博 士 論 文 審 査 及 び 最 終 試 験 の 結 果 審 査 委 員 ( 主 査 ) 村 尾 誠 一 学 位 申 請 者 潘 秀 蓉 論 文 名 周 作 人 と 日 本 古 典 文 学 -その 一 九 二 〇 年 代 の 日 本 古 典 の 翻 訳 をめぐって 結 論 潘 秀 蓉 氏 から 提 出 された 博 士 学 位 請 求 論 文 周 作 人 と 日 本 古 典 文 学 -その 一 九 二 〇 年 代 の 日 本 古 典 の 翻 訳 をめぐって について 論 文 審 査 と 口 述 による 最 終 試 験 の 結 果 審 査 委 員 会 は 全 員 一 致 して 博 士 ( 学 術 )の 学 位 を 授 与 するにふさわしい 研 究 であるとの 結 論 に 達 した なお 審 査 委 員 は 村 尾 誠 一 を 主 査 に 副 査 として 本 学 名 誉 教 授 で 東 京 学 芸 大 学 教 授 沓 掛 良 彦 氏 学 内 の 柴 田 勝 二 氏 川 口 健 一 氏 臼 井 佐 知 子 氏 さらに 審 査 協 力 者 として 中 国 文 学 の 専 門 家 である 本 学 の 小 林 二 男 氏 を 加 え 6 名 で 構 成 された 論 文 の 概 要 周 作 人 は 近 代 中 国 における 文 筆 家 として 高 い 評 価 を 得 ている その 初 期 の 段 階 で 彼 は 日 本 の 古 典 を 精 力 的 に 翻 訳 し 中 国 に 紹 介 している そのことは すでに 注 目 され 彼 の 文 筆 家 としての 成 長 を 考 える 上 でも 大 きな 問 題 であることは 認 識 されていた しかしなが ら 周 作 人 の 研 究 者 が 日 本 古 典 の 翻 訳 についてその 内 実 にまで 踏 み 込 み 論 じることは 全 くといってよいほどされていなかった 潘 氏 の 論 文 はその 問 題 にはじめて 詳 細 な 光 をあて たものであり 周 作 人 の 研 究 の 上 では 画 期 的 な 成 果 である この 研 究 は 誠 実 な 態 度 で 実 証 的 になされたものであり 明 確 には 示 されていない 翻 訳 の 原 典 をつきとめるとともに そ の 翻 訳 において 見 られる 個 性 についても 作 品 によっては 日 本 における 研 究 注 釈 の 成 果 に 拠 っていることを 明 らかにしたものである さらに 翻 訳 された 日 本 の 古 典 が 192 0 年 代 の 中 国 における 社 会 の 近 代 化 を 進 める 言 説 として 機 能 するところを 解 明 したもので ある この 翻 訳 の 作 業 が 周 作 人 の 文 筆 家 としての 自 己 形 成 にどのように 関 わったのかも 明 らかにしている こうした 作 業 を 通 じて 周 作 人 の 翻 訳 を 支 えた 同 時 代 の 日 本 における 国 文 学 研 究 のあり 方 をも 照 らし 出 す 結 果 ともなった 一 見 地 味 な 論 文 だが その 成 果 は 豊 穣 なものがある 以 下 この 論 文 を 形 成 する 各 章 の 内 容 を 簡 単 に 辿 る 序 章 は 周 作 人 の 紹 介 に 始 まり 研 究 の 現 状 を 述 べ 本 格 的 に 論 じられたことがない その 文 筆 家 としての 始 発 期 である1920 年 代 の 日 本 古 典 翻 訳 を 問 題 にするという 問 題 提 起 がなされる その 上 で 原 典 や 翻 訳 に 用 いたテキストの 調 査 翻 訳 の 背 景 と 目 的 選 択 眼 と 見 方 翻 訳 の 姿 勢 を 論 じるという 本 論 文 の 基 本 的 な 方 法 が 提 示 される 第 1 章 周 作 人 における 日 本 古 典 の 翻 訳 と 紹 介 では 周 作 人 の 日 本 古 典 の 翻 訳 が 1 920 年 代 と1950 60 年 代 に 区 分 けでき 他 からの 要 請 によるものである 後 者 に 対 して ここで 問 題 とする 前 者 が 自 発 的 な 翻 訳 であることを 示 す 次 に 周 作 人 の 日 本 文 化 へ 1
