1 哲 学 概 論 13 7-5-2012 4 知 識 について 知 識 とはどのようなものかを 最 初 に 組 織 的 に 考 えたのはプラトンである 彼 は メノン で 知 識 と 正 しい 意 見 の 間 には 何 の 違 いもないと 述 べている テアエテトス では 知 識 とは 知 覚 と 同 じで あるとする 考 えからスタートする 知 覚 は 何 ら 意 味 論 的 な 構 造 をもっていないゆえに 知 識 が 知 覚 なら 知 識 を 述 べることができないゆえ 否 定 される 次 に 信 念 は 感 覚 的 印 象 の 意 味 論 的 に 構 造 化 された 連 結 と 想 定 され 知 識 はそのような 真 なる 信 念 ではないかと 提 案 する だが プラ トンはこれに 対 してもどのように 印 象 が 連 結 されて 意 味 論 的 構 造 が 与 えられているかわからなけ れば 真 や 偽 の 区 別 が 信 念 に 対 してなされる 理 由 がないとする それで 考 えられたのがラッセル の 論 理 的 原 子 論 に 匹 敵 する 理 論 で 命 題 と 対 象 は 単 純 な 感 覚 的 印 象 から 論 理 的 に 構 成 された 複 合 物 であると 捉 えられる アリストテレスは 基 礎 づけ 主 義 を 最 初 に 提 唱 し すべての 知 識 には 基 礎 となる 基 本 的 な 出 発 点 があると 考 えた その 後 知 識 は 認 識 論 的 転 回 の 主 人 公 となり 多 くの 哲 学 者 によって 哲 学 の 主 要 な 課 題 として 研 究 されてきた 認 識 論 (epistemology)の 語 源 を 探 ると ギリシャ 語 の episteme が 知 識 logos が 説 明 であるから 認 識 論 は 知 識 についての 説 明 ということ になる 実 際 知 識 とは 何 か 私 たちはどのようなものを 知 り 得 るか 知 識 はどこから 来 るか といった 問 題 に 対 して これまで 様 々に 議 論 されてきた この 章 では 知 識 論 (theory of knowledge = epistemology)についての 基 本 的 な 事 柄 を 考 えてみよう 簡 単 にこの 章 の 内 容 を 述 べておく まず ゲチアの 問 題 を 紹 介 し 次 にそれ 以 前 の 知 識 の 特 徴 づけをあらためて 考 えてみよう そして デカルト ヒューム カントの 基 礎 付 け 主 義 による 知 識 の 特 徴 づけがどのようなものか 見 てみよう それに 平 行 して ゲチア 問 題 を 通 じての 新 しい 知 識 の 理 論 としての 信 頼 可 能 性 理 論 も 取 り 上 げてみよう また ゲチア 問 題 は 懐 疑 論 にも 密 接 に 関 連 するので ヒューム 以 来 の 懐 疑 論 とその 克 服 の 試 みを 探 ってみよう < 本 章 で 考 えること> そのまま 入 る 1 知 識 とは 何 か [ 知 る ことの 多 様 な 種 類 ] 知 っていること 知 っているものは 知 る ことの 結 果 であることから 知 識 は 知 る こと の 分 析 を 通 じてその 特 徴 を 明 らかにすることができる 実 際 知 識 は 私 たちの 知 り 方 に 応 じてさ まざまに 分 類 されてきた その 代 表 的 な 分 類 は 二 つあり 何 であるか の 知 識 (know-what knowledge)と どのようにするか の 知 識 (know-how knowledge) そして 命 題 的 な 知 識 (propositional knowledge)と 命 題 的 でない 知 識 (non-propositional knowledge)である 二 つの 分 類 は 同 じ 分 類 に 見 える 名 人 の 技 は 命 題 で 表 現 できないように 思 えるし 何 であるか という 事 実 についての 知 識 は 命 題 によってしか 表 現 できないように 見 えるからである しかし 二 つが 同 じ 分 類 かどうかはわかっていない(5 章 の 感 覚 質 を 参 照 ) また 私 は 彼 女 の 父 を 識 っている と いうように 面 識 がある 親 しいといった 知 る の 意 味 も 忘 れてはならない
