胸 痛, 呼 吸 困 難 の1 例 恵 寿 通 信 第 39 号 (2015.8.31. 発 行 ) 掲 載 2015 年 度 研 修 医 鈴 木 拓 馬 症 例 提 示 73 歳, 男 性 2013 年 1 月 急 性 骨 髄 性 白 血 病 発 症, 寛 解 導 入 化 学 療 法 (ダウノルビシン+シタラビン)にて 第 1 回 完 全 寛 解 に 至 るも,その 後 2 度 の 再 発 寛 解 を 繰 り 返 した 2015 年 1 月 3 度 目 の 寛 解 導 入 化 学 療 法 にて 高 度 骨 髄 抑 制 が 遷 延 し, 副 鼻 腔 眼 窩 内 アスペルギローマ 発 症, 左 室 駆 出 率 (LVEF)48%と 心 機 能 低 下 あり 以 後 の 地 固 め 療 法 を 断 念 輸 血 で 対 症 療 法 を 行 っていた 既 往 歴 心 筋 梗 塞 (2001 年 : 回 旋 枝 に PCI,2011 年 CAGで 狭 窄 病 変 なしを 確 認 ) 慢 性 心 不 全 慢 性 腎 不 全 高 血 圧 糖 尿 病 急 性 骨 髄 性 白 血 病 ( 第 4 期 完 全 寛 解 状 態 ) 薬 剤 歴 ベニジピン 錠 ( 先 発 コニール )4mg2 錠,エトドラク 錠 ( 先 発 ハイペン )100mg2 錠,ウルソデオキシコール 酸 錠 (ウルソ )100mg2 錠,フェキソフェナジン 塩 酸 塩 錠 ( 先 アレグラ )60mg2 錠,ネキシウムカプセル 20mg1C,フ ェブリク 錠 10mg1 錠,アバプロ 錠 100mg1 錠,ダイタリック 錠 ( 先 発 ダイアート )30mg1 錠, 含 嗽 用 ハチアズ レ 顆 粒 2g4 包,ブイフェンド 錠 200mg1 錠, 酸 化 マグネシウム 錠 (マグミット )500mg3 錠 現 病 歴 以 前 から 輸 血 療 法 を 受 けていたが,これまでは 問 題 なく 施 行 されていた ( 最 終 血 小 板 輸 血 ;2015/5/22, 最 終 赤 血 球 輸 血 ;2015/5/27) 2015/6/4 に 定 期 受 診 した 際, 血 小 板 減 少 を 指 摘 され, 同 日 濃 厚 血 小 板 血 漿 (PC)10 単 位 の 輸 血 を 施 行 1ml/min(60ml/hr)で 開 始 し15 分 後 初 期 副 作 用 の 出 現 がみられなかったため, 速 度 を 速 め5ml/min(300ml/hr) に 変 更 した その 後 問 題 なく 経 過 していたが, 輸 血 終 了 間 際 に 左 胸 部 ~ 心 窩 部 痛, 呼 吸 苦 を 訴 え,SpO2 低 下 も 見 られたた め 主 治 医 Callとなった 今 回 輸 血 経 過 中 に 嘔 気, 悪 寒, 皮 膚 掻 痒 感 などは 認 めていない 身 体 所 見 身 長 163.5cm, 体 重 61.2kg,BMI22.9 輸 血 開 始 時 :BT:35.5,P:84/ 分,BP:124/63mmHg,SpO2:98% 結 膜 貧 血 +, 黄 染 - 呼 吸 清 心 音 収 縮 期 雑 音 胸 部 症 状 発 症 時 : P:93/ 分,BP:140/77mmHg,SpO2:91% 呼 吸 両 側 前 胸 部 coarse crackles 聴 取 下 肢 把 握 痛 なし 顔 面 四 肢 に 明 らかな 紅 斑 を 認 めず 輸 血 中 の 突 然 の 胸 痛, 呼 吸 困 難, 酸 素 化 の 悪 化 ここまでの 経 過 で 何 が 鑑 別 に 挙 がりますか? Must Rule Out は 1 心 筋 梗 塞 既 往 歴, 危 険 因 子 ( 糖 尿 病 )あり,ECGや 採 血 ( 心 筋 逸 脱 酵 素 など)で 除 外 が 必 要 エコーで 壁 運 動 の 低 下 もみられる 2 肺 塞 栓 症 臨 床 症 状 的 にあり 得 る 採 血 (D-dimerなど) 造 影 CT で 確 認 3 気 胸 これも 臨 床 症 状 的 にはあり 得 る 胸 部 Xp CT で 4 大 動 脈 解 離 高 血 圧 の 既 往 あるが,コントロールは 良 好 可 能 性 としては 少 なそう 造 影 CT 5アナフィラキシー 症 状 は 合 致 するが, 紅 斑 などの 所 見 は 認 めないため 否 定 的 以 上 を 除 外 したら 輸 血 中 の 現 症 だから