の 高 い 評 価 と 見 識 を 述 べた 後 翻 訳 の 目 的 と 背 景 を 述 べる 中 国 における 社 会 の 近 代 化 を 推 進 するためであり 国 民 性 の 改 造 を 意 図 したものであったとする そして 人 類 文 化 学 ( 民 俗 学 )からの 影 響 や 周 作 人 の 啓 蒙 的 な 文 学 観 という 背 景 にも 触 れる さらに 翻 訳 の 姿 勢 について 直 訳 の 方 法 白 話 文 の 使 用 自 分 の 好 みにあったテキストの 選 択 信 達 雅 という 翻 訳 の 理 念 の4 点 にわたって 検 討 する 第 2 章 周 作 人 と 古 事 記 では 周 作 人 は 古 事 記 という 作 品 の 中 から 女 鳥 王 と 速 総 別 王 の 反 逆 軽 太 子 と 衣 通 王 の 二 つの 部 分 を 選 択 し タブーを 犯 してまでも 成 し 遂 げ ようとする 情 熱 的 な 恋 愛 の 存 在 を 伝 えようとしたことを 示 す 愛 は 強 くして 死 のごとし という 周 作 人 が 雅 歌 から 得 た 恋 愛 理 念 に 基 づくものであることを 示 す さらに 他 の 翻 訳 と 対 比 し 周 作 人 の 恋 愛 観 がよく 示 されている 翻 訳 のあり 方 を 確 認 する 第 3 章 周 作 人 と 徒 然 草 では 周 作 人 が 触 れ 得 た 徒 然 草 注 釈 書 の 悉 皆 的 検 討 により 北 村 季 吟 徒 然 草 文 段 抄 伊 藤 平 章 徒 然 草 講 義 逸 見 仲 三 郎 神 崎 一 作 文 法 附 注 徒 然 草 要 義 という 翻 訳 テキストの 確 定 を 試 みる その 上 で 他 の 訳 者 と 異 なる 誤 訳 的 な 特 異 な 訳 文 自 由 な 恋 愛 観 と 女 性 解 放 を 重 視 する 姿 勢 の 鮮 明 な 訳 文 も 上 記 の 注 釈 に 依 拠 し たものであることを 明 らかにする 第 4 章 周 作 人 と 狂 言 では 狂 言 翻 訳 の 背 景 として 滑 稽 という 要 素 への 好 み( 中 国 の 学 芸 ではそれが 欠 けることへの 批 判 に 基 づく) 中 国 旧 劇 への 批 判 ( 猥 褻 教 訓 的 なも のを 嫌 悪 する) 平 民 文 学 としての 狂 言 観 を 指 摘 し 支 配 者 の 権 威 に 対 する 軽 蔑 と 反 抗 庶 民 の 日 常 生 活 の 出 来 事 が 表 現 されているものを 好 んで 選 んでいることを 述 べる さらに 鷺 和 泉 大 蔵 の 各 流 派 から 最 も 好 みに 合 致 したものを 選 んでいる( 雷 に 対 する 観 念 嫉 妬 に 対 する 姿 勢 ) 翻 訳 の 原 典 選 択 の 様 を 確 認 する 第 5 章 周 作 人 と 一 茶 では 一 茶 への 関 心 が 児 童 文 学 への 関 心 に 基 づいていること を 明 らかにし 翻 訳 された 原 句 を 調 査 する その 上 で 一 茶 の 生 涯 への 関 心 子 供 にとど まらず 草 木 虫 魚 への 愛 情 に 対 する 共 感 貧 しい 人 への 