2 ( 問 ) 次 の 文 はどのような 知 識 を 表 現 しているでしょうか 物 理 学 を 知 っている 日 本 の 首 相 を 知 っている 自 転 車 の 乗 り 方 を 知 っている 彼 の 怒 りを 知 っている 自 分 の 生 き 方 を 知 っている 上 の 問 いから 気 づく 点 がある 自 転 車 の 乗 り 方 を 知 っている とわざわざ 言 うだろうか 自 転 車 に 乗 れる というのが 普 通 であろう 通 常 どのようにするか のコツや 技 術 は 知 っている とは 言 わない また 同 じように 怒 りを 知 っている とも 言 わない 怒 りがわかる といった 言 い 方 をするだろう このように 私 たちの 知 っている の 使 い 方 は 上 の 分 類 の 一 部 に 限 定 さ れている ここで 考 える 知 識 はより 広 い 範 囲 のもので 事 実 に 関 する 知 識 だけでなく 私 たちが 身 につけることのできる 知 識 すべてを 含 んでいると 考 えておこう しかし 残 念 なことに 知 識 の 正 確 な 範 囲 が 確 定 しているわけではない [ 知 識 = 正 当 化 された 真 なる 信 念 ] ところで 知 識 信 念 真 理 (Knowledge, Belief, and Truth)の 間 にはどのような 関 係 があるだろ うか いずれの 間 にも 強 い 関 連 がありそうである 知 識 には 信 念 と 真 理 が 必 要 とされている つ まり 信 念 と 真 理 は 知 識 にとっての 必 要 条 件 である では それらは 十 分 条 件 か この 問 いに 対 して 次 のような 説 を 考 えてみよう それは 知 識 についての 正 当 化 された 真 なる 信 念 説 である 正 当 化 された 信 念 とは 何 らかの 確 かな 方 法 で 確 認 された 信 念 である 実 験 や 証 言 はそのような 正 当 化 の 方 法 である この 説 によれば 知 識 とは 正 当 化 された 真 なる 信 念 (Justified True Belief) である この 説 の 主 張 を 具 体 的 に 述 べれば 次 のようになる どのような 個 人 S 命 題 p についても S が p を 知 るとは 次 のことと 同 じである 1. S は p を 信 じる 2. p は 真 である 3. S は p を 信 じる 正 当 な 理 由 をもつ Box 真 理 に 関 する 定 義 と 解 釈 [ 正 当 化 された 真 なる 信 念 への 疑 問 ] さて 正 当 化 された 真 なる 信 念 説 は 正 しいだろうか この 説 が 正 しければ 正 当 化 された 信 念 と 真 理 は 知 識 の 必 要 十 分 条 件 ということになり 私 たちが 常 識 的 に 考 えている 知 識 像 が 得 られ る 知 識 が 単 に 信 念 や 思 いつきでないのは それが 正 当 化 されている 証 拠 をもっている 理 由 をもっているからであると 言 われてきた この 伝 統 的 な 見 解 はプラトンの テアエテトス やカ ントの 純 粋 理 性 批 判 において 主 張 され 知 識 とは 正 当 化 された 真 なる 信 念 である と 要 約 さ
3 れてきた そして この 要 約 は 20 世 紀 中 葉 までほとんどの 場 合 に 受 け 入 れられてきた この 伝 統 的 見 解 に 対 し 正 当 化 された 真 なる 信 念 であっても 知 識 とは 呼 べない 場 合 があり したがって 知 識 の 伝 統 的 な 分 析 は 誤 っていることを 示 したのがゲチア(Edmund Gettier, 1927-)である 1 彼 は 知 識 をもつとは 言 えないが 正 当 化 された 真 なる 信 念 をもつことができるような 例 をつくった 伝 統 的 見 解 への 彼 の 反 例 を 見 てみよう ( 物 語 ) 事 務 所 に 勤 めている A は 誰 かが 直 に 転 