日 本 語 複 合 動 詞 の 韓 国 語 化 20 世 紀 前 後 に 韓 国 で 発 行 さ Title れた 新 聞 を 中 心 に Author(s) 金, 芝 媛 Citation 一 橋 日 本 語 教 育 研 究 (2): 83-94 Issue 2014-02-14 Date Type Journal Article Text Version publisher URL http://hdl.handle.net/10086/27977 Right Hitotsubashi University Repository
一 橋 日 本 語 教 育 研 究 2013 年 pp.83 94 2 号 日 本 語 複 合 動 詞 の 韓 国 語 化 20 世 紀 前 後 に 韓 国 で 発 行 された 新 聞 を 中 心 に 要 旨 金 芝 媛 本 稿 は 日 本 語 複 合 動 詞 が 名 詞 化 して 韓 国 に 伝 わった 時 期 を 特 定 するために 調 査 を 行 った ものである 現 在 韓 国 語 語 彙 体 系 のなかで 漢 字 語 は 日 本 から 影 響 を 受 けてきたものが 多 い しかし 元 々 和 語 として 使 われている 日 本 語 が 韓 国 では 漢 字 語 になる 場 合 がある このよ うな 和 語 には 様 々な 種 類 があるが ここではその 種 類 を 日 本 語 複 合 動 詞 に 限 定 し い つ 韓 国 に 移 入 されたかを 探 ってみる キーワード: 複 合 動 詞 漢 字 語 新 聞 引 上 類 漢 字 語 1.はじめに 韓 国 では 中 国 から 多 くの 漢 字 語 を 取 り 入 れてきたが 20 世 紀 前 後 に 日 本 から 多 大 な 影 響 を 受 け 韓 国 語 の 一 部 として 位 置 づけられることになる 日 本 から 韓 国 に 移 入 された 漢 字 語 について 最 初 に 言 及 した 沈 在 基 (1982,1989)によると 韓 国 の 漢 字 語 は 中 国 仏 教 文 化 からのもの 中 国 白 話 文 からのもの 日 本 で 作 られたもの 韓 国 独 自 のもの のと4つに 分 けられ 日 本 からの 漢 字 語 はさらに3つに 分 類 される 中 国 で 西 洋 語 を 漢 字 語 に 翻 訳 し たものが 日 本 でそのまま 使 われるもの 明 治 維 新 以 前 から 独 自 に 作 られたもの 訓 読 みの 漢 字 語 を 韓 国 漢 字 音 で 音 読 みするものである 韓 国 ではこの 分 類 にそって 漢 字 語 の 研 究 が なされてきている 日 本 からの 漢 字 語 について 研 究 を 重 ねてきた 宋 玟 (1988)は 1880 年 代 朝 鮮 政 府 から 日 本 に 派 遣 された 日 本 修 身 史 により 日 本 から 漢 字 語 が 本 格 的 に 移 入 され それから 韓 国 語 の 漢 字 語 は 中 国 より 日 本 に 近 い 形 を 有 することになったと 指 摘 している 彼 は20 世 紀 前 後 の 韓 国 の 文 献 に 現 れる 新 たな 漢 字 語 の 中 で 日 本 語 が 起 源 であるものを 分 類 している(1998b) 崔 景 玉 (2003)は 戦 前 の 韓 国 近 代 小 説 に 現 れる 日 本 の 漢 字 語 が 韓 国 に 入 ってきた 時 期 とその 経 路 について 述 べており 김지연(2011)は 大 韓 民 国 官 報 に 現 れる 日 本 の 漢 字 語 を 調 べ それらを 品 詞 別 に 分 類 している このように 多 くの 漢 字 語 の 移 入 や 受 容 成 立 が 明 らかになっている しかし 日 本 からの 漢 字 語 のなかで 複 合 動 詞 など 訓 読 みの 単 語 が 韓 国 に 漢 字 語 として 普 及 した 過 程 とその 定 着 について 述 べている 研 究 は 少 ないのが 現 状 である 本 稿 は 複 合 動 詞 からきた 韓 国 漢 字 語 に 研 究 対 象 を 特 定 し その 移 入 時 期 について 調 べたい 2. 本 稿 で 扱 う 引 上 類 漢 字 語 今 回 の 調 査 では 複 合 動 詞 のなかで 韓 国 漢 字 語 になったものに 研 究 対 象 を 限 定 した 複 合 動 詞 の 中 には 韓 国 に 移 入 されたものもあれば そうではないものもある 調 査 のために 83
