分 割 したものとして 相 続 税 の 総 額 を 計 算 し, 実 際 の 取 得 割 合 に 応 じて 按 分 して 課 税 する 方 式 である 法 定 相 続 分 課 税 方 式 の 下 では,ある 資 産 にかか る 特 例 の 恩 典 が, 他 の 共 同 相 続 人 にも 及 ぶことに なり, 当 該 資 産 の 承 継 者 が 受 ける 税 の 恩 恵 が 減 殺 されてしまう そこで, 事 業 承 継 税 制 の 導 入 にあ たり, 法 定 相 続 分 課 税 方 式 から, 遺 産 取 得 者 課 税 への 移 行 が 検 討 されたのであるが, 結 局,それは 見 送 られた 民 主 党 はマニュフェストにおいて 遺 産 課 税 方 式 への 移 行 を 提 案 し,また, 平 成 22 年 の 税 制 改 正 大 綱 でも, 相 続 税 の 課 税 方 式 の 検 討 が 挙 げられてい るが, 所 得 税 との 理 論 的 整 合 性 からいえば 遺 産 取 得 者 課 税 に 移 行 すべきと 考 えられる 13 その 上 で, 承 継 されるべき 資 産 を 承 継 した 相 続 人 等 にのみ 特 例 を 認 めていく 方 が,かえって 相 続 人 間 の 公 平 が 保 たれることになるのではないか 2. 居 住 用 不 動 産 わが 国 では, 相 続 財 産 に 占 める 居 住 用 不 動 産 の 割 合 は 高 く 全 財 産 のうち50%に 近 い( 表 1) 地 価 の 高 騰 に 伴 い, 小 規 模 宅 地 の 特 例 が 昭 和 58 年 に 創 設 され, 居 住 用 宅 地 について200m2 まで30%の 減 額 が 適 用 された 平 成 6 年 には 減 額 割 合 が80%に 引 き 上 げられた 平 成 13 年 には 適 用 面 積 が240m2 表 1: 相 続 財 産 額 の 種 類 別 内 訳 ( 構 成 比 )(%) htp://www.nta.go.jp/kohyo/press/press/2007/6368/01.htmより 作 成 13 宮 脇 義 男 相 続 税 の 課 税 方 式 に 関 する 一 考 察 税 大 論 叢 57 号 (2009)458 頁 以 下, 奥 谷 健 相 続 税 の 課 税 根 拠 と 課 税 方 式 税 法 学 561 号 255~274 頁 (2009) 水 野 忠 恒 遺 産 取 得 課 税 方 式 への 変 更 は 社 会 環 境 の 変 化 に 伴 う 時 代 の 要 請 税 理 51 巻 13 号 2 5 頁 (2008), 渋 谷 雅 弘 予 測 される 相 続 税 の 遺 産 取 得 課 税 方 式 への 移 行 とその 影 響 51 巻 13 号 92 98 頁 (2008) を 参 照
95 表 2: 小 規 模 宅 地 等 の 課 税 の 特 例 の 改 正 の 推 移 3. 事 業 承 継 小 規 模 宅 地 の 特 例 は, 事 業 用 の 小 規 模 宅 地 にも 適 用 され, 承 継 の 税 負 担 が 軽 減 されていたが, 株 式 については 事 業 承 継 の 特 例 がなかったことから, 平 成 16 年 に, 特 定 同 族 会 社 株 式 特 例 が 創 設 された また, 平 成 21 年 には 相 続 税 に 事 業 承 継 税 制 が 導 入 され, 非 上 場 株 式 の 承 継 について, 相 続 税 の 納 税 を 猶 予 する 特 例 が 創 設 された この 特 例 は, 相 続 等 により 取 得 した 株 式 等 に 対 して, 発 行 済 議 決 権 株 式 等 の 総 数 の3 分 の2に 達 するまでの 部 分, 課 税 価 額 の80%の 相 続 税 の 納 税 を 猶 予 するもので あり,さらに 一 定 要 件 を 満 たせば 猶 予 税 額 の 納 付 が 免 除 される この 特 例 は, 単 独 での 非 上 場 株 式 の 相 続 を 認 める 点 に 特 徴 がある htp://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/145.htmより 作 成 にまで 拡 大 された また, 居 住 を 継 続 しない 相 続 人 も 特 例 の 適 用 対 象 者 とするなど, 適 用 範 囲 につ いても 拡 大 されてきた そのため, 居 住 用 不 動 産 に 対 する 重 税 感 はかなり 低 くなっていると 考 えら れる さらに, 現 在 の 地 価 公 示 価 格 の 動 向 は, 昭 和 58 年 より 下 の 水 準 にあり, 不 動 産 の 課 税 評 価 額 は 高 いとはいえない( 表 2) 現 在 の 地 価 は 小 規 模 宅 地 の 特 例 が 導 入 された 地 価 以 下 になっているた め, 平 成 22 年 の 税 制 改 正 では, 小 規 模 宅 地 の 特 例 の 縮 減 が 予 定 されている 相 続 人 等 が 相 続 税 の 申 告 期 限 まで 事 業 又 は 居 住 を 継 続 しない 宅 地 等 ( 現 行 200m2まで50% 減 額 )を 適 用 対 象 から 除 外 すると している( 租 税 特 別 措 置 法 第 69 条 の4) つまり, 今 後, 地 価 の 上 昇 がないとしても, 特 例 の 縮 減 に よっては, 居 住 用 不 動 産 の 課 税 価 額 が 高 くなる 可 能 性 がある 4. 