第 十 三 講 聖 書 外 典 と 女 性 聖 人 テクラ 主 旨 : 古 代 末 期 における 古 代 的 規 範 の 崩 壊 男 性 からの 女 性 の 自 立 女 性 自 身 が 自 らの 語 りと 聖 人 聖 地 を 持 つ 女 性 の 世 界 の 広 いネットワークの 存 在 :エゲリアの 例 物 語 パターンの 規 則 性 (1) 男 性 原 理 ( 結 婚 性 交 )の 拒 否 男 性 ( 母 親 )の 怒 りを 招 く (2) 女 性 の 自 立 と 奇 跡 ( 雌 ライオンがテクラを 守 り 雷 と 人 食 い アザラシの 死 ) 研 究 史 (1)ヘレニズム ロマンスに 属 する (2) 民 間 伝 承 が 起 源 ヘレニズム ロマンスも 外 典 もともに 民 間 伝 承 に 話 の 種 を 得 ている その 背 景 にこのような 民 間 伝 承 を 支 え る 家 族 集 団 が 存 在 しており 女 性 の 語 りの 場 が 存 在 していた (3)キリスト 教 の 台 頭 は 古 代 社 会 を 変 貌 させてはいない 変 化 した のはレトリックと 解 釈 聞 く 者 としての ヒロイン の 存 在 足 立 さんの 結 論 古 代 社 会 は 変 化 していた 古 代 社 会 の 規 範 である 市 民 原 理 は 弛 緩 し 女 性 は 男 性 支 配 から 自 立 し 自 らの 世 界 を 形 成 するに 至 っていた 結 論 に 対 する 批 判 (1) 教 会 を 通 じて 男 性 原 理 市 民 的 規 範 の 貫 徹 が 図 られている こ の 古 代 的 原 理 の 崩 壊 と 女 性 原 理 と 非 古 代 的 規 範 の 確 立 を 何 によ って 証 明 するのか 証 明 されていない (2) 外 典 の 舞 台 になっている 東 地 中 海 世 界 では 問 題 にされている 時 代 においては 社 会 の 衰 退 都 市 の 衰 退 は 証 明 されていない 七 世 紀 に 入 るまで 古 代 文 明 を 支 えていた 都 市 は 社 会 的 にも 経 済 的 にも 繁 栄 していた (3)そもそもテクラが 生 きていた 時 代 はパウロと 同 時 代 の 一 世 紀 で あり 古 代 世 界 のまさしく 絶 頂 期 といってよい またテクラ 信 1
仰 は 一 世 紀 以 降 古 代 末 期 まで 継 承 されているということに なるので 古 代 末 期 という 時 代 設 定 に 適 合 しない これのどこ に 古 代 末 期 と 言 いうるのか (4) 外 典 のテーマは 男 性 に 対 する 反 抗 というよりも 性 を 罪 悪 視 しようとする 教 会 の 一 部 の 風 潮 を 反 映 したもの 去 勢 した 修 道 士 が 出 てくるのも 女 装 する 修 道 士 が 出 てくるのも 共 通 の 基 盤 がある そしてこのような 極 端 な 性 に 対 する 理 解 を 教 会 の 多 数 派 は 危 険 視 したのだ (5) 従 って テクラを 含 む 女 性 の 聖 人 や 巡 礼 者 の 物 語 は 女 性 が 語 り 継 いだというよりも 男 性 に 手 によって 書 き 留 められ 女 性 に 対 する 説 教 の 材 料 として 利 用 されたに 過 ぎない はじめに 初 めに の 冒 頭 は 非 常 に 論 理 的 な 構 成 になっている(134) 女 性 聖 人 テクラは 古 代 末 期 の 地 中 海 世 界 において 特 異 な 位 置 を 持 って いる 問 題 提 起 女 性 信 者 の 声 援 を 背 にして 彼 女 を 迫 害 する 男 性 の 差 し 向 ける 野 獣 と 戦 い 自 らに 洗 礼 を 授 ける 物 語 は 各 地 に 伝 えられた 問 題 の 中 味 3 世 紀 の 初 め 北 アフリカの 教 父 テルトゥリアヌスはこれを 女 性 に 洗 礼 と 説 教 を 授 ける 権 利 を 与 えるものとして 断 罪 したが 正 当 教 会 の 立 場 と 問 題 の 時 代 の 確 定 (3 世 紀 ) テクラ 信 仰 は 止 むことなく 拡 大 し 特 に 小 アジア セレウケイアの 彼 女 の 伝 えられる 墓 所 は 聖 地 化 し 地 中 海 各 地 から 巡 礼 を 集 めるに 至 った テクラ 信 仰 の 広 がりとその 中 心 地 続 いて 足 立 氏 のこれまでの 研 究 を 振 り 返 り 古 代 末 期 のセレウケイアにおけ るテクラ 信 仰 の 拡 大 と 発 展 には 古 代 末 期 同 時 代 における 女 性 たちの 積 極 的 な 関 与 が 背 景 にあった と 女 性 が 積 極 的 に 自 分 たちの 聖 人 テクラを 信 仰 す る 運 動 を 主 体 的 に 支 えていたことを 主 張 する 2