6 輸 血 関 連 呼 吸 困 難 TRALI/TACO だけど 疾 患 の 発 生 頻 度 はかなり 低 いし,あり 得 るのか およその 鑑 別 疾 患 が 挙 がりました 次 に 何 をしましょう? 今 回 はバイタルを 安 定 させながら,ECG, 採 血, 胸 部 Xp, 単 純 造 影 CT, 心 エコーを 行 いました まずは ECG 今 回 前 回 ECGは, 洞 調 律,HR90, 右 軸 偏 位,wide QRS Wide QRS は 完 全 右 脚 ブロックによるものだと 考 えられます これは 以 前 の ECGでも 見 られました また, 明 らかな ST-T 変 化 は 見 られませんでしたが, 前 回 と 比 べて,V1~3 に Q 波,R 波 減 高 を 認 めています AMIの 可 能 性 もありますが,Q 波 もあるため 新 旧 どちらの 梗 塞 かはわかりません 次 に 胸 部 Xp です 今 回 前 回 前 回 と 比 べて,やや 心 拡 大 (CTR=0.68 0.72)と 両 側 肺 門 部 の 肺 血 管 陰 影 の 増 強 がみられます
気 胸 はなさそうです 採 血 では 2015/4/2 BNP 307.2pg/ml PC 輸 血 をしたので 血 小 板 数 は 上 がっています 肝 胆 道 系 酵 素 やや 高 いですが, 輸 血 前 と 比 べては 横 ばいです CPK,CK-MB,トロポニン-Tといった 心 筋 逸 脱 酵 素 の 上 昇 は 認 めておりませんので, 心 筋 梗 塞 はどうやら 考 え にくそうです またD-dimer 軽 度 上 昇 していますが, 肺 塞 栓 症 を 積 極 的 に 示 唆 するような 値 とは 言 えません この 中 で 最 も 目 を 引 くのは BNP の 上 昇 です 前 回 と 比 べて3 倍 にまで 上 昇 しています 単 純 CTでは, 両 側 肺 野 に 淡 い 浸 潤 影 を 認 めています 造 影 CT も 施 行 しましたが, 肺 血 管 陰 影 の 欠 損 なく, 肺 塞 栓 症 は 認 めませんでした また, 大 動 脈 解 離 の 所 見 もありませんでした 次 に 心 エコーを 行 いました 心 エコーでは, 心 不 全 があり,もともと 壁 運 動 低 下 があった 人 でしたが LVEF 48%( 前 回 と 変 化 なし),E/A1.34 RV 圧 =66.9mmHg( 前 回 は 38mmHg ) IVC:dilatation(22.6mm), 呼 吸 性 変 動 低 下 うっ 血 所 見 が 認 められます 以 上 の 結 果 を 踏 まえると 1 心 筋 梗 塞 は, 心 電 図 変 化 はあるものの,EFは 前 回 と 変 化 なく, 心 筋 逸 脱 酵 素 の 上 昇 もありませんでしたの で, 否 定 はできませんが 考 えにくいです その 他 の 疾 患 もこれまでの 検 査 では 否 定 的 です 今 回 の 症 例 では 酸 素 投 与 しつつ, 速 やかに1~5の 鑑 別 を 行 うことができました さらに,エコー 所 見 でうっ 血 所 見 がみられたことから 今 回 の 症 例 は 6 輸 血 関 連 呼 吸 困 難 TACOであったと 考 えられます そもそも TACO/TRALIとはなんでしょうか? 僕 も 初 耳 でしたので 調 べてみました
TACO(Transfusion Associated Circulatory Overload): 輸 血 関 連 循 環 負 荷 輸 血 に 伴 って 起 こる 循 環 負 荷 のための 心 不 全 TRALI(Transfusion Related Acute Lung Injury): 輸 血 関 連 急 性 肺 障 害 肺 毛 細 血 管 内 皮 細 胞 の 障 害 による 透 過 性 亢 進 に 伴 う 肺 障 害 この 二 つは 全 く 異 なる 病 態 によって 同 じような 臨 床 症 状 を 呈 します 共 通 の 症 状 は, 1) 新 しく 発 症 した 低 酸 素 血 症 2) 胸 部 Xpで 肺 うっ 血 を 伴 う 両 側 の 浸 潤 影 3) 輸 血 後 6 時 間 以 内 の 症 状 発 現 : 胸 痛, 呼 吸 困 難 など 同 じような 症 状 を 呈 しますが, 治 療 は 異 なります つまり 鑑 別 が 非 常 に 重 要 なのです 鑑 別 の 仕 方 は 下 のようなもの 特 に 赤 字 が 重 要 です http://www.uptodate.com/contents/transfusion-reactions-caused-by-chemical-and-physicalagents?source=search_result&search=taco&selectedtitle=1%7e22 もちろん 血 圧 上 昇 があるから TACO,してないからTRALI とは 一 概 には 言 えません 種 々の 所 見 を 見 て 総 合 的 に 判 断 します 今 回 のケースでは, 血 圧 