一 橋 日 本 語 教 育 研 究 2 号 2013 年 は 韓 国 に 移 入 された 複 合 動 詞 を 把 握 することが 必 要 である それを 分 類 するために まず 新 明 解 国 語 辞 典 ( 三 省 堂 2005 第 6 版 )( 初 版 1972)から 複 合 動 詞 を 採 集 した その 結 果 複 合 動 詞 は 三 つの 形 態 に 分 かれた 1 漢 字 二 字 に 送 り 仮 名 が 付 いている( 引 き 上 げる) 2 後 ろの 漢 字 一 字 に 送 り 仮 名 が 付 き 前 項 動 詞 と 後 項 動 詞 全 て 動 詞 の 語 幹 である( 見 慣 れる) 3 後 ろの 漢 字 一 字 に 送 り 仮 名 が 付 き 後 項 動 詞 は 動 詞 の 語 幹 として 機 能 するが この 漢 字 語 はその 機 能 を 持 たない ( 片 付 ける) 次 に 採 集 した 複 合 動 詞 の 送 り 仮 名 をとった 二 字 漢 字 にしたものと 韓 国 語 大 辞 典 の 二 字 漢 字 が 一 致 するものを 調 べたところ 42 個 の 語 が 出 てきた これらは 日 本 語 では 語 幹 が 漢 字 で 語 尾 が 送 り 仮 名 の 訓 読 みのものであるが 韓 国 語 では 送 り 仮 名 をとった 形 の 二 字 漢 字 であり 二 音 節 の 音 読 みに 読 まれる 引 き 上 げる 引 上 (insang) 1 本 稿 では これらの 語 を 普 通 の 漢 字 語 と 区 別 するために 引 上 類 漢 字 語 と 呼 び 研 究 対 象 とする 3. 複 合 動 詞 が 韓 国 に 漢 字 語 として 移 入 された 時 期 複 合 動 詞 が 韓 国 に 伝 わった 時 期 を 特 定 する 作 業 を 行 った ここでは 19 世 紀 末 から21 世 紀 初 めにかけて 書 かれた 韓 国 発 行 の 新 聞 を 通 して 引 上 類 漢 字 語 の 現 れの 推 移 を 特 定 する 3.1 調 査 ➀ 1890~2010 年 の 複 合 動 詞 からの 漢 字 語 の 推 移 日 本 から 漢 字 語 が 本 格 的 に 入 ってきたのは 19 世 紀 後 半 特 に 政 府 レベルで 官 吏 を 日 本 に 派 遣 し 日 本 の 近 代 文 明 を 体 験 して 積 極 的 に 韓 国 に 取 り 入 れようとした1880 年 代 からだ とされている 引 上 類 漢 字 語 もその 前 後 に 取 り 入 れられた 可 能 性 が 高 いが 詳 細 は 知 られ ていない その 移 入 時 期 を 探 るために 調 査 を 行 った 参 照 した 新 聞 は 漢 城 新 聞 1900 年 10 月 4 日 毎 日 新 報 1910 年 10 月 2 日 1920 年 10 月 2 日 1930 年 10 月 2 日 1940 年 10 月 2 日 東 亜 日 報 1950 年 10 月 4 日 1960 年 10 月 2 日 1970 年 10 月 2 日 1980 年 10 月 2 日 1990 年 10 月 4 日 2000 年 10 月 2 日 2010 年 10 月 2 日 各 4ページ である 参 考 になった 新 聞 が3 種 類 である 理 由 に 19 世 紀 末 から 戦 前 までは 新 聞 が 廃 刊 になるこ とが 頻 繁 にあったため 一 つの 種 類 の 資 料 を 手 に 入 れることが 難 しかった 点 が 挙 げられ 1 韓 国 語 表 記 はyale 表 記 法 に 従 う 84
日 本 語 複 合 動 詞 の 韓 国 語 化 る 2 新 聞 で 取 り 出 した 引 上 類 漢 字 語 の 述 べ 数 と 異 なり 数 は 以 下 のようになる 表 1 引 上 類 漢 字 語 の 異 なり 語 数 と 述 べ 語 数 3 発 行 日 付 異 なり 述 べ 引 上 類 漢 字 語 ( 数 字 は 重 複 した 回 数 ) 1900 1 1 奪 取 1910 12 14 組 合 (2) 引 換 (2) 送 付 引 渡 乗 組 逃 去 呼 出 申 訴 見 失 組 立 取 扱 買 入 買 売 引 換 吸 取 (2) 取 締 (4) 引 換 (3) 割 引 (2) 振 替 (6) 取 引 (2) 取 扱 (2) 1920 22 46 引 上 (5) 買 入 (6) 組 合 (2) 取 入 結 合 見 出 買 上 吸 入 受 渡 差 出 払 戻 売 買 探 堀 入 来 継 出 1930 10 26 1940 13 33 引 受 (5) 借 替 (2) 貸 付 (6) 引 下 (6) 借 替 (2) 据 置 買 入 捻 出 引 換 取 締 取 扱 (2) 取 締 (6) 組 合 (8) 振 替 (2) 届 出 (2) 申 立 (3) 取 締 支 払 (2) 受 取 引 受 振 出 3 取 調 申 込 1950 4 0 0 1960 17 26 1970 11 31 1980 12 20 割 引 (2) 取 扱 (4) 引 受 (5) 売 渡 振 替 組 立 投 売 出 回 進 捗 売 渡 貸 出 引 継 請 負 買 入 引 上 2 払 下 引 上 (5) 取 扱 (6) 取 消 (2) 見 習 (2) 買 入 (4) 貸 出 切 下 貸 付 売 渡 組 合 引 受 (3) 売 渡 (2) 買 入 (2) 組 立 (3) 取 扱 (2) 貸 出 (2) 割 当 売 出 取 扱 黙 過 積 立 1990 4 4 追 求 悔 改 上 回 聴 取 2 戦 前 に 発 行 日 数 