ピロリ 菌 と 胃 がん 荒 木 産 婦 人 科 肛 門 科 荒 木 常 男 2014 年 12 月 31 日 作 成 目 次 1. 日 本 人 の 男 女 別 胃 がん 罹 患 数 死 亡 数 と 年 齢 階 級 別 罹 患 率 死 亡 率 推 移 2. 胃 がんの 主 たる 原 因 はピロリ 菌 感 染 による 慢 性 胃 炎 です 3.ピロリ 菌 感 染 が 小 児 期 からずっとない 成 人 はほとんど 胃 がんになりません 4.ピロリ 菌 感 染 は 少 量 の 便 で 簡 単 に 検 査 できます 5.ピロリ 菌 感 染 が 便 の 検 査 で 確 認 された 方 は 胃 内 視 鏡 検 査 をうけましょう ( 早 期 胃 がんの 有 無 とピロリ 菌 抗 生 剤 感 受 性 を 調 べます) 6.ピロリ 菌 の 除 菌 を 行 えば 早 期 胃 がんになる 危 険 性 が3 分 の 1 に 減 少 しますが 皆 無 にはなりません 7.ピロリ 菌 除 菌 をした 後 でも 毎 年 胃 内 視 鏡 検 査 をうけて 健 康 管 理 しましょう 8. 中 学 生 高 校 生 へのピロリ 菌 感 染 検 査 ならびにその 感 染 者 の 除 菌 により 将 来 日 本 の 胃 がんは 減 少 します 1. 日 本 人 の 男 女 別 胃 がん 罹 患 数 死 亡 数 と 年 齢 階 級 別 死 亡 率 推 移 日 本 人 の 胃 がん 罹 患 数 は 毎 年 減 少 していますが 以 下 の 図 1 のごとく 依 然 多 数 で 2010 年 は 女 性 では 39,002 人 で 乳 がん(68,071 人 ) 大 腸 がん(50,924 人 )についで 第 3 位 です 図 1. 男 女 別 がん 罹 患 数 ( 出 典 : 国 立 がん 研 究 センターがん 対 策 情 報 センター:2014 年 3 月 ) また 死 亡 数 は 以 下 の 図 2のごとく 2013 年 は 女 性 では 16,654 人 で 大 腸 がん(21,846 人 ) 肺 がん (20,680 人 )に 次 いで 第 3 位 です 1
図 2. 男 女 別 部 位 別 がん 死 亡 数 図 3. 胃 がんの 年 齢 階 級 別 がん 罹 患 率 推 移 ( 国 立 がん 研 究 センターがん 情 報 サービス) 男 女 ともに 60 歳 以 降 に 罹 患 率 が 上 がっており 女 性 は 30 年 前 と 比 べ 減 少 傾 向 にありますが 男 性 はピーク 年 齢 がずれただけで 罹 患 率 については 横 ばいです 2
図 4. 胃 がんの 年 齢 階 級 別 がん 死 亡 率 推 移 ( 国 立 がん 研 究 センターがん 情 報 サービス) 胃 がんの 死 亡 率 については 男 女 ともに 減 少 傾 向 にあります これは 胃 がん 検 診 などでがんを 早 期 発 見 早 期 治 療 することで 完 治 するケースが 増 えたことや 医 療 技 術 の 進 歩 により 治 療 成 績 が 上 がった 事 が 影 響 していると 考 えられます 2. 胃 がんの 主 たる 原 因 はピロリ 菌 感 染 による 慢 性 胃 炎 です 3.ピロリ 菌 感 染 が 小 児 期 からずっとない 成 人 はほとんど 胃 がんになりません このように 日 本 人 にとって 重 大 な 胃 がんについては 胃 がんの 主 たる 原 因 はピロリ 菌 感 染 による 慢 性 胃 炎 であ る との 医 学 的 見 解 が 日 本 人 を 含 めた 研 究 者 の 努 力 により 証 明 されました すなわち 以 下 の 図 5 に 示 すよう に 上 村 らの2001 年 の 発 表 によると 胃 潰 瘍 十 二 指 腸 潰 瘍 胃 炎 などの 患 者 さんを 対 象 