愛 情 に 対 する 共 感 といった 一 茶 への 関 心 の 所 以 を 明 らかにする さらに 俳 句 翻 訳 の 問 題 として 中 国 白 話 詩 への 影 響 が 意 図 されていることを 述 べ 用 語 の 配 慮 助 詞 の 使 用 一 行 詩 の 形 式 の 採 用 など 具 体 的 な 翻 訳 手 法 を 分 析 する 伝 統 的 な 定 型 詩 の 形 に 翻 訳 する 他 訳 との 比 較 を 通 して 周 作 人 の 散 文 訳 が 自 然 であることを 示 す 第 6 章 周 作 人 と 俗 謡 は 俗 謡 への 関 心 が 平 民 文 学 への 評 価 民 俗 学 的 なものへ の 興 味 に 基 づいていることを 明 らかにする さらに 翻 訳 された 原 句 の 調 査 を 行 う その 上 で 原 句 の 味 わいを 生 かすための 翻 訳 の 工 夫 について 考 察 する 第 7 章 周 作 人 と 川 柳 では 中 国 人 の 国 民 性 の 改 造 を 視 野 に 庶 民 芸 術 滑 稽 文 学 へ の 興 味 に 拠 ることを 明 らかにし 翻 訳 された 原 句 の 調 査 を 行 い 川 柳 の 特 色 認 識 と 選 択 眼 を 考 察 する 川 柳 を 穿 ち 風 刺 の 芸 術 と 認 識 した 上 で 心 中 や 猥 褻 な 句 を 選 ばない 風 刺 を 必 ずしも 重 視 しない 悪 意 のない 風 刺 を 好 む 権 威 を 軽 蔑 反 抗 する 句 が 多 いなどの 姿 勢 を 明 らかにする さらに 翻 訳 が 江 戸 と 大 正 の 物 に 限 られ 明 治 期 の 川 柳 が 選 ばれてな い 点 も 指 摘 する さらに 俳 句 翻 訳 との 相 違 と 誤 訳 の 検 討 を 行 う 以 上 が 第 一 部 であり それぞれの 翻 訳 に 即 した 議 論 を 展 開 する 以 下 第 二 部 は 総 括 或 い は 結 論 部 という 性 格 を 持 つ 第 8 章 周 作 人 の 恋 愛 観 女 性 観 児 童 観 では 周 作 人 による 日 本 古 典 の 翻 訳 の 目 的 2
姿 勢 が 総 括 される 西 洋 からの 観 念 を 移 入 することにより 得 られた 近 代 的 な 人 間 観 に 基 づ く 中 国 人 の 国 民 性 と 社 会 の 改 良 を 目 的 とし 近 代 的 な 人 間 観 から 共 感 できる 側 面 を 日 本 古 典 に 発 見 し それを 翻 訳 により 中 国 社 会 に 提 示 し 中 国 の 伝 統 的 な 観 念 や 社 会 への 批 判 を 行 うという 意 図 が 確 認 される 恋 愛 の 重 視 女 性 の 尊 重 児 童 の 尊 重 に 具 体 化 し 自 らの 思 想 形 成 の 具 としても 機 能 する 面 を 明 らかにする 第 9 章 周 作 人 の 人 生 観 では 逆 に 徒 然 草 翻 訳 の 重 要 性 から 周 作 人 の 人 生 観 の 背 後 の 無 常 観 隠 遁 志 向 を 養 う 面 を 明 らかにする 西 洋 経 由 の 知 の 部 分 のみではなく 日 本 の 古 典 を 経 由 した 情 の 部 分 にも 注 目 し 後 の 周 作 人 の 伝 統 回 帰 の 力 ともなる 面 を 摘 出 する 終 章 において 散 文 の 大 家 としての 作 風 形 成 への 展 望 を 述 べて 論 文 を 閉 じる 審 査 の 概 要 及 び 評 価 審 査 委 員 は 論 文 の 審 査 及 び 口 述 試 問 により 潘 氏 の 論 文 は 周 作 人 研 究 において 重 要 性 は 認 