の 軽 度 上 昇, 右 室 圧 の 上 昇,Fluid balance positive,bnpが1200までは 上 昇 し ていないですが 3 倍 上 昇 していることから,よりTACO が 疑 われました また, 実 際 にはエコー 後 すぐにラシ ックス 20mgiv を 施 行, 著 明 な 改 善 を 認 めたこともTACO を 示 唆 する 所 見 となりました では, 実 際 どのように 治 療 にあたるのか おおまかにいうと,TACOはvolume hyperの 状 態 なので 利 尿 薬 が 著 効 します 逆 にTRALIはvolume hypoの 状 態 のため 利 尿 薬 はむしろ 禁 忌 となります 特 効 薬 も 特 になく, 呼 吸 管 理 が 主 になります また,ステロイドの 使 用 も 行 われていますが,エビデンスは 明 らかではなくルーチンでの 積 極 的 使 用 は 推 奨 されていません また 慢 性 期 (TRALI 発 症 後 2 週 間 後 以 降 )でのステロイド 治 療 は 逆 によくないという 報 告 も あります 次 にどのようにしたら 防 ぐことができるのか, 予 防 です TACOの 場 合 循 環 負 荷 が 病 態 ですから, 予 防 としては 輸 血 速 度 を 緩 めることが 大 切 です 推 奨 される 速 度 は 2.0~2.5ml/kg/hrとされています また, 小 児 (3 歳 以 下 ), 高 齢 者 (60 歳 以 上 ), 心 機 能 が 低 下 している 患 者 では 特 に 注 意 が 必 要 で,1.0ml/kg/hr が 望 ましいとされています 実 際 の 輸 血 では,1ml/min で 開 始 し,15~20 分 後 に 5ml/min に 速 度 を 上 げて 行 うのが 標 準 的 です 理 由 は もし 仮 に 異 型 輸 血 となっている 場 合 であっても 20~30ml の 異 型 輸 血 で 診 断 できれば 救 命 可 能 だからです 今 回 のケースでは 1ml/min( 約 1ml/kg/hr)で 開 始 し,20 分 後 5ml/min( 約 5ml/kg/hr)に 速 めています 標 準 的 な 輸 血 速 度 ですが, 心 機 能 がもともと 悪 いことを 考 えると 少 し 早 すぎたのかもしれません 一 方 TRALI の 場 合 は 一 種 の 免 疫 反 応 のため, 反 応 を 起 こしうる 危 険 因 子 を 除 外 することがメインとなりま す 患 者 側 の 危 険 因 子 : 敗 血 症,アルコール 中 毒
製 剤 側 の 危 険 因 子 : 血 漿 を 多 く 含 む 製 剤, 女 性 ドナーからの 血 漿 製 剤,ドナーの 妊 娠 回 数 HLA classⅡ 抗 体 陽 性 の 製 剤, 顆 粒 球 抗 体 陽 性 の 製 剤 など 一 瞬 ピンとこないかもしれませんが,HLA classⅡ 抗 体 は 女 性 ドナーから 採 取 した 血 漿 製 剤 に 陽 性 が 多 く,ま た 妊 娠 回 数 によって 陽 性 率 が 上 昇 するという 報 告 があります したがって 予 防 としては, 血 小 板 輸 血 (PC)や 新 鮮 凍 結 血 漿 (FFP)では 男 性 献 血 者 の 製 剤 を 用 いる 女 性 の 血 漿 を 用 いる 場 合 は 洗 浄 血 小 板 や 洗 浄 赤 血 球 を 用 いる 血 漿 中 のHLA 抗 体 を 検 査 する 一 度 TRALIを 起 こしたドナーの 製 剤 は 使 用 しない などの 対 策 が 重 要 となってきます 今 回 の 症 例 は 血 小 板 輸 血 中 に 発 症 したTACOでしたが,いままでに 何 度 か, 今 回 と 同 じように 輸 血 を 行 って いるにも 関 わらず,その 時 は TACOは 発 症 しませんでした また, 一 般 的 な 点 滴 をするとき, 今 回 発 症 するき っかけとなった 5ml/minよりも 速 い 速 度 で 入 れていることが 多 いです ではなぜ 今 回 TACO が 発 症 したのか?それは TACO が 単 なる 循 環 負 荷 だけでなく,なんらかの 免 疫 学 的 機 序 も 重 なって 発 生 しているからだと 考 えられます TRALIやTACO の 発 症 率 は 低 いですが,TRALI の 致 死 率 は15% 前 後 にも 上 る 緊 急 性 の 高 い 疾 患 です 将 来 輸 血 を 行 う 機 会 は 幾 度 となくあると 思 いますが,このようなまれだが 致 死 的 になりうる 疾 患 を 経 験 でき たことは 大 変 貴 重 な 機 会 でした