贈 与 税 の 非 課 税 措 置 直 系 尊 属 から 住 宅 取 得 等 資 金 の 贈 与 を 受 けた 場 合 の 贈 与 税 の 非 課 税 措 置 について, 非 課 税 限 度 額 ( 現 行 500 万 円 )が,1,500 万 円 に 引 き 上 げられる 予 定 である( 租 税 特 別 措 置 法 第 70 条 の2 関 係 ) これ は, 住 宅 取 得 等 資 金 の 贈 与 に 係 る 相 続 時 精 算 課 税 制 度 の 特 例 ( 租 税 特 別 措 置 法 第 70 条 の3, 旧 租 税 特 別 措 置 法 第 70 条 の3の2 関 係 )と 同 様, 現 金 の 贈 与 を 非 課 税 とするものである これは, 資 産 の 承 継 を 促 すのではなく, 景 気 浮 揚 策 として, 現 金 の 世 代 間 移 転 を 通 じて 消 費 を 促 進 するのが 目 的 で ある これは,かえって 資 産 の 格 差 を 助 長 するこ とになるので, 好 ましいとはいえない 5. 資 産 間 の 公 平 不 動 産 と 株 式 は 相 続 税 の 国 際 租 税 の 側 面 からみ て 大 きな 違 いがある 相 続 税 は 物 税 と 人 税 との 混 合 であると 考 えられている 相 続 税 は, 相 続 人 の 住 所 地 国 が 課 税 するとともに,その 財 産 について は 所 在 地 国 も 課 税 できる したがって, 相 続 税 の 国 際 課 税 の 側 面 において, 人, 財 産 の 所 在 が 重 要 な 要 素 となる 人 の 所 在 は 住 所 によるが, 場 合 に
96 よっては 国 籍 も 考 慮 される( 相 続 税 法 1 条 の3,1 号,2 号 ) 財 産 の 所 在 地 は 法 に 規 定 されており, 不 動 産 についてはその 不 動 産 の 所 在 が,また 株 式 については 株 式 の 発 行 法 人 の 本 店 または 主 たる 事 務 所 の 所 在 が, 財 産 の 所 在 とされる( 相 続 税 法 10 条 1 号,8 号 ) このような 相 続 税 の 仕 組 みを 使 っ て 株 式 にかかる 相 続 税 は 容 易 に 回 避 することがで きる 相 続 税 や 遺 産 税 のない 国 が 増 えており,そ うした 国 にキャピタル フライトを 行 う 誘 因 も 増 えると 想 定 される かかる 不 動 産 と 株 式 の 間 の 相 続 税 の 不 公 平 を 解 消 するためには, 資 産 の 特 性 を 考 慮 することが 必 要 である 居 住 用 財 産, 事 業 用 財 産, 中 小 企 業 の 株 式, 環 境 保 全 のための 土 地 等 の 資 産 は, 社 会 的 にも 経 済 的 にも 承 継 を 継 続 することが 望 ましい 場 合 も 少 なくない Ⅳ まとめ 包 括 的 な 所 得 税 制 の 下 では, 相 続 税 に 代 えて 相 続 人 や 受 贈 者 に 所 得 課 税 をすることや, 相 続, 贈 与 時 に 譲 渡 所 得 課 税 を 行 うことも 可 能 である し かし, 相 続 や 贈 与 に 対 する 所 得 課 税 はその 制 度 化 によっては, 公 平 には 資 するものの, 相 続 税, 遺 産 税 よりも 酷 な 課 税 になる 可 能 性 もある した がって, 相 続 税 はそうした 所 得 課 税 を 緩 和 する 上 で, 必 要 であると 考 える 今 後 は, 相 続 人 等 が 承 継 する 場 合, 承 継 される 資 産 の 属 性 を 加 味 した 遺 産 取 得 者 課 税 への 移 行 により, 資 産 を 承 継 する 個 人 の 真 の 担 税 力 を 加 味 した 相 続 税 のあり 方 が 検 討 されるべきである また, 相 続 人 以 外 の 公 益 的 な 団 体 がかかる 資 産 を 承 継 する 場 合 には, 譲 渡 所 得 税 を 緩 和 する 方 策 等 を 講 じるべきである 遺 産 税 については, 譲 渡 所 得 課 税 の 観 点 からその 存 在 意 義 を 認 めることが 可 能 である しかし, 米 国 の 恒 久 的 遺 産 税 減 税 法 案 の 下 では, 遺 産 税 の 課 税 対 象 となる 遺 産 は 数 少 なく, 遺 産 税 を 課 されない 多 く の 相 続 人 が, 遺 産 税 も 被 相 続 人 の 生 前 の 譲 渡 所 得 も 課 税 されないということになり, 相 続 課 税 だけ でなく, 譲 渡 所 得 課 税 の 根 幹 を 揺 るがしかねない それでも, 遺 産 税 を 廃 止 せず, 軽 減 した 形 で 存 続 するということは, 遺 産 税 の 再 分 配 の 問 題 が 政 治 過 程 に 投 影 された 国 民 の 意 思 に 従 って 解 決 され るほかはない 14 ということを 示 しているように も 思 われる 14 金 子 前 掲 注 1,5 頁