識 されながらも なされることのなかった 分 野 の 解 明 に 果 敢 に 挑 んだ 先 駆 的 な 業 績 であり それが 妥 当 な 実 証 的 な 方 法 でなされており 優 れた 学 術 研 究 であることを 確 認 した 日 中 比 較 文 学 研 究 の 分 野 の 業 績 としても 十 分 に 納 得 の 行 く 方 法 で 研 究 されたも のであり 優 れた 学 術 性 を 有 していると 判 断 してよいだろう これは 我 々の 判 断 である とともに この 論 文 を 構 成 する 多 くの 部 分 が すでに 何 らかの 審 査 を 経 た 活 字 発 表 を 経 て いることからも 知 られよう 以 下 我 々の 判 断 の 主 たる 根 拠 を 簡 潔 に 示 す 1 今 まで 研 究 されることがなかった 周 作 人 による 日 本 古 典 文 学 翻 訳 の 実 態 の 実 証 的 な 解 明 がなされている 点 何 よりも 今 まで 重 要 性 を 指 摘 されながらも 特 に 中 国 人 のこの 問 題 に 関 心 の 有 る 研 究 者 からは 日 本 の 古 典 読 解 のハードルが 高 くなされないままであった 分 野 に 光 をあててい る 周 作 人 の1920 年 代 における 日 本 古 典 文 学 の 翻 訳 の 全 体 を 実 証 的 に 検 証 しており これだけでもこの 論 文 の 価 値 は 大 きいものがあると 言 えよう 2 資 料 が 徹 底 的 に 調 査 され 必 ずしも 明 示 されているわけではない 翻 訳 の 原 典 が 明 らか にされ 場 合 によっては 依 拠 した 注 釈 書 までもが 明 らかにされている 点 周 作 人 の 翻 訳 の 場 合 原 典 の 出 典 などが 必 ずしも 明 らかにされていはいない 特 に 俗 謡 や 川 柳 などは 現 在 の 日 本 でもあまり 読 まれなくなった 作 品 も 少 なくなく 国 会 図 書 館 に 日 参 するようにして 資 料 を 博 捜 して 調 べ 上 げた 点 は 高 く 評 価 されなくてはならない 徒 然 草 については 誤 訳 ともいえる 特 異 な 周 作 人 による 訳 文 が 彼 の 個 性 的 な 処 置 のみで はなく 当 時 の 研 究 教 育 の 成 果 による 注 釈 に 依 拠 していたことを 確 かめ 得 た 点 は 驚 異 的 ともいえる 努 力 による 探 索 である 3 周 作 人 の 日 本 古 典 文 学 の 翻 訳 の 基 盤 目 的 姿 勢 が 説 得 的 に 明 らかにされ 彼 の 文 筆 家 としての 思 想 家 としての 形 成 に 重 要 な 位 置 を 占 めていることを 示 し 得 た 点 周 作 人 の 日 本 古 典 文 学 翻 訳 は 彼 自 身 の 獲 得 した 近 代 的 な 恋 愛 観 女 性 観 児 童 観 文 学 観 に 基 づく 物 であり それぞれが どのような 物 であるかも 明 確 に 析 出 されている そ れを 基 に 中 国 の 近 代 化 を 進 め 国 民 性 を 改 良 しようとして 日 本 の 古 典 文 学 を 紹 介 する のだという 目 的 での 翻 訳 であり その 姿 勢 が 翻 訳 の 様 々な 面 に 反 映 していることも 説 得 的 に 説 明 し 得 ている さらに それが 彼 の 思 想 家 文 筆 家 としての 形 成 に 大 きな 力 とな 3