が 比 較 的 長 かった 新 聞 は 毎 日 申 報 1 社 のみ(1910-1945)である 毎 日 申 報 は 朝 鮮 総 督 府 の 官 報 である 皇 城 新 聞 (1898~1910.9)は 各 国 の 近 代 化 した 文 明 を 国 民 に 紹 介 し 国 民 意 識 を 啓 蒙 させ 韓 国 内 外 のことを 知 らせるために 作 った 新 聞 である 東 亜 日 報 は1925 年 から 発 行 され 現 在 も 読 まれている 韓 国 の 代 表 的 な 新 聞 である 新 聞 の 性 格 は 各 々 異 なるが 複 合 動 詞 からの 韓 国 漢 字 語 の100 年 間 の 大 まかな 推 移 をみるため3つの 新 聞 を 対 象 とする 3 太 陽 コーパスを 使 って 複 合 動 詞 ではないことばは 除 外 した 4 1950 年 は 引 上 類 漢 字 語 は 見 られなかった 当 時 朝 鮮 戦 争 が 起 ったために 戦 争 の 成 り 行 きや 軍 関 連 の 記 事 が 圧 倒 的 であったこと 新 聞 の 枚 数 が2 枚 であったこともあり 引 上 類 漢 字 語 が 登 場 しなかったと 思 われる 85
一 橋 日 本 語 教 育 研 究 2 号 2013 年 2000 3 4 貸 出 (2) 買 入 浮 上 2010 8 12 組 合 (3) 組 立 (2) 投 入 (2) 浮 上 切 上 取 消 割 引 乗 合 次 は 表 1を 参 考 に10 年 前 は 見 られなかったが 10 年 後 新 たに 登 場 した 引 上 類 語 を 載 せた 表 である 表 2 引 上 類 漢 字 語 のなかで 以 前 はみられなかった 語 が 新 たに 登 場 したものの 割 合 発 行 日 付 総 数 新 語 数 百 分 率 (%) 5 1900 1 1910 14 14 100 1920 25 22 88 1930 9 6 66.7 1940 11 7 63.6 1950 6 0 0 0 1960 18 9 50 1970 12 4 30 1980 11 4 36.4 1990 3 3 100 2000 3 1 30 2010 8 2 25 表 1で 1900 年 代 の 新 聞 からは 引 上 類 漢 字 語 が 特 にみられないことから 当 時 日 本 から の 引 上 類 語 の 移 入 が 本 格 的 ではなかったと 思 われる 1920 年 代 は 引 上 類 語 の 数 が1910 年 に 比 べて 急 に 増 えており 金 融 法 律 商 売 など 専 門 分 野 で 多 数 見 られる しかし1920 年 の 述 べ46 異 なり22という 数 値 と1910 年 の 述 べ14 異 なり12という 割 合 を 見 ると 実 際 新 たな 引 上 類 漢 字 語 が 出 た 割 合 は1910 年 が 高 い 一 見 1920 年 に 引 上 類 漢 字 語 の 割 合 が 一 番 高 いよ うに 見 えるが 実 は1910 年 に 新 たに 登 場 した 単 語 の 割 合 が 高 い これは 引 上 類 漢 字 語 が19 10 年 を 前 後 に 広 まった 可 能 性 を 示 唆 する 年 度 を 重 ねていくと 記 事 のテーマが 経 済 や 社 会 関 係 広 告 などの 特 定 分 野 の 記 事 に 出 る 5 - 百 分 率 = と を 合 わせた 数 対 照 年 度 新 聞 から 取 り 出 した 漢 字 語 の 全 体 ことなり 語 数 x 100=(%) 6 1950 年 は 引 上 類 漢 字 語 見 られなかった 当 時 朝 鮮 戦 争 が 起 ったために 戦 争 の 成 り 行 きや 軍 関 連 の 記 事 が 圧 倒 的 であったこと 新 聞 の 枚 数 が2 枚 であったこともあり 引 上 類 漢 字 語 が 登 場 しなかったと 思 われる 86
日 本 語 複 合 動 詞 の 韓 国 語 化 ことが 多 いようである また 取 扱 引 上 貸 出 引 下 引 受 割 引 など100 年 間 ずっと 新 聞 で 見 られる 語 も 現 れる 10 年 おきにしか 見 ていないため 断 定 は 難 しいが 引 上 類 漢 字 語 の 使 われる 文 脈 が 定 められていくように 思 われる 引 上 類 語 数 は 1900 年 から1910 年 の 間 急 激 な 増 加 をみせている 3.2 調 査 2 1898 年 から1910 年 までの 複 合 動 詞 の 推 移 調 査 1では 10 年 前 と 比 べて 引 上 類 漢 字 語 が 大 幅 に 増 加 するのは1910 年 である 少 なく ともこの 時 期 を 前 後 にこれらの 語 が 韓 国 に 移 入 され 知 識 人 によって 発 行 される 新 聞 に 出 ることで 新 聞 の 読 者 が 引 上 類 漢 字 語 を 知 るようになった ということを 裏 付 けると 思 わ れる 1910 年 は 朝 鮮 が 日 本 の 植 民 地 になって 