とした 調 査 では 10 年 間 で 胃 がんになった 人 の 割 合 は ピロリ 菌 感 染 のない 群 では 0%(0 人 /280 人 )で ピロリ 菌 感 染 のあ る 群 では 2.9%(36 人 /1246 人 )でした また 結 論 として 胃 がんはピロリ 菌 感 染 者 に 発 生 するが 非 感 染 者 には 発 生 しない 感 染 者 の 中 では 高 度 の 胃 粘 膜 萎 縮 体 部 優 勢 の 胃 炎 及 び 腸 上 皮 化 生 の 組 織 学 的 所 見 が 認 めら れた 患 者 で 胃 がんのリスクが 上 昇 している 非 潰 瘍 性 消 化 不 良 胃 潰 瘍 あるいは 胃 過 形 成 性 ポリープを 有 する ピロリ 菌 感 染 者 は 胃 がんのリスクが 高 くなっているが 十 二 指 腸 潰 瘍 のピロリ 菌 感 染 者 ではリスクは 高 くない と 述 べています 胃 がんになった 人 の 割 合 が ピロリ 菌 感 染 している 人 は 2.9%でした 図 5.(Uemura N.: N. Engl. J. Med. 345, 784-789, 2001 より 作 図 ) 3
4.ピロリ 菌 感 染 は 少 量 の 便 で 簡 単 に 検 査 できます ピロリ 菌 感 染 の 検 査 方 法 には 以 下 のような 方 法 がありますが 当 院 では 簡 便 性 経 済 性 確 実 性 ( 感 受 性 も 特 異 性 も 高 い 事 )を 考 慮 して 糞 便 中 ピロリ 抗 原 検 査 (ピロリ 菌 特 異 的 カタラーゼ 検 出 法 )を 採 用 しています ピロリ 菌 を 見 つける 検 査 法 内 視 鏡 を 使 わない 方 法 ピロリ 菌 を 見 つける 検 査 には 大 きく 分 けて 内 視 鏡 を 使 わない 方 法 と 内 視 鏡 を 使 う 方 法 があります 内 視 鏡 を 使 わない 検 査 方 法 は 何 より 内 視 鏡 検 査 を 受 けずに 済 むという 大 きなメリットがあります 1) 尿 素 呼 気 試 験 法 診 断 薬 を 服 用 し 服 用 前 後 の 呼 気 を 集 めて 診 断 します 糞 便 中 ピロリ 菌 抗 原 検 査 と 同 様 に 精 度 の 高 い 診 断 法 です 簡 単 に 行 える 方 法 で 感 染 診 断 前 と 除 菌 療 法 後 6 週 以 降 の 除 菌 判 定 検 査 に 使 用 できます 診 断 薬 が 比 較 的 高 価 です 2) 抗 体 測 定 ヒトはピロリ 菌 に 感 染 すると 抵 抗 力 として 菌 に 対 する 抗 体 をつく ります 血 液 中 や 尿 中 などに 存 在 するこの 抗 体 の 有 無 を 調 べる 方 法 です 血 液 や 尿 などを 用 いて その 抗 体 を 測 定 する 方 法 です 偽 陽 性 があります 3) 糞 便 中 抗 原 測 定 糞 便 中 のピロリ 菌 の 抗 原 の 有 無 を 調 べる 方 法 です 精 度 は 優 れてお り また 簡 単 に 行 える 方 法 で 感 染 診 断 前 と 除 菌 療 法 後 6 週 以 降 の 除 菌 判 定 検 査 に 推 奨 されています 廉 価 です 内 視 鏡 を 使 う 方 法 内 視 鏡 検 査 では 胃 炎 や 潰 瘍 などの 病 気 があるかどうかを 直 接 観 察 して 調 べますが それと 同 時 に 胃 粘 膜 を 少 し 採 取 しそれを 使 って 検 査 する 方 法 です ピロリ 菌 の 抗 生 剤 感 受 性 検 査 を 実 施 するには 不 可 欠 です 1) 培 養 法 胃 の 粘 膜 を 採 取 してすりつぶし それをピロリ 菌 の 発 育 環 境 下 で5 7 日 培 養 して 判 定 します 陽 性 の 場 合 