っていることも 示 し 得 ている 近 代 的 な 側 面 のみではなく 隠 遁 的 な 側 面 にも 注 目 し 論 に 厚 みが 加 えられている 4 周 作 人 による 日 本 古 典 の 翻 訳 が 中 国 における1920 年 代 の 社 会 の 近 代 化 を 推 進 す る 言 説 として 機 能 していることを 解 明 する 点 周 作 人 による 日 本 古 典 文 学 の 翻 訳 が 当 時 の 中 国 における 近 代 化 を 推 進 する 言 説 として 機 能 している 点 を 明 らかにし 得 たのは 日 本 文 学 の 立 場 からしても 興 味 深 い 見 解 の 提 示 で ある 日 本 古 典 文 学 の 外 国 における 受 容 ということでは 伝 統 文 化 に 対 するエキゾチズム 的 な 享 受 を 一 般 化 しがちであるが それとは 正 反 対 の 近 代 化 という 文 脈 で 享 受 されたこと は 新 鮮 な 読 後 感 であった 5 周 作 人 の 翻 訳 を 支 えた 同 時 代 の 日 本 おける 国 文 学 研 究 および 享 受 のあり 方 も 返 照 する 点 この 研 究 は 必 然 的 に 周 作 人 が 日 本 の 古 典 に 触 れた 時 代 の 日 本 における 古 典 研 究 読 書 のあり 方 をも 返 照 する 明 治 期 を 通 じて 形 成 されてきた 国 文 学 研 究 は 文 献 学 を 中 心 に 国 家 主 義 的 な 支 えにより 発 展 してきたが 大 正 期 に 至 り 新 しい 傾 向 が 芽 生 え 一 種 の 自 由 主 義 的 な 雰 囲 気 を 醸 したといえる 周 作 人 の 翻 訳 を 支 えたのは そうした 当 時 の 国 文 学 の 状 況 であったともいえるであろう それが 具 体 的 に 論 及 されているわけではないのだが この 論 述 は 必 然 的 にそうした 問 題 を 照 らし 出 す 上 記 のように この 論 文 は 周 作 人 という 中 国 近 代 文 学 史 上 極 めて 重 要 な 文 筆 家 の 研 究 の 上 で 多 大 な 貢 献 をなしていると 同 時 に 日 本 の 古 典 文 学 作 品 の 海 外 において 持 ち 得 る 影 響 力 の 一 側 面 を 明 らかにするとともに 大 正 期 を 通 じて 形 成 された 日 本 の 国 文 学 研 究 の 新 しい 流 れのあり 方 をも 返 照 している 波 及 力 の 大 きなすぐれた 成 果 であるというべきだ ろう さて 言 うまでもないことだが この 論 文 にも 問 題 点 はある 以 下 問 題 とされる 主 な 点 についても 簡 単 に 述 べておく 1 周 作 人 の 翻 訳 さらには 文 業 の 全 体 像 の 中 での 位 置 付 けの 論 及 が 不 十 分 である 周 作 人 は 他 の 言 語 からの 翻 訳 も 試 みているが そのあたりが 簡 単 な 指 摘 にとどまる だけで その 翻 訳 という 行 為 全 体 の 中 での 位 置 付 けが 十 分 ではない また 周 作 人 の 文 業 の 全 体 を 考 えたうえでの その 限 界 的 な 部 分 をも 含 めたこの 訳 業 の 位 置 付 けも 欲 しいとこ ろである 無 論 このような 要 求 がやや 過 大 なものであることは 審 査 委 員 も 了 解 している が 今 後 の 研 究 の 進 展 の 中 で 第 一 に 考 えて 欲 しい 点 である 日 本 古 典 文 学 の 翻 訳 という 行 為 を 周 作 人 全 体 像 の 中 で もう 一 度 相 対 化 させる 必 要 があるだろう 2 1920 年 代 前 後 の 中 国 の 社 会 状 況 に 関 するもう 少 し 詳 しい 情 報 が 提 示 