韓 国 では 社 会 的 に 日 本 からの 影 響 に 関 して 大 きな 変 化 が 起 きた 年 である 調 査 1で 1890 年 と1900 年 に 登 場 した 単 語 数 に 比 べて1910 年 に 急 激 に 増 加 していることもその 歴 史 的 な 事 実 と 無 関 係 ではないであろう 1900 年 から1910 年 の 間 に 引 上 類 漢 字 語 に 関 する 人 々の 認 識 と 言 語 生 活 における 引 上 類 漢 字 の 位 置 づけに ある 種 の 変 化 が 起 きたのだと 思 われる しかし 調 査 1だけでは1900 年 と1910 年 の 間 の 推 移 について 詳 しく 特 定 することができな い 調 査 2では 引 上 類 漢 字 語 が 現 れたもっと 正 確 な 時 期 を 知 るために 1910 年 度 の 単 語 の 急 激 な 増 加 に 注 目 して 調 査 1の 再 調 査 を 行 った この 調 査 では 単 語 が 出 現 した 時 期 を より 正 確 に 特 定 するために 半 年 ごとに 新 聞 1 紙 を 用 い 10 月 12 日 と4 月 12 日 を 基 準 とした 古 文 書 であるため 遺 失 した 日 付 の 新 聞 があること 当 時 の 韓 国 の 社 会 的 な 状 況 で 新 聞 の 発 行 と 廃 刊 が 頻 繁 にあったこともあり 4 月 12 日 と10 月 12 日 の 新 聞 を 見 つけられない 場 合 基 準 から 一 番 近 い 日 付 に 存 在 する 新 聞 を 使 用 した 複 合 動 詞 の 二 字 漢 字 と 韓 国 新 聞 の 現 れる 引 上 類 漢 字 語 が 一 致 しても 偶 然 形 態 が 一 致 し ているだけで 複 合 動 詞 から 韓 国 に 伝 わったとは 考 えにくく それ 以 前 から 使 われてきたも のがある 可 能 性 もある そのようなものが 資 料 に 入 っているかを 知 るために 韓 国 の 古 文 に 書 かれた 単 語 を 検 索 できる 韓 国 歴 史 情 報 統 合 システム 7 の 検 索 シソーラスに 新 聞 か ら 取 り 出 した 単 語 を 入 れ 1800 年 以 前 の 文 献 に 引 上 類 漢 字 語 が 載 っているかを 調 べた 18 00 年 前 の 文 献 に 書 かれた 単 語 は 日 本 から 漢 字 語 が 韓 国 に 移 入 され 始 めた20 世 紀 前 後 より 前 から 使 われたものだと 考 え 複 合 動 詞 から 移 入 された 可 能 性 は 低 いと 判 断 した 従 ってシ ソーラスに 検 索 されたものは 表 の 述 べ 数 の 他 に 分 けて 表 示 した 3.2.1 漢 城 旬 報 + 漢 城 周 報 での 現 れ 方 漢 城 旬 報 と 漢 城 周 報 は 全 文 が 漢 字 で 書 かれた 韓 国 で 最 初 に 発 行 された 近 代 新 7 韓 国 歴 史 の 古 文 献 がデータベース 化 され シソーラス 検 索 ができるようになっているサイト 87
一 橋 日 本 語 教 育 研 究 2 号 2013 年 聞 である 漢 城 旬 報 は 朝 鮮 の 政 府 により 国 民 に 近 代 的 文 物 を 紹 介 し 国 民 の 啓 蒙 を 図 る と 共 に 国 内 や 国 外 情 勢 を 知 らせるために 発 行 された 新 聞 である 1883 年 10 月 1 日 から188 4 年 12 月 まで 政 府 の 統 理 衙 門 (1882 年 設 置 された 朝 鮮 後 期 の 外 務 担 当 の 行 政 機 関 ) 博 文 局 で 月 3 回 発 行 された 甲 申 政 変 (1884)により 博 文 局 (1883 年 に 設 立 された 朝 鮮 後 期 の 出 版 機 関 )が 破 壊 されて 印 刷 する 施 設 が 機 能 を 失 ったため 廃 刊 されたが 後 に 施 設 が 再 整 備 されて1886 年 1 月 25 日 から 漢 城 周 報 として 発 行 が 再 開 された 漢 城 周 報 は 週 1 回 発 行 されたが1888 年 7 月 7 日 博 文 局 が 廃 止 されたため 廃 刊 された 現 在 のような 日 刊 新 聞 では なく 冊 子 形 式 であるをしていること 朝 鮮 政 府 の 動 向 を 国 民 に 知 らせるという 目 的 も 持 っ ていた 官 報 であったことから 両 新 聞 は 同 じ 種 類 のものと 見 たほうがよいと 考 え 同 時 に 調 べた 官 報 という 性 格 上 この 新 聞 の 載 った 単 語 は 官 僚 層 のなかで 容 認 されて 使 われて いたことと 思 われる 以 下 は 日 本 語 複 合 動 詞 と 漢 字 二 字 が 一 致 する 韓 国 漢 字 語 の 有 無 を 調 べた 結 果 である 表 3 漢 城 旬 報 と 漢 城 周 報 に 現 れた 引 上 類 漢 字 語 