(000) 12 ロケッシュ チャンドラ 小 槻 晴 明 / 水 船 教 義 訳 1931 年 とある 仏 塔 で 発 見 されてこのかた ギルギット 写 本 は 千 におよぶ 満 月 を 数 え 池 田 大 作 創 価 学 会 インタナショナル(SGI) 会 長 という 智 慧 と 資 質 を 備 えた 献 身 的 人 物 に 巡 り 会 い 再 生 する 時 を 待 っていた その 幾 世 紀 という 時 代 を 経 た 風 格 と 書 写 された 樺 皮 が 本 来 もつ 魅 力 を 保 持 しながら これらの 写 本 は 束 縛 なき 霊 感 の 申 し 子 であり 輝 くばかりの 美 麗 な 書 法 の 所 産 であり パトロンたる 王 族 の 深 い 信 仰 の 発 露 であった また 施 主 と 書 写 生 を 共 に 利 益 する 赤 誠 の 事 業 として 発 注 された これらの 写 本 は 文 字 に 書 かれたロゴス( 言 葉 )として 固 定 され 生 命 を 啓 発 するものとなった 祈 りの 行 為 の 中 に 彼 ら は 経 験 世 界 における 精 神 の 美 と 行 動 のダイナミズムを まばゆいばかりの 形 象 物 として 表 現 した 法 華 経 は 内 奥 から 湧 き 出 る 精 神 の 構 想 力 を 讃 歎 する 法 華 経 ギルギット 写 本 の 一 つは 一 切 衆 生 に 最 高 の 知 と 徳 を 獲 得 させるために 奉 納 されている すなわ ち 知 の 集 積 と 福 徳 の 集 積 (jñāna-sambhāra と puṇya-sambhāra)という 二 つの 集 積 を 成 就 するために 献 納 されたのである 施 主 たちの 名 前 は サンスクリット 語 のものと 中 央 アジアの 言 語 のものとがある いくつかの 名 前 は pharna という 語 尾 で 終 わっている これは アヴェスタ 語 の hvareno あるいはペルシャ 語 の farnah のことで 人 を 驚 嘆 させるほどの 輝 きにみちた 光 彩 を 放 つ 精 神 に 内 在 する 光 のことである Farnah は 高 貴 なる 栄 光 という 意 味 になる そしてギ ルギット 写 本 は 仏 教 経 典 の 中 の 輝 ける 光 彩 ということになる これらの 法 華 経 写 本 は 壮 大 な 時 の 詩 編 の 中 に 我 々を 旅 立 たせる 内 的 宇 宙 の 深 淵 である 池 田 大 作 会 長 は これらの 写 本 に 新 たな 生 命 を 吹 き 込 み この 経 典 のダイナミックな 奔 流 を 理 解 するための 重 要 資 料 を 提 供 して 学 術 研 究 を 193
東 洋 学 術 研 究 第 51 巻 第 2 号 (000) 13 推 進 するのである この 豪 華 な 写 真 版 は 探 求 心 をかきたて 感 覚 と 意 識 を 動 かし 隠 れた 意 味 を 探 らせ 思 想 の 発 展 の 失 われた 軌 跡 を 見 出 させようとする であろう また ( 経 典 の) 物 言 わぬ 言 葉 と 格 闘 し 思 考 する 精 神 (の 人 )と 共 鳴 するであろう これらの 写 本 は ギルギットのパトーラ シャーヒ(Paṭola Ṣāhi) 王 朝 時 代 に 筆 写 された この 王 朝 の 歴 代 の 王 の 名 が 奥 書 に 記 されている すなわち 宝 星 陀 羅 尼 経 (Ratnaketu-parivarta)の 奥 書 には スレーンドラ ヴィクラマーディティ ヤ ナンディ(Surendra-vikramāditya-nandi) 王 の 名 がある 父 のヴィクラマーディ ティヤ ナンディ(vikramāditya-nandi)と 母 のスレーンドラマーラー(Surendramālā) の 名 も 共 に 記 されている ハトゥーン(Hatūn) 碑 文 とダニョール(Danyor) 碑 文 旧 唐 書 no. 31 のブロ ンズ 像 ギルギット 写 本 群 の 奥 書 とその 書 体 に 基 づき オスカル フォン ヒ ニューバーは 西 暦 630 年 以 前 と 630 年 以 降 および 725 年 以 降 のパトーラ シャーヒ 王 朝 の 歴 代 の 王 の 名 前 を 列 挙 したリストを 作 成 した 旧 唐 書 には 696 年 と 713 年 に 唐 の 宮 廷 に 使 節 を 派 遣 したギルギット 王 に 関 する 言 及 がある こ の 王 は no. 31のブロンズ 像 を 寄 進 したナンディ ヴィクラマーディティヤ ナ ンディであったに 違 いない 唐 の 宮 廷 は 717 年 に 蘇 弗 舎 利 支 離 泥 (Su-fu-shê-lichih-li-ni)を( 大 勃 律 王 として) 承 認 している 唐 の 宮 廷 が 最 後 に 承 認 した 王 ス レーンドラーディティヤ(Surendrāditya)は 720 