勤 することを 知 っていた 信 頼 できる 上 司 が 転 勤 するのは B であると A に 告 げた その 時 A は B の 財 布 に1 万 円 あることも 知 った そこで A は 次 のように 推 論 した 1. B は 転 勤 し 財 布 に1 万 円 もっている 2. だから 転 勤 する 人 は 財 布 に1 万 円 もっている このように A が 推 論 することは 正 しく 何 も 問 題 はないように 見 える しかし 実 際 に 転 勤 させ られるのは A で そのことを A 自 身 は 知 らず その 時 A もちょうど 財 布 に1 万 円 もっていたとし てみよう その 時 A は 2 を 信 じており また 2 は 真 である A はそれを 1 から 演 繹 したのであ るから 2 を 正 当 な 理 由 から 信 じることができる 1 は 偽 であるが A はそれを 真 であると 考 える 十 分 な 理 由 をもっている したがって (ゲチアによれば) A は 正 当 な 理 由 をもとに 2 を 真 であ ると 信 じるが A は 2 を 知 らない 命 題 の 形 をした 知 識 は 三 つの それぞれが 必 要 で それら 連 言 が 十 分 である 条 件 をもっている それらは 正 当 化 真 理 信 念 である 真 理 条 件 は どんな 知 られた 命 題 も 真 であることを 主 張 し ている 正 当 化 条 件 によれば 知 られた 信 念 は 証 拠 によって 支 持 されなければならない さて 上 の 例 は 正 当 化 された 真 なる 信 念 をもっているが 知 識 とは 呼 べないような 例 になっている A が 正 当 な 理 由 で 1 を 信 じ それに 基 づいて A は 2 を 信 じる 1 は 論 理 的 に 2 を 含 意 し A はそのこ とを 知 っているので A には 2 を 信 じる 十 分 な 理 由 があることになる そして 2 は 真 である し かし A は 2 を 知 っていない この 推 論 の 構 造 をわかり 易 く 抜 き 出 してみよう 1 の 命 題 を p 2 の 命 題 を q とすると 1 p は 真 でない 2 A は p を 信 じる 3 A は p を 信 じる 正 当 な 理 由 がある 4 p q 5 A は(p q)を 信 じる 6 A は(p q)を 信 じる 正 当 な 理 由 がある 7 A は q を 信 じる 8 A は q を 信 じる 正 当 な 理 由 がある 9 q は 真 である 10 だが A は q を 知 っていない 1 E. Gettier, Is Justified True Belief Knowledge?, Analysis, 1963, Vol.23, pp.121-23.
4 となるだろう この 例 だけですべてわかるとはとても 言 えないので 次 の 簡 単 な 例 から 信 念 と 事 実 の 間 の 微 妙 な 違 いを 確 かめてほしい (ラッセルの 例 ) 公 園 の 信 頼 できる 時 計 : 散 歩 の 途 中 で 公 園 の 時 計 を 見 たら 9 時 30 分 だった あ なたはそれまで 毎 日 その 時 計 を 利 用 しており それが 信 頼 できる 時 刻 であると 信 じることができ た しかし 時 計 は 一 日 前 に 止 まっていたとしてみよう それをあなたは 知 らない 信 頼 できる 時 刻 9 時 30 分 をあなたは 信 じることができるが それが 正 しい 時 刻 であることを 知 らない ( 伊 作 の 例 ) 伊 作 はこれまで 部 屋 の 左 のドア 近 くにあるスイッチで 電 燈 をつけていた しかし 今 日 はそのスイッチが 壊 れている 伊 作 はそれを 知 らず いつものようにスイッチを 入 れた ち ょうどその 時 右 のドア 近 くのスイッチを 弟 の 史 門 が 入 れたために 電 燈 がついた 伊 作 の 信 念 は 正 しいが それは 事 実 と 異 なっている ( 問 )ゲチアの 反 例 上 の 2 例 から 信 じる ことと 知 る ことがどのような 関 係 になってい るか 述 べなさい 