発 行 日 付 のべ 数 ことばの 種 類 1800 以 前 旬 報 1883.10.31 0 1883.12.9 0 買 入 1884.4.16 0 掘 出 1884.10.9 0 書 出 周 報 1886.4.26 0 突 入 奪 取 1886.10.11 0 1887.4.11 0 1887.8.1 0 1888.1.23 0 受 取 1888.2.6 1 貸 付 表 3では 1883 年 10 月 31 日 から1887 年 まで 日 本 語 複 合 動 詞 から 入 ったと 思 われる 語 は 現 れていない 1888 年 2 月 6 日 に 出 ている 貸 付 は 確 かに 漢 城 周 報 8 頁 に 登 場 するが 韓 国 の 情 勢 について 述 べた 記 事 ではなく 東 京 図 書 館 で 人 々が 借 りる 本 の 種 類 と 借 りて いる 人 数 を 日 本 の 文 部 省 が 調 査 したこと について 記 事 で 述 べているので 貸 付 が 当 時 韓 国 社 会 に 完 全 に 定 着 して 使 われていたのかどうかは 不 明 である 貸 付 は 韓 英 字 典 (1911)に 登 録 されていないことからすると 漢 城 周 報 に 一 度 載 っただけで 民 衆 には 広 がっていなかったことばである 可 能 性 もあるが 新 聞 に 書 かれているため 述 べ 数 を1と した 1888 年 に 貸 付 が 現 れるが 全 体 的 に 引 上 類 漢 字 語 はほとんど 登 場 しない 複 合 動 詞 と 88
日 本 語 複 合 動 詞 の 韓 国 語 化 同 じ 漢 字 語 が 若 干 出 てくるが シソーラス 検 索 で1800 年 前 に 使 われた 語 が 出 てくるので 日 本 から 単 語 が 移 入 され 始 めた 時 期 より 以 前 から 単 語 が 使 われてきたことがわかる これ らは 日 本 から 直 接 移 入 されたものというより 中 国 から 伝 わった 語 である 可 能 性 がある 当 時 はまだ 複 合 動 詞 が 韓 国 語 語 彙 体 系 に 与 えた 影 響 はそこまで 大 きくはない 時 期 であった と 思 われる 3.2.2 皇 城 新 聞 皇 城 新 聞 は1898 年 9 月 5 日 に 創 刊 され1910 年 8 月 29 日 韓 国 が 日 本 の 植 民 地 になったあ と 朝 鮮 総 督 府 により 強 制 的 に 韓 城 新 聞 に 変 えられながらも 発 行 を 続 けるが 9 月 14 日 に 廃 刊 した 新 聞 である 日 刊 新 聞 であり 列 強 が 韓 国 に 押 し 寄 せてくる 大 変 な 状 況 下 国 民 に 国 内 の 情 勢 を 知 らせ 啓 蒙 する 目 的 で 刊 行 された 文 は 主 に 漢 字 を 中 心 とし 漢 字 の かたわらに 付 けてその 文 法 的 関 係 を 示 すためにハングルを 併 用 しているのが 特 徴 である 漢 学 の 知 識 層 から 支 持 された 帝 国 新 聞 と 共 に1898 年 から1910 年 まで 長 い 間 国 民 に 民 族 的 意 識 を 強 く 訴 える 一 方 文 明 開 化 の 先 駆 者 として 多 大 に 貢 献 した 新 聞 である 1898 年 から1910 年 の 間 1 年 に2 誌 ずつ 単 語 を 取 り 出 した 帝 國 新 聞 は1898 年 8 月 10 日 発 行 を 始 め 1910 年 8 月 2 日 廃 刊 された 皇 城 新 聞 と ともに 朝 鮮 末 期 の 代 表 的 な 民 族 主 義 の 民 間 新 聞 である 19 世 紀 末 当 時 にまだ 前 近 代 的 な 生 活 慣 習 と 思 考 に 止 まっていた 民 衆 を 啓 蒙 し 外 国 に 対 抗 できる 民 族 精 神 を 唱 えるには 新 聞 の 役 割 が 重 大 であるという 考 えから 中 流 階 層 から 下 の 民 衆 までを 対 象 に 創 られた 皇 城 新 聞 と 同 じく 日 刊 新 聞 でありハングルだけで 書 かれたハングル 新 聞 である 1 年 2 紙 10 月 12 日 4 月 12 日 を 中 心 に 調 査 した 帝 國 新 聞 はソウル 大 学 校 図 書 館 に 所 蔵 されているが 現 在 古 文 書 整 備 中 であるため 1902 年 8 月 分 までしか 観 覧 することができない そのため 帝 國 新 聞 の1902 年 に 継 いで 大 韓 毎 日 申 報 から 単 語 を 取 り 出 した 大 韓 毎 日 申 報 を 資 料 として 使 用 した 理 由 は 帝 國 新 聞 と 同 じくハングルで 書 かれている 新 聞 でありハングル 新 聞 のなかで 比 較 的 発 行 された 期 間 が 長 いこと 皇 城 新 聞 とほぼ 同 じ 時 期 に 新 聞 が 廃 刊 されたこと 国 民 の 近 代 的 知 識 を 広 めて 世 界 各 国 の 進 歩 した 文 化 を 導 入 することで 国 難 を 打 開 する 方 法 を 探 る など その 性 格 が 一 致 するからである まず 皇 城 新 聞 から 複 合 動 詞 の 漢 字 と 韓 国 新 聞 の 漢 字 が 一 致 する 単 語 を 取 り 出 した 形 が 一 致 するだけで1800 年 以 前 から 使 用 された 単 語 であるかを 区 別 するために 韓 国 歴 史 情 報 統 合 システムを 使 った 89