ピロリ 菌 の 抗 生 剤 感 受 性 検 査 も 実 施 できます 2) 迅 速 ウレアーゼ 試 験 ピロリ 菌 が 持 っているウレアーゼという 尿 素 を 分 解 する 酵 素 の 活 性 を 利 用 して 調 べる 方 法 です 採 取 した 粘 膜 を 特 殊 な 反 応 液 に 添 加 し 反 応 液 の 色 の 変 化 でピロリ 菌 の 有 無 を 判 定 します 3) 組 織 鏡 検 法 胃 の 粘 膜 の 組 織 標 本 に 特 殊 な 染 色 をしてピロリ 菌 を 顕 微 鏡 で 探 す 組 織 診 断 方 法 です 4
5.ピロリ 菌 感 染 が 便 の 検 査 で 確 認 された 方 は 胃 内 視 鏡 検 査 をうけましょう ( 早 期 胃 がんの 有 無 とピロリ 菌 抗 生 剤 感 受 性 を 調 べます) 糞 便 ピロリ 菌 抗 原 陽 性 の 方 については 胃 内 視 鏡 検 査 の 目 的 で 協 力 病 院 の 内 視 鏡 科 を 紹 介 します 挿 入 方 法 には 経 鼻 挿 入 と 経 口 挿 入 とがあります ご 希 望 と 状 態 に 応 じて 選 択 しています 所 要 時 間 は20 分 から30 分 で す この 検 査 の 目 的 は 早 期 胃 がんの 有 無 の 確 認 と 抗 生 剤 感 受 性 検 査 の 為 のピロリ 菌 採 取 です ピロリ 菌 採 取 培 養 による 抗 生 剤 感 受 性 の 実 施 は 当 院 の 特 徴 でこの 結 果 に 従 って 除 菌 抗 生 剤 を 選 択 しています 対 象 抗 生 剤 は クラリスロマイシン ミノマイシン アモキシシリン メトロニダゾール シタフロキサシンの5 種 です 抗 生 剤 の 感 受 性 検 査 の 結 果 は 胃 内 視 鏡 検 査 実 施 の 日 から 約 一 か 月 後 に 当 院 に 報 告 されます それに 報 告 されている 5 種 それぞれの MIC( 最 少 発 育 阻 止 濃 度 )に 基 づき 次 の 表 1.の 判 定 表 を 用 いて 患 者 さんの 状 態 も 考 慮 して 使 用 薬 剤 を 決 定 します AMPC(アモキシシリン)については 臨 床 的 に 除 菌 可 能 な 菌 株 の 測 定 MIC(μg/ml)は その 血 中 濃 度 半 減 期 が 約 1 時 間 と 極 めて 短 いことなどから 最 高 血 中 濃 度 :Cmax(μg/ml)の 値 (4.5)では 除 菌 不 可 で 経 験 的 に 表 のように 0.06 以 下 の MIC が 必 要 です 内 服 終 了 後 6 週 間 以 上 過 ぎてから 再 び 糞 便 ピロリ 菌 抗 原 検 査 を 行 い 除 菌 されたことを 確 認 します 除 菌 が 確 認 された 方 は その 後 再 感 染 することは ほとんどありません 表 1.ピロリ 菌 除 菌 薬 感 受 性 判 定 表 薬 剤 名 薬 剤 名 一 回 B. 最 C. 血 清 B C 最 高 血 血 中 濃 血 中 尿 中 未 臨 床 的 Ca,Ma, 患 者 のピロ 略 号 投 与 高 血 蛋 白 非 中 濃 度 度 半 減 濃 度 変 化 体 に 除 菌 Al,Fe リ 菌 の MIC 量 mg 中 濃 結 合 率 到 達 時 時 間 下 面 排 泄 率 可 能 なの 併 (μg/ml) 度 : 間 : ( h r ) 積 (μ24 時 菌 株 の用 Cmax Tmax(h T 1/2 g 間 後 測 定 ( μg r) hr/ml) (%) MIC(μg /ml) : AUC 0-24hr /ml) CAM クラリスロマイシン 200 0.47 0.3 0.14 1.78 3.18 2.9 * <=0.14 不 可 MINO ミノマイシン 100 1.44 