信 じることができても 知 ることができない 場 合 を 考 えなさい 上 の 例 に 共 通 する 点 は いずれの 主 人 公 も 信 じている 命 題 に 関 するきわめて 信 頼 できる 証 拠 をも っているが それが 誤 り 得 ないという 保 証 はもっていないということである ここから 導 かれる のは 懐 疑 論 (Skepticism)である では どのような 条 件 が 満 たされれば あることを 知 ってい る つまり あることの 知 識 をもつと 言 えるのだろうか ゲチアの 反 例 に 対 する 対 応 にはさまざ まなものがある いきなり 現 代 の 対 応 を 考 える 前 に 知 識 を 私 たちはどのように 捉 えてきたのか 知 っておかなければならない 懐 疑 論 は 知 識 に 対 する 懐 疑 であり 知 識 の 存 在 を 脅 かしてきた 知 識 への 懐 疑 とはどのようなことかを 次 節 で 考 えてみよう 2 知 識 への 懐 疑 [ 懐 疑 のレベル] すべてのことを 知 っている 人 はいない 皆 何 らかの 疑 問 をもって 暮 らしている 哲 学 は 疑 問 を 解 くことであると 述 べてきたが 出 発 点 の 疑 問 は 懐 疑 につながっている 正 しいと 思 われている 知 識 に 対 する 疑 問 は 懐 疑 である これは 哲 学 がいつも 懐 疑 と 共 にあることを 物 語 っている 懐 疑 論 の 歴 史 は 長 く 新 しいタイプの 知 識 に 対 して 新 しい 懐 疑 論 が 提 出 され 懐 疑 論 も 知 識 の 理 論 と 共 に 変 化 してきた プラトン 流 の 懐 疑 論 は 私 たちは 自 身 の 直 接 的 な 経 験 から 独 立 した 実 在 を 知 ることができないという 積 極 的 な 主 張 をもっている ピロン (Pyrrho, 365BC-270BC)の 懐 疑 論 はより 注 意 深 く 私 たちが 知 識 をもつことを 否 定 しないが その 判 断 を 中 止 するように 求 める あるタイプの 命 題 を 実 際 に 知 ることができないというのが 第 1 レベルの 懐 疑 とすれば プラトン の 懐 疑 は 第 1 レベルの 懐 疑 である ピロンの 懐 疑 はそれより 弱 いもので あることを 知 ることが できる 知 ることができないという 二 つの 相 反 する 主 張 が 同 じような 強 さの 根 拠 をもっていた 場 合 それについての 判 断 を 停 止 しようというものである つまり あるタイプの 命 題 を 知 ること
5 ができるかどうかわからないという 第 2 レベルのものである 普 遍 的 懐 疑 論 は 私 たちは 何 についても 何 一 つ 知 ることができないと 主 張 する どこかで 知 識 は 可 能 だが ここやそこの 特 定 領 域 では 不 可 能 であるとするのが 局 所 的 な 懐 疑 論 である 局 所 的 な 懐 疑 論 の 典 型 は 外 部 世 界 他 人 の 心 過 去 神 倫 理 的 な 真 理 の 知 識 についての 懐 疑 論 である 誰 もこれらのいずれかを 一 度 ならず 疑 ったことがあるだろう ゲチアの 例 も 正 当 化 された 真 なる 信 念 が 知 識 にとって 十 分 でないことを 示 すという 点 で 知 識 への 局 所 的 な 懐 疑 である 懐 疑 は 時 には 知 識 そのものに 時 には 知 識 の 正 当 化 に そして 両 方 に 向 けられる 通 常 私 たちが 考 える 懐 疑 は 第 1 レベルのものだろう また 上 の 外 部 世 界 や 他 人 の 心 の 場 合 しばしば 第 2 レベルの 懐 疑 が 考 えられている ( 問 ) 日 常 生 活 や 科 学 研 究 で 局 所 的 な 懐 疑 論 が 果 たす 積 極 的 な 役 割 を 挙 げなさい 知 識 の 獲 得 に 懐 疑 論 はどのような 役 割 を 果 たしているか 考 えなさい [ 懐 疑 の 具 体 例 ] 懐 疑 論 がもっともらしいという 考 えを 以 下 に 推 論 の 具 体 例 で 調 べてみよう 推 論 1 1. 