一 橋 日 本 語 教 育 研 究 2 号 2013 年 表 4 皇 城 新 聞 に 現 れた 引 上 類 漢 字 語 発 行 日 付 述 べ 記 事 広 告 ことばの 種 類 1300-1800 1898.9.12 1 1 0 買 入 書 下 1898.10.12 0 0 0 1899.4.12 0 0 0 1899.10.12 1 1 0 借 受 1900.4.12 0 0 0 1900.10.12 4 4 0 見 習 (3) 突 出 1901.4.12. 0 0 0 押 上 突 入 1901.10.12 0 0 0 見 失 (2) 差 出 1902.4.12 1 1 0 引 下 突 出 引 延 1902.10.11 0 0 0 差 出 1903.4.11 0 0 0 売 買 売 買 (2) 見 失 (2) 1903.10.12 3 1 2 請 負 買 入 雇 入 買 去 1904.4.12 0 0 0 1904.10.12 0 0 0 奪 取 1905.4.12 0 0 0 見 失 1905.10.12 3 2 1 浮 上 (2) 貸 出 見 失 押 上 (2) 1906.4.12 5 2 3 引 継 (2) 取 扱 割 引 (2) 積 立 1906.10.12 7 1 6 買 入 貸 出 (2) 割 引 (3) 組 合 見 失 押 上 突 出 積 1907.4.12 3 0 3 割 引 (3) 立 差 出 書 出 積 1907.10.1 5 1 4 取 扱 組 合 (2) 貸 付 割 引 立 買 上 繰 入 (4) 組 合 割 引 (3) 買 入 る 取 1908.4.12 10 5 5 扱 1908.10.11 3 1 2 貸 付 (2) 取 締 1909.4.11 7 4 3 取 扱 (2) 取 下 引 換 組 合 貸 下 買 受 1909.10.12 3 1 2 取 締 引 換 (2) 突 出 買 入 組 合 売 渡 (2) 割 引 (2) 引 換 (3) 1910.4.12 10 2 8 買 受 奪 取 1910.9.14 13 4 9 取 扱 据 置 取 締 割 引 (6) 引 換 (2) 振 替 突 入 積 立 90
日 本 語 複 合 動 詞 の 韓 国 語 化 表 4では 1905 年 以 前 と 以 後 の 引 上 類 漢 字 語 の 在 り 方 が 分 かる 1898 年 から1904 年 の 間 は 1898 年 1899 年 1900 年 1902 年 1903 年 の5 回 しか 引 上 類 漢 字 語 が 現 れていない 単 語 が 現 れた 時 期 も 一 定 ではなく その 数 も 少 ない しかし1905 年 からはずっと 引 上 類 漢 字 語 が 見 られ その 種 類 も 豊 富 になっている 引 上 類 漢 字 語 は 広 告 特 に 商 売 売 買 関 連 が 数 多 く 見 られる 主 に 銀 行 などの 広 告 が 高 い 割 合 を 占 めている 1905 年 は 日 本 資 本 の 広 告 1906 年 韓 国 人 資 本 で 建 てられた 大 韓 天 一 銀 行 の 広 告 1906 年 郵 便 局 の 出 資 1907 年 漢 城 銀 行 債 券 株 式 売 買 所 合 資 商 会 1910 年 第 一 銀 行 などである これらのほとんどは 決 まった 単 語 がセットになることが 多 い そ の 種 類 は 引 換 - 代 金 小 包 振 替 貯 蓄 口 座 割 引 郵 便 取 扱 である こ のように 引 上 類 漢 字 語 は 記 事 より 広 告 のほうによくみられる また 当 時 漢 字 で 書 かれた 日 本 語 は それが 訓 読 みであっても 平 仮 名 の 発 音 そのままでは なく 韓 国 漢 字 音 として 発 音 されたことが 新 聞 の 例 でわかる 8 これをみると 日 本 の 地 名 を 韓 国 語 の 音 読 みのまま 読 んでいたことは 明 確 であり 当 時 すでに 韓 国 では 日 本 語 の 訓 読 み を 韓 国 漢 字 音 に 化 して 読 んでいたと 推 定 できる 複 合 動 詞 も 当 時 韓 国 漢 字 音 として 呼 ばれ ていた 可 能 性 が 高 い 3.2.3 帝 國 新 聞 ( 大 韓 毎 日 申 報 ) 次 はハングル 新 聞 である 帝 國 新 聞 と 大 韓 毎 日 申 報 から 年 度 別 に 取 り 出 した 単 語 の 数 を 表 にしたものである 表 6 帝 國 新 聞 と 大 韓 毎 日 申 報 に 現 れた 引 上 類 漢 字 語 のべ 数 記 事 広 告 