0.3 0.42 1.8 9.2 12.97 主 に 胆 <=0.42 不 可 汁 排 泄 AMPC アモキシシリン 750 5.68 0.8 4.5 4.2 1.15 27 * <=0.06 可 能 AMPC 1000 10.05 0.8 8.04 1.67 1 29.04 * <=0.06 可 能 MNZ メトロニダゾール 250 3.7 0.8 2.96 2 6 44 10~20 <=2.96 可 能 STFX シタフロキサシン 50 0.51 0.5 0.26 1.2 6.2 2.62 70 <=0.26 不 可 STFX 100 1 0.5 0.5 1.2 5.7 5.55 70 <=0.5 不 可 5
6.ピロリ 菌 の 除 菌 を 行 えば 早 期 胃 がんになる 危 険 性 が3 分 の 1 に 減 少 しますが 皆 無 にはなりま せん 7.(ですから)ピロリ 菌 除 菌 をした 後 でも 毎 年 胃 内 視 鏡 検 査 をうけて 健 康 管 理 しましょう 胃 内 視 鏡 検 査 で 早 期 胃 がんを 認 めず ピロリ 菌 除 菌 が 成 功 したら もう 胃 がんにならないのではないかと 期 待 さ れるところですが 残 念 ながら 除 菌 成 功 後 の 早 期 胃 がんの 発 生 は 実 在 します 特 に 先 の 上 村 らの 報 告 の 結 論 に 述 べられているように 感 染 者 の 中 では 高 度 の 胃 粘 膜 萎 縮 体 部 優 勢 の 胃 炎 及 び 腸 上 皮 化 生 の 組 織 学 的 所 見 が 認 められた 患 者 で 胃 がんのリスクが 上 昇 しています 除 菌 成 功 後 の 胃 がんの 発 生 の 予 防 効 果 については 以 下 の 報 告 が 参 考 になります すなわち 以 下 の 図 6.に 示 す ように 早 期 胃 がん 治 療 後 ピロリ 菌 を 除 菌 することで 非 除 菌 群 では 24/250(9.6%)の 再 発 数 に 対 して 除 菌 群 では 9/255(3.5%)の 再 発 数 で 新 しい 胃 がんの 発 生 率 を 3 分 の 1 に 抑 えることができました 図 6.(Fukase K.: Lancet 372, 392-397, 2008 より 作 図 ) 早 期 胃 がん 治 療 後 ピロリ 菌 を 除 菌 することで 新 しい 胃 がんの 発 生 率 を 3 分 の 1 に 抑 えることができました 8. 中 学 生 高 校 生 へのピロリ 菌 感 染 検 査 ならびにその 感 染 者 の 除 菌 により 将 来 日 本 の 胃 がんは 減 少 します 既 に 日 本 の 未 成 年 者 のピロリ 菌 感 染 率 は 減 少 しているので ( 長 野 県 の 高 校 生 の 尿 中 抗 ピロリ 抗 体 検 査 で 感 染 率 は 116/2641 4.4%)( 文 献 1) 日 本 の 胃 がんの 罹 患 率 も 死 亡 数 も 減 少 に 向 っていますが さらに 完 全 撲 滅 の 運 動 が 行 われ 始 めました すなわち 中 学 生 ないし 高 校 生 にピロリ 菌 感 染 の 有 無 の 検 査 を 行 い 感 染 者 に 対 し て 除 菌 を 行 うという 人 口 全 体 に 対 する 保 健 活 動 です 胃 内 視 鏡 検 査 の 適 用 については 検 討 の 要 するところですが いずれにせよ こうした 方 法 により 日 本 人 の 胃 がん 発 生 率 は 一 層 減 少 していくはずです 文 献 1. 赤 松 泰 次 ほか:ヘリコバクター ピロリ 感 染 症 の 学 校 検 診 への 導 入 高 校 生 を 対 象 としたヘリコバクタ ー ピロリ 検 診 と 除 菌 日 本 ヘリコバクター 学 会 誌 16:11-16,2014 6