古 代 におけるテクラ 伝 説 の 意 義 : 女 性 たちがテクラの 聖 地 に 家 族 からの 逃 げ 場 を 求 めたり 相 互 教 育 を 行 っ ていた (134) 史 料 : パウロとテクラの 行 伝 ( 聖 書 外 典 :2 世 紀 )(135) ジェンダーの 視 点 から(135)= 最 近 の 歴 史 研 究 の 潮 流 の 一 つ 1.テクラ 行 伝 と 聖 書 外 典 のヒロインたち 行 伝 の 物 語 の 概 要 : 第 一 部 : 小 アジアのイコニオンの 裕 福 な 生 まれ(135) 許 婚 の 存 在 :タミュリス 使 徒 パウロの 出 現 パウロの 許 に 居 続 けになる 母 親 の 怒 り テクラを 火 あぶりに 雨 が 降 り 助 かる(136) 類 例 の 指 摘 : 聖 人 に 出 会 うことで 性 交 を 拒 否 夫 の 怒 りと 奇 跡 アグリッピナ ニカリア エウフェミア ドリス( ペテロ 行 伝 ) アンドロニコス ドゥルシアナ( ヨハネ 行 伝 ) マクシミラ( アンデレ 行 伝 ) 少 女 ミュグドニア( トマス 行 伝 ) 第 二 部 : 苦 難 と 奇 跡 : 同 性 の 女 性 の 支 援 アンティオキアで 野 獣 の 刑 女 性 たちの 抗 議 雌 ライオン 人 食 いアザラシ 処 刑 中 止 (137~138) パウロとの 再 会 と 各 地 を 回 り セレウケイアで 没 する(138) 従 来 の 行 伝 の 扱 い=パウロとの 関 連 で 扱 われ 第 二 部 は 軽 視 (138) 各 地 のレリーフはテクラに 迫 る 雄 雌 のライオンが 描 かれる=パウロとの 絡 み よりはテクラが 物 語 の 中 心 2.ヘレニズムのロマンス 化 民 間 伝 承 か (1)ヘレニズム ロマンスとの 類 似 性 エルウィン ロード エルンスト ドプシュ 3
外 典 はヘレニズムのロマンスに 属 し キリスト 教 側 が 巧 みにプロパガンダの ためにその 物 語 の 枠 を 利 用 (138) カリトンの カイレアスとカッリロエ (139) ほかに エフェソス 物 語 ダフニスとクロエ レウキッペとクレイトフ ォン エティオピア 物 語 など(139) いずれも 裕 福 で 美 しく 行 いも 正 しいカップルの 物 語 で 愛 し 合 ってい るのに 多 くの 困 難 から 離 れ 離 れになり 奴 隷 に 売 られるなどするが 最 後 に 再 び 結 ばれて 故 郷 に 戻 るという 話 (139) 恋 愛 を 信 仰 に 置 き 換 えている(139) ローザ=ゼーダーの 説 : ヘレニズムのロマンスも 聖 書 外 典 も ともに 共 通 する 民 間 伝 承 にヒントを 得 て 創 作 (140) 3.フェミニズムと 民 間 伝 承 1980 年 代 のフェミニズム スティーブン=デーヴィス: 教 会 に 保 護 を 求 めていた 寡 婦 たちの 中 でこれら の 物 語 が 生 み 出 された (140) デニス=マクドナルド: 女 性 の 語 りの 場 の 存 在 と 持 続 (141) 外 典 のラディカリズムを 抑 制 し ローマ 帝 国 の 支 配 秩 序 に 擦 り 寄 って 女 性 を 夫 や 家 庭 に 服 従 させ 出 産 と 育 児 を 女 の 仕 事 として 再 認 識 させるために 書 かれたのが 牧 会 書 簡 (141) バラス: 男 性 と 女 性 の 文 化 がはっきりと 分 かれている 所 では 男 性 が 女 性 を 排 除 した 物 語 を 作 るのと 同 様 女 性 だけの 間 で 語 られる 物 語 も 形 成 される (142) 4.ケイト=クーパーの 挑 戦 :ポスト 構 造 主 義 的 解 釈 の 試 み 90 年 代 の 見 直 し(143) デイヴィースやマクドナルドの 研 究 は 時 代 遅 れ(144) 古 代 に 私 的 領 域 と 公 的 領 域 などという 近 代 の 概 念 はなく 私 的 領 域 とは 別 の 形 での 公 的 領 域 であった (144) 近 代 の 画 像 の 過 去 への 投 影 というアナクロニズム(144) 4