年 から 725 年 までの 間 この 地 を 統 治 した ジ ャ ヤ マ ン ガ ラ ヴ ィ ク ラ マ ー デ ィ テ ィ ヤ ナ ン デ ィ(Jaya-maṅgalavikramāditya-nandi) 王 のダニョール 碑 文 は 730 年 という 製 作 年 代 が 特 定 されてい る これらの(ギルギット) 写 本 は 王 朝 の 安 定 を 願 って 発 注 されたものである 小 さな 樺 皮 の 巻 本 に 書 かれた 孔 雀 明 王 経 (Mahāmāyūrī)とマントラは シュリー ナヴァスレーンドラ(Śrī Navasrendra) 王 を 守 護 するために 奉 納 された ヒニュー バーは 古 文 書 学 の 成 果 を 根 拠 に 相 融 経 (Saṃghāṭa-sūtra)の 書 写 年 を 627/8 年 と 想 定 している ギルギット 写 本 群 の 書 写 年 は 大 まかに 言 って7 世 紀 のものと 推 定 できる (Oskar von Hinüber, The Paṭola Ṣāhīs of Gilgit A Forgotten Dynasty, typescript with L. Chandra) 渡 辺 照 宏 によれば ギルギット 写 本 の 法 華 経 は 三 つのグループに 分 類 される 192
(000) 14 すなわち 以 下 のグループA, B, C である グループA 8 行 本 インド 国 立 公 文 書 館 serial no. 45 RV/LC nos. 2813-3052 渡 辺 1. 1-173( 写 真 版 ) 2. pp. 3-178(ローマ 字 版 ) 3. 351-355( 写 真 版 結 び 寄 進 者 名 あり) 4. pp. 293-294 (ローマ 字 版 結 び 寄 進 者 名 あり) グループB 9 行 本 が 主 体 インド 国 立 公 文 書 館 serial no. 44, 47, 49, etc. RV/LC nos. 3217-3220 渡 辺 1. 247-350( 写 真 版, ほぼ9 行 本,8, 10, 11 行 本 を 含 む) 2. pp. 181-292(ローマ 字 版 ) 戸 田 p. 249: N.B.: right parts of 2785-86 and 2801-02 pp. 300-303(10 行 本 ) pp. 303-304(Bapat, 10 行 本 ) グループBは 主 として9 行 本 であるので これら 10 行 本 のフォリオと 断 簡 は 別 のグループのものの 可 能 性 がある グループC 11 行 本 (ⅰ) 大 英 図 書 館 レヴィ JA.(アジア 協 会 誌 )220 渡 辺 1. Ia-VIIb( 写 真 版 ) 2. 297-307(ローマ 字 版 ) KN 251-257, 272-275, 436-439, 443-445, 481-487 (ⅱ)RV/LC nos. 3121-3216(48 葉 ) 戸 田 pp. 249-300 KN 28-32, 46-49, 51-53, 55-57, 59-61, 63-70, 71-85, 87, 88, 90, 91, 93, 192, 233-235, 237, 243-244, 280, 282-284, 286-292, 294-297, 304-317, 321-323, 331-337, 342-348, 352-355, 358-365, 373-376, 378-382 グループK 8 行 本 (グループAに 属 する 可 能 性 あり) Sir Pratap Singh Museum, Srinagar 191
東 洋 学 術 研 究 第 51 巻 第 2 号 (000) 15 Edited by Oskar von Hinüber A New Fragmentary manuscript of the Saddharmapuṇḍarīkasūtra, Tokyo 1982 ギルギット 写 本 は 筆 跡 やその 他 の 要 因 を 考 慮 し 各 葉 の 行 数 によって 整 理 することが 可 能 である Serial nos. 44 and 49 の 10 行 本 は 同 じ 行 数 のグループ Bに 含 めることができるが serial no. 47 は9 行 本 の 新 たなグループDを 構 成 するのかもしれない ラグ ヴィラとロケッシュ チャンドラによる Gilgit Buddhist Manuscripts, parts 9 and 10の 写 真 版 の 内 容 は 次 の 通 りである 2813-3052 8 行 本 Archives no. 45 グループA 3053-3120* 9 行 本 Archives no. 47 グループB 2785-2812 10 行 本 Archives no. 44 グループB(?) 