地 球 が 平 らだという 昔 の 人 の 信 念 は 誤 りである 2. だから 昔 の 人 は 地 球 が 平 らなことを 知 らなかった 推 論 2 1. 地 球 が 丸 いという 私 たちの 信 念 は 誤 りかもしれない 2. だから 私 たちは 地 球 が 丸 いことを 知 らない 上 の 二 つの 推 論 から 次 のような 三 番 目 の 推 論 が 考 えられる 推 論 3 1. もし 推 論 1 が 正 しいなら 推 論 2 も 正 しい 2. 推 論 1 は 正 しい 3. よって 推 論 2 も 正 しい 推 論 1 も 推 論 2 も そしてそれらを 使 った 推 論 も 懐 疑 論 的 である だが 私 たちは 常 識 的 に 推 論 2 の 結 論 は 明 らかに 事 実 と 異 なるから 推 論 2 は 誤 っていると 考 えるだろう そう 考 えるなら 推 論 3 から 対 偶 をとることによって 推 論 1 も 偽 になる だが 推 論 1 は 正 しそうである で は 推 論 3 は 誤 っているのか 推 論 1 に 隠 れている 仮 定 は S の 信 念 p が 偽 であれば S は p を 知 らない である しかし 推 論 2 には 別 の 仮 定 が 必 要 で それは S の 信 念 p が 偽 かもしれない なら S は p を 知 らない というものである 異 なる 仮 定 が 使 われているのであるから 二 つの 推 論 は 単 純 に 組 み 合 わせることができず したがって 推 論 3 そのものが 誤 りである この 例 は 懐 疑 論 の 主 張 そのものではないが 信 念 知 識 が 具 体 的 に 入 り 混 じった 推 論 がどのようなもので
6 あり 真 偽 知 識 懐 疑 がどのように 絡 み 合 っているかの 一 端 をこの 推 論 で 理 解 してほしい ほとんどすべての 懐 疑 論 的 な 推 論 は 私 たちが 悪 魔 に 騙 されている 夢 を 見 ているに 過 ぎない 桶 の 中 の 脳 だといった 一 見 馬 鹿 らしい 可 能 性 に 言 及 する だが しばしばこのような 馬 鹿 らし い 可 能 性 が 知 識 の 本 性 についての 謎 を 解 く 鍵 を 握 っている そこで 私 たちがもつ 信 念 に 誤 りが あり 得 ることから 懐 疑 論 に 加 担 する 議 論 を 考 えてみよう すべてのものについて 誤 りの 可 能 性 が あることはデカルトだけでなく 誰 もが 考 えることである 次 の 推 論 はそのような 代 表 例 である 1. 人 が 世 界 についてもつ(ほとんど)すべての 信 念 は 誤 り 得 る 2. 信 念 が 誤 り 得 るなら それは 知 識 にはなり 得 ない 3. それゆえ 世 界 についての(ほとんど)すべての 信 念 は 知 識 ではない (ほとんど)すべて は 例 外 があることを 示 唆 している そのような 例 外 の 候 補 は 私 は 今 こ こにいる 2+3=5 といったものだろう また 信 念 が 誤 り 得 ることは その 信 念 が 正 当 化 で きないことを 意 味 している この 推 論 と 似 た 結 論 は 次 のような 識 別 不 可 能 性 を 使 った 推 論 でも 得 ることができる 1. 人 が 誤 り 得 る 証 拠 に 基 づいて 知 識 をもち 得 るなら 知 識 と 知 識 でないものを 内 観 的 に 識 別 する ことができない 場 合 があり 得 る 2. しかし 内 観 的 に 知 識 でないものから 識 別 できないような 知 識 はあり 得 ない 3. 1 と 2 から 人 は 誤 り 得 る 証 拠 に 基 づいて 知 識 をもつことができない 4. しかし 外 部 世 界 に 関 する 命 題 について 私 たちがもつ 証 拠 はみな 誤 り 得 る 5. 3 と 4 から 私 たちは 外 部 世 界 についてのどんな 知 識 ももつことができない この 推 論 の 1 は 確 かに 正 しい そして 4 も 正 しいように 見 える だが 結 論 5 は 受 け 入 れがた い このような 推 論 は 他 にもつくりだすことができる もう 一 つ 推 論 を 考 えてみよう [ 伝 達 性 あるいは 閉 包 性 ] (a) 伊 作 は 人 工 生 命 マシーンにつながれた 桶 の 中 の 脳 である (b) 伊 作 は 腕 をもっている という 二 つの 前 提 のもとで 次 の 推 論 を 考 えよう 1. 