結 婚 のモラルへ 傾 斜 する 心 性 は キリスト 教 徒 の 発 明 でなくて 既 に 帝 政 ローマの 最 初 の2 世 紀 に 出 現 していた (144) キリスト 教 の 台 頭 で 変 化 したのは 社 会 構 造 でなく レトリックと 解 釈 の 問 題 においてである (144) ヘレニズム ロマンスも 実 は 男 性 市 民 の 義 務 を 中 心 素 材 として 描 かれて いる 外 典 もこの 文 脈 で 読 むべきであり このローマの 市 民 的 義 務 の 思 想 に 対 決 を 挑 んで 自 らの 優 位 性 を 主 張 せんとする 教 会 の 意 図 が 感 じられ る (145) カイレアスとカッリロエ = 貞 潔 な 結 婚 とそれに 伴 う 出 産 と 子 孫 の 安 泰 外 典 ヒロイン= 市 民 倫 理 を 体 現 するカップルに 使 徒 が 割 り 込 んでくる (145) ヒロインの 役 割 = 聞 く 者 としての 役 割 使 徒 の 優 位 性 を 認 めるもの (145) ヘレニズムの 影 響 重 視 説 ; 民 間 伝 承 や 口 承 に 頼 らず 当 時 の 上 流 市 民 の 文 学 的 傾 向 を 文 字 から 読 んで 知 っており それに 意 図 的 な 攻 撃 をかけられる 人 々 すなわち 教 会 男 性 指 導 層 を 作 者 として 想 定 する それは 帝 政 後 期 において 参 事 会 身 分 にかわって 都 市 行 政 責 任 者 として 乗 り 出 そうとする 教 会 の 姿 勢 を 暗 示 (146) 外 典 の 読 み 手 或 いは 聞 き 手 としての 女 性 (146) 既 婚 女 性 が 結 婚 していた 殉 教 女 性 の 伝 記 を 模 範 として 薦 められていく (146) 教 会 指 導 者 の 狙 い: 過 度 に 影 響 を 及 ぼさない 従 順 というスタイルで 夫 を 神 に 導 くことで 自 らのアイデンティティを 高 めるよう 俗 人 女 性 を 勇 気 付 け ている (147) 5.クーパー 批 判 と 展 望 著 者 の 基 本 的 立 場 は 次 の 言 葉 に 集 約 される: クーパーの 精 巧 なレトリックに 幻 惑 されているだけではいけない (147) クーパー 説 への 疑 問 点 (1): 外 典 女 性 は 本 当 に 聞 き 手 に 留 まってい たのか (147) 5
外 典 行 伝 は 教 会 制 度 化 を 目 指 す 男 性 には 不 都 合 な 要 素 を 含 んでいた (148) クーパー 説 への 疑 問 点 (2): 書 き 手 が 男 性 であったとしても その 元 に なった 話 は 男 性 とは 限 らない(148~149) 著 者 の 結 論 : したがって 口 承 伝 承 と 女 性 のパフォーマンスにテクラ 信 仰 の 起 源 を 求 める 学 説 は 否 定 できない (149) スティーブン=デイヴィースの 新 著 : 考 古 学 調 査 テクラ 信 仰 の 持 続 と 女 性 の 主 体 的 な 関 与 を 再 確 認 (149) おわりに テクラ 行 伝 の 起 源 : 結 論 は 保 留 (149) 女 性 の 巡 礼 記 や 奇 跡 箪 それに 地 中 海 各 地 に 残 る 遺 物 などからは 使 徒 パウロの 伝 承 と 遭 遇 することで 生 み 出 された 外 典 行 伝 は 深 く 広 が るテクラ 信 仰 のごく 一 部 にしか 過 ぎない 女 性 が 作 り 上 げた 伝 承 の 系 譜 が 隠 されているかもしれない (150) 6