3217-3220 10 行 本 Archives no. 49 グループB 3121-3216 11 行 本 Archives no. 48 グループC これらの 写 本 は その 正 確 な 内 容 を 明 らかにするために 将 来 ローマ 字 に 転 写 する 必 要 がある 渡 辺 のローマ 字 本 版 は ギルギット 写 本 の 読 みを 正 しく 反 映 しておらず テキスト 批 判 を 行 う 際 誤 った 結 論 に 導 く 可 能 性 がある グルー プC(RV/LC nos. 3121-3216 )48 葉 の 戸 田 宏 文 による 原 文 の 正 確 なローマ 字 転 写 は 現 存 する 写 本 テキストの 厳 密 なローマ 字 転 写 の 模 範 となるものである ギルギット 写 本 は ネパール 系 写 本 の 流 布 本 より 古 い 読 みを 留 めている グ ループC 写 本 の 読 みを 戸 田 のローマ 字 転 写 本 から 引 用 する ( 右 はケルン 南 條 本 の 読 み) RV/LC 3121 KN 28.2-29.5 abhūvan babhūva kauśalyu( 詩 語 形 ) kauśalya( 古 典 語 形 ) vyuttiṣṭhata vyutthito hetoḥ bahu-buddha-śata hetoḥ / bahu-buddha-koṭī- 190
(000) 16 nayuta-śata-sahasra (koṭī-nayutaは 後 世 の 付 加 ) RV/LC 3122 KN 29.6-30.10 śāradvatīputra śāriputra 以 上 の 例 から ギルギット 写 本 の 読 みが 詩 語 形 (gāthā forms)を 留 めているこ と ( 百 千 という) 低 位 の 数 に 後 世 になって koṭī-nayuta(という 高 位 の 数 )が 加 えら れたこと ケルン 南 條 本 の Śāriputra の 代 わりに 原 初 形 の Śāradvatīputra が 使 われ ていること などが 明 らかになる この 経 典 のテキストの 変 遷 のあとを 辿 るた めに 数 々の 異 読 を 詳 細 に 注 記 した 校 定 本 (a critical edition)の 完 成 が 焦 眉 の 急 と なっている ギルギット 写 本 は 4つある 仏 塔 の 三 番 目 の 地 下 室 に 収 蔵 されていた この 三 番 目 の 仏 塔 の 地 下 室 は 二 重 構 造 で 下 部 は 22 22 フィート 上 部 はそれぞれ の 一 辺 が2フィート 下 部 よりも 短 くなった 正 方 形 である 部 屋 の 中 央 に5つの 木 箱 があり その5 番 目 の 木 箱 は 他 の(4つのうちの 一 つの) 木 箱 の 中 に 入 っ ていて その 中 に 写 本 が 収 蔵 されていた パトロンであった 王 族 の 名 を 奥 書 に 記 す 写 本 もある この 敬 虔 な 信 仰 による 行 為 は 法 華 経 第 28 章 の 普 賢 菩 薩 の 次 の 言 葉 に 適 っている 求 索 せん 者 受 持 せん 者 読 誦 せん 者 書 写 せん 者 は 是 の 法 華 経 を 応 に 一 心 に 精 進 すべし 是 の 陀 羅 尼 を 得 るが 故 に 非 人 の 能 く 破 壊 する 者 有 ること 無 けん 我 が 身 も 亦 た 自 ら 常 に 是 の 人 を 護 らん 若 し 但 だ 書 写 せば 是 の 人 は 命 終 して 当 に 忉 利 天 上 に 生 ずべし ( 創 価 学 会 版 妙 法 蓮 華 経 並 開 結 pp. 669 672) 普 賢 菩 薩 は この 後 も 自 らが 神 通 力 をもって 法 華 経 を 守 護 するように 帰 依 者 にもこの 経 を 書 写 し 読 誦 し あらゆる 手 段 を 講 じて 守 護 することを 勧 める ギルギットの 仏 塔 から 出 土 した 法 華 経 は 堅 固 なロゴス( 言 葉 )の 精 髄 であり 秘 蔵 語 の 集 積 による 卓 越 した 悟 り( 無 我 の 悟 りの 金 剛 の 言 葉 の 集 まり Bodhinairātmamyaṁ vākya-vajra-samāvahaṁ)である 偉 大 な 教 師 である 池 田 大 作 会 長 は 今 回 二 点 目 の 最 も 古 い 法 華 経 写 本 (の 写 真 版 )を 私 たちにもたらし 精 神 の 眼 で 見 つめつつ 私 たちの 生 活 を 祝 福 し 法 の 気 高 さによって 日 々の 営 みに 労 苦 する 私 たちを 元 気 づける この 写 真 版 は 189