伊 作 は(a)が 誤 りであることを 知 らない 2. (b)は(a)が 誤 りであることを 含 意 する 3. 伊 作 が(b)を 知 っているなら (a)が 何 を 含 意 するかも 知 っている 4. だから 伊 作 は(b)を 知 らない 3 は 知 識 が 論 理 的 な 含 意 関 係 を 通 じて 伝 達 されることを 述 べている 知 識 の 伝 達 性 とは a を 知 っ ていて a ならば b が 成 り 立 っていれば b も 知 っている ということである つまり 知 る ことは 含 意 関 係 に 関 して 閉 じている この 具 体 例 が 3 である 伊 作 が 腕 をもっていることを 知 っ
7 ていれば 彼 が 人 工 生 命 マシーンにつながれた 桶 の 中 の 脳 であることが 誤 りであることを 含 意 す る この 含 意 関 係 を 知 っていれば 桶 の 中 の 脳 である 可 能 性 を 排 除 できないのであるから 腕 を もっていることを 知 らないことになる したがって 4 が 導 かれ 懐 疑 論 が 正 しいことになる 知 ることの 含 意 関 係 を 通 じての 伝 達 性 あるいは 閉 包 性 は 強 すぎないだろうか P を 知 ることが P でないものの 可 能 性 すべてを 排 除 するなら 私 たちは 周 りの 世 界 についてほとんど 何 も 知 ること ができない したがって より 妥 当 性 の 高 い 見 解 は 知 識 は 関 連 する 可 能 性 だけ 排 除 するという ものだろう では 関 連 する 可 能 性 はどのように 決 められるのか 一 つの 見 解 は 次 のものである 関 連 する 可 能 性 はもっている 証 拠 を 越 えた 主 体 の 環 境 の 特 徴 から なるというものである この 点 から ノージック(Robert Nozick, 1938-2002)は 閉 包 性 に 疑 問 を 投 げかける 閉 包 性 の 否 定 は 後 述 の 知 識 の 信 頼 可 能 性 理 論 に 基 づいている 彼 は 次 のような 条 件 を 考 える 1.P が 真 でないとすれば 主 体 は P を 信 じないだろう 2.P が 真 だとすれば 主 体 は P を 信 じるだろう これら 条 件 が 満 たされる 場 合 主 体 は P という 事 実 を 探 知 すると 言 われる この 条 件 を 使 って ノージックは 知 る 人 の 信 念 が 偶 然 的 ではない 仕 方 で P という 事 実 に 結 びついていることを 示 す そして この 説 明 を 受 け 入 れるならば 閉 包 性 は 成 立 しないと 論 じる 探 知 条 件 1 と 2 が 知 識 に 必 要 ならば 閉 包 性 は 誤 りである というのも 探 知 条 件 自 体 は 知 ることの 含 意 関 係 に 関 して 閉 じていないからである つまり ある 事 実 を 探 知 し 別 の 事 実 を 探 知 しないことは 別 の 事 実 が ある 事 実 の 帰 結 であっても 可 能 なのである 伊 作 は 腕 をもつことを 探 知 しながら 桶 の 中 の 脳 で あることは 探 知 しないことができるのである [ 懐 疑 論 の 論 駁 例 ] 懐 疑 論 の 正 しさを 主 張 する 推 論 はまだまだある では このような 推 論 に 対 してどのような 反 論 をすることができるのか 懐 疑 論 の 論 駁 も 今 まで 色 々 考 えられてきた 以 下 に 懐 疑 論 の 論 駁 例 を 挙 げてみよう I. 懐 疑 論 は 自 己 論 駁 的 である 懐 疑 論 は 私 たちが 何 も 知 らないと 主 張 するが それでは 懐 疑 論 の 主 張 の 前 提 が 真 であることも 知 らないことになる いつも 誤 り 得 ることを 知 らないし 証 拠 が 誤 り 得 ることも 知 らないことに なる したがって 懐 疑 論 は 自 らの 主 張 ができないことになる II. 