されてもよい 論 述 に 直 接 かかわる 部 分 についてはそれなりの 論 及 があるが 1920 年 代 における 中 国 の 近 代 化 がどのようなものであったのかについて もう 少 し 詳 しい 論 述 がなされた 方 が 読 み 手 に 対 しては 理 解 をより 深 めることになったと 思 われる 3 中 国 女 性 ( 対 して 男 性 も)のあり 方 などについても 通 念 的 な 理 解 を 超 えた 社 会 史 的 な 研 究 からの 成 果 も 取 り 入 れてほしかった 4
最 近 では 社 会 科 学 の 分 野 で 通 念 を 超 えた 具 体 的 な 事 例 に 基 づく 研 究 もなされている そ のあたりが 取 り 入 れられれば 周 作 人 という 知 識 人 の 位 相 を 考 える 上 で より 厚 みのある ものになったであろう 4 翻 訳 の 文 体 に 関 する 論 証 が 十 分 ではなくもう 少 しつっこんだ 議 論 がほしい 日 本 語 による 日 本 の 読 者 を 前 提 にした 論 文 であるゆえに 切 り 捨 てたという 面 もある かもしれないが 翻 訳 の 文 体 翻 訳 文 形 成 における 語 彙 の 選 択 や 文 体 の 選 択 などの 検 討 も なされてもよいのではないか 5 日 本 の 古 典 作 品 の 解 釈 に 関 して 時 に 再 検 討 を 要 する 箇 所 がある 俗 謡 や 川 柳 など 注 釈 が 整 わない 作 品 もあり また 時 代 の 独 得 の 反 映 が 現 在 では 分 かり にくい 例 もあり 無 理 からぬことではある しかし 翻 訳 のニュアンスなどまでが 問 題 に される 場 合 もあるので 逃 げることは 許 されない 課 題 であろう 6 返 照 されているはずの 当 時 の 日 本 における 国 文 学 研 究 の 状 況 に 関 する 論 述 を 加 味 す れば 論 はより 厚 みを 増 したと 思 われる この 問 題 については むしろ 読 み 手 の 側 で 引 受 けるべき 問 題 かもしれないが もう 少 し 論 述 されていれば よりこの 成 果 の 意 義 は 広 がったと 思 われる また それ 以 前 の 日 本 に おいての 社 会 状 況 の 返 照 もなし 得 るものと 思 われる なお 口 述 試 問 では 周 作 人 と 日 本 古 典 との 出 会 いが 大 きな 焦 点 として 議 論 されたが それは 上 記 したこの 論 文 の 高 く 評 価 される 点 と 問 題 点 との 交 点 であるに 他 ならない そ の 他 すでに 記 したこと 以 外 にも 周 作 人 の 中 国 語 の 日 本 語 への 翻 訳 の 問 題 中 国 文 学 に おける 滑 稽 要 素 の 問 題 儒 教 への 親 近 と 反 発 の 問 題 などが 質 疑 され 議 論 された また 論 文 の 叙 述 がやや 平 板 で 繰 り 返 しが 多 いなど やや 洗 練 を 欠 いている 点 の 指 摘 などもなさ れた こうした 問 題 に 対 する 口 述 試 問 での 受 け 答 えも 適 切 になされ 提 示 された 論 文 の 問 題 点 に 対 する 自 覚 も 十 分 なものであった また 問 題 点 の 指 摘 自 体 が この 業 績 の 先 駆 性 に 触 発 された 後 に 進 むべき 課 題 の 提 言 でもあり 成 し 遂 げられた 成 果 の 学 術 性 を 否 定 するもの ではない よって 審 査 委 員 会 は 全 員 一 致 して 最 初 に 述 べた 結 論 に 達 した 次 第 である 5