東 洋 学 術 研 究 第 51 巻 第 2 号 (000) 17 偉 大 な 先 生 の 天 空 のごとき 心 からこぼれ 落 ちた 珠 玉 の 一 滴 である 造 塔 延 命 功 徳 経 ( 大 正 新 脩 大 蔵 経 1026)の 智 慧 (Prājña)の 言 葉 によれば 一 切 衆 生 への 慈 悲 は 導 きの 原 理 であり 菩 提 を 求 める 心 は 実 践 と 倫 理 的 活 動 の 基 であるという ことになる 幾 世 紀 もの 長 きを 生 き 延 びてきた この 樺 皮 の 法 華 経 は 完 成 さ れた 日 本 の 技 術 によって その 光 彩 を 再 び 放 ち 無 窮 の 尊 厳 なる 生 命 と 融 合 す る この 写 本 は 流 布 本 よりも 古 風 な 表 現 をもって 私 たちの 眼 前 に 現 れ 躍 動 する 精 髄 を 心 に 深 く 刻 みつける 池 田 先 生 は 日 蓮 大 聖 人 鳩 摩 羅 什 と 共 に 法 華 経 を 継 承 する 頂 点 に 立 つ 一 人 である 彼 は 法 華 経 を 斬 新 で 新 鮮 なかたちで 現 代 に 印 象 づけた あたかも 画 家 が 広 大 なカンバスに 秀 逸 の 絵 筆 で 気 品 に 満 ち 洗 練 された 筆 致 で 陰 影 に 富 む 重 層 的 な 絵 に 仕 上 げていくかのように 彼 は 微 妙 かつ 明 快 な 法 華 経 の 解 釈 を 様 々に 思 考 した 末 の 驚 嘆 すべき 人 生 へ の 解 決 の 決 め 手 として 提 供 する 彼 の 膨 大 な 著 作 によれば 法 華 経 の 意 味 するところは 多 事 中 の 最 も 単 純 な 本 質 としての 行 動 と 様 々な 視 点 の 融 合 ということになる 彼 は 客 観 的 基 準 に 基 づいた 新 鮮 な 物 の 見 方 を 提 供 し 無 数 の 人 々の 人 生 を 歓 喜 に 満 ちたものと する カシュガル(ホータンと 称 した 方 が 良 い)やギルギットの 写 本 に 見 られるよ うに 法 華 経 もまた これまでの 長 い 流 伝 の 過 程 でダイナミックな 開 花 を 見 て きたのである 今 回 完 成 するギルギット 写 本 の 美 麗 な 複 製 版 は 人 間 の 営 為 の 偉 大 さを 知 らしめ 池 田 先 生 の 2010 年 の 平 和 提 言 によれば 我 々が 生 命 の 奥 底 に 築 かれた 精 神 の 勝 利 の 物 語 の 主 体 者 ( 趣 意 )となるのである 法 華 経 は 高 度 な 意 識 であり 先 生 は 生 命 のダイナミックな 啓 発 であり 我 々は 行 動 の 地 平 にいる 人 間 精 神 の 宝 と 輝 く 驚 嘆 すべき 樺 皮 の 写 本 の 出 版 がここに 完 成 した References Hinüber 1982: Oskar von Hinüber, A New Fragmentary Manuscript of the Saddharmapuņdarīkasūtra, Tokyo, The Reiyukai. KN: H. Kern and Bunyiu Nanjio, Saddharmapuņdarīka, Bibliotheca Buddhica X, 1908-1912. Lévi: Sylvain Lévi, Journal Asiatique 1932: 14f. RV/LC: Raghu Vira and Lokesh Chandra, Gilgit Buddhist Manuscripts (facsimile edition), New Delhi, International Academy of Indian 188
(000) 18 Toda 1979: Watanabe: Watson: Culture, Part 9 (2326-2908), Part 10 (2909-3368). Hirofumi Toda, Saddharmapuņdarīka Gilgit Manuscripts (Group B and C), Tokushima Daigaku Kyōyōbu Kiyō, vol. 14. Group B: RV/LC 3121-3216, Group C: RV/LC 3217-3220, Bapat 171ab (ABORI. 1950: 30.3-4 pl. III). Shōkō Watanabe, Saddharmapuņdarīka Manuscripts Found in Gilgit, Parts 1, 2, Tokyo, The Reiyukai, 1972, 1975. Burton Watson, The Lotus Sutra, New York, Columbia University Press, 1993. * 訳 者 注 : 3119-3120 はグループAの 奥 書 の 可 能 性 が 高 いが ここは 暫 時 このままにする 詳 しくは179 頁 を 参 照 (Lokesh Chandra /インド 文 化 国 際 アカデミー 理 事 長 ) ( 訳 こつき はるあき/ 東 洋 哲 学 研 究 所 委 嘱 研 究 員 みずふね のりよし/ 東 洋 哲 学 研 究 所 委 嘱 研 究 員 ) 187