ことばの 種 類 1300-1800 1898.12.12 0 0 0 1898.8.12 0 0 0 1899.4.12 0 0 0 8 1902 年 の 広 告 대일본동경쥬식회샤촌졍형졔샹회( 大 日 本 東 京 株 式 会 社 村 井 兄 弟 商 会 ) 주 식( 株 式 ) などがその 例 である 1910 年 の 記 事 では 長 崎 가 熊 本 이 佐 賀 가 大 分 이 宮 崎 가 愛 媛 이 福 岡 이 徳 島 가 山 口 가 岡 山 이 鳥 取 가 京 都 가 島 根 이 兵 庫 가 大 阪 이 高 知 가 愛 知 가 千 葉 이 石 川 이 福 山 이 福 井 이 と 書 かれている これらは 日 本 の 地 域 と 韓 国 語 の 助 詞 이(i)/가(ka) の 組 み 合 わせでできている 韓 国 語 はバッチムがある 字 は 이 をバッチムがない 字 は 가 をつけることが 原 則 となっているからである 平 仮 名 読 みだと ナガサキ クマモト などほとんどバッチムがない 発 音 になるため 가 がくるはず だが 韓 国 語 の 原 則 によって 이 もしくは 가 に 分 かれるということから 当 時 は 日 本 か ら 入 った 言 葉 が 音 読 みで 呼 ばれていたことがわかる 91
一 橋 日 本 語 教 育 研 究 2 号 2013 年 1899.10.12 0 0 0 1900.4.12 0 0 0 1900.10.12 0 0 0 1901.4.12 0 0 0 押 上 1901.8.27 0 0 0 1902.8.11 0 0 0 1902.10.11 1 0 1 買 求 1903 1903 1904.8.12 0 0 0 1904.10.12 0 0 0 1905.3.9 0 0 0 1905.1.12 0 0 0 1906 1906 1907.5.23 0 0 0 1907.10.12 0 0 0 1908.4.12 0 0 0 1908.10.11 0 0 0 1909.4.13 1 1 0 組 合 積 立 1909.10.12 1 0 1 割 引 1910.4.12 1 0 1 割 引 突 入 1910.8.17 2 0 2 引 換 2 奪 取 突 入 この 表 では1902 年 に 一 度 引 上 類 漢 字 語 が 現 れるが 1898 年 から1908 年 まで 引 上 類 漢 字 語 が 新 聞 に 現 れない 1909 年 からはずっと 見 られるが その 数 は 少 ない 皇 城 新 聞 の 表 5 と 比 べてみると 語 数 の 差 は 明 らかである 表 5 では1904 年 以 前 も 引 上 類 漢 字 語 が 少 し 見 られ 1905 年 からそれが 大 体 増 加 する 傾 向 を 見 せている 引 上 類 漢 字 語 の 種 類 も 多 様 であるに 対 して 表 3 は 同 じ 韓 国 の 新 聞 であるにもかかわらず 単 語 が 持 続 的 にみられる 時 期 が 表 5 より 遅 く 単 語 自 体 も 少 ない 帝 国 新 聞 でも 皇 城 新 聞 と 同 じく 日 本 語 の 音 読 みが 見 られる 9 9 1899 年 일본대판( 日 本 大 阪 ) 1900 年 일본의유명한소림의원( 日 本 の 有 名 な 小 林 医 院 ) 1909 年 이동공작( 伊 藤 侯 爵 ) 1910 年 군마현긔옥현천엽현신내현정강현자성현삼 중현궁성현북도현추전현( 日 本 の 県 名 ) 韓 国 漢 字 音 そのままになっている 92
日 本 語 複 合 動 詞 の 韓 国 語 化 4.まとめ 調 査 結 果 から 分 かることは 以 下 の2 点 である 第 一 に 日 本 から 伝 わったとされる 漢 字 語 は 早 ければ1880 年 代 の 文 献 に 登 場 しているが 引 上 類 漢 字 語 はそれより 遅 れて 韓 国 に 移 入 され 実 際 多 数 の 人 に 使 われるようになったの は1905 年 前 後 だと 思 われる 皇 城 新 聞 の 調 査 では 1898 年 から1905 年 まで 引 上 類 漢 字 語 が 若 干 みられるもののその 数 は 一 年 に 一 つあるかどうかである 1905 年 から1910 年 まで はその 数 も 増 え 種 類 も 多 彩 である 1900 年 代 初 めごろは 韓 国 に 入 ったもののまだ 新 聞 に のるほど 広 まってはいなかったと 思 われる 1905 年 からは 漏 れずに 新 聞 に 登 場 しているの を 見 ると 少 なくとも 新 聞 の 読 者 層 には 引 上 類 漢 字 語 がよく 使 うことばとして 理 解 されて いたようである 第 二 に 第 一 で 言 っている 多 数 の 人 は 新 聞 が 読 める 読 者 層 であり 民 衆 のなかで 使 われ るようになったのは 皇 城 新 聞 で 引 上 類 漢 字 語 が 現 れた 時 期 より 遅 れている 可 能 性 が 高 い 帝 國 新 聞 大 韓 毎 日 申 報 