知 識 は 絶 対 的 な 確 実 性 を 要 求 するのか 駅 に 向 かって 急 いで 歩 いているとき ドアに 鍵 をかけたことを 知 っているかと 聞 かれて 鍵 を かけたと 答 えるとしよう それは 本 当 に 確 かかと 再 度 聞 かれて 自 信 がなくなり 確 実 かどうか わからないと 答 えたとする 最 初 の 問 いと 二 番 目 の 問 いは 異 なった 問 いで したがって 異 なっ た 答 えになっている つまり 知 識 と 確 実 な 知 識 は 異 なった 答 えを 要 求 している だから 確 実 でない 知 識 は 可 能 であり 知 識 に 絶 対 的 な 確 実 性 を 要 求 しなくても 構 わないことになる III. 可 謬 主 義 上 の 確 実 性 についての 話 から 誤 りの 可 能 性 があっても 知 ることができると 主 張 できる 知 識
8 には 理 由 が 必 要 であるが その 理 由 に 誤 りの 可 能 性 を 含 めてもよいというのが 可 謬 主 義 である したがって 信 念 が 誤 り 得 るとすれば それは 知 識 ではない という 既 述 の 推 論 の 前 提 は 誤 りと いうことになる だが 懐 疑 論 は 次 のような 反 論 をすることができる 1. 可 謬 主 義 が 真 なら 人 は 知 識 をもっていることを 知 ることができない 2. 可 謬 主 義 は 真 である 3. だから 人 は 知 っていることを 知 ることができない 可 謬 主 義 者 は 2 を 正 しいと 思 っているから 上 の 反 論 に 答 えようとすれば 1 を 否 定 しなければ ならない ( 問 ) 上 に 挙 げられている 懐 疑 論 の 推 論 を 論 駁 するにはどのような 推 論 が 考 えられるかを 懐 疑 論 の 論 駁 例 を 通 じて 考 えてみなさい [ 他 人 の 心 についての 懐 疑 ] 最 後 に 他 人 の 心 についての 懐 疑 論 を 見 ておこう 緩 やかな 懐 疑 論 は 他 人 の 経 験 は 私 の 経 験 に 似 ているか という 懐 疑 である 他 人 の 経 験 の 存 在 は 認 めるが それが 私 の 経 験 と 同 じかどうか が 疑 われている これに 対 して 強 い 懐 疑 論 を 考 えることができる それは 私 の 経 験 以 外 に 経 験 は 存 在 するか という 懐 疑 である この 強 い 懐 疑 論 は 次 のような 推 論 を 生 み 出 す 1. 他 人 の 心 を 直 接 に 知 ることはできない 2. 他 人 の 心 を 推 論 によって 間 接 的 に 知 ることはできない したがって 直 接 的 にも 間 接 的 にも 他 人 の 心 を 知 ることはできない 懐 疑 論 を 帰 結 する 幾 つかの 推 論 を 見 てきたが 懐 疑 的 な 結 論 を 避 ける 常 識 的 な 二 つの 方 法 は 次 の ようにまとめることができるだろう (a) 他 人 の 心 身 体 過 去 等 は 直 接 に 経 験 でき したがって それらを 知 るのに 推 論 は 必 要 ない (b) 知 識 にとって 信 念 が 形 成 される 過 程 は 必 要 ない 知 識 の 内 容 はそれがどのように 生 み 出 され るかと 言 うこととは 独 立 である これらは 懐 疑 論 の 論 駁 というより 回 避 に 過 ぎない 懐 疑 論 の 最 後 の 推 論 を 見 て 1 と (a) を 比 較 してほしい 正 反 対 のことが 主 張 されており これでは 水 掛 け 論 になってしまう では 懐 疑 論 の 論 駁 のためにどのような 知 識 の 理 論 が 生 み 出 されてきたのだろうか それを 以 下 に 見 てみよ う この 節 では 十 分 な 結 論 を 述 べていない 以 後 の 議 論 のために 刺 激 が 提 供 されたと 考 えておけ ばよいだろう ( 問 ) 懐 疑 論 の 論 駁 がなぜ 必 要 なのかをまとめなさい