には1898 年 から1908 年 までは 引 上 類 漢 字 語 がほ とんど 見 られない その 推 移 は 皇 城 新 聞 の 調 査 結 果 と 比 較 すると 明 らかである 15 10 5 皇 城 新 聞 帝 國 新 聞 0 1898189919001901190219031904190519061907190819091910 図 1 1898 年 から1910 年 まで 各 新 聞 に 現 れた 引 上 漢 字 語 の 数 の 変 化 1909 年 と1910 年 は 引 上 類 漢 字 語 が 現 れるが 数 が 少 ない 帝 國 新 聞 と 大 韓 毎 日 申 報 の 主 な 読 み 手 が 漢 字 がよくわからないハングルが 読 める 民 衆 であったことを 考 えると 引 上 類 漢 字 語 は 最 初 に 漢 字 の 読 み 書 きができる 人 によって 伝 わり 漢 字 がわからない 民 衆 に 徐 々に 浸 透 していく 段 階 性 を 含 んでいたと 思 われる 今 回 の 調 査 によって 他 の 韓 国 漢 字 語 より 遅 れた1900 年 代 後 半 に 引 上 類 漢 字 語 が 韓 国 に 定 着 したと 見 られる 結 果 が 出 たこと 引 上 類 漢 字 語 が 定 着 する 過 程 で 階 層 による 段 階 性 が 見 られることがわかった しかし 資 料 が 新 聞 に 限 定 された 点 新 聞 の 数 が1 年 に2 日 分 であった 点 からすると 今 回 の 調 査 結 果 はあくまでも 時 期 特 定 の 試 みとして ある 傾 向 を 示 すものであり より 膨 大 な 量 の 資 料 を 用 いた 調 査 が 必 要 である それは 今 後 の 課 題 としたい 93
一 橋 日 本 語 教 育 研 究 2 号 2013 年 参 考 文 献 崔 景 玉 (2003) 開 化 期 外 來 飜 譯 漢 字 語 의 受 容 : 은세계 (1906)를 중심으로 日 本 學 報 Vol.55 No.1 김지연(2011) 대한제국관보( 大 韓 帝 國 官 報 )에 나타나는 일본어 어휘와 그 수용실태에 대하여= 日 本 語 學, 日 本 語 教 育 學 篇 : 大 韓 帝 國 官 報 に 現 れる 日 本 語 語 彙 とその 受 容 方 法 につい て 日 語 日 文 學 이응호(1975) 개화기의 한글운동사 성청사 沈 在 基 (1982) 국어어휘론 집문당 (1989) 漢 字 語 受 容 에 關 한 通 時 的 研 究 국어학 Vol.18 No.- 宋 敏 (1988) 국어에 대한 일본어의 간섭 국어생활 Vol.-No.14 (1998b) 開 化 初 期 의 新 生 漢 字 語 受 容 語 文 學 論 叢 Vol.18 No.- 韓 国 歴 史 情 報 統 合 システムサイトhttp://www.koreanhistory.or.kr J.S.Gale(1911) 韓 英 字 典 耶 穌 教 書 会 国 立 国 語 院 編 (2000) 標 準 国 語 大 辞 典 東 亜 出 版 社 山 田 忠 雄 ほか(2005) 新 明 解 国 語 辞 典 ( 第 六 版 ) 三 省 堂 漢 城 旬 報 1883.10.31 1883.12.9 1884.4.16 1884.10.9 漢 城 周 報 1886.4.26 1886.10.11 1887.4.11 1887.8.1 1888.1.23 1888.2.6 皇 城 新 聞 1898.9.12 1898.10.12 1899.4.12 1899.10.12 1900.4.12 1900.10.4 1900.10.12 1901.4.12 1901.10.12 1902.4.12 1902.10.11 1902.4.11 1903.4.11 1903.10.12 1904.4.12 1904.10.12 1905.4.12 1905.10.12 1906.4.12 1906.10.12 1907.4.12 1907.10.1 1908.4.12 1908.10.11 1909.4.11 1909.10.12 1910.4.12 1910.9.14 帝 國 新 聞 1898.8.12 1898.12.12 1899.4.12 1899.10.12 1900.4.12 1900.10.12 1901.4.12 1901.8.27 1902.8.11 1902.10.11 大 韓 毎 日 申 報 1904.8.12 1904.10.12 1905.1.12 1905.3.9 1907.5.23 1907.10.12 1908.4.12 1908.10.11 1909.4.13 1909.10.12 1910.4.12 1910.8.17 毎 日 申 報 1910.10.2 1920.10.2 1930.10.2 1940.10.2 東 亜 日 報 1950.10.2 1960.10.2 1970.10.2 1980.10.2